人の変化は変化をもたらす

私の生まれ故郷は山東省威海市の郊外にあるため、約10年前から威海市政府の依頼を受けて経済顧問を務めてきました。しかし、私は帰省の時もなるべく市の役人に知られないようにしています。理由はあの接待の有り方です。

「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや」(論語)。山東省は儒教発祥の地で論語が書かれた土地であるため、日本でいうオモテナシをとても大切にする文化があります。しかし、オモテナシもする人の主観によって受ける人の負担になることが多々あります。

経済局や外務局の責任者達は文革時代の人で大学も出ず、海外経験もなく、良かろうとの判断で来客に余計なご馳走を食べさせたり、過剰にお酒を勧めたり、重いお土産を持たせたりしていました。どこに行っても接待係が随行してくるので気が休まることもありませんでした。

威海市は250万人の中規模都市としては珍しく重工業と汚染が少なく、綺麗な海浜風景があるため、中国の避暑名所の一つにもなっています。北京からは僅か40分のフライトなので、私はよく家族を連れて帰省していました。しかし、もう6年以上、威海市政府に立ち寄ることはありませんでした。

それが先月、突然経済局の責任者から電話が来て「今東京にいるので相談したいことがある」と言うのです。すっかり人事が変わって知らない方々なので会うのを躊躇したのですが、まだ顧問なので会うことにしました。

会ってみるとびっくりしました。その責任者の一人は私の大学の後輩でした。他のメンバーも殆ど私より若く英語が流暢で日本語が話せる人も居ました。

相談の内容もびっくりしました。ソフトバンクC&SがBPO業務を威海市の「次世代スマート産業エリア」に移転したことを受け、他の日本企業にも同じニーズがあるのではとの相談でした。「それよりもどうやって誘致したのですか?」と聞くと、「こちらから誘致したのではなく、環境の良さと政策の良さを客観的に評価していただき、複数候補から威海市を選んでくれた。」とのことでした。

さらにびっくりしたのでは5月19日に威海市が日本貿易振興機構の後援を受けて東京で貿易促進会と交流会を開催するそうです。

「なぜ5、6年のうちにこんなことができるようになったか?」と聞きたかったのですが、失礼の上、何も貢献してこなかった自分にも負い目を感じて我慢しました。しかし、聞かなくても分かるのです。

責任者が変わったからです。文革時代に農村で育った人達から改革開放時代に大学を卒業した人達に変わったからです。たった10年の差ですが、この10年間の人材の差はまさに天と地の差です。

海外経験やビジネス経験を持つ現在の責任者達は以前のように情けや古い人脈に頼るのではなく、日本を含む外国のコンサルタント企業を活用しているようです。感覚、効率と効果が当然違ってきます。

細かいところからも感覚の違いが分かるのです。前世代の責任者は無理しても食事やお酒の場を設けますが、現在の責任者達はスケジュールを優先し、訪問や喫茶の方式でミーティングをこなします。今回も彼らは私の東京の家を訪ねた後、そのまま新幹線で富山に向かいました。

日本と中国は政治的にいろいろな難関がありますが、訪日観光客を含め、地方政府や民間企業の交流は大変盛んです。故郷と日本との間でこんなに絆が強くなったのも「日中友好」の時代ではなく「政治関係が冷え込んだ」今です。新世代の人々のお陰です。

企業経営もそうですが、決め手は人です。その感覚を掴むためにも威海市長(張恵、女性、49歳)も参加する経済貿易促進会(立食交流会を含む)にぜひ行ってみて下さい。もちろん無料です。途中退席もまったく気にせず。参加しないより良いとのことで中国では途中退席は普通にある。時間のない方も気楽に。申込み用紙は下記から入手できます。
URL:http://bsou.up.seesaa.net/image/seminer_0506ss.pdf
この記事へのコメント
少しずれた感想です。先日エリザベス女王が中国人は途中退席して大変失礼だ、とニュースがありましたが、宋さんの「中国では途中退席は普通にある。」というので、半分納得しました。まあ相手によりけりだと思いますが、スピード感を感じます。特に行政レベルのトップは、日本のように選挙で選ばれた良い人ではなく、中国では優れたお殿様という印象を受けます。
Posted by K. TAKAGI at 2016年05月13日 09:03
宋さん、おはようございます。いつものヘソ曲がり者です。

今回の宋さんのご意見のポイントは「決め手は人」ということだと解釈しておりますので、「人財」という観点では、いつもと違い異論はございません。

ただ、重箱の隅をつつくようですが、ところどころ「?」と感じる箇所があります。

旧態然とした接待や文革時代に農村で育った世代を否定的に述べられていますが、そういう環境であった10年前に威海市からの委託で顧問に就任され、有給か無給かは知る由もありませんが、5〜6年間は(おそらく)何もしないでこられたというのは、中国内で問題となっている旧態然とした腐敗官僚体質と大差ないのではありませんか?宋さんのこれまでのご意見の趣意からすれば、当時の体制下での威海市顧問への就任は辞退されるべだったのではと思います。

私は「有朋自遠方来 不亦楽 」という有名な論語の一節が大好きです。これは真の友人に対する気持ちを表しているのであって、本家本元の中国の方が、お座なりの”接待文化”と同列に論じられておられるのには失望しました。この論語にはいわゆる”接待”の意味は全く含まれていないと確信しております。

また「温故知新」という言葉もありますが、往々にして宋さんは古い体質(文革時代の体質だけなのでしょうか?)を否定されておられますが、「温故知新」というのは古い事物の全てを否定するのではなく、古くても良き事物は残し古い事物を十分に理解したうえで新しい事物を創っていこうということですよね。
中国の農村にも古くからの良い習慣があるはずです。それを『経済至上主義』『覇権主義』が駆逐してしまっているのが、中国の現状ではなかろうかと思っています。

どうか、新世代の人々のみを肯定し旧世代の人々全てを否定するのではなく、「温故知新」の心を中国全土に広めていただきたいと切望するものです。
Posted by 田中 晃 at 2016年05月13日 09:22
中国もやっと地方からですが変化し始めたような話に、少しほっとします。
日中国交回復の以前から間接的ながら色々な情報に接してきた経験からは、まだまだ楽観的な予断は禁物ですね。これらの人たちが、現在の中国経済の苦境を切り開く力になれば良い未来が開けるでしょう。
しかし、”党中央”を見れば旧態依然で北朝鮮とそれ程変わりませんから、将来の予測は難しいですね。
Posted by 旧旧車 at 2016年05月13日 09:25
宋文洲様
ご無沙汰致しております‼以前弊社主催のセミナーに講師をお願いしました。NTTインテリジェント企画開発(株)顧問の佐藤義孝でございます‼その節は有難うございました。来週17日は110回の開催で、午後1時半から椿山荘にノーベル賞の中村修二先生をお迎えします!出入り自由てすので、覗いて見て下さい‼(お忙しいのでムリでしょうねー笑いー)
毎回楽しみに読ませて頂いております!ここ数年間中国に行っておりませんが、当時のオモテナシを思い出しました‼ながつ
Posted by 佐藤義孝NTTインテリジェント企画開発(株)顧問 at 2016年05月13日 09:39
宋文洲様
ご無沙汰致しております‼以前弊社主催のセミナーに講師をお願いしました。NTTインテリジェント企画開発(株)顧問の佐藤義孝でございます‼その節は有難うございました。来週17日は110回の開催で、午後1時半から椿山荘にノーベル賞の中村修二先生をお迎えします!出入り自由てすので、覗いて見て下さい‼(お忙しいのでムリでしょうねー笑いー)
毎回楽しみに読ませて頂いております!ここ数年間中国に行っておりませんが、当時のオモテナシを思い出しました‼長いお付き合いの国同士のハズなんですが!
Posted by 佐藤義孝NTTインテリジェント企画開発(株)顧問 at 2016年05月13日 10:14
宋さん、ご無沙汰いたしております

本日の記事で、遅まきながら出身地が
威海であることを、知ってびっくり!

四半世紀前には、土畜産公司の工場で縫製をしていて、年間100日以上は山東省に居ました。

当初は成田〜北京経由青島に飛び、陸路で入ったり、
成田〜大連経由煙台から陸路でしたが、
昼に到着して「歓迎」を頂くと、
夜まで仕事に成らず
韓国仁川から「威仁航運」で
仁川を夕方出て、早朝威海到着と言う経路に変えて
とにかく、到着後昼までに一仕事できるように
往復の時間ロスは犠牲にして実務を取りました。

市長や、その関係者との「乾杯」は、数知れず!
苦手な「なまこ」も、賓客向けに大きなものを
撮って頂くので、頑張って食べると、次が来る!
枕と食事は厭わない方ですが、この宴会は辟易でした。宋さんの、政府に立ち寄らない事は理解できます。
とにかく、このころは、山東省の内陸部も含めて、日本人が居ないような所を巡回・開発していました。
丁度、威海が経済特区になって、日本や韓国からの進出企業が殺到していた時期でした。
市内のホテル全体が、韓国アパレルや台湾アパレルの販売所になっていたのも、この頃です!
いやあ、懐かしの威海の話題と、政府のスタッフの変化(私の頃も英語堪能や流暢な日本語通訳もいましたが)を知って、久々に威海が懐かしくなってきました。
近代化は、目を見張るように進化しているのでしょうね?
まだまだ、威海市内なら、一人で探索可能ですよ(爆)!
Posted by 柳田 公市 at 2016年05月13日 15:47
大変興味深く読ませて頂きました♪ TSRの河原社長のお話も。戦争前からの会社なのですね。戦中、特攻に引っ張られる様な事はなかったのでしょうか?(安倍政権の特定秘密保護法とか、緊急事態法〈→ナチスの全権委任法みたいなの〉に情報支配の怖れを感じ気になってます) それからやはり、上意下達というか、個人を育てない教育が長くなされてきた事にも危機感を感じてます。(私達、今も政治や世の中の事でおしゃべりできないんですよ)
Posted by 末永美枝子 at 2016年05月14日 08:37
 今回の記事は、中国(地方)も旧態然の体質から新しい考え方に変わりつつあるとして読めば、隣国として喜ばしいことと思います。
 しかし、その要因の一つが責任者が大学を出ていない人から大学を出た人に変わったことと言い切っていることに違和感を感じてしまいました。
 宋さんは、学歴偏重のつもりで書いていないとは思いますが、この文章を読むとそう感じられてしまいます。高学歴の人の方が、勉強時間も長いし、視野が広くなるという傾向があるというのはわかりますが、大学を出た人に変わったからとはっきり言われてしまうと抵抗があります。
 少し前の「女は可愛い馬鹿が良い」というのと同じ体質を感じてしまうのは考えすぎでしょうか?大学を出たって知識ばかり(試験の点数は高い)で、社会では殆ど役立たずの人もいますから。もちろんその逆もいます。
Posted by 樋口良介 at 2016年05月14日 09:47
いつもメルマガを配信を頂きありがとうございます。毎回楽しみにしています。今回も良いお話でした。中国の変化や若い世代の考え方が変ってきていることに、日本にいるとは感じられないようですね。80年代半ばから中国、中国人と付き合っていますが、日本人の中国に対する見方か今も昔もあまり変りません。違うのはマスコミのおかげもあって幅広い世代で嫌中派が増えたこと位でしょうか?まさに人が変化しないと何事も変らないのだと思い増す。
Posted by Ishikawa at 2016年05月16日 12:23
いつもメルマガを配信を頂きありがとうございます。毎回楽しみにしています。今回も良いお話でした。中国の変化や若い世代の考え方が変ってきていることに、日本にいると感じられないようですね。80年代半ばから中国、中国人と付き合っていますが、日本人の中国に対する見方か今も昔もあまり変りません。違うのはマスコミのおかげもあって幅広い世代で嫌中派が増えたこと位でしょうか?まさに人が変化しないと何事も変らないのだと思い増す。
Posted by Ishikawa at 2016年05月16日 12:24
宋様、いつもメルマガを楽しみにしています。
今回のメルマガに触発され、19日の「中国威海(日本)経済貿易促進説明会」に参加してきました。大変有意義な会合でした。市長さんを始め、市幹部の方々、中国大使館の方々とも名刺交換・事業紹介などをさせていただき、中国の理解が更に深まる良い機会になりました。

これから日本との直行便も就航するように市長をはじめ努力されていらっしゃるとのこと、また、中国でも先進的な衛生的な都市で、先端産業の誘致にも熱心な様子がうかがえ、好感を持ちました。機会があれば、訪問したいと思っています。ご紹介、ありがとうございました。
Posted by 新村稔 at 2016年05月19日 20:43
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