いざという時の日本人の冷たさ

テロリストの定義はその主義主張ではなく、用いる手段です。直接関係のない一般民衆に暴力恐怖を与えることで政治目的を狙う人々はテロリストです。どんな立派な主義主張、どんな立派な宗教信仰を以てしても、テロリストです。

二人の日本人を殺害したテロリスト達は、まさに正真正銘のテロリストであり、戦後日本に対して初めて本当のテロを起こしました。しかも彼らは今後も世界で日本人を攻撃すると明言したのです。

ここ数年、中国でもテロがいくつもありました。日本のマスコミ、特に右翼マスコミは民間人を虐殺したこれらのテロ行為を、恰も中国政府の政策に反対する宗教や独立の動きとして報道してきました。

今回、テロリストが日本政府の政策を理由に無辜な日本市民を殺したのですから、少しテロリストの理不尽さが分かったでしょう。それから平和に抗議する市民達を「テロ」と呼ぶ政治家も少しその「テロ」という言葉の重みを知ったでしょう。

同じ漢字文化圏や儒教・仏教文化圏の中で口喧嘩を売ってもせいぜい口喧嘩で返されます。それでも二、三年もしないうちに指導者が顔を合わせざるを得ないのです。表情の作り方などの細かいことに文句を言いながら。

しかし、同じ軽いノリで異なる宗教を堅く信じる人々に口喧嘩を売ると人質が殺害され国民全体が攻撃対象にされてしまうことを、今回、安倍総理は分かったでしょう。

それよりも一番分かったことはお国の許可がないところに行った国民がテロ行為に遭っても「自己責任」という理由で彼らを見捨てる日本人の多さでした。それと二人が殺害された後、半旗を掲げる国々がたくさんありましたが、日本はそんなことをしないだけではなく、追悼の活動さえ見えてきません。

「断固非難」「絶対許しません」という無力な言葉を発されても、逃げているように見えてしまいます。遠吠えは猿でもできます。この世の中にはテロを認める人はいません。テロリスト達は自分の行為をテロではなく正義のための聖戦や抵抗だと解釈しているのです。

「日本人はみな優しい」。日本に旅行した中国人観光客は口を揃えます。実際に私もそう思います。しかし、今回の二人の殺害の際に見せた多くの日本人の、「自己責任」「勝手に行っただろう」という反応を真当たりにして私は悲しかったです。優しさとは何でしょうか。

「遊泳禁止」の看板があってもそれを無視して泳いで溺れそうな人が居ます。確かにいけません。でも人を救出する際にそんなことは考えません。懸命に救出してから説教するものです。罰してもいいのです。

しかし、結局、総理大臣が「テロに屈しません」とポーズを取っているうちに、そして国民の「自己責任」の嵐の中で、多くの時間とチャンスを無駄にし、二人の人質が見殺しにされたのです。世界屈指の大国日本の国民として皆さんはどう感じるでしょうか。

私が感じたのはいざという時の日本人の冷たさでした。日本の著名政治家と日本軍が満州に開拓民を見捨てて先に逃げた事実を思い出さざるを得ませんでした。


この記事へのコメント
日本は村八分という言葉がある国です。全体の利益にならないことをする人を徹底的に痛めつける国民です。
見かけの優しさは単なる保身で、イジメが日本人の本質だと思っています。
Posted by KI at 2015年02月06日 08:13
宋 様
今回のメルマガもいろいろと考えさせられるテーマだと感じます。

日本人は冷たい。
確かにそうかもしれません。
が、大々的に追悼集会を実施しないとか、自己責任と言っている人がテレビに出ているからと言って、一括りに「日本人は冷たい」と表現されるのは悲しいです。
それはいつもメルマガで仰られている日本のマスコミに報道される中国像と同じようなものではないでしょうか?少し一方的な表現のような気がします。

個人が多くに向かって意見を発する、自己主張するという雰囲気、習慣は日本で感じることはありません。
ただ、今回の件を痛ましく思い、憂慮している日本人は多いと私は信じています。
仰る通り自己責任だとか無関心だという日本人も多いと思います。

救った後の説教。それが出来ればどれほど良かったでしょうか?
行く前にどんな手を使ってでも止めればよかった。それが出来ればどれほど良かったでしょうか?
私にはご冥福をお祈りすることしかできません。
身近な人に、そういったことが起来た時にあがくことしかできません。

それは世界から見たら冷たい日本人という姿なのでしょうか・・・。
Posted by 八幡 孝幸 at 2015年02月06日 08:22
宋さん。ご指摘いただき恥ずかしい思いがしました。首相官邸に[反旗」は翻りはしなかったと思います。『国際的視野でものを見て/考える』センスを身に着けたいと思います。[後藤さんに『 三度も渡航自粛』を要請した」。という外務省の発表は、ある種の<責任逃れ>に見えました。
Posted by 小泉 武衡 at 2015年02月06日 08:34
ここ数年TVをみていない。マスコミ報道が素直に信じられないから。今回の「テロ」にしても本当のところがわからないから静観している。彼らの動き、国の動き、背後にある交際情勢。あまり酷さを強調し、戦争へ駆り立てているように思う。強欲資本主義が蔓延している昨今、それに取り付かれている人は、その権力を失ってから判るのだろう。人は人。満州のことにしても、それは軍の方針だろう。兵士は命令に従うしかない。お二人のご冥福を祈っている。
Posted by k.sato at 2015年02月06日 08:36
宗さんの大ファンです。
いつも率直なお考えでたくさんの教えをいただいて大変感謝しています。今回も中国と日本の違いについてとても深く勉強させていただきました。
中国人である宗さんがおっしゃるご意見はごもっともあると思います。私的見解として、国際的にみて正論であると思います。
しかし、湯川さんのお父さんが世に謝罪した姿は、幼少のころを日本で過ごしその文化が身に染み付いた日本人にしか理解できないと思います。
私たち日本人にも、日本文化に根ざした心があるということを心の片隅においていただけると幸いです。
Posted by 澤本茂郁 at 2015年02月06日 08:37
宋さんがご指摘の点について、「自分も日本人としてやはり鈍感になっている」と感じました。

「日本人は確かに優しい」という一方、「正義か悪か」という判断にはなぜか疎い。

本質を見て、何が正しく、何が悪いのか判断する力がないのか、そうした文化がそもそも育たないのかと悩むより、宋さんのような方からの指摘を真摯に受け止め、行動を変えることの方が価値的ですね。
Posted by 奈良崎 清孝 at 2015年02月06日 08:38
はじめまして。
宋さんのメルマガを拝見しました。
遊泳禁止区域で溺れてなくなる場合、自分の命以外に迷惑をかける範囲は、それほど大きくありません(比較して、です)。
しかし、
今回のように、他の自国民全員の身体生命、国家の存立、そのうえ他国の国家や国民の皆さんに、多大な迷惑をかける事例とは、同列では語れないと思います。
しかも、そのような危険が予見される、また政府からも警告されている地域に、それを振り切って「自分の意思」で行った場合は、自己責任論が適用されてしかるべきではないでしょうか。
危険が予見されない地域で誘拐されたとか、
仕事や公務で行かざるを得ない人が、誘拐されたのとは、意味が違うと思います。
私は、宋さんが言うような「日本人の冷たさ」ではなく、「日本人の危機意識の低さ」「自己防衛の意識の低さ」こそが問題である、と思います。
また、戦時中の棄民の事実は、「日本人」という括りではなく、政府や軍部といった一部の誤ったエリート意識・特権意識の組織の過ちではないでしょうか?
Posted by 根本 at 2015年02月06日 08:39
9.11の時、社員全員の安全を確認し、最後に脱出しようとした責任者の方が亡くなりましたね。
イラン・イラク戦争の時も、日本大使館が必死になって日本人全員の安全確保に動きました。
今でも大使館員は、その国に何かあっても脱出は最後になるはずです。

仲間は身を呈してでも守るという価値観を持つ日本人は多いと思います。

今回の件との違いは何でしょうね?
Posted by ns at 2015年02月06日 08:39
ご指摘の通り、メディアの論調に、勝手に行ったのだから、殺害されるのはやむを得ない、また、政治家も「蛮勇」と言って終わる状況は望ましくないと思います。

ただ、以前から言われていることですが、どのような事情があれ、日本国民が危険にさらされている場合、救出に行く007のようなAgencyが日本に居ないことが問題ではないでしょうか?

北朝鮮へ誘拐された方々も同じ話だと思います。

集団的自衛権などでもめることなく、日本人が困ったら政府が助ける状況を法律改正や体制整備をこの機会に行うべきと考えます。
Posted by 松野潔高 at 2015年02月06日 08:43
総理大臣が「テロに屈しません」とポーズを取っているうちに、「勝手に行ったんだろう」後藤さんの「日本人には責任はない」にすがって見殺しにしました。総理の最大の仕事は国民の生命財産を守ること。だとしたら首相失格。
Posted by 藤岡一男 at 2015年02月06日 08:43
私も宋さんからすれば「冷たい日本人」になるでしょう。しかし、今般のテロの犠牲になられたお二人のご冥福をお祈りする気持ちは持ち合わせております。
とくに後藤さんは紛争弱者へ焦点を当てた活動をされてきた方で、これから先も活動してもらわなければならなかった方です。また、テロの悪辣さも十分に承知されていた筈ですから、単独で「イスラム国」の支配地域に行くこと自体を避けなければならなかったと思います。
「これから起こることの責任の全ては自分にある」と言われましたが、日本の国会運営が滞ることへの責任は個人で負えるものではありません。ヨルダンの人々の憎しみを増すキッカケを作ってしまったことへの責任も大き過ぎます。ですから、後藤さんは「イスラム国」へは行ってはならなかったのです。それを主張することが「冷たい」と指摘なされるのでしたら、単に半旗を掲げたり「I'm KENJI」とツィートすることには「うわべだけの迎合」と申し上げたい。
Posted by 田中 晃 at 2015年02月06日 08:47
日本人の私たちにはこういう視点が少し欠けていたのかなと指摘されて思いました。
宋さんの言われるとおりだと思います。
今の政府、政治家も、いざというときには満州から我先に逃げ出した当時の日本軍と変わりないのかもしれませんね。
Posted by kinzo at 2015年02月06日 08:48
「断固非難」「絶対許しません」という無力な言葉を発されても、逃げているように見えてしまいます。遠吠えは猿でもできます。
そうですか。日本も強力な軍隊が必要ですね。
憲法9条等を改正して、日本人救出ができるようにしましょう。「自己責任」と非難することと、それらの人々を救うことは別物です。救える人を救うことができるという前提が必要です。
救いに行けるなら、日本人は全力で救いますよ。自分の命も厭わずに。
救いに行けないのは、憲法改正に反対している反日勢力の妨害があるからでしょう。それらの勢力に賛同しているあなたも冷たい人ですね。
Posted by 藤原正章 at 2015年02月06日 08:49
いつも楽しく読ませていただいております。
今回の人質事件は本当に寂しく怒りが収まらない事件でした。
宋さんの意見について、日本人の冷たさと満州開拓民を見捨てた軍人を一緒にするのは全くレベルの違う話だと言わざる負えません。
日本人は基本的に団体責任の意識を小学生から背負わされます。今回の件も政府がダメと言っているにもかかわらず渡航した結果団体に迷惑をかけた・・・との深層意識があるのだと思います。
満州の件は「自分さえよければ」と人間だれでも命の危険があるときに自己を優先する行動の表れです。日本人に限ったことではありません。中国人の方がさらに強く持つ感情でしょう!?
日本の教育を受けたことがなければわからないかもしれませんが、同じではないことを理解ください。
中国6年駐在の者より〜
Posted by sakaniwa at 2015年02月06日 08:52
こんにちは、いつも楽しみながら拝読させていただいてますが感想を出すのは初めてです。
。宋さんのコメントは納得できる点が多く普段は8−9割同意しながら読んできました。

ただ今日のコメントはいつもと視点・立ち居地が異なっていて、違和感を覚えた為、初めて投稿した
次第です。

感じた点は次の4点です。

1.中国におけるテロについて
日本のメディアが提供する情報がベースですが、テロというよりは理不尽な地方政府に対する最後の
抗議活動と認識しています。もともとは
地元の少数民族の土地でありながら、その土地・資源の開発により潤うのは漢民族だけで少数民族にはお金が回ってこない。
いわゆる格差の拡大がベースにあるところで地方政府・官憲の嫌がらせにより爆発してしまった。
ただ10−20年前はこういう事件は、漢民族の地方都市でもよく起こったような気がします。
漢民族同士だと民族間の争いとは言われないが、反抗した側が少数民族だと中国政府はテロと呼ぶ
日本を悪者扱いするのと同様、少数民族のテロをハイライトすることで政府に対する不満のガス抜きをしている。

(ただ私も香港と上海には住んでいたこともあるので、自分が住んでいた周りで少数民族に
対する差別があったと感じたことはなかったです。)


2.ISILは狂信者とそれに連なる運命共同体の集まりであって一般的なムスリムとは異なると思っていますが、
宋さんはそうではないのでしょうか。すべてのムスリムは多かれ少なかれ寛容的ではなく何をするかわかったものではないと
言ってる様な気がします。

3.冷たさと自己責任
これに関してはある程度同意します。
湯川さんは個人で軍事会社を立ち上げその箔をつけるためにシリアへ行った。
それを私は自己責任と呼び、冷たいことであることも(宋さんのコメントで)再認識しました。
その背景には、アメリカなどとは異なり日本の外務省は海外でトラブルにあった同胞人を助けたりしないから。
(パスポートをなくしたとかそんな軽い程度の助けしかしない)
何かあったら自分で何とかしないといけないと思っています。だから自己責任と言います。
ただそれでも政府が裏で救助工作をするのであればそれは評価します。

また犠牲になった身内にの方に、非難の言葉を向けるのは心無い、知性の低い輩で彼らが
日本の多数でない事を祈ります。

4.開拓民を見捨てた政治家・軍
冷たいのではなく、品性が卑劣・卑怯・自己中心的だと思います。
賄賂でどんどん太る中国の国営企業・政治家・地方役人と同じレベルでしょう。

Posted by 俊哉 at 2015年02月06日 08:53
いつも楽しみに拝見しております。

そのとおり、日本人は冷たいのです。そしてそれがいざというときの強さにもなり、恐ろしさにもなります。

安倍首相が感じた恐怖と同様、宋さんも自分の(中国人の)価値基準で他国(日本)を批判することの愚かさと恐怖を感じていただければ幸いです。

宋さんのやられていることは(宋さんのいう)日本の右翼メディアが中国に対してやっていることと同じです。

おそらく宋さんのエントリーに共感される方も多いと思います。

当たり前ですがすべての日本人がそうではありません。

しかし、宋さんが”日本人の”と括られた集合を語るのであれば、確かに”日本人”は冷たく、それは”中国人”にも国民性があるように、”日本人”の国民性です。恥じることではありません。

宋さんが”中国人”であることを恥じることがないように。
Posted by 都市部無党派層 at 2015年02月06日 08:54
関係ない話かもしれませんが、宋さんは十分に日本人的だと思い、親近感を覚えました。今日の記事には「日本人」への「甘え」や期待があるように思えます。

考えてみて見てください、日本人同士、いや他人同士はいざとなったら冷たいもんです、世界中どこでも同じではないでしょうか?

あえて言えば、それでも本当に困っていると感じたら手を差し伸べるのも「日本人」です、でおあくまで自立を待つ。宋さん自身も共感できませんか?今回の件は、手の差し伸べようがないと思った「日本人」が多かったと思います。やっちゃいけないことをやってしまった、、、

満州の話は、なぜここで出てくるのか奇異に思います。なぜそこまで過去の話を何度もされるのか、宋さんの周りにいる人達、接する情報に影響されてませんか?

あと、発信しすぎかと思います。特にTwitter。あたりさわりのないことを書くのも必要かと思います。
Posted by Masu at 2015年02月06日 08:54
後藤さんは、覚悟の上で行かれたので、追悼でなく、日本人皆心の中で、讃えているのだと思う。
Posted by 喜多純一 at 2015年02月06日 08:57
どうも、最近の宋さんは、日本政府が絡む話題になると感情論が先に立って不快感を感じます。

まず、「どんな立派な主義主張、どんな立派な宗教信仰を以てしても、テロリストです。」と言っておきながら「同じ軽いノリで異なる宗教を堅く信じる人々に口喧嘩を売ると人質が殺害され国民全体が攻撃対象にされてしまう」とおっしゃっていますが、イスラム教を自分たちの都合のいいように解釈しているテロリストが、他人の発言を自分たちの都合の良いように捉えるのは当たり前で、言っている方は「軽いノリ」ではないと思いますが。テロリストがどう受け取るかまで配慮して日本の首脳陣は発言しろということですか?

あと「遊泳禁止」の例を出しておられますが、水の中に入れば助かるかもしれない状況と、今回の状況は全く違いますよ。宋さんの例えで言うなら、今回の例はそもそも消防や警察が入れず、軍隊ぐらいしかまともに行けないような場所ですよ。

「結局、総理大臣が「テロに屈しません」とポーズを取っているうちに、そして国民の「自己責任」の嵐の中で、多くの時間とチャンスを無駄にし、二人の人質が見殺しにされたのです。」とおっしゃいますが、自衛隊でも派遣しろということですか?

そして極めつけが「私が感じたのはいざという時の日本人の冷たさでした。日本の著名政治家と日本軍が満州に開拓民を見捨てて先に逃げた事実を思い出さざるを得ませんでした。」というコメントです。これ、宋さんは日中政府がもめている時に必ず言われますが、今回は政府が渡航を見合わせるよう、特に後藤さんには面会までして説得しているのに、本人がそれを振りきって行っているものをどうしろと?満州のように政府が後押しした例とは違うと思いますが。
Posted by 浜田 at 2015年02月06日 09:06
宋さん、「日本人の冷たさ」って、それはタメにする批判ではないでしょうか?日本とか中国とかの話ではないと思います。国というものは、個人に対して常にやさしい慈母のようにしてくれるわけではない、法を破れば死刑という罰すらもって接してくるし、国民も甘えていていいワケではないと思います。かれらふたりは、こうなる結果もわきまえた上で、日本政府から渡航を止めろと言われても振り切って渡航した。目的も10分300万円というニュース映像のギャラが大きな部分であったであろうことも想像に難くない。と、そういう冷静な判断を持つ人が多いという、きわめて当たり前のことではないでしょうか?
Posted by 三木奎吾 at 2015年02月06日 09:09
まさに同感、です。
このメッセージが全ての日本人に届いて欲しいです。
一番大切なものは何か、忘れないように、ブレないように、自分も含め一人ひとりが意識していたいと思います。
Posted by kenji at 2015年02月06日 09:09
>でも人を救出する際にそんなことは考えません。懸命に救出してから説教するものです。罰してもいいのです。

「助けたい」だけでは救助は出来ません。救助する能力が無ければ二重遭難です。今回の事例はまさにこれであり、高村正彦副総裁は「蛮勇」と評されましたがむしろ「無謀」とすべき所です。
無謀の結果たまたま成功した例も数多くありますが、好き好んで救出限界点を越えたのだから、手が出せなくて当然、それを冷酷と言われては確かに返す言葉はありませんが、私は「冷静」であると思っております。
義を見てせざるは勇無きなり、ですが、その結果、さらに自体を悪化させるならばそれは成すべきでは無かった、一時の感情で動くべきでは無かった、と言う事だと信じております。それを「冷酷な国民性」と言われるなら、それは確かにその通りでありましょう。ですが、結果がさらに悪化するよりは冷酷であるべきだと信じております。
Posted by 滝波 茂 at 2015年02月06日 09:11
不快極まりない内容。一人一人の個性を無視して「日本人」と一括りにした事。あたかも「自己責任論」が日本人の多数を占めているかのように決めつけた事。宋さんの偏見に満ちた話、「日本人」も「中国人」も「日本人」を嫌うように仕向けた話は残念でならない。宋さんにとっては「中国人」「中東の人」「シリアの人」「イラクの人」…一括りなのか?メディアに出て知名度高い人が日本や中国でこんな話を披露する度に互いの偏見が強まり、争いの火種を拡散する罪を感じないのだろうか。あなたの妻や子供の国籍や民族は知らないが、やはり一括りにしているのか?残念です。
Posted by まつうら at 2015年02月06日 09:16
お二人のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。宋先生は冷たいとお考えかもしれませんが、自然災害と異なり君子危うきに近寄らずの諺がある中ではあえてISILを利する事を冷徹に拒絶する考えで発言している方もいるのではないかと思います。戦場ジャーナリズムに多大な敬意が払われるべきである事は論を待たないと思います。恐怖により人々を支配する事は持続的ではありません。過去の日本赤軍や浅間山荘事件、各種過激派の内ゲバの結末を思い返しました。満州では親類が見捨てられ命からがら帰国しました。政府が我々を守ってくれる事はないと思っています。それ故の自己責任です。
Posted by 大沼 at 2015年02月06日 09:22
いつも、評論を楽しみにしております。
初めて感想をメールさせていただきます。

今回の「2人は自己責任」だと考えている一人です。 それが、優しくないこととは、思ってもみませんでした。

今回の、評論も、「そんな見方があるのか」と良い意味で感じました。

ありがとうございます。
Posted by 坂本 尚隆 at 2015年02月06日 09:24
宋さん、内容が無茶苦茶になってきましたね。残念です。

「軽いノリで異なる宗教を堅く信じる人々に口喧嘩を売ると人質が殺害され国民全体が攻撃対象にされてしまう」
・・・宗教の問題ではありません。イスラム教の人々が皆同様に非難しているではありませんか。

「「自己責任」という理由で彼らを見捨てる」
・・・そういう人たちも確かにいましたが、ほとんどは「ご本人たちにも責任はある」と言っているだけで、できれば助けてあげたいと思っていた人です。私もそうです。ネットでもそういう議論がされていたのに、そういうことは無視するのですか?

「日本人の、「自己責任」「勝手に行っただろう」という反応」
・・・数年前、北海道で猛吹雪の中、娘を守って凍死した父親がいました。宋さんはツイッターで、「私は北海道を良く知っている」とした上で、その父親を「やるべきことをやらなかった」といって非難しました。「近くの民家に助けを求め、空き家なら戸を壊してでも入るべき」という意見でしたが、助かった娘の証言で、その通りの行動を取ろうとしていたことが明らかになりました。
宋さんはこれについてどう思いますか?その場のことは本人たちしかわかりません。必死でやれることをやろうとしたはずだと思うのが普通ですが、その状況も把握せず、いきなり死んだ人を非難する・・そういう宋さんが日本人のことをとやかくいう資格があるでしょうか?

先日のツイッターでも、焼殺画像の転載に対する疑問に対して、「日本人は現実から目を背けるからいけない」として日本人批判に転じましたね。公開されているページの転載が悪いこととは思わないし、日本人に現実逃避の癖があることも確かですが、そういう場面・タイミングで言うべきことでしょうか。

どんな素材・情報でも安倍首相や日本(人)への悪口につなげてしまうというのは、宋さんもおっしゃっている「正当な批判」ではないと思います。もう少しご自身を客観的に見る努力をし、ご自身への批判にも耳を傾けてはどうでしょうか。
Posted by H.Mari at 2015年02月06日 09:26
お疲れ様です。 そう見えるんでしょうねと思いました。確かに平和ボケしている部分もあると思います。 しかし、根本的には以前から官僚が進めてきていた愚民政策の反動なのではないかと思っています。 海外に出る人間としては言うより実行をと思いますが根本的に革命を起こすわけにもいかないとも思います。
そういった面の無力感で非難をされるのに反論して保身するための口実としてマスコミも自己責任論をかざしているのではないでしょうか単純に自己責任と言い換えた責任逃れなんでしょうね、という私も何かできるかわからないですし、言っていることもわかります。 でも、この結末は予測できた結末です。 次にすることを考える以外になにかありますか?追悼すれば命が還るのでしょうか、政治に期待できない現状でできることを考えているのだと思います。
Posted by 越川 亘 at 2015年02月06日 09:27
沖縄で生まれ、小学生のときから平和教育の中で、日本軍のことを聞かされて育ちました。
大学生になり、初めて「本土」から来た学生と接する中で、「日本人でいやな人ばかりじゃないんだ」を思いました。
東京で働き、「みんな同じだ。」と感じていました。
でも、外国人の夫は酔うと「日本人は冷たい」と私を責めました。

今回、周りの同僚の「自己責任」という反応に驚きました。

やはり、いざというときは冷たいのですか?
多くはそうでは無いと信じたいのですが、やっぱりという気持ちもあります。
Posted by Nohara at 2015年02月06日 09:31
「日本人の冷たさ」、宋さんはnegativeな意味だけで使われていますか?私は「冷たさ」の中に優しさや、人々への配慮、思慮、その他色々なお考えが含まれていると信じています。宋さんが悲しんでおられるのも理解できますが、
What do you say connotations people in Japan have?
Posted by 森本喜代美 at 2015年02月06日 09:32
いつも楽しく、また、感慨深く拝見しております。私は日本人ですが、これが日本人だなっと感じました。昔から言われる”島国根性”っとでもいうのでしょうか?行っていること自体が日本の伝統”村八分”です。お父様が「ご迷惑をおかけして」と挨拶したことにも、いろんな国の人が「なんで、息子が殺されたのに?謝るの?」っと不思議に思ったことからも日本独特の文化なのかもしれません。駄目と言っていることをして痛い目に遭えば、それは自業自得なんです。それが日本の感覚です。冷たいと思えるかもしれませんが・・・だからダメって言ったでしょう。っと言われてしまいます。これは優しさとは別の話です。身近な人に優しくできるのは”礼”を持って接するから、お互いに不愉快にならないようにしましょうという心根があるからです。入って来た人には優しく写るかもしれませんが、出て行く人には冷たいのかも知れないですね。

支離滅裂になっていますが、ご了承ください。
Posted by か〜ず at 2015年02月06日 09:33
 おっしゃる通りだと思います。その上で、なぜこんなに冷たいのか。これは、日本人の想像力の欠如によるものなのではないかと思います。目に見えないもの、感じ取れないものに対して、想像力がはたらきません。
 遠くの戦争は遠くの出来事ですし、そこで罪のない人々が殺されても、遠いのです。
 生活保護バッシングも同じところにあったと思います。不正受給には怒っても、現実に生活保護でどうにか暮らしている人に対しては想像力がはたらきません。
 死刑制度についても、遺族の感情を代理しようとしますが、加害者にも家族がいるということには想像力がはたらきません。
 日本は1945年以降、戦争には参加しませんでした。しかし、経済成長のきっかけは、朝鮮戦争でした。そうした悲劇が一方で日本に繁栄をもたらしていることに、想像力がはたらきません。
 こんなこと、いくらでも出てきます。日本人は、日本以外の世界、自分以外の価値観、さまざまな環境が存在しているということについて、もっと想像力をはたらかせるべきだと思うし、そうしたトレーニングが必要だと思います。
 想像力の欠如した道徳教育なんかよりも、よほど必要です。
 もっとも、総理大臣からして、こうした想像力がまったく欠如しているので、何とも困ったものなのですが。
Posted by 本橋恵一 at 2015年02月06日 09:49
恐ろしいテロ事件が起きてしまいましたが、実は、日本はテロ事件の先進国なのです。1980年代には、イスラム教関連の翻訳をした筑波大学の助教授が殺されていますし、松本サリン事件・地下鉄サリン事件等の一連の事件もテロなのです。911の事件でも多くの日本人が亡くなっています。
しかし、日本人はこれらのことを身近な問題と考えていないようです。2001年頃には、パレスチナ自治区のベツレヘムの生誕教会でイスラエル軍とパレスチナ人が撃ち合いをしているさなかにここへ近づいた日本人カップルがいた報道がありました。今回の事件も、”私に限っては死ぬことは無い”という根拠の無い信念のような物が有ったのではないかと思います。大変残念ですが。
問題行動をすれば、情け容赦なく射殺してしまう中国のような国にいれば、日本人ももっと行動を自制するようになると思いますが、それはそれで大変ですね。
いざと言う時には、日本人は冷たいと言うことは、私も常日頃思っています。しかし、それはどこの国でもそうでしょうが、ごく一部には親切な人もいるものだと思います。大震災の後の行動などを見るとそう思いたいですね。
Posted by 旧旧車 at 2015年02月06日 09:51
日本政府も助けたかったと心の底から思っていたと思います。また日本国民も本当に悔しくて悲しくて残念に思っている人が多いです。ただ表現の仕方が違うのです。Amazonの売れ筋ランキングご覧になりましたか?後藤さんの本がTOP10に何冊も入っています。彼の活動を知ろうとする人が増えています。こんなカタチで後藤さんの活動が世に知られるのは後藤さんも本望でないと思いますが、日本の皆が後藤さんを切り捨てたわけではないのです。今もSNSでは後藤さんをしのぶ声が多くいきかっています。「愛している」や「悲しい」を言葉にしない美しさを日本人は大切にしています。他国では通用しないかもしれませんが。
Posted by まつ at 2015年02月06日 09:51
いざという時の日本人の冷たさと一刀両断で言い切る、宋さんに驚きです。一体、宋さんは何人の日本人を知っているのでしょう。報道を日本人すべてと思っているでしょうか?もしそうであるなら恐ろしさを感じます。意図されている報道もあるのでは無いでしょうか?それと宋さんは安倍さんに批判的な様ですから安倍さんを対象にこの文章を書いているのですか?
Posted by takasugi at 2015年02月06日 09:54
そんなことはないと思います。日本にはそんなに冷たい国ではないです。それは論者の勝手にいっている意見にすぎません。半旗を掲げている人もたまたま掲げている国の一部の地域だけ報道しているだけです。それはこの事件にかぎったことではありません。局部を見て大部を見ない議論はしない方がいいと思います。
Posted by 平成鉄郎 at 2015年02月06日 09:56
同じことを感じていました。
宋さん、ありがとうございます。
そういう耳の痛い意見は大変貴重です。

我々は戦後初めて、
敵を得たのだと感じます。
Posted by 中村 at 2015年02月06日 09:57
不管是哪国人,人的心情并不是只有一个。有人一边生气一边感到很难过,有人一边觉得悲伤一边怎么想也想不通。我能了解您要说的意思,可是您说的还是一偏之见。
Posted by 田桜梅 at 2015年02月06日 10:00
こんにちは いつも楽しく拝見しております。

今回は難しいテーマでしたが、共感できる点が少なかったです。安倍総理の対応を「日本人が冷たい」との感想で締めくくられております。

だとしたらどのような対応をすればよかったのか? 宋さんだったらどう対応したのか?
これを書かずに「日本人は冷たい」と言われても短絡すぎます。
溺れている人がいたらもちろん助けなければいけません。しかしテロリストは莫大な身代金を要求しておりました。この身代金を支払えば、その金を使いもっと多くの罪の無い犠牲者が出ることは明白です。

是非、宋さんのお考えを追記いただきたいと思います。
Posted by 木村寅之助 at 2015年02月06日 10:00
この宋さんのコラムに同意。この冷徹さは正直日本の国民性というか民族性である。日本人は功利主義が根底になる。表面はおとなしいが損はしたくない・出る杭は打たれる・付和雷同をする。よって何か事件が起これば横並びに主義に走る。この辺が正解的に身えばダブルスタンダードな国民性であると言われる所以である。だが地球上における生存競争ではこの思想は効率が良い。周囲を見ながら先行する人間の成功・失敗例を学習材料として行動する。未来思考としては生き残れる民族なのかもしれないが現実社会では日本人の言動は受け入れられにくいのではないか。故に日本人は忍耐を旨とする。たまに例外な日本人も排出されるが日本の歴史からは抹殺される結果となる。第二次大戦末期リトアニアにおいてユダヤ人に命のビザを処理した杉原千畝さんの評価が恐ろしく低い事など例を挙げると尽きない。
Posted by 藤田健二 at 2015年02月06日 10:04
初めてコメント致します。
今回は大変きついご意見でした。最後に宋さんが吐露された実感が、私が自らにも感じていた自己の暗部を見事に突いていたことと、私の周囲に対しても抱いていた『冷淡さ』に通じていたからです。
細かいことはさておき、私はその起源を高度経済成長による日本人の一種の慢心に求めてきました。しかし、宋さんの仰る通り第二次大戦末期に起きたことが事実だとすれば、『日本人の冷たさ』はもっと前、もしかすると日本人のアイデンティティーの醸成過程にまで遡及して考察してみなければならないことになります。つまり、『日本人の冷たさ』とは、私が思い込んでいたように時代の影響を色濃く受けたものではなく、もっと日本人独特の行動パターンなり思想の根っこにあるものと認識した方がよさそうだな、と思った次第です。
どうやら宋さんに新たな宿題を頂いたようです。私は単なる一般人に過ぎませんし、答えが見つかるか自信は全くありませんが、人生の残りの時間で『自己及び日本人の冷たさ』の起源を探っていこうと思わされました。
これからも、鋭いコメントをお願い致します。

Posted by 加藤浩司 at 2015年02月06日 10:07
毎回、楽しく読んでいます。
ただ、今回だけは不快感を覚えます。

「日本人は冷たい」・・・では「温かい」人とはどんな人か・・・
ヨルダン人のように人質を殺されて、国王に抗議のデモをしている人達が温かいのか。
私はそう思わない。
彼ら(ヨルダン人)にあるのは怒りの感情であって温かさではない。
ヨルダンは攻撃強化を表明しているが、日本人は報復動が解決にならないことを知っているのです。
自己責任についても民主主義に則った考えであり「冷たい」と言われたくない。
日本には危険を承知で紛争地帯に行った人よりも優先して救わなければならない人達がたくさんいるのです。
未だに仮設住宅暮らしを余儀なくされている東北の被災者の方々であったり、円安・増税の影響で職を失ったり、生活苦になっている方々、身寄りもなく孤立する独居老人の方々とか。
今回人質になったお二人を救うためには身代金にせよ救出するための活動にせよ、国家でもない遠い場所で起きている問題を解決するには多額の費用がかかり、全て税金で賄われるのです。遊泳禁止の場所で溺れている人を救出するケースと比べるのは次元が違います。私もあなたも溺れている人は救出に行きますが、あなたは同胞はイスラム国に拉致された場合、救出に行きますか?
日本人は冷たいのはなく、「熱くない」のです。その熱は時にはデモ・暴動・混乱の原因となります。それでも「冷たい」と言いたいならどうぞ。
Posted by 匿名 at 2015年02月06日 10:10
毎回、楽しく読んでいます。
ただ、今回だけは不快感を覚えます。

「日本人は冷たい」・・・では「温かい」人とはどんな人か・・・
ヨルダン人のように人質を殺されて、国王に抗議のデモをしている人達が温かいのか。
私はそう思わない。
彼ら(ヨルダン人)にあるのは怒りの感情であって温かさではない。
ヨルダンは攻撃強化を表明しているが、日本人は報復動が解決にならないことを知っているのです。
自己責任についても民主主義に則った考えであり「冷たい」と言われたくない。
日本には危険を承知で紛争地帯に行った人よりも優先して救わなければならない人達がたくさんいるのです。
未だに仮設住宅暮らしを余儀なくされている東北の被災者の方々であったり、円安・増税の影響で職を失ったり、生活苦になっている方々、身寄りもなく孤立する独居老人の方々とか。
今回人質になったお二人を救うためには身代金にせよ救出するための活動にせよ、国家でもない遠い場所で起きている問題を解決するには多額の費用がかかり、全て税金で賄われるのです。遊泳禁止の場所で溺れている人を救出するケースと比べるのは次元が違います。私もあなたも溺れている人は救出に行きますが、あなたは同胞はイスラム国に拉致された場合、救出に行きますか?
日本人は冷たいのはなく、「熱くない」のです。その熱は時にはデモ・暴動・混乱の原因となります。それでも「冷たい」と言いたいならどうぞ。
Posted by 匿名 at 2015年02月06日 10:13
いつも、有難う御座います
面白く興味深い記事を読ませて頂き感謝致します

「日本人の冷たさ」についてですが、今回の出来事と過去に満州で起こった事について
私は、日本人的な判断とは言えないと考えます
最近は、気づいた人も増えて来ましたが、開国後、日本の政治・経済は、日本人的な考え方・判断で進んだ部分と、植民地支配を目的とした資本主義思想によって進んだ部分に分かれると思います
今回の事象も、経済活動の一環として日本が戦争に参加しやすい世論を作る事が目的のシナリオと私は考えます
つまり、日本人の本質による判断・言動ではなく、他のシナリオを日本の統治者に演じさせた結果と思います

政府高官・政治家の多くは、資本主義を基軸に国を進めていますが、本来日本の一般市民の多くは、自然主義や全体主義的な感性の民族と私は感じています
国の指導者や責任ある権限を持つ立場に居る多くの日本人は、資本主義の考え方に従順な人物を配置する様に長い年数をかけて作られて来ました

その結果、今回のような「日本人らしくない」選択・言動を日本の指導者が行う結果となったと、私は確信しています

日本人の心は、日本へ来た他国の方が感じた感覚が正しいと思います

長々と失礼しました
読んで頂き、有難う御座います
Posted by つちもと よしかず at 2015年02月06日 10:15
心に刃をのせている様は冷たく見えるかもしれませんね。
Posted by ばう at 2015年02月06日 10:16
ギリシャのチプラス首相は、欧州連合(EU)の緊縮財政政策を永遠に終わらせると表明し、支援プログラムの合意順守を迫る欧州諸国との対決姿勢をあらためて鮮明にました。首相は、緊縮路線に代わる新たな合意を求め、欧州首脳らと相次いで会談しました。しかしチプラス首相は議会グループへの演説で「ギリシャはもう命令には従わない。わが国にはわが国の意見がある」と主張し、欧州中央銀行などがギリシャに対し厳しい姿勢を維持していることを批判し債務削減を迫った様です。

イスラム過激派は、彼らの勝手な論理で世界あらゆるところでテロを起こしています。2014年9月11日のテロに始まり、カナダでのテロ、米国市民の殺害、フランスでのテロが起こっています。今回のISIL(イスラム国)の日本人の捕虜に対する2億ドル資金の要求、二人の日本人殺害は、悲惨な結末になりました。彼らの行動は、世界の脅威になっており、多くの難民をも生んでいます。

テロリストの後藤健二さん殺害に関する評論が色々あります。、宋さんは、「いざという時の日本人の冷たさ」と表現していますが、優しさとは、一体、何であろうか。ルールを無視し溺れた人を助けることが優しさでしょうか。それは、余りにもステレオタイプの考え方ではないでしょうか。勿論、溺れた人を見て放って置く人はいないでしょう。ただ、溺れた1人の人を助ける為に、100人の犠牲を払うのは正しい行動でしょうか、かえって危険な行動としか言えません。誰も100人の犠牲を出すことを承知で1人を助ける判断は出来ないでしょう。そうすることは馬鹿げています。

寧ろ、この様な問題が起こらぬように、前もって我々が「遊泳禁止」の看板を多く立てるとか、見回りをすると行動をかの行動をしておくことが必要であり、それが「優しさ」だったのではないでしょうか。この問題は、今となっては、今後、同じような問題が起こらぬよう、徹底的にISILを潰すか、危ないところへの渡航を止めさせるしか方法は有りません。

また、ギリシャの問題は、財政破綻を助けるべく、事前に欧州連合がギリシャの緊縮財政を迫り財政改善を前提に融資を行い危機を救いました。ところが、緊縮財政での国民の不満を盾に選挙戦で勝ったチプラス首相は、民意の名のもとにギリシャの債務を帳消しにするよう欧州連合に迫っています。欧州連合に取り、この要求を受け入れることは、自国民の血税を溝に捨てることを意味します。ギリシャ問題は、人命とは直接関係ないかも知れませんが、介在する問題は同じです。どこまで許容するか、出来るかの問題ではないでしょうか。

優しさとは、人や物事に対してどこまで許容するのか、出来るのかと言うことではないでしょうか。我々の住む社会には、ルールがあり、その中で「自由」、「人権」、「民主主義」を尊重しながら、「優しさ」を守り実現して行くことが大切なのではないでしょうか。


Posted by kata_nazbr at 2015年02月06日 10:17
残念ながらご指摘の通りです。本来は良いものを沢山もっていた日本、それらをすべて捨ててきた結果です。戦後の中途半端にアメリカナイズされた社会性、教育、今のうちに対策をしていかないといけませんね。(パブリックでのマナー、モラルは最低です)
本当の意味での独立国になって欲しいです、
わが日本。
Posted by ぶ〜すかぶ〜 at 2015年02月06日 10:20
宗さん、最近大分変わって来ましたね。私の回りの人は、この事件を皆、悲しがっていました。朝からメールで、残念なニュースだと、多くの人が言っていました。日本人は冷たいとの乱暴な一括り、宗さん、大分変って来ましたね。日本に住んでいたら、このような発言はされないと思います。住む場所が変わると考えが変わる、致し方ないのかも知れませんが、外からでは見えないことが沢山あると思います。外からでないと見えないとおっしゃるかも知れませんが、今回の宗さんの意見は、外からしか見ていない内容だと思います。本当に悲しがっている多くの人に失礼だと思います。
Posted by かわはぎ at 2015年02月06日 10:27
確かに、総論的に日本人が冷たいという意見は、報道や市民の行動を見る限り、認めざるを得ません。
また、私の中にも自己責任の感覚はあります。
しかし、同時にそれだけで片付けたいとも思ってません。
人が入ってないパウダースノーでスキーが滑りたいという自己の願望に加え、この行為によって、知を得、更に世間に示せるという大儀に対し、率直に行動して下さった方を自己責任で片付けたくありません。
今回の犠牲になった方々意志を引き継ぎ、自分の世界で大儀に対し、もう半歩だけ出よう、そんな気持ちです。
Posted by sunapan at 2015年02月06日 10:28
今回の邦人惨殺を見て、多くの日本人が衝撃を受けた事と思います。
コラージュ騒動の一件も、その影響力の功罪を検証する必要があります。
日本人の冷酷非情の面が炙りだされた、という指摘もわかります。
私見ですが「自分が抱えきれない事態」が目の前で起きた時、「人」はどう
対処しようとするのか?という命題が、今回の事象の核心だと思います。
精神の平衡を保とうとする、つまり「助けられない自分」「無力な自分」への
自己批判、その重みに耐えられない状況で、自己防衛として「結果責任」を
対象に架し、無力で薄情な自分を曖昧にして自我を保とうとするのではないでしょうか。。
まだまだ日本人や日本政府、私自身も「現実の重さ」を認識しきれてないと思います。
それは、紛争地域で起きた「拉致」の危険がある事が明らかな、日本から遠く離れた
「異境の地」で「特殊な」立場の人が惨殺されたという事がクローズアップされて
そこで思考停止になっていると感じるからです。
明日、あるいは今日、生活圏でいきなりテロ爆弾が炸裂して数千人が死傷する地獄が
目の前に現れたならあるいは、銃撃戦が目の前で起き、テロリストに無辜な市民が殺されたら…。
否応無く、「テロリストの狂気」に問題意識が傾注する事でしょう。
国会での「スピーチ表現」への質疑応答で日本国総理大臣の回答を見れば、
日本本土が、都市圏が、鉄道が、船舶が、病院が、学校が、企業が「テロの標的」と
なっている現実を実感として、その危機を認識できてない事がわかります。
「他人ごと」という意識で有る現状において、「日本人の冷酷非情」という指摘は
合点がいきます。その裏腹で直截的な接点を持たない「社会」「人」に対する「関心の薄さ」
が当たり前になっている現代日本の生活状態も、浮き彫りにしていると思います。
Posted by 積小為大成財 at 2015年02月06日 10:37
大きく反論します。

日本人は冷たいか。とんでもない。
今回の件において、すべての日本人が「自分にもっと何かできたんじゃないか」と苦悩しています。彼らを止めることはできなかったのか。彼らを行かせずに済ませる世界を作れなかったのはなぜか。
そして、分をわきまえています。
遺族がどれだけ悲しんでいるか。
今はそっと支えよう、騒ぎ立てないであげようという配慮がすべてです。

そして、日本人は優しいか。とんでもない。
日本人は「身内」に対してとても厳しい。
それは日本人としてのプライドを自らに、そして他に求めるからです。
我々が身内を守るために全力を尽くすことは当たり前のことです。大前提です。わざわざ言葉に表す必要さえありません。そして彼らの犠牲を悲しみむ気持ちも当然のように深く存在します。それも大前提でわざわざ表に出す必要はありません。当たり前のことですから。
そして、テロリストと彼らを作り出した背景に関係する者への憤りも激しく存在します。わざわざそれらを口に出す必要はありません。「日本人にとっては当たり前のこと」ですから。これらすべての一番深い感情はすべて大前提なのです。

その上で、彼らの行為がどれだけ同じ身内を危険に晒したか。どれだけ身内を悲しませることになるのか。どれだけ身内に迷惑をかけることになったのか。

バカ息子ほど愛しい。愛しいながらも、泣きながらも厳しく突き放します。
同じ行為に走る身内を作りたくない。だからこそ、厳しく彼らの行為を批判します。
きわめて冷静を装って、冷たい発言もします。

しかし「口じゃああいっても実際は」が日本人なのです。わかりませんか?
Posted by CloudPOC at 2015年02月06日 10:51
冷たいといわれるとカチンとくる。
冷たいのではなくて、自分たちに何もできない無力感を深く感じて、何もいえないという気持ちが強い。また、反動として、自己責任と非難をする人もいよう。ふつうの人は、感情を表に出す人は少ないので、外から見ている人には、冷たく見えて、理解されないのだ。心の中では、皆、哀悼の意を捧げていると理解していただきたい。
Posted by mihara yasuo at 2015年02月06日 10:51
お話、拝見しました。
まず日本人は集団の規律を破ったもの」に厳しいと思います。
個人主義でなく集団主義というような国民性だからでしょうか。

もし彼らが会社、もしくは何らかの団体からの要請で行ったならこんな反応は無かったでしょう。

あくまで「行くな、という規律を破り好き勝手に自分の都合で行った」
多くがそいういう捉え方なので「自分勝手な行動で集団に迷惑をかけて」となるのでつめたい反応なのではないでしょうか。
Posted by SAGA at 2015年02月06日 10:53
申し訳ないですが、もう少し勉強して頂いてから情報は発信された方が良いと思います。

日本の戦後テロは今回で初めてではありません。
前任の恥ずべき対応が有り、全世界からその対応を非難された経緯とその後の世界情勢の対応に賛同したからこその今回の対応になったのだと普通の方々は理解しています。

また上記にも繋がりますが、人名優先でテロリスト達の要求をそのまま了承した国、断固拒否して対応した国が現在どういう立場におかれていますか?

国家とは、その場の対応はもちろん大事ですが、長い目で見た対応についても当たり前ながら非常に重要です。

そこまで存じ上げた上で、今回の論説に至ったならば本当に残念としか言いようがありません。

Posted by 団長 at 2015年02月06日 10:55
宋さん、こんにちは。いつも拝読しています。初めてメッセージを差し上げます。
今回の事件には大変な衝撃を受けました。殺害された人質の方々と後に残された彼らの家族の無念を想い、胸中で泣いています。
宋さんは、ジャーナリストの方の過去のブログをご覧になられましたか?彼は自社サイトに、東日本大震災の取材経験を書き遺しており、その文章には被災者への優しい気遣いが感じられます。被災者のひとりとして、彼の想いが本物なのか、字面だけなのかすぐに分かります。
日本人は、原発事故後、福島の避難民へも「自己責任」という言葉を浴びせた人々です。おっしゃる通り、この伝統は満州から脈々と受け継がれていると思います。
Posted by Goto at 2015年02月06日 10:55
宋さん、他人の意見を読んでコメントを出すのは今回が初めてです。
@新疆地区の被圧迫人種の漢民族への反抗はテロではありません。正当な要求です。
A今回の2人の件は、彼らを救出するにはベストを尽くしたと思います。中国人だったらどうするのでしょうか?また、彼らの死後、半旗を掲げないからといって、国民が冷たいというのは、飛躍があります。もともと、日本人には(私だけかもしれませんが)、死んでしまえば仕方がない。という諦めが早いのです。それは多分、国土に自然災害が多くって長い間に、生死を諦観する気性が植え付けられたんだと思います。それを国民が冷たいというのは、あなたの偏見です。追悼の集会がないと断言もできません。あなたは全国を調べたのでしょうか?以上。
Posted by 杉浦力夫 at 2015年02月06日 10:57
あれは悲劇だね。私なんか1週間二人(後藤さんと湯川さん)と同じ気持ちになってご飯も喉を通らなかったし、仕事も手に付かなかった。周りの人も一様に気を揉んでいると言っていた。助けられるなら皆駆け寄って助けただろうと思う。だが見守ることしか出来なかったというのが現実だった。自己責任で見捨てたのではないと思う。しかし、気になったことが1つある湯川さんが殺害されたときの反応と後藤さんが殺害されたときの反応がかなり違っていた。これは残念なことだ。命の重さは平等で善人も悪人も区別なく弔ってきたのが日本人だ、それは仏教で言う慈悲深き心で、日本人の優しさの根底にあるものだ、現代日本においてそれが薄らいできているように感じた。この悲劇の原因は安倍首相の行動であることを皆知っている、それをせめないのがもう一つの日本人の優しさだ。
Posted by morita at 2015年02月06日 10:59
今回の国内で湧き上がった自己責任論の理由は以下の2点です。
 1.湯川氏の『興味本位の軍事(殺人)ツアー』。
 2.後藤氏の『日本の善意』・『ジャーナリズム』への慢心・安売り。

特に、湯川氏の行為は、後付の理由を糊塗していますが、
秋葉原の加藤某による『無差別殺傷』と同じ『犯罪』です。

これらの意味においての『自己責任』論です。
自己責任論者は、明確に『反テロ・平和維持』の立場です。

逆に、湯川・後藤の擁護論者は、単なる反安倍政権か、
無思考な感情的同情論であり、その結果は『テロの助長』です。

インターネット時代、情報は瞬く間に検索可能です。
様々な情報を取捨選択したうえでの自己責任論です。

また、一部の『自決論』を説明を試みさせて頂きます。

 軽挙妄動の果て、テロビジネスの片棒となる、無様。
 その様を、誰よりも、彼らと共有した時、沸き起こる、
 日本人的な『感情の吐露』ではないかと思います。

その無様をこれ以上さらすなという、武士の情け。憐れみの情です。

このような極論にいたったのは、思えば、
テロリストのメディア戦略『オレンジの囚人服』に、
日本のメディアは、まんまと、引っかかっていたと言う事です。

 「あの映像を共有するな。彼らのゲームに加わるな。
  仕事をしている時のケンジの画像を共有しよう」
  ttp://mainichi.jp/select/news/20150202k0000m040067000c.html
  英国のジャーナリスト、ジェームズ・ロングマン氏

後日談ですが、外務省は後藤氏については
3回渡航自粛の説得をしていたそうです。

その意味で、政府・外務省の、国民を守るという使命についての、
国民の自己責任論・テロ助長論の両者をこえた、一段高い次元で
プロフェッショナル意識に、強く、敬意を持ちました。

『いざという時の日本人の冷たさ』はあまりに一面的です。
普段の、洋の東西を越えた深い洞察を楽しんでいた者としては、残念です。
再考を期待します。
Posted by 読者 at 2015年02月06日 10:59
毎回、楽しく読んでいます。
ただ、今回だけは不快感を覚えます。

「日本人は冷たい」・・・では「温かい」人とはどんな人か・・・

ヨルダン人のように人質を殺されて、国王に抗議のデモをしている人達が温かいのか。
私はそう思わない。
彼ら(ヨルダン人)にあるのは怒りの感情であって温かさではない。
ヨルダンは攻撃強化を表明しているが、日本人は報復動が解決にならないことを知っているのです。

自己責任についても民主主義に則った考えであり「冷たい」と言われたくない。
日本には危険を承知で紛争地帯に行った人よりも優先して救わなければならない人達がたくさんいるのです。
未だに仮設住宅暮らしを余儀なくされている東北の被災者の方々であったり、円安・増税の影響で職を失い生活苦になっている方々、身寄りもなく孤立する独居老人の方々とか。

今回人質になったお二人を救うためには身代金にせよ救出するための活動にせよ、国家でもない遠い場所で起きている問題を解決するには多額の費用がかかり、全て税金で賄われるのです。
遊泳禁止の場所で溺れている人を救出するケースと比べるのは次元が違います。私もあなたも溺れている人は救出に行きますが、あなたは同胞がISILに拉致された時、自ら救出のために現地に行きますか?

日本人は冷たいのはなく、「熱くない」のです。その熱は時にはデモ・暴動・混乱の原因となります。

それでも「冷たい」と言いたいならどうぞ。
Posted by 匿名 at 2015年02月06日 11:00
いつも宋さんの論長論短を興味を持って拝読させていただいています。今回の「日本人の冷たさ」についてですが、確かに私の心の中には、「自分で勝手に出掛けたのだから・・・」という思いは全くなかったかと問われれば、そうではなかったという答えになります。しかし、その思いよりも、何とか助かってほしいという思いの方が強く、私の周りの人々も「自分勝手に行ったのだから、しょうがない」ということを言った人は皆無でした。宗さんがどういう人々から話しを聞かれたのかは知りませんが、私は多くの日本人は「何とか助かってほしい」という思いの方が強かったものと考えます。また、日本では各家庭で半旗を掲げる習慣はほとんどありません。
そのことよりも心配なのは、今回の事件によって「日本も海外での救出活動に直接参加できるよう軍隊を派遣できるようにすべきだ」という短絡的な考えが広まることです。イスラム国のようなテロ集団から人質を救助することは、いくら軍隊を派遣しても可能になるとは思いません。人類の敵のようなテロ組織は何とかする必要はありますが、武力で壊滅させることなどとても難しいことです。むしろ、時間と労力はかかりますが、このようなテロ組織を生み出す貧困・飢餓・差別・人権侵害などへの対応を国際的な活動によって地道に行っていくしかないものと考えます。
Posted by 橋本周月 at 2015年02月06日 11:01
宋様、こんにちは

いつも楽しく拝読しております。
毎回学ぶべき点が多く感謝しておりますが、今回のご意見には私は反対の意見を持っております。

先ず、「自己責任論」については私も声の多さに驚きはしましたが、果たして全ての日本人がそのように思っているでしょうか?
「決められたことは守る」気質が強い日本人は、ルールを侵した人には冷たいところもあるかもしれませんが、その理由(今回は渡航理由)を知れば多くの人は考えは変わることも知っています。
遊泳禁止のたとえ話がございましたが、こちらは国や人種・宗教の違いに関わらずだれでも助けに入るでしょう。

次に日本政府(安倍さん)の対応ですが、当然ながら開示できないし、すべきでない部分も多いかと思いますが、これまで築いてきた中東のネットワークを総動員して対応されたと私は信じています。
その根拠は安倍さんの内閣官房長官時からの一貫した朝鮮拉致対応を見てもあきらかです。
この点では宋さんにではございませんが、心底残念に思うのは、「中東への訪問・発言が誘発したのでは?」声高に問う議員です。もとから期待していない方々ですが、国民のために直ちに国会議員を辞めていただきたいと願います。
(脱線してしまいました)

最後に、やはり今回一番無念だったのは後藤さんご本人でしょう。
平和ボケの私たち日本人には少数派の世界の実情をご存知の方ですから、とうぜん最悪の事態予測も覚悟もあったと思います。ジャーナリストとして自分の最後に自分の意思で発言したいという強い想いをあの厳しい表情から感じましたし、聞きたかったです。
おわり

次回メルマガも楽しみにしております
Posted by 田中和安 at 2015年02月06日 11:04
同じことを感じておりました。私は遊泳禁止でサーフィンしてます。
誰だろうが何としてでも助けに行きます。助けた経験もあります。報道を見る限りパフォマンスや机上論にしか見えません。
なぜ、政府が行った行為をオープンにしないのか?何故、このような結果になったのか?単純に反省し対策を講じるべき。一般人サラリーマンは同じ思いをしている。
Posted by 陸奥太郎 at 2015年02月06日 11:09
日本人はなぜ「自己責任論」にはまるのか? 仕掛けられた政治の“罠” http://lite-ra.com/2015/02/post-843.html … @litera_web こちらもご覧ください。事が起こるとなぜ「自己責任論」が、多くの人にさけばれるのか?
「私が感じたのはいざという時の日本人の冷たさでした。日本の著名政治家と日本軍が満州に開拓民を見捨てて先に逃げた事実を思い出さざるを得ませんでした。」私はつながっていると感じた一人ですが
Posted by kusadango@ae.auone-net.jp at 2015年02月06日 11:13
優しくないという表現は違和感を感じました。「薄情」なのだと思います。

「優しくする」とは相手のことを大切に思い、相手にとって本当に良いと思われる行為だと思います。「情をかける」と正反対の行為だと思っています。
Posted by 大久保 at 2015年02月06日 11:18
いつも色々と考えながら、拝読させて頂いております。
宗教、人種、政治の話は意見を持っていながらも、対立を招く要素だと考えあまり意見をしない主義ですが、今回のテーマに関しては宗さんのとは違う異見があり、記させて頂きます。

暴力は、否定しますし、望んでいません。
ですが、戦争もなくならないと考えます。
人類が存在する限り、少なからず排他主義、自己愛があり、諍いはなくなりません。
異なる見解が受け入れられない場合、力で対応して屈服させる。
いつも仰る両極からの観点があり、片方には正義でも、片方には非道な暴力です。
双方のそしりから暴力に繋がるのは歴史の事実です。

今回の日本的な対応(曖昧、決めない、消極性)は、間違っていないと思います。少なくとも二次被害の危険性が高い異なるイデオロギーへの衝突回避、拡大(既に衝突しているのであれば、若干の先延ばし)には寄与していると思います。
Posted by Miura at 2015年02月06日 11:22
背景をまったく考慮しない短慮なメルマガ非常に不愉快ですね。

安部総理が喧嘩を売ったから殺害されたとは、何も見えていないにも程があります。
大変偏った考え方の方々が口にする論法そのまんまですね。読むに値しません。

テロリストには近場の対テロ国家に人道支援を続行しつつテロには屈しない姿勢で十分です。

そもそも、遠くのテロ組織より、近くに国という単位で面倒事をぶつけてくるのが居るので、そっちを優先してくれないと困ります国民としては。
Posted by 片倉 at 2015年02月06日 11:22
 宋さんも「大陸的」な熱血をお持ちなのだなあ、と改めて知りました。
 今回の「事件」について、被害者のご遺族の方々、そしてメディアの報道の両方について、感情の「抑制」があり、発言が「冷静」であることには、納得ができます。
 はじめから挑発的な相手に対して、こちらが感情的になることは、『負け』です。
 震災の対応でも、原発事故でもそうですが、冷静さを欠くことは自分たちをさらなる危険に巻き込むことになります。
 「怒り」は、爆発させるための感情ではありません。それは、自分の中に沈着させて、蓄積させるもの、そういう意識が日本の歴史の中で養われて来たのだと思います。
 それを「冷たい」と感じられるのは、大陸の方の見方だと思います。日本が攻撃的だったのは、16世紀とか20世紀に突発的な事象として出現しました。蒙古に襲来されたから朝鮮を攻撃する、欧米の軍艦に脅されたから中国に出兵する、というのは、相手を直接攻められないための代償行為で、それは申し訳ないのですが、過去に日本に渡来された方々(つまり我々の先祖)は、ほとんどが政治的な敗者でした。敗者が生き残る術は、被害や屈辱を内面化して、冷静に対処することです。
 今回もまったく同じ化学作用が起きています。我々は被害者を見捨てることはできませんが、それに対して怒ることもしません。ただ、内面化して、それがいつか何かのかたちで(良いかたちであることを望みますが)表出するのだと思います。
 冷たいのではなく、感情が内に向かう、という日本人らしさを宋さんは見ているのだと思います。
 勝って大陸に残られた宋さんの先祖と、負けて島に渡った我々の先祖の差なのではないか、と自分は思っています。
Posted by 鈴木 at 2015年02月06日 11:23
いつも熱心に拝見させていただいてます。

そう、自己責任なのです。大人になれば、すべての行動、その行動により発生したリスクは、すべて自己責任と思います。そうした観念があるから、日本人の民度は高いと言われるのでしょうし、逆に慎重で行動力に乏しいと言われるのではないでしょうか?

今回のテロに関しても、自己責任ですよね?
間違いなく自己責任です。ただ、テロは良くない、人が死んだら悲しいから、みな救出を願ってました。日本人は、遊泳禁止のところで泳いでいる人を、自己責任だと認識したうえで、助けに行きますよ。

宋さんは他国と比べて、日本人が劣っていると言っていると読み取りましたが、他国の国民は、このような場合、どのような反応をするのでしょうか?宋さんが対比した国々の反応を教えてもらえるとありがたいです。
Posted by かんざわ at 2015年02月06日 11:24
前略 有難うございました。

このような視点があるとは思いませんでしたので、とても新鮮でした。

よーく考えてみたいと思います。・・・「優しさ」とは・・・何なのかを!

また、長ーい歴史観の中で、このような感想を抱く方が居ることも!

日本人の持つ「優しさ」とは、本当にそんなにも脆く儚い優しさでしか
ないのか?と

それとも、「名誉を重んじて腹を切る」事を、「名誉を重んじて、喩え主人
と戦い殺した武将であっても、家に匿う」事を、よしとする考え方と同じ
様に、その心の奥底は、非常に分かり難い複雑なものなのか?と

かく言う筆者は、こう思っておりました。
⇒ 後藤さんは、ISに殺されるのではなく、自ら腹を切って欲しい!と
その際、全世界に向かって、「このような空しい戦いがなくなることを願う!」との人生最後のコメントを言い残して!

直ぐには答えを出せませんが、直感的には、貴殿が述べているほど単純なものではない! のではないか?と思っております。
Posted by たなか いずみ at 2015年02月06日 11:27
宗さんこんにちは。

今回の件は非常に衝撃的でした。


私も、今回の自己責任論はあまりにも
無責任だと思います。

宋さんのおっしゃっている事、批判している事

それらを真摯に受け止め、検証して行かなければならなならないと思っています。

それができなければ、日本は国際的な争いに巻き込まれ
尊い命を奪い、うばわれてしまうかもしれません。



日本のマスコミも完全に萎縮しているか
あらぬ方向に行っています。
そして大多数の情報難民。



宗さん、
いくら首相が颯爽としていても、
悲しいかな、日本は属国なんです。
外圧に弱い。
けれども最後の歯止めをかけてくれたのが
憲法です。

今まではそれでなんとか生き抜いてきました。

日本人はそれを自覚すべきだと思います。

今や完全に無力感に打ちのめされています。

Posted by マッタニスト at 2015年02月06日 11:35
宋さんが出会った、見た日本人でもって
日本人を表現するのは
やや不適切ではないでしょうか。

日本人は○○と言うためには
偏りなく、代表的な日本人と触れ合う必要があると思います。(現実的には無理ですね)

私は、日本人を優しいとも冷たいとも思いません。
正確には、そう言い切れないだけの話ですが。
Posted by うっし at 2015年02月06日 11:52
国民の「自己責任」の嵐の中で、多くの時間とチャンスを無駄にし、二人の人質が見殺しにされた
と言われますが、多くの日本人は(少なくとも私の家族を含む周囲の人たちは)二人の日本人、その家族の痛みを我が事の様に共有し、心情的に負担して来ました。
更に我が国の政府が多くの時間とチャンスを無駄にした、とありますが、報道で見る限り政府は
多くの制約の中で全力で救出の為の努力を惜しまなかったと評価しています。
多くの時間とチャンスを無駄にした、とはどういう事態を以ってそう言われるのでしょうか?
Posted by ニール at 2015年02月06日 12:00
先日、モスクワへ観光地に出かけたとき検問所で日本人は顔パス状態で入場できたのに、隣で長蛇の列をなしていた中国人観光客はひとり1人のチェックが厳しく時間がかかっていました。理由を警備員から聞くと、「中国人はカメラ撮影が駄目だと書いている場所でも平気で撮影する。大きな声で話し、手を触れてはいけない場所にも平気で触る。ルールを無視する国民が多いから厳重に確認する。」と教えてくれました。

宋さんが言われている日本人が、全員そのような国民でないことは宋さんが良く解っていることだと思います。

ただ、日本を批判する前に、まずは自国(中国)のことを冷静に見て、世界常識から外れた行動をとっているのはどちらなのか述べるべきではないでしょうか。
そうでなければ、自分のことは棚に上げ、他人を批判する恥ずかしい大人と大差ありません。
同じことを中国で言えますか?言論の自由のない中国では不可能だと推察します。

中国政府から目をつけられる怖さは解りますが、宋さんは森を見て木を見ることができる方だと思っています。宋さんの一ファンとしては今回の書き込みは残念でなりません。
Posted by 医療従事者 at 2015年02月06日 12:00
「冷たい」というより「冷めている」のであると思います。
「熱く」行動しても、「冷やな目線」をあびるだけで、結局なにも変わらない、と諦めています。

日本人にある意味、普通のことなので、宋さんの指摘は痛いですね。
日本人は個人よりも全体および組織の調和と利益というか「空気を読むこと」を重んじます。
その為には理不尽な犠牲者も「残念だけど、やむなし」とします。

1990年代に流行った「リストラ」と同じです。能力は高いのに所属した部署が悪くて会社を退職を余儀なくされた方が多数いるのを見て、組織に自分の人生を委ねる虚しさを痛烈に感じたのを覚えております。

特攻隊を送り出したのも、同じ文化かもしれません。
「ここがヘンだよ〜」で指摘されているのと根っこは一緒かもしれませんね。

せめて、自分の周りだけでも温かい職場と作りたいと思っております。
Posted by Yoh Maruta at 2015年02月06日 12:15
文化大革命という史上最大規模のテロの被害者としての発言に、テロへの強い反感を感じました。また、かつて交友のあった安部首相の空虚な発言への批判にも共感を覚えました。
 しかし、二人の死に対する日本人の冷淡さへの批判には、違和感を感じました。
 たしかに、テレビでの政府よりのコメンテーターの自己責任論には腹立ちを感じます。政府としてなすべき最善の手段を講ぜずに、最悪の結果をもたらした政府へは腹立ちを覚えます。
 しかし、二人は死を覚悟して出かけたのだと思います。その二人のために国民全体が過重な責任を負い、テロリストに屈するべきではないと思います。
 ジャーナリストには、その本来の使命があります。命を懸けても伝えるべきことがあります。その間には今回のようなリスクもあります。日本人として誇りにしていい行為です。
 そうした人を救えなかった、極端にいえば見殺しにしてしまったことは残念ですが、しかしできることは限られています。
 テロリストに無制限の譲歩はできません。
 自己責任論で二人を批判する人も右翼系の人の中にはいるでしょうが、大部分の日本人は悲しみを感じています。
 中国では、日本人の冷淡さが批判されているそうですが、日本には様々な意見や考えがあります。
 今回の事件へのマスコミ報道の一部分を見て、即、日本人の冷淡さを指摘するのは、少し皮相的な見方なのではないでしょうか。
  
 
Posted by 金田 at 2015年02月06日 12:16
そんなに多くの人が「自己責任」だ、冷たいとは思いません、一部にそんな人がいても当前かなと思います。
それより阿部首相の外交に仕方に腹が立ちます。
Posted by カゾー at 2015年02月06日 12:26
初めて書き込みます。日頃から宋さんのファンです。
私も宋さんの意見に同感です。今回の人質事件は単に亡くなられた2人の個人の全くの個人的行動なのか、疑問が残ります。特に後藤さんが単独で湯川さんを救出に出向いたとはとても思えません。そんな生易しい話ではないことを、後藤さん自身が最も知っていたのではないでしょうか。国民には知らされていないことがあるのだと思います。
私の周囲の人々も、危険地域に進んで行った人に税金を使ってほしくないとか、後藤さんは助けてほしいけど湯川さんはどうでもいいとか、同胞がテロによって命の危険にさらされていることに対する感受性が私とかなり違う発言をすることに愕然とし、暗い気持ちで過ごしています。
宋さんが遊泳禁止区域で泳いでいる人の救助という例を使っていますが、私は違和感はありません。物事の本質を簡単な例に例えてお話されているのであって、おっしゃりたいことは、どんな状況であれ、人の命は大切だから、助けようとするのが人道的に当たり前だということではないでしょうか。
お二人を助ける方法は本当になかったのでしょうか?昨年の11月からの2か月間、政府は本気で交渉したのでしょうか? 「テロには屈しない」「テロは許さない」という空疎な言葉だけを発し、本気で邦人の命を助ける方策を探さなかったように見える政府の言い分をそのまま受け入れているような国民であれば、冷たいと言われても仕方ないと思います。
Posted by gaga at 2015年02月06日 12:28
以前、家族のために書くと書いていらっしゃいましたが、書いていることが本心ならば何も言いませんが、権力者への配慮で書いているならーーもちろん日本の権力者は怖くないと思いますーー家族を日本に呼び寄せ帰化すべきではありませんか。
Posted by 田中保敏 at 2015年02月06日 12:32
宋さん
ご無沙汰しています。
確かになるほどです。

但し、戦前の大日本帝国政府が、満州国に開拓民を置き去りにしたことは、今回の数千倍も酷いことです。
今回の2人は、危険を承知で出かけたことですから。湯川さんはともかく、後藤さんはプロのジャーナリストですから。
気の毒な結果ですが。
日本政府が何故誘拐されていることを国民に隠していたのかは、不明ですが、おかしなことの一つですね…!
Posted by 沼田一博 at 2015年02月06日 12:35
日揮の十名が殺害されたの、あれ

三菱重工のトップが細工してたんでね。今回も

三菱重工は踊ってると思いますよ。
Posted by 佐藤薫 at 2015年02月06日 12:40
大変難しいことですが、私は、私の子供たちに「大きくなったら日本を出なさい」と言ってあります。昭和30年代日本はとても温かかったと懐古しています。今の、そう、小泉内閣辺りから、日本がおかしく感じられるようになりました。今の日本は何かおかしい。人々の心がトゲトゲとササクレているように感じるからです。
Posted by 昭和の遺物 at 2015年02月06日 12:44
いつも楽しく拝見させていただいております。
違った視点からの意見、参考になります。
残念ながら宋さんとは意見が異なります。私も自己責任だからしょうがない派になります。今回日本政府は二者択一を迫られました。身代金を支払うか否かです。身代金を支払っていたら国際社会からテロに屈したと非難されていたでしょう。また、帰国した人質の方もマスコミから自己責任を追及されて非難されていたでしょう。今回政府は身代金を払いませんでした。テロに屈しませんでしたが、対応に問題があった、殺害の引き金を引いた、冷たい等と非難されます。一番悪いのはテロリストだというのに対応する側に問題があったような言い方をされています。結局今回の事件は誰がどんな対応をしてもマスコミや野党からの非難は避けられなかったと思います。そのようなことを考えると外務省が退避勧告を出している国に出かけていくのは自己責任ではないかと考えざるを得ないのです。人質にならなければ事件そのものはおこらなかったのですから誰からも批判されることはないでしょう。
Posted by しらとり at 2015年02月06日 12:53
全体的同感です。最後の日本軍に関する二行はここに書くべきではなかったと思います。どこの国も政治家は同じく冷たいです。冷酷な人じゃないと政治家になれないと思います。

優しい方が急に冷たく感じることはどんな時かな?を考えさる内容でした。        今年の流行語大賞に「IAM KENJI」が選ばれるのでしょうか? 

コメントを書いているのは大半日本の方と思いますが、外国の方が見た感想はどうなるのか?
Posted by lily at 2015年02月06日 12:55
初めてコメントさせていただきます。
私としては、なぜ「自己責任」で片付けてはいけないのかがわかりません。
死ぬまでの経緯が、海外のテロ組織に捕まり、人質となり殺されたという注目すべき事柄であったというだけで、「死」という結果はとても普遍的なことです。
「優しさ」を彼らに向けるのであれば、それは他の事故や病気で亡くなった方々にも同じように向けられるべきではないでしょうか?
一見冷たく見えるかもしれませんが、誰に対しても平等なスタンスを取っているということなのだと思います。
Posted by ハシモト at 2015年02月06日 13:01
あくまで私個人の意見です。

行ってはいけないというルールを、どんな理由があるにせよ破ったことが許せないし同情できません。
ルールは破るためにある、と考える外国人の方には理解し難いかもしれませんが…
Posted by 通りすがり at 2015年02月06日 13:16
 自己責任は大前提ですが、遊泳禁止のところで泳いでいた人がいたとして、溺れてるのを見て何もしないという日本人は居ないと思いますので、今回の宗さんのご意見には同意できません。 
 では、今回の人質惨殺事件においては、即身代金を払ったり、人質交換を要求された囚人を監禁している他国に対して経済制裁やその他の手段で圧力をかけ(日本はできないがミサイルでも打ち込んで)囚人を解放させるべきだったのですか? テロを増長させるような行為をしろとおっしゃるのですか?
 日本が平和ボケしているというのは、ある程度は認めなければならない事実ですが、自国民を守るために防衛を強化しようとすると非難の狼煙をあげるのは一体誰ですか?
 自己責任は大事です。後藤さんもイスラム国に入る前にそう言った主旨のビデオを残されていますよね。 でも、だから死んでしまえとは私は思わなかった。 
Posted by Best Field at 2015年02月06日 13:25
宋さんのメルマガ面白いので毎回拝見してます。時々思うのですが、特に日本対中国の構図で論を進めるときにバイアスがかかることが多いんじゃないでしょうか(笑)
今回もそうですが、遊泳禁止の例はひどいでしょ。確かに仰ることはその通りだけど、今回の事例で言えば、遊泳禁止エリアに入るなと再三止めたにも関わらず、その手を振り切って入っていった子供を河童が捕まえて、200億円払わないとこの子供をおぼれさせるぞ、と言っているわけで、宋さん御自身も含め、一体何人の中国人の皆さんが、中国人を例に引くのが宜しくないと言うなら、一体何人のアメリカ人やフランス人が200億払えというのでしょうか?ってことだと思うんだけど?
Posted by toorisugari at 2015年02月06日 13:32
初めてコメントします。
いつも『なるほど』『う〜ん』と思いながら読ませて貰っていましたが、今回は不愉快極まりない内容でした。
残念であると共に腹ただしい。

Posted by 小林 at 2015年02月06日 13:34
日本人も戦っていました。
身の代金を出せばよかったのか?
武装蜂起で、より大きな剣で平らげればよかったのか?
どれもが、正解であり、間違いです。
そして、自己責任という言葉が、あまりにも軽々しく使われだしているのは確か。
使う側にどの程度の重さで使っているのか、これは人それぞれです。
半旗や哀悼を言にする、以外のやりかたもある。
後藤氏が命を賭して、成したかったことは何なのか。
この事に真摯に、非暴力、非報復の精神で応えようとしている人がいることも忘れないで欲しいです。
Posted by Michie at 2015年02月06日 13:34
二人の日本人を護るために、一億人を危険にさらすことができるわけはありません。
ましてや国内にいながらにして朝鮮人に拉致された拉致被害者と違い、今回は危険を分かりながらも自らの使命を果たすべく渡航した二人ですので、同一視はできません。
テロには屈さない。国際社会と共存を図る国家として当然の判断をしたまでであり、「日本人が冷たい」といったご意見は、一部の赤いメディアが国家転覆を図ることと同じであり、あまりに偏ったものの見方です。

同調しているのも支那人や朝鮮人ばかりではないでしょうか。
Posted by 国士次郎 at 2015年02月06日 14:05
今までは政治家、メディア、偏った思想、またはそのあり方に対しての批判だったのが、ついに”日本人”という括りに批判の矛先を向けたのですね。非常に残念です。
以前あった反日暴動を持って中国人全体を十把一絡げに語るのと同じくらい乱暴なことだと思います。
Posted by たかあき at 2015年02月06日 14:12
優しい、冷たいの問題ではなく、度量の問題だと思っています。
志をもって動いている人間に対して、国として個人としてどう考えるかという問題だととらえています。

「自己責任」という言葉で片付ける議論を聞くたびに、ずいぶんとしみったれたことを言っているなと感じます。

そういった危険な場所に赴くことについての議論はすべきだと思いますが、こういった状況に国がどう対応するべきかの議論は本来わけてすべきものだと思います。

ちなみに安倍政権がどのような対応をしたか、現時点では私には分からないので政権批判ではありません。
Posted by 酒井 at 2015年02月06日 14:16
今回の件で的を得た発言をされているのは、デヴィ夫人だと思います。
湯川さんは軍需で儲けようとして、後藤さんはその湯川さんを助けようとして、敢えて自殺行為ともいえる行動を「自己責任」で行ったわけです。
しかも外務省の制止も聞かずにです。
後藤さんがジャーナリストとして、潜入取材しているならまだしも、私利私欲で戦場へ行った人間を助ける意味がどれほどあるかもわかりませんし、後藤さんも「自己責任」と言っているのなら、デヴィ夫人の言うように自決すべきです。
身勝手な行動に国家が振り回される必要は無く、毅然とした対応が必要だと思います。
日本国民だから何をやっても保護されるのでしょうか?
Posted by 齊藤 大蔵 at 2015年02月06日 14:28
なぜ手のひらをかえしたようにつめたくなるかというと、
日本人はやさしさが引き出せる相手だとみるや
その限界まであまったれてみせる手管のうますぐる技師@わざし
が多すぎるせいなのではないでしょうか。
Posted by 佐藤薫 at 2015年02月06日 14:29
たとえば先日、山スキーで遭難したかたが数名おられましたよね。ああいうのも

危険とスリルがたまんないのはわかるけれども
遭難したらば当局、公機関の御厄介になるわけじゃあないすか。それでも

禁止区域で滑りたい。でもなにかあったとき、そのときは甘えたいというぬるすぎる志でそういうことに
とりくむ個人がこころなしか多いような気はするのです。
Posted by 佐藤薫 at 2015年02月06日 14:40
今回の結末の捉え方について、日本人としてどう考えるべきなのか、また日本政府の対応についてどうあるべきだったのか、宋文洲さんのご意見を聞かせてください。
私は自己責任論に賛成ですが、君子危うきに近寄らず的な国民が全てでなく、後藤さんのような日本人がいたことはとても誇りに思います。政府の選択肢としても、この結果で精一杯ではなかったかと思います。
ですから、宋文洲さんには、具体的な意見を述べていただいて、もっと深く考えたいと思います。
このままでは言いっ放しではないでしょうか。
Posted by 雪洲 at 2015年02月06日 14:43
宋さんのメルマガ拝読して、思うところを述べさせていただきます。
日本では多くの場合、個人の権利や信念、思想信条といったものよりも、社会的公的な責任の方が重視されます。
周りに迷惑をかけない・騒がせないというルールの遵守をまず求められるのです。
そして、社会の調和を乱す者は批判され、制裁が加えられます。
時には、周囲と違う意見を言ったり変わった容姿をしたという理由だけで。
それが日本の社会に未だに存在する論理なのです。
湯川さんや後藤さんに対する批判は、日本人の冷たさの表れではありません。
「自分が好きで日本を出ていったんだから、外国で何かあっても自分で尻を拭け」という理屈なのです。
私は日本人が皆このような意見を持っているとは思えません。
ただ、自己責任論が声高に叫ばれてると、他の意見が言いにくいだけではないでしょうか。
Posted by 大石 at 2015年02月06日 15:08
下世話な話ですが後藤さんは若いころ風俗店経営の履歴があるとの報道を眼にしました。

いっぽう、「ムスリムのひとも青春したいんですよ、でもそのはけ口がない。」とも発言しているのも見ました。

結構うらはらがきわどい項目ですよね。私的に風俗店はだいきらいでして、金で肉体を鬻ぐという存在の女子に興味が持てません。

山口組はそういう、市場のまだ成立してない場所にくいこむことを至上命題にしているようで@
たとえば中国もそうです 、こうなると

ざっくりとした方針を立てるのはやめにして、個々の事案別に是非を問うということにはなるかと思います。
Posted by 佐藤薫 at 2015年02月06日 15:13
今回の宋さんの意見で感じたのは、「宗さんまたやっている」です。
出演されているテレビ番組でも時々同じことを感じますが、「ワザとピンボケさせて論じている?」。

宋さんの歯に衣着せぬ物言いは、「日本人」には結構受けるのですが、やはり、今回の様なテーマだとやりにくいのでしょうね。

「テロ」に関して万民の意見は同じです。

しかし、今回の結果責任を日本の首相に有りとする論には無理があると思います。

「麻薬」に対して厳しい国で、死刑を求刑された邦人のケースはどうなのか?と思ったりします。

後藤さんの最後の取材ビデオで、彼は「自己責任」と語っていました。

覚悟のメッセージに思えました。

この言葉の重みを、一国のリーダーも、一庶民も真剣に考える機会にしたいと思います。

Posted by 伝三郎 at 2015年02月06日 15:31
後藤さん、湯川さんのご冥福をお祈りいたします。後藤さんが死の直前、静かに目を閉じられた表情には胸が苦しくなり、強い憤りを覚えました。

それでも、今回の事件は「自己責任」以外のなにものでもないと思います。
なぜ、わざわざ8000キロ以上も離れた渡航自粛が呼びかけられているような危ない戦地に行く動機があるのでしょうか?

「虐げられている子供たちに焦点を当てたい。」
「紛争地での弱者を救いたい。」

耳に心地よい響きをもつ志、人々の共感をよぶ説得力ある動機です。

でも本当にそれだけなんでしょうか?
功名心、世間の注目を浴びたいといった私心はなかったでしょうか?(天と本人にしかわかりませんが)

私心がないのであれば、そんな遠いところまで出向かなくてもいいのではないですか。
日本には、人知れず虐げられ、恵まれない弱者たちがたくさん存在しています。一番身近な理不尽を取材せず、誰も行かない危険な海外を取材したほうが話題性があり記事も売れるからかもしれません。

本当の優しさとは、人に注目されたり評価されることを全く意識しない無償の愛の行為というものです。本当の優しさを知る真の日本人は決して冷たくはないのです。
Posted by 森満隆文 at 2015年02月06日 15:49
いつも楽しみに拝読しております。

今回初めてコメントさせていただきます。

私は「日本人の冷たさ」という表現にはやはり同意できません。

遊泳禁止の例を挙げられていましたが、例えば遊泳禁止の場所で溺れている人を見かけたとしても、自分は泳げないので溺れている人の場所までたどり着けない、大声で叫んでも周りに誰もいない、手頃な道具もないような状況で手をこまねいて何もしていない(出来ない)人を「何もしない冷たい人」と非難されるのでしょうか?

何かしらの訓練や心構えのある人ならば、そのような状況でも何かしら手の打ちようがあるのかもしれませんが、全くそのような溺れている人に対してどうすれば良いか、ということを考えてきていない人は本当に何もできません。
その結果、諦めて何もしません。

今の日本は正にそのような人が多く、結果的に何もしていないのではないでしょうか。

過去のコメント数と比較しても今回のコメントは尋常ではないくらい爆発しています。

それだけみんなが関心を寄せて考えられている結果なのかと思います。


「日本人は冷たい」ではなく、「今までそのような状況に直面したことが無いために何もできなかった結果」と捉え、今後日本国民、政府がどのようになっていくかを見守っていただけたらと思います。
Posted by まる at 2015年02月06日 16:18
日本人は冷たい。
そう感じたひとにとっては、とても。

注意するのは、心配したから。
心配されても行動してしまう彼。
助けようとしないのでなく、
出来ることに限りがあるのです。
それを先に知らせたはず。

彼と同じ目に合わせないため
'自己責任だ'というのは
厳しいけど、正しい。
わたしはそう想いました。

けっして彼への侮辱ではない。

どう生き、どう死ぬか。
彼の周囲は覚悟と愛を持っている。
Posted by 原口智衣 at 2015年02月06日 16:39
今回のメルマガは極めて不愉快です。日本人の優しさを全然わかってないです。
このような言い方は好きではないですが、やっぱり中国人なのだと思いました。
もう、宋さんメルマガは中止にします。
Posted by 井出政司 at 2015年02月06日 17:33
お二人のご冥福をお祈りします。米英の人が殺され他の外国人も拉致されて本人にも
3度の渡航禁止を勧めたにかかわらず入国しました。捕えられ日本政府だけでなく,ヨルダン国民内でも国王デモが起こり,一歩間違えればヨルダン政府に不安もただよりました。
どれだけ迷惑かけたかしれません。
中国国内をみるとウイグル民族の浄化が今も続いています。中国国民は人権のデモさえしていません。如何に冷たいか論外と思いますが。
Posted by アジアに平和を at 2015年02月06日 17:36
いつも楽しく拝見させて頂いていますが、今回の内容だけは、がっかりしました。
Posted by yamada at 2015年02月06日 17:42
もう、宋さんのマルマガを中止しましたが、今回の件「伝三郎 」さんのコメントに賛同いたします。
このようなことが言いたかったのです。
Posted by 井出政司 at 2015年02月06日 17:52
 蟻や蜂は、個体が集団の利益になる行動を取るように遺伝子がプログラミンされている生物です。外敵や洪水に対して、本能的に集団として種を守る行動を取ります。長い進化の歴史の中でそのような行動をとる遺伝情報を持つようになりました。
 ヒトが集団としての種を保存するためにどのような行動があるでしょうか。食物の生産性の向上による個体の増えすぎや、災害による食物不足で飢饉が起こる場合などに、集団の維持ができない状況に置かれた時に、外に拡がることのできない島国日本では、「間引き」とか「おじろく、おばさ」など、家族の一員を犠牲にして残されたものが生きる方法によって先祖代々からうけついだ集団を維持してきました。何十世代をそのようにして生きてきた日本人には、そのような集団のために身内を犠牲にすることに耐える遺伝子が残ってきたのだと思います。
 陸つながりの大陸では、集団としての種の保存の危機に際しては、横に拡大して他集団を攻撃し侵略することによって、集団としての種の保存をおこなってきました。そこではより攻撃的な遺伝子を持つ個体がで生き残り受けつがれます。
 そのような意味で、確かに日本人は種の保存のために身内が犠牲になることに対する耐性が強い遺伝子を持っていると思います。自身もそのような遺伝子を持っていると、今回の事件でも感じてしまいました。
 これから数百年間平和な時代が続けば、日本人の遺伝子分布も変わると思いますが、場合によっては攻撃的な遺伝子が増えるかもしれませんね。
Posted by 水野正治 at 2015年02月06日 18:13
偶然か韓国の朝鮮日報ににも似たような記事がありました。
【コラム】悲劇に冷静な日本、ぞっとするほど恐ろしい
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/02/06/2015020601355.html

我々日本人は今回の件(2人の死)は「仕方ない」と捉えているように思います。敢えて例えるなら、自分の判断で戦に敗れ軍艦と伴に沈んでいく艦長のようなものだと思います。相手がテロリストだとしても、そこには相手への恨みや復讐心はわきません。決して冷たい訳でなく、憎悪の連鎖になって欲しくないと願っています。
Posted by K. TAKAGI at 2015年02月06日 18:27
宋さんの「いざという時の日本人の冷たさ」のご指摘 有難うございました。
亡くなった湯川さんや後藤さんのことも 私はいずれ忘れるでしょうが こんな事態にならないように少しだけ立ち止まって 考えてみます。自分でも期待は出来ませんが。
聞く耳はいつまでも 健康でありたいです。
Posted by 森和司 at 2015年02月06日 18:51
日本人が冷たい、加えて世界一人種差別が酷いというのは仰る通りです。長年日本に住むとそう感じる外国人の方は非常に多いと聞きます。おそらく宋さんも外国人同士で同じ感想を持つ人を沢山知っているから敢えて書いたのでしょう。問題提起として一石を投じてくれた事に日本人として感謝します。海外に出ないと日本の良さ、悪さは分かりにくいです。今回出した例はちょっとズレているかな…とも私は思いますが何となく言いたい事はわかります。
何故そのような言葉を宋さんが発したのか、答えは出ないかも知れませんが第三者の立場で考えるべきでしょう。
Posted by 文洲ファン at 2015年02月06日 18:51
初めてコメントさせていただきます。
いつもは関心して拝読しておりますが、今回は何がおっしゃりたいのかさっぱり理解できません。
何故日本人が冷たいのですか?反旗を掲げることや追悼集会を開くこと。はたまたお隣の国のように政府を非難したり、地べたに這いつくばって泣き叫ぶこと。が温かいのですか?
それこそ偽善ではないかと感じます。
「結局、総理大臣が「テロに屈しません」とポーズを取っているうちに、そして国民の「自己責任」の嵐の中で、多くの時間とチャンスを無駄にし、二人の人質が見殺しにされたのです。」とのことですが多くの時間とチャンスなんて本当にあったのですか?あったとしてそのチャンスに何をしていたら正解だったのですか?二人は安倍総理に本当に見殺しにされたのですか?
私は安倍総理も政府も官僚も、少ない時間と少ないチャンスの中で日本としてできる最大限のことをしたと思っています。
だから、心の底から耐え難い事件でしたが、うろたえません。一喜一憂しません。
それを冷たいとおっしゃるのであればどうぞ。

ぜひ、これだけ多くのコメントが寄せられているのですから近々にコメントに対する宋様のご意見をたまわりたいと思っております。
Posted by 中野 勇 at 2015年02月06日 19:18
いざという時の日本人の冷たさは、酷いですね。

最低ですね!

いざという時の中国人の優しさは、すばらしいですね。

最高ですね!

中国人の宋さんは、最高ですね。すばらしい
ですね。

日本人の私は最低ですね!

中国人万歳!!

でも、宋さんを褒め称え、自分自身の
日本人を軽蔑するバカな日本人が
多すぎですね。

宋さんのブログは、バーカな日本人
ホイホイですね。
Posted by 中国人万歳! at 2015年02月06日 19:25
日本人は人に迷惑をおかけするのは大変失礼と感じます。まして今回は他国にまでご迷惑をおかけしました。
自己責任は当然です。

http://the-liberty.com/article.php?item_id=9160
Posted by アジアに平和を at 2015年02月06日 19:42
今回安倍総理がエジプトでの17日の声明文(外務省も共犯者)は正に虎の尾を踏んでしまったのです。何故最初から「人道的支援の為に協力する」と言えなかったのか?5日国連本部で外務省報道官川村泰久氏はあくまで「非軍事」であると答えた。日本は外国に対する軍事能力が無いにも拘わらず挑発的な発言をする安倍総理は日本よりアメリカをみているとしか言い様がない。
Posted by 川瀬毅 at 2015年02月06日 21:09
宋さんの主張や比喩には、素直に感心させられるものが多いのですが、今回ばかりは賛同できません。今回の事件では自分の非力さに歯ぎしりの思いをしましたが、私の周りにも同じ思いだったと言っている人がたくさんいます。宋さんは、多く日本人の冷たさを知ったと言われていますが、私も私の周りの人も宋さんにお会いしていませんが、それでも宋さんが言われる多くの冷たい日本人に含まれるのでしょうか?日本人人質救出のためにどんな対応をしたのか説明せず責任回避の答弁に終始する政府や、まるで大本営発表放送のような批判精神の欠けた放送に終始する大マスコミや、何もできないのにしたり顔で評論する専門家達や、毒を吐き続けるネトウヨ達を私は支持しませんし、マスコミを利用して何かを表明する彼らが多くの日本人の代表とも思っていませんが、宋さんは彼らをして日本人の多くとしているのでしょうか?それとも宋さんには、日本人の多く傾向を見分ける別の尺度をお持ちなのでしょうか?東日本大震災の時、押し寄せる津波を前にわが身の危険も顧みず一人でも助けようと、必死に避難放送を続けて犠牲になった被災地の役場の若い女性がいました。駅で線路に落ちた人を助けようと飛び降りて、事故に巻き込まれ命を落とした人がいました。海や川でおぼれている人や火災の被害者を助けようとして、自らの命を落とした人も数多くいます。もちろん良い人ばかりではありませんが。今回の事件に対して、一握りの人間以外の日本人は何かをできる立場にはいませんでしたが、それは非難されなければならないことなのでしょうか?宋さんが自分のお国の人達を愛して誇りに思うと同じ気持ちを、私も日本と日本人に抱いています。どこに向かっているのか、しっかり見ていく必要はあると思いますが。
Posted by 道産子 at 2015年02月06日 22:13
自己責任がはびこる社会が、正しい社会だとどうしても思えません。
自己責任は弱者が損をし、強者が得をすると思います。
「困ったときはお互い様。」
という美徳が損なわれてしまったのは、
自分に寄せて考える能力の劣化なのでしょうか、
それとも感情の劣化なのでしょうか。
我々の同胞が殺害され、さらに国民の敵が出来た今、
僕らは日本人という今まで団結を許されなかった集団の行く末を真剣に考えねばならないと思います。

宋さん。
いつも宋さんの意見には日本に対する愛を感じます。
本当にありがとうございます。

Posted by 中村 at 2015年02月06日 22:19
宗さんの率直な物言いは日本人に対するエールとして受け止めたいと思います。

声の大きな一部の自己責任論者が確かにいるようですが後藤さんが殺害された日、圧倒的に多くの日本人は理不尽な現実を前に暗い気持ちになり、どうすればこの悲劇を防げたのだろうかと考えたと思います。

また、自己責任論は諸外国から見た場合、非常に奇異に感じられると言われますが、宗さんが言うように遊泳禁止で溺れたのだから助けないなどと言うことではけっしてないのです。

日本人も色々と反省する点があることはもちろんですが日本人はそんなに冷たいですか?
私はそうは思いません。
Posted by seisyo at 2015年02月06日 22:27
例え命を天秤にかけた話だろうと、それが自分にとって迷惑な話だと思ったら正直に迷惑だと言いますよ
そこに冷たさとか関係ないんじゃないですかね
よっぽどわざわざ呼んでおいて排斥しだすどこかの移民国家や調整弁とはっきり断ってるシンガポールあたりの政策を支持する国民のほうがよほど他人に冷たいと思いますよ
Posted by ななし at 2015年02月06日 22:35
確かに冷たいと思うことはある。
困り果てて、「では、どうすれば良いのですか?誰に助けを求めればよいのですか?」と懇願すると、
「うちは、それを答える担当ではないから」と冷たく突き放される。
更に中国人とは違い、日本人は証拠の隠滅を周到に行う。
でも、外国なら暖かいかどうかは知らない。
毎日毎日、そういった世界に住んでいて、
なぜ、人質報道がされたときだけ、
大災害があったときだけ、
「同胞として助けようではないか?」
などと言われても違和感がある。
中国の文化大革命や朝鮮戦争での金日成支援、坑儒などの歴史を聞くと、
異文化異民族でもキリスト教世界にすがりたくなる気持ちも分からないでもない。
Posted by あ at 2015年02月06日 23:37
今回も「うーん、そういうところもあるだろうな」と唸りながら拝見しました。

宋さんはご存知ではないかも知れませんが、30年ほど前に電車内で暴力を振るわれた人が死亡するという事件がありました。
その時、暴力が振るわれた場所付近には何人もの乗客が乗り合わせていたのですが、誰ひとり被害者を助ける人はおらず、当時は大きな問題になりました。
そして、類似する事件は昨今も時折起きています。

結局、宋さんがご指摘なさったことと、この車内暴力に対する無関心というのは同根だと思うのです。
「自分に火の粉が掛からなければそれでいい」
こんなメンタリティが根本にあるように思えます(勿論、全ての日本人がそういうわけではないでしょうが)。
事件が明らかになった直後、ある小説家が、
「スポーツなどで国際的に活躍すると、『同じ日本人』として思いっきり共感するのに、紛争地帯で拘束されたりすると、いきなり『自己責任』と言って突き放してしまう冷たさは何なのか」
と発言しましたが、これもなるほどと思いました。

首脳の言動にもそうしたものが反映されているように思えます。
後藤さん殺害を受けて、オバマ大統領は、『後藤さんについては、「報道を通じて、勇気を持ってシリアの人々が置かれた苦境を外部の世界に伝えようと勇敢に取り組んだ」と称賛(朝日新聞2月2日)』しました。
言葉だけかも知れないですが、ともかくそこまで踏み込んだ発言をしたわけですが、安倍首相は、後藤さんの行動についてなんの論評もせず、彼の母親にも会いませんでした。

言動ひとつとっても、これだけの違いがあるのです。

湯川遥菜さんについては、既に一部で、所謂タカ派と言われる有名人達との密接な関係が取り沙汰されていますが、事件後、その人達は素知らぬ振りをしているようです。
これも見方によっては結構薄情でしょう。

こういうのを見ると、宋さんが「いざという時の日本人の冷たさ」と表現するのも理解できます。
Posted by 砂押 英文 at 2015年02月07日 00:27
「日本人は冷たい」のではなく「自己責任」としか表現できないのではないでしょうか?
日本は最適な対応をさえたと思います。
200億円払ったら、次にも日本人が格好の標的になりますし、報復戦争を仕掛けますか?交渉(対応)の内容はわかりませんが、これ以外の対応が何が考えられますか?今回のことが予測(事前に情報を得ていた様子)なので、日本人全体を考えて最良の対策(友好国への協力要請、現実にヨルダンは最大の協力をししてくれた「と思います)首相自ら中東訪問したのではないでしょうか?
冷たいのではなく国民全部を考えたら逆にやさしかったのではないか?との私見です。
その結果が最悪の事態を招いてしまったので、どう纏めたら良いか、「自己責任」は苦肉の表現のように思います。
Posted by とん at 2015年02月07日 01:00
「日本人は冷たい」のではなく「自己責任」としか表現できないのではないでしょうか?
日本は最適な対応をさえたと思います。
200億円払ったら、次にも日本人が格好の標的になりますし、報復戦争を仕掛けますか?
交渉(対応)の内容はわかりませんが、これ以外の対応が何が考えられますか?
事前に情報を得ていた様子なので、日本人全体を考えて最良の対策(友好国への協力要請)首相自ら中東訪問したのではないでしょうか?
冷たいのではなく国民全部を考えたら逆にやさしかったのではないか?との私見です。
その結果が最悪の事態を招いてしまったので、どう纏めたら良いか、「自己責任」は苦肉の表現のように思います。
Posted by とん at 2015年02月07日 01:04
ここへのコメントを見て、いろいろな意見があるのだな、と改めて認識しました。
ということで、私の見方ははずれているかもしれませんが、思うところを記載させていただきます。
少なくとも後藤さんは覚悟の上で行ったと思いますし、そのような後藤さんに対して、「後藤さんは自分のことで国家に迷惑をかけたくない」と思っているだろうからむやみに騒ぎ立てるべきではない、と日本人は考えているのではないか、と思っていました。
事実、ISILが流した「I'm Kenji Goto」で始まる安倍総理への非難のコメントは(声紋判定によると)後藤さんの声ではありませんでした(覚悟のある人は命乞いなんてしませんし、自分の境遇について他人を非難したりしません)。
声高に「後藤さんを救え」と活動しない日本人を見て、宋さんは「日本人は冷たい」と考えていたのでしょうが、多くの人が「無事に帰ってきてほしい」と祈っていたのではないでしょうか。
ただ、私が最も嫌悪したのは安倍総理のスタンドプレーです。通常も実施しているあらかじめ予定されていた中東へのODAについて、わざわざ「ISILと戦っている国のために」という修飾語をつける必要がどこにあったのでしょうか?
まさにこの不用意な発言により、後藤さんと湯川さんの単なる誘拐事件(ISILの誘拐ビジネス)は国家的な色彩を帯びてしまい、身代金も跳ね上がったのではないでしょうか。あげくの果てに、「絶対に許さない」とか「報復」とかいう、これまた自己陶酔の安倍総理の軽はずみな発言が世界の人々からの誤解を呼び、ISILの日本国民全体への敵意も誘発したのです。
少なくとも、ISILの人は日本は敵だと明確に認識したはずです(これまで意識していなかった人も)。
自分たちの敵に味方し、報復する、と言っている人をどうして中立だと思えるでしょうか。
はっきりいって安倍総理の罪は重いです。弾劾されてしかるべきだと思います。あのような「かっこつけ」の「言葉の重さがわからない」ような方は即刻総理を辞していただきたいと思います。
別にテロがよいと言っているわけではありません。ただ、テロを育む土壌をなくさないとテロはなくなりません。そのようなときに、自分をカッコよく見せるために軽々しく発言するような総理は百害あって一利なしと思います。
ちなみに宋さんは「軽いノリで異なる宗教を堅く信じる人々に口喧嘩を売ると人質が殺害され国民全体が攻撃対象にされてしまうことを、今回、安倍総理は分かったでしょう。」とおっしゃっていますが、安倍総理はわかっていないと思います。だから「報復」などという言葉を今回も「軽いノリで」使っているのです。困ったものです・・。切に「わかってほしい」と思います。
Posted by 中村秀文 at 2015年02月07日 03:46
「冷たくない対応」とは具体的に何だったのでしょうか。

@政府は言うとおりに身代金を払い、二人を 取り戻す。
A救出のための実行部隊を派遣する。
B全国民が半期を掲げ、二人の死を悼む。
C「イスラム国」に対し、報復行動に出る。

などだったのでしょうか。

現実は、
@応じなかった
A送り込まなかった。(ただし、ヨルダン政 府、トルコ政府などに、救出の要請をした かもしれない)
Bマスコミも含め、大きな動きにはならなか ったが、処々では追悼された。
C「人道支援の継続」宣言にとどまった。

@は全く正しかったし、Aは不明。(外交機密)BCは宋さんには、冷たいと評価されるかも知れないが、おおむね冷静で妥当な動きだったのでは。(小生個人的には、日本人として、もっと悲しみと怒りを強く表明しても良かったかと思いますが。)

中国政府だったら、これらにどう対応したでしょうか。

一点、本文中で「中国で起きたテロを日本の右翼マスコミは宗教や独立の動きとして報道した」とありますが、正直、報道の自由や取材の自由が制限されていては、テロなのか、
正当な抗議行動なのか判断できないように思えます。(官製発表が、反政府抗議行動をすべて「テロ」と決めつけ、取締りを正当化している疑い)
Posted by yakutiji at 2015年02月07日 03:52
私も宋さんの言う通りだと思います。安部首相の発言は、単にアピールするだけの発言だと思います。本当に人質を助けたいと思うなら不用意な発言は、控えるべきであった思います。
Posted by buuchan at 2015年02月07日 07:06
ところで、「天安門事件」は、時の中国政府が行ったテロ事件なのだろうか?
Posted by 沼田一博 at 2015年02月07日 09:21
はじめまして、エベールです。お邪魔します。
確かに湯川さん、後藤さんに関して「自己責任」で切り捨てる意見が多いですね。
ISの前身組織にイラクで拉致され殺害された香田さんの時も似たようだったと記憶しております。ネット上に限らず、テレビ局の街頭インタビューでも少なからぬ人々がそれに近いことを言っていたかと。
私も他者に冷淡な人間ですが、少なくともそこまでの「自己責任」論で切り捨てる風潮には前回(香田さんの際)も今回もウンザリしました。
彼らの過ちは彼らが帰ってから非難し、説教すべきです。法的措置もありでしょう。

ただし、人命がかかっているにも関わらず、冷淡を通り越して罵詈雑言の数々を浴びせること。それには他者に冷淡で自己中な私も憤りを感じるほどでした。全く同感です。
二人もISの人質となっていたと把握していたにも関わらず、彼らを無視して、カイロでIS壊滅支援演説をし、更にはエルサレムで親イスラエルぶりを披露しまくった(親イスラエルそれ自体は私は問題とは思いませんが時期の問題があります)安倍総理の失態も明らか。

ですが、湯川さん、後藤さん殺害自体はISの狡猾さと残虐さ以外に他なりません。文字数の問題で変な終わり方ですが。
Posted by エベール at 2015年02月07日 09:34
日本人も中国人もアジア人も欧米人も人間の本質は変わらない。倫理・道徳の考え方の違いは民族によるものではなく、発展・進化のステージ違いによるものだと感じます。20年前、小生が日本に来たとき、受けた衝撃は未だに深く残っています。「日本こそ社会主義、いや共産主義で、中国は資本主義の初期段階にある」と。中国の歴史教育によると、「共産主義は最も理想的な社会」「資本主義初期段階は羊が人間を食う社会」。しかし、20年後の日本、今の日本は共産主義から資本主義に退化しつつある。オマケに、右翼・似非愛国者が日本で跳梁跋扈し、日本の国際イメージを貶し、日本人の生命財産を戦争の危険までに晒している。しかも、この右翼、似非愛国者は日本国人の自由な選挙に誕生したことに、日本人を羨望の的にしている中国人の小生としてはとても残念無念に思う。今回、安倍の軽卒な行動は2人日本人殺害のきっかけとなった。二人の日本人は自業自得とも言われた。しかし、今回は始まりに過ぎず、安倍右翼政権がこのまま長く続けば、日本の被害は拡大していくかもしれないと感じるのは小生だけだろうか。
Posted by Preston.Lee at 2015年02月07日 10:28
横田めぐみさんは1977年、わずか13歳の時に、日本国内で北朝鮮の工作員により拉致監禁され、北朝鮮に連れ去られた事が明確になった後も日本政府および日本国民は何ら有効な手だてが講じられず、その生存の安否すら判っていません。
これほどひどいテロが存在するでしょうか?
安倍総理は総理になる前から問題解決にあたってきているはずですが、何ら有効な手立ては講じられていません。
テロは断じて許さない、その責任を取らすと力みかえってみても無駄であることは当の本人が一番判っている事でしょう。
今回、このような発言をしたことは軽率に極みです。この人の底の浅さや政治家として失格以外の何物でもない証明だと思います。たとえ彼の思いどうりに、自衛隊が救出に向かっても犠牲者が増えるだけしょう。そのことと日本人の優しさや冷たさとは無関係です。日本政府に手立ては無いのです。そのことが判っているのに自己責任をとると言って、のこのこ自ら出かけてつかっまった人をどうしろというのですか?
ご両親やご家族の悲しみには心から哀悼の意を表しますが、本人の無責任は非難されるべきで賞賛されるべきものではありません。
このような非道な組織を生みだしたのは親ブッシュの自制を軽視して、イラクのフセイン政権を倒した子ブッシュの狂気の結果です。その子ブッシュを後押しした小泉政権も同罪です。
日本人が反省すべきは当時のイラク政策の誤りを認め、当該地域の人道支援を強化し、日本の戦後不戦の誓いの精神を安全を確保しつつも当該地域に広めることです。
Posted by 都田隆 at 2015年02月07日 11:37
湯川さん、後藤さんには助かっていただきたかったです。だけれどもテロには屈しない、ISの要求を受け入れないということにも同意していた日本人が多かったのではないでしょうか。
そこに同意するということは彼らを見捨てたということであり、一度見捨てた自分たちがどんなに悲しもうと追悼をしようとどこかで自分たちの嘘や白々しさにとまどうことになります。冷たいと思われるかもしれないですが気持ちは複雑です。
Posted by 山田英昭 at 2015年02月07日 12:07
これだけ多様なコメントがあるのだから、「日本人」と一括りにすることが間違いであることが証明されましたね。
ツイッターで「テロを利用して安倍首相を非難するのは極めて悪質」と指摘されたら、その方をブロックしたそうですね。自分が反論できない相手はシカトする。そのようなことを平気でやる方は、他人の行動を簡単に非難しない方がいいですよ。まして一国の国民全てを一括りにする方法で。
Posted by 吉田ねえさん at 2015年02月07日 12:29
これだけ多様なコメントがあるのだから、「日本人」と一括りにすることが間違いであることが証明されましたね。
ツイッターで「テロを利用して安倍首相を非難するのは極めて悪質」と指摘されたら、その方をブロックしたそうですね。自分が反論できない相手はシカトする。そのようなことを平気でやる方は、他人の行動を簡単に非難しない方がいいですよ。まして一国の国民全てを一括りにする方法で。
Posted by 吉田ねえさん at 2015年02月07日 12:29
宋文洲さんの“メルマガ”に大きな反響(否定的な)があると本人がツイートしていた。どんな反響なのか気になり、その反響コメントを見た。今回は、「いざと言う時の日本人の冷たさ」というタイトルの“メルマガ”だった。フォロワー達のコメントは、「不愉快だ」、「残念だ」、「同意できない」等々が多い。また「日本人を一括りにするな」というものや、「例(戦前日本軍の中国棄民や海で溺れている人の放置等)が不適切だ」というものもあった。「一方でどうすればいいというのか」「中国が確りできているのか」とか言い寄るものもある。中には「日本政府は確り対応した」というものまであった。意味不明のコメントも少なくない。多くのコメントは、「人質が解放される事を日本国民の多くは願っていた。だから日本人は冷たくはない」、「テロには屈しない事(身代金を出さない)が重要だ」という事のようだ。そしてほんの少数意見を除いてだが、「自己責任論」は正しいという意見なのである。
一々書いても居られないが、不愉快・残念等のコメントについては、そう思わない日本人もいるのだから“多様な意見のひとつ”として見ればいいだけで、「不同意」表明だけで十分なような感じがするなぁ。それ以上を宗さんに求めるのは何故なのか。宗さんに改宗しろとでも言いたいのか。それとも「日本人はそうではない、解ってくだい病(同調強制)」故なのか。結局「日本人を悪く言うなど気に入らん」といようなことなのだろう。なら、“メルマガ”など読まなければいいだけの話ではないのか。「日本人を一括りにするな」、それはその通りだが、どうにもそのままの“言い”として受け取れないというか、論理のすり替えがあるような感じである。一括りにできるところもあれば出来ないところもある。先ずそんなところではないのだろうか。山本七平だったかは、日本人は「空気に支配される」を言ったとか。言い得て妙である。戦前軍隊の中心にいた幹部達さえ、戦争責任を問われた時、「空気に抗えなかった」と言ったというではないか。今いまの空気感は、「多くの日本人が人質の解放を願っていたのであり当然日本人は冷たくはない」ので失敬だ。「テロに屈しないで有志連合に参加し戦おう」なのであろう。一人一人のコメントがそう言っているのではない事は承知しているが、煎じ詰めれば「このような事がないように、冷静ながら熱い気持ちをもってテロとは毅然と戦おう」というにつきるような事になる。そしてこのような事がないようにするためには、「自己責任」というものを日本人の一人一人が深く考えなければならない、そんな事なのだろうと思われる。夏目漱石によれば、「西洋の開化は内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。ここに内発的と云うのは内から自然に出て発展すると云う意味で丁度花が開くようにおのずから蕾が破れて花弁が外に向うのを云い、又外発的とは外からおっかぶさった他の力でやむを得ず」開花させられた事を云うのだとかである。日本の“国家”のでき方が違っていると言っている。欧米と日本の人々が考える“国”に対する観念が違うようなのである。“国が決めた事には従う”と“自分たちが決めた事を守ろう”では大きく違う。結局多くのコメントは、「“国”が言う通りにしなかったことが悪いのだから自業自得だ」と言いたいのであろう。それが「自己責任論」の正体のような事に思う。宗さんの比喩が適切であるかどうかではなく、なにか本質的に見方が違っている事を、やはり多くの日本人はまだまだ理解していないような気もするなぁ。だからだが、「中国はどうだとか」はこの際殆ど関係ない。それに「政府が頑張ったかどうか」は「特定秘密法案」によって永遠に葬り去られてしまった。どのような交渉経緯があったなど今後出てくることは殆ど期待できない。巷間漏れ伝わる事は、官房長とかが「身代金を用意しなかった」と言い、外務省が「人質解放に向けた現地本部の人員は増員されなかった」と国会で答弁し、政府筋の話として「人質がどんなグループに捕えられているのか1月中旬まで分かならなかった」という話くらいである。これでは政府が頑張ったかどうかなどとコメントする方に無理がある。従って政府が頑張ったなど言うべきではない。
残った事は、勇壮な言葉の無意味な羅列である。「テロと戦う」、「自衛隊の恒久派兵を実現する」その為に「憲法を改憲する」である。一体“テロ”で誰とどう戦うというのか、有志連合に参加して自衛隊を戦闘地域に出すのか、それでは終わりのない「泥沼」に踏み込むようにしか思えんが。実際のところ、911後、負の連鎖で“テロ”は拡大している。敵国敵陣営に空爆したところで、新たな憎しみを生むだけだった事は間違いない。それに人質奪還などアメリカ特殊部隊でもなかなか成功していないようなのである。ファクトをしっかりと見ればだが、安易な威勢の良さにほんと辟易するよ。そして、“国”を錦の御旗にし、有無を言わせず上意下達で全てを決めていく事をやり続けていては、先進国が聞いて呆れる。独裁国ともあまり変らないと思われるがなぁ。中国もまぁ一緒なのであろうが、実際のところ今の日本は“開発独裁”の国に戻った事は間違いなさそうだ。そんな“空気”が蔓延している。だから今回の事では、日本を“一括り”にしてもよかったように思った次第である…。宗さん、もちろん貴方の意見の全てが正しいとは思わないが、今回の反響で貴方は意見を変える必要はない、そう思う。
Posted by 村川 順之 at 2015年02月07日 12:48
お説、拝見しました。テロリストの定義はその主義主張ではなく、用いる手段です。という主張は理解できますが、それだけでは十分ではありません。「攻撃の対象が誰であるか?」も定義の中に必要です。

私は、宋さんが例に挙げた中国の問題をすべてテロだと決めつけるのはおかしいと思います。2014年昆明駅暴力テロ事件のようにテロとみなすべき事件もありますし、ウルムチ駅爆発事件のように要人を対象とした事件は抑圧された人の抵抗とみなすべきだと思います。

宋さんは中国共産党がチベットやウィグルで行ったことを何と定義しますか?ジュネーブ法律家国際委員会に、チベットで中国共産党が行った犯罪行為が報告されていますが、一般の中国人はそれを知っているのでしょうか?(宋さんはご存知と思います)

先に挙げた報告には身の毛もよだつような犯罪行為が記載されています。中国共産党は認めないでしょうが、認めないことで犯罪が無かったことになり、抵抗する者が一方的にテロリスト扱いされるなど、あって良いものでしょうか?

さらに、チベットで抗議の為に焼身自殺をした人についてどうお考えですか?これもISISと同じテロリストと呼ぶのですか?

テロリストは相手かまわず、直接自分に危害を与えていない相手も対象にします。目的が金銭や売名であり、対象は誰でも良いのでしょう。日本人の被害例で言えば「日本がISISと敵対する勢力に支援したから」等というのは言いがかりでしょう。拉致の方が先ですし、彼らは国籍など無関係に多くの人に危害を加えています。

それに対して、中国における事件は、危害を加えている相手に対する抵抗が相当数含まれています。無差別に見えるテロもありますが、全ての事件についてテロと決めつけるのは間違っています。

さて、日本人の冷たさについてですが、「自己責任論」という決めつけを感じます。もちろん危険な地域に行った人に責任はありますが、それをもって「助ける義務無し」とは思っていません。助けたいという思いは多くの人が持っていました。でも、有効な手段が無い。仮に「自分が現地に行って助ける」と言い出す人がいたらどうしますか?自分は止めますし、宗さんだってそうするでしょう。

政府も助けようとしたのでしょう。でも、政府にも「できる範囲」があります。政府が国民を守る約束は自動車保険や火災保険に例えたら良いでしょう。自動車保険は金額的には有限の保証ですし、火災保険は通常、地震による被害を救済しません。政府も憲法の制約の中でできることをするしかないのです。

町中に半旗が少ないことは確かでしょう。でも、それは国旗を掲げる習慣が無く、各家庭に国旗が無いからです。仮に祝日毎に各家庭で国旗を掲げるような習慣があれば、町は半旗で埋まっていたことでしょう。
Posted by みどりのくらげ at 2015年02月07日 13:21
今回の宋さんのコメントからポイントとなる言葉、読み手が”不快感”を覚えた部分は、「日本人は冷たい」という言葉ではなかったか、と思います。如何でしょう。しかし、その感情はさておき、”日本人”は同胞を見捨て”(テロに巻き込まれた人を)追悼もしない”ので”冷たい”と感じる意見は、おそらく宋さんだけではなく、世界で多いのかもしれない、と気付かされたことに先ず感謝です。(大規模ではないにせよ、追悼する動きは発生していますが。。)次に、私に”さわらぬ神にたたりなし”という傍観者的な気持ちがあったのではないだろうか、そしてそれは先の大戦を止められなかった当時の人々の心の弱さと共通していないか、とも考えてみました。兎に角いろいろ考えさせるコメントでした。貴重なご意見ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
Posted by 垣沼裕司 at 2015年02月07日 15:32
初めて書き込みをさせて頂きます。
幾つか思うことを書かせて頂きます。
・「いざという時の日本人の冷たさ」ですが、全ての日本人を十把一絡げで切り捨ててしまうのは偏った思考若しくは表現に感じます。
・では、どうすれば良かったのでしょうか?
 身代金を払えば良かったのでしょうか?
  身代金を払っても、解放されることは保障されませんし、相手の思うツボです。
   →日本は身代金を払うから、もっとやろう!
 軍事力を行使すれば良かったのでしょうか?
  日本は戦争を行うための軍事力は補保有していません。
  仮に軍事力を行使したとして、救出出来たのでしょうか?
 宋さんが何かしらの権力を持ちだとしたら、どうされましたでしょうか?
・全ての国民が「救い出そう」と意を唱えたとして、何ができるでしょうか?
 哀悼の意を表したとして、それが何になるのしょうか?

国民の総意や、一国家の判断でどうにかできる問題ではありません。
これは『戦い』(戦争)です。
全世界が一丸となって、血を流さなければならないかも知れません。
 この様になった際に、自身は最前線に加われるか?
 宋さんは、最前線に加われるか?
 ということです。
Posted by 小平 賢一 at 2015年02月07日 17:47
 確かに私達は無力でした。世界は2分されてしまうのかと不安があります。しかし昨日生前の後藤さんと仕事をされた事のあるフリーランスのジャーナリストの方の発言を聞きました。後藤さんは「憎しみは人の業〔ごう〕にあらず」という信念をもって行動していたそうです。それは聖書にあるキリストの言葉「私が貴方がたを愛したように貴方がたも互いに愛し合いなさい」に似ています。しかし業という仏教の言葉を用いたのは彼の中で2つの宗教は融合していた、いやイスラム教に対しても決して境界を作っていなかったから、あのような生き方を貫く事が出来たのではないでしょうか?今回の事件がきっかけで、世界が戦争に向かうような事にならないよう、むしろ平和を追求するより努力する事、それが犠牲になられた後藤さんと湯川さんに報いる事だと思います。過去の歴史の過ちを償う事に、今後何年いや何世紀かかるにしてもです。

Posted by 児倉祥子 at 2015年02月07日 21:05
 確かに私達は無力でした。世界は2分されてしまうのかと不安があります。しかし昨日生前の後藤さんと仕事をされた事のあるフリーランスのジャーナリストの方の発言を聞きました。後藤さんは「憎しみは人の業〔ごう〕にあらず」という信念をもって行動していたそうです。それは聖書にあるキリストの言葉「私が貴方がたを愛したように貴方がたも互いに愛し合いなさい」に似ています。しかし業という仏教の言葉を用いたのは彼の中で2つの宗教は融合していた、いやイスラム教に対しても決して境界を作っていなかったから、あのような生き方を貫く事が出来たのではないでしょうか?今回の事件がきっかけで、世界が戦争に向かうような事にならないよう、むしろ平和を追求するよう努力する事、それが犠牲になられた後藤さんと湯川さんに報いる事だと思います。過去の歴史の過ちを償う事に、今後何年いや何世紀かかるにしてもです。

Posted by 児倉祥子 at 2015年02月07日 21:10
中国人がこういう発言をする資格はありません。
Posted by 斉藤健二 at 2015年02月07日 22:53
以下の言葉、ひどいです。日本人イコール冷たい。ひどい言葉です。あきれました。いざという、東北の震災のとき、日本人は冷たかったでしょうか???宗さんはその時、何をされましたか?

以下、ひどい言葉

いざという時の日本人の冷たさでした。
Posted by かわはぎ at 2015年02月07日 23:49
確かに、冷たいかも知れません。自分も最初は自己責任と思っていました。自分が思うのは、国としての未熟さではないでしょうか。日本は、誰かが言うとそちらに流される傾向があり、流れに逆らって言いにくいと思います。また、どこかで他人任せです(誰かが助けてくれる)。本当は、日本の市民として、人質のために行動すればよかった、と後悔しています。
また、今回、イラク戦争以降のイラクの悲惨さを少し知ることができ、もっと知ろうと思っています。
Posted by 水口 at 2015年02月08日 00:18
残念ですが制止も聞かずにライオンの檻の中に飛び込んでしまった人を、とやかく言っても後の祭り。ライオンの檻は「遊泳禁止」レベルではありませんから。そもそも人間には自由に死ぬ権利もあります。自殺の行為を望み通りに決行する人を止めることはできません。今回の結果が抗議の自殺であれば、こんな騒ぎにもならなかったでしょう。ところが現実は捕まってしまったわけですが、それが特別「いざというとき」でも何でもないでしょう。そのことを戦時下の日本軍と比較するのは飛躍です。今回のおふたりを、誘拐された無垢な子供と同じようには思えません。私のこんな考え方は、やはり冷たいですか。
Posted by ssmzn at 2015年02月08日 01:14
二人が惨殺されたことは大変残念なことであり、テロ行為は許されることではありません。
しかし、安部首相が声高に語っているテロに屈しない、毅然と戦うには同調できません。
憎しみからは憎しみしか生まれないと思うからです。平和憲法を持っている日本だからこそ、できることがあるんだろうと思います。
シリアでは多くの若者がISに加わり、空爆などで命を落としているという報道がなされていました。もちろんテロは許されることではありませんが、相手の立場に立つことができたら、安部首相の言葉に安易に同調できないはずです。
宗さんが日本人の冷たさを感じると仰ったのは、安部首相に同調している日本人が多く、残念に思っているということではないかと理解しています。
私は今回二人が惨殺されたのは、安部首相の行動、発言によるところが大きいと思っています。そして政府は二人を救うために何もできていなかったと捉えています。
Posted by 山下 at 2015年02月08日 01:21
後藤さんが、若いとき風俗店を経営していたというコメントを拝見したので、再コメントを
します。週刊文集の記事だと思いますが、あれは同姓同名の別人だと、検証されています。
このように、一方からの情報を鵜呑みにして、
「自己責任」とはなにかを定義しないで、勝手に行ったのだから、と同胞を見捨てる風潮を悲しく思うものです。
「自己責任」で括って、だれが責任を回避しているのでしょう。
Posted by 谷本敏子 at 2015年02月08日 10:51
 宗さんは「日本人は冷たい」とおっしゃっていますが、日本人および日本政府がこの度行った対応以外に何をすべきであったとお考えなのでしょうか。
 私は今次の事件で政府は十分な対応をしたと考えています。
 今。テロリスト集団ISILが事を表面化させたのは、憎むべきテロリストどもが一番効果的な時期であると判断しただけのことです。
 安倍首相が中東を訪問しており、テロリストのために難民となった人々への人道支援を打ち出したので宣伝効果が上がると考え、予め捉えていた後藤氏らを持ち出してきたのでしょう。
 脅しに屈して要求に応じていれば、「日本は脅せば政策を変更させることができる国だ」と認識され、世界中で日本人に対するテロリストどもの脅威が増大していたことでしょう。
 日本のことについて言及されていますが、現在中国で進行中の、ウィグル族やチベットで国家権力によって行われている民族弾圧や殺戮、過去に生起した天安門事件などについてはどのようにお考えなのでしょうか。
 これらに対するご自身の見解を明確になさった上で、我が国政府、国民に対する批判なり賞賛なりを公開してください。それができないのならあなたのご意見など信頼できません。
 なお、我が国は、北朝鮮による国民拉致というもっと深刻なテロリズムによる被害を受け続けています。
 この事件に対する対応については如何にお考えなのでしょうか。
 貴殿の母国は北朝鮮に対して絶大な影響力を持つはずですが何か働きかけをしていただいたのでしょうか。
 
Posted by 岡本耕造 at 2015年02月08日 11:18
私も自己責任論を嫌う者です。
自己責任論のそもそもの発端は、イラクの邦人人質事件でした。
あのとき、自己責任論バッシングが国内で巻き起こり、主に欧米のメディアからそれは奇異の感情を持って批判的に報道されました。
私は欧米にはキリスト教があり、日本は無宗教だからかもしれない、と感じていました。
でも中国人のあなたがそのような感想を抱くということは、キリスト教は関係ないのかもしれませんね。

そもそも自己責任があるのは当たり前です。
問題は「自己責任だけど助ける」か、「自己責任だから見殺しにする」かの二択なのに。
自己責任により命の危機に瀕している「個」がいて、
それを助けるか助けないかの選択肢を持つわれわれ「公」がいる。
自己責任論は結局、「命を助けるか助けないか?」という我々「公」の側の行為の選択の問題です。
私は助けるべきである、という立場です、
なぜなら、「自己責任だから見殺しにする」というのは私刑の発想だから。
私刑は反倫理かつ、反理性です。
自己責任の有無が、「命を助けるか助けないか」という選択に影響を与えることを容認することは、私刑の容認に他なりません。
日本は文明国です。
私刑容認の野蛮な社会となってはなりません。
Posted by メティゾフィア at 2015年02月08日 14:03
宋さん、批判するのは誰でもできる。
でも宋さんはそれなりに影響力のある著名人なのだからだったら政府はどうすべきだったのかまで書かないとただの無責任なだけの意見です。
Posted by ではどうしろと? at 2015年02月08日 15:45
宋文洲様
いつも、楽しくメルマガを読ませていただいております。

これまでたくさん記事を拝読させていただきましたが、宋さんの意見に賛同することがほとんどなのですが、今回だけは「違う」と感じたので、投稿させていただきました。

今回の事件について、高村副総理大臣は「日本政府の警告にもかかわらず、テロリストの支配地域に入ったことは、どんなに使命感が高くても、真の勇気ではなく蛮勇と言わざるを得ない」と発言したこと対して、私はそうおっしゃるのも無理はないと思っています。なぜなら、

政府は解決しなければならない問題を山ほど抱えている中、一個人の行動で政府が振り回され、本来取り組まなければならない問題に回すべきお金や時間が使われてしまっているからです。ただし、これは、北朝鮮による拉致問題とはまったく違った次元だと思っています。この人質救済には、国民の生命を守るべき国家がもっと積極的に行動してほしい問題と願っております。

 しかしながら、今回の後藤さんに対して、渡航をやめるべきだとは思っていません。後藤さんは、真剣に考え抜いたうえ、彼の心の声、あるいは天から命じられた行動で、自分の使命(文字通り命を使う)として、最初から死を覚悟して渡航しているということです。そのような後藤さんに対して国は忠告はしても、止める権利はないと思っています。
 このような場合は、行く前に「どんな不測の事態が起こっても、政府からの救済や援助を求めません」という誓約書にサインしてもらい、国は本人の意思を尊重し渡航を許可し、一切の援助をしないというのがよかったのではないかというのが、私の個人的な意見です。

 先日、オランダで老人が尊厳死を選ぶドキュメンタリー番組がありました。その老人は、自分の両親がアルツハイマーにかかりその末期がいかに尊厳のないものかをいやというほど見せられ「自分はこんな末期を迎えたくない」と決意したそうです。自分が軽度アルツハイマーと診断されたとき、親しい友人や親族とパーティーをしたあとで、皆の見守られる中、医師に注射されて安らかに眠るというものでした。パーティーのあと残された奥さんも、「本当にすばらしいひと時だった。そして、夫と過ごした時間は、すべてきれいな思い出として残っている。」と。最後に「死に方を選べる国」に暮らしたいと言っていた姿が印象に残っています。
Posted by 石田 伸道 at 2015年02月08日 16:53
県知事選挙も衆院選挙も辺野古市民の選択も、沖縄は基地移設NOの民意だ。沖縄担当大臣も沖縄県知事に合わない、選挙で敗北した前知事が退任の一日前に承認したことを盾に基地建設を進める自公政権。こんな政権を支持する国民に温かさなど微塵もない。沖縄の住民の1/3が犠牲になってもまだ犠牲を強いる日本人。情報を占有している指導者が己の利権で生きるそんな国の人だ。
Posted by 田崎 毅 at 2015年02月08日 18:31
確かに日本人は冷たいかもしれません・・・っていうアナタが冷たいのであって、日本人が冷たいのではない!
そもそも日本人は【人様に迷惑を掛けてはならない】という意識を強く持っている。
今回、救出のチャンスを逃したか?ムダに時間を弄したか?宋さんは見たのですか?想像で言ってるのはわかるけど、半旗を掲げない・・・追悼行事がない・・・ということは【日本人が冷たい】という論理はあまりにも短絡的だとガッカリしました。
Posted by かずまる@ at 2015年02月08日 22:41
宋さん、こんにちは。

いつもメールマガジンを読ませていただいております。

日本国は棄民という行為を何度も繰り返してきた国家です。姥捨て山に始まる食い扶持減らしの習慣を御存じでしょうか?

満洲国への植民も態のいい棄民だったのです。

そして、出る杭をめり込むほど打ちすえる、歪んだ嫉妬心の強い国民性があります。甚だしい場合には、釘は抜き棄てられます。

後藤さん、湯川さんのような人は、日本国民から見ればただの変わり者であり、人でなしに見えた事でしょう。

白人の人種差別意識よりもひどい、異端者や弱者への蔑視と残忍性は、学校や職場から家庭にいたるまで、至る所で散見されています。

「いじめ」と書けばその残忍性は伝わりませんが、被害者には忍受するか駆逐されるか、自ら死を選ぶかの少ない選択肢しか残りません。仇討あっ晴れというのは、時代劇の中でしか存在せず、なんらかの報復や復讐を行った者には、徹底的に刑罰が科されます。

それは、自分たちも潜在的な加害者である認識が無意識のうちにあり、報復を許す風潮を極度に恐れているのです。

碌でなしが寄り集まり住んでいる島です。東洋のユダヤ。他人のふんどしで相撲を取り、アジアの一等国と増長して近隣諸国を睥睨し、実力を過信して白人に隷属している国家なのです。
Posted by ポリ銀 at 2015年02月08日 23:54
まず、ウソはいけません。
2月2日首相官邸に半旗は掲げられています。
自己責任論がどこにあふれているのでしょう。
そういう考え方をする人がいるのも事実ですが
その論調が大勢をしめているとは思いません。
高村さんの「蛮勇」発言もその前後をくみ取れば、後藤さんの行動に対する批判的なものではなかったと思います。
首相が悪い、政府の対応が悪い、日本人は冷たい???罪を犯したのはISILでしょ。彼らとどう対峙していくのか中国共産党ならどうするのか教えて下さい。今回の安倍さんや政府の中東訪問から人質釈放に向けた動きに問題がなかったかどうかの検証は必要だと思いますが、今回起こったことの全ての責任を首相や政府に押し付けるのもどうかと思いますよ。そういえば、パスポート取り上げられて言論の自由の侵害だなんていう馬鹿も出てきましたね。宋さんどう思います?
Posted by CQE at 2015年02月09日 09:54
ライオンの檻という例えでコメントしてる方がいましたので、私もその例えで

今回の事件はライオンの檻に勝手に入っていったのが悪いのではなくて、お二方がライオンの檻の中にいるのにもかかわらず、ライオンを目覚めさせた、ライオンの注意をお二方に向けさせた安部さんに問題があります。
Posted by その前に at 2015年02月09日 10:06
日本人が冷たい?他国の方がよっぽど冷たいと思いますけど。日本国内でもテロはありましたよね。その時の日本人の行動はどうでしょう?サリン事件、倒れている人を必死に助けた人が亡くなられました。どんな危険物かもわからないのに乗客の為にサリンを運んだ駅員さん。震災についても命をかけ最後まで非難を呼びかけ住民を助けましたね。しかし今回の場合はこのようなケースと根本的な違いがあります。偶然か必然か。散々警告したにもかかわらず現地に行ってしまったことです。これは自己責任の何者でもありません。突然おこった不幸とは違います。それでも何として助けてあげたいという気持ちは当然日本人にはありますよ。
Posted by KENJI at 2015年02月09日 11:06
その通りだと思います。私も、後藤さんが「自己責任で行きます。」といってましたので、立派だと思いました。しかし、助けられないとも思いました。彼の行動を美化するような発言等には違和感を覚えました。日本人なら分かっているはずです。(たぶん、後藤さんも重々承知だと思います。)日本人はそういう人を助けません。ちょっと的外れかもしれませんが、「武士に二言はない。」ということは、共通認識であると思います。彼は侍です。お見事というべきで、半旗など上げられたら、彼は面子を汚されたと思います。明治維新の時に高杉晋作は奇兵隊をたちあげましたが、血気さかんな武士がきて、「命をかけて奇兵隊にはいる。」と言ったので、「それでは、今腹を召してその決意を見せて頂きたい。」と高杉は言って、その武士は面前で腹を切りました。その時の高杉の言葉は「お見事」といってにやりとしたそうです。周りの者も流石に驚いたのですが、「ああいう輩は、威勢がいいばかりで使い物にならん。今が死に時だろう」というような事を言ったとか、言わなかったとか。日本人は冷徹なところがあります。「武士に二言」はないのです。
Posted by 天羽 英雄 at 2015年02月09日 11:17
宗さんにコメントするのはこれで3度目になります。
前回あたりからなんか変だなという思いがしていましたが、今回さらにその思いが強くなりました。実際驚射ています。
日本人がどこの国の誰と比べてどう冷たいか、また優しさとはあの時点で具体的にどういう行動をとることだと言っておられるのかなど、これらの比較相対評価の言葉の使い方や具体論など疑問はいっぱいありますが、それはいったんおきます。
それはともかくとしても、今回の主張は、聡明なはずの宗さんにしては、文章の中で部分通しが相互に全く論理矛盾した指摘や根拠の示されていない一方的な断定が並んでいることに驚いたのです。これらは宋さんが以前から繰り返し避けるべきだと主張してこられたことです。
驚いたので何度も読み返しましたが、読み返すほどにいくつもの主張や指摘が、一つ一つのフレーズそれぞれはもっともなことを述べてあるように見えて、しかし同時に、微妙に、あるいは明確にその個々の指摘がお互い矛盾していることに気づかぬまま並べられていることに非常に悲しい思いが募りました。残念です。
主張に対する賛否は別にしても、すきっとおなかに入ってくる、論旨の一貫した文章を期待していますが・・・・。
Posted by 千頭邦夫 at 2015年02月09日 15:51
宋さんの本を読んで共感したものです。
日本人は過去に犯したトラウマを封印するかのように激しさに火をつけないように各々が心の奥底にしまっているのだと思います。
正しい方向へ動くように人類の叡智としてきっと進歩しているのだと感じています。
Posted by ひぽ at 2015年02月09日 19:00
遊泳禁止の場所で泳いだ人と、テロの支配地域に行った後藤さんを比べるってどうなんですかね? 例えなんでしょうけども、根本的に違うような。
時間とチャンスを無駄にして見殺しって言いますけど、無駄にして見殺しにしたなんてなぜわかるのでしょう?
日本政府とヨルダン政府の今回の関係者に強いパイプでも持っているんでしょうか?
中国在住なのに、日本のことがなぜそんなにわかるのでしょう?
まさか、テレビやネットでわかるってことですか?
今回の安倍さんは、ちょっとタイミング悪いとは思います。
後藤さんは、使命感のようなものがあったんだろうと思います。
勇敢な人なんだと感じました。
できれば生きて帰国してほしかったですが、後藤さんの捕まった状況を考えると、囚人や身の代金との交換は、正しいのか?とも思います。
Posted by a.e at 2015年02月09日 22:05
宗さんのコメント、ほぼ納得しています。今回初めて、我が意を得たりと、ご意見を出します。日本人の冷たさと言うより、ボランティア精神、博愛精神が、教育によるのか何か・・・育っていません。不幸にも政治家の基軸も曖昧の様な気がします。一つの簡単な例で、原発の災害の廃棄物処理場の事もそうです。『かわいそう、かわいそう・・・』と言いながら、受け入れは拒否です。確かに論理的には科学的に説明をし、助け合う精神を国のトップから「トップダウン」しても良いことだと思います。キャンキャン言っているいい年のおばさんを見ていると日本人の了見の狭さに情けなくなります。
遡れば沖縄の基地の問題もそうです。『大変だよねぇ・・・』思いは同じの様なことを言っていても基地の分け合いは拒否です。勿論そもそもの基地が有ることの問題も別次元であります。また別に、既に基地で職を賄えている人も多くいます。色々と複雑に絡むことなのでしょう。ただここで、言いたいのは端的に、日本人の心根が「そうなのか・・・」と寂しくなる時が有ります。この視点は他にも言いたいことは色々有ります。テレビでなんだこうだと導くような事を言いながら、何人の著名人が、街に出て、草の根運動的な地道な誰でも分かる具体的な行動をしているのか、と思います。有名になったお蔭を、みんなに正しくお礼返しする優しさは無いのでしょうか。残念〜!
Posted by 豊原和典 at 2015年02月09日 22:06
宗さんのコメント、ほぼ納得しています。今回初めて、我が意を得たりと、ご意見を出します。日本人の冷たさと言うより、ボランティア精神、博愛精神が、教育によるのか何か・・・育っていません。不幸にも政治家の基軸も曖昧の様な気がします。一つの簡単な例で、原発の災害の廃棄物処理場の事もそうです。『かわいそう、かわいそう・・・』と言いながら、受け入れは拒否です。確かに論理的には科学的に説明をし、助け合う精神を国のトップから「トップダウン」しても良いことだと思います。キャンキャン言っているいい年のおばさんを見ていると日本人の了見の狭さに情けなくなります。
遡れば沖縄の基地の問題もそうです。『大変だよねぇ・・・』思いは同じの様なことを言っていても基地の分け合いは拒否です。勿論そもそもの基地が有ることの問題も別次元であります。また別に、既に基地で職を賄えている人も多くいます。色々と複雑に絡むことなのでしょう。ただここで、言いたいのは端的に、日本人の心根が「そうなのか・・・」と寂しくなる時が有ります。この視点は他にも言いたいことは色々有ります。テレビでなんだこうだと導くような事を言いながら、何人の著名人が、街に出て、草の根運動的な地道な誰でも分かる具体的な行動をしているのか、と思います。有名になったお蔭を、みんなに正しくお礼返しする優しさは無いのでしょうか。残念〜!
Posted by 豊原和典 at 2015年02月09日 22:10
宗さんのコメント、ほぼ納得しています。今回初めて、我が意を得たりと、ご意見を出します。日本人の冷たさと言うより、ボランティア精神、博愛精神が、教育によるのか何か・・・育っていません。不幸にも政治家の基軸も曖昧の様な気がします。一つの簡単な例で、原発の災害の廃棄物処理場の事もそうです。『かわいそう、かわいそう・・・』と言いながら、受け入れは拒否です。確かに論理的には科学的に説明をし、助け合う精神を国のトップから「トップダウン」しても良いことだと思います。キャンキャン言っているいい年のおばさんを見ていると日本人の了見の狭さに情けなくなります。
遡れば沖縄の基地の問題もそうです。『大変だよねぇ・・・』思いは同じの様なことを言っていても基地の分け合いは拒否です。勿論そもそもの基地が有ることの問題も別次元であります。また別に、既に基地で職を賄えている人も多くいます。色々と複雑に絡むことなのでしょう。ただここで、言いたいのは端的に、日本人の心根が「そうなのか・・・」と寂しくなる時が有ります。この視点は他にも言いたいことは色々有ります。テレビでなんだこうだと導くような事を言いながら、何人の著名人が、街に出て、草の根運動的な地道な誰でも分かる具体的な行動をしているのか、と思います。有名になったお蔭を、みんなに正しくお礼返しする優しさは無いのでしょうか。残念〜!
Posted by トヨさん at 2015年02月09日 22:14
いつも楽しくメルマガを見せて頂いています。いつも考えさせられる内容で、良い刺激を有難うございます。

しかしながら、今回の内容についてはどうしても納得ができず、コメントさせて頂きます。

「同じ軽いノリで異なる宗教を堅く信じる人々に口喧嘩を売ると」とありますが、いつ口喧嘩を売ったのでしょう?
そもそも、相手は話し合いなど通じる相手ではないのに、安部さんの発言が原因というには無理があると思います。どう発言しても、相手は自分の都合の良いようにとらえていちゃもんをつけるのですから。


「遠吠えは猿でもできます。」とありますが、自衛隊を出せってことですか?今の日本ではありえないですよね。

優しさとは何でしょうか?とありますが、どんなことも投げ出して助けることが優しさでしょうか?

私はそうは思いません。自己責任の発言が出るというのは、日本人がそれだけ冷静だということだと思います。

「多くの時間とチャンスを無駄」とありますが、いつどんなチャンスを逃して、どう無駄にしたのでしょう?だいたい、そんなことが宋さんに分かるのでしょうか?根拠の無い批判は見ていて見苦しいです。


最後に、日本軍の話を持ち出していますが、戦争時は、どの国のどの軍隊でも似たようなことは起こっています。ことさら、ここでこの例を上げる辺りは、非常に悪意を感じます。

いつものような切れ味のある内容でなく、非常に不快に感じてしまいました。残念でなりません。

でも、今後の作品は楽しみにしております。
Posted by 通りすがり at 2015年02月10日 10:20
いつも考えさせられる内容のメルマガをありがとうございます。

今回の件について、遭難自体は自己責任だと思いますが、国家は救出行動を起こすべきと思います。
自己責任論を言っている人も、「だから死んだらいい」とまで本気で言っている人はごく少数ではないでしょうか。

また、宋さんの「見殺しにされた」という意見には違和感があります。
では、どうすれば良かったというのでしょうか...?
身代金は払えないし、武力制圧もできないし、ヨルダンの囚人を日本の意向で交換解放できません。

日本政府ができることには、もともと大きな制約があります。
私はその範囲でやるべきことはやってくれたと信じています。

私には、宋さんが安倍首相を個人的に嫌っていて「どうせ彼のやることは〜」とバイアスを掛けた見方をしているように思えます。

もしそうなら、個人で判断するのではなくて、行動・政策を是々非々で判断してほしいですね。
Posted by けい at 2015年02月10日 18:19
いつも楽しみに読んでます。
コメントを書くつもりはなかったですが、少し書きます。確かに日本人や日本政府(役人)の対応は少し冷たいところはあるかもしれません。
ただ政府の立場やもちろんジャーナリストの方の立場もあるので難しい問題であり、複雑な気持ちになります。(私は政府が良いとか悪いとか後藤さんが良いとか悪いとか言えません)
今回の事件で良くも悪くも日本人の国際感覚のズレ?平和ボケ(自分も含め)少し感じました。
宋さんのメルマガを読んで思い出したのは、三国志の孔明の「泣いて馬謖を斬る」をよぎりました。(意味が違うか…?)
Posted by 冷たい国民 at 2015年02月10日 18:59
宗さん、いつもありがとうございます。いざとなる時の日本人の冷たさ、控えめな表現で、それでもたくさんの反感かってしまって、さぞ悲しいでしょうね。
まず、問題提起ありがとうございます。それでも日本人にとって大きなお世話でしょう。
けれど今回の話題は、炎上必至、宗さんや中国の悪口のコメントが来る事を予想したと思いますが、あえて発表したのが流石だなと感心しております。
反対意見にほぼ賛成です、日本人なら当たり前でしょう、だからつまらないです。日本人の優しさ、日本人の勤勉さと論じれば、皆が喜び、一括りなどおかしいと感じない、この矛盾に本人たち自覚がないだけです。
逆に宗さんの意見に賛成している方も多数いて、目に鱗!なぜか心が暖まる心情に、日本はまだ捨てたもんじゃないと思いました。
問題の本質につくコメンターの方もいて、悪いですが、宗さんの論拠よりよっぽど説得力があり、大いに勉強になりましたね。まぁ、これも宗さんの問題提起のおかげです。
これからも楽しみにしております。
最後に日本人の冷たさがあっても、日本人は優しいです、矛盾あるんですか?皆さん。
Posted by J at 2015年02月11日 09:46
人質事件が発生して 真っ先に思ったのは米英の場合殺される 他国は身代金を払ったとは認めないが解放されている。 日本は米英のように大義もないし、 攻撃も出来ないので 他国のように解放されるだろうと 。するとテロには屈しないとただ繰り返し発言されるだけで、今回の結果です。 何も大義もなく、国民はあのような自分ではどうにも出来ない局面で 政府に見捨てられたも同然だと思いました。冷たいと言うより皆何が正しくて何が問題か、よく理解していないと思います。また平和主義な国家がテロには屈しないって発言は滑稽な気持ちになります。平和主義を掲げるなら平和に解決しようとするのが智だと思うのです。また 安倍さんが今回の事件で憲法改正の布石にしようとしているストーリーが成り立つので残念です。後藤さんは自分の死で憲法改正に向けている政府にとても感謝しているとは思えません。その点からもとても残念な事件だと思います。
Posted by うじゃこ at 2015年02月11日 13:51
いつもユニークな観点に驚きを感じつつ、楽しく拝見させて頂いています。
ただ今回は「自己責任」という言葉や結論を先走りさせすぎているように思えます。

何も助けたくないわけでは無いのです。しかし助ける事でより多くの犠牲が予想される場合、助けるべきでしょうか?身代金の向かう先や、その税金で成しうる事柄、将来的な結果を無視するべきではありません。

多くの日本人が放つ「自己責任」は、それらを勘案しての一言であるはずです。冷たいと誤解されるのも止む無しかとは思いますが、決して心中穏やかではないのです。
Posted by 時鳴 明 at 2015年02月12日 20:33
===============================
今回、我々、日本人が得たものは『原則』なのだと思う。
『日本の国民・国土には、指一本、触れさせない』という前提。

血の洗礼を経て、否応無く、我々は目覚めさせられた。

21世紀、日本の現実。世界のスタンダードは、
戦後、我々の信じた慈悲や善悪ではなく、
『法』であり『覇』なのであると。

先週、一度書き込みをさせて頂きました。
しかし、その後も、考えがまとまりませんでした。
Posted by 読者 at 2015年02月06日 10:59

今週になって、ようやく、自分の中で、今回の事件についての整理がつきました。
宋さんの、率直な問いかけのおかげです。
ありがとうございました。
Posted by 昨日の世界へようこそ! at 2015年02月12日 23:23
いつも楽しみに読ませていただいております。
宋さんのご意見は最近偏りが多いと感じております。今回もなかなかですね。
こんな偏った意見に対して全面的に同意する、なんてコメントがちらほらありますが、
それを見ると怖ろしく感じます。
今のところ違和感を感じる方々からの意見が多いので、ちょっと安心しております。
Posted by sato at 2015年02月16日 10:23
毎回興味深く拝見させていただいております。今回の記事は本当にためになりました。自分も含めて多くの日本人が論理よりも感情を、しかもマイナスの感情をイザというとき簡単に、しかもすぐに出してしまうことに気づかされました。今回の事件、少し論理的に考えれば、悪いのはテロリストに決まっているわけで、いくら無謀な行為とはいえ、亡くなられた方は被害者であり犠牲者です。政府も、そして日本社会も、被害を最小限に食い止めること、犠牲者に対して深い哀悼の意を表することは、道義的には当然のことだと思います。しかし、それがほぼ見られなかった。記事のタイトルは「冷たい」となっていますが、その背景には、論理的に考えず、安易な感情(関係ない、面倒くさいなど)に流される世論と政府の対応があると思います(野党はすぐに政府の責任を追求しようとしますが、それもまた的を外しています)。やはり、まだまだ個人主義とそれにもとづく友愛や他者の尊重といった道徳が、未確立な社会なのかもしれません。自戒を込め反省しました。良い記事ありがとうございました。
Posted by 高橋良平 at 2015年02月18日 15:22
そうですね!、いや、そうは思いません!その両方が入り混じった内容でした。しかし、感じたことを率直に語る点が宋さんの良い点だと思っております。

ただ、ひとつ付け加えさせていただきたいことがあります。それは、テロ行為やテロリストが非難されるべきことに異論などありませんが、何にもまして、非難されるべきは、そういう原因を造りだしている連中、テロリストたちを意図的に利用し、自分たちの権益を獲得しようといている連中ではありませんか?

たとえば、9.11を計画し実行した連中は、テロリストたちのような下っ端ではなく、超高級なオフィスにいて、大統領にすら指示を出すような超大物級の悪党なのです。根本原因に触れることなく、目先の残虐な行為に目を奪われているままでは、単に、愚痴の言い合いでしかないと思うのです。
Posted by 金子敏彦 at 2015年02月21日 16:33
とてもユニークな意見ですね。これだけ偏った意見を述べていただけると逆に勉強になります。いろいろ突っ込みどころ満載ですが、中国でのテロ事件ついて言及しておられますので、まずは被害に遭った関係者の皆様に深く哀悼の念と二度とこのような事件が起こらないことをお祈りいたします。ところで中国でのテロ事件において中国政府はなぜ情報を公開しないのでしょうか? 外国のマスコミを遮断するのは何故でしょうか? なぜ多民族国家である中国でこのような残忍なテロが発生するのかその原因について考えたことがありますか? 
Posted by 佐藤攻 at 2015年02月22日 21:31
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