日本の教育に思うこと

日本に来た時(1985年)、いろいろな方に高度成長の理由を尋ねました。多くの人々は、戦後教育のレベルの高さと軍事費の低さと勤勉性を挙げました。この三つの中で特に「教育レベルの高さ」については、ほとんどの方々が触れました。

最近、日本の停滞の理由を尋ねてみると、不思議なことにやはり教育を挙げる人が圧倒的に多いのです。つまり、教育のせいで日本が停滞したというのです。

結果をみてその理由を探す場合、その結果の変化によって、同じ歴史事実に逆の解釈を与えてしまいます。私の来日時から20年が経つと、終戦から85年までの40年間の教育についてまったく逆の評価が下されているのです。

この間、日本は成長社会から成熟社会に変わりました。本来、この社会変化は当然であり、人々が目指していたことのはずでした。

しかし、高度成長になれた人々にしてみれば、日本はもう崩壊寸前のように見えるのです。その並々にならぬ危機感から罪人探しを始めるのです。気持ちは分かりますが、良いときも悪い時も、必ずその理由を教育に求める考えは近視眼的だと思います。

私も日本に長くいるため、ついつい日本人と同じ考えをしてしまう時があります。友人と対談するときに、ついつい相手の議論に同調してしまう癖があります。でもその後はなるべく日本人の立場から離れて、客観的に考えるように自省します。そのほうが皆さんの参考になるからです。

日本の戦後教育は、やっぱり否定すべきではないと思います。戦前の教育を受けた人々によって、戦後復興を成し遂げたと考える意見は論理的ではありません。この主張を持つ方々に「戦後も戦前と同じ教育していたら日本の復興があったのか」と尋ねたら、たぶん彼らも「はい」と言えないと思います。

中でも、終戦時10代の日本人にとっては、戦後教育の影響が大きいはずです。彼らが30代の時に日本の高度成長が始まりました。彼らが使っている部下は全部戦後生まれで戦後教育を100%受けた人々です。

私が日本の人々に高度成長の理由を尋ねた85年には、終戦の年に生まれた人々が40歳になり、社会人として既に20年近く働いていたのです。

どう考えても、戦後の成長と戦後の教育は不可分です。日本の教育にもし問題点があるとすれば、それは高度成長が終わっても教育のあり方と意識が変わらないことであって、戦後教育そのものではないと思います。

完全肯定と完全否定。曖昧さを大切すると自認する日本社会は、世論と国民心理となると一つの極端からもう一つの極端に走る傾向があると思います。

晴天と雨天があるように、結果の良し悪しは内外の条件と共に循環するものです。その時の結果をみて過去の行動を全部肯定する、あるいは全部否定する思考は大きな無駄をもたらします。


この記事へのコメント
いつも楽しみにしています。
題名は、1.の方がインパクトがあり、失礼ながら宋さんを余り知らない方にも、どんなことを書いているのだろうと目につき、売れると思います。私的に言えば宋さんの対話集ということで2.のほうが好きなのですが。
Posted by 関澤直史 at 2008年03月14日 09:20
私は生れてこのかた、ほとんど日本を出たことがありません。海外旅行も好きではないし、あまり熱心に海外の文献や文学作品を読んでもこなかったので、どちらというと純粋培養型の日本人と自負しております。
そんな私ですが、今にして思えば私の受けた「日本の教育」には感謝しています。
当時は田舎にいましたが、のびのびやらせてもらいましたから。
もう、50歳を超えていますので、今の「日本の教育の現状」はよく知りません。
ですが、現在の「じり貧状態」をすべて教育のせいにするのはやはり間違っていると思います。
世の中には自分ではどうしようもない大きな力があり、往々にしてその力に流されてしまうのは事実です。ですが、やはり根本は一人一人の考え方や生き方の問題でしょう。
水も空気も安全もタダだった日本がいつの間にか全部有料になってしまったとしてもそれは時代の流れであり、やむを得ないことなのですから、現状を直視して周囲の環境に配慮しつつもハッピーに生きていくにはどうすればよいかということを各自の責任において考えていくしかないのだと思います。
教育ですべてが変わるというのは、教育に対するおごりだと思います。
人間はそんなに単純な生き物ではないはずですから。。。
Posted by 猫のようにのんびりと at 2008年03月14日 09:21
いつも考えさせられる話題をありがとうございます。
教育については、私も同感のところがあります。世界的に見て学力が下がってるとか、ゆとり教育が悪いとか色々言われていますが、基本的には「教育システム」そのものを問題視することには疑問があります。
「教育システム」そのものに少々問題があったとしても、現在のように本人のやる気があればリソースはいくらでもあるのです。

私も「校内暴力」の吹き荒れる中学校時代を過し、授業中にコンドームでバレーボールをしているような中、一番前の席でも聞けるかどうかというような状態でした。それでも、特に毎日のように塾に通うこともなく、優秀と言われる大学に進学し、大学院まで無事修了しています。

それよりも、数学が全く出来なくても、経済学部に入れたりすることの方が問題だと思います。論理構築能力が低い中で議論がなされるから、抽象的で感情的に議論して、具体的かつ本質的な部分へ理論的に切り込めないというところがあります。

高度成長が何故出来たか、今は何故伸び悩んでいるのか、というのは、そんなに大きな違いではないのだと思います。勤勉であることは、方向性のある発展途上では大きなメリットですが、自らが想像して発展をしていく段階では「創造性」と相反するものになっているというだけだと思います。
一般に「勤勉」は何も考えずに、いわれたことを繰り返すことが多いのです。
「創造」をするために、頭で思考錯誤する時間というのは、見た目に「怠惰」と思われることが多いので、批判されたりします。

「勤勉」を美化するのであれば、今必要とされる「勤勉」とは何かを見直すことではないでしょうか。
「体で汗をかく」から「頭に汗をかく」への変換が必要だと思います。
Posted by たくみゆとう+ at 2008年03月14日 09:21
1.高度成長を支えたのは終戦から高度成長期までの期間の教育であると考えます。但し激動する国際社会、個々人の多様化する価値観、急速な科学技術の進歩等のなかで日本が世界のリーダーの一つの国になるためには戦後高度成長を支えてきた教育のあり方は限界がでてきているのではないかと考えます。
2.出版される書物の題名は「不機嫌な対話」が
いいのでは。相手が中川昭一しならまさしく読むほうも不機嫌になりそうです。


Posted by 柴田 伸一 at 2008年03月14日 09:24
今回も大きいテーマですね。
日本の教育は質を上げないと需要にあわないのだと思います。
戦後すぐに大量の工員が必要だったころは、「字が読めればいい」くらいの教育で十分、社会需要に応えられたのだと思います。その後の工場で行われたTQCといった運動も、生産管理を字が読める程度の人々にわかりやすくしたものでした。
一応、ありあまる生産力をもつと、より高度なことをやらねばなりません。もう日本国内で元気であれば飢え死にする人はいません。生命の危機にさらされないので、「必死でなにかをする」ということがなくなってしまいました。いや、情熱とか、必死でとか、ガンバルとか、一生懸命とか、寝食を忘れてとか、やっていると「バカじゃないの」とバカにいわれる時代です。
中国やインドほど大量に国民がいて、幅広い分布をもたない少国民の日本です。必要な「教育」とは従来より高度なものにならざるを得ないのではないでしょうか。
個人的には「ゆとり教育」なんて子供の能力をバカにしてるし、審議した人々の子弟はきっちり私立学校にいってることにウソをかぎとっていました。
Posted by たかお at 2008年03月14日 09:24
本の題名
 (1) どうした 日本
Posted by 菅谷憲樹 at 2008年03月14日 09:34
パソコンに慣れていません。
出版される本の題名の選択は、ここで良かったでしょうか。
2番の「不機嫌な対話」が良いと思います。
中川氏との対談、なぜ対談の相手が、中川氏なのかと思いましたが。
これからも、宋さんの見解を読ませていただきます。楽しみにしています。
ありがとうございます。
Posted by 佐竹とみお at 2008年03月14日 09:42
日本人の反省好きで謙虚な国民性が如実にでていると思います。
僕は、受験戦争世代ですので、詰め込み教育が悪く、欧米型の発想力を伸ばす方が、良いのではと、ずっと言われながら、教育を受けてきました。だから、一辺倒に戦後教育が良い
と言う事では無いのかなーと思ってます。
で、今度、ゆとり教育でそれも国際競争能力が欠如しているから駄目とまた反省。
僕は、教育は国家の形成には重要な要素を
占めていると思います。
なぜなら人間形成の根幹だから・・・
榊原英資さんも教育の重要性を訴えてます。
と、こんな答えで良かったのかと反省している自分がいます。

* 対談のタイトルですが、両方とも
  ありきたりで詰まらないです。
  僕なら、『言っちゃえばいいじゃん!』
  で、美男子二人の対談風景の写真を
  ドカンと表紙に載せますが・・・・
Posted by 江藤 峰彦 at 2008年03月14日 09:43
選ぶなら 1
 こんなのもどうですか!それこそ
   「日本に言いたい放題」
Posted by 串田昭治 at 2008年03月14日 09:47
戦後教育を受けて育った人間ですから、そう思うのかもしれませんが。戦後教育のせいにするのは性急すぎると感じます。
日本企業の殆どの経営者はサラリーマン育ちで、上司や周りの意見に応じて自分のやり方を作ってきた方が多く、最近の環境変化に対応できなくなっていると思います。そして、日本人の労働観によるのでしょうが、仕事量にあわせて残業をいとわない、サービス残業をしてでも仕事の遂行に努力する、ましてや自宅に持ち帰ってでも仕事をする滅私奉公型の社員が多かった、と思います。
年功序列を崩しつつある環境で、経営者および管理職自身が社員のロイヤリティにばかり頼らないで、仕事をできるようにならないといけないと感じます。
ここ数年の食品業界やメーカーでの品質問題をみると、経営者の考え方や指導で発生しないものばかりのような気がしています。官公庁の指導もひどいのですが、やらせた部下のせいにして、保身を図るような経営者は、信じられないですね。
Posted by 渡辺 泰夫 at 2008年03月14日 09:50
戦後教育と言うよりは高度成長期に贅沢になった親が子供の躾や教育に対して甘くなったこと。男は仕事にかまけ父親としての子供に対する親としての日頃の教育、躾を放棄した結果である。任された母親は金銭と物質的豊かさで子供を満足させ、見栄と自己満足で基本的な愛情ある躾を忘れている。結果は学校や先生任せにして責任をなすり付け、自己弁護している状態になっていることを自覚していない事であると思う。本当の愛情が何かを考える時期であると思います。
Posted by 串田昭治 at 2008年03月14日 10:06
1.「どうした、日本」
「不機嫌な対話」では誰と誰がどんなことを対話しているかが一目でわかりにくいと思います。「どうした、日本」 宋 文洲×中川昭一なら一目で買います。
Posted by 手塚信幸 at 2008年03月14日 10:07
日本人は外部からの意見を気にしすぎる事が有ります
自分の建設的な意見の発表に自信が無いのでなく、「出る杭は打たれる」の言葉が有るように 出来る人を疎んじる風潮が強いことが
出来る人を応援し、手を貸す事に躊躇するんだと思います
軍隊で言う言葉に「オレは古参兵だ、若造が何を言う!」のごり押しは今も国会で見られます、せっかく小泉さんが 変化の道を作ったのに残念に思います
本当のエリートが出て来るのを待つしか方法が無いのかも知れません

いい流れには乗り、悪い流れの時は無理にどうにかしようとはしない。
どんな局面であれ「自分」が主役とは考えない事が 流れを見定めるコツかな?

Posted by 吉野 正憲 at 2008年03月14日 10:22
戦後、日本の製品は安かろう、悪かろうと言われた時期があります。アメリカの製品がまぶしく見えた時期でもあります。当時の日本は貧しく、その日の食事にも事欠く状態でしたが、全体主義である軍国体制から解放されて自由にものが言える青空が広がっていました。良い品質の見本は舶来品でいつそのレベルに追いつけるか定かではありませんでしたがアメリカのデミング博士が品質管理手法について講演され、刺激を受けた各工場でSQCに基づく品質改善活動が活発に行われ、その後の試行錯誤を経て工場製品の品質は他の追随を許さないところまで極めることが出来たのです。この事が高く評価され、時計、カメラ、工作機械など次々に日本製が世界を席巻していったのです。従って、教育は要素ではあっても本質ではありません。勤勉であったのは貧しくてまじめに働く以外に這い上がる手段を知らなかったからだと思います。衣食足りて礼節を知ると言いますが、世界の頂点に達した(Japan as number one) と豪語した時から凋落が始まりましたが、それはそれまでに稼いだお金の使い方を知らず、日本国内では使い切れず、アメリカに持ち込んでアメリカ国土を買い取るような無謀な事をしたからです。戦前の教育を讃美するとすればこの間違いをアメリカのように強力な軍事力を持たなかったから、経済戦争に負けたと考える懐古派のコメンテーターによってもたらされたものであると思います。
日本は美しい国土を自らの力で守り、均衡のとれた税金の配分(東京一極集中ではない)をすれば人口減少も少しも苦にならず、心豊かに暮らせると思います。


Posted by 都田 隆 at 2008年03月14日 10:28
宋さんにしては、質の低い論文だと感じました。

巷の教育問題は、大きくみて次の2種類の「雑音」が渦巻いているように考えています。

(1)教育問題は、居酒屋談義の題目としては格好のものです。無責任なテキトーな論を垂れ流して、流す方も受ける方もテキトーに気分良くなる、そういう性質があります。こういう居酒屋談義は、人畜無害なのですが、真剣に議論する値打ちはありません。

(2)教育問題は、陽動作戦の材料としては格好のものです。くそガキの大元にはくそ親があり、さらにその背景には祖父母たちの手抜き子育てがあると同時に、手抜きした分をちゃっかりかすめ取った経済主体があるのですが、教育のせいにしておけば、それが隠されます。

宋さんほどの人が、雑音を増幅するのに手を貸すのは感心しません。
Posted by UTP at 2008年03月14日 10:35
学生運動が激しかった頃、多くの立て看板に難しい文字が書きなぐってありました。
各セクトのリーダーは、自らの主張を自らの言葉で叫んでいました。ノンポリ学生だった私は、なぜ彼らは、もっと一般市民が理解できる言葉で話さないのだろうかと常に疑問に思っていました。まさに今、教育を受けている彼らがなぜその教育(人々にわかり易く伝える知識)を生かさないのか?教育は、常に時代の流れに流されていいのか。視点は異なりますが、今回のメルマガを見てあの当時を振り返り思います。
Posted by 平田伸司 at 2008年03月14日 10:37
いつも歯切れの良い文章を楽しく読ませていただいています。ハッとしたりドキッとしたり、学ぶことが多いのも楽しみです。
今回の「日本の教育に思うこと」も、また私たちが陥りやすい、自分を棚に上げての犯人探しの弊害を鋭く突いていると感じます。ただし、今回の指摘の前提の「戦後の教育」という言葉と「教育」という言葉が混同して使われているのが気になりました。私自身団塊の世代ですが、「戦後の教育」というものが60年以上にわたって同じスタンスや指針の元で行われてきたかのような十把一絡げの捕らえ方は少々乱暴に過ぎるのではと感じます。何処の国でも「教育」というシステムは社会の状況によって大きな影響を受け、常に流動的な部分が非常に大きいと感じます。教科書のその時代のムードに迎合する恣意的な表現だけでなく、教育は当然人が人に教えるものですから、その時代の影響を受ける教える側も常に変動します。したがって最近わが国で「教育」が問題だという認識が広がっているのは「戦後教育」が全て問題だという意味ではなく、この20〜30年ほどの教育の流れが問題にされているのではないかと考えます。同様に「戦前教育」というのも、戦前のいつの頃の教育かによっても意味あいがかなり違ってしまうのではないでしょうか?ロシュフコーの箴言ではありませんが、「人は右に曲がった棒を直そうとすれば必ず左に曲げる」訳ですから、中庸と言うのは、右に左に曲がり動くほんの一時の状況でしかないのかも知れません。その中庸の教育の花開いたのが戦後のいつだったのかは、後世の歴史が証明するしかないのかもしれませんね。
Posted by 千頭邦夫 at 2008年03月14日 10:37
小生、敗戦の時10才、小学4年生でした。それから2年間は先生も色々忙しく自習ばかりでした。教えてもらっているという感じが残っているのは新制中学に入って以降です。しかし、戦争中文化的・教育的情報不足と食料不足の飢餓状況(北朝鮮もかくやと思われる)だったためか、戦後教育は脱脂ミルクと一緒に吸収されたと思います。社会人になる時も自立していくためには避けられない就職でした。今は、物が余りすぎており、必要以上に与えられて吸収されず、そのうえゆとり教育でのんびり考えてもらおうとしています。詰め込み教育批判の産物でしょう。教育レベルで考えると戦前、戦後を比較する情報は持っていませんが、教育はやはり先生の資質が大きいのではないでしょうか。極端なことを言えば、戦時中の教科書を文科省が使えと言っても、この教科書のこの考えはこういう理由で間違っているから注意しろと教えれば、間違った方向に行かなくても済むかも。先生だけでなく、家庭での教育は更に重要でしょう。マスヤジ`08.3
Posted by マスヤジ at 2008年03月14日 10:57
中川昭一氏が相手なら、当然「不機嫌な対話」になったでしょう。お二人のどちらかが。そうでなければどちらかが遠慮してるとしか思えませんが。
Posted by 草野喜実勝 at 2008年03月14日 10:59
ご著書の題名:1。
中身は当然読んでいませんが、宋さんですから日本への応援という姿勢があるものと思いますので1。「不機嫌〜」では、外野席の野党のような、無責任な放言集のイメージです。
Posted by 改造戯人 at 2008年03月14日 11:13
 本質を教育に求める日本社会の健全さを感じます。極端にぶれる悪癖は戦前に経験していまので、全否定はないと思います。
 同時に一方的な価値観の押し付けは、現在の日本では忌み嫌われます。日本社会は有史以来最悪の時期(1915〜1945の30年位)を経て状況適応力は付いていると信じたいですね。
Posted by 浮塚 義勝 at 2008年03月14日 11:14
1’どうする、日本
答えに成っていないですが、未来志向で。
Posted by 堀口 善孝 at 2008年03月14日 11:36
どちらを選べばとなりますと
1番のほうが インパクトが強いと思います・
Posted by 小平 駿 at 2008年03月14日 11:43
日本の教育に思うこと
戦後教育のひとつの流れの中で、賛否評価が、どうして変わってしまうのか?
興味深い投げかけを頂きました。

少々理屈っぽくなりますが「教育」と「学習」の二つの視点に分けたくなりました。

日本の「知識の教育」は格段にレベルが上って、1955年から社会人の私では、とてもついて行けません。
でも、日本人としての心の問題である「知性の教育」は、例えば「お天道様がいつも見ているよ」「自分のことは自分でするのよ」とか、社会人になっても「社会のために尽くせ」など、教えられていたことなどと比較すれば、時代交代のなかで「社会性のある自立を忘れた、自己中心の個人主義」ばかりが目立つ風潮は、戦後急増した「新しい国際競争力」への対応意識の遅れなどと併せて、
日本人の「心の教育」のレベルが下がったのでは?と考えたくなります。

これは、「教育レベル」というよりも、学ぶほうの心の問題が大きいようで、
古臭いと云って、知性のある先人達に学ぶ心が薄くなったり、
グローバルな動きや政治情勢にも鈍感で選挙にも行かず学ぼうとしないような、
「学習レベルの低下」が、最近の評価につながっているのではないでしょうか。
Posted by 田丸 孝 at 2008年03月14日 11:59
(1)「前向きなフレーズだから」

今の世の中はこんな風に見える気がする
 「言いたい放題」
      by中川昭一&宋文洲
     もおもしろいかなと思います。

Posted by 島田 孝二郎 at 2008年03月14日 12:05
宗さん。お久しぶりです
「人民裁判の危険」は、よかったですね。儒と法が混在している日本社会のくだりは、目からうろこが何枚も落ちました。
本のタイトルは10:0で「1」の選択を、お薦めします。売れ行きが10倍違いますよ。きっと。
Posted by 服部隆幸 at 2008年03月14日 12:07
とても楽しみに(といっては大変失礼ですが)読ませて戴いております。 ”戦後教育”が取り上げられていますが、私の周りを見て傾向的に感じることは、約23年前の40代、つまりここに来て定年を迎える団塊世代が今の日本を築き上げたことは認めますが、同時に、今の自己中心的な若者を育て上げ、何か不恰好な今の社会の礎を築いてしまったのもこの人達だと思うのです。 全ての団塊世代の人を言っているのではありません。優れた方たちがいなければ、焼け野は復興しなかったと思います。しかし、動乱の中、”古き良き時代”を受け継げなかった人々があまりに多すぎたことが、今の時代の親を生んでしまったように感じられてなりません。
Posted by 稻村一郎 at 2008年03月14日 12:51
宋さんと同じ世代です。
日本の戦後教育は確かに、日本の成長の鍵の一つだと思います。
当時教育を受けていた僕としては、学習=暗記だと言う風潮が起きていて当然の流れになっていて凄く理不尽に当時思ってました。
確かに暗記みたいに覚えることは大事であるが、物事を考えたり創作する事の鍛錬と習得が当時大事だと思い今に至ります
暗記しても後でその答えと考え方が導ければそれは良いのですが、暗記は試験や入学をするための道具となっていった記憶があります。

僕だけかもしれませんが、最近の日本人は直感でよく判断する傾向がなんか強くて怖い気がします。
教育の弊害かな?とか思いつつ見てたりします
物事をよく考える習慣すら消えつつあるのかもしれませんね。

過去の栄光は今の人が作った物でなく、過去に生きてきた人が作り上げた物であり
失敗も過去に沢山しています 現代人はこれらから学び、未来の種を現在の人が作り上げる物だろうと思います。
教育を変革させるのは凄く良いことであり 危険でも有るのじゃないかな此の辺りは政治的思惑なんかが利用しやすいですからね。

日本の教育は思考力や想像力を養うためにもっと仕組みを変えるべきじゃないかな?
日本の足元をやはり考え直す時代なんでしょうかね?

題名は もっとインパクトが有る物がいいのかもしれません。
Posted by テッシー at 2008年03月14日 14:22
宋さん お元気そうで何よりです。

題名;昭一と文洲が語る
   「どうする明日の日本」
表紙;お二人の顔写真(何方かも提案されていましたが)

 
Posted by 外山義春(札幌) at 2008年03月14日 15:15
2.「不機嫌な対話」が引っかかりは良いと思います。少し帯で補足説明を加えるのとお二人の不機嫌な顔写真を入れるとアナログで分かってしまう面白さがあると思います。宋さんは不断は決して「不機嫌な」顔はしておられませんが中川さんは自分では思っておられないだろうがいつも「不機嫌な」顔をしておられますから宋さんも合わせて「不機嫌な」顔で演出されたらいかがですか。
Posted by 勝部 治樹 at 2008年03月14日 15:29
こんにちは。いつも楽しくメルマガを拝見しております。時差の関係でコメントの書き込みが遅れておりますことご了承ください。
さて、私は教育業に従事しているものですが、このての問題に関して「教育」とは何を指すか?という前提条件が人によってまちまちなのではないかという疑問を持ちます。
私は教育とは大きく「勉強」と「躾」の部分に二分して考えるべきだと思います。そういう意味では戦前の教育は躾重視だったように思います。そして戦後は勉強重視。ですから、学力は上がり勤勉に働き、国力は見違えるほど向上しました。
しかし残念ながら、教育が勉強に偏ってしまった結果、当たり前の習慣として各家庭に根付いていた躾のようなものが少しずつ消えてしまっていったのだと思います。今の学校教育は、そういった躾という土台が消えてしまったがために、勉強という教育が成り立たなくなってきている状態だと考えます。

例えば、私が小さい頃(70年代生まれです)、コーラを飲むと「骨が溶ける!」と言って親に怒られました。カップラーメンやハンバーガーもなかなか食べさせてもらえませんでした。そういった教育上の躾というべきものが少しずつなくなり、今の子供達は、コーラ、カップラーメン、ハンバーガー、冷凍食品、レトルト食品、レンジでチン、が当たり前です。こういった食生活の中、求めれば何でも与えられる時代に生まれ育った子供達は、必然的に集中力が欠如し、未知なる物への好奇心や欲求が欠乏していきます。
現代社会の中でこういった環境の変化は必然であり、仕方のないことかもしれませんが、いくら文部科学省が「勉強」の部分の教育を考えたとしても、その土台が揺らいでしまっている現代、簡単に修正できるものではないと思います。
勉強ができることより、いい学校に入ることより、人として大切なことってなんだろう? そういう部分の「当たり前の躾」が見直されるべきであり、「百ます計算」をいくらしても何の根本的解決にはならないというのが私の持論です。
Posted by すずき at 2008年03月14日 15:34
本のタイトルは、「出直し日本」が良いと思います。
Posted by 藤田伸夫 at 2008年03月14日 15:53
当然2です。1の「どうした日本」では月並みです。
 中川氏の一見不敵とも相手を見下しているとも見える表情(あくまでTVからの印象ですが)からすれば、2の「不機嫌な対話」が良いと思います。

 教育ですが、戦後一貫して教育構造は変化していないと思っています。表の看板はかつて「つめこみ」そして「ゆとり」と変化し、今また変わろうとしていますが、これはあくまで、表の看板の付け替えでしかないと思っています。
 小・中・高とあり、その上に大学、その先に会社という流れの中で、一貫してあるのは有名大学をトップに頂くヒエラルキーともいえる大学間の序列化です。
 これを前提にこれまで企業は人材の供給を受け、これを活用しながら経済の高度成長を成し遂げてきた事は、厳然たる事実です。
 この大学間の序列を変えようにも、戦後経済の発展を成し遂げ、これに人的供給を担ってきた教育行政を司る文科省は、この成功要因を変える事は不可能だと感じていると思います。
 義務教育を出発点とする日本の教育の出口=大学卒業時の学力レベルの確認もあやふやな中で、バブル以前であれば、社内教育で人材育成を時間をかけて企業が行えたが、現時点ではそんな余裕もない状態だと思います。 
 このような状況の中、教育改革をはじめて40年が経過しようとする今日、40年分の総括なしに今また改革と称して進もうとする姿勢に疑問を感じています。
 教育論は、多くは表層的な議論に終始しがちちであり、そのような流れに沿っての議論は少し疑問があります。
 宋さんのリアリティのある現状認識からの議論をお願いします。
Posted by 中井 譲 at 2008年03月14日 15:58
本の題名:

不機嫌な対話

(「不機嫌な対談」でもおもしろいと思います)
そして、サブタイトルに「どうした、日本」というのはどうでしょうか?
Posted by 姫 at 2008年03月14日 16:06
 1つの戦後教育に2つの評価があるとおっしゃられているようですが、日本人は戦後教育が変わったといっているのです。
 その2つめのゆとり教育のうちに判断力をスポイルしてついに国家100年の悲願として、生き血すすりのために死ね(修身に解説があります)というのが、国歌に制定され、子供たちにその歌をうたわせることで、教頭・校長・教育委員会というコースが確立できるようになったということです。

//
Posted by ルート134 at 2008年03月14日 16:31
戦後教育に欠けてたものは、天皇制を否定するあまり、宗教も否定して、教育のなかに、身を正しくする、という教育がまったく出来ていない、そうして育った子供たちの、また子供達、父母を大切にすること、隣人を大切にすること、こんな欠如が、大事件をおこしているように思います、
国旗や国歌をたいせつにしない国に、国家の未来はあるのかな、、、、 これも教育のなせるところ
Posted by soma at 2008年03月14日 16:47
宋 文洲様

初めまして。
今回からのメールマガジン配信でお世話になります。

 配信記事を大変興味深く読ませて頂きました。ややもすると教育問題として
の議論に発展してしまうかもしれませんが、私なりに思っていることを書いて
みたいと思います。

 私は、宋さんが仰る教育のあり方と意識が変わっていないという点で共感する
ところが多いにあります。今回の記事は戦前・戦後という時間の経過、その時代
の状況、意識、教育の4つの要素で捉えることが可能であると思います。
4つの要素の中で、最初に着目すべきは意識であると考えていますが、ここで云う
意識とは平たく言えば、国民的気質を土台にした物の考え方である、と解釈可能
だと思います。その意識が果たして何をきっかけにどのように変わり、今に続いて
いるのかを考えた時、私は意識が変化したように見えているだけで、その実は時代
にただ順応しているだけであり、戦前・戦後の区別なくあまり変わっていないよう
に見えるのです。何かを例に挙げてどれがということではなく、日常の生活におい
て感じることが多々あります。勿論、順応する為には意識を持たなくてはいけない
のですが、順応するためだけの意識に見えてしまい、とても希薄に感じられ、方法
論のみに頼っているようにも見えます。その結果が今ではないでしょうか。
よって、戦前・戦後の教育の良し悪しは問題にはならず、誰のせいでもないと思っ
ております。もし悪者がいるのだとすれば、それは個人ひとりひとりに他ならない
と考えております。
Posted by 新米読者 at 2008年03月14日 18:01
その本の内容は分からないものの、本の題名は(1)の「どうした、日本」の方が目に付き易いでしょう。
「不機嫌な対話」は、皮肉屋なら面白がって手に取るかもしれませんが、一般人にはちょっと抵抗があるように思います。

戦後の教育論については、賛否両論様々な意見がありますが、戦後生まれの私は戦後の教育しか受けていませんので、戦前の教育の内容を云々することは出来ません。
ただ、どんな場合でも過去に戻ることは避けなければならないと思います。
世の中は移り変わっていくものですから、その移り変わりに対応した、または先を読んだ教育が必要です。 戦前の封建的な教育から一変して、戦後教育は民主主義、自由主義の教育になりました。 しかし、付け焼刃の民主主義教育には至らないところもあったと思います。 例えば戦前は婦人参政権も認められていなかったのですが、それが一挙に男女同権の社会になったのですから、指導する立場の者もそれを受け止める国民も戸惑いや錯誤があったと思います。 学校教育だけでなく、親が子供に対する教育でも同じことが言えたと思います。
昨今の「ゆとり教育」のゆり戻しの議論でも、学力の低下を憂う声もありますが、子供たちの発想が豊かになったと評価する声もあります。 これのどちらが正しいかの議論をすることより、また戦前戦後の教育の是非を議論するより、これからの日本や世界の行き先を見通した教育論が必要ではないかと思います。
Posted by けいちゃん at 2008年03月14日 18:04
いつも宋さんのメルマガを楽しく拝見しています。

「日本の教育について」私の思うことを書かせていただきます。

私は昭和31年生まれで51歳です。
私の父は終戦時18歳、母は11歳でした。
年齢から言えば、父は戦前教育を、母は両方の教育を受け、私自身は戦後教育を受けた事になります。

しかし私の両親は、完全な「戦前の人間」でした。両親の考え方の基礎は、幼い時に受けた戦前教育で固まっていました。そして両親以外の同年代の日本人も同様であるように見受けられます。

その考え方の特徴は
1.日本人は世界中で一番優秀な民族である。
2.上司や親や国の命令は絶対で、自分を殺して従わなければならない。
3.自分らしさや自分独自の考えを主張するのは悪である。
4.努力すれば必ず報われる。
5.金持ちになり贅沢に暮らす事が理想で貧しいのは愚かだからである。
6.自分の価値観を子どもにも強要する。
というようなことです。

私には、戦後の高度経済成長は、戦前教育によって考え方の基礎を叩き込まれた人間によって担われたと見えます。

そして、私と同年代の日本人の多くは(少なくとも私は)このような親に育てられ、戦後教育と親から受ける教育のダブルスタンダードに親への愛情ゆえに苦しみ、必死に頑張らされたあげくに、終生を保証してくれるはずの大企業等に裏切られて現在に至っています。

ほとんどの公教育は、その時々の社会の価値観をあとから追いかけてなされます。革新的に未来を見据えて行われる教育は残念ながら少数です。
(公教育の教師たちが一番考え方や価値観が古いのではないでしょうか?)

ですから、今の教育があちこち悪いのは確かでも、どんどん変化する社会に追いつくように常に教育内容を改革するべきと思いますし、
「戦前」の価値観しか理解できない老人がいつまでも君臨する弊害を無くして、
先の見えない未来を担う子どもたちの邪魔をしないような「教育」を用意したいと思います。

私は地域で子どもの為のNPO活動をしております。
そこで大切にしている事は、子どもたちの成長を見守りながら学ばせてもらった次のような事です。
1.自分で考え、自分で決めるようにしよう。
2.大人も子どもも一人一人を大切にしよう。
3.自分のためだけでなく、人のためにもなるように行動しよう。

たとえどんなひどい「教育」を受けても、自分の中にしっかりと自分があれば、立派な社会人になれると信じています。
Posted by 駒田千代子 at 2008年03月14日 18:06
「日本の教育について」
結論から言いますと、戦前の教育を受けた人々がいたことによって、戦後復興がなされたこと、そして、戦後も戦前と同じ教育(勿論、敗戦の失敗と、その経験を生かして)を続けていても、日本の復興はあり得たし、もっともっと、すばらしい日本になっていたことは、間違いありません。 
というのは、国家の繁栄、停滞は、それを構成する国民の独立心、向上意欲、連帯意識、共通の価値観などがなければなりません。これらは、古くからある、伝統や文化、しきたりなどから、受け継がれて来るもので、時代と共に変化をするにしても、徐々に試行錯誤を繰り返して、時間をかけて変化してゆかねばならないのです。 それを、戦後、その根本理念を、一時にひっくり返してしまったことで、大混乱を引き起こしてしまったのです。 軍備や経済制度、目に見えるファッションなどは、力のかかりようで、それなりに収まりますが、人間の精神や生活、行動様式は、簡単には変りません。 それを律する教育が、占領軍によって意図的に、日本伝統に反する方向に、変えられ、大混乱に陥ってしまったのです。 日本を共産化するために、コミンテルンからの指示を奉じる日教組が、占領軍の支援を受けて、この混乱を助長したのは、最も不幸な事でした。 従って、戦前からあった教育プログラムは、各所で断ち切られ、 
Posted by 永田 at 2008年03月14日 18:19
本のタイトルは「不機嫌な対話」がいいと思います。同郷の誼(よしみ)でも中川昭一さんの事はよく分かりません。まさに不機嫌という言葉がイメージされます。読後、誤解が払拭される事を祈りつつ意見してみました。

 李登輝さんにも大きな影響を及ぼしたという、新渡戸稲造さんの言わんとする「武士道」こそが真の教育だと思い、戦後教育を悔やみ始めていたので、貴殿の今回の記事により又、視野を広げられた思いがしております。
Posted by 菜根譚 at 2008年03月14日 19:11
 本のタイトルは「不機嫌な対話」がいいと思います。同郷の誼(よしみ)でも中川昭一さんのイメージには不機嫌が付きまといます。読後、そのイメージが払拭される事を祈りつつ意見してみました。

 李登輝さんにも大きな影響を与えたという、新渡戸稲造さんの「武士道」こそが真の教育と思い、戦後教育を悔やみ始めていたので、貴殿の今回の記事により又、視野を広げられた思いがしております。
Posted by 菜根譚 at 2008年03月14日 19:59
2の「不機嫌な対話」が良いと思いますが、何か上げ足を取るようで恐縮ですが、更に「不機嫌な日本人」とするほうが読者(私)の気分に合ってると思います。
Posted by 増山晴英 at 2008年03月14日 20:52
敢えて言えば、1と思います。

日本の成功も、停滞も教育は大いに関係あると思います。
戦後、日本を引っ張ったのは、戦前の教育を受けた人達で、戦前の教育を受けたリーダーの元で、戦後の教育を受けたフォロワーが実行したのではないかと思います。
20年位前からは、日本に優れたリーダーが枯渇してきたのではと、思えるのです。
Posted by 山本能丸 at 2008年03月14日 22:06
宗さんのご意見にたいするコメントの、結論から言いますと、戦前の教育を受けた人々が、いたからこそ、戦後復興がなされたこと、そして、戦後も、戦前と同じ教育(勿論、敗戦の失敗と、その経験を生かして)を続けていても、日本の復興はあり得たし、むしろ、もっとすばらしい日本になっていたことでしょう。
というのは、国家の繁栄や衰退は、それを構成する国民の独立心、向上意欲、連帯意識、共通の価値観などが、大いに影響します。 これらは、古くからある伝統や文化、しきたりなどから受け継がれてくるもので、時代と共に変化するにしても、徐々に試行錯誤を繰り返して、時間をかけて変化してゆかねばならないのです。 それを、戦後、その根本理念を、一時にひっくり返してしまったことで、日本人としてのあり方に、大混乱を引き起こしてしまったのです。 軍備や経済制度など、目に見える変化は、外からの力で、変り方が、分かりますが、人間の意識や生活様式などは、簡単に変りませんし、また、変化が良く分からないところです。
近代日本人の基本的な通念は、明治以来、天皇を尊ぶこと、これは、国家という見えないものを尊ぶのを、天皇という具体的なもので、示したもので、国家、国民全体と考えたらよいわけですが、次に親や師を敬い、兄弟姉妹は仲良く、家族を大切に、周囲の人々を愛し、学問や仕事に励み、決して人倫の道に恥じる行為はせず、もし、国家や国民に、危害が加わる事があるときは、死を賭して守るべしというようなことで、これは、端的に言えば、明治天皇の教育勅語にあることです。 
この考え方で、戦争に負けた日本人が、復興に取り組めば、たちまち日本は力を取り戻し、再び、人種差別や白人優位の国際バランスに異議を唱える恐れがあると、察知した米欧連合軍が、この日本民族の根本意識を破壊する目的で施行したのが、戦後の日本憲法であり、教育改革です。
小生の経験(当時15歳)から言っても、終戦を境に、世の中の秩序が、すっかりひっくり返ってしまったという感がありました。 すなわち、天皇はただの人、親も先生も生徒と同じで、指示は聞かなくてもよいし、命がけで日本を守ってくれた日本軍は、悪逆非道の徒党で、敵だったアメリカ人は、救世主、個人より公共のためを思うことは、全体主義、義務よりも権利を主張し、倫理的な恥よりも、利益を図ることを優先しろというわけです。 そこへコミンテルンの指図を受けた共産党が、占領軍の支援の下に、日教組を通じて既成の権威を敵視する教育を子供たちに始めたために、教育現場は、本来の教育などはそっちのけで、偏向した政治教育の場となってしまいました。 この状態は、戦後、占領軍が撤退した後も、10年以上も続いたのです。 その間、小、中、高、大学を通じて、日本の学力が大いに落ち込むだけでなく、日本人としてのアイデンティティや、目的意識も大きく失われてしまったのです。
終戦時、10代の日本人は、辛うじて初等中等教育だけは、戦前の日本のアイデンティティと連帯意識の中で過ごし、戦後の付け焼刃的、民主、平等、拝金、臆病、恥知らず的毒風から逃れたため、日本人としてのプライドを以って、日本の再建が果たせたのだと信じています。

Posted by 永田 幹人 at 2008年03月15日 13:48
論長論短 No.59「日本の教育に思うこと」を読ませていただき大変参考になりました。ご指摘の主旨には同感致しますが、教育の大切さは時代が変わろうとも不変のものだと考えます。問題は、時代の変化に対応できていない教育のあり方にあるのだと思います。その観点からのご高説を、機会があれば、お書きいただければ幸いです。
Posted by 藤木長武 at 2008年03月15日 14:47
 いつも、楽しみにしております。
 私は、やはり教育に問題があったと認識しております。教育は、基本的にその時代の背景などによって変えていかなければならないものだと思っております。戦前の教育は戦前の考え方があったのでしょう。戦後教育もそうであったはずです。でも、現在の教育が時代背景によってどう変わってきたのかは疑問を持っております。
 私が受けた戦後教育は、つめこみ教育であったわけです。私は詰め込み教育は大嫌いでした。しかし、それが良くなかったとは思っておりません。少なくともそのような教育であっても、戦後の時代のニーズにはある程度マッチしていたと思いますし、現に日本はその時代の教育を受けたベビーブーマーとそれ以前の人々によって空前の発展を遂げたのです。
 しかし、同じ方針の基に今の教育が行われているとなれば、話は別です。
 私には子供がいます。もう成人してしまいましたが、彼らの小学校や中学・高校の時に折に触れて彼らの持っていた教科書を見る機会がありました。私は、その教科書をみて愕然としました。なぜかというと、私が使っていた教科書とあまりにも良く似ていたからです。勿論、教科書検定などの影響でいろいろ部分的には変わっていたのですが、教科書全体からうけるその教科書のコンセプトが全く変わってなかったのです。

 時代は、より深く考えられる人間を必要としているのです。そのためには知識を身につけるのではなく、考え方を身に付けることが重要になってきているはずです。
 そう言った根本的な考え方の違いについて教育ははたして追従して来ているのでしょうか。
 勿論、教育は、時代の要求だけに対応しておればよいというものではありません。しかし、世界の流れにまったくついていけない教育というものはそれ以上に悪い影響を後世に残すものだと思っています。
 教育者の中に世界の中での日本の教育のポジションと今後の目指している方向性を真剣に考えいている人がどれだけ居るのでしょうか。
 世界の中での子供の教育を全て学校教育に押し付けるつもろなどは毛頭ありません。しかし、子供にとって多くの時間を費やす学校教育の現状を座視しているわけには行かないのです。だからこそ教育について述べている人に、今の教科書を一度でも良いので目を通して欲しいと思うのです。そして、この教科書で本当に将来を担う人物が育ってくるのかどうかを見て、そして考えて欲しいのです。
Posted by 胡門周一 at 2008年03月15日 19:51
私はどちらかというと2が良いと思います。

いつも拝読させていただいております。
今回のテーマは「教育」ですが、私には、二つの教育があると思います。

一つは、学力という意味での教育。そして、もう一つは「人格形成」という意味での教育です。

前者は学校教育の色が強いでしょう。これについては学力云々だけで判断するのであれば、学力テストの結果だけで評価されても仕方のないことでしょう。つまり、今の教育システムが間違った方向に行っているという意見も受け入れるべきでしょう。しかしながら、大きな転換期を迎え、詰め込み型の教育しか受けていない人間が、指向型の教育ができるか、計画を立てられるかというと、無理がある気がします。それがそもそもの間違いではないでしょうか。柔軟な思考は柔軟な思考を持った人間しか育てることはできないでしょう。また、評価基準を変える必要もあるでしょう。ということは、今の学校教育を見守る私たち自身が変わらなければならないと言うことです。自分たちが学力を評価する基準を変えることから、日本の学校教育は変わっていくのではないでしょうか。

後者の教育については、これは家庭の問題でしょう。人格形成において、最大の影響力を持っている場所は、家庭です。最近は、この教育までも学校の責任と勘違いしている人たちが多すぎます。自分たちの教育(つまり躾)が悪いことを棚に上げて、学校や教育者側ばかりを批判することは間違っています。しかしながら、そういった責任転嫁的な声の方が、なぜか世の中では大きく取り上げられる。要するに、誰も自分が責任をとりたくないのでしょうね。そんな中で育てられた子供が、自分のケツは自分で拭こうと思うのかと考えると、そうは思えないです。

私の意見は、結局すべてここに集約されてしまう傾向があるのですが、「他人に指を指すとき、3本の指は自分を向いている」。学校教育がどうであろうと、親が認めれば子供は自分の思う方向へ進むこともある。

学校教育を憂う前に、まず親である自分がどのような教育をしているのかを考えることが重要だと思います。
Posted by さくま at 2008年03月15日 20:07
1.「どうした、日本」
家族愛〜愛国心〜人類愛と進展すると考えると、自分の住んでいる日本がどうなるのかに関心を持っている読者が多いと思います。
私は56歳です。戦後教育を受けて来た世代ですが、戦前教育を受けた先輩達の影響もある世代です。
私たちの若い頃には「額に汗を」を要求され、「脳ミソに汗を」の重要性は余り要求されていなかったような記憶です。
宋さんがコラムで「現行を止めること、発想を変えること」によって膨大な無駄を防ぐことの大切さを述べられていました。
現在、これからまだまだの経済成長を望んでいる経済界、政治家、金権主義の戦略家たちにこそ教育問題を考えて貰いたいものです。
口先だけで、環境問題、平和問題を語っていて、「本気で日本を、世界を」どうして
行くべきなのかを彼らたちに教育すべき時代でしょう。無限ではない地球資源、破壊された自然環境をこれからも営利目的に戦略している金権主義者たちに誰が教育するのか?
それをするのは、国民であり、人民の要求が本気で、真剣に「脳ミソに汗し」自分達がどうありたいのかを思考すべき時代になっていると思います。
Posted by 上木 克良 at 2008年03月16日 06:31
1.どうした日本
  
 
Posted by 宮下宏司 at 2008年03月16日 21:37
中川昭一さんとの対談本のタイトルは、
1.「どうした、日本」
がよいと思います。
私ならこのタイトルに興味を持って店頭で手にとります。
それにしても中川さんのイメージが自分の中で変わりつつあります。
かつては「酒飲みの酔っ払い大臣」だったのですが、農林水産業に対する見識の深さに驚いています。
今では期待する政治家の一人になりました。
Posted by 藤井 一夫 at 2008年03月16日 23:21
戦後教育の誤りが今日の学力の低下を始め、倫理観の喪失等危機的状況の原因と考えます。即ち占領軍と日教組による誤った民主主義と悪しき教育の平等のためです。人間が社会生活を営む上で絶対的に必要な生存権、それを守るために自らの力を他の人のためにも提供すること、これが国家の基本です。そんなことすら教えずにひたすら自分の権利と自由を主張することを教えてきたのです。また、子供の個性や成長度を全く無視した年齢による画一的なプログラムで全ての子供達を一律に同じ教室で同じ教科書で教えきたことも落ちこぼれや逆に伸びる芽をつぶしてきたのだと思います。
そういう点では大阪の橋下知事が能力別教室を提唱した時、教育委員会が反対したという話を聞き、多くの教育関係者が未だに子供の自我や個性を如何に伸ばすか、なんて事は全く考えていない、ということを再確認しました。
Posted by 宇都英二 at 2008年03月17日 09:36
いつも楽しく読ませていただいてます。切り口に新鮮さをおぼえます。今回の本の題名は1に1票投じます。
Posted by 金川 次成 at 2008年03月17日 12:39
いつも楽しみにして読ませていただいてます。そのポイントは、日本人である私が気づかない視点があるから、「ハッと」させられるからです。その意味で、本の題名は2つとも不適当のような気がします。私なら、「日本とあなたを根底から変革する」のように付けたいと思います。(本の内容に合致してなければ、ダメですが)
Posted by 渡辺義彦 at 2008年03月17日 17:14
対談本のタイトルは1がよいと思います。
Posted by 伊藤和正 at 2008年03月17日 17:19
いつも楽しみに拝見しております。
「日本の戦後教育は、やっぱり否定すべきではないと思います。」とのことですが、

日経BPの齋藤孝さんの記事で、
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/saitotakashi/080222_8th/
戦前の「人間形成」を探る〜私たちは何を見失ったのか。には、
「世界が驚くほどの高度経済成長を担った人々、つまりこの時代に働き盛りだった人々は、戦後教育を受けて育ったわけではない。大正から昭和初期に生まれ、戦前の空気を吸って育った人々である。」と書かれています。この意見には賛成です。

あと、中西輝政先生の著書『日本人としてこれだけは知っておきたい』には、
戦後的な成功の源は、戦中、戦前にたどり着くと述べられています。
戦後の復興が、国際的要因が非常に大きく、日本の場合、西側陣営に属して大変有利な輸出市場を持った。要するに、日本は非ヨーロッパ圏で、成長の先端を行っただけでの話を戦後の教育や非軍事化といった日本にしかない要因ばかりにとらわれたと指摘されています。
この指摘はなるほどだと、思いました。
直接の要因とは、タイムラグがあるわけで。
Posted by OSSY at 2008年03月17日 23:02
断然『不機嫌な対話』ですね。
どうした日本は、軽いし、”どうした”は、陳腐化しています。日本をどうするかという議論も多い。
”不機嫌な対話”の方は、未だ、中身を読んでいない人たちだから、こちらの方がインパクトが強い。
不機嫌な裏にひょっとして”おもろい”事が書いてあるのではと言う、潜在的な期待感がある。

Posted by 玉置利治 at 2008年03月17日 23:35
2番の「不機嫌な対話」が良いと思います。

私は日本が大好きです。
なぜ多くの方がなぜ否定的なのか理解に苦しんでいました。

私が出した一つの結論は、たぶん失敗する事を恥じる国民性が悪い方向に出ているだけであると考えます。完璧を求めすぎているだけです。

30歳になる私の両親は、食べる事のために働いていました。教育を受けるにも家族が多く、長男・長女でなかった事を含め、教育を受ける機会を逃していました。そういう負い目があった。

しかし私の世代の友人を見ると、負い目を持っている人は少ない。過保護ともいえる学歴及び職歴を持っているが使いこなせないという問題点であると私は思います。

対話はソクラテスが始めてやった哲学の基本です。その事を噛み砕いて伝える事ができたらきっと良い本になろうかと思います。

拙い意見ですが、参考にしてみてください。
今後も引続き応援させていただきます。
Posted by 河田真之 at 2008年03月18日 08:55
2択なら「どうした日本」がいいと思います。でも「平成維新」なんてのも、どうでしょうか?私は数年前から、今の日本は、幕末に似ているなぁと思っています。
NHKの「篤姫」が高視聴率だそうですが、無意識に、そんなことを感じている人も多いのではないか?と思いました。

既にいろんな方がコメントされていますが、私も平田伸司さん、田丸孝さん、稲村一郎さん、野田千代子さん、さくまさんのコメントに非常に共感を持ちました。
2年ほど前から面倒をみている後輩がおり、大卒20代後半、もう今年30歳ですが、あまりの精神的な幼稚さに驚愕し、神経やられたくらいで、なぜこんなオトナが育っているのか、国の危機感さえ感じ、いろいろ調べ社会問題により目が行くようになりました。決して根っから頭が悪いわけでもなく、性格もヒネてはいないのに、社会的責任感、社会常識が全くなく、若いのにモノグサ過ぎて、驚きを通り越し、笑えるほどです。私は、15歳の時でも、今のこのコよりいろいろ考えてたなぁと思いました。
つい最近、中国の女子大生の就職活動をTVでみましたが、この後輩より、ずっとオトナとしての考えを持ち、行動していました。今の日本は、何でも教育機関や、社会のせいにしたがります。
でも、それらを形成する基礎は、家族という小さな社会の集合体なのです。
私は、前述の後輩を見ていて、親の家庭教育のせいだとつくづく思いました。
数年前までの私なら、すぐ見放していましたが、「このまま、子供を育てさせちゃーいかん!」と思い、我慢に我慢を重ね、面倒してましたが、「このコ、少しタリナイのかな?」と思うほどで、神経に来たので、もう止めました。
そうして自分を振り返った時、親に心底、感謝したし、そういう親に育てられたからこそ、多くの先輩、後輩、お客様に恵まれて来たことをしみじみ実感したのです。
「苦労させたくない」と可愛がることだけが、親の愛情ではありません。社会に出た時、自分の頭で考え、歩いて行くだけの力を身につけさせる事、他人様に可愛がられ、協力して貰える人間に育てる事が、結果として子供自身を守ることなのだ、という事を昔の親は知っていたのだと思います。
ここまで来てしまった日本がどうすれば、まともになるのか、私自身も模索中だし、
今後も微力でも考え、行動していこうという気持はありますが・・・。
Posted by 鍋倉 陽子 at 2008年03月18日 13:12
いつも楽しみにしています。
1番です。

裁判についてですが、裁判官も何か勘違いをしていて、法律を守るのでなく、正義を守っているつもりの人が多いような気がします。
飲酒運転の事故についても、人民裁判の様相を呈しています。事故は事故でしかないのに
正義を話しているような気がします。また法律家も正義に迎合しているようです。
Posted by 藤岡一男 at 2008年03月18日 13:53
今回2度目の投稿になりますが、ちょうど今回のテーマである教育問題の件にかかわることなので、新入社員陳さんのコラムについて、ちょっと発言します。
せっかく中国から奥さんと子供さん2人を呼び寄せて一緒に暮らし始めたばかりなのに、日本の教科書のレベルが低いからと、子供さんを中国に返したことは、とても残念に思います。
いろいろと苦労を重ねての現在の陳さんがあり、その上での判断なのでしょうから、他人がとやかく言うべきではないとは思いながらも、私はこの判断には賛成できません。
ご心配されている学力については、学校で不十分なら家庭教育やその他の教育機関でいくらでも補うことが出来ます。 言うまでもなく教育は学力だけではありません。 家庭でのコミュニケーションを含んだ家庭教育や躾、そして地域や学校内での友人関係や遊び、それらを通して人は学んでいきます。 そして、それは子供が小さい時ほど重要です。
両親が日本にいて、いずれ再び日本に呼び寄せるということならば、今から一緒に暮らしながらそれらを学んでいくべきだと思います。 子供は成長とともに親のコントロールが効かなくなります。 言葉も小さな時から覚える方が良いことも十分にご承知でしょう。
とにかく、教育云々もあるでしょうが、子供は親と一緒に暮らすのが一番の幸せです。 
Posted by けいちゃん at 2008年03月18日 14:34
宋文洲さまへ弁理士森哲也より
ご高見拝読致しました。何時もながら日本のことを考えて下さる宋さんだなと感じ入り、意見を述べることに致しました。これで2回目です。
そもそも、国家が国民の教育を行う場合は、それが、国家目的に向かって思考・行動できるよう、あまねく国民に基礎的な能力をつけさせるためであると思います。
「戦前教育」vs「戦後教育」の対比もこのパラダイムの中にあります。
では、「戦後教育」というものはどういうものだったのか?
それは、敗戦で壊滅状態になった国家・社会を再構築するという国家目的に向かって、日本国民持ち前の勤勉性を更に鼓舞してひたすら「経済復興」を目指すことに主眼が置かれたものだと思います。
従って、当然のことながら、当時の国際環境からして国家の安全に必要な軍事力を日米同盟に委ねたことは、賢明な選択だったということができ、また、その方向の外交努力も正しかったと云えましょう。
その結果、世界に冠たる経済大国となり、国民も豊かになりました。
しかしその反面、大人は、ただ市場原理の経済効率性のみを追求(米国の「シカゴ学派の考え方」)する精神に毒され、特に若者は、「何とか食って行ける」飽食の時代の中で、この「何とか食っていける」国家を人間の周りに無限存在する「空気」位に意識が薄れると共に、実際に国民の生命財産を守っている国家に対する夢とロマンというか「坂の上の雲」というか、そういうものを失ってしまったのだと思います。勿論、各種の分野で卓抜した力をもってまさに夢とロマンに向かって活躍している素晴らしい若者達は少なからずいます。しかし、このような若者は全体からするとほんの一握り。
この若者の夢喪失現象は、宋さんが来日された頃、すなわち今より20年位前頃から顕著になったといえます。
ですから、「戦後教育」のすべてを肯定し又は否定するのではなく、20年前までに続いた「戦後教育」の惰性を遮断して、自らの住む国家・社会を明確に意識した新たなパラダイムの教育を打ち立て、これによって、若い人達が、自らの属する国家・社会の存立と安全保障を前提にした、新たな「ジャポニズム」を世界に発信できるような精神力をもてるようにすることが肝要だと思います。
この意味で宗さんのご意見に賛成です。
出版を楽しみにしています。タイトルは1ですね。では失礼します。
Posted by 弁理士森哲也 at 2008年03月18日 20:32
1.「どうした、日本」

がよろしいかと。

松浦と申します。いつも楽しみにしています。
「外国人」宋 文洲が出す書物としてならば日本批判が表に出ているほうがインパクトがありそうです。

***

電機メーカーに勤める私の仕事は国内市場品質担当。
主に、いわゆるクレーム案件を扱います。
海外にも生産拠点のある弊社では海外の市場品質も別部署で扱いますが、感じることは「日本の常識」は世界の非常識かもしれない、ということですね。

小さな島国の民族が申し立てる苦情は、外国の方からすると小さなことのようです。
でもこのような小さなことを真摯に受け止め、改善していく力がすなわちメイドインジャパンをブランドに引き上げたのだと信じています。

これからも「日本の常識」を評価し続けてださい。
Posted by 松浦 正信 at 2008年03月20日 02:29
今世紀に入って、日本が迷走している時期と、戦後教育を受けた世代が経営層となった時期はほぼ重なっています。また、様々な偽装問題にしても、トップが許可しなければできないものがほとんどです。
つまり、戦後教育は、中間層の拡大には成功したが、トップとなれる人材の育成には失敗したと言っても良いのではないでしょうか。
問題は、トップとなれる人材は一握りであり、それをどのように選別して教育するかとの方法ではないかと考えています。
その意味では、広義の教養教育が今ほど必要な時はないのではないか、と感じています。
Posted by まのじ at 2008年03月26日 14:44
戦後の復興を担ったのはやはり戦前の教育を受けて育った人たちであり、その点は覆せないと思います。戦後の教育を受けて育った人は、終戦時に10才とすれば昭和30年の時点でようやく20才であったに過ぎず、社会的影響力が大きかったとは思えません。終戦時に15才であった人ならば、GHQによる思想工作にも批評的な見方ができた人が少なくなかったと考えられます。
戦前の教育に良い点があったと認めたくない人がいるのは知っていますが、そのような思考法こそが、戦後教育の非論理性の大きなあらわれであると思わざるを得ません。
Posted by ふだ at 2008年05月06日 17:53
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