漢字が仲介する日中の絆

最近、海外旅行先として日本を選ぶ中国人が増えましたが、「日本への印象は」と聞くと、いつも予想以上に評判がいいのです。

理由を聞くと「街がきれいだ」、「人間が親切だ」などのよくある答えとともに意外に「字が読めるから」という声もよく聞きます。

僕はよく思うのですが、もし日中間に戦争が無かったら、この二つの国は、たぶん最も親近感のある国になっていたと思います。たとえ近隣同士の細かいトラブルがあったとしても。

中国で戦争する日本軍の士官が「孫子の兵法」を携帯し、きれいな漢詩で愛国心を表現していたところをみると、僕はとても複雑な気持ちになります。この二つの国の間に戦争がなければ・・・と

中国近隣の国々は、漢字を捨てて独自の文字を作ったり、植民地支配者の文字を取り入れたりしてきましたが、唯一日本は漢字を自国の文化としてうまく取り入れました。

その中で「国家」、「銀行」、「人民」などの漢字を組み合わせ、新しい漢語を作って中国に「恩返し」したのは日本のみでした。この流れは今も続いています。ご存知の方もいると思いますが、最近の中国語では「営業」や「人気」などの日本発の言葉がそのまま使われています。

漢字を共有することによって漢字で表現されてきた思想や文化も自然に共有しています。四文字熟語をはじめ、「井の中の蛙」とか「塞翁が馬」などのものの考え方や見方も自然に人々の思考回路の一部になります。

たぶん、この二つの国で生きてきた経験を持たない人々にとって、どの言葉が中国で作られ、どの言葉が日本で作られたかについてまったく意識していないと思います。この誰のものかを意識せず自然に使いこなすこと自体が、真の共有だと思います。

漢字を巡って日中は実に寛容、柔軟かつ公正です。戦争がお互いの国民の心を傷付けましたが、地球上で、漢字を自国の文字として扱うただ二つの国ですから、年月が流れるとともにその絆は必ず強くなると信じます。
この記事へのコメント
「漢字を自国の文字として扱うただ二つの国」というのは以外でした。(台湾など政治的な区分は別にしても)戦後にかなり排斥してしまったとはいえ、韓国も漢字文化圏です。

私が残念に思うのは漢字の「読み」が共通でないことです。特に固有名詞は困ります。最近は日本国内では中国人の読みを中国語読みしますが、中国人は日本人の漢字名を中国語読みするのです。これでは国際競争上不利ですね。中国がこのへんを考慮し、固有名詞だけでも制度変更することが望ましいと思います。
Posted by 中村友一 at 2007年10月12日 08:20
宋さん、片貝です、ごぶさたしております。いつもメルマガありがとうございます。
今回のお話はほのぼのとしますね。ありがとうございました。私はチェロを最近習ってるのですが、先生が黄原さんといいまして、中国人で、日本に帰化された方です。演奏もそうですが、人間的にもとても優しくて素晴らしい方で、私は尊敬しています。国と国ではなく、人と人とが出会うことが平和ために大事だと思います。
Posted by 片貝孝夫 at 2007年10月12日 08:26
宋さん!おはようございます。ミスター円との共演番組を拝見させて頂きました。なかなか見応えの在る内容でした。
 本日のコラムも私も同感です。漢詩などがHNKで早朝に放送されておりましたが、その訴える内容は共感できるものでした。今後14億の民がどのように変革を遂げるのか分かりませんが、国境線で分けられるとは思いません!健全なパートナーシップの育成を期待したいものです。
Posted by 市橋直人 at 2007年10月12日 08:26
「戦争がお互いの国民の心を・・・」は同感です。幸福な関係を築いていきたいですね。
さて、ミャンマーの軍事政権に国連の安全保障理事会が議長声明を出しましたが、中国の反対で、欧米の制裁措置の検討といった厳しい表現は盛り込まれませんでしたね。結局中国も軍事政権ということでしょうか。私は、国民に銃を向ける政府は信用できません。
Posted by 松永茂樹 at 2007年10月12日 08:46
漢字はいいです。
同じ内容の文章を表現するのに英語で書かれたB4の文章は、日本語にするとA4サイズになり、中国語にするとB5サイズになると言われていますよね。
例えば、自己紹介を比較すると
(英)My Name is Matsui
(日)松井と申します。
(中)我叫松井

漢字1字が持つ情報量の大きさが理由だと思います。日本人も中国人も短いやり取りで大量の情報を交換する言語を使っているのです。
大量に情報が行き来する現代の社会でこの二つ、特に中国語の優位性を強く感じます。

こういった文化および言語が身近であることを感謝しつつ、それを有効活用しないと「もったいない」(これも日本特有の表現、英語にはない。中国語でなんと言うかしりません)ので、日々精進しております。

宋先生のコメントはいつも「有道理」で納得します。これからもドンドンとお願いします。
Posted by イッセイ松井 at 2007年10月12日 08:47
・ミクロ的視点、個人的視点にたてば、かつ、宗教観の凝り固まらず、自然人としての存続に脅威をうけてなければ、人間には基本的には包容力があると思います。しかし、個人レベルではそうであっても、集団レベル、マクロ的視点になるとそうなってこない。結局集団を動かそうという人間が自己も含め利益・利権等を求めてしまうからなのではないでしょうか。
・この点は、歴史的には資本主義国家と言われる国も社会主義国家と言われる国も同じだったと思います。とくに現在のグローバル資本主義といわれている動きは、私には資本の暴力主義と見えます。
・世界各地の古代文明地域が滅んだ理由を色々理論づけられています。その中には現在の社会の在り方にも充分生かされるべき教訓もあると思います。しかしながらそれを生かせないのは、人間の性でしょうか。
Posted by 上田 幸雄 at 2007年10月12日 08:54
「孫子の兵法」私も携帯しています。取引先の社長さんに教えていただき、解説も受けました。宗さんのおっしゃることは正にその通りだと思います。文化の根っこを共有しているのですから、必ず近づいていくはずですよね。
Posted by YASU at 2007年10月12日 09:00
私は戦後直ぐに生まれた団塊世代です。日中の戦争のことは教科書で習っただけです。それ故、中国に対する感情的なものはありません。寧ろ日本の母国とさえ思えてくることがあります。漢文で習った矛盾、五十歩百歩など数千年の歴史の積み重ねのお陰で自分の生き方の指針さえ与えてくれます。また、漢方薬や薬膳なども日本人の生活に密着しています。しかし、昨今の中国からの農薬食材や耐久性のない工業製品を見ますと心が曇ります。相手の気持ちになって生業を営む心の一部も中国から輸入した筈なのに。
Posted by 安達幸四郎 at 2007年10月12日 09:09
いつも楽しませてもらっています。
ひとつ質問があるのですが、
戦前の日本陸軍は、孫子の兵法を
邪説として、兵士に教えてなかった
と聞いたことがありました。

したがって、

中国で戦争する日本軍の士官が「孫子の兵法」を携帯

 は、なかったとおもいます。
 個人的にはあったかもしれませんが
 イラク戦争のように、組織的に
 携帯させていないとおもいます。

なお、漢字が正しく明朝体として
日本は残っています。
現在、小学校の英語教育導入を問題する向きも、戦前の漢文教育を問題としていません。
どちらも、おなじ外国語ですが・・・

コマツの元会長が
漢文の智慧
日本語の魂
英語の論理
を、日本人は身につけるべしのような
ことを、新聞に書いていたことがありました。

Posted by 三井慎介 at 2007年10月12日 09:15
今回のお話はとても心をほっとさせてくれるものでした。
こうしたプラスの観点で物事をみていけば、世の中がささくれ立つことを減らせていけると思いました。
今回もありがとうございました。
Posted by 川元 治 at 2007年10月12日 09:16
 同感です。
 歴史的な悲劇は、今ある我々にはどうすることも出来ません。しかし、諸処について日中の市民レベルでの共感性は予想以上に高いとも想えます。
 その共感性からさらなる協調性へとボトムアップしていくことが、一層求められるでしょう。
 反面、心配もあります。日本の漢字文化が年々希薄化傾向にあることです。義務教育での日本語と漢字教育がおざなりになりつつあり、大学教育でもそのことが問題になりつつあります。大学の教養科目に「日本語」位置づける必要も生じています。
 漢字文化の再興?を望む時期が来ていることも事実でしょう!
 よって、同感しました。
Posted by 落合 崇志 at 2007年10月12日 09:18
・はじめて、投稿しますが、いつも宋さんの」論評を楽しく読まさせていただいております。漢字も含め、仏法、文化を伝来していただいた中国は日本にとって大恩ある国です。中国、日本がお互い理解しあい、手を携えてアジアの平和を築いていければと念じています。
Posted by 原  伸一 at 2007年10月12日 09:22
最近は食の問題やエネルギー資源問題が特に取り上げられ、中国に対する評判がだいぶ悪くなっていると感じていました。しかし宋さんの今回のコラムを読んで、久しぶりに中国に対する親近感を覚えた気がしました。
NHKの「その時歴史は動いた」で日中国交正常化を取り上げていました。番組では日中両政府が国交正常化の為に心を砕いた様が描かれていました。戦争を終えて折角得た両国の交流。これからも仲良くやっていけたらなと思いました。
Posted by 留場 恒光 at 2007年10月12日 09:39
まったく同感です。
国同士も、互いに親近感の持てる関係になって欲しいものです。
関口知宏の中国鉄道紀行を楽しみに見ていますが、親しみの持てる中国の現実がよく判ります。中国は、国家や北京・上海だけではないことを、あらためて認識しました。
漢字文化を大切にしたいものですね!
Posted by 田口康夫 at 2007年10月12日 09:40
絆が強くなる??本当にそう思ってるんですか?
百度の貼baによく行きますが、日本は漢字泥棒だとか、日本に漢字を伝えてやったとか厚かましい意見しか見たことないですね。
こっちが、日制詞huiの話すると、中国人様は面子潰されたと感じるのか、怒り狂って罵倒してきますね。
日本と中国は同じ(ような)漢字を使う友達っていう意味なら別に問題ないですが、多くの中国人は中国様は先生で日本は生徒って、そういう事ですよね?
Posted by 李鉄生=0点 at 2007年10月12日 09:42
宋さんの意見に同感です。
日本は中国よりいろいろ教わりました。両国民が、両政府が心を通わせて、世界平和に協力したいものです。日本は、西洋の真似をして、中国民を不幸にしましたが、昔のように必ず、心を通わせ仲良くできるようになると信じています。佐藤 孝
Posted by 佐藤 孝 at 2007年10月12日 09:45
そのとおりですね。政府間ではいろいろな問題が起こってはいますが、日本と中国はもともと仲の良い国のはずです。
「平和」と「友好」
たぶん、この言葉にも通訳は不要でしょう。

中国人と日本人にまつわる話として、
回転寿司を開発した元禄寿司創業者の白石義明の逸話を思い出します。
白石さんは、若い頃、満州で天ぷら屋さんをしていたそうです。しかし、
敗戦。逮捕され収容所へ連れて行かれそうになった時、「社長さんではないですか」と中国人に声をかけられました。その中国人は、以前、お店で雇っていた方でした。彼は、高級役人になっていたのです。「こっちへ来てください」彼は白石さんを他の捕虜と離して助けてくれたそうです。たぶん、そのまま捕虜になっていたら、死んでいただろうと言う話です。
つまり、回転寿司があるのも、この中国人の恩人のおかげなのです。(^_^)
Posted by 梅村 正 at 2007年10月12日 09:46
NBonlineでもコメントした事がありますが、私の婚約者は中国人女性です。これまで中国に2度程訪問しましたが、日本と中国とは大きな文化の違いはありません。あるのは近年になってからのそれぞれの国に於ける経緯が違っているから他ありません。
漢字でも、同じ漢字で日中で意味が違う場合もありますが、元々は日本も中国も同じ漢字を使っていたのが、日本は日本の独自の文化で今の漢字になっていますし、中国も共産党政権になってから簡体字を使用しています。戦前はどちらも同じ漢字を使っていました。日本は当用漢字、中国は草書文字を簡体字に変化させているだけで、僅か60年余での変化なのです。
漢詩にしても、私の学生時代は漢文という教科書があり、そのカリキュラムまでありました。
それは中国の文化が日本に大きく影響を与えていた証だと思います。
ただ、戦後からそれぞれの国の体制が大きく異なってしまったから起こった出来事だと思います。
Posted by 青木公平 at 2007年10月12日 09:59
久々(失礼)に心に滲みる一文でした。
全く同感です。また日本発の漢語がある事を始めて知りました。

ところで、、釈迦に説法もいいとこですが、漢字の略字が日本と中国では異なっています。私にとっては中国の略字は日本の略字に置き換えられる事もありますし、想像つかないものもあります。その点台湾は全て略字ではありませんので、中国本土より理解し易いのです。しかし、略字でない漢字の多くはかなり複雑で、覚えるのは大変です。

前から思っているのですが、日本と中国のあいだで話し合って、もう少し略字の統一が出来ないものでしょうか。このまま別々に略字が進んでいくと、将来別の言語と同じような状況になるのではないかと危惧しています。
中国の略字は大昔からあるもので、日本なんかの略字とは歴史が違うから、日本の略字など受け入れがたいという話も聞いた事があります。

宋さんは同思われますか。

Posted by 伊東 正展 at 2007年10月12日 10:10
宋文洲様
いつもメールを拝見して貴方の意見には90%以上賛成しております。中にはそれは違うんじゃないのというものもありましたがほとんどは賛同できるものばかりでした。しかし、私が思う中国人のイメージは貴方を尊敬する気持ちとは甚だ違っており大変悲しいい結果です。特に中国の政治指導者の言うことはほとんどが同意できないことばかりであり、非常に残念であります。私の(1950年生まれ)親の世代は中国に対して多大な迷惑をかけてきたため賠償金の変わりに経済援助という形で3兆円以上の税金を投入してきました。しかも歴代の総理大臣は申し訳なかった済まなかったと謝ってきたのですが、中国政府はいまだに謝り方が悪いとか謝り足らないとかいちゃもんを付け続けてきています。日本人が言う水に流すということは中国には無いのでしょうか。戦後62年たちましたそろそろ許していただけないものでしょうか。宋文洲様を尊敬する気持ちは今後とも変わらないと思いますが、中国政府指導者に対する気持ちも今後変わってほしいと思うのが偽らざる心境です。是非私のような日本人もいるということを理解して今後のご活躍にお役立ていただければ幸いです。
又素晴らしいメールを拝見できることを期待致します。
Posted by 佐田信雄 at 2007年10月12日 10:20
ご指摘尤もです。ただ、戦後強制的に変えた日本の当用漢字、最近は旧文字の使用も認められてきていますが、今後どうなるのか分かりません。小生の名前の皓の字は当用漢字に無く、戦後オ−ソライズするために苦労しました。最近は使えるようですが。中国も簡体文字とかいって、元の字が分からないような字を使っていますね。お互いに後世の人間が、過去の資料を読もうとするとき、余計に勉強をしなければならないようでうんざりしますね。尤も、反省してみればそんな勉強をする気は更々有りませんが。マスヤジ`07.10
Posted by 松尾皓司 at 2007年10月12日 10:23
こんにちは、宋さん。

今回の様な、日本(自分)が、他国との交友に期待がかけられる様な内容は、非常に心地が良いです。

自分は、あらゆる場面で偏見を持たず人や物に接する事ができればと日々心がけています。実演出来てるかは自信ありませんが。。
中国人の友人も2人います。

ただ、宋さんが言うような、戦争がなければ、と言うのはどうでしょう?
事実、日本はアメリカにアレだけの事をされながら、現状の交友関係があります。

日本人の基本に、“根に持つ”という事はあまり無いような気がします。
では、なぜ?今尚このような関係しか築けていないのか・・

それは、色々な要素があるかと思いますが、決して戦争があったからでは片付けられない段階にきていると思います。

宋さんのように、聡明で著名で、両国を良く知る方が、その理由とこれからの対処を声高らかにアナウンスして欲しいと強く思います。
人に先導してもらわなければ出来ないと言う訳でなく、中国人の心・文化など、なかなか一般の日本人では知りえない部分が多いからです。

是非これからも日中の交友のため、色んな観点から、色んな手法での発信を期待しています。
Posted by ノア at 2007年10月12日 10:26
 わたしは中国語学習者ですので、共通の漢字文化というのは非常に感じます。上にも書かれていますが、簡体字が統一できなかったのは残念だと思います。日本式の簡体字と現在大陸側で使用されている簡体字には相当の違いがありますから。
 日本は現在あまり中国の方向を見ていません(経済的な興味はあるかもしれませんが)。少なくとも文化的にはかなりアメリカへ向いていると思います。しかし長い期間にわたって漢字とともに哲学など多くの文化を中国から吸収しているのは紛れもない事実で、日本人の精神に根付いている部分もあると思います。
Posted by kenken at 2007年10月12日 11:05
わたしは留学生です。この日本という国が好きです。
かつて長安を訪れて、漢文を含む中国文化を学んで日本に帰ってきた多くの遣唐使遣隋使のように、わたしも、この日本ですばらしいことを学び取って、帰国したら自国のためにささやかではあるけれど力になると信じてがんばっています。
格差の広がり、公害の深刻さなど、この日本にいるからこそ、見えてくる自国の問題もたくさんあって、発展途上にあるからそこ避けがたいこともあるのでしょうが、さまざまな問題の解決に、日本の知恵を借りることができればと思えてなりません。
漢字を共用できたことは、とてもすばらしいことです。
それよりもすばらしいことに、今の中国に必要な技術などを日本から学んでいくことではないかと思います。

宋さんが、中国人として発信した理性的な声にいつも共感しています。
これからも楽しみにしています。

Posted by 中国人留学生 at 2007年10月12日 11:13
本日のコラム”漢字が共有する日中の絆”には共感します。福沢諭吉がECONOMYを和訳するとき、経世済民から経済と訳し、中国でもECONOMYを経済と訳するとのことですが、明治以降日本から中国に渡った漢字は多いのでしょう。かの有名な革命家である孫文や周恩来元首相も日本への留学経験ももつので、当然かもしれません。一方我々(団塊の世代ですが)は高校時代は”漢文”の授業もあり、李白や白楽天の漢詩を読まされましたのでこの世代前後は今でも多少の素養はあります。一方少し前ですが、紅衛兵嵐が吹きすさぶ中、孔子ほかの論語の文献は焚書坑儒さながら焼かれたとの話もあり、論語の学者はしばらくは肩身の狭い思いをしたと聞いています。戦後の日本では貝塚茂樹、吉川幸次郎ほか(京大の教授を歴任)、中国文学の碩学を多数輩出しました。このように古く聖徳太子の時代から現代まで日本と中国の文化交流は長く、継続できたことから、今後ともお互いの文化を尊重しながらWIN-WINの関係をもつことが両国のためにも、世界のためにもなると考えます。
Posted by 港区のゴリさん at 2007年10月12日 13:12
昨年、仕事で大連に行きました。中国語を話せませんので、もっぱら紙に漢字を書いてのコミュニケーションでした。漢字の苦手な自分ではありますが、とて楽しかったと記憶しています。

「中国近隣の国々は、漢字を捨てて独自の文字を作ったり、植民地支配者の文字を取り入れたりしてきましたが、唯一日本は漢字を自国の文化としてうまく取り入れました。」「漢字を共有することによって漢字で表現されてきた思想や文化も自然に共有しています。」ということの事実、意味を子供の時に少しでも理解することができれば、漢字が苦手な自分にはならなかったと思います。教育というのは、そういう意味で重要と感じます。

今日の日中関係は、戦争の影響を大きく受けていると宋さんはご指摘していますが、それに加えてお互いの国の教育も大きいのではないでしょうか?40歳後半になる自分ですが、これまで、中国を敵国と考えたことは一度もなく、悪いのは戦争という手段であって、戦争をした相手が悪いと習った記憶はありません。
Posted by 偉大な釣り師 at 2007年10月12日 13:20
宋さん、日中間の過去の戦争、以外に共産主義国家となってしまった中国の政治・経済体制は日本人の心に眞の共感を持たせるに躊躇、抑制させる作用を及ぼしています。人権抑圧、環境破壊、食の安全への脅威、危険性、など中国は怖い国だ、と思わせてしまいます。更に日中が親密になろうとしても必ずアメリカ、ロシアが邪魔して来ます。それをはねのけるだけの外交上の強さが日本にあればいいのですが。
Posted by 藤重 良英 at 2007年10月12日 13:48
初めてコメントさせていただきます。

わたしも上で書かれている通り、簡体字が統一されなかったのが非常に残念だと思います。

表意文字として漢字の発明は人類史上最も素晴らしいものの一つに挙げられると思います。文化や価値観の醸成や理解に役立つと思います。
その恩恵のごく一部として中国本土・台湾(韓国も一部)いずれを旅行しても街中である程度意味が解るというのにあずかれますし。

東アジアの各国が過去ではなく、未来を向いて簡体字の考え方の標準化が出来ていければ良いなと思います。

Posted by のおもあ at 2007年10月12日 14:00
宋さん、貴方の言う通りと思います。
又おかげさまで、日本には漢字のほか「ひらがな」「カタカナ」といった貴重な文字があります。特に「ひらがな」は、日本の自然に合った優しい言葉です。漢字・ひらがな・カタカナを今後も大事にして行きたいと思います。
Posted by 平田伸司 at 2007年10月12日 14:31
中国の漢字(簡体字)と日本の漢字を統一する発想はとても新鮮でした。両国の文化人、特に漢字の専門家、歴史の専門家に意見を聞かないと、簡単に同意できないアイディアですね。利点と欠点は両方があると思います。また、簡易字に関して、日本人から見ると、略をし過ぎて、理解に苦労しているようですが、簡易字に慣れている中国人からみる日本の漢字は、中国の繁体字と中国の簡体字の真ん中にあるようなもので、書くにはちょっと面倒と思うが、理解するには全く問題がありません。難しく感じたのは、むしろ台湾の文字でした。
漢字を統一することより、両国はもっと国際基準を目指しましょう。中国での改善は大いに努力する必要があります。例えば、衛生・道徳・技術・法律・民主など様々な方面で堅実な改善が迫られています。日本は、国際感覚・男女差別・愛国心・個人尊重の部分は先進国に下位にあり、若しくは中国より低いところもあります。
お互いに自分の視点から相手の国を評価するのではなく、国際社会の標準で判断して、協力できるところを助け合って、共有・共生していくことが望ましい。地球の環境問題からもうヒントを得ている筈です、自国の都合で生存する時代はもう終焉です。
戦争は既に過去のことです。祖先達がそれぞれ苦労した、犠牲にもなった。もう歴史と戦争の分野の学者達に任せて、徹底的に分析し続けてもらいましょう。教訓を生かすしかありません。私達、一般の方がもっと人類の未来を見て、子孫のことを考えて、国際社会の一要員として、ネガティブな発想と行動で進みましょう!
Posted by 安藤波美 at 2007年10月12日 15:09
毎度メルマガありがとうございます。
今回の文章にはまったく同感です。
昔、韓国に行ったとき、まったく読めないハングルに、どこか遠い国にきたように思いました。
中国の映像を見ると、意味は分からないけれども、何となく分かったような親近感を持ちます。
Posted by 山本冬彦 at 2007年10月12日 15:20
「大切なことは全部中国から教わった。中国とは仲良くしていきなさい。」
と教えられて育ちました。

今私は、中国は日本のお父さん・お母さんだと思っています。
親の具合が悪くなるときもあるでしょうし、また、子供が反抗期の時期もあると思います。

でも、子供も大人になり自分の子を持つような時期になれば、親の偉大さを心から実感できる日が来ると思います。
そうなったときに酒を酌み交わしながら、昔の失敗も(そうしていただけるのなら)酒のつまみにしながら、笑い会える日が来ると信じています。
Posted by 中国語初心者 at 2007年10月12日 15:25
*本コメント、表示いただいても結構ですができれば非表示を希望します。

いつも楽しく拝読しております。
しかし今回は(?)です。
今回の論調は、NHKの「○○」(すいません、番組名忘れました)で放送された内容と酷似しています。NHK番組では、「日本人は漢字を近代西洋文明語に訳し中国に恩返ししてくれた唯一の国。」と公的に発言した中国人の人物名も紹介していました。また現在の中国の社会・理科など小学校で使用される教科書の○○%は日本人の創作した漢字である」というコメントもありました。

その番組構成自体に宋さんが関係しておられたならすいません。しかしそうでないなら、そのNHK番組をチェックすることをお薦めします。

以上。
Posted by 高橋 浩 at 2007年10月12日 17:29
本当にそうですね。
名前の読み方も、日本では中国人名も日本語読みです。その分、親近感を感じます。
Posted by 安井保 at 2007年10月12日 19:54
宋さん こんにちは。
今回のコラムはすごく親しみやすくてよかったです。日本と中国は将来アジア極東経済圏としての中心的な役割を果たしていくと思います。先日N▲Kで田中前首相の日中国交正常化のドキュメンタリー番組を見ましたが、歴史に残る偉業だったと改めて思います。
私は宋さんも他の中国の方も大好きです。そう遠くない将来、漢字も通貨も同じ制度でパスポートもなくお互いが行き来できるような世の中になったらすばらしいですね。日本が真の国際化を実現するチャンスだと思います。
Posted by Y.Watanabe at 2007年10月12日 21:18
先日某テレビ番組で中国の大学のアニメ科に通う学生が、日本から来たタレントに日本語のマンガ雑誌を渡されて読めますか?と聞かれたら漢字があるのでだいたいわかりますと言ってました。
中国の大学にアニメ科やコスプレ科があることにも驚きましたが漢字でだいたいのニュアンスが伝わることにも驚きました。
中国の若者はたいへん日本のアニメや漫画が好きで、上海や杭州は秋葉原顔負けの漫画店やアニメグッズ店があります。
もともと文化が近いのか欧米とかではあまり受けない心の内面を描いた作品(番組内ではタッチと紹介されてました)なども中国人には受けるそうです。
昔は日本語のままで漫画も読んでたそうですし、今も日本のアニメは日本語のまま放送されてます。
そういう状態であるにもかかわらず日本と中国はなぜ仲良くなれないのでしょう。
それは中国が共産主義であり日本人が共産党政府を恐れてるからだと思います。
もし中国が民主主義の国なら過去の歴史の問題はもう解決していたかもしれません。
中国と日本が過去の歴史についてちゃんと検証できないのは、日本人の共産党政府に対する猜疑心と共産党政府の頑なな姿勢です。
中国は経済発展して表向き資本主義の国として形を整えていますが、やはりまだ中国で民主化運動をするのは難しい状態にあります。
宋さんもし中国で民主化運動に参加してくださいと言われたらあなたはどうしますか?
Posted by 古屋圭太 at 2007年10月12日 21:33
宋文州 様
いつも楽しく読ませてもらっています。
漢字文化共有による友好。いつも漢字を使っていますが、確かに言われてみますと中国と日本は共通認識が元々あったんですね。

私は5歳まで大連に疎開していまして、終戦後興安丸で舞鶴港へ無一文で戻った引き揚げ者です。
当時の大連での生活はひえ、粟、配給の角砂糖でした。人さらい等もありまして、日本同士の一角で遊んでおりました。何人かの軍人が急に入ってきて、家の中を物色されるような事もありました。

孫子の兵法では、アサヒビールの中條高徳顧問80歳がスーパードライを立ち上げ時に活用をはかったそうです。
・指揮官の力:リーダーシップ
謙虚さ、ピンチをチャンスへ変える力。
・勝つ以外に死ぬしかない。(戦時中)仕事:年末商戦(戦争)
 
不作為の罪:成さざる
兵員の逐次投入:尻込み
はやって失敗より悪い。
等々自分の戦時体験も入れて対応して生み出されたものだそうす。

漢字ですが
私は書道をかじっていまして、
殷の時代の甲骨文字
秦の時代の篆書
漢の時代の隷書ー草書
       −行書
三国の時代の楷書
の流れがありまして、
日本へは遣隋使、遣唐使等を経てわたってきました。
また日本流にアレンジしたものとして、
草書ー草仮名
   平仮名(明治33年あいうえお制定)
楷書ー片仮名

等々であり漢字文化にはいつも接しさせてもらっています。
       小鹿ちゃん/竹内洋一    

Posted by 小鹿ちゃん at 2007年10月12日 23:35
私は1935年生まれで、9歳まで中国遼寧省 の錦州市で育ちました。戦争が終わって翌年の6月頃内地(日本)に引揚げてきました。当時の満州では日本人は少なからず威張ってました。でも終戦後 一部では騒ぎもありましたが、中国人はとても友好的な存在でした。私は50歳を過ぎてから、ラジオで中国語の勉強をしました。私が知っていた中国語は東北弁だったと知りましたが、ラジオ講座にはすんなり入れました。
その後仕事などで中国を訪問した時、とても役に立ちました。聞き覚えた言葉で話をするとペラペラと返事が来ます。所がヒヤリングが全く駄目なので分からない振りをしてゆっくり話してもらってもあまり分かりません。結局筆談でした。勿論仕事の時は通訳が居ますが、町での買物などは返事は筆談でしてもらいました。
終戦後の学校がないときの約一年間はタバコを売りに歩いたりしましたが、いじめられる事はありませんでした。あるとき若い兵隊が小切手を出してタバコをくれと言いました。私は小切手なんか駄目だと言うとそこの銀行で変えてくれると言いました。
私はそれなら、ニーデ、ホワンホワン バ・・・ と言って断りました。
その兵隊はすごすごと引き下がりました。周りには殆んど人は居りません。殴ってタバコを取り上げても 戦勝国の兵隊ですから・・・これがもし反対の立場だったらどうなるだろうかと思いその後中国人がとても好きになりました。
最近の対日関係について、いろいろ言う人も居りますが、周恩来さんが居た時は日本人は中国を尊敬してました。
それぞれ国の事情も有るのですが、お隣の韓国とはまた違ったものがあります。
私も漢詩はとても好きです。
10年ほど前に『育ち故郷』の錦州に行きました。随分変わってました。
メンテナンスがあまりお上手でないお国柄のせいか、だいぶ汚れていたのは残念でしたが、人の心は以前と同じでとても友好的でした。
錦州のシンポルのラマ塔の再生に少しばかりの寄付もしました。あまりに綺麗になっていたので昔の面影がなくなって少し寂し
い思いもしましたが・・・ これだまた何百年も元気なラマ塔が見られる事でしょう。
多謝 中国民族殿
Posted by 鳥巣嚴久 at 2007年10月13日 11:34
中国の方が日本に来て漢字を見て親しみを感じるとのことですが、私の経験では中国に行った時に簡体字に戸惑いました。識字率を上げるためとは言え、可なりこじ付けて簡略化されていると感じました。中国では元の漢字を教えているのでしょうか?日本の漢字も簡略化されて旧漢字を知らない人達の世代になっています。漢字文化圏として共通の簡略化を協議する場があってもいいのではないかと思いますが、政治が絡むことなので絶望的ですね。
Posted by 松重 精 at 2007年10月13日 11:53
 宋さんのお話はとても心温まるものがあり、とても楽しみにしています。
 世界中の人が、衣食住に満たされ、奢ることなく、執着しすぎず、優しい気持ちで暮らせる日が来ますように!
 小さな幸せに乾杯!!
Posted by 佐藤久美子 at 2007年10月13日 12:36
漢字の使用については同感です。
 先日も中国に旅行し、カタコトで買物もしました。通じないときは筆談で意思を伝えることができます。
 ただ、街中の看板の文字はほとんど簡体字で、同行の皆さんにはほとんど読めず、初めから読もうともしないようでした。
 日本のように「かな文字」がないため、学習を円滑にするには簡体字にする必要があるのでしょうが、同じ漢字国でも意味が通じなくなるのは残念です。
 韓国も漢字を使わなくなりました。
 お互い漢字が読めるよう国家間で協議ができればいいように思いました。
Posted by 金田 邦彦 at 2007年10月13日 18:11
「経済」「政治」「共産」

も日本の夏目漱石が明治時代に
欧米に留学して作った漢字ですよ
Posted by こんちゃ at 2007年10月13日 18:56
 初めまして。そして、はじめて投稿させていただきます。現在、私は大学生で、来年の4月から新社会人です。
 今回のコラムは、本当に心温まるものでした。私が留学していたときも主に英語での会話でしたが、漢字を使って、特に中国人の固有名詞や日本人の固有名詞に関しては、筆談することもありました。その時に、文字を共有することのメリットやありがたさを感じました。
 今中国では、日本の漢字と違い簡体字を使われているみたいでしたけど、彼は、充分に僕の書く旧字体の漢字を理解してくれました。彼は、簡体字の使用は漢字の成り立ちを損ねているから、あまり好ましいことではないと言っていましたが、僕には分かりません。
 いろいろと両国間に難しいこと(領土問題、台湾問題、EEZ問題など)もあるかもしれませんが、いろいろと共有している部分もあるのだと思います。それがこれからの両国間の問題の解決と友好の促進に一役買ってくれるかもしれませんね。
Posted by Hiro at 2007年10月13日 19:16
むかし、仕事で韓国に行ったときに同様のことを感じました。
ハングルだけじゃなくて以前のように漢字も使ってくれたら
日本人の僕もどんなに便利だろうなと。

帰国して邱永漢さんの本を読んだら同じことが書いてあって
びっくりしました。

「韓国も漢字を使えば、中国、日本、韓国の3国が経済的に
もっと親密になれる」「観光客も増えるだろう」とありました。
不幸な時代はありましたが、顔も似てるし、お箸を使う国だし、
何より隣国なんですから、もっと柔軟になっていいのかもしれませんね。
Posted by ゆい at 2007年10月14日 14:00
宋さん、始めまして!!初めて投稿します。
私は漢字の語源が知りたくて勉強を始めましたが、やはり中国語を学ばなければと思い普通話の勉強を29年前に開始しました。そのお陰で私が中国語を学んでいることを上司がしり、深せん(広東省)に3年間駐在しました、その際に知り合った中国人の友人とはe-mailや電話で連絡を取り合い、今年は20年ぶりに中国の友人の家に宿泊してきました。私は来年で60歳になりますが、中国の3年間が人生の中で一番楽しい時でした。
Posted by 堀江 正美 at 2007年10月14日 19:41
 いつも楽しみに読ませていただいています。今日のお話も我が意に適ったものとうれしくなりました。

 李白の詩、史記、論語等、たった三年間の高校の漢文の時間で学習しただけですが、それらを通しての昔の中国への畏敬の念は私から離れません。
 そんな恩ある国に、その国家の疲弊に付込み欧米の列強の後追いをして帝国主義的紛れも無い侵略行為をして、今になってもその非を認めようとしない一部の日本人を同朋として情けなく中国の方々に誠に済まないことだと思います。
 しかしその反面、今の中国の表面から受ける印象は漢文で習った中国とは同じと思えないほどの違和感を感じます。

 今の中国の方々にとって、李白や史記や論語はどんな意味をもっているのでしょうか。
 
 我々日本人が、米国の占領政策の下で、戦前の日本の全てが無価値だったと洗脳されたように、中国共産党は、わけても文化大革命で自国の貴重な文化遺産を、壊滅的に否定したのでしょうか。

 その結果、今の食品問題をはじめととする様々な現象で感じる、現在の中国の方々のモラルの崩壊が起きているのではないでしょうか。

 宋先生のお書きになるものを拝見する限りでは、中国にもまだまだ立派な方はたくさん居られると思うのですが、実体はいかがなものなのでしょうか。

 このような疑問にお答えいただける文章が
拝見できたら幸甚に存じます。
Posted by 原 徹男 at 2007年10月15日 00:48
戦争がなければ日中関係は違っていたと私も思いますが、時を遡って歴史をやり直す事はできません。過去の事実は事実として受け入れた上で、将来を考えなければなりません。漢文教育が疎かになりつつある日本の教育ですが、それでも意志伝達の道具として漢字を用い、漢字で書かれた古典をひとつの文化として取り入れている日本は、今後中国と良好なパートナーシップを築いていく事ができると信じます。ただ、日本では国際化やグローバル化と言われて久しく、漢字が国際化の大きな武器のはずなのに、それを忘れている事が多いと感じます。地方自治体の平成の大合併で、ひらがなの自治体名(中にはカタカナまで)誕生したのは、その見地から残念でなりません。
Posted by 藤田 豊 at 2007年10月15日 10:17
戦争がなかったら....全く同感。しかし、あったし、歴史は変えられない。この上は、戦争があったと云うことを、きちんと後の世代に伝えていくこと。日本では、それを知らない若者が日増しに増えている気がします。しっかり記憶にとどめ続けることが両国の良い関係を維持していく基本必須の条件と考え、私なりに伝える努力をしています。
Posted by 日吉 和彦 at 2007年10月15日 11:41
昔ある方の講演を聞きました。この方は
日中国交回復時に北京の日本大使館にいた方だったと思います。時の日本の総理
田中角栄氏と中国の周恩来首相の会話の
話でした。周恩来首相から提案があったそうです。それは中国の漢字をもっと簡単にしたい。ついては日本と同時にしませんかと言う事だったそうです。それは周恩来首相が日本に留学時に新聞が理解できた。それは共通の文化”漢字”であったと言うことからの提案でした。残念ながら日本は其の提案には乗らなかったことは歴史の事実です。もし、共通の文化として共同でこの事業をしていたら、きっと日中間も今とは違っていたのではと感じました。此れは確か”水鳥外交の秘話(?)”と言う名前で出版されていたと思います。著者は”岡田”さんと言ったと思います。
Posted by at 2007年10月15日 15:07
宋 文洲様

はじめて投稿させていただきます、川谷といいます。
現在、大学院に在籍する若輩者ですが、よろしくお願いいたします。
NBOnlineで拝見した傍目八目をきっかけにコラム等々を拝見させていただいおります。

今回は日中の絆ということを漢字の面から分析されていましたが、確かに漢字というのは非常に便利です。
というのも、私の研究室に今期から中国人留学生が来日しましたが、その留学生とのコミュニケーションは英語が主体ではありますが、漢字での筆談もしながらなんとか行っております。
そのため、漢字の貴重さ・便利さというものを肌で感じております。

また上記の諸先輩方の意見は非常に考えさせられるものや、賛同できるものもありました。
その中でも簡体字の統一ということが議論されていましたが、私は、特に統一する必要はないと思います。
言語というのは、その国の風土や風習といった、「後天的な性格」を持っていると思います。
日本での漢字と、中国での漢字の違いを認めるということは、お互いの文化を認めるということに通じると思います。
その中で、ツールとして簡体字を統一するというのは、非常に便利である反面、これまでの歴史等々をないがしろにするのではないかという危惧を抱きます。
利便性を追求するのは確かに重要です。しかしながら、互いの文化を無視した利便性の追求は、人間味が感じられず、何か寂しい気がいたします。
またツールとしての言語は英語が標準であると考えているため、中国的・日本的な漢字には人間味をもたせたままでいいと思います。

どうか将来の日中関係を、利便性の追求による改善ではなく、文化を認め合うことによる改善で考えていただきたいです。
日本に来る留学生は非常に志が高く、私を含めた多くの日本人学生が見習うべき点が多数あります。今回の中国からの留学生は、就職を目前とした私にとって視野を広げてもらった、非常に貴重な体験です。
そういった互いに刺激し合った世代が作り出す、新しい日中関係や、世界の中での日本や中国に期待していただき、温かく、時には厳しく見守っていただきたいと思います。
確かに現在では相容れない部分もありますが、誹謗中傷で感情的に指摘するのではなく、冷静に互いの意見を聞きながら改善方法を共に考える関係を築くべきだと思いますし、私たちの新しい世代では可能だと思っております。

長々と意見させていただき申し訳ありませんでした。
これからも宋先生のコラムを楽しみに拝見させていただきます。
またこのような場で多くの方の意見を提供・拝見させていただけることに、感謝しております。

ありがとうございます。
Posted by 川谷光隆 at 2007年10月16日 10:18
宋 文洲様

はじめて投稿させていただきます、川谷といいます。
現在、大学院に在籍する若輩者ですが、よろしくお願いいたします。
NBOnlineで拝見した傍目八目をきっかけにコラム等々を拝見させていただいおります。

今回は日中の絆ということを漢字の面から分析されていましたが、確かに漢字というのは非常に便利です。
というのも、私の研究室に今期から中国人留学生が来日しましたが、その留学生とのコミュニケーションは英語が主体ではありますが、漢字での筆談もしながらなんとか行っております。
そのため、漢字の貴重さ・便利さというものを肌で感じております。

また上記の諸先輩方の意見は非常に考えさせられるものや、賛同できるものもありました。
その中でも簡体字の統一ということが議論されていましたが、私は、特に統一する必要はないと思います。
言語というのは、その国の風土や風習といった、「後天的な性格」を持っていると思います。
日本での漢字と、中国での漢字の違いを認めるということは、お互いの文化を認めるということに通じると思います。
その中で、ツールとして簡体字を統一するというのは、非常に便利である反面、これまでの歴史等々をないがしろにするのではないかという危惧を抱きます。
利便性を追求するのは確かに重要です。しかしながら、互いの文化を無視した利便性の追求は、人間味が感じられず、何か寂しい気がいたします。
またツールとしての言語は英語が標準であると考えているため、中国的・日本的な漢字には人間味をもたせたままでいいと思います。

どうか将来の日中関係を、利便性の追求による改善ではなく、文化を認め合うことによる改善で考えていただきたいです。
日本に来る留学生は非常に志が高く、私を含めた多くの日本人学生が見習うべき点が多数あります。今回の中国からの留学生は、就職を目前とした私にとって視野を広げてもらった、非常に貴重な体験です。
そういった互いに刺激し合った世代が作り出す、新しい日中関係や、世界の中での日本や中国に期待していただき、温かく、時には厳しく見守っていただきたいと思います。
確かに現在では相容れない部分もありますが、誹謗中傷で感情的に指摘するのではなく、冷静に互いの意見を聞きながら改善方法を共に考える関係を築くべきだと思いますし、私たちの新しい世代では可能だと思っております。

長々と意見させていただき申し訳ありませんでした。
これからも宋先生のコラムを楽しみに拝見させていただきます。
またこのような場で多くの方の意見を提供・拝見させていただけることに、感謝しております。

ありがとうございます。
Posted by 川谷光隆 at 2007年10月16日 10:20
私は以前、中国でのオフショア開発業務に携わっていました。現地の方との長期共同生活を体験して感じたことがあります。
それで感じたことは、私は無意識のうちに中国に偏見を持っていたということです。マスコミからの情報で、中国は・・・、中国人は・・・、というあまりよくない情報が巷ではあふれかえっています。しかし、実際、中国の方と生活をしてみると、私のこれまでの考えとはまったく違っていました。中国語がしゃべれない私をいろいろなところに連れてってくれたり、どのようにコミュニケーションをとればよいか真剣に考えてもくれました。私にとって中国での生活はとても刺激があり、かつ、人間の情に触れることができたと思っています。

只、宴席で盛り上がるうちに、戦争の話になり、「中国人は日本人のことが嫌いです」と言われたことはありました。しかし、ではなぜその発言をする方が私と楽しくお酒を飲めるのか、不思議にも感じしました。

私的意見ですが、第二次世界大戦(大東亜戦争)などの歴史認識について両国でもっと共通の考えを持ってほしいと感じます。たぶん、それは夢のようなことなのかもしれませんが。

Posted by 山田太 at 2007年10月16日 10:32
人類がアフリカで誕生し、世界中に広がったと考えると日本人の祖先の多くは中国、朝鮮半島から日本に移住したと考えられます。そして海に囲まれた日本は多少の外国の干渉はあっても独自性を維持出来たと考えられます。日出処の天子が日没する国の天子につつが無きやを問う毅然とした心構えも有することが出来ました。従って、お互いに相手の文化や習慣を尊重し、良いものは取り入れ、あるいは拒絶しても戦争をするまでには至りませんでした。このような関係は2000年以上も続いたわけで日中の一般の民衆には、お説の通り、協調しお互いが刺激し合ってより良い発展を遂げられると思いますし、ブッシュの率いる可哀そうなアメリカよりも親密になることができると思います。日本が中国に進出したのは八紘一宇、五族共和を掲げて軍事的支配の野望を持ったからで責任の所在は明確ですが、何しろ日出国の官僚は、中国の共産党と相似性であり、言を弄して、天子が明確な言葉で謝罪し、リセットする事を快しとしません。また国民もそれを受け入れて責任の所在を明確にしません。和をもって尊しとなす大和国であるからです。靖国には国家の命令で八紘一宇、五族共和、日本国民の繁栄を願って、兵站の保障もない中で無理な行軍を強いられ戦死した兵士が祭られており、天子をはじめ国家の為政者、国民がこぞってお参りし、2度とふたたびあのような愚行は行わない旨、心から誓い、心やすらか永眠されることを祈るべきであると考えています。残念なことです。
Posted by 都田 隆 at 2007年10月16日 12:03
宋さん こんにちは
今回はコメントが遅くなってしまいました。中国と日本は漢字ばかりでなく、様々な文化を共有する国であり、そのほとんどを中国から伝えて頂いた、日本にとっては中国は恩有る国だと思います。過去には様々な事があり、特に第二次世界対戦下での日本の許されざる行為に対して、中国は非常に寛大な対処をされた事を、我々は絶対に忘れてはならないと思います。また、私の親の世代(昭和一けた生まれ)に朝鮮半島や中国の人々をあからさまに侮蔑する人が多かった事、それをとがめる人が少なかった事を思い出すと、未だに悲しく、恥ずかしい思いにとらわれます。
一人一人の人間としてそこに貴賎は無く、その価値判断は生まれた家柄や、貧富や、学の有無などでされるのではなく、人としての行動で評されるべきと思っています。確かに現時点の国のあり方を見れば、イデオロギーの違いや、それに起因する見えざる事柄への不安感などで、中国を怖い国と感じる事もあろうかとは思いますが、政治の世界という、ごく限られた範疇だけで国どうしの関わりを論じて終わらせるのではなく、一人一人の人間同士が尊敬し合い、友好的なコミュニケーションをとっていけるかを考えていくべきと、思います。
相変わらず、理想論者的な意見ですが、このような事こそ、理想を高くすべきと思い、コメントさせて頂きました。
Posted by 谷口 喜佳 at 2007年10月16日 12:32
コメントの多さを見て、関心がある人が大勢いるのだと思いました。
「営業」や「人気」が日本の造語とは知りませんでした。
明治にも、福沢諭吉らが多くの言葉を作っていたように思います。江戸時代でも、杉田玄白らがオランダ語の医学書を訳して日本語の用語を作ったと聞いています。
United States of Americaをアメリカ合衆国(「合州国」でなく)と訳した人の漢字力はたいしたものだ、と中学時代の英語の先生が話していました。
私には、残念ながら、先人たちの凄さがわかるレベルには、遠く及びません。
Posted by 浅井英彰 at 2007年10月17日 12:46
ご指摘の点その通りですね。
同じ漢字文化圏に住む人間として納得致します。

残念ながら、過去第二次大戦において、日本の軍部が中国を侵略した点、多くの、中国の一般国民を巻き添えにした点については、仮に私が戦後世代の人間であるとしても、忘れてはならない「歴史の事実」ですし、同じ漢字文化圏に住む人間として、反省しなければならないところです。

私なども、残念に思うことがひとつあります。
それは、いまだに、「第二次世界大戦時日本が新緑した国々との間で政府レベルの歴史認識の刷り合わせ作業」が日中間、日韓間、また、東南アジア各国との間で進んでいない、という実情にあることです。

ドイツ、フランスは、戦後のある時期から(私も何時からという点について知識はありません。。。もし宋さんがご存知でしたら、お教え頂きたく。。。)、気の遠くなるような膨大な時間をかけて、ナチスドイツの問題も含めて、刷り合わせ作業を行なってきております。
このことが取りも直さず、フランス、ドイツを明主国に据える「今のEU」を形作る礎になっていると考えます。

同じことが、中国と日本の間で、気の遠くなるような膨大な時間をかけて、少なくとも日中和平が成立して以降、じっくりと腰を据えて、積み重ねられてきているとすれば、「現在の日中関係」は全く異なった状況になっていたと考えます。

何時だったか、宋さんが日経だったかのインタビューに応える記事を目にしました。
その中で、宋さんは「環境問題で最も苦しんでいるのは中国の一般国民である」と指摘しておられました。
日本も過去水俣、四日市等々、各種公害を体験してきており、やはり同じように「一般国民が一番の被害者」でした。
同じような現実が、中国では、今現実に発生しています。

このインタビューの際だったかで、宋さんは「日本の環境に関わる企業」も、その力を発揮し、技術移転等も含めて、中国を助けるべきではないか、との話をしておられたと思います。
この点についても、私自身は賛成です。

日本の「最先端の環境技術の流出」を懸念する人たちがいます。
しかし、そのような人たちに対して言いたいことは、「環境問題は日本一国の問題ではない」ということです。
神戸あたりでもそうですが、「中国の黄砂」が飛来してきます。
このような現象一つとっても、「地球規模の視野を持ち、自体に臨んでいく必要がある」というのが私の見解です。

確かに日本は各種先端技術を持っているかもしれません。
しかし、考えてみれば、「その各種先端技術も欧米から移入された技術を革新的に返還したもの」とも考えることができ、また、そのように考えるのが人間の道理ではないでしょうか。

「金は天下も回り物」といわれます。
これなども、一人に集中するわけではなく、時代、環境の変転に伴い、「金もその所有者が変わっていくこと」を示しているようにも思います。

日本の先端技術も、「金と同じ」と考えれば、例えば中国のように環境問題で苦しんでいる国に移転し、「地球的視野に立ち環境の改善に生かす」位の感覚を持ってほしいものだと感じます。

人類の歴史そのものも、「限りなく注がれた愛情を、それを求める人たちに限りなく注ぎ込んで返していく」道筋をたどっているように感じます。

もう一点、「残留孤児問題」についていえば、「中国の養父母の方たちは日本軍の置き土産であることを認識しつつも、それでも、小さないたいけない命を守ってあげなければならない」という感覚があったから、あのように成長し、また、その残留孤児の方たちに、「その生い立ち」を伝えたのではないか、と感じております。
残留孤児の方たちに対して、日本政府が手を差し伸べるのはもちろんのこと、「そのように大きく成長させてくれた、養父母の方々に対する感謝も忘れてはならない」とも感じています。

また、話が飛んでしまっているかもしれませんが、宋さんが、ソフトブレーンのアドバイザリーになる際も、「自分なりにやるべきことをやり、後は、後進者が自ら考え、あるべき方向に向かう決断を行なうべきだ」とし、「自らは、院政を敷かない」との強い決意があったものと考えております。
立派な引き際と感心しております。

まだまだ、年齢的にはこれから活躍される人ですし、今後のご活躍を祈念致します。

最後にもう一点、今回の漢字文化の共通性については、私自身のブログでも取り上げさせていただくことになる矢もしれませんので、予めお断りしておきます。
By Tatsuro Satoh on 18th Oct., 2007
Posted by 佐藤達朗 at 2007年10月18日 14:34

現代中国語の学術用語の70%ほどは日本から輸入された和製漢語だから

現代漢中的日語“外来語”問題
王彬彬

現代漢中的日語“外来語”,数量是很?人的。据統計,我們今天使用的社会和人文科学方面的名詞、術語,
有70%是从日本輸入的,
http://www.zhaojun.com/youci/riyu.htm
Posted by こんちゃ at 2007年10月23日 03:46
宋さん
非常に感動しました。いつも楽しく読ませてもらっておりますが。今回は特に。
職場に、非常に、好きになれない中国の方がおりますが、その人への思いが少し変わりました。自分の気付きもしなかった視点を与えて下さった事に感謝です。
Posted by くにっち at 2007年10月31日 23:07
ずいぶん時間が経ってからのコメントになります。

1980年代までは、実は日本から中国に対する親近感はとても高かったんですよね。それが正しい認識であるかどうかは別にしろ、中国文化に対して、ある種の敬意をもって接していた日本人が多かったと思います。少なくとも日本側で、あの状態を維持できていたら、と思わざるをえません。

http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/7900.html
Posted by ちょさか at 2007年12月18日 18:46
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/60155208
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック