身近な女性にお茶を出そう

先週の日曜日、別荘に行くと近所に住む大沢さんの奥さんの訃報を聞きました。金曜日の昼間にはまだ元気に近所を散歩していましたが、夜のお風呂の後に急に気分が悪くなって救急センターに行く途中で意識を失いました。脳溢血でした。

家族で大沢さんの家に向かうと大沢さんは庭の入口に立っていました。私は「大沢さん・・・大丈夫ですか?」と言って彼とハグしました。なぜか「ご愁傷さまです。」では悲しい気持ちを伝えられないと思いました。

彼女はクリスチャンなので遺影の前で手を合わせて心の中でお祈りの言葉を差し上げました。その後、大沢さんと話しました。

「あまりにも突然ですから、さよならも言えず、ありがとうも言えず・・・。」と大沢さんが切り出すと既に目に涙が溜まっていました。
「通帳印鑑の場所から花の面倒まで、何もわかりません。」
「家内が亡くなって自分の愚かさに気付きました。家事、食事、そして私の生活のすべてをやってくれました。如何に有難いかは彼女が亡くなってから気付きました。」
「一日数回お茶を出してくれました。考えてみれば、私は彼女にお茶を出したことがありませんでした。一度だけでもいいから彼女にお茶を出せば・・・。」

大沢さんは涙を拭きながら声を詰まらせました。私も涙を我慢できず袖で拭きました。

「大沢さん、あまりご自分を責めないでください。日本の男性はそういう人が多いのです。だからといって感謝の気持ちがない訳ではありません。奥さんへの感謝はきっとこれまでの日常生活の中で奥さんに伝わったと思いますよ。」

しかし、大沢さんが「私は愚かな男です。早く気付けばよかった。」とますます自分を責めるばかりです。

あれこれ理由を探して大沢さんを慰めて「近所ですから、お困り事があればすぐ言ってくださいね。」と伝えた後、重い気持ちで大沢邸を後にしました。

実は心中、大沢さんの気持ちは痛いほど分かります。日本の男性、特に年配の男性は女性、特に奥さんなどの身近な女性にとても甘えているのです。

日本に来たばかりの時に付き合った女の子から聞いたのですが、彼女のご両親は言葉を使わなくても「以心伝心」で通じると言うのです。「たとえば?」と聞くと「お父さんがお茶を飲みたい時、言わなくてもお母さんはすぐ分かるもの。」と彼女が例を挙げてくれました。

「じゃ、お母さんがお茶を飲みたい時にお父さんも分かりますか?」と私が聞くと、「分からないと思います。」と彼女は答えました。「それは以心伝心と言いませんよ。お互いが通じ合うのが以心伝心ですから。」と言いましたら、彼女は困惑した表情で「だって男性は女性にお茶を出しませんよ。」と言いました。

もう25年前のことですのでその彼女は今もう40代後半です。「男性は女性にお茶を出しません。」と信じる彼女は今頃毎日、一方的に旦那さんにお茶を出しているでしょうか。「いや、そんなことはないだろう。あれから社会も変わったし。」と祈るばかりです。

世の中では「女性が輝く社会」とか、「女性が活躍する職場」とかの高尚なスローガンが流行っていますが、せめて男が女性にお茶を出すくらいのことはやってほしいのです。それも自分の奥さんや同僚などの身近な女性に。
この記事へのコメント
「以心伝心」とは、たしかに言葉に出さなくても「お互いに」心が通じ合うことですね。
私も同じ失敗をしてしまったことがあります。


まわりを見ると日本は「女性が輝く社会」とは逆の方向にむしろ進んでいますね。人間を軽視した社会があってはなりません。

この記事を読んで、私もよく考えなおす機会になりました。ありがとうございます。
Posted by 奈良崎 清孝 at 2015年01月23日 08:28
宋さん

日本の昔の家庭観をポイントにしたコラム大変興味深く拝見しました。以心伝心で、お茶を飲みたい時がわかるというのはある意味すごいスキルですよね!?
我が家ですが、夫が妻に、お茶どころか、ビールもつまみも出しています。妻のほうが酒豪というのも一つの理由ですが、海外赴任で欧米等、夫婦で生活する機会もあって、少しはレディーファーストの習慣が身についているのかもしれません。妻に言わせれば「にわか」レディーファーストらしいですが・・・。
Posted by toshi at 2015年01月23日 08:55
胸に突き刺さりました。父親が死んだ時の後悔も思い出します。
子供達ばかり可愛がり、妻には全然...
今晩、食後のコーヒーから始めてみます。
Posted by 篠崎和則 at 2015年01月23日 09:11
宋さん、日本人でもそうゆう男性ばかりではありませんよ、私は現在86歳でも若いころから女性にもお茶を入れてましたよそして休みの日には朝から家族の食事を作って皆の喜ぶ顔をみて満足していました、今は別壮の1人ぐらしなので何でも自分でしなくては生きていけません、毎日仕事と生活を楽しんでいます。
Posted by 小平 駿 at 2015年01月23日 09:22
目頭が熱くなりました。
祖父は穏やかに亡くなりましたが、
いまわの際にしきりに祖母に
「ありがとう」
「愛してる」
と言っていました。

妻への感謝の気持ちは伝えているつもりですが、より一層感謝し、労わりたいと思います。ありがとうございました。
Posted by 榊原伸也 at 2015年01月23日 09:31
論長論短、いつも楽しく読ませて頂いています。 後悔先に絶たずと言いますが、今回、読ませて頂いて、改めて自分の愚かさに気が付いた様な気がします。 日常生活の中のほんの一部にすぎない事を、あたりまえだと思い込んでいる自分が情けない。
早速、妻に「ありがとう」と言いたい!
そして、宋さん「ありがとう」
Posted by 吉田 at 2015年01月23日 09:36
宋さん!恥ずかしながら私も同類です。でも、「決まった時間」ですので、「以心伝心」というよりも習慣です。思い出しました。昔会社で、10時と3時に女性がお茶を出す習慣がありました。男性は当然と思っていました。中には、コーヒーの濃さとかミルクがどうのといったことが違っていると、腹を立てている男性もいて、私は「お茶サービス禁止令」をだし、女性社員から喜ばれたことを思い出しました。10数人の社員の好みを覚え、カップが割れたら弁償していましたから、なにをかいわんやでした。『外弁慶』ですか?
Posted by 小泉 武衡 at 2015年01月23日 10:19
このメールマガジンがご不要の場合、お手数をおかけして誠に恐縮でございますが、
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お願い申し上げます。

今回のテーマとはなんの関係もありませんが、
「頂けますよう」という日本語表記はおかしくありませんか?
いつもどこかで誰もが同じ表記をしているようですが、正しくは「頂きますよう」ではないでしょうか?
Posted by MK at 2015年01月23日 10:26
お亡くなりになられた大沢さんの奥さんはクリスチャンということですが、
大沢さんご本人はクリスチャンでは無いのでしょうか?
日本人男性でもクリスチャンの方には、感謝の気持ちを表す方が多いように見受けられます。

また、他の方も書き込まれていますが、海外在住経験のある方は感謝の気持ちを
表すことがあたりまえの社会を経験するので、これも同じくでは無いでしょうか?

僕は仏教徒の父親が、お茶の出し方にこだわる人で、なおかつ海外出張が多い父だったので、父親がお茶を入れているのを見て育ちました。 
その上、僕は海外在住して、クリスチャンにもなったので、お茶出しはもちろんのこと、
コーヒーもその他もろもろとやります。

妻に感謝の気持ちを言葉と行動で表すことによって、良い関係になっています。

ちなみに、僕は50歳台後半です。
Posted by STY at 2015年01月23日 11:58
いつも面白い話題を有難うございます。最近宋メールが来るのが楽しみです。僕はお茶は入れませんがコーヒーなら傍にいる者に入れます。自分ひとりで楽しむのが悪い気がして、それと僕の流儀で入れるコーヒーを是非飲んでもらいたいという欲求があるからです。熱湯を引き立ての豆にチョットづつ注いでいい香りと酸味を引き出すのです。でもみんなから「美味しいね」といわれたことがないのが残念です。もしかしたら「美味しいね」という言葉を引き出そうとして努力しているのかもしれませんが。家内には「あなたの入れるコーヒー薄いよ」とけなされる始末。考えれば家内もお茶を入れる動機は僕と同じかもとふと思いました。男と女というのはそれぞれの得意分野を分担して助け合っていくことが理想の生き方ではないかと思いました。
Posted by morita at 2015年01月23日 12:00
宋さん、こんにちは
そういうことを考える年齢?(61歳)になったかもしれません。けど、私は毎日、必ず毎日釣れ合いに、ありがとうと言っています。意識していうのではなく、極自然に言ってます。当たり前とか言わなくちゃならないとか、そういった次元ではないのですね。長い間生命保険会社勤務で、お客様のお体の具合とか、いろんなお話をしている間に、自然と思いやれるようになったのかなと思います。だからというわけではないですが、毎日楽しく夕飯の支度をしています。男子厨房で学ぶべしです。
Posted by むうくん at 2015年01月23日 12:34
正にその通りだと思います。自分で何もできないのにさもしているような錯覚に陥りやすいのが日本人の男性じゃないでしょうか。 こんなことを言っている私もその一人です。「親孝行したい時に親は無し」近くの人にもっと話をして、お茶も出しましょう! 
Posted by 竹内 茂 at 2015年01月23日 14:19
毎週金曜日朝、通勤電車の中で宋さんのメルマガを読むのは楽しみです。
いろんな話題に刺激され、大変お勉強・参考になります。最近ですと、中国に戻るかどうかで悩んでいるとき、宋さんの中国に帰る決断についてのメルマガを拝見し、改めて考えることに。
いつもありがとうございます。

ご迷惑にならないかと、コメントは控えたのです。
今日の記事は電車の中で涙をこらえて読ませていただきました。すごく共感しました。
コメントをしたくなりました。
公開しなくてよいので、感謝をいうためです。

私はお酒を付つかない、お茶差しはやだと中国にいたとき、生意気にずっと貫いてきたのですが、日本にきて、居酒屋でアルバイトをしたり、就職して役員秘書ともなれば、お茶出しをしなければならなくなり、最初は抵抗感を覚えたのですが、今はすっかり慣れました。確かにお茶出しは女性が多いです。
たまにはいつか自分が社長になって、男性秘書を雇って、お茶を出してもらおうと思ったりと暴走をしたこともあります。

今回の内容はお茶を出すことよりも、
人生って何が起こるかわからないから、親しい家族にもあたり前と思ったことも感謝の気持ちを持って、大事にすることに改めてと気づかれました。
これから「珍惜現在,珍惜所有,珍惜身辺人」 にしようと思います。
改めて、ありがとうございました。

これからのメルマガも楽しみにしています。

単 柏松
Posted by 単 柏松 at 2015年01月23日 16:49
ホント!「お〜い、お茶」なんて女を女中扱いしてバカにしています。

Posted by セリー真坂 at 2015年01月23日 17:59
タイトルが「身近な女性にお茶を出そう」ではなく、「女房に感謝の気持ちを伝えよう」の方が良いように思います。
私は家ではお茶当番で毎日私が入れています。私が入れたお茶が一番美味しいということで、私がお茶当番になりました。
大沢さんと同じで女房が家事、食事、そして私の生活のすべてをやってくれています。女房がいなかったら貯金通帳の存在も分からないし、何もできません。大変感謝しています。せめてもの償いに毎日肩を揉んでいます。
しかし、台所仕事は食事の後に食器を台所に運ぶぐらいで、一切しましせん。せめて食器洗いぐらいしようと思いますが、なかなかふんぎれません。男が台所入るのは恥ずかしいという気持ちがあるのかも知れません。
私も今年の3月で後期高齢者。古い九州男児です。
Posted by 山永順一 at 2015年01月23日 21:34
私は貧乏サラリーマンでしたので、ほとんど人づきあいはありません、大学を卒業してから本を読むことと英語と中国語の勉強に費やしました。もうすでに66歳です、あともう少しのような気がしますが、ちょっとずぼらな妻がいてくれたお蔭で今までやってこれました。あと、もうひとり大事な人がいます、それは私の義理の母で私の子供をそだててくれました。今は痴呆症でほとんど部屋にとじこもっていますが、最後まで見届けなくてはいけないと思っています。男が外で好きがってなことをできるのは女性あってのことだなと心底思っています。
Posted by 裏表 at 2015年01月25日 20:10
特に最後の一文には参りました。高尚なスローガンより、身近な人にお茶を出す、というちょっとした行為をまず行う、というこのフレーズ、斬新にしてしかし痛烈。宋さん、いつもありがとうございます。以上
Posted by 垣沼裕司 at 2015年01月25日 20:48
視点が異なるので、いつも楽しみにしています。
この件は、伴侶とどういう一生を送るのか、生活をしたいかということに尽きるのでは。
昭和12年(1937年)生まれの私は、専業主婦である妻に仕事について相談することはあっても、仕事を持ち帰って妻を疎外することはないようにしています。伴侶のこと、子どものことなどを話し合うのが最大の楽しみだし、重要なことだとお互いに思ってやってきました。このため、帰宅は遅いのですが、その日にあったことを妻から聞くのは、楽しみの一つです。
家事は、妻が得意なので妻がやってくれます。稼ぐのは私が得意なので私がやります。
休日は、妻との時間を最大限取りたいので、洗濯物を干すのは一緒にやります。日焼け防止のため外は私の担当です。掃除は私が担当します。浴室の掃除は、背が高い私が天井を拭けるので毎日私がやります。お茶やコーヒーは、学生時代に行った化学実験と同じ要領なので好みに合わせて私がいれます。皿洗いは、化学実験後の器具洗いと同じなので苦になりません。
しかし家事を担当する妻は、絶大な権限を持っています。お金の管理は妻が行うので、通帳がどこにあるのか、どれだけあるのか不明です。
先に死なれると困るので、一覧表を作るように言うのですが、宝探ししてくださいと取り合ってくれない状況です。
ちなみに妻の不満は、私が扱いにくい人間で、まだフルタイムで働いてることです。
Posted by 渡邉了之 at 2015年01月26日 12:04
いつも配信を楽しみにしています。

勘違いしている人が少なくないようですが、政府の言う「女性が輝く社会」「女性が輝く、、」という言葉を多用していますが、総理の口からは「男女平等」「男女共同」「男女の差がなく」という言葉は発信していません。

>まわりを見ると日本は「女性が輝く社会」とは逆の方向にむしろ進んでいます、、
とコメントがありましたが、時のトップが意図するところは 「家庭で女性が輝く」「男性とは異なる立場で女性が輝く」も否定しない男女役割分担論です。

突然最愛の人に先立たれたショックは想像に難くありません。しかし、より自立した生活を送っている人はショックからの回復が早いと思います。

身近な女性にお茶を出そうというタイトルは読者を惹きつけますが、一人でも生活できるのが基本形と言うことが宋さんの伝えたい教訓と理解しています。

以前「妻を叱った」という表現をされていて意外に亭主関白かと思っていましたので、今回のテーマは意外でした。これからも楽しみにしています。
Posted by kouheiri at 2015年01月26日 18:05
今回のテーマは「以心伝心」ですか。
本当にそれができれば問題はないですがね。

女性を活用できる社会を目指している日本は、残念ながら女性の活用が下手ということの証ですよね。

子供のころ父親からよく言われたのが「女の腐った様な男になるな」でした。

日本社会に根付く家文化、村文化では、女性はやはり裏方という役割なんですね。

安倍政権下で女性活用政策を取り上げたのは、悪いことではない。
新しい日本社会を作る一歩とすれば結構なことでしょう。

我が家では、日本茶は家内の役割で、コーヒーは私の役割です。
ただ、私が入れるコーヒーは豆からなので、家内が待てないときはインスタントで済ませてますね。

男女に関係なく何事でも、パートナーを認めるということが完璧にできれば素晴らしいですね。


Posted by 伝三郎 at 2015年01月29日 12:08
炊事掃除風呂を沸かしています。これからは、コーヒーお茶も入れましょう。
Posted by 藤岡一男 at 2015年02月06日 08:46
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