世界を徘徊する「搾取の幽霊」

広がり続ける日本の格差が問題視されることがありますが、実はまだ日本はずっとましな方です。

富裕層が急増した米国では、低所得者の所得がむしろ2000年よりも下がっています。食料品の高騰とサブプライムローンの破綻に伴い、彼らの状況はますます悪化すると思われます。

北京の工事現場で働く労働者は浮浪者のように現場に泊まりながら未明から仕事を始めます。しかし、彼らの月給は富裕層の一回の食事代にも及ばないのです。

私の父は昔の上海でビジネスを行っていましたが、中国革命の後、全財産を没収されたうえ、いじめられました。それでも父が「革命はよかった」と言っていました。

最初は体制への従順を示すためだと思っていましたが、どうもそれが父の本音のようでした。理由を聞くと金持ちの玄関先でよく物乞いの餓死体を見かけて強い不公平感を覚えたそうです・・・。

先日、北京で昼食をとりながらテレビを眺めていると、高速道路で倒れた青年を地方の警官が助けたニュースが流れていました。その青年は田舎から上京し工事現場で一ヶ月働きましたが、雇い主から給料を一銭も払ってもらえませんでした。所持金もないため、はるばる故郷まで歩いて帰ることにしました。

捨てられた食べかすなどを拾って飢えを凌ぎながら、数千キロ彼方の故郷を目指しましたが、とうとう力尽きで路上に倒れたそうです。

テレビは人助けの警官を褒めていましたが、私はそんな当たり前のことよりも青年がひどく搾取されたことを思うと、胸がいっぱいになり食欲が失せました。

私は社会主義の教育を受けて育ちました。地上から搾取を無くすためにすべての人々が立ち上がるべきだと教えられましたが、その社会主義の理想は世界的な敗北を喫し、中国でも陳腐の象徴となりました。

最近、ひょっとすると社会主義はもともと人類の理想としてではなく、ただ膨張が止まらない人類社会の欲望を制御するためのツールではないかと思うようになりました。

格差の大きさを示すためによく使われるのはジニ指数ですが、なんと最近、中国と米国はほぼ同じ数字になっているそうです。

格差問題で各国政府が非難の的になっていますが、ひょっとすると我々が現在是認する価値観とライフスタイルそのものが格差を拡大させているのではないかと思います。

「ローマは一日にして成らず」。案外、人々が「社会主義を打ち負かした」と喜んだ10年前から、「搾取の幽霊」は既に静かに世界中を徘徊し始めたかもしれません。「それでも今の世界のほうがましだ」という考え方も間違っていませんが・・・。
この記事へのコメント
宋さんの文章にしては珍しく論点がぼけていますね。私なりに汲み取ると、世界が狭くなったので搾取の範囲や仕方が激しい時代になった、ということでしょうか。

>日本はずっとましな方

これはその通りですね。

>搾取の幽霊

新語ですね。概念としては新しくないのですが、新たな言葉が与えられたことで議論が広がるかもしれません。
Posted by 中村友一 at 2007年10月26日 08:23
はじめまして、こんにちは。
胸が痛みますね。

でも
僕はやっぱり、自由がいいです。
そうして、搾取する自由から
分かち合う自由に
変わっていくと
信じてます。

あなたがされてきたように。
あなたのような人がどんどん
増えていくことを
僕は信じています。
Posted by ゆうさく at 2007年10月26日 08:42
人にもよるが、格差が産まれるのは努力の結果だとも思う。
不公平感を思う人の中には、どうしようもなかった人も居るが、
そんな人間の識別は出来ないと思う。

世の中のスポーツマン全てが金メダルを貰える訳でもなく、努力もさる事ながら、
持って生まれた才能も関係するのではないでしょうか?

だとすると、勉学から得られた知識、それを基にして得られた富、そして格差。

これは悪なのでしょうか?

富裕層、格差、だがそれを基にした支配があり統制がある。
その下に市町村があり、国家があり人の生活が成り立つと思います。

「格差」では無く、違う事が問題だと思う。

差がある事が問題ではなく、「思いやり」の欠如、
人として他人に対する純粋な優しさの欠如、
これのモラル問題であって、
「格差」は人間の本質を隠した言い訳にしか聞こえません。
Posted by 井本 at 2007年10月26日 08:43
あまりの格差は、社会の崩壊を生みます。その意味ではアメリカや中国は
危機的状況なのでしょう。
才能や運のある方々が、豊かになることはすばらしいことです。が、一方で才能も運もない貧しい人々にも最低限の生活や教育を受けられるようにするのが、豊かになった人たちの役目かもしれません。
惜福という言葉があります。惜福(せきふく)とは、幸福を惜しむ、「大切にしよう、粗末にしないぞ」という意味です。
豊かな人たちには、幸福を大切に使っていただきたいです。
Posted by 梅村 正 at 2007年10月26日 08:46
私はブレジネフ時代のモスクワに父の仕事の都合で暮らしたことがあります。

数年前のロシアの映像をテレビで見て、「ソビエト崩壊後と今とどっちが庶民は幸せなんだろう。」
と感じました。

70年代初めのモスクワで、アパートの管理人のおばあさんは、毎日、猫をひざに抱いてニコニコしていました。ソビエト崩壊後の映像では、寒い冬の日におばあさん達が自分の持ち物を売るために道路につらそうに立っていました。

社会主義が悪なのではなく、一党独裁や自由がないことが悪だと思います。

北欧は税金は高く社会主義的ですが、住みやすい国のようですよね。

中国や日本で同じようにできるかというと人口やその他の国を構成する要素が違うので何ともいえませんが、私は、強者がさらに強くなり、弱者はもっと虐げられる、そういう国には住みたくありません。
Posted by あらあら at 2007年10月26日 09:01
>広がり続ける日本の格差が問題視されることがありますが、実はまだ日本はずっとましな方です。

まったくです。アメリカや中国は異常だと思います。日本も相続税がなくなったらとても大きな格差ができるでしょうね〜

ところで宋さんは「日本の格差はマシだ」(すなわち、もっと大きい格差は当たり前だ、と読める)と言ってみたり、中国の搾取のひどさを憤ったり(こちらは格差が大きいのはダメだ、と読める)、一体、日本はどうなったら良いとお考えなのでしょう?
Posted by srbae at 2007年10月26日 09:09
今回は興味深く、そしてぞっとしながら読みました。労働の対価がもらえないなんてまるで「小公女」の現実化で、心底怖いのです。中国は大国であり、誇るべき文化があるのですが、都会が田舎を搾取することになんら良心の呵責を感じていないように見えるところがどうしても理解できないのです。 といってもこれが現実である以上、しっかり認識して対処を考えるのが大人のすべきことでしょうね。宋さん、今後も楽しみにしています。
Posted by 春名 絵里香 at 2007年10月26日 09:27
斬新な視点での論評に、いつも興味深く読ませて頂いております。有難うございます。
ところで、格差問題については、日本が他の多くの国よりはずっとましな点、その通りです。しかし、格差を問題にする時、対象としなければならないのは、現在の他国ではなく、日本の戦後の、つい2〜40年前との比較であると思います。そうしてこそ、その社会の今までの進歩の是非が考えられるのではないでしょうか。われわれが是認する価値観やライフスタイルそのものが格差を拡大させているとのご指摘は全く同感です。であるからこそ、格差問題は、われわれの生活、その心の奥底にまで踏み込んで考えなければならない問題だと認識しています。
Posted by 末松五朗 at 2007年10月26日 09:34
宋さんには申し訳ないが、日本では「団塊の世代」のころに社会主義は捨てられたと認識しています。(私より10年上の世代ですが)
当時、大学生による学生運動というものが盛んでした。よど号ハイジャックとか浅間山荘リンチ事件などは、この余波です。当時、学生運動をやっていた人々は、ソ連や中国の社会主義に理想郷を見ていました。北朝鮮も例外ではありません。学生運動をやっていた人々が「我が祖国」と今では信じられないようなことを信じ、アメリカと協力しようという日米安全保障条約阻止を中心として暴れまわっていました。それほど社会主義を信じた人は多かったのです。しかし、化けの皮が剥がれる時がきました。
中心にいた人々は大学を卒業するころになると、するりと大企業に入社しエリート街道を走り始めたのです。末端で警察や公安に逮捕された人々は前科者として定職にもつけないありさまでした。
その後も社会主義、私はイデオロギー主義だと思いますが、運動の中心人物はいつも、資金を好きなように使い、関係している女を愛人にすることは常識のように行われていることを、当たり前のように見てきました。
社会主義は、中心の人物を信じすぎるシステムです。それゆえ、必ず腐敗します。
京都に中国の周恩来の記念碑があります。中国政府の要職の人は機会があれば、必ず行きます。それほど周恩来は尊敬されています。(私も素晴らしい人だと思います)しかし、それは稀な人だったからからこそ、今も光りが消えないのではないでしょうか。
資本主義がさまざまな欠点を抱えていることは貧富の差の拡大のみならず、わかっていることです。それでも機能し続けるのは、権力が拮抗するように仕組まれているからではないでしょうか。「最も偉い人」が存在するという夢は否定して、世の中を動かす仕組みは作られるべきだと思います。
Posted by たかお at 2007年10月26日 09:46
非常に感覚的な意見で恐縮ですが、ゼロサム的な価値観が支配的になると日本人的感覚としては恐ろしいですね。

「なんとなく」「玉虫色」というものの見方も大事なのではないかと感じる次第です。
Posted by Tomohiko at 2007年10月26日 09:48
宋さんの「それでも今の世界のほうがましだ」との結論に、とても抵抗を感じます。
確かに、今の中国は社会主義の理念を投げ捨て、腐敗した独裁政党の下、ノンピアな資本主義で暴走しています。だが、これは中国に限った現象ではありません。つい最近でも韓国、台湾は同じような道を辿ってきましたし、西洋諸国でも日本でも過去に似た様な歴史があります。近代的な産業国家になる過程で避けられない道程とも考えられます。
中国に望みたいのは、例え名目だけにしてもいまだに社会主義を掲げている以上、教育や医療、老後保障などの社会福祉を手厚くして欲しい事です。荒っぽい資本論理が横行している最中、かなりの格差社会になるのは仕方がないとしても、共産党政権が福祉の充実をないがしろにしているのは間違っています。市場経済の健全な発展と、社会福祉の拡大、倫理社会の実現こそ、今後の中国の最も重要な課題です。
広大な国土と多民族を抱える中国が、一挙に民主国家となることに私は懐疑的です。チェコやロシア、イラク、さらにアフリカ諸国のように、隣人同士が憎み合い殺し合って、あげくの果てに分裂国家となる恐れが十分にあるからです。中国が今後、新社会主義国家と
して、健全で、庶民が安心して暮らせる社会に脱皮していくことを願っており、いまだに一縷の望みを捨てていません。
Posted by 常光奎吾 at 2007年10月26日 09:52
宋さん、格差、貧富の差、これ結局富める者、持てる者、強者の生き方、金の使い方の問題ではないでしょうか? 努力すれば、勉強すれば、頭を使えば、頑張れば、もっとレベルを上げることが出来る(色んな意味で)、そうしたモチベーションは大いに生かすべきでしょう。そうして上がってきて、さて何をするか、どう生きるか?
私はその人の志、品性、いたわりの心、などに行き着くと思いますし、そうしたロウモデルを家庭教育、躾、学校や企業での教育で教えて行くことが大切ではないでしょうか? 金にあかせて美食したってそれは糖尿病への最短コースです。棺おけにまで金を持ち込めるわけでもありません。中国では寄付行為はどのくらいあるんでしょうか?
Posted by 藤重 良英 at 2007年10月26日 10:13
以前、TVで中国人が世界一の共産主義国家である日本には住みたくないと発言しているのを聞いたことがある。一理あると聞いたものだ。中国もソ連も市場経済を取り入れる以前の旧体制でも、党幹部と一般人の間には王侯貴族と庶民の間のような格差があると聞いていたものだ。高速道路で行き倒れになりかけた人は、働いた給与をもらえなかったというが、前体制下で権利主張の仕方を教育されなかったのだろうか。働いている振りをしていれば、食べるのには困らなかったのだろうか。昔の実体を知りたい。マスヤジ`07.10
Posted by 松尾皓司 at 2007年10月26日 10:17
こんにちわ、いつも読ませて頂いています。

“社会主義はもともと人類の理想としてではなく、
 ただ膨張が止まらない人類社会の欲望を制御するためのツールではないか”
とすると人類は平等より欲望を取った、ということなのでしょうか。
そうかもしれません。

私の好きな言葉に以下の言葉があります。

平等化すべきなのは、所有する物の量でなく、
人間の欲望である。
          アリストテレス

平等の欠点は、我々が目上の者との平等のみを求めることだ。
          ヘンリー・ベック

足るを知る心が大切なんだと思います。
Posted by 斉藤直樹 at 2007年10月26日 10:28
 宋さんの論点は、東京の下町で育った少年時代に、ジャニーズにではなく、紅衛兵に憧れていた私にとっては、人生を賭けた大問題です。テレビや新聞で報道される文化大革命の経緯と目の前で起こっていた大学紛争の顛末を見て、マルクス・レーニン主義は誤りだということまでは分かったのですが、問題はちっとも解決していません。
 中国は、共産主義の政治体制と活力ある自由な資本主義の経済システムの組み合わせというハイブリッドな社会を発明しましたが、一方日本では、民主主義の政治体制と活力のない不自由な資本主義という、逆の組み合わせのハイブリッドを採用しています。
 そのいずれが勝つか、と言うと、現在のところ日本が中国に押され気味の展開ですね。
 ただ、昔習った「弁証法」の理論によれば、物事は正⇒反⇒合という具合に進むので、この両者が激突すると、その結果として、より高次元なアジア型社会が生み出されるかも知れない、というのが、私の希望的観測です。
Posted by 鈴木 明 at 2007年10月26日 10:33
宋さん こんにちは
「搾取の幽霊」搾取と言う問題は普段考えていなかった事なので、このコメントは論点がずれているかもしれませんが、お許し下さい。
この問題は、社会体制だけの問題ではありませんよね。例えば戦争の根源が、人間の憎悪、嫉妬、貪欲等から起こると、私は考えますが、搾取は何が根源になるのでしょうか?
貪欲、利己主義(自分至上主義?)、人種差別でしょうか。戦争といっても搾取といっても、根源は国、政府、企業などではなく、元は一人の人間から発していると思うのです。少なくとも地球上で唯一、理性というものを持つ人間の所業ではないと思います。例えば肉食獣は食料(獲物)を自分が食べる分以上の残りを、他の動物が食べる事を許しますよね(本能?)。そう考えると、人間は存在そのものが霊長ではなく、霊長である努力をしなければならない存在なのでしょう。
搾取を別の観点から考えると、カネやモノの搾取だけでなく、公害問題、環境破壊、地球温暖化も、そのマイナス要素を吐き出している側は、広い意味で搾取と同じではないでしょうか。
宋さんのメルマガを拝見して数分間での考えはこの程度ですが、これから私達ができることは何なのかを、時間をかけて考えていきたいと思います。
Posted by 谷口 喜佳 at 2007年10月26日 10:37
初めてコメントさせていただきます。
素晴らしい文章をありがとうございました。
特に「我々が現在是認する価値観とライフスタイルそのものが格差を拡大させているのではないかと思います。」というお考えに深く共鳴するものです。
例えば、子供を他人に預けてでも共働きをし、必要でもない電化製品や、無用の性能を有する高額なクルマなどを所有することに価値を見いだしている人々で構成された社会では「格差」は無くならないでしょう。
周囲に影響されない自己の価値観の確立、そして価値観の多様性を認める心の豊かさと広さがあれば「格差」という言葉自体が意味を持たなくなるのではないでしょうか。
そしてそれこそが世界を幸せに導くカギだと確信しています。
Posted by 青山典仁 at 2007年10月26日 10:43
「搾取」嫌な言葉ですよね。
「格差」これを無くす事は無理ですが、大きくなり過ぎないように皆が見張る必要がありますよね。

人並みに努力した人であれば、せめてささやかな幸せ(例えば、多少お金に困っても、共働きの奥さんをもらって、子供二人を義務教育+αくらい迄は育てられる生活)
を得られるような社会がイイですよね。
(これが達成できてないから、出生率がおちているのだとおもいますが・・・)

昔を美化するつもりはありませんが、今 上に立つ人間の質が落ちてきている事が一番の原因だと思います。何故なんでしょう?人間が退化してきたからとは思いたくないですが・・・
Posted by KS at 2007年10月26日 11:09
格差論でよく聞く
「日本は中国やアメリカにくらべてましなほうだ」という話ですが、
だからこそ、そこまでひどくならないように、
今のうちになんとかすべきなのではないでしょうか。
私は共産主義が正しいとは思いません。
しかし、大きすぎる格差はひずみを生みます。
虐げられていると感じている人たちはテロに走るでしょう。
今中東で起きていることが日本でも起こらないといえるでしょうか?
自由主義経済の国でも
格差が少なく幸福度が高い国はあります。
北欧の国々がそうです。
日本が目指すべき方向はアメリカではなく、
北欧型だと私は考えています。
Posted by JUN. at 2007年10月26日 11:26
読ませていただき世の中全体で物質が豊になり、心が失われていると感じました。青年の話は搾取した業者は極悪です。開発途上国の製品を適正価格で買おうという運動があります。安く買い叩き、賃金を安くして利益を上げても本当の経営ではないと思います。作る身、働く身になって考えるべきです。そういう気持ちが無くなっていると思います。給食費の不払い、医療費の不払いの根源も同じような気がします。
Posted by 川村 佳博 at 2007年10月26日 11:28
いつも考えさせられながら拝読しております。こういった題材を取り上げれるアンテナと視点がすばらしいと思います。
搾取については、日本でも今後拡大するのではないかと思います。中国やアメリカとは少し違うかも知れませんが、根本には同じものがあるかと思います。原因はコスト削減にあり、コスト削減を労働対価に転嫁する傾向が出てきていることです。中国や東南アジア等の安い労働力に対抗するイメージなのでしょう。
宋さんの言われたい主題とは少しずれるかも知れませんが、私はここで安易に労働対価を下げることの弊害を言っておきたいと思います。
労働対価、いわゆる給料を下げると従業員のモラルが下がります。職人であれば、その技能に対しての「コダワリ」が下がるでしょうし、単純作業員であっても仕事の質が下がるのは確実です。これは負のスパイラルとなって加速し、さらにこの発想が他の生産過程に拡大して、その結果がミートホープ事件等で表に出てくることになるのではないでしょうか。また、これは業界そのものの技術力を低下させ、衰退させることになります。
この根本には、正当な対価を払うという感覚がないことがあるのではないでしょうか。なるべく安くコストを抑制するのは、市場原理として当然だとは思いますが、適切な対価がいくらであるのかという評価をすることは、最終成果としての仕事を評価する意味でも重要なことだと思います。
それで売れないのであれば、その商品自体に意味がないのでしょうが、それ以上に問題なのは、そこで格差が生じているということでしょう。払えない訳ではないということです。
また、いかに能力の必要のない仕事であっても最低限保障されるだけの生活があるはずです。そういった部分でもしっかりと労働の対価を考えないといけないでしょう。これから外国人労働者を受け入れるのであれば、日本でも再度認識する必要があります。

最後に、ミートホープの社長が「消費者も悪いんだ!」という発言をした記憶がありますが、ここには考えるところがあります。
安ければいい、安くないと売れないという傾向が強すぎるような気がするのです。工夫して安くするには限界があると思うのです。
安心して食べられるものを作るためには、農作物でも手間がかかります。養殖の魚でも同様です。牛肉だって同じです。
私たち消費者も、ちゃんと対価を評価出来るようにならないといけないのではないかと思います。それが結局は労働対価をきちんと評価する土壌になると考えます。

感覚的な話ですが、先進国の中でもフランスやイタリアなどの深い文化のある国では、やはり付加価値の高い食材などが存在しているように思えます。食肉加工業の職人でも、若い人が尊敬を持って継承していこうという文化が根強く残っているような気がします。
日本にもそういう文化があるはずだと思うのですが・・・。
Posted by たくみゆとう at 2007年10月26日 11:37
毎度拝読させていただいております。今回の搾取という内容についても、非常に考えさせられました。

社会主義思想の根本は、人類が皆平等の利益を得ることを理想とする社会体制ですが、その提唱者マルクス自身が「社会主義への移行は先進国から進んでいくだろう」と予言したそうです。これは、社会主義の形成には「無欲であること」が大前提だからです。自己中心的ではない心の豊かさが平等をもたらし、真に民衆の全員幸福のために計画を立てて行わなければ成立しないからです。しかしながら、実際は当時のロシアや中国など、一部の権力者に搾取された人々が革命を起こして社会主義国家が誕生しました。

社会主義の思想自体は立派ですし、完璧に実施されていれば、すばらしい社会になることは間違いないでしょう。しかし、それは本当に「完璧に」実施されなければなりません。つまり、民衆から搾取しようとする者が一人も存在してはならないと言うことです。実際には役人や地域の権力者が搾取し、最下層はいつまでも豊かになれない構造を生み出し、破綻しました。

あくまで個人的な思いですが、現在の中国は、金持ちにも貧困者にも「心理的な余裕がない」のではないかと思います。日本にも当然、搾取できる機会があれば、搾取しようと思っている者は存在します。役人による横領や手数料を名目にした天引きなどはそれに値すると思います。しかし、(捏造とされていますが)食材に段ボールや廃油を使用してまで儲けようという精神的な貧しさは異常だと思います。「金持ちになれる人間から金持ちになればいい」と言ったケ小平氏の発言には、他の人間を殺しかねないことをしてでも金持ちになれといった趣旨はないはずです。

市場経済の構造上、ある程度の格差問題は必要悪だと思いますが、格差の是正は、自分だけ良ければいいと思う心の貧しさの是正から行われるべきものです。人の上に立つには、経営手腕だけでなく人を思う気持ちが最も必要。それが今、世界的に失われようとしている状況が、世界各国で問題となっている格差という形で、より顕著な形で表面化してきたと言えるでしょう。

最近のニュースで取り上げられている話題でも、個人的にはつまらないことで犯罪を犯していることが非常に多いように思います。これもすべて心の貧しさから来るものでしょう。物質社会がもたらした最大の罪は、ここにあるのではないでしょうか。
Posted by さくま at 2007年10月26日 11:47
民主主義、社会主義のイデオロギーの問題ではないと思います。
事実、中国も自由競争になった結果現状があるわけです。
ならば、自由競争が悪いのか・・・。
いえ違います、自由競争を管理するルールがお粗末なのが問題だと思います。
だって、行き倒れるまで搾取した雇い主はどうなったのでしょう?
社会正義を維持できない政治や周囲の状況が問題だと思いますが・・・。
Posted by かわい at 2007年10月26日 11:55
私は日本は決して米国や中国のような極端な格差社会にはならないと思います。それは、日本人のDNAに共同耕作時代の遺伝子が組み込まれていて、良くも悪くも突出した人間を排除するところがあるからです。ライブドアの堀江氏やコムスンで問題になった折口氏のようなある意味では大変有能な人も排除してしまう欠点ではありますが。
それと、江戸時代に生まれた町人学者たちが説いた商業道徳は老舗企業に脈々と流れており、近江商人に流れていた三方良し(買い手良し・世間良し・売り手良し)は日本人には通奏低音のように連綿と続いています。歴史の短い米国や、四千年の歴史上の殆どで権力を握る者が農民・労働者を搾取してきた中国とは決定的に違うのです。
Posted by 高月 瞭 at 2007年10月26日 12:21
前回私も他のコメントされてる方同様に共産主義や共産党に否定的な意見を書きました。
そして中国やロシアの専制主義的部分は多くの方が問題視してると思います。
しかし今日の宋さんのメルマガを読んで一方的に中国やロシアの体制を批判できないと思いました。

中国やロシアは過去完全な社会主義でしたが、それでは経済が維持できないため資本主義を導入しました。
それで中国もロシアも発展しましたがその結果格差が広がることになりました。
不思議なことに資本主義というのは発展すれば富を得れる人も増えますが貧困に陥る人も増えるのです。
そして今回の高速道路で倒れた青年の話のような事が起きる。
これは資本主義になって搾取を許容した結果陥った事態だと思います。
このように資本主義は持てる者にとっては有利で弱者を虐げ専制主義的な事を可能にする社会でもあります。
格差というより貧困問題は持てる者が解決しようと思わない限り解決しないと私は思います。
そして貧困問題が解決しない限り大小あるでしょうが専制主義はどの社会でも起き続けると思います。
だからといって中国やロシアの専制主義的な部分と同質に語るのは間違いかもしれません。
それに両国の民主化は将来絶対に必要だと思います。
しかし人間が独占欲に突き動かされてる限り専制主義はなくならないと私は思います。
余るぐらいにたくさんの物があるのに今だに分け合う事ができない人類を見てると、資本主義というのも罪なシステムだなと私は思ったりします。
Posted by 古屋圭太 at 2007年10月26日 13:49
 自分は共産主義者ではないですが、資本主義とは何なのか?という疑問が以前からありました。クルマに例えるならどこまでもスピードを追求して行くもの、ですがいつかは止まったり曲がったりしなければならないのでブレーキも必要。しかし現在の資本主義とか市場主義は歯止めの部分が無いような気がします。お役所の規制などがあるでしょうが、これもどこまで効くのかとか、新しい仕組みに追いついて行けていないように見受けられます。
 食物連鎖の頂点のライオンでも空腹を満たせばそれ以上狩りをしなくなり獲物を獲り尽くす事はないですが、これは比喩的に言えば神の手の平の上でルールに従って生きているのでバランスが保たれている、という事でしょうか。一方、人間は神の掌から飛び出してしまったので、バランスを保つのも自分達でやらないと破滅します。
 無限の欲望を持ってしまったのはもう後戻りのできない仕方の無い事として、それをいかにコントロールしていくか? 法律で縛る、のも自由競争の原理を縛るという矛盾を孕むので範囲が限定されるでしょう。これとは別にモラルとか世の中の風潮でやんわりと取り過ぎない雰囲気を作る、とか教育で多くを取り過ぎないと子供の頃から叩き込む、などどれも決定打とは言えないものの合わせワザで人の欲望に何とかブレーキをかけて行くしかないのではないでしょうか。
Posted by アンチ焼酎派 at 2007年10月26日 14:00
私の耳学問ですが、社会性のある生き物には原始共産主義的部分があり百か零かの搾取関係はめったに見られないそうです。人間は巨大な頭脳と知恵を持つ事により必要以上に奪い取る快楽を覚えてしまったのではないでしょうか。
能力の有る者が力の限り稼ぐのは当たり前の事でしょうが、人間には程ほどと言う言葉も有ります。如何に社会還元されて行くかが必要な事と思います。
人間が社会性を持つ動物である限り格差が消滅しない事は皆わかっている事で、底の部分に如何に手厚い富の再配分が出来るかであることも又わかっている事で。底部の住人である私には誰か優秀な頭脳を持つ人がシステム設計、運用をと希望をしています。
Posted by 泥舟 at 2007年10月26日 14:05
社会主義は人類社会の欲望をコントロールするツールではないかという指摘は全く同感です。社会主義が敗れたのは、独裁主義、官僚主義などの自らの欠陥によるもので、資本主義が優れた思想制度であるわけではないと考えています。現在では資本主義の欠陥が如実に現れてきて、近い将来コントロール不能になるのではないかと心配しています。格差、自然破壊などがその例です。21世紀にふさわしい、新しい思想制度が生み出されなくては人類の未来はないと思います。社会思想の原点は人間一人ひとりの幸福の追求にあり、そのために社会制度が生まれたのだと考えます。
Posted by あきら at 2007年10月26日 14:23
搾取の幽霊と言う言葉に世界的な共通用語との認識を深めました。

歴史に絶対はありませんが
中世ヨーロッパより始まった搾取拡散の歴史は並大抵ではない爪痕を世界中に残しています。

これは、紛れも無い事実だと思います。

私は、思いやり等の以前に大富豪と言われる人々の解体が無ければ難しいと思います。

特にヨーロッパ、アメリカの大富豪トップ2,3の財産をばら撒いただけでも世界の貧困はなくなる気がしてなりません。
もとより、資源不足や食糧絶対量の不足問題などを解決できればの話しですが。

資本主義は人の性格を曲げますね。
ですが、今現在最も安定しているのが資本主義と言わざるえない状況であると思います。

人の欲望は果てしない。
人の死をも楽しんでしまう人が居る。
他人の不幸が楽しくてしょうがない。
こんな人たちを救うことは出来ません。

欲望をコントロールするしかない。
アリストテレスの言葉は重いです。
Posted by マサ at 2007年10月26日 14:43
「搾取の幽霊」・・富の奪い合いは、豊かな生活を求めて生きる人間の性なのか。誰もが良くないと思っているのに変わらない現実、むしろ悪化している。 「富裕層や国がなんとかしてくれる」と思わず、今自分に何ができるかを考えている。 搾取より調和を!!
 小さくなった地球上で、私たちはもっと「足ること」を知らなくてはならない。
Posted by 佐藤久美子 at 2007年10月26日 17:08
 時間軸をうーんと長くするといいかも。
 「1日にしてならず」…もちろんですが、10年でも、まだまだ短いっ!100年200年で、どうだっ!
 日本の歴史をみると、この国の政府はだいたい200年から300年もすると、自分の既得権益が自分の首を絞めるようになり、ニッチもサッチも行かなって、ツブレます。
…そーいえば、明治維新以降、そろそろ150年だなぁ。最近じゃあ政治家・経済人は言うに及ばず、なんとテレビタレントですら、世襲っぽくなってきたぞぉ。

 だから、搾取がマズい、という主張が力を持つように、またいずれ、なると思うんですが。
Posted by UTP at 2007年10月26日 17:09
宗さんへ弁理士森哲也より 人類の行動は大局的に考えると「物理現象」として説明できると思います(新古典派経済学によります。)。そこでは、「個体の最適化」「系の予定調和」の物理法則が支配します。
アダムスミスの「見えざる手」は、この二つの物理法則だと思うのです。
市場原理は、何でもありの「完全市場モデル」を前提とします。優勝劣敗で格差が広がることを前提にして。
アメリカの建国の理念の一つは「自由」ですから、理の当然として市場原理は「完全市場モデル」を前提にし、放って置くと最終的に市場は一握りの勝者に独占され、価格は独占者の意のままとなります。
そうすると、「自由」の理念と他の大事な理念「民主主義」はついえます。
アメリカでは、そうならないように、「国家」による独禁政策が展開されてきてその歴史は建国以来と云ってもよいでしょう。
その独禁政策でも、市場制御の考え方に二つの流れがあり、徹底的に「経済効率性」を前提にするシカゴ学派と、ヨーロッパ特にドイツ歴史経済学の影響を受けて、市場制御は人間社会にあるべき倫理、特に商人道徳など様々な社会規範による規制があるべしとするハーバード学派です。
しかし、アメリカでは、シカゴ学派の市場主義が主流をなしているので、現実には「光と影」のうち、「影」の部分である甚だしい「格差」を生じているのが現実であり宗さんご指摘の状態があるのです。
宗さんの仰っている社会主義はハーバード学派のそれと同じかそれに近いものだと思いますが、わが国も、そろそろ人間が、個々に夢を持ちながら働くことができ、しかしながらできるだけ等しくそれこそ「最低限度の文化的生活」が送れるような社会のための「市場規範」「規制のルール」の策定をするべきだと思います。
自然破壊をものともせずに一機に市場原理に任せた結果、一日に100名以上の億万長者が誕生する一方で、赤貧洗うが如き人々が殆どになってしまったという中国は、宗さんの仰るツールとしての「社会主義」の良さを見直すべきと思います。
バブルが始まる前までの日本を、皮肉混じりだかどうだか知りませんが、中国の指導者が、「世界で最も成功した社会主義国家日本」と評したように、あの当時は、地方農村もそこそこ「美しい田園風景」を保ちそれこそ豊かさが確保された上に経済発展をしていました。
私は、10年間にわたり、日本弁理士政治連盟の執行部で活動して5月にリタイヤして本業に専念することになりましたが、この間、知的財産政策の提言をしながら、政府の「規制改革・民間開放会議」の論理の節操のなさとある意味戦って来たと自負しています。
全般的には「合理的な規制基準」の策定がなく、何でも関でもの規制緩和だったのです(ただし、我々が提唱し小泉さんが採用し展開した知的財産国家戦略は正しく知的財産の保護強化に伴う「規制」はその会議と無関係に正しいが、知的財産制度を支える弁理士制度の国家試験を緩める方向性を出したその会議の結論は完全に間違いです。何故なら国家資格制度は、国民に専門サービスを提供する安心制度であり、そのための合理的規制だからです。)。
中国の国家原理は社会主義ではなく共産主義です。共産主義は、全てが「国営」であるから自由を前提とする市場がないのです。
しかし、社会主義は、自由を前提とする市場があり、これに社会全体を考慮した合理的規制をかけようというのです(なお、中国のいまの悲劇は、共産主義の国家体制を無理やり維持しながら、自由主義・資本主義の仮面を被り、市場原理主義を採用したことにあると思います。)。
これはアナロガスにハーバード学派の考えと一致するものであり、人間社会に必要なことと思います。
搾取や格差(容認できない甚だしい差)は、講学上の「完全市場モデル」の中で「経済効率性」のみを追求する市場行動、「競争原理主義」によって起こるのであり、わが国日本も中国もこの点をしっかり認識するべきだと思うのです。
つまり、わが国は、「規制改革・民間開放会議」の人身一新、中国は共産党一党独裁を止め、共産主義と社会主義の区別を明確にした上で社会主義の良さ(ヨーロッパ社会に見られるような気がします。)を認識すべきでしょう。
釈迦に説法のようでしたが卑見を述べさせて頂きました。
Posted by 森哲也(経済同友会幹事弁理士) at 2007年10月26日 17:23
宋さん、いつも本質的なことについての問題提起をありがとうございます。そのたびに自分の経験に照らして自分なりに考えてみることにしています。
私もこの搾取問題の根源には、多かれ少なかれ人間に備わっている欲望というものが関連しているのではないかと考えています。ただその関連は、人間の際限のない欲望を抑制する仕組みとしてのそれではなく、自己の欲望がどんどん膨らむから自分がより得するように搾取や詐欺・ごまかしが起こると考えています。その欲も個人的な振幅の違いもさることながら、文化背景や国民性、環境・境遇によっても増減が起こるだろうと想像しています。だから、この欲望は主義主張や政治体制などとは関係ないものではないでしょうか。この欲望はダイナミックさをもたらしますし、無理やり押さえるとおとなしく変化・発展のない世界にもなるのではないでしょうか。
私自身、青年を助けた警官の話を聞くとジーンときますし、何の見返りも無く人を助ける話などを聞くとぐっと来るものがあります。人間にはそうしたヒューマンな部分も大いにあると感じています。それは暴走する欲望を抑え周りとバランスをとるための装置として、生まれながらに備わっているようにも考えています。寄付行為、ボランティア活動、共栄共存、足るを知るなどはそうした人間本来の優しさを行為や言葉を通してあらわしたもののように思います。
搾取や際立った格差を抑制する仕組みは、政治である程度の解決はできるでしょうが、上記のヒューマンな部分はやはり小さい時の環境(両親、家庭、近所、学校)や道徳によって自然と育まれていくものでしょうが、最近の状況はどうも危ういものを感じます。それ以上に安直なヒューマニズム、それを仰々しく言い立てるマスコミも問題でそれがすべての環境ということになると空恐ろしくなります。
Posted by takeuchi at 2007年10月26日 17:41
「搾取の幽霊」
こんな不公正なことが横行していいのでしょうか。中国の発展や人々の意欲には、目を見張るものがあります。一方で、賄賂や不正は何でもありで、たまに摘発されると厳罰主義で、これは運の悪い人間だけで、他はお咎めなしのような感じを受けています。まるで、ギャングのビジネスが横行しているようで、心が痛むというような言葉では言い表せません。

日本にいる自分とは関係がないとは言えないような気がするからです。私たち日本人は、中国で作られた商品を安く買っている訳で、その商品が、直接的、間接的にでも、ギャングビジネスと関係がないとは言えないからです。

世界の人間の欲望を抑制することが出来なくなり、いずれ人類の滅亡への道につながっていくのでしょうか。止めることは出来ないとすれば、...
Posted by yoshi at 2007年10月26日 18:15
理想的な政治形態そして経済構造とはどういうものであるべきか、誰も分からないでしょうね。 宋さんも答えを出せないながらも、いろいろな矛盾を感じてこの一文を書いたのでしょう。
私の学生時代には学生運動が盛んでしたが、ノンポリと言われていた私も、それなりにいろいろ考え、社会主義には人間本来の生き方とは根本的な矛盾があると私なりに判断しておりました。 ですから、その後社会主義が瓦解していくのを見て、私の考えが正しかったのかな、と思っていました。 
しかし、今のように自由主義経済が進行して、格差が大きくなっていく現状を見ると、多少は何らかの規制が必要であり、政治的な歯止めが必要であろうと思います。 経済格差が教育格差を生み、それが人生をも左右することは、ある程度は避けられないにしてもでも、出来るだけそれを小さくすることを考えなくてならないとお思います。 ただ、どういう政策が最善なのか、私には答えが出てきません。 当然のことながら、属する階層で考え方が異なってきます。 富裕層、中産階層、貧困層、その他それぞれの立場から多様な意見が出て来ることでしょう。
所詮、最大多数の最大幸福、という言葉だけが私の頭の中にあるだけです。
Posted by けいちゃん at 2007年10月26日 18:48
アメリカの所得格差は、今や社会的正義に反する段階に達しています。世界は、新帝国主義の時代になり、アメリカの多国籍企業が自己に好都合なルールを決め、他の国に押し付け、従属させています。この新帝国主義を規制することが必要なのですが、今はお手上げ状態です。
 中国も、アメリカに負けない所得格差があるようです。
 中国で気になるのは、共産党の一党独裁体制を続けていることです。権力必腐は、周知の事実です。
 中国ではプロレタリアート独裁が、いつのまにか共産党独裁に変わり、今も独裁が続いています。
 経済が資本主義で、政治が共産党独裁など、ごまかしもいい加減にしてほしいと思います。勿論、歴史のなかで独裁が許されるときもあります。マルクスのいうプロレタリアート独裁はそれでしょう。しかし、資本家も含んだ独裁とは、変節も極まれり、です。現在の所得格差を是認する共産党は、今や社会主義政党とはいえないと思います。
 世界屈指の大国となった中国の影響力は甚大です。大混乱が起こらないうちに、対立政党の存在を容認し、国民の意思を反映できる対策が講じられるよう願っています。
 
 
Posted by 金田 邦彦 at 2007年10月26日 20:36
社会主義という対抗軸を失わせた欲望自由主義的資本主義の論理が何らかの事由で破綻しない限り弱肉強食的世界は深化していくだけでしょう。
欲望主義のもとでは人間の理性ははかないものと思います。
何らかの事由が何であるかは定かではなく希求以外の何者ものではありません。
ただただ問題意識持つ者は個々に或いは連帯して成果を過剰にはあてにすることなく
日々事態の緩和打開に立ち向かうという自己満足あるのみだと考えます。
Posted by 兒山哲也 at 2007年10月26日 20:48
日本も80年代初頭(かな?・・その状況を分析して90年ごろ言われたのか?)には最も成功した社会主義国家と言われた時期もあったと思います。また共産主義は規模が大きくなると持続するのが不可能なほど困難になるわけで,特に個々人の自意識を考慮しない制度(考慮した制度が有るのかどうか勉強不足で知りません)では破綻するのが当然であろうと思います。
成功したと世界に見なされたときには、見識の狭い政治によりー国民か選択したので仕方がありませんがー、また発言力の強い人たちにより、バブル崩壊という現象も手伝って、改革という名の改悪へと進んで行ったのだと思います。実態を伴わないマネーゲームが崩壊したからといって、税金を投入する必要性は無いと当時も思っていた人は多かったのですが、そのようにはなりませんでした。未だに”資本主義が最良の選択”と言う御託宣の元、資本主義と云う名を借りた”拝金主義”=非実体経済がUSAを筆頭に世界に蔓延しているのではないでしょうか。株価の無意味な高騰とねずみ講の拡大にどれほどの差があるのか真摯に考えた方が良い時に来ていると思います。
長くなるので、この辺で。
Posted by 石井 at 2007年10月26日 21:23
今の中露両国の国内格差をみると、二つの国が社会主義だった必然性を感じてしまうのは私だけでしょうか?
Posted by Sting at 2007年10月27日 00:12
世界から視点、深い洞察、宋さんの人間愛を感じました。
いつも、自分の中で深まりを感じるひと時で、感謝しております。
Posted by 竹本 豪騎 at 2007年10月27日 08:46
…だとすると、勉学から得られた知識、それを基にして得られた富、そして格差。
これは悪なのでしょうか?

宋さんの論文の読み違えかも知れないけど、そんな単純な社会だったら資本主義も社会主義も要らない。そうでないことを宋さんだって僕だって、ある程度の年を経た人間はみな知っています。
中には悪いことをして富を積み、上手くばれないで成功者に収まる人もいる。努力したけど報われない事業の世襲者もいる。いま食糧を生産している農家など第一次生産者の殆どはいくら工夫しても一握りの人を除いて今の傾向として当分底辺へ落ち込む経済構造になっている。
その人の運と言うこともある。始め運に恵まれたけど、そのあと逆に不運だけ続く人もいる。これも人間の知恵ではどうにもならない。
それでは自由さえあったらあと何も要らないか。政府とか政治というのは、そうした人の努力でどうにもならなかった格差や不幸を社会的に穴埋めして、極端な貧しさや苦しさから人を救済する仕事をする。それをかなり明確に行うか、一寸だけで放置するかが問題になるのではないか。
宋さんは当然そのことはお考えでしょう。その意味では、今回の論考は何を主張したいのかもう一寸欲しかったような感想を持ちます。
Posted by くまざわふみお at 2007年10月27日 20:14
 宋さんこんにちはいつも面白いタイトルだと感心しています。
今回の内容で一番私が気になるのは人材派遣や、契約社員として働く方達の事です。日本では昭和40年頃から外資系の企業を中心に外資系派遣会社から採用する企業が出始め、50年代になると日本の派遣会社も急速に増え現在全国に3,000社以上が存在しています。先日人材コンサルタントの話を聞く機会が有りましたが、派遣社員を採用する事で日本の企業全体では年間何十兆円かのコスト削減になっているとの事でした。
大手企業が史上空前の利益を計上していると報道をされていますが、果たしてその企業は派遣社員を採用した事などは何とも考えていないのでしょうね。(当たり前?)派遣会社で働く人たちは、20代のスタート時期は正社員と給与の差は余りありませんがやがて2〜3倍の格差がついてきます。
これでは結婚もおぼつか無いでしょう。案外少子化の原因はこんなところにも一因があるのではと思います。年金の事も然りですし、消費低迷の一因にもなるのでは。
企業はコスト削減は生き残っていく為に、必要かも知れませんがそれでは、働く人たちにしわ寄せがくる「派遣だより」は企業のエゴでしかないし、天に向かってつばを吐く行為ではないでしょうか。年を取ると分かる事ですが年金問題で気になります。正に因果応報です。
奴隷を人間と思わない国からやってきた派遣システムは、若い人たちには見た目には良いようでもそこからは抜け出る事は難しそうです。企業にとっては好都合この上ない事で甘い汁でしょう。(言いすぎかな?)         労働の有り方をもう一度考え直すべきでは無いでしょうか。(見方を変えると搾取では)              
Posted by 新原 幸雄 at 2007年10月28日 10:08
 資本主義自体がどういうものかということについてはマルクスという人が書いているようです。
 社会主義的な力が働かなくなると。世界がどうなっていくかということだと思います。
 権力なくしては、強制できませんね。個人の「品格」による部分も緩衝材になることもありますが。「徳」とは無縁(正反対とは限らないが、実際に言っているのは騙すためのいいわけ)な資本主義が、すでに世界的をコントロールしているのでしょう。
//
Posted by ルート134 at 2007年10月28日 14:08
いつも宋さんの個性あふれる、正直で刺激的なご意見を楽しく拝読しております。

今回感じたのは、ヒトの成長過程ということです。
ヒトの品格、器といったものかもしれません。
それが国や時代によって移り変わっていくんだなあと感じたのです。

今回の搾取はその現象化の一つだと思いました。

北欧も昔は搾取しまくってました。
バイキングです。
ヨーロッパ全体がそうだったのかもしれません。

皆さんがおっしゃるように、今は変わってきていますよね。
でも、またそれも変わるのでしょう。
ヒトも社会も変化し、進化し、衰退するのですから。
たまたま今の中国は搾取の時代なのかもしれません。

早く人類全体が高い品格を身につけるように願うばかりです。
そういう私はどうなの???
はい、楽しみながらも頑張ります!
Posted by John at 2007年10月28日 23:53
いつも興味深く読ませていただいています。

今回のお話はちょっと宋さんが自身の国のことでショックを感じてらっしゃるのか、考えさせるために焦点をぼかしたのか不思議な文章ですね。

共産主義の問題点は独裁にあると思います。
人間誰しも弱いモノで権力を手にすると歯止めがかからなくなります。

かく言う僕は経営者の端くれですが、代表取締役になるとそれなりの権限があります。
零細な会社ですらその権力と甘言に飲み込まれ、贅沢をしたり、騙されたり、更に従業員から搾取します。

本来経営者は会社を経営することが仕事であり、贅沢をすることが目的ではないんですが
雇われ社長や、一発屋にはこういう人が多いです。

・・・・強大な組織になればなるほどその魔力も強大で”個人を信じ過ぎるシステム”は間違っていると確信します。

何かの文で”人間はトンカツを食べたいと思ったときに食べられる位の金を持っていれば良いんだ”みたいなのを読んだことがあります。

その頃、ちょうどそれを実感した頃でしたから深く感銘しました。
それから20年、トンカツは不自由なく食べられるようになり本当に幸せです。

金欲は果てしないです。 若干の格差は仕方ないと思いますが、
ウチの会社は適度なバランスを目標としています。
アルバイトさん、パートさんは社会保険に加入しますし、希望があり、能力にも問題なければ正社員になれますし、最低賃金の1.5倍はクリアーしています。 
僕の出来る最大限の努力は納得できるレベルの格差、廃棄物の少量化、エネルギーの効率化、会社の存在価値を上げること・・です。

中国の人も豊かになって貰わないとイケマセンが、”節度を持った”が必要に思います。
外国人から3倍〜10倍むしり取ろうとする商売はイタダケませんし、根性も???な人が居ます。

今後、そういうことがどうなるか・・・・狭い意味で言えば日本海に廃液を垂れ流さないで欲しい、光化学スモッグを流さないで欲しい・・・・

やはりトータルで見ると地球上で生きていくために”てめえの勝手”ではなく、”皆が最低限尊厳を持って生きていける”を満たされ、人類が永久に棲み続けられるルール作りが出来ると良いんですが・・・・・


Posted by へるまん at 2007年10月29日 09:23
アフリカで人類が生まれ、いろいろな争いごとがある中その争いごとから少しでも逃れたいと考え、願った民族が大陸を移動しながら極東の日本の地にたどり着いた。なんて夢のような想像をしています。だから、助け合い励ましあいながら、勤勉で額に汗をにじませて働くことは善であるという根幹を持った民族が日本人です。大和魂を信じて、本来助け合い、卑怯なことは大嫌い。こんな日本人の心をより多くの民族に伝えることができればすばらしいと思います。格差といいますが、全て等しいことは世の中にはありません。差があることを認め受け入れることが人権尊重の第一歩だと感じます。でも今は、この差を利用してさらに人よりも先んじていこうとする風潮が気になります。一体その先の何を見つめているのでしょうか・・・理解できません。
Posted by のんちゃん at 2007年10月29日 09:23
中国文化と日本文化の両方に造詣の深い宋さんのコメントには新鮮な印象を受けています。今回は格差がテーマですが
ジニ係数一つとっても日本は米国ほか先進諸国に比べても格差の少ない国でしょう。また大企業のTOPの年収は大卒新入社員のそれと比較しても20倍前後で米国に比べ一桁以上低いのもその証左です。
また最近ジニ係数は悪化しているとの統計資料もあるようですが、これは団塊世代の大量退職が始まり、年金生活者が増加しているのが主因のようです。本来、格差はあるもので美人もいれば不美人もいるし、金持ちに生まれた人もいれば、貧乏な家庭に生まれた人もいて、格差は否定しがたいものです。一方日本の相続税は過酷で”三代過ぎればただの人”と言われるように先進国ではかなり平等な社会を戦後の日本は築いてきたものと考えます。
 最近マスコミでは格差が取り上げられていますが、特に首都圏と地方の格差問題は何か政治的な意図が感じられます。この10年で公共投資は半減し8兆円くらいになったとのことですが、結果として地方の土木事業者の仕事が半減したとのこと、現在の地方の自民党議員の多くはそれら土木事業者の支援に頼ってきた関係から公共工事の必要性を訴えられ、今回の参院選の大敗もあり、地方の格差是正には公共投資の増加が必要と訴えているように見受けます。800兆円を超える財政赤字を抱える日本にその余裕はなく、地方の格差是正には道州制の導入、九州は中国アジア、北海道はロシアの市場開拓ほか抜本策を考える時期にきているものと
考えますが、いかがでしょうか?
Posted by 港区のゴリさん at 2007年10月29日 16:20
 「搾取」、そうなんでしょうね。なんというか、弱い立場の人間をさらに追い込み利益を少数の者にしていく、えげつないシステムがまわっている気がします。よく「競争があれば、自由市場が最適な、資源配分、富の配分をする」みたいなことを言う人がいますが、自由市場を形作るルールや法律がそもそも有利な立場の少数派に行くようにねじまげられることが多いのではないでしょうか。
 競争が必要、というのならば、資本主義、自由主義に競争相手のいない今の状況は、やはりゆがんだ結果を生み出してしまっている気がします。
 貪欲さに歯止めがかからない、というのが世界中の状況ではないでしょか。
Posted by さんさん at 2007年10月29日 19:34
宋さんの今回の文章に
共感を覚えました。
これからも、
メールマガジンを続けてください。
ずっと、読ませていただきたいと
思っています。
Posted by ALICE at 2007年10月30日 13:12
中国は7000万人の共産党員が13億人の人々を支配する国で約5%の人が搾取する側の人で残りの12憶3000万人が搾取される側の人です。
一方、日本は1億2000万人の内、300万人の自民党員と800万人の創価学会員及び官僚に支配された国で残りの約1億強の人々は搾取される側の人で約10%の人が搾取側の人になります。従って搾取された金品の配分は中国と比べると約半分となりますので格差は中国の半分ということでしょうか?搾取する側の不正や腐敗が、明確になると搾取される側の不満が募り、支配構造が転覆しかねないため、中国では共産党の中枢部が、日本では自民党、公明党の幹部が必死になって弁明に努め、見せしめのため生贄(直近の例:守屋前防衛省事務次官)をささげて支配される側の溜飲を下げる努力をしますが、搾取を止めることは決してしませんし、不正や腐敗が搾取される側の人に分らないように工夫をこらします。日本は資本主義と自称し、中国は共産主義と言われていますが本質は同じではないでしょうか?アメリカも同じですが、共和党と民主党が存在するため、搾取する側と搾取される側が入れ替わる(入れ替わっても搾取する側の人数は全体の20%を超すことはありませんが)可能性があるため未だ日本や中国よりも公平です。これは10年前どころか日本では神代の時代からこのシステムは変わっていないと思います。いつの日にか搾取する側になりたいと思っていましたが、いつの間にか月日は経ち、終に搾取されてばかりの人生になりそうです。
Posted by 都田 隆 at 2007年10月30日 21:45
宋さん、いつもブログ拝見させて頂いてます。日本では、老人の孤独死や子供への虐待死などがあります。生きていこうとする意志のあるものは、生きていける。しかし、出来ないものへのしわ寄せがあります。中国ではどうでしょうか?昔からある古いしきたりが大事にされていたりするところもあるのではないでしょうか?日本は、近代化が早く、進歩こそ全てと信じてきました。忘れてしまったものが多すぎます。今思い出されるべき時代、「ちびまる子ちゃん」の時代、日本の元気だった時代が懐かしく。
Posted by 徐福さん at 2007年11月01日 11:34
ノブレスオブリージが何時の間にか死語になっている様です。
日本が少しはましと言えるのは、侍の存在意義を突き詰めた、葉隠れの様な思想の流れが、根っこにまだ残っているおかげかも知れないと思います。
孔子は衣食足りて礼節を知るといったそうですが、足りる事を知るという点を突き詰めて考えていなかった様な気がします。
起きて半畳寝て一畳の様な言葉に代表される、足りると言う意味を表現した言葉が、良く知られていると言う事が、日本をましにしている様な気がします。
Posted by アルフミーン at 2007年11月01日 14:45
格差が問題なのか
当然受け取られるべき報酬が与えられないことが問題なのか
きちんと分ける必要があります。
能力に違いがあるのは当たり前のことで、それを云々することに意味はありません。
受け取る報酬が異なることは能力の違いによるものだとはっきり認めたうえで、立場の優位性を悪用した与えられるべき報酬を与えないという悪事を問題にするならそれは搾取です。
主義主張に関わらず当然の対価を払わないことは許されざる行為でしょう。
それと能力や努力の結果が対価の大きさという形で本人に還元されることは待ったく別の次元のお話で、多く持つものが多く搾取するものだ、と誤解されている方が多いようですね。
形骸化した弱者の定義で今の世界を断罪しても何も始まらないと思いますが。
Posted by 福桃 at 2007年11月06日 11:03
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