「米国崩壊」、「世界同時大不況」、「底なし」・・・。専門家達がメディアを通じて不吉なメッセージを一斉に発信すると日経指数はダウの倍も下落しました。もともと高くない日本の株をいったい誰がさらに売り込んでいたのでしょうか。
1万4千円を割ってもまだ売っている人の多くはたぶんそれより高い値段で買ったのだと思います。まさに「高く買って安く売る」そのものです。こんな理不尽なことをする唯一の理由は損の拡大に怯えているからです。
「高く買って安く売る」人は欲のない人ではなく、欲の強い人です。短期的な評価損を許せない欲の強い人です。彼らは決して儲けたくない人達ではなく、儲けしか考えられない人達です。
投資で利益を得る人は、間違いなく損もする人達です。彼らは自分が信じる価値に投資を行い、損する時も淡々と納得しているのです。彼らは投資にはリスクがあり、リスクとは実際に損もするという心の準備ができています。
不思議なことに損を気にしない人のほうが儲かるのです。不思議なことに株価の変動に一喜一憂する人は儲かりません。不思議なことに欲を抑えられない人は儲からないのです。
しかし、人々はよく誤解するのです。儲かる人はきっと欲の強い人だと。儲からない自分はきっと無欲だと。
もしこの理屈が成り立つならば、スケベな男が女性にモテルということになります。ケチな人が金持ちになれるという理屈になります。東大に入りたい人が東大に合格することになります。
以前、日本の銀行を安く買って、その後大きな利益を得る外資ファンドが禿鷹ファンド呼ばわりされて非難されました。よく考えてみればその時、日本には天文学的数字の貯金がありました。わずか数千億円の銀行への出資は誰もしようとしなかったから外資が引き受けただけでした。
外資ファンドのおかげで銀行が救われました。本来の価値が認識された時点で利益を得て当然なのに、外資というだけの理由で蔑視されていた訳です。まるで日本人の汗水の結晶のお金を窃盗したかのように。
そんなに外国資本が嫌いで日本の資産を大切に思うのであれば、なぜ自分たちが日本に投資しないでしょうか。なぜゼロ金利でも現金を握り締めて、自国の優れた企業に投資しないでしょうか。自分達が投資せず、ソースメーカーのように外国にも投資させない市場がなぜ成長できるでしょうか。
人間社会には欲がなくなりません。無法の欲が社会を蝕みますが、法とモラルの抑制が効いた欲は、むしろ文明の原動力となります。しかし、無欲を装って欲を飾る風潮は、決して社会をよくすると思えないのです。
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日本の投資家はまさに「高く買って、安く売る」を地で行っています。
金融商品取引の営業をしていましたので、よくわかります。
安い時に顧客に買ってもらうには高い時の数倍の努力が要ります。エネルギーが要ります。
金融商品の営業マンはその努力を嫌い、長時間働くことを選択します。世に言う「夜討ち朝駆け」です。本来は1年に1回でもいいからチャンスに最大の仕事するべきです。しかし現実には日々の仕事に流されます。(今日はいくらの取引を成立させたかを問われるからです)
金融商品取引業では顧客の欲を拡大することが最大の武器です。結果のわからないものなので、声の大きい、はったりの強いものが勝者です。日々の売り上げを上げる。そこにモラルや法は存在しません。
顧客の利益を競う金融商品取引行業者はいません。顧客の利益を上げたからといって出世をした話も聞いたことがありません。
投資ということを真剣に考えるべきところに来ています。
投資にしろ、そのほかのことにしろ、何もしないことを選択するのでなく、行動をすることが重要です。
何もしないで、誰かに頼って何とかなっていた時代は過ぎました。なんともならない時代に突入したのです。
決断と実行の時代であり、結果は自己責任です。何もしないことが最悪です。良いとか悪いとかとは別の問題です。
国会議員を始めとする政治家(屋?)も企業の経営者も、公人として世の中の幸せを第一義に考えて行動する人がとみに減ってきたように思えるのは私の思いすごしでしょうか。それならよいのですが。
いずれにしても、食品偽装の件にしろ、ガソリン税の件にしろ、とにかくマッチポンプのようなマスコミに煽られ続ける「世論」という化け物にも困ったものです。
高度成長期ような、みんなが貧しく、同じ方向へ向かってとりあえず生きてゆけばよかった時代ではないにしろ、人の幸せは常に自分の足元にあるという素朴な真実に目を向けていければ、この国ももっともっとよくなると思うのですが。
私はそう信じています。
ところが、予想に反して下がり始めると二度と、未来永劫に上がらないかのように売り急いでしまう。
実質的にその会社が成長するべき会社かどうか見ていないだけでなく、宋さんの言うように短期的にでも投資以下の評価額になるのはイヤだという強い「欲」があるのでしょう。
最近は「空売り」で儲けようとする人も多くなっていますので、その影響も無視できないのでしょうが・・・。
ソース会社の件については、司法判断をしてしまったという日本の司法についての疑問を感じました。憲法9条についての違憲については、高度な政治的検討が必要とのことで司法判断されていません。今回については、どうしてしてしまったのでしょうか。
悪意での買収かどうかの判断は非常に難しいものです。加えて、禁じ手を出して来たソース会社の経営者は会社を守るためか、自分たちのポストを守るためかの判断も非常に難しいものです。
そんな中で「不公正な禁じ手」を司法判断で「正」と判断してしまったというのは、非常に感情的な部分ではないかと思います。
あの時点であのソース会社をちゃんと評価していたのは、あの「外資」だけだったのかも知れません。
最終的にあの「外資」が被害を受けたかどうかは別にして、日本側の鎖国的感情が浮き彫りにされたことは間違いありません。
日本人は、評価損であっても「損」をしたくないという気持ちが強いのか、貯金派が圧倒的に多いですね。この考え方も「欲がある」ということになるような気がします。
私も貯金は少なめで投資にまわすのですが、がんばって欲しい会社に長期投資するタイプです。短期的には下がろうが、いつかは戻ってくるので、投資額全体で見るとひどく損をしていることもなく、感覚的には貯金をしているのと変らないんです。
会社への貢献感もあっていいものなのです。
宋さんのご意見はいつも関心持って読んでいます。
日本社会は、戦後の苦労から世界topレベルに達したとの自負があって、自分の間違っている所に気付きませんが、日本の常識は合理的ではないところが沢山あります。
しっかり日本人に分かるように指摘お願いします。
一方日本は17年前バブル崩壊、株式市場も暴落した原体験を40歳代以上の人々はまだ鮮明にもっていること、日本が人口減少時代に突入し
国力が低下するとの悲観論が蔓延しつつあること(年初に大田財経相がもはや日本の経済は一流ではないとの警鐘もありました)さらに小泉内閣から引き継いだ安倍、福田内閣は改革の意欲を示さず、ばらまき政治に戻りつつあることへの失望等々から外人投資家の売りに引きずられ、日本の個人投資家も売りに走っていると考えます。デフレの時代は終わり、インフレの時代になりつつある今、個人もインフレに強い投資にシフトすべきで、その一つは
株式投資のはずで、今は絶好の買い時と考えます。
尚メールアドレスの変更を申請したく
その方法が不明だったため、新しいアドレスを記入しました。
最も成功したといわれる社会主義経済(=通産省が主導した計画経済)の後の日本はどうなるの?
構造改革はどこに行った?いつまでも「お代官様お願いします」では世界は通用しない。
乱文ご容赦。人生の競争に敗れた中年より。
メールアドレスが変更になりました。
入力したアドレスがそれになります。アドレス変更宜しくお願い致します。
しかし「外資ファンドが禿鷹ファンド呼ばわりされて非難されました」という部分には、若干の違和感を覚えます。個人的には外資ファンドのおかげで日本が立ち直った部分もありますし、日本が外資を「はげたか」呼ばわりすることは、的外れだし言語道断です。
私は、「はげたか」呼ばわりして非難しているのは、テレビなどのマスコミや「左より」の評論家(経済評論家)だったと思います。多くの「良識ある人たち」は、むしろ日本人(自分たち)の不甲斐なさを嘆いていたはずです。
最近は「ブルドックソース」の例でもわかるように、外資に対する風当たりは厳しさを増していますが、マスコミが「はげたか」を煽っていた時代は、むしろ今よりも良識があったと思います。
そういう意味でいうと、今の方が心配です。
また、皆さんのコメントも総合分解して当方の言葉として利用さしていただいて良いでしょうか。
ダメなら止めますが、もったいないことになりますです。
ということでブログへの掲載はなしで。
株式の世界を大局から見るとインサイダーや情報操作、株価操作や嵌め込みの要素を無視するべきではないと考えます。様々な意図をもって、こうした工作が行われています。表面化しているものは氷山の一角であり、どちらかといえば、これらは小さな悪だと思います。巨悪は庶民から見えにくいが、誰もが知っている場所にいるかもしれません。
>日本の資産を大切に思うのであれば、なぜ自分たちが日本に投資しないでしょうか。
そんなに単純なレベルで考えられることではないと思います。日本の株式市場は権力者同士が結びつき、庶民から合法的に冨を搾取する場という一面があります。そもそも株式市場や資本主義そのものの構造的欠陥(罠)に庶民が気づかなければならない時期だと考えています。
大が小を飲み込み支配力を強めることの繰り返しが行われ、冨が移動する。これが資本主義の醍醐味かもしれませんが、資本主義の罠でもあります。あらかじめ策を講じて、こうした富の移転が行われているとしたらそれは搾取です。
今回は普段あまり考えない事だったので、とても新鮮でした。
欲そのものは、悪徳ではないと思いますが、目先の損得だけに囚われて長い目で見たときに損をするようでは、その人だけの害ではなく、市場や社会や世界にも害があるということでしょうか。
狭い島国根性で目先の損得に右往左往しない事も大事でしょうが、過去の経験を紐解いたり、未来に利を得る投資をしっかりと思考することも大事なんでしょうね。
逆に無欲を誇るのは偽善ではないかと思います。よく勝負事で無欲の勝利という言葉を耳にしますが、これは無欲ではなく無心が正しいと思いますし、無欲では勝負自体が成立しません。社会であれ企業であれ人であれ無欲の先にあるのは廃退ではないでしょうか。
要するに、目先の損得だけに囚われる欲ではなく、広く長い利を得る欲は良徳だと思います。
最近の政治の状況を見るにつけ思う事は、政権政党も最大野党も低レベルの政争(議論とは到底言えない)をやめ、どうすればこの国の広く長い利を得る事が出来るのか、良く考えろ!と言いたいですね。
それとは別に、私は宋さんに伺いたいことがあります。最近の中国の発展はすさまじいものがありますが、50年以上続いた共産党政権下の、中国国民はその影響をどの程度受けているのでしょうか。「豊かになれる人から豊かに」ということは、「他人を蹴落としても、自分さえ儲ければ良い」という考えが蔓延しているのでしょうか。確かに、その様な傾向も感じられますが、いかがでしょうか。いつか、メルマガ等でお話下されば、有難いと思います。
自分なりに将来を見つめているつもりなのですが、どんどん底なし沼にはまって行く株もあります。そんな時、自分の眼力のなさにがっくりです。
今回の論長論短は日本社会の投資態度を一刀両断にする、とても胸のすく思いのするテーマでした。と同時に少し物足りない気も....
宋さんの論にほぼ同意しますが、「わずか数千億円・・・」のくだりだけは思わず筆が滑ったのかなと思いました。
要は日本の歩んできた歴史の中に国民に対する真の意味での投資教育やリスク教育が行われてこなかった事が高く買って安く売ってしまう原因だと思います。
大方の日本人は万一のときには保険と預金しか当てにできませんでした。
お金は汗水流してコツコツ貯めるもので株を含めた投資商品はギャンブルと同列に扱われた時代のほうが長かったのです。
日本の「にわか投資家」達の貧相な投資態度について的を射た叱咤をして下さったのなら、さらに踏み込んで投資教育やリスク管理教育の重要性について触れて前向きな結論を結んでくださるとよかったのにと思いました。
それでよいのではないでしょうか?
日本人は本来農耕民族であり、冬に種もみを残し、春に種まきし、夏には地べたを這いまわって草引きをし、秋にやっとその年の収穫を得る生活を何千年も続けてきました。
狩猟民族のように一部のヒーローが森で大きな獲物を仕留めて周りの人がそのおこぼれになるような一攫千金を得るのは得意ではありません。中国は農耕民族と狩猟民族の混合で両方のDNAを持ち合わせている人が多く、獲物が得られず空振りしても落ち込まず淡々と次の獲物が得られるまで平気で空腹に耐えられる体質があるのではないでしょうか?
残念なことはこの日本人の体質を忘れて声高にハイリスクに投資を進める人がコメンテーターに多いことです。従順な日本人はつい身の程を忘れてそれに乗ってしまうことです。
サブプライムローンの問題も本来は日本には全く関係のない事柄なのに巧みに仕込まれた負のリスクを見抜くことなく目先の利に目のくらんだ銀行や証券会社が債券を購入したことによります。日銀総裁はその銀行を救済するため低金利を継続し、金が日本から出ていくことを誘導し続けます。そのくせ、インサイダー取引が見つかってもお金を返せば済む身分ですので被害者は投資の才能のない一般の日本人なのです。先人が大量殺りくの後に考え出した憲法9条によって如何に日本人の若者を戦場に送らなくて済んでいるかそのありがたみを理解せず、国際貢献は当然とする世論は悲しいものがあります。人口減少問題を大げさに警告する世論にも大きな嘘が含まれています。豊臣秀吉が分割領土がなくなったとして兵を朝鮮半島に2度の渡って送り,明と対決したときの人口は3500万人位であったといわれています。今はその時の3倍以上の人が暮らしているわけでものは考えようだと思います。徳川時代のように鎖国する必要は無いですが、しっかりとした自分の意見と選択はしていきたいと思っています。
長銀や日債銀は、救われた方が良かったのでしょうか。
競争力がないのに、保護や規制によって延命させられていただけのように思います。
山一や拓銀のように市場から退場してもらった方が、日本経済の筋肉を強める結果になったのではないでしょうか。
> 本来の価値が認識された時点で利益を得て当然なのに
瑕疵担保条項を行使して二重に利益を得て、去っていきました。
ミンチ肉に消費期限切れの学校給食のパンを混ぜて売り、社長夫婦は数十億円(噂)の私財を確保して去ったミートホープを思い出しました。
どうせ延命させるなら、こういう時にこそ"最後の"護送船団方式をとるべきだったと思います。
いつもながらの切り口での人の行動の様、興味深く面白く読ませて頂きました。
当方も若干の株式投資を行っておりますが、昨今の評価損に苦々しく思いつつも塩漬けするしか為すすべがない一人です。
宋さんご指摘の通り、今回の現象はまさしく人の「我」とか「欲」の結果であり、投資という概念から離れた投機のみを狙った人間の為せる技であろうと思います。
今 株式投資が投資対象である企業の理念と日頃の活動プロセスとその成果に賛同と期待を持って行い、企業の成長と共に利益を享受するという基本が揺らいでいることを感じます。そしてその投資姿勢から乖離していく事象に「欲」という概念と、グローバル金融社会という世界で一つのビジネス環境下でありながら個々のディールは個別国の環境に影響を受けるという矛盾が引き起こした結果です。
「煩悩」「我」「欲」という人間誰しも持ち合わせている感情ではありますが、これらをコントロールすることが可能であるのも人間です。
「自由」や「権利」や「規制緩和」が独り歩きし出したこの時代に際限なく「欲」が拡大していくのを危惧致します。
我々は我々自身をどう評価したらよいのか、自信過剰でも自信喪失でもない、客観的な評価というのはどうあるべきか。一度外から見てみるべきか、外から見る人の意見を聞くべきなのか。
やはり一旦外に出て見つめ直すという行動は必要だろうと、経済以外の分野でも思います。
自分の欲は何だろうとも改めて感じます。
最近の日経平均の動きをあたかも一大事のごとく新聞が書きたてていますが、果たしてそうでしょうか?一喜一憂する必要はまったくないと思っています。ただ残念なのは、昨年9月に購入したソフトブレーン株が、理由無く下げ続けていることです。
奮起されることを祈願します。
ご無沙汰しています。
久しぶりに爽快な「宋さん節」をうかがいました。
“投資で利益を得る人は、間違いなく損もする人達です。彼らは自分が信じる価
値に投資を行い、損する時も淡々と納得しているのです。彼らは投資にはリス
クがあり、リスクとは実際に損もするという心の準備ができています。”
まさに、“ノーフリーランチ”“ハイリスク・ハイリターン”の原則を指摘していただきました。リスクはもちろん“危機”も意味しますが、それは、「危険」と「機会」が同時に存在していることをも意味しています。
ボラティリティ(波)が大きいことはプラスの方向にも振れますが、マイナスも大きいことをを意味しています。定期預金や国債は安全そうですが、インフレにはひとたまりもありません。
ソース会社とカレー会社は、狙われる前になんであんなにキャッシュを抱え込んだのでしょうか。世界一の食品会社への道を狙うか、世のため人のためにお金を使うか、新規事業に乗り出すか、従業員に大枚払っても良かったのかもしれないですね(笑い)。
ご指摘の通り日本人で損失のコントロールが上手な人は少ないのは事実です。
大多数の日本人は『お金は汚いものだ』『人の前で金の話をするものではない』という考えを植え付けられているのが一番のガンだと考えています。
一定年代以上の人にとって、株とは博打と同意義であり、ヤクザの所業だと大真面目に考えている人も居るくらいです。
額に汗して働く事のみが正しく、楽してお金を儲けるなんて人間のクズだという意見もある位で、笑い話になりそうですが、現実です。
実際に株式投資や外貨証拠金取引の利益は『不労所得』となり、労働ではないと日本国が認めています。普通に働くよりも遥かに困難だと思いますが、化石のような老害には理解を超えているのでしょう。
いずれにせよ、変化を受け入れられない人が多いのは悲しい限りです。