<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
     xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
     xmlns:itunes="http://www.itunes.com/DTDs/Podcast-1.0.dtd">
  <channel>
    <title>宋文洲のメルマガの読者広場</title>
    <link>http://www.soubunshu.com/</link>
    <description>宋文洲の評論とエッセイ。傍目八目。単刀直入。</description>
    <language>ja</language>
    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
    <itunes:subtitle></itunes:subtitle>
    <itunes:summary>宋文洲の評論とエッセイ。傍目八目。単刀直入。</itunes:summary>
    <itunes:keywords>宋文洲ブログ、宋、宋文洲、ブログ、単刀直入、傍目八目、働き方、生き方、健康、教育、家族、中国、効率、愛国</itunes:keywords>
    
    <itunes:author>ERROR: NOT PERMITED METHOD: nickname </itunes:author>	
    <itunes:owner>    
       <itunes:name></itunes:name>
       <itunes:email></itunes:email>
    </itunes:owner>
        <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/110259923.html</link>
      <title>正義と狭窄は紙一重</title>
      <pubDate>Fri, 28 Nov 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>「昔は近所に怖いおじさんが居て悪いことをする子供達に注意したものだ」。このような昔を懐かしむ言葉はよく年配の方々から聞きますが、実は今も子供達に怒鳴るおじさんがいます。しかし、その中身はかなり違います。無邪気な幼稚園児が商店会の自販機を小さな手でちょっとたたくと、園長を呼びつけて「教育はどうなっているか」とキレる商店主がいます。手を繋ぐ園児達がオフィス街を通るとき、ちょっと煩いことをするとすぐ怒鳴ってくるおじさんがいます。人がまばらの公園でちょっと犬の紐を緩めると「ルール違反...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「昔は近所に怖いおじさんが居て悪いことをする子供達に注意したものだ」。このような昔を懐かしむ言葉はよく年配の方々から聞きますが、実は今も子供達に怒鳴るおじさんがいます。しかし、その中身はかなり違います。<br /><br />無邪気な幼稚園児が商店会の自販機を小さな手でちょっとたたくと、園長を呼びつけて「教育はどうなっているか」とキレる商店主がいます。手を繋ぐ園児達がオフィス街を通るとき、ちょっと煩いことをするとすぐ怒鳴ってくるおじさんがいます。人がまばらの公園でちょっと犬の紐を緩めると「ルール違反だ！」と言ってくるおじさんがいます。<br /><br />最近の日本は正義が多すぎます。最近、「官僚が悪い」という正義が流行っています。そのため数十年前に犬が処分されたことを思い出して元事務次官を殺してしまう「正義感の強い人」まで現れました。<br /><br />彼のあの正気に溢れた堂々とした表情をみて、悲しいというよりも虚しい気持ちにならざるを得ません。この国は最近、全部他人のせいにすることが流行り、そのための言い訳も立派です。まさに「替天行道」、正義の代行です。<br /><br />この国の官僚はつい最近まで世界で最も優秀だと言われました。戦後の高度成長は政治家ではなく、官僚達の功労という見解はごく一般的でした。いつの時点からか分かりませんが、まるで「官僚が即ち悪」のような世論が出来上がり、小泉容疑者に正義を代行させる捌け口を提供してしまいました。<br /><br />官僚になれる人は日本の最も優秀な人達の一部です。官僚になる人は決してお金などの私利私欲ではなく、国家や社会への義務感を持つ人がほとんどです。その彼らを悪というならば、日本の誰が善でしょうか。まさに自分だけが善で自分以外の人が全員悪だと言わないでしょうね。<br /><br />業績が悪くなると中間管理職が悪いという経営者がいます。私が知っている限り、そのような経営者にはすばらしい経営者がいません。たしかに中間管理職は保守的になるケースが多いのですが、そうさせたのも社長であり、変えられる立場にいながら変えないのも社長です。<br /><br />日本の政治家は自分を売り込むために「官僚が悪い」と言いふらす人がいますが、私にしてみればそれは無能な経営者と何にも変わりません。官僚を使う立場の政治家が自分の失敗を認めず、部下のはずの官僚を批判し、世間の批判の的にするのはとても卑怯です。<br /><br />皆が私利私欲のために正義を振りかざす世の中は悲しいものです。サブプライムローンや金融派生商品など、人間の私利私欲が暴走した結果、今の大不況が降りかかってきましたが、悪いことを全部他人のせいにすることもこれに勝ることがあっても劣ることがないほどの、私利私欲なのです。<br /><br />一人ひとりが内側に潜むその私利私欲を認めてこそ、抑制が始まるのですが、皆が自分こそ正義を代表しているというから私利私欲が蔓延して収まりません。私も偉そうにいう資格はありませんが、せめて自分の私利私欲を認めて人のせいにしないように努力したいものです。<br /><br />私にも強い正義感があります。しかし、それが怖いと思う時があります。なぜならば、正義は狭窄と紙一重だからです。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/109609846.html</link>
      <title>世界に終わりが無い</title>
      <pubDate>Fri, 14 Nov 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>先日の香港の大衆紙の一面に「アメリカ、二年後に破産」という大きな記事がありましたが、その時、香港がどうなるか書いてありませんでした。中国の温家宝総理がアジア欧州首脳会議の場で「百年に一度の危機」と言いましたが、それはグリースパン氏の言葉の受け売りであることは言いませんでした。日本。経営者に会うたびに景気が悪いと聞きます。銀座の店のオーナーは口を揃えて戦後最悪と言います。評論家達は全治五年と言います。私も今の経済は厳しいと思います。私もアメリカは弱体化したと思います。私もしばら...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
先日の香港の大衆紙の一面に「アメリカ、二年後に破産」という大きな記事がありましたが、その時、香港がどうなるか書いてありませんでした。中国の温家宝総理がアジア欧州首脳会議の場で「百年に一度の危機」と言いましたが、それはグリースパン氏の言葉の受け売りであることは言いませんでした。<br /><br />日本。経営者に会うたびに景気が悪いと聞きます。銀座の店のオーナーは口を揃えて戦後最悪と言います。評論家達は全治五年と言います。<br /><br />私も今の経済は厳しいと思います。私もアメリカは弱体化したと思います。私もしばらく明るいニュースがないと覚悟しています。<br /><br />しかし、私は昨夜も好きな友人と心行くまで語りました。今朝もジョギングの途中で瑞々しい花と出会いました。この週末も子供たちと大好きなハイキングに行きます。<br /><br />ボーナスが減りますが、物価も安くなります。高級品が売れなくなりますが、ドンキホーテやニトリが繁盛しています。資産家の資産が激減するが、世の中の格差がこれで縮小します。<br /><br />不況でないと解決できない問題があります。売上げが激減した時、初めて営業改革に着手する経営者が多くいます。倒産の危機に瀕して初めてリストラ（事業再編）のコンセンサスが得られる企業はたくさんあります。首切りが増えて初めて自分の会社に愛着を感じるサラリーマンも少なくないでしょう。<br /><br />不況は誰かのせいではありません。皆のせいです。危機は誰かを狙ったものではありません。皆が被害者です。後ろ向きになるのは後ろに魅力があるからではありません。前にいく勇気がないからです。<br /><br />中国語には「皆は五両なら私も半斤」という諺があります。「皆で一緒に減るなら自分の被害も実際にない」という意味です。皆が被害者ですから、相対的にいえば被害者はいません。<br /><br />不況と危機の時こそ明るくいたいものです。皆が内向きなる時こそ外に向きたいものです。良い時も悪い時も我々が生きているのは「現在」しかないのです。終わったことを変えられる世の中は面白くないはずです。常に今に新たなスタートを切り、行動を起こす人が将来を制します。<br /><br />希望がもし将来への望みであれば、今ほど希望が持てる時はありません。なぜならば「世界に終わりが無い」からです。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/108819115.html</link>
      <title>精神論と一般論を語るトップ</title>
      <pubDate>Fri, 31 Oct 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>先週の「新報道２００１」では、甘利さんがスタジオに来られて医療問題や公務員のモラル問題についてコメントされました。地方公務員のモラル問題に対してどう解決すればいいか、とキャスターの黒岩さんが質問すると、甘利さんは「全員が国民のためという思いが一番重要」などの立派な見解を長々話しましたが、なぜか私はイライラしました。「これで変わる」と感じる具体論が何一つないからです。耐え切れなくなった私は「一般論は誰でも言えるので変えるための仕組みと具体論がほしい」と釘を刺しましたが、彼はそれ...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
先週の「新報道２００１」では、甘利さんがスタジオに来られて医療問題や公務員のモラル問題についてコメントされました。<br /><br />地方公務員のモラル問題に対してどう解決すればいいか、とキャスターの黒岩さんが質問すると、甘利さんは「全員が国民のためという思いが一番重要」などの立派な見解を長々話しましたが、なぜか私はイライラしました。「これで変わる」と感じる具体論が何一つないからです。<br /><br />耐え切れなくなった私は「一般論は誰でも言えるので変えるための仕組みと具体論がほしい」と釘を刺しましたが、彼はそれに応じてくれませんでした（時間も無かったと思います）。<br /><br />経営コンサルティングを通じて経営者をたくさんみてきましたが、よくない組織のトップはだいたい精神論と一般論が多いのです。言葉の聞こえは良いのですが、いつも同じ話を繰り返しているので部下も聞き飽きています。結局何回話しても何も話していないと同じなので効果無しです。<br /><br />全員とはいいませんが、多くの日本の政治家は話す時に緊張感がありません。ゆったりと持論と宣伝を展開し、他人の質問についてはのらりくらりとかわします。よく観察していると彼らは大臣のポストに興味があって、その省庁の具体論に興味がないことが分かります。<br /><br />妊婦が8つの病院に受入れを断られ死亡した事件には医師不足だけではなく、受付システムの情報化と救急業務の標準化といった経営問題があります。しかし、なぜか世論は全部医師不足に集中し、お金と時間をかけずにすぐ改善できることに議論を向けません。<br /><br />どこも医師不足の大合唱ですから、どこも解決策を出しません。番組に生中継で出演した大村副大臣がとうとう「ここで国民の皆さんに費用のご負担についてご理解いただきたい」と解決策を出しましたが、これは増税のことです。<br /><br />結局最後は全部増税で解決することになりますが、これは解決ではなく、放棄することと全く同じです。具体論を語らない社長は最後に赤字を出して会社を倒産させますが、具体論を語らない議員は最後に増税や赤字国債に逃げ込むのです。<br /><br />国は倒産することもあるのです。現にアイスランドやハンガリーなどはもうそうなりました。増税できない今、このまま赤字国債を出し続けると日本も危機的な状況に陥るに違いありません。<br /><br />まあ、雑草のような私が政治家に文句をいうつもりはありませんが、「経済評論家」としてコメンテーターを依頼された以上、意識して聞くしかありません。番組や視聴者への義務として。<br /><br />それと、今日、読者の皆様に一つ身上のことを申し上げます。<br />毎週のようにテレビの番組に出ると、私はほとんど日本から離れることができなくなりました。<br /><br />この3年間断ってきた講演は今後、少しずつ受けさせていただくことにしたいと思います。必ず参れるとは限りませんし、ちゃんと講演料も「むしり取る」のでそれでも呼びたい方は以下のところまでご連絡ください。<br />soubunshu@softbrain.co.jp（担当：高橋）<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&amp;sid=bsou&amp;tid=seesaa_hotspot&amp;k=%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89&amp;hid=35</link>
      <title>オススメ・スポンサーサイト「ダイヤモンド」</title>
      <pubDate>Fri, 31 Oct 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description><![CDATA[
<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E5%AE%9D%E7%9F%B3%20%E8%B2%B7%E5%8F%96&hid=35">宝石 買取</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%20%E8%B2%B7%E5%8F%96&hid=35">ダイヤ 買取</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%20%E8%B2%B7%E5%8F%96&hid=35">ダイヤモンド 買取</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E5%AE%9D%E7%9F%B3%20%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4&hid=35">宝石 ダイヤ</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E5%AE%9D%E7%9F%B3%20%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0&hid=35">宝石 リフォーム</a>
]]></description>
      <author>ads by Seesaa</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/108163760.html</link>
      <title>資本主義は勝ったか</title>
      <pubDate>Fri, 17 Oct 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>今日は硬い話題で申し訳ございません。社会主義の教育を受けたことのある人間として、私は社会主義の問題提起と社会理想について、今もすばらしいと思います。「労働は価値の唯一の源泉」。資本から莫大な利益を生み出す資本主義においては、とても弱々しい主義主張に聞こえますが、現在の恐慌の根っこにあるのは資本への過剰依存です。サブプライム問題はサブプライム・ローンの問題です。お金を貸して利息を取るのは当然ですが、問題は払う能力がない人達にもお金を貸し付けてマイホームを買わせたことです。そんな...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
今日は硬い話題で申し訳ございません。<br /><br />社会主義の教育を受けたことのある人間として、私は社会主義の問題提起と社会理想について、今もすばらしいと思います。<br /><br />「労働は価値の唯一の源泉」。資本から莫大な利益を生み出す資本主義においては、とても弱々しい主義主張に聞こえますが、現在の恐慌の根っこにあるのは資本への過剰依存です。<br /><br />サブプライム問題はサブプライム・ローンの問題です。お金を貸して利息を取るのは当然ですが、問題は払う能力がない人達にもお金を貸し付けてマイホームを買わせたことです。<br /><br />そんな悪いローンをミンチにして売ったのが欧米の銀行でした。ミートホープのやり方のそっくりですが、違うのはそのスケールの巨大さです。世界を代表する金融機関が先頭にそれを売るからたまったものではありません。<br /><br />「金から金を産む」。少数の人間がそんなことをやっているだけなら社会は何とか持ちますが、数億人の民とすべての金融機関がそれに加担すると世界は持ちません。日本では「金貸し」が蔑称であるように、「金から金を産む」の行き過ぎは必ず社会の堕落をもたらします。<br /><br />しかし、「資本を持つ人が優先」という発想は資本主義の基礎です。だから資本主義といいます。金の力を優先すると必ず労働の価値が疎かにされ、いつか経済システムにひずみが溜まり爆発する。これが経済危機の由来です。<br /><br />かつて、社会主義が地球上の半分近くの人々に受け入れられた理由も、ここにあるのです。人々は資本主義の毒を取り除くために、社会主義の毒を飲んだのです。<br /><br />弁証法的に言うと、社会主義と資本主義が対立しながら競い合う社会は健全な社会です。お互いが相手の弱みを攻撃し、自分の弱みを克服していけば、地球上の民が幸福です。今だから言えますが、東西冷戦の時代では、世界はもっと平和で、経済危機も小規模でした。<br /><br />資本主義が社会主義に勝ってから、この地球のバランスが悪くなりました。誰も「金の乱暴」について批判しなくなります。当時の社会主義リーダーであったソビエトはロシアなどに分裂し、従来の資本主義以上に搾取と格差が氾濫する社会に変わりました。<br /><br />社会主義の毒を飲んだ人々はその毒をやめましたが、だからといって資本主義の毒が取り除かれたわけではありません。むしろ「毒をもって毒を制する」効果がない分、資本主義の毒が膨張し、自ら中毒してふらふらし始めました。<br /><br />弁証法で言えば、物事は常に二つの矛盾の対立統一によって成り立つ。つまり、相反する二つの側面が対立しながら共存することによって物事のバランスが成り立ちます。バランスが取れない物事が新たなバランスを求めて自ら変化します。<br /><br />この弁証法の理論から言えば、戦後の資本主義が「社会主義に勝った」瞬間からもう変質を始めました。NATOの拡大やイラク戦争、労働運動の弱体化とネオコンの台頭、格差の拡大と金融派生商品の氾濫、どれをみてもその源流はソビエトの崩壊から見出すことができます。<br /><br />全体主義のソビエトが懐かしいわけではありません。あんなひどい社会の再来を期待するわけでもありません。しかし、現在の資本主義の対立軸が必要であることは間違いないようです。<br /><br />その対立軸は争いを招くものではなく、バランスを取るためのものです。その対立軸は現在の資本主義の中から生み出されるかもしれませんし、元の社会主義から生み出されるかもしれません。<br /><br />何と呼ぶかは重要ではありません。重要なのは既存システムへの耐性であり、バランスです。これまでのグローバルスダンダートは危機の拡大を招き、世界を暴走させました。<br /><br />アジア主義ではありませんが、日本や中国など、アジアの国々からその新しい社会システムの提案が生まれることを期待してやみません。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/107458387.html</link>
      <title>身近な問題を笑いながら説教する</title>
      <pubDate>Fri, 03 Oct 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>閣僚になって数日間で辞めてしまうなんて、どう考えても異常で情けないと思います。中山さんは言いたいことをいうために大臣になったのではないはずなのに、ついつい言いたい放題になってしまいました。私が情けないと思ったのは、中山さんの発言の中身ではありません。政治家にとって言葉は商売道具なのに、逆にその道具にやられてしまうのが情けないのです。言葉を発することによって何が起きるかの予測もできない政治家は、やっぱりプロではないと思います。これは営業マンが商談で顧客を不愉快にさせてしまうこと...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
閣僚になって数日間で辞めてしまうなんて、どう考えても異常で情けないと思います。中山さんは言いたいことをいうために大臣になったのではないはずなのに、ついつい言いたい放題になってしまいました。<br /><br />私が情けないと思ったのは、中山さんの発言の中身ではありません。政治家にとって言葉は商売道具なのに、逆にその道具にやられてしまうのが情けないのです。言葉を発することによって何が起きるかの予測もできない政治家は、やっぱりプロではないと思います。これは営業マンが商談で顧客を不愉快にさせてしまうことと同じです。<br /><br />しかし、中山さんが言っていることに、私も賛成する部分があります。それは日本教育の問題です。<br /><br />私の家からそれほど離れていないところに一軒屋のマイホームを持ち、ベンツを乗り回している金持ちが、子供の三千数百円の給食費を払わないのです。これまでは報道などで聞いていますが、実際に身の回りに居たとは驚きです。<br /><br />日本の学校給食は衛生の面からみても栄養の面から見てもコストの面から見て羨ましい制度です。しかし、税金の補助を当てられた後のわずかな給食費さえも、払わない人々がこれだけ増えたことが信じられません。これは学力の低下以前の問題です。<br /><br />食べながら給食費を払わないという行為は、本来恥じるべき行為ですが、払わない人々は堂々としています。この現象は日教組と何の関係もなさそうです。日本の教育の問題は間違いなく深刻ですが、教育の失敗を全部日教組のせいにすること自体は、日本の教育をさらに悪化させることにつながります。<br /><br />さて、今日のメルマガはもともと中山さんの辞任問題を議論するつもりもなく、日本の教育問題を議論するつもりもありません。実はこれまでのおしゃべりは全部思い付きでして本当は皆様にご報告したいことがあります。<br /><br />来る10月5日、日曜日の午後１１：００にNHK総合で新しい番組の放送が始まります。「世直しバラエティー カンゴロンゴ」です。さまざまな社会問題を取り上げて明るく笑いながら問題点を解き明かす番組です。<br /><a href="http://www.nhk.or.jp/kango/" target="_blank">http://www.nhk.or.jp/kango/</a><br />問題を再現する短いドラマがあり、そのドラマを見ながらラーメン屋でトークします。最後にドラマの主人公がラーメン屋の2階にいる知恵の老人（平幹二朗さん）に相談にいくという設定です。<br /><br />私は番組の企画段階から関わらせていただきましたが、ついでに出演も頼まれました。ラーメン屋の客として毎回ラーメン屋の店長（猿岩石の有吉さん）、店員（夏川純さん）、そしてとなりのお客さん（ダンディ坂野さん）や「教授」と自由奔放にトークを展開します。<br /><br />偶然にも初回放送のテーマは給食費の不払い問題を取り上げます。１１時は少し遅い時間帯ですが、ぜひご覧ください。そしてぜひご遠慮なくご意見をください。これから毎週出ますので、番組をよくするためのご意見とアイディアをお待ちしてます。<br /><br />P．S．<br />それからフジテレビの「報道２００１」も１０月に改変します（タイトルは「新報道２００１」に変わります）。<a href="http://wwwz.fujitv.co.jp/bangumi/index.html" target="_blank">http://wwwz.fujitv.co.jp/bangumi/index.html</a><br />政治だけではなく経済やグローバル問題などをも取り上げるようになるそうです。１０月５日（日曜日）から私がレギュラー・コメンテーターとして出演することになりました。<br /><br />微力ですが、より多くの方々にご覧になっていただけるように頑張りたいと思います。このメルマガの読者の皆様からぜひ身内としての、本音のご意見とご批判をいただきたいと思います。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&amp;sid=bsou&amp;tid=seesaa_hotspot&amp;k=%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A2%20%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0&amp;hid=35</link>
      <title>オススメ・スポンサーサイト「フロア コーティング」</title>
      <pubDate>Fri, 03 Oct 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description><![CDATA[
<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0&hid=35">リフォーム</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%20%E6%84%9B%E7%9F%A5&hid=35">リフォーム 愛知</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%20%E5%A4%A7%E9%98%AA&hid=35">リフォーム 大阪</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%20%E5%9F%BC%E7%8E%89&hid=35">リフォーム 埼玉</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=335188&sid=bsou&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0&hid=35">リフォーム</a>
]]></description>
      <author>ads by Seesaa</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/106737726.html</link>
      <title>差別が全部悪いとは限らない</title>
      <pubDate>Fri, 19 Sep 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>「また人の注意をわざと引き寄せるタイトルをつけるね」と多くの読者が思われると思いますが、決してそれだけではありません。中国人への差別を持つ日本人がいるように、日本人への差別を持つ中国人もいます。幸いにして私はその両方を冷静に観察できる立場にいるのでよく分かります。無知とコンプレックスの塊で向上心のない人々です。しかし、「中国人は信号を守らない」、「中国人の労働モラルが低い」、「中国には言論の自由がない」、「中国食品の安全性が低い」などを聞くと私は差別を感じないのです。たしかに...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「また人の注意をわざと引き寄せるタイトルをつけるね」と多くの読者が思われると思いますが、決してそれだけではありません。<br /><br />中国人への差別を持つ日本人がいるように、日本人への差別を持つ中国人もいます。幸いにして私はその両方を冷静に観察できる立場にいるのでよく分かります。無知とコンプレックスの塊で向上心のない人々です。<br /><br />しかし、「中国人は信号を守らない」、「中国人の労働モラルが低い」、「中国には言論の自由がない」、「中国食品の安全性が低い」などを聞くと私は差別を感じないのです。たしかに差別意識を持った上でそのような発言をする人もいるでしょうが、少なくともその「差別」を裏付ける事実があるのです。<br /><br />「日本人は全員信号を守っているのか」、「日本に怠け者がいないのか」、「日本もタブーだらけじゃないか」、「日本も有害な事故米を流す業者がいるじゃないか」と反論する中国人もいますが、それは進歩を拒む人たちのロジックです。あるいは相手に悪意を感じるあまり、感情的になった人々の喧嘩です。<br /><br />私は差別の意識があっても、それが本当である場合、素直に受け入れる勇気を持つべきだと思います。愉快ではないのですが、相手のためではなく自分のためにそれを受け入れるべきだと思います。差別に真実が隠れている時があります。これが「差別が全部悪いとは限らない」の第一の理由です。<br /><br />実は弱い人ほど差別を好むのです。学校のいじめをみれば分かるように、本当に強い子はいじめのグループに入りません。また、いじめっ子が大人になると大成しないことも世界的な傾向だそうです。差別は差別されないための事前手段であり、差別される心を満たすためのバランス行為なのです。<br /><br />しかし、人間は誰しも弱いのでどうしてもそのような誘惑に負けてしまうのです。この点において宋　文洲も決して例外ではありません。ついついそのような誘惑に近づきたくなる時があります。あるいは気が付いたらその誘惑にはまっている時もあります。<br /><br />私がその弱い自分を知ったのは、自分が差別を受けた時です。相手が私よりも弱いのに私を差別する事実をみると、私は自分の弱さに気付くのです。差別を受けてはじめて自分も人を差別していることに気付き、反省のきっかけになります。これが「差別が全部悪いとは限らない」の第二の理由です。<br /><br />優しい人と乱暴な人。努力する人と怠ける人。戦いに勝った人と負けた人。同じ人間ですが、それぞれの行いとその結果に応じて人々を区別することは当然です。金メダリストのお立ち台は銀と銅のそれより高いのは当然です。乱暴な人間から友達が離れていくのも当然です。優しく楽しい人をパーティや飲み会に誘いたいのも当然です。<br /><br />ごく普通の区別をどうしても「差別」と言いたい人が世の中には居ます。その「差別」をなくすことによって自分が甘い汁を吸う人たちです。残念ながら世の中には全員が合意できる「区別」と「差別」の線引きは存在しません。これが「差別が全部悪いとは限らない」の第三の理由です。<br /><br />どんな偉い人（組織）にも弱点があり、どんな成功者（国）にも失敗の歴史があります。だから誰でも差別される「口実」があって相手の都合によって差別されるのです。差別を受けること自体は普通のことであり、差別されていない証拠です。これが「差別が全部悪いとは限らない」の第四の理由です。<br /><br />まだまだ理由がありますが、皆さんのお時間を大切にするために割愛します。<br /><br />最後にくどいのですが、「差別が良い」はありえないのです。「差別が全部悪いとは限らない」と申し上げているのです。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/106005749.html</link>
      <title>弱小の魂が綺麗か</title>
      <pubDate>Fri, 05 Sep 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>私の祖父は苦労して蓄積した家財と土地を奪われた上、迫害され若くして亡くなりました。彼を収奪し死に追い込んだのはそれまでの可哀想な貧農であり、今で言う弱者達でした。祖父と同じ立場の人の中で生き埋めされた人も居ました。「共産革命」は最も貧乏だった人々に無法の権力を与え、それまでの強者を徹底的に迫害しました。あの非人道的で暴力的なやり方は、強者のやり方をはるかに超えていました。しかし、権力についた元弱者達は特権を乱用し、人権を無視し、金や女に溺れていきました。その節度の無さは、権力...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
私の祖父は苦労して蓄積した家財と土地を奪われた上、迫害され若くして亡くなりました。彼を収奪し死に追い込んだのはそれまでの可哀想な貧農であり、今で言う弱者達でした。祖父と同じ立場の人の中で生き埋めされた人も居ました。<br /><br />「共産革命」は最も貧乏だった人々に無法の権力を与え、それまでの強者を徹底的に迫害しました。あの非人道的で暴力的なやり方は、強者のやり方をはるかに超えていました。<br /><br />しかし、権力についた元弱者達は特権を乱用し、人権を無視し、金や女に溺れていきました。その節度の無さは、権力と富に飢えていた分、元強者をはるかに超えていました。<br /><br />魂の綺麗さは、人の強弱や富の有無とは関係ありません。弱者が綺麗な心の持ち主と考える風潮は妬みであり、欺瞞です。<br /><br />現代において、身体障害者や少数民族や貧困層への差別排除は正義として世界的な支持を得ています。真に嬉しいことですが、弱者補助が弱者美化に繋がってはなりません。<br /><br />街で見かける身体障害者や高齢者の中には、マナーや礼儀を守らない人がいないわけでもありません。他人のせいで自分が障害を負い、年をとったような態度です。この福利がきちんとした日本では、身体障害や高齢はぜんぜん不幸ではありません。不幸なのはそのような魂を持ったことです。<br /><br />国際政治も同じです。小国の権利を踏みにじる大国は非難されるのですが、小国の暴虐は咎められるところか、同情されてしまいます。<br /><br />武力は紛争を解決できないことを分かっていながら、あえて南オセチアへの武力侵攻を敢行したグルジア。しかもオリンピック開催中のタイミングを選んでの挑発ぶり。ロシアによる南オセチアの独立承認は容認できませんが、先に暴力に訴えたグルジアが同情される国際世論はいったい誰によって形成されたでしょうか。<br /><br />弱者は格別に綺麗な魂の持ち主ではないことに加えて、汚い魂を持つ一部の政治勢力は、常に弱者を利用してきた世界の政治史があります。革命に利用される弱者、革命を利用する弱者。大国に利用される小国、大国を利用する小国。利用する側が利用されたり、利用される側が利用したりしますが、同じ魂が同じ原理に基づいて異なる条件下で働いているのみです。<br /><br />大小強弱と関係なくわれわれ人類が自分の魂に共通して暗黒の部分を持つのです。大小強弱によって人類の魂を仕分ける発想は魂の反省を妨げているだけなのです。<br /><br />P.S.<br /><br />読者の皆さんへ<br /><br />前回のメルマガについていろいろとコメントをいただきありがとうございました。<br /><br />「世論右翼」のタイトルは「ネット右翼」にちなんで軽い乗りで付けましたが、「世論左翼」にしても良かったです。極端を走ることを表現したかったです。このごろ左翼の組織の話題も殆どなくなったため、「世論右翼」のほうが分かりやすいと思いました。<br /><br />中国もそうですが、実は左翼と右翼は非常に気持ちが通じ合うそうです。一方から脱退した場合、非常に高い確率で反対側のほうに入るそうです。戦前の極右の朝日新聞が戦後に極左になるように、彼らの共通の本質は極端を走ることであり、主義主張そのものではないのです。<br /><br />また、私は「翼」の存在は非難されるべきではないと思います。左右のバランスさえ取れれば社会を前進させる原動力になると思います。ちょうど鳥が二つの翼で速く飛ぶように。しかし、片方の翼が機能しない時は要注意です。<br /><br />それから「週刊ポスト」への寄稿で「操」を取り上げましたが、とても嬉しいコメントをいただきました。札幌に来たばかりの時に中国語を教えた「少年」からのご指摘です。「教え子」から私が知らなかった「操」の経緯を教えてくれました。興味のある方はどうぞ前回のコメントご覧ください。実名（津本 佳比古さん）によるコメントです。<br /><br />私は20年前にその少年と出会った時の印象を今でも忘れられません。女の子のように見える可愛らしい彼が、いきなり綺麗な北京語で私に挨拶してくれました。お母さんの説明を聞くとびっくりしましたが、彼がたまたまNHKから流れてきた中国語（講座）が聞こえてきて、その音調に興味を持ち、勉強したいと言い出したそうです。<br /><br />私は彼に中国語を教えたよりも、彼の遊び相手になっただけでした。しゃべった言葉をその場で覚える人には、生まれて初めて会いました。<br /><br />これがきっかけで佳比古ちゃんの家によく遊びに行くようになりました。ご飯を食べたり泊まったりいろいろともらったりしていました。深夜までいろいろと語り合っていました。不思議なことにまだ小学校低学年なのに佳比古ちゃんはずっと大人の話に付き合ってくれました。<br /><br />家庭教師もつかない、塾も通わない彼ですが、学校でのテストが95点の科目があると泣いてしまいます。嬉しくて泣いたのかと思うと、なんと100点じゃないから泣いていたのです。呆れるというかうらやましいというか、とにかくこの少年は普通ではないと思いました。<br /><br />その後、佳比古さんは早稲田の政経に入って大学院にも進学しました。今普通に商社に入って働いているようですが、普通の人にこそ普通ではない人がたくさんいるものです。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/105103088.html</link>
      <title>「世論右翼」</title>
      <pubDate>Fri, 22 Aug 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>これは私が付けた名前です。特定の信念も問題意識も持っていないのに世論に感染し、突然極端な言動に出る人のことを指します。8月19日、インテリジェンス社のＨＰのメール欄に社長の鎌田さんを「殺しに行く」との脅迫メールを送った男は、警視庁に逮捕されました。鎌田さんは古くからよく知っている若手経営者で実に好青年です。人柄の良さから人材派遣協会理事長を引き受けていますが、その立場もあって、マスコミに対して日雇い派遣禁止に反対の意見を表明しました。別の派遣会社に所属したことのある容疑者は、...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
これは私が付けた名前です。特定の信念も問題意識も持っていないのに世論に感染し、突然極端な言動に出る人のことを指します。<br /><br />8月19日、インテリジェンス社のＨＰのメール欄に社長の鎌田さんを「殺しに行く」との脅迫メールを送った男は、警視庁に逮捕されました。<br /><br />鎌田さんは古くからよく知っている若手経営者で実に好青年です。人柄の良さから人材派遣協会理事長を引き受けていますが、その立場もあって、マスコミに対して日雇い派遣禁止に反対の意見を表明しました。<br /><br />別の派遣会社に所属したことのある容疑者は、それを知って「どこまで人を搾取すれば気が済むんだ？殺しに行くからな」などとインテリジェンス社のＨＰのメール欄に書き込みました。<br /><br />正直言って、私は以前から派遣業界に制度上の欠陥があって、その隙を突いてきた派遣する側も利用する側も、問題があると言ってきました。当然、規制を緩和しすぎた行政側も責任がないわけではありません。<br /><br />しかし、問題点を克服するような新しい制度と監督体制が整備されれば、日雇い派遣そのものを禁止しないことも、まともな考え方の一つです。現に逮捕された容疑者が自ら進んで日雇い派遣に従事したのは、彼のニーズであって強制された訳ではないのです。いきなり禁止して彼が急に正社員になれるとはとても想像できないのです。<br /><br />仮に鎌田さんの考えが間違ったとしても、この容疑者は自分でその間違いを発見した訳ではなく、一方向に流れる「世論の洪水」を見て、その間違いを「認識」したはずです。あるいは、その間違いに気付いても「世論の洪水」の後押しが無ければ、彼はとても反対する勇気は持てません。自ら派遣社員になったこと自体、その制度に加担した証拠です。<br /><br />そういう自己意思を持たない人々が「世論の洪水」に押され「暴徒化」する現象は今に始まったことではありません。<br /><br />２年前、村上ファンドの問題が明らかになった時、村上氏がソフトブレーン社外取締役を務めていたため、私は突然、攻撃を受けました。掲示板に「会社を辞めろ」などの書き込みはまだ優しいもので、とても口に出せない中国人を差別するような書き込みがずらりと並びました。（皮肉にもこの後のコラムでは日本語の清潔さを褒めていますが）。<br /><br />一番辛いのは匿名電話でした。たぶん普段私に何の恨みのない優しい人々からの脅迫だと思いますが、「日本人の怖さ」を知った瞬間です。<br /><br />今回の鎌田さんと同様、ソフトブレーンのＨＰにあるお問い合わせメールに「ちょんころ会長」、「貧しい国民性の中国に帰ればいいだろう」、「たかだかの中国人のくせに、偉そうに日本人のやり方を批判するな」などの侮辱のメールを送ってきた人がいました。メールアドレスをみるとソフトブレーンと取引関係のある会社のメールと分かりました。（詳細に興味のある方は06年6月23日発行の第49号の「反響・反論・反省」をご覧ください）<br /><br />早速法務担当者が先方の社長に連絡して調べていただいたところ、その会社の契約社員が送ったメールだと分かりました。証拠も押さえているし侮辱罪などで訴えることもできましたが、彼の立場を知って彼を許すことにしました。<br /><br />自分で考える習慣の無い人がよい仕事に付かない。よい仕事がないから不満が溜まる。世論が多様性を失って洪水化すると彼らはそれに便乗して不満を発散させる。主義主張がない分、不満が多い分、失うものがない分、彼らが極端を走る。<br /><br />これが冒頭に定義した「世論右翼」が生まれる背景です。<br /><br />Ｐ．Ｓ．<br />ご存知の方も居られると思いますが、私は「週間ポスト」で毎週コラムを連載しております。編集部が曰く「人気コラム」だそうです。<br /><br />今週は大新聞が掲載してくれないコラムを書きましたので飲み会のネタとして読んでみてください。<br /><br />               意外？　操に込められた相手への侮辱<br /><br />千葉県に「我孫子」という町がありますね。でも、日本のことをあまり知らない中国人が「我孫子」を見たら、おそらく大変びっくりすると思います。なぜならばそれが人を罵る言葉だからです。<br /><br />もともと、中国語で「我孫子」といえば「私の孫」という意味です。ですからもちろん、中国人が自分の孫を「我孫子」と言う時は侮辱する意味にはなりません。しかし、同性で（異性はまた別）、自分の孫でもない人のことを「我孫子」と呼んだ途端、これが相手を罵ることになるのです。<br /><br />実際、特に中国の古い習慣が残る地方では、相手を罵る時に「我孫子」がよく使われます。これがおそらく儒教と関係があるのではないかと思います。<br /><br />儒教はお年寄りを大切にするイメージがありますが、その裏に若者が未熟で愚かという考えがペアになっています。孫は子供の子供ですから、未熟のそのまた未熟な人間ということになりますね。<br /><br />つまり、血のつながりの無い人を「我孫子」と呼ぶことは、相手を「未熟さの極まり」といっているようなものです。<br /><br />実際にこうした言葉が使われる状況を感覚的に理解していない日本人にはピントこないかもしれませんが、とにかく中国人は「我孫子」といわれると、酷い侮辱に感じるのです。<br /><br />実は日本語というのは、人を罵る言葉が非常に少ない言葉です。たとえば中国語には、英語の侮辱語「ファック」と同じ意味、同じ使われ方をする漢字があります。皆さんもよくご存知の「操」という字です。<br /><br />もちろん中国語でも、日本語と同じように「体操」や「操作」などの表現に「操」の字を普通に使っていますが、俗語の中で１文字の「操」（ツアウ）を使うと、間違いなく「ファック」という意味になってしまいます。この「操」の後ろに目的語の「おまえ」とかを付ければ、英語の「ファック・ユー」とまったく同じ使い方になります。<br /><br />それにしても、なぜ中国人にしろアメリカ人にしろ「ファック」（操）を相手への侮辱だと思うのでしょうか。<br /><br />ここで私が思い出すのは、猿のマウンティング行為です。立場が上の猿は、よく格下の猿の背中に乗ってセックスするふりをします。オス同士なのにそんなことをするのは決して同性愛行為ではなく、相手が格下であり自分の方が優位にあることを確認するためです。<br /><br />中国語や英語にある表現はそうした原始の野蛮の痕跡ではないでしょうか。<br /><br />一方、日本語では「操」は「みさお」とも読み、逆に「節度がある」ことを示しますから、言葉というのは本当意面白いですね。<br /><br />なぜ日本語がこれほど汚い表現の少ない言葉になったか、私にはよくわかりませんが、相手を罵る言葉のバラエティという点では、日本語は世界的にみても最も少ない方に属しているのではないかと思います。この意味において日本語は本当にきれいな言葉です。<br /><br />ただ、日本語を使って思い切り相手を罵倒したい時の物足りなさは、日本人の皆さんにはなかなか理解しがたいかもしれませんね（笑い）。（「週間ポスト」８．２９号）<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/104339163.html</link>
      <title>祈りが通じた時</title>
      <pubDate>Fri, 08 Aug 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>「アエラ」の取材に応じるために久しぶりにソフトブレーンの本社を訪ねました。経理の若い社員が私のところに寄って来て「宋さん、これを書類棚から見つけました」と一枚の会社案内を渡してくれました。それは平成10年に作られたソフトブレーンの会社案内でした。若かった社長（私）と若かった社員達の写真をみていると10年前の思いが急に蘇りました。ちょうど10年前、私と会社は札幌から東京に移りました。今のようにネットから地図や乗換え情報を瞬時に得られるような時代ではなかったため、顧客のオフィスに...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「アエラ」の取材に応じるために久しぶりにソフトブレーンの本社を訪ねました。経理の若い社員が私のところに寄って来て「宋さん、これを書類棚から見つけました」と一枚の会社案内を渡してくれました。<br /><br />それは平成10年に作られたソフトブレーンの会社案内でした。若かった社長（私）と若かった社員達の写真をみていると10年前の思いが急に蘇りました。<br /><br />ちょうど10年前、私と会社は札幌から東京に移りました。今のようにネットから地図や乗換え情報を瞬時に得られるような時代ではなかったため、顧客のオフィスにたどり着くだけでも大変でした。<br /><br />当時のソフトブレーンは創業から5年経っていて、事業はまだ土木のソフトウェア販売でした。社員も2、30名程度で、土木業界の一部技術者を除けば殆どの人々はソフトブレーンの会社名を聞いたことがありません。<br /><br />その時の自分は何を考え、社員達は何を感じていたかを知りたくてパンフレットを隅から隅まで読んでみました。<br /><br />社員募集に主眼を置く会社案内だったのでインタビュー形式をとっていました。社長への印象を聞かれた社員達の答えは「社長は自分が指示したことをよく忘れる」とか、「声がでかい」とかがありました。これを読んで「あ、もう一生変わらないな」と思いました。<br /><br />10年後のことについて聞かれた社長（私）の答えは「私が居なくてもよい会社になっている」でした。これを読んで「10年前に既に公式に宣言していたんだ」と今の自分は少々驚きました。<br /><br />よく｢人間は思ったことしかしない｣という言葉を聞きますが、まさにその通りです。私は昔から「ベンチャー企業の最大の弱点は創業者への過剰依存だ」と思っていました。その思いがずっと変わらないからこそ、それに沿った行動も取り続けられたと思います。<br /><br />知らない社員が増え、誰もが私に特別に気を遣わない、今のソフトブレーンは大好きです。自分が撒いた種が苗になり、しっかりした木になったような風景をみて自分の祈りが通じたと思います。台風が来る時は心配ですが、もっと強くなるようにと霊魂を込めて祈ります。<br /><br />そういえば10年前の思いも祈る思いでした。上京し道も知らない私と社員達は、同時に事業の転換も図りました。いつ潰れてもおかしくない状態の中で私は10年後への思いを持ち続けました。<br /><br />人生には「必ずそうなる」という保証は自分も他人もできません。しかし、どんなに大きな困難に直面しても、どんなに心細くなっても、人は遠くを見据え、思い、願い、そして最後に祈ることができます。<br /><br />弁証法と唯物論をしっかり教えられた自分には宗教上のお祈りはできませんが、ベストを尽くしてもなかなか光が見えてこない時には祈るしかありません。祈りは弱った心に安らぎと休息を与える方法であり、逃避ではありません。<br /><br />尊敬している稲盛さんがよく「祈ったか」と頑張っているつもりの若者に聞くそうです。祈るしか打つ手が残っていない時は全力を尽くした時です。この時の祈りこそ意外と通じるものが多いと思います。ただし、それは後になって分かることです。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/103507828.html</link>
      <title>石油投機筋の「おかげ」</title>
      <pubDate>Fri, 25 Jul 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>都内を移動する方ならもう気付いたと思いますが、東京の車渋滞はだいぶ軽くなりました。特に首都高の渋滞解消が顕著だと思います。これはいうまでもなく石油高騰の「おかげ」です。インフレや金融不安から一部の投機マネーが石油や食料を不当に高騰させたのは事実です。その結果、インフレがさらに悪化し、経済が冷え込み、食料難で貧困層の生存権までを侵しています。人間の生存権をも奪うような投機は自由経済という仮面をかぶった人権侵害であり、世界中の人々が連携してそれを阻止すべきだと思うのですが、残念な...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
都内を移動する方ならもう気付いたと思いますが、東京の車渋滞はだいぶ軽くなりました。特に首都高の渋滞解消が顕著だと思います。<br /><br />これはいうまでもなく石油高騰の「おかげ」です。インフレや金融不安から一部の投機マネーが石油や食料を不当に高騰させたのは事実です。その結果、インフレがさらに悪化し、経済が冷え込み、食料難で貧困層の生存権までを侵しています。<br /><br />人間の生存権をも奪うような投機は自由経済という仮面をかぶった人権侵害であり、世界中の人々が連携してそれを阻止すべきだと思うのですが、残念ながら人々を動かしたのは同情心や思いやりではなく、市場です。<br /><br />札束を燃やして走りたくないという経済理由から車を使う人が減りました。もし、石油高騰が食料などの生活必需品までも高騰させる連鎖がなければ、私は石油高騰を歓迎したいと思います。無駄なガソリンを燃やさないという動機は「高いガソリン」によってしか誘発されないからです。<br /><br />100メートル先の信号が既に赤くなっているのに、またアクセルを踏む人がどれほどいるでしょうか。前の車両との距離が残りわずかになって、今度はきついブレーキを踏む。田舎者の私にはそのような運転にすぐ酔ってしまい、気分が悪くなりますが、意外とこの手の運転が多いのです。<br /><br />それと電車で来ればいいのに、わざわざ車庫から車を出し、渋滞に耐え、駐車場探しに苦労して車を運転する人がいます。好きだと言われると返す言葉がありませんが、ガソリンが高くなれば何も言わなくてもその「好き」が潜んでしまいます。<br /><br />世界中でも東京ほど公共交通が便利な街はないと思います。田舎に住むと自家用車がないと困るのは分かりますが、東京での移動はほとんど自家用車は要らないと思います。<br /><br />北京は東京よりずっと公共交通は不便ですが、それでも所得の低い市民はそれを我慢して利用したり、自転車をこいだりします。それでも北京渋滞は東京以上に酷いです。自家用車を持つ中産階級が増えた上、役人の公用車も多いからです。<br />中国政府も時代に逆行して、なんとガソリンに補助金を出しているのです。これこそ火に油を注ぐ愚策です。環境破壊を助長し、投機筋に援軍を送るようなものです。<br /><br />あれこれ文句を言いましたが、やっぱり早く電気自動車を普及させてほしいと思います。先日トヨタ自動車の張富士夫会長と食事した時に、電気自動車を聞いてみましたが、しばらくはコスト上の困難があるとのことです。<br /><br />しかし、そろそろ発売されるプラグイン自動車の燃費は、普通乗用車の３倍以上だそうです。これは今の車台数が３分の１に減る効果ですので、ガソリン緊迫を見込んだ投機筋もそう長く強気でいられないと思います。しかし、彼らの投機がわれわれの意識と知恵を刺激し、行動を促したのです。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/102565639.html</link>
      <title>「忙しい人」は暇</title>
      <pubDate>Fri, 11 Jul 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>「お忙しい中、わざわざ・・・」。このようなことを言われた人はだいたい暇な人です。なぜならば、これは偉い人に使う言葉です。この言葉をかけられるまで偉いとだいたいもう具体的な仕事をしていません。このことから今回のメルマガのタイトルを思い付いたのです。リゾート旅館を経営している友人から聞いたのですが、老人クラブの温泉旅行ツアーは「のんびり」という言葉が禁句だそうです。いろいろな言い訳を作って時間の空白を埋めてお年寄りたちに忙しさを実感させるのです。そろそろ夏祭りの季節になりますが、...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「お忙しい中、わざわざ・・・」。このようなことを言われた人はだいたい暇な人です。なぜならば、これは偉い人に使う言葉です。この言葉をかけられるまで偉いとだいたいもう具体的な仕事をしていません。このことから今回のメルマガのタイトルを思い付いたのです。<br /><br />リゾート旅館を経営している友人から聞いたのですが、老人クラブの温泉旅行ツアーは「のんびり」という言葉が禁句だそうです。いろいろな言い訳を作って時間の空白を埋めてお年寄りたちに忙しさを実感させるのです。<br /><br />そろそろ夏祭りの季節になりますが、皆さんも祭りの人々を観察するといいと思います。だいたいコアメンバーたちは楽しそうに「あー忙しい」と口にします。<br /><br />そうです。もともと忙しいというのは、浮かれている状態のことを指しています。だから漢字では「心を亡くしている」と表現します。これはものを考えないお祭り状態のことです。<br /><br />周りの人々のことを観察してみるとすぐ分かると思いますが、時間を有効に利用し、しっかり仕事をしている人は口癖のように「忙しい」と言わないはずです。実質の仕事をしないのによい評価だけを得たい人は、だいたいよく「忙しい」というのです。<br /><br />相手を褒めるつもりで「お忙しいでしょう」とか「お忙しい中」とか言うのは明らかに「あなたは偉いから上面のことだけすればいいでしょう」という潜在心理が効いています。<br /><br />いわゆる「急ぐ」という意味での「忙しさ」は確かにありますが、これは長期間にわたって継続できるものではありません。光があるから陰があるように、普通の時間があってはじめて「忙しい」という表現が成り立つのです。<br /><br />「忙しい人」とは普通の時間を持たない人のことです。これはどのくらいおかしいかというと、トイレから食事まで、家族との会話から同僚との打合せまで全部「大至急」というようなものです。何でも「大至急」という人には大至急が無くなると同じように、いつも忙しいという人には忙しいことはありません。<br /><br />ここまでいうと多くの仕事を抱えて休む暇の無い人までが、「忙しい」と言ってはいけない雰囲気になってしまいますが、誤解しないでください。私が言いたいのはあまり口に「忙しい」という言葉を出さないほうが良いということです。もし、仕事で「心を亡くす」ような状態が続く場合、むしろ早くそのような状態から脱出しないといけません。<br /><br />結果を生み出すのは忙しさではありません。結果に繋がる有効なプロセスです。健康な肉体と精神状態を維持し、継続可能な働き方が基本です。その同じ基本の上で異なる成果を上げたいのであれば、知恵を動員し優先順位を調整するしかありません。<br /><br />帰る時に残っている仕事はいつも優先順位の低い仕事の人が、良い成果を残します。やるべきことを全部やって帰る人は大した成果を残せません。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/101564777.html</link>
      <title>弁明ではないが…</title>
      <pubDate>Fri, 27 Jun 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>「大新聞の恥」と題した前回のメルマガについてたくさんの皆様からコメントをいただきました。本当にうれしかったのです。経験、知識の限界に、思い込み、勘違いのくせ。私の文章には、このような限界とくせが常に入っています。これは謙遜ではなく本音です。実は書きながら既に自分の意見に反論している時があります。弁明ではないのですが、前回の場合、文章を書きながら「新聞以外のニュースもチェックしなかった自分が悪いよね」と思っていました。あえてこのような反省文を入れないのは文字数を節約し、テーマを...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「大新聞の恥」と題した前回のメルマガについてたくさんの皆様からコメントをいただきました。本当にうれしかったのです。<br /><br />経験、知識の限界に、思い込み、勘違いのくせ。私の文章には、このような限界とくせが常に入っています。これは謙遜ではなく本音です。実は書きながら既に自分の意見に反論している時があります。<br /><br />弁明ではないのですが、前回の場合、文章を書きながら「新聞以外のニュースもチェックしなかった自分が悪いよね」と思っていました。あえてこのような反省文を入れないのは文字数を節約し、テーマを「新聞の改革」に絞るためでもありますが、完璧ではない自分を素直に皆様の前に晒したかったのです。<br /><br />テレビは全く見ないのではなく、気に入った少数の番組を見ています。多様な価値観とニーズに、柔軟に対応できない地上波の現状に不満を抱いているのはたぶん皆様も同じだと思います。多様性に対応できないから流行りのテーマを追いかけたり、無難なタレントに頼ったりするのです。私のテレビ業界の友人達も同様な危機感を持っています。<br /><br />実は事件当日の日曜日は、一日中野外で農作業をして夕食の後はすぐ爆睡しました。翌朝は早起きしましたが、締め切りになった原稿の追い込みに励んだ後、そのままタクシーに飛び込みました。ネットやメールをチェックする暇がなかった、稀なケースです。<br /><br />もう古い人間になったのかもしれませんが、ネットがいくら発達しても朝の新聞は楽しみです。あの匂いとあの重量感。トイレで読むのもまた良いのです。いくら時間がなくても、パラパラと見出しを眺めるだけでも日本や世界で起きた重大な出来事がすぐわかります。<br /><br />新聞が完全にネットにシフトし、紙による発行がなくなる日が来るかもしれませんが、悲しいお話です。紙の新聞を愛しているからこそ一斉の休刊に「恨み」を持ったのです。部数という量に拘らず紙の新聞を愛する客層に絞った新聞の経営改革を行ってほしいと思います。<br /><br />数を絞れば無理な売り込みも要らなくなり、価格や流通の改革も可能になるはずです。コメントでいただいた理由は一応、私も知っていますが、経営改革とは横との比較ではなく、既存制度の改善でもありません。変化したマーケットを直視し、ビジネスプロセスそのものを見直すことだと思います。<br /><br />経営改革を行っても10年後の日本に紙の新聞はもうないかもしれません。それは10年前の98年に今の世の中を想像できなかったことと同じです。しかし、そうだとしてもそれが過去の新聞の仕組みと商習慣を維持する理由にはなりません。<br /><br />「10年後の朝。私はネット端末の電源を入れ、それを持ったままトイレに入ったり、ベッドに戻ったりするだろうか。嗚呼、するかもしれない。世の中に慣れるしかないからなあ…」。この記事を書きながら最後にこんなこともふっと思いました。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/100255727.html</link>
      <title>大新聞の恥</title>
      <pubDate>Fri, 13 Jun 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>タクシーに乗った私に運転手さんが突然に声をかけてきました。「お客さん、７人も通り魔に殺されたのを知っているよね？」と。「えっ、それはどこの国で起きたの？」と聞くと「日本だよ、日本の秋葉原だよ、この国も危ない国なったね。まったく・・・」。運転手さんは、まだぶつぶつ文句を言っていましたが、私はむしろなぜこんな大事件を知らなかったのかについて懸命に考え始めました。事件当日の日曜日は、テレビを見ませんでした。月曜日の朝もテレビを見ませんでした。チャンネルの数が少ないですし、笑えないお...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
タクシーに乗った私に運転手さんが突然に声をかけてきました。「お客さん、７人も通り魔に殺されたのを知っているよね？」と。「えっ、それはどこの国で起きたの？」と聞くと「日本だよ、日本の秋葉原だよ、この国も危ない国なったね。まったく・・・」。<br /><br />運転手さんは、まだぶつぶつ文句を言っていましたが、私はむしろなぜこんな大事件を知らなかったのかについて懸命に考え始めました。<br /><br />事件当日の日曜日は、テレビを見ませんでした。月曜日の朝もテレビを見ませんでした。チャンネルの数が少ないですし、笑えないお笑い芸人がたらい回されているだけです。そういえば、最近しばらくテレビを見ていないことに気付きました。<br /><br />ニュースはいつも新聞の朝刊で読みます。だから毎朝真っ先に新聞受けに向かいます。「そういえば今朝はなぜ新聞を見なかったのか」と考え始めると、すぐ「そうか、今朝の新聞受けは空だった。今日は休刊日だった。」と気付きました。この瞬間、前からずっと溜まっていた大手新聞の休刊癖への不満が湧き上がりました。<br /><br />「日刊」と自称しながら発行しない日があるのが大手新聞です。しかもライバル同士なのにちゃんと相談して同じ日に休刊することにしています。配達や整備などの都合だと言い訳をしていますが、これは典型的な業界談合です。<br /><br />７人が死亡し、十数人が重軽傷を負うという前代未聞の大事件を朝刊の紙面に載せることができません。報道のプロとして記者や編集者達は相当悔しい思いをしていたに違いありません。何しろ、現場に飛び込んで取材しても新聞そのものが発行されないのですから、そのニュースを流しようがありません。<br /><br />新聞を牛耳るフィクサー達にとって休刊日は当然のようです。「俺が報道しない時は世の中にニュースはない」という傲慢な態度です。右の新聞も左の新聞も仲良く休むのもまた不思議です。よっぽど夕刊フジや日刊ゲンダイのほうが新聞らしいと思います。<br /><br />Ｐ．Ｓ．<br />一部の方はもうご存知だと思いますが、私は毎週「週間ポスト」で「時字放談」という気楽なコラムを書いています。先週は四川大震災と絡んで「災」の字を取り上げました。今回の震災に際して日本が一早く駆けつけたことで中国国民の間に感動と感謝の気持ちが広がりました。久しぶりに日中間の絆を感じました。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/98309738.html</link>
      <title>恐怖の大切さ</title>
      <pubDate>Fri, 30 May 2008 08:00:00 +0900</pubDate>
            <description>恐怖にはよいイメージがありません。恐怖を好む人もいません。しかし、恐怖でないと分からないことがあり、恐怖を通じないと得られない人間性があります。私は高所が苦手です。危ない車よりも安全な飛行機を嫌う、理屈抜きの高所恐怖症です。飛行機が揺れるとすぐこのまま落下するのではと心配してしまいます。自分で会社を創業して５年たった頃、出張のため乗っていた飛行機が強風に遭いました。もともと飛行機の揺れを嫌う私ですが、経験したことのない激しい揺れに動揺し、遺書を準備しようかと思いました。周りの...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
恐怖にはよいイメージがありません。恐怖を好む人もいません。しかし、恐怖でないと分からないことがあり、恐怖を通じないと得られない人間性があります。<br /><br />私は高所が苦手です。危ない車よりも安全な飛行機を嫌う、理屈抜きの高所恐怖症です。飛行機が揺れるとすぐこのまま落下するのではと心配してしまいます。<br /><br />自分で会社を創業して５年たった頃、出張のため乗っていた飛行機が強風に遭いました。もともと飛行機の揺れを嫌う私ですが、経験したことのない激しい揺れに動揺し、遺書を準備しようかと思いました。<br /><br />周りの人は誰もそんなことをしていないのをみて我慢しましたが、急にある思いがこみ上げてきました。「遅刻した社員にあんなにきつく言わなければ良かった」とか「彼女と喧嘩したときに自分はもっと寛容になるべきだった」とか、とにかく自分の思いやりの欠如を後悔しました。そしてひそかに自分に言い聞かせました。「無事に降りられたら、身の回りの人々にもっと優しくする」と。<br /><br />もちろん、飛行機は乱気流を通過し、またいつもの静かな機内に戻りましたが、私はその時なぜ自分があんな反省したかについて自問しました。私は生き延びるという交換条件と引き換えに反省した訳ではありませんでした。ただ恐怖に直面したとき、自分は自然にやさしくなれたのです。<br /><br />よく死の危機を経験した人は、その後人生観が変わると聞きますが、なんとなく分かります。われわれ人間は思うほど理性的ではないのです。あれこれの理屈は、教わっても心には響いていないケースがほとんどです。本当に心に響く瞬間とは、意外と恐怖を感じた時です。<br /><br />特定の組織や個人が他人を恐怖に陥れることによって他人を服従させようとする行為は恐怖政治とテロといい、許されませんが、人生経験としての病気、事故、災害による恐怖経験は決して無駄にならないと思います。<br /><br />また、恐怖はいろいろな次元があります。取引の損失も恐怖ですし、長い間目指した昇進が絶たれたことも恐怖です。合格の可否を知らせる封筒を開けるのも恐怖のはずです。恐怖はその取り組みの真剣さとも比例するものです。真剣ではない人にとっては、その分恐怖も少ないはずです。<br /><br />望んでいる訳ではないのですが、どんな恐怖も人間の心を広げてくれる効果があります。「失敗を恐れるな」という説教がありますが、これほど無責任な説教はないと思います。失敗は恐れるべきです。失敗は恐怖です。われわれがその恐怖を通じてこそ知恵を学び、謙虚、且つ強靭な心を得るのです。<br /><br />失敗を恐れないのではなく、失敗を恐れながらその恐れに耐えるのです。<br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://www.soubunshu.com/article/96793302.html</link>
      <title>間引きと人事</title>
      <pubDate>Thu, 15 May 2008 14:48:59 +0900</pubDate>
            <description>農業が大好きな私ですが、５月の作業の一つは間引きです。４月に撒いたキャベツ、大根などの種が数センチの可愛い苗になりましたが、その中から数本の株を抜かなければなりません。農作業は好きですが、この作業だけはつらいです。どれももったいないと思うからです。土地がもっとあればどこかに移してあげたいと思うほどですが、そもそも限られた土地に限られたものを育てるのが農業です。また農業する人も農業する時間も、農作物を食べる人口も限られています。間引きは「限りがある」という前提で行われるものです...</description>
            <content:encoded><![CDATA[
農業が大好きな私ですが、５月の作業の一つは間引きです。４月に撒いたキャベツ、大根などの種が数センチの可愛い苗になりましたが、その中から数本の株を抜かなければなりません。<br /><br />農作業は好きですが、この作業だけはつらいです。どれももったいないと思うからです。土地がもっとあればどこかに移してあげたいと思うほどですが、そもそも限られた土地に限られたものを育てるのが農業です。また農業する人も農業する時間も、農作物を食べる人口も限られています。<br /><br />間引きは「限りがある」という前提で行われるものです。限られた場所に限られた栄養。間引きしないと全体が栄養不足に嵌まり、病気にかかりやすくなり実りも悪くなります。間引きは収穫する人の都合でもあり、植物自身の都合でもあります。<br /><br />森を観察していると、毎年死んでいく木があります。かなり大きくなった木も死にます。土壌や環境のせいで枯れるケースもありますが、だいたいの場合は周りの木の陰になって枯れてしまうケースが多いのです。<br /><br />もったいないと思って負けそうな木を切らずにそのまま放置すると結局2、3年後にやっぱり枯れてしまいます。だったらもっと早く切ってあげれば、周りの木はもっと成長し、森がもっと茂ることになると思うのですが、私はなかなかそれができません。<br /><br />先日、農業の専門家から聞きましたが、森のオーナーはあまり自分で間引き（間伐）をしないようです。可愛くて勿体なくて冷静に切る対象を見極めることができないそうです。<br /><br />そこで私は「割愛」の言葉を思い出しました。間引きはまさに割愛の行為です。嫌で要らないのではなく、「自然の摂理に従って愛を切る」のです。<br /><br />割愛できない人は愛情を余計にもっているのではありません。ただ割愛できないだけです。意志が弱いか、人に悪く見られたくないかです。いずれにしても大人やリーダーとして自慢できるものではなさそうです。<br /><br />入社時から仲の良い同期であっても、数年、数十年後に誰が管理職になるのか、誰が役員になるのかという悩みに直面します。そこで間引きできない組織に大量な偽管理職と偽役員が溜まります。それがリーダーを育てない原因となり、企業の成長力を阻害する要因になっていきます。<br /><br />人材流動性の低い大手企業では、このような問題は慢性的ですが深刻です。人間ですから、なかなか割愛できないことは批判できません。しかし、これによって企業が育たないのだから、農家のように他人に間引きを任せるのも方法の一つではないでしょうか。<br /><br />Ｐ．Ｓ．<br />お時間のある方は下の日経NETに掲載された私のコラムもご覧ください。<br /><br />               北京五輪前後の中国経済と日本<br /><br />チベット族の人たちやそれを支援する人たちによる聖火リレーの妨害シーンが連日報道される北京五輪ですが、もはや「無事開催」ではなく「有事開催」が既定事実となってしまったようです。＞＞続き<br /><a href="http://it.nikkei.co.jp/business/column/sou_tanto.aspx?n=MMITzv000002052008" target="_blank">http://it.nikkei.co.jp/business/column/sou_tanto.aspx?n=MMITzv000002052008</a><br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>メルマガ</category>
      <author>sou</author>
                </item>
      </channel>
</rss>
