美しい言葉が偽善に聞こえる瞬間

ここ数年、言葉のファッションが流行しました。

「○○の品格」が売れると急に品格を気にしたことがない人まで「××の品格」を語りだします。そんな中、相撲業界ではモンゴルの若者の品格が問われました。理由は怪我の静養中にサッカーをしたことでした。彼はサッカーではなく、馬や牛に水をやればよかったでしょう。

朝青龍のために弁解するつもりはありません。彼はもっとファンサービスに力を入れるべきでした。しかし、業界を挙げて「品格のない」モンゴルの若者を厳しく糾弾している中、日本の若者の悲惨な死が隠蔽され続けていたのです。親方主導の集団リンチが行われたのはカルト宗教の説教部屋ではなく、「品格」の塊の相撲部屋でした。

「品格」を信じきった少年が死の直前に味わった絶望感を思うと、胸が痛みます。彼はその「品格」の権威の重圧下で警察に通報するという最低限の自衛策も思い付かなかったでしょう。

企業経営にもよく見られる現象ですが、自信を失いかける内向きの組織では高尚な言葉が多く使われる傾向があります。しかし、その言葉と実態の矛盾が必ず大きくなり、かえって人々の不信感を増幅させます。その瞬間、美しい言葉が偽善に聞こえてきます。
この記事へのコメント
>自信を失いかける内向きの組織では高尚な言葉が多く使われる傾向があります。しかし、その言葉と実態の矛盾が必ず大きくなり、かえって人々の不信感を増幅させます。

名言ですね。宋文洲語録に追加しておきます。このようなフレーズだけまとめて出版なさったら良い経営指南本になるのではないでしょうか?
Posted by 中村友一 at 2007年09月28日 08:26
品格という言葉も今年の流行語ですね。日本人だけではないでしょが、世相をひとつの言葉(キーワード)で代表するのはどこにでもありその年や時代を包括的に眺めるときには便利ですね。でも多くのキーワード(考え方)を理解したうえでひとつのキーワードを会話中に枕言葉として使っている間はしゃれているし、かわいいものですが、しばらくするとその言葉が一人歩きし、またメディアによって増幅されみんながそれぞれの定義で使い始めたり、その厳格性を言い出したりするととたんに”犬が尻尾をふる”から”尻尾が犬をふる”といった本末転倒になる傾向が最近頻繁に感じる様になってきました。多様性を受け入れた上で自分の意見を確認するほうが、社会や人間性に幅ができるのに、一方的な意見や言葉ですべての現象を断じてしまうまたそれを受け入れてしまう危険性を感じます。先にメディアがそれを増幅していると書きましたが、そもそもそれをそのまま何の疑問もなく受け入れてしまう我々に大きな問題があると思いますね。
Posted by takeuchi at 2007年09月28日 09:02
先にコメントされた方と同じく「自信を失いかける内向きの組織では高尚な言葉が多く使われる傾向があります」という部分にハッとしました。それは、品格に限らないバズワードを大量生産・大量消費している最近の傾向を食傷気味に感じていたためです。

一見高尚な言葉を使って自論を展開することは、ともすると自分の考えの権威付けを図ろうとする意図が透けて見えてしまい、逆に自信の無さを裏付けてしまうことになるのかもしれません。

誰にでもわかる易しい自分の言葉で語ることができてこそ、他者の共感を得ることができる様な、本当に必要な心構えを伝えることができる様に思います。
Posted by Tenor1966 at 2007年09月28日 09:10
いつもお説を、感心して読んでいます。今回の、品格に関するご見解も、まことに、正しいと思いますが、朝青竜の品格と、時津風部屋の品格のニュアンスは、日本人にとっては、ちょっと違うのではないかと、思いました。というのは、朝青竜は、日本人が大事に思っている、古くからの伝統を、ごまかしてすっぽかしたというのは、伝統芸能に参加している者には、全く品格のない行為であると、殆どの日本人は考えます。
相撲部屋の、リンチ事件は、勿論、許すわけにはいきませんし、品格以下の事件です。しかし、この場合、日本人は、昔からの長幼の序の伝統から、弟子は、師匠の指示を守らなければならず、もし、それに逆らったら、相当の懲罰を受けるのが当然と考えます。ビ-ルびんで殴ったり、その後、事実を隠そうとしたりしたのは、論外ですが、いままでの、被害者の行動からみて、懲戒が行き過ぎたのだと、解釈し、やりすぎはとがめても、品格とは、あまり結び付けないと思います。
両事件とも、不祥事には間違いありませんが、品格においては、いささか異なる事なのではと、一筆啓上いたしました。
Posted by 永田 幹人 at 2007年09月28日 09:28
宋さんの記事は日経BSONLINEからの愛読者です。今回の指摘は的を得ていると思います。
朝青龍問題を始めて知ったのはアメリカで同席した日本人旅行客の会話だった。仮病で巡業をさぼってモンゴルでサッカーをしていた、日本の相撲をナメている、クビだというような会話だった。私も相撲取りがサッカーをするなど考えられなかったので正式の試合なのか余興程度の参加なのか、仮病とは医師の診断書によらないことか尋ねたが、詳しいことは誰も知らなかった。にもかかわらず、日本からの電話では、皆な怒っているので悪いことをしたに決まっているという返答だった。このように物事の本質を知らないまま多数の意見に盲目的に先を争って従うのが日本人の最大の欠点だと思っています。帰国してから疲労性骨折に関する医学的面からの記述と人権面からの考察をいろんなところのコメントとして書いたところ、結構反響がありました。しかし、中には、恐らく内容を良く読まないまま、反日勢力だと決め付ける輩もいて、このようなレッテルを貼られたのは初めての経験だったのでショックを受けた。
宋さんは中国人ですので先入観で決め付けるヒトもいるかも知れませんが、自己の信じることをこれからも遠慮なく発信してください。




の診断が間違えてチーム
Posted by sakuradorf at 2007年09月28日 09:43
宋さんの論点にはいつも感心しています。美しい言葉の裏に何があるか見抜く必要があると思います。
>自信を失いかける内向きの組織では高尚な言葉が多く使われる傾向があります。しかし、その言葉と実態の矛盾が必ず大きくなり、かえって人々の不信感を増幅させます。
この格好の例が第二次大戦中の大本営発表や青少年を死に追いやる特攻隊隊員への言葉ではなかったかと思い当たった次第です。
Posted by 力石 健 at 2007年09月28日 09:49
相撲部屋でのリンチにはショックを受けました。相撲は国技として社会的地位を築いています。その既得権益にあぐらをかいて、社会に相撲界で何が起きているのかを伝えようという意欲が感じられません。この世界にコミュニケーションとしての言葉は存在しないようです。
Posted by ubsp at 2007年09月28日 10:22
メールマガジン拝見しました。
今回は宋さん独自のコメントが少し物足りないような気がしました。内容についてはおくとして、日本が日中米の「三国志」の一角を担うという言葉に反応しました。中国の後漢末期から始まる「歴史絵巻」、10代から20代に掛けて馴れ親しんだ物語です。吉川英治氏の作品に始まって、「三国志演義」、「正史」と没頭した覚えがあります。この物語から私は随分と教訓や導きを多く受けたと思います。蜀漢の劉備玄徳と諸葛亮孔明の君子の交わりに感動し、諸葛亮が奏じた「出帥の表」に涙し、関羽雲長の武勇に心踊った記憶があります。というような思い出話はどうでも良いのですが、私はこの物語に出会って初めて矜持とは何かを知り、国を思うとは何か、を知ったと思います。宋さんの書かれた内容に全く関係ありませんが、あの当時の感動した思いや熱い気持ちを年齢を経て忘れかけている自分に気付き、コメントした次第です。品格もそうですが、矜持の無い者に何が為せようというのでしょうか。自らにも戒めたいと思います。
Posted by 恒川則良 at 2007年09月28日 10:57
メルマガに書かれていた日中逆転のTV番組の文と、同じメルマガにある森村さんの文とを読みながら思ったことは、国とは一体何だろうということです。目の前の経済規模競争でも少子化問題でも、それが問題になるのは国を単位に考えているからだと思います。国が負ける(弱る)から問題だという理屈ですが、国が弱ると何が問題なのか。そもそもグローバライゼーションとか言っているこの時代に国とは何か。何を期待するのか。
一方、世界レベルで見れば人口は増え続けていて、早晩食糧危機の問題が起きる(すでにアフリカなどでは起きている)。温暖化等の環境問題が世界規模で進行しているのはわかっているのに、対策になると国という視点で経済発展を阻害しないようにといった議論になってしまう。
国という概念は人間が勝手に作り出したものですから当然絶対的なものではなく、歴史を見てもその意味・定義を変えてきています。それがなければ生きていけないというものではないと思います。だからと言って現在の仕組みや他人の考え方が変わり、世界のために人類が急に動き出すことを期待するほどナイーブではありません。国なんてものに囚われず、自分が善く生きるためにどうするかを考えることにします。

2つのTV番組ともに、多様な視点・考え方を知る機会として楽しみにしています。
Posted by かわむら at 2007年09月28日 11:45
相撲界に元々品格は無いのではと感じる。つい昨日のTVで横綱審議委員の女性が、朝青龍はナメテいる。けしからんといきまいていた。ナメテイルとかヤバイなんていう言葉昔は品の無い言葉として一寸した普通の家庭では子供が外で聞いてきて使うと、親から注意されたものだ。今では親も下手に注意すると鉈や斧で殺されるのか。朝青龍問題は、何か裏がありそうな気がする。一番不思議なのは、精神的問題として出てこないのに、マスコミが矢鱈に追い掛け回し、出てこないことを問題にすり替えていることでないか。精神的な問題が出ているのなら快癒するまでそっとしてやるのが思いやりでは。その為には、協会と親方は朝青龍が出したという休場届をはっきり示し、サッカ−との関連は説明を本人に任せばよいのだ。国技の看板で云々するより、ファンに支えられるプロの認識をもたせるべきである。
国技の看板を外させるべきとも考える。
Posted by 松尾皓司 at 2007年09月28日 11:57
仕事ができる人、教え方が上手な人は、概ね話す言葉、使用する言葉がわかりやすく理解しやすいものになっています。仕事ができない人、教え方が下手な人ほど、わざと難しい言葉を多用し、いかにも俺は難しい言葉を知っているんだぞ、君たちとは違うんだぞと偉そうにしている人たちがたくさんいます。しかし、そのような人の言葉は心に響かないし、そもそもそれを聞く人たちに理解されません。そこで「品格」ですが、品格とは何ぞやと問うた場合に正しく理解し、説明できる人がどれだけいるでしょうか。日本人であれば何となくわかる気はします。しかし、本当の意味をどれだけの人がわかっているのでしょうか。わかったようでわからない言葉の典型的なものが安部首相が就任時に掲げた「美しい国日本」というスローガンです。美しい国日本とは何であり、何を目指したのか今もってわかりません。安部首相のイメージしたものは富士山を背景にした桜の樹かもしれないというのは言い過ぎかもしれませんが、一国の首相でさえ使うという、ことほどさように、今の日本はわかったようでわからない言葉が溢れかえっているのではないでしょうか。小さな時から英語教育を行うのもいいですが、日本語の本当の意味を幼いときから教える教育が必要なのではないかと思います。
Posted by 蒼月 at 2007年09月28日 12:17
いつも楽しく拝読させていただいております。

以前品格についての文章を書かれていた際にも思ったことですが、
品格論が流行する本当の背景は人間の倫理観・モラルの崩壊や、心理的理想像の無形化が原因しているように思います。

現代人の多くが、「自分がどうなるべきか、どんな人間になりたいか。」を失っているのではないでしょうか。
更に言えば、倫理を教える存在がいないのではないでしょうか。

ですから品格論を語る者がいれば真似をしたくなる。
いじめや虐待も品格を盾にして正当化できる。

社会を代表するべき私たちオトナが、悪質な犯罪に手を染め、療養中に無茶な遊びをし、いじめや虐待を平然とする。
そんな世の中を見て育った子供に、正しいオトナの姿などないように感じます。

企業倫理などといわれますが、正しくあるべき日本の倫理、いわゆる文化を守ることは簡単なことではないようです。
Posted by 早田貴幸 at 2007年09月28日 12:23
宋さん こんにちは
「美しい言葉が偽善に聞こえる瞬間」多く感じます。それどころか言葉が雑音にしか感じられない、害毒音波になっている・・・特に最近のメスメディアの発する情報が。
相撲のお話ですが、江戸時代の勧進相撲から発展した現在の大相撲。元は見世物色が強かったとは断言しませんが、「日本の国技」という美しい言葉の上に胡坐をかかず、協会や力士の日頃の行いで、全国民、全世界に認められるようになって貰いたいものだ、と思います。私も朝青龍の肩を持つつもりはありませんが、いまさら横綱の品格を問うのなら、初めから横綱になる条件に、何回優勝とか、何勝以上だけでなく、品格の有る行動ができるかという事も付け加えれば良いのです。朝青龍が精神障害を患ったときに「そんなものは後にして、体を直して稽古せよ」と言った協会幹部がいましたが、本当にがっかりしました。精神障害の辛さは経験した者でしか分かりませんが、放っておけば自殺の可能性もあるものです。その意味では、朝青龍はその時点で弱者であった事は事実でしょう。
その協会幹部をみて「何が国技だ」「何が品格だ」と正直思いました。
「子供を産んで見えたもの」にも一言
働きながら子を産み育てるご婦人に心から敬意を表します。私の妻は専業主婦ですが2人目は早産で、896gという小ささで産まれました。わが子はラッキーな事に何の障害も無く育ち、小四の今では、そんな生い立ちを感じさせないほど大きくなりましたが、超未熟児の子を育てる妻に、興味本位の心無い言葉をぶつける人が何と多い事か。森村さんの二人目に対する悩みは良く分かります。社会や企業で、この様な事が根底から改善されなければ、少子化は止まらないでしょうね。
Posted by 谷口 喜佳 at 2007年09月28日 13:01
前途有為の若者をいじめ殺す組織に品格などは存在しない。そんな組織や団体は何れは衰退する運命にあると思います。朝青龍が巡業をずる休みをしてモンゴルでサッカーをしていた事など比較にもならない些細な事です。彼は日本人ではなく、モンゴル人であるから一部の日本人から毛嫌いされているだけだと思います。力道山のようにその国籍を隠すべきでした。
かわいがりは美しい言葉ではありません。
日本のマスコミは今の昔も異常です。
昔は大本営発表を金科玉条として批判することをせず、提灯記事を掲げ、多くの国民を死に追いやり、戦後は有名人の些細なゴシップを追いかけ、日銀総裁のインサイダー取引や、松岡農相のかかわった緑資源公団の汚職などはもう話題にも載らない事態となっています。私は日本人としての誇りを持ちたいがこの様な状態を改善する手段を持たないので、ひたすらに恥じ入るばかりです。日清戦争、日露戦争で先制攻撃をかけて勝利した事が忘れられず、真珠湾で同じように先制攻撃をして大失敗をした日本ですが、八紘一宇、五族共和を掲げて満州国を建設し、多くの人材を失った責任を誰も取っていない国ですから、何もかにもがうやむやにされてしまうのでしょう。
Posted by 都田 隆 at 2007年09月28日 13:25
朝青龍は以前より横綱審議委員等から横綱としての品格を指摘されていましたが今回の問題は品格の問題では有りません。
テレビで見たモンゴルの一般の方も日本では相撲取りがサッカーをしては悪いのかと言うコメントが有りましたが、サッカーをした事より横綱として協会より高額の給料を取る朝青龍が、本来の責務である巡業を体の故障を理由に医師の診断書を提出して休み、治療名目で帰国したモンゴルでサッカーに興じ跳ね回っていた行為に有るのです。
サラリーマンが同じ事をして仕事をさぼり同じ光景を上司に目撃されれば問題になるのと同じ事です。
殊に彼には言動に驕りが目立ちますのでそれが横綱としての品格の問題と成るのではないでしょうか。
Posted by 野副重徳 at 2007年09月28日 15:41
メール配信有難うございます。済みません、全然違うことを連絡させて頂きます。実は先日品川プリンスホテルの貴殿の講演を拝聴しました。深く感じ入りまして、いつか又私も海外へ出て行こうと思いました。私は只今57歳です。中国へは約25年くらい前から出ていました。未開放の場所に公安のスタンプをもらい、長江を南京から船で南道迄2日をかけて行った事が懐かしいです。私が困っている問題のヒントを得られればと思って参画させて頂きましたがはっきり言って済みませんが、失望しました。営業の方の対応が悪いです。叱責お許し下さい。貴殿のご活躍お祈りしております。
Posted by 大塚幸子 at 2007年09月28日 19:41
自由と正義と公正のための戦争
はるか昔、私が高校生のときに世界史の先生が以下のような話をしてくれました。
「アヘン戦争の時、イギリスの提督は本国の女王に『今こそ我々は自由と正義と公正のために立ち上がらなければなりません』と書簡を送って戦争を始めた。諸君、よく覚えておけ。自由とか正義とか公正とかはこういう時のために使う言葉なのだ。」
野蛮な侵略戦争の代名詞であるアヘン戦争が自由と正義と公正のための戦争として始められたのですね。
Posted by 桑原恒夫 at 2007年09月28日 22:03
今回のメールマガジンを読んで、自分の状況に当てはめて考えてみました。

>自信を失いかける内向きの組織では高
尚な言葉が多く使われる傾向があります。

これは普段生活している自分にも当てはまっていると感じました。たしかに、仕事上で自身を失っているときや、私生活でうまくいってないときはこうゆう状況にたしかに陥っているなと思います。他人の言動を見ていても、そうゆう事があるなと思いました。

以前配信されたメールマガジン「批判されるのも批判精神」の文中で、

>特に批判する人の中に「俺の話を聞きなさい」と言っている人も少なくないので余計に反発してしまいます。

という事がかかれてありました。私は結構普段は黙っている方で、人の観察をよくしているのですが、世の中の人は自信を持てないでいて、それを他人にすり替え、束の間の安心を手にいれているような気がします。
最近考えていることのもやもやが、幾分解消去れたような気がします。有難うございます。

Posted by 野崎学 at 2007年09月29日 15:17
初めてコメントいたします。筋違いと、お考えでしたらお許し願います。
私の感じるところに拠れば、たまたま品格と言う言葉の持つディテールを説明する為に多くの事象を使い説明されていると思うのですが、多くの方が品格と言う美言に拠る胡散臭い誤魔化しの構造でなく、事象に付いて色々と述べて居られるような気がします。やはり日本人にとっても日本語は難しい言語なのだろうかと考えて居ます。美しい言葉と言うまやかしで、多くの事象を糊塗しようとする人々、美しい国日本と発言する人が出現した頃から台頭し始めたように思います。
別件
クレーマーと呼ばれた人達が急増中ですが、この人達はまさに自分が神様だと思っている人達です。との発言に違和感が有ります、十羽一絡げに処断してもいいのですか。新しい切り口で、他人と違う見方が出来る意見の提言者だと思います。人間の数だけ意見が有って然りで、TVのワイドショー的に全員そろって首を縦に振る状態のほうが気持ち悪く思います。
Posted by 里形 道彌 at 2007年09月30日 08:52
事実かどうかは別として、朝青龍に関して報道されていることは、
嘘の診断書で骨折と偽り巡業(仕事)をさぼって、親方にも(いつものように)断りなくモンゴルに帰国して、痛さをこらえて(?)笑いながらサッカーをしていた、ということです
もし、彼が会社勤めの普通の人なら、多分馘首されていますね

簡単にクビにならなかったのは、彼が強い横綱だったからでしょう
でも、もちろん、横綱ともあろう人がそんなズルをしない、という前提もあるわけで、涼しい顔をしてその前提を破った彼をどうしていいか、相撲協会も予期せぬことで思考停止状態だったのでしょう
一方、彼は一度も謝罪していないと言うことは、仮病をつかったことを
全く悪いとも思っていないのですから、心技体という言葉も泣こうと言うものです
その意味で彼はプロでなく、アマチュアでした

しかし、おっしゃるようにリンチ殺人に比べたら、これは犯罪ではありません(道徳的な手本でないのは確かですよ、それにまた朝青龍自身、力士への暴力沙汰でも有名でした)
最近、少年にたいするリンチ事件が立て続けに報道されています
たとえば、「サッカーをやれない体にしてやる」などと言い、主将をけっていた、鹿児島県の男子サッカー部部長とか。

しかし、死に至らしめたという意味では、この一件は最悪でした
なぜ、このような暴力が起きるのか?
暴力をふるった連中が粗雑な頭をしていたのは間違い有りません
彼らは人の痛みを想像できないのでしょうか

さらに、ビルマで僧侶に対する、軍人たちの弾圧とか虐殺とかを見ると
状況は違うけれど、暴力はいつまでたっても絶えないのか、と
暗い気持ちになります

そしてまた、日本の法務大臣が、死刑実行の最後の承認をするのはイヤだ、
自分のサインなしに、自動的に処刑が進むようになっておいてほしいと
言ったのも、人の死にたいする無思慮の一つではないかと思います

なんと言っても死刑というのは、国家権力が持つ、最高の暴力装置ですから。これを管理するのがイヤだという法務大臣は、自己矛盾に気がついていないと思います
(イヤなことはせず、好きなことをしていたい、という意味では、
朝青龍も法務大臣もレベルが同じようです。最初の話題に戻りましたね)

残念ですが、人の痛み、死、暴力に対して想像力の働かない人たちが、
世界の色々なところにいっぱいいるのが現実なのでしょう

彼らをどうしたらいいのか、答えが見えません

もちろん品格という言葉は、無意味です
Posted by 竹光 at 2007年09月30日 21:34
メルマガをいつも楽しみにしています
今回はメルマガの発行が早いように感じられます、今回の品格ですが、相撲界に品格など有るのでしょうか、以前から噂される八百長問題、今まで何件も起きている、死亡事件、今回ご両親が疑問を感じ、検体をし明るみになりました
朝青龍問題も同じです、マスコミの品格の無さ朝から晩まで、彼の行動を監視し悪い面だけを報道しています、彼が今まで本国モンゴルにしてきた、貢献など報道もせず、横綱の品格の前に、相撲界、親方方の品格が問われるべきです。
Posted by たか at 2007年10月01日 10:27
 遊びでサッカーをやるのと、真剣に相撲の稽古をするのでは、足にかかる負荷がぜんぜん違うと思います。
 サッカーがやれる位に回復していたのなら、回復しだいですが、来場所くらいから横綱の仕事もできるのではないでしょうか。
 ずる休みがあったのならば、給金で調整すればいいと思いますが。

ps.以前は、日本の国技は巨人戦だと思っていたのですが(関東圏)。

//
Posted by ルート134 at 2007年10月01日 13:30
宋さんのメールマガジン興味深く読ましていただいております。
「品格」と言う言葉実は非常に大切な言葉だと思っております。
ただ、巷で使われ、流行っている「品格」には疑問を抱かざるを得ません。
流行っている「品格」だとすると「品格」と言う言葉の品格が失われてしまっているように思います。
何故、今品格が喧伝されるのか!それは余りにも日常に於いて品格が失せているからだと思います。
相撲協会が、朝青龍を処分したのは「品格の欠如」だったのでしょうか?
私自身は、正直なところ、相撲協会が処分した理由を把握しておりません。
多分、規程に違反したので処分されたのだと思います。そうあるべきだと思います。
その規程に「品格規程」有ったのか否かは??
言葉は、その意味が時代と共に変わってしまいますので何とも言えませんが、個人的には「品格」と言う言葉を残しておきたい言葉であり、また我々の生活の中に生かしていきたいものだと思っています。
では「品格」ってなんだろう?
中国から来た、言葉なのでしょうか?
さて、朝青龍は外国人ですが相撲界には最近外国人力士が沢山入ってきていますが彼らに「品格」どう説明し指導しているのでしょうか?
私自身は余り英語が強くないので説明が困難ですが、手元の研究者の和英辞典で「品格」をひいてみましたがずばりは出ていません。
「elegance,grace,race etc.etc」何れも違う感じがします。
藤原正彦さんの国家の品格が火付け役になりましたが私個人としては可成りの部分同調できる中身でした。
美しい言葉が偽善に聞こえてくることは残念なことです。
扇動したり、リードしたりする場合に(美しい)言葉は、屡々手段として使われます。
どうやって、これに冷静に対処していくかが肝心なことかと思います。
ただ、良識有るマスコミがもう少し有っても良いのではないでしょうか?
そして、相撲協会が朝青龍を「品格の欠如」を理由の一つとして処分したのであれば、いや、そうでなくても今回の若い力士の死について自らの品格について単に親方の責任などと言わず明確な決断が必要と思います。
Posted by 笠原 英夫 at 2007年10月02日 14:52
宋さん初めまして。
メールありがとうございます。いつも拝読しております。
早速ですが、私は朝青龍という若者が若干かわいそうに思います。確かに「横綱という品格」に対して、欠けている部分があるのかもしれませんが、異国の地で頂点まで登り詰めた努力は並大抵ではないと思います。厳しく糾弾されているとの事ですが、肝心の本人はどのようにコメントしているのでしょうか?まずはそれを聞いてみたいものです。
さて、もう一点、森村さんという方の連載が今回で終了しましたが、第一回目から非常に違和感を感じました。感じ方は人それぞれですので、その点についてはご了承願います。
子供を欲しいと思った事のない方が、「忘れてたけど生んでみるか」と妊娠し、「死闘のさなかに突然柳沢大臣の顔が浮かんできた」「お産の最中痛みに顔を歪めながらおにぎりを作る機械を思い出した」等々記載されていますが、本当でしょうか?世相や、読者層を意識して記載されていませんか?少子化の問題は多くの不妊の現実と相まって、根が深い問題なのです。

人間の能力は限られており、全ての面でパーフェクトとは行きません。宋さんのメールマガジンを読んでいると、色々な事に気付かされ、自分で自省する事も度々です。私は日頃多くの中国人とビジネスをしておりますが、日本で仕事をするよりストレスが溜らないのは、おそらく良くも悪くも「わかりやすい」からだと思います。日本から発信される多くの情報は一方的に誰かを叩くものが多く、事実関係、責任の所在は曖昧です。雰囲気に流される事だけは戒めたいものです。
Posted by mao at 2007年10月03日 19:44
私は、相撲の国技指定を外すことを主張します。相撲協会も1度解散してほしい。

以前から、社会全体が暴力体質、精神論に流されている気がして心を痛めてきましたが、その元凶のひとつが相撲にあったことに地に落とされたような気がします。他のスポーツも同じだと思います。特に伝統のあるスポーツは。

過去何百年にもわたって続けられたことはすぐには変えられないでしょうから、徹底的な粉砕を希望しています。
Posted by 中国語初心者 at 2007年10月12日 15:32
大道廃れて仁義あり、知恵出て大偽あり、六親和せずして孝子あり、国家混乱して忠臣あり。(老子、18章)

訳してみました。
大いなる道がないがしろにされると、仁だの義だのと叫ばれ、小ざかしい知恵がはびこるとズルだのまやかしがあい、親子関係が荒廃した世の中でこそ孝行息子がもてはやされ、国家の政治が乱れてこそ立派な政治家がもてはやされる。

やれやれ、人類の品格はかわりありませんね。まったくしょうがない。
ま、自分のことを棚にあげて申しますがね。
Posted by 獏 at 2007年10月29日 09:59
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