今さら論じる日本人と中国人との違い

古くからこのメルマガを愛読してくださってきたキヤノンマーケティングの村瀬会長がよくメールでコメントを送ってくださいました。同意される場合もあれば、反対される場合もあって、励まして下さる場合もあります。

先週、村瀬さんのところからキヤノン中国に出向された方に「地元代理店の社長達にソリューション営業について講演してくれないか」と頼まれました。北京の地で、昔日本でやっていた講演と全く同じタイトルで中国語で頼まれるとは、懐かしさが湧きあがりました。

良く聞くと習近平さんが着任してから接待が禁止されたせいで、代理店の古い営業マンが営業方法を見失って「これでは営業できない」とすっかり戸惑っているらしいです。そこで20年前、日本でも起きたようなソリューション営業のノウハウを、代理店に教え込む必要性が出てきた訳です。

しかし、その時期がちょうど私の大事な夏休みに当たるので最初は断ろうと思っていましたが、聞いているうちにその意味の重大さを感じ、前向きに検討すると約束しました。

そんなことを言っているうちに、以前このメルマガでも紹介した友人の小澤さん(キヤノンアジア太平洋の総責任者)が会議室に入ってきました。いつもの明るいノリでしばらく私の隕石発言で盛り上がった後、言葉の使い方や習慣に関する日中の違いに話が移りました。

ここで彼から聞いた面白い例を紹介します。
中国人が日本人の家に遊びにいきました。夕方になるともうそろそろ帰ってほしいと思った奥さんが立ちあがって台所で食事の支度を始めます。来客の帰りを促すために「○○さん、ご飯でも食べて行きませんか」と言うのです。中国人の来客はもともと家に帰って奥さんとご飯を食べる予定でしたが、せっかくのお誘いだと思って我慢して「いただきます」と言います。結局、夕飯は一緒に食べたくない人同士が一緒に食べることになりました。

よくよく考えてみれば双方とも相手の心情を考えて言いたいことを言わなかったのですが、その方法は逆です。

次の事例も小澤さんがおっしゃいましたが、よく講演する私の感覚とぴったりです。

セミナーの後の質問をみても真逆です。中国人はしようもない質問をすぐ始めます。「おい、俺の話を聞いていたの」みたいな質問も飛び出します。日本人は考えて考えて良い質問をしようとします。しかし、とうとう質問するチャンスが無くなります。「おい、何か言えよ」みたいな感じです。

中国人はよく質問することで「聞いているぞ」「重視しているよ」というところがあります。内容はともかくして質問すること自体がテーマと人物に関心を示す証拠だと捉えます。日本人はレベルが低い質問をすると失礼だと考えていると推測しますが(これについて、皆さんの意見を聞きたいです)、たぶん、同じく気遣いの結果でしょう。

日本人も中国人も自分の家ではご飯を残しません。しかし、相手の家にいくと逆になります。日本人は「美味しくて全部いただいたわ」と見せるために残しません。中国人は「盛り沢山で食べきれないわ」とわざと残します。相手に気遣いするのは同じですが、表現は逆になります。

中国人は喧嘩を仲良くなる機会と捉える人が多いのです。喧嘩の後始末を考えて喧嘩します。日本人は一回喧嘩するとなかなか普通になれないため、喧嘩がないことを前提に仲良しを強調します。

以上は一般論的傾向なので個人個人に必ず通用するものではありません。しかし、日中は外見が似ているため、相違を受け入れる心準備がありません。同じ正反対のことを黒人がした場合、「そんなもんだ」と納得するでしょう。

日中は見た目が同じで漢字や豆腐や儒教など、共通項が数えきれないのですが、それが「同じのはず」という潜在意識を招いていると思うのです。しかし、中国はどちらかと言えば、アメリカに近いと思うのです。こんなことをいうと米中両国で生活経験がない限り、信じ難いでしょうが、これも私と小澤さんの共通認識です。


この記事へのコメント
今回の宋メールはなるほど、そうだったのかと強く感じた。中国と日本の間にはまだもっといろいろな誤解がもっとあるのかもしれない。コメントを書くのは初めてですが、きれいにまとめてなくても書いてみました、中国の人を見習って。
Posted by 佐内 大 at 2013年03月22日 09:19
宋さんのメルマガは、いつも楽しく読ませていただいております。
今回の日本人と中国人の違いの話は、とても同感です。この差異は、人種というよりも、文化の差異に起因するものではないでしょうか。すなわち大陸系の国家と島国とでは、文化が異なると言うことです。
古くから文化が発達し、先進国になった国は、日本と英国ぐらいですから、日本と英国は大陸文化とは異なる感性を持っている気がします。
寡聞にして、日本人とイギリス人の共通性がどの程度あるかは分かりませんが。

これからも、メルマガを楽しみにしております。ありがとうございました。
Posted by 石橋正行 at 2013年03月22日 09:32
一般論ではありますが、確かに中国は日本よりもアメリカに近い部分が多いと思います。私も以前アメリカで10年近く国際色豊かなビジネス環境にいましたので、よく分かります。宋さんがおっしゃる日常的というか、習慣的な活動では、例えば、思いを言葉にする、意思をはっきりする、自分の主張はちゃんと伝えるなどは「アメリカ的」な要素が多いと思います。

そういった面では、言葉も中国語は英語に近いと感じます。もちろん単語は全く違いますが、ざっくりとした文法や文章の構成のされ方も共通する部分がありますね。

でも、日本人の私が中国人の同僚に対し、ああ、やっぱり同じアジアの人間だなと思ったことがあります。それは「義理と人情」といいますか、「恩」を忘れないといった部分では、日本人と中国人は非常に近いと思いました。
Posted by 東 優介 at 2013年03月22日 09:48
いつも宋さんのメルマガを読ませて頂いています顧といいます。出身中国ですが、26年前に日本に来ました。この間2年間ほどアメリカに住んでいていました(MBA取得のため)。
僕は日中とアメリカに住んで見て、感じたことはやはり人間が住んでいる環境と文化に関係があるのではということです。日本は自然資源が殆どないのと、地震や台風など自然災害がたくさんあるという人間の生存環境として非常に悪いのだと思います。この環境の中で生きていくためには、チームワークがとっても重要になります。気配り、礼儀正しい、紀律守るなど人に迷惑をかけるようなことしない、生き残りの必須条件です。中国とアメリカは違いますね。アメリカは広大な国の資源をシェアするために、銃を持つことも許されるぐらいフェアで、公正に競争しなさいという社会になっています(あくまで私の理解)。中国は、いい加減にしても生きていけることができる環境がありますから、高圧的な管理手法を取らないと、民衆が纏まらないのだと思います。
Posted by 顧 暁次郎 at 2013年03月22日 09:52
私は中国人や韓国人と一緒に働いたことがあります。外見は私たち日本人とさほど変わりはありませんが育った環境は全く違います。日本人にありがちですが、言われなくても察しろというのは無理な話ですよね。日本人同士でも難しいことだと思います。お互い腹を割って話をすれば皆分かりあえます。ただ国が絡むと事は複雑になってしまいますね。
Posted by 常世田 at 2013年03月22日 10:17
相手のことを理解すれば納得までしなくても「違い」として対応できるのにそれがないから「異端視」して蔑視や差別に繋がると思うのです。外国に行く前に事前勉強して、且つ1人で行ったことがない人が世界では殆どいないので誤解や偏見が起き、権力者が利用して憎悪までに膨張するのです。
あらゆる国家が外国人を招いて自国以外の文化や習慣を義務教育として小学生から教えるべきだと思います。
Posted by glock19 at 2013年03月22日 10:18
日本人と中国人に限らず、日本人同士にも、中国人同士にも断然たる違いがあります。但し、喧嘩の原因は違いによるものではなく、利害関係に由来する。尖閣諸島における日中の争いも利害関係を各々の国民に明確に示せば、自ずから解決策が浮かんでくる。日本も中国も自国民に利(利益・有利)をしか示さないので、もめてるのではないでしょうか。
Posted by 得多一途 at 2013年03月22日 10:18
日本で長く暮らした経験のある中国人ですが、まったく同感です。むしろ当てはまりすぎて噴いてしまいました。日本人と一緒にセミナーなどに出ると日本人からめったに質問が出ません。私が気を使って質問をすると結構どうでもいい質問になってしまいます。質問をしないと講師の方に失礼だと思うからです。日本人はみな共通認識している「常識」がたくさんあるけど、中国の場合は「場所や環境が違えばそれぞれ違うのが常識」ですね。日本の場合グローバルと口先では常識になってるけど、頭は相変わらず村社会ですよね。そういう超保守的なところは日本の特徴でも良さでもありますけどね。それが日本にとってプラスかマイナスで考えたらマイナスだと個人的には思います。
Posted by HAN at 2013年03月22日 10:26
宗さんのいつもの笑顔、エネルギーに、元気をいただいています。ありがとうございます。

今日のコメントに共感と同意です!

幸いなことに、身近に中国籍の叔母や、米国籍の叔父もおりますが、まさしく、心の中でのおもいやりや慮る気持ちは同じでも、表現する所作や振る舞いが正反対になることもしばしば。その舞台が、日本だったりすると、さらに複雑で、ついには大笑い!
でも,笑いあえるのは、互いに信頼し、大事にし合う"愛"があるからのこと。

違いがあるのが、あたりまえ の国。
同じであるべき、が、アタリマエ の国。

己をストレートに体現することがヨシ とされる国。
己をいかに表出せずに 場に溶け込むかがマナーの国。

卒論を中国のコミュニケーションシステム、にフォーカスした私(5万年前のこと笑)ですが、アメリカに生活した時代も含め,中国と米国の底流に流れる”個”の意識については、宗さんのご意見に同意です。

中国指導部の子弟が、ある時期から米国留学の割合を増やしたことも、彼等が21世紀の、この地球をどうとらえてマツリゴとや、ケイザイの軸を動かしていくのか、そんなことにも、大きな影響をあたえていくのだろうな、と考えます。

周恩来氏、孫文氏.....フレンチスクール派や日本スクール派などという言葉が生きていた時代が支えた世界観を、いまの中国にみることは、残念ながら、それこそナイモノネダリですものね。

International は、NATIONあってのインター。
Grobalは、飛び越えて、ひとつの惑星観だと思いたいのですが、いまのところ、USAbalの気配ばかりが主導権をふるまいつづけます。

違いのアタリマエを尊重しながら、本来の運命共同体としての”いのち”の舞台の地球を共通項に捉える、そんな
”いのちの軸”を共有する”仲間”を繋げていきたいですね。



Posted by Tomoyo Nonaka at 2013年03月22日 10:44
毎回拝見していますが、初めて投稿します。
セミナー後の質疑応答の場合は、おそらく日本人は「大勢の人前で質問するのは恥ずかしい」があるのではないでしょうか?それはやはりレベルの高い質問をしたいのですが、「このレベルでは恥ずかしい」というのも入ります。
宋さんも多分、セミナーの質疑応答終了後に個別に質問攻めにあわれたご経験もあると思います。
そのような「後から時間外質問」は、おそらく日本人が多いでしょう。
逆にセミナーやアメリカ人とMeetingを主催する場合は、必ず1つは質問してくださいとか、質問者を予め指名したりします。ヤラセっぽいですが、これも、「気遣い」ですね(笑、。

ビジネス的には中国が米国に近いというのは全く同感です。というか中国が米国を意識している気がしています。必ずしもいい意味ではないですね、島国小国からみた大国主義的に感じることが多いです。

これからも宋メールを楽しみにしています。
Posted by yishida at 2013年03月22日 11:09
面白く読みました。海外研修生に生産管理を教えていますので、違いに気が付きます。中近東では「知る」ことに意義が在り「実行」は全く別物。なので実務上は何の意味もないπの小数点以下3桁以下の事もシツコク尋ねます。セミナー屋さん(延々と理屈の解説はするがやらない)が多い。南米には何の為に聞くの?が多い。礼儀なのでしょうか?自分の状況を説明して、その上で尋ねるようにとしますが「トヨタのこの工場では不良率は何%ですか?」と言う。トヨタの人も質問の意図が解らなく面食らいます。注意しても直らない。関心を持っていますよ!のシグナルですか、成程!。でも、私はここまで知っていますよ!とPR気味にも聞こえます。尋ねてもいないのに延々と解説しますから。文化の違いは大きいと思います。日本では落し物をしても出てきます。彼等の世界では考えられない、と彼等自身が言います。日本では、落とした人が困っているのでは!そちらが先に気になるからだと思います。「思いやり」です。稲作文化=共同作業=定着=ムラ社会。良い意味ではTeamPlayの素地が元々あるが、悪い方へ回ると意思をはっきり出さない。エライサンの一言に成りやすい。来週は3度目のベトナム現地事情調査です。彼等が一番日本に近い文化だと感じています。賛同する人が多い。いずれにしても、礼を失するのは良くないが、SpeakOutが物事の始まりと思います。異を知ることの大事さでしょう。
Posted by 武蔵 at 2013年03月22日 11:17
宋さんが仰るように、日本人と中国人は見た目が同じなので、考えていることも同じだと思っているところに行き違いがあるように思います。私も中国人とアメリカ人は考え方が似ていると思います。アメリカ人は交通事故で自分が悪くても決して自分の非を認めません。毒餃子事件に代表されるように、中国人もそのようなところがあるように思います。私は中国には仕事で4回ほど行っただけで、中国人のことはよく分かりませんが、私が会った中国人はとても礼儀正しくて教養もあり、そのときは日本人と中国人はあまり変わらないというのが印象でしたが、今回のデモや不買運動を見ていると、日本人と中国人はかなり違うという印象を持つようになりました。宋さんのブログを見ていてもそう感じます。しかし、お互いに考え方の違いを認め合って良く話し合うと、お互に理解しあえるのではないかと思っています。
Posted by 山永順一 at 2013年03月22日 11:34
日本人と中国人で考え方がまったく違うことが良く分かりました。容姿が似ているので逆に違和感が強くなることもあるかもしれません。紅毛碧眼なら許すのに中国人だと「彼らは礼儀を知らん」とかになりがちです。講演後の質問が出ないのは、講師に失礼な質問をしてはいけないということもありますが、一番大きい理由は聴衆の目を気にして恥ずかしい質問をして馬鹿にされたくないという心理がはたらくことでしょう。それが証拠に少人数でなら結構質問はでます。
Posted by A.Tanabe at 2013年03月22日 11:36
”中国人は(中略)内容はともかくして質問すること自体がテーマと人物に関心を示す証拠だと捉えます。”
 質問の止まらない中国人Dr−この光景は国際学会でよく遭遇します。中国だけでなくインドのDrでも見かけます。日本の医師が中々質問できずにいるのとは対照的です。見知らぬ隣席のコーカシアンのDrに私がアジア系という理由だけで「何故君たちは他の人に譲らないのか」と聞かれてしまうことがあるのを考えると、総じてあまりいい印象は持たれていない印象で、しかもアジア系ということで一括りにされている可能性は十分にあると思います。
 また、”喧嘩を仲良くなる機会と捉えている”という件についても、一緒に仕事をする中で、そうなのだろうと思う場面は確かにありました。しかし、色々な国や文化から来ている人が集まる中で「仲良くなるために」喧嘩をすることからスタートして、最終的に仲良くなるというゴールを目指そうよ、という考え方を周りに受け入れて貰おうというのは、やはり最初に「傷つけられた」と相手が感じてしまうと、そこからの軌道修正は難しいでしょう。これは「言わずに察してよ」という日本人の考え方と同じ位、受け入れが難しいもののように感じました。
 お互いが相対することで目にする相違だけでなく、第三者から見た場合の日本人と中国人の相違も、受け入れられるには準備が必要そうです。なるべく誤解なく周りに違いを伝えるためにも、まずはお互いの違いを理解しあうことが大切だと考えます。

 ちなみに医療に関して、現場での印象として日本人と中国人あるいは韓国人とに共通するものに手先の細かさが挙げられると思います(勿論個人差はありますし、他の国の人でも器用な人は沢山います)。私は個人的にChopsticks文化圏と呼んでいます。
Posted by 内野 三菜子 at 2013年03月22日 11:38
 同感です。日本は、大陸、半島、南の島々から海流の乗り、来た人々が、源流と思いますが、日本人なら分かるという感覚はあると思います。
 私は、海外の方々を部下にして、働いた経験がありますが、欧米系は、顔かたちが違い、アジアは同じ黄色人種。でも、台湾で仕事をした時には、中身はアメリカ人と思い、徹底的に説明する。話し合う。時には「日本人は何でそんな細かいところまでこだわるのか」と怒り出した時がありましたが、共通とする価値観までさかのぼり、時には、ホワイトボードで、図式化しました。お互いに違いを認め、いいところはをあわせていくところに、発展があると思います。
 その激しい議論の後は、分かったで仕事は進み、最後は、食事してニコニコと笑い締めくくりです。
Posted by 1951年生まれ at 2013年03月22日 12:01
考えてみると相手がどう考えてるかなんて正確にわかるわけないですよね。日本人は相手の気持ちとかその場の空気とかを勝手に想像してるだけ。または勝手に相手の気持ちをくみ取ったつもりで本当はやらない言い訳を探しているだけ。セミナーで質問しないのもくだらない質問して例の中国人のように「こいつ話を聞いていたのか」と周りの人に思われるのを恐れているのでしょう。だったらやらないほうがましという思考回路で超保守的自分大好き民族。私もその日本人ですが・・・
日本人が空気を読むことができるのだとしたらそれは平等・同質教育の「おかげ」なのかもしれません。生まれ育った環境、人種、文化がまったく異なっていれば多様性を認めることが当たり前ですから。しかし日本ではその当たり前が「出る杭」となって打たれる。自分が理解できないものを排除するという方法しか知らないのでしょう。
Posted by ful at 2013年03月22日 12:02
今回のメルマガで2点気になりました。多少驚いたのは、近習平体制で接待が禁止されたので、営業活動ができなくなったというキヤノンマーケの話です。世界第2位の経済大国の国家主席が、そんな具体的な指示を出さないといけないほどに「中国式接待」が問題なのかと思いました。確かに日本でもかって「ノー○○シャブシャブ」で大蔵官僚が接待漬けなんて話もありましたがね。接待する方も、される方にも共通する意識は「人の金で、楽しむ時に楽しむ」でしょうか。こういうのは日中共通なんですね。

二つ目は、宗さんともあろう方が、今さら日本人と中国人の違いに触れなければならない背景です。
人はその数だけ違いがあって当然です。「似て非なる」が真理ではないかと思います。
ただ、我々日本人が中国人と接する際に、注意しないといけない決定的な違いがあるのも事実です。
既に「謝りの違い」という研究で明らかにされているそうですが、日本人の場合は、「謝りはペナルテイ終了の合図」、中国人の場合は、「謝りはペナルテイ開始の合図」という大きな違いです。
何かミスを犯した場合、当然ペナルテイを受けなければなりませんが、日本人の場合は、謝ることでチャラになるか、悪くても50%に軽減されると言うことで、「終了」の合図です。しかし、中国人の場合は、「甘んじてペナルテイを受け入れる」という「開始」の合図だそうです。
この違いが理解できていないと、中国人はミスをしても謝らない=モラルが低いという認識をしてしまうのだそうです。こういう点が中国人とアメリカ人が似ているという理解になるのでしょうか。日本人がただ世界の常識からズレテイルだけかもしれませんが。

今回のメルマガでも宗さんにまだ「隕石発言」がつきまとっているようですね。
ここで日本式の謝り方=「引責(的)発言」はでないでしょうね。
Posted by 阿部寿夫 at 2013年03月22日 12:27
いつも興味深く読ませて頂いてます。「日本人はレベルが低い質問をすると失礼だと考えていると推測します」−他にも、「みんなわかっていて自分だけわからないんじゃないか」「間違えると自分の失点になる、攻撃される」などと考える場合もあるでしょうね。総じて議論を通して物事の本質を明らかにする経験が少ない、自分の間違いが明らかになることを極端に嫌う意識があると思います(自分もそうなので逆に行動しようと努めています)。私もコミュニケーションの面では日本より中国の方がアメリカに近いと思います。
Posted by naoya okamura at 2013年03月22日 12:37
初めてレスします。日本人にも2種類?いて、「関東のひとつのこし」で、一方関西人は、みんなで食事をしていても、最後まで食べきるようです。また、わたしも、中国の方は、米国に似ている気がします。わたしは、日本人ですが、そっち系統のときが多いかもです。なぜか、を考えると親が転勤族で、今みたいに単身赴任の風習も少なく、転校生生活が長かったからなと分析しています。というのも、日本は地方地方で方言があり、文化があり、子供ながらにそのなかで、自分のポジションを確立するために、自分自身を確立する必要があったからかもしれません。要は、米国・中国も多民族で、そのなかでの自己表現力を幼少の頃から必然的に学ばざる負えなかったということでしょうか。大人になっても、転職クセが抜けませんが、(-_-;)。極論ですが、単身赴任禁止令が出たら、日本も国際化するかもです。いつかは別れるということを無意識で理解できるし。要は、人生もそんなものかなあと。割り切りや覚悟は必要ですよね。ケンカしたら嫌われるでは、本当にいい世の中は生まれないような。戦争は、ある一握りの人達しか儲からないと想うのでノーですが。闊達な意見の交換はありですよね。駆け足の桜さん おいおい待ってよ
まだ、花見の段取りできていないのに。と今日この頃です。では。
Posted by おおば のりお at 2013年03月22日 12:50
円滑なコミュニケーションの基本は相手に対する敬意だと思います。
「日本の方が先進国に早く仲間入りしたんだ」って意識で中国を中国の人々を見下す日本人もいますよね。工場での技術指導を見てると同じ日本人として悲しくなる時があります。反対に中華思想の強い方と話をするとかなり疲れますし。
お互い敬意をもって接すると、多少の文化習慣の違いも受け入れやすくなります。「結局同じ人間だなぁ」というところに行きつくことが多くなります。
そのあとは、信用できる人、信頼できる人との交流だけが残っています。そこには国籍人種は一切関係ないですね。
私の場合、信頼信用できる中国人の友人も多く、幸せだなぁ。。。と感じます。
Posted by 小西 真 at 2013年03月22日 13:22
私は中国の食品メーカーで勤務し5.5年になろうとしているものです。
その中で中国人と日本人の考え方/発言の仕方に大きな違いを感じております。
読者コメントの中に謝るという事の違い(日本人の場合は「終了」の合図、中国人の場合は「開始」の合図)に触れられていますが、例え自分に落ち度があってもまあ謝りませんね。謝る=負けという意識/考えがあると言う風に感じています。特に歳をとった人にその傾向が強いように感じます。しかもそのような場合は非常に大きな声を出します。声の大きさで自分の落ち度を隠そうとしていると私は感じています。
私もある場所で中国人と日本人の違いを発言をする機会があったのですが、それは生まれ育った環境や文化の違いに起因するものであり、どちらが良い悪いではないと思うとお話ししました。
人間誰しも自分自身の基準がある訳でその基準をもとに良し悪しを判断する傾向があるとは思いますが(私も多分にそうですが)頑張って「違いだ」と思うようにしています。そうでないと日本人の私には腹が立つことが毎日のように起こります。
ただ企業である以上その違いによって不利益が生じる場合は、私の基準を指示/指導するのは言うまでもありません。
Posted by 山東虎 at 2013年03月22日 13:31
宋さんこんにちは。
質問のスタンスについて、小生も常日頃気になってるのでコメント差し上げます。
日本人の「レベルの低い質問は失礼だからしない」は、笑われたらどうしよう、恥ずかしい思いをしたくない、といった、弱々しいメンタルの言い訳に過ぎません。相手への気遣いを装って自分の殻を作って閉ざすのが、日本人の常套手段。小賢しいだけで奥ゆかしさはマッタク見えませんです。気配りにくるんでコミュニケーションを絶つわけです。
セミナー等で一生懸命話したり、プレゼンしたり、会議で提案を出したときに、質問を募っても一言もない。でもアンケートや終了後の裏話では、厳しい指摘や、聞きたかったけど「聞けなかった」こと、聞く雰囲気ではなかったとの声。がっかりします。なぜその場で言わないのか。言ってそれがもし相手や周囲の「意図」「思惑」「空気」と違うとまずいという、自己防衛なんです。
こんなんでは世界で闘えるどころか日本人どうしでさえ、うまく行くはずもなく、皆対人関係でストレスだらけです。日本人は奥ゆかしいとか礼儀正しいとか言いますが、裏を返せばコミュニケーションの断絶を、しかも自分以外の何かのせいにして、意図的に作り、自分の殻を守るんです。
あまっさえ、質問すること自体が失礼にあたるからと、あらかじめ禁止されてたり、予定調和質問だけが用意されてるケースも、多々あります。勉強会・講演会・検討会…形骸化してるのも少なくないですね。
Posted by おおたに at 2013年03月22日 15:08
日本人です 当然日本を愛していますが、残念ながら日本人の考える常識は世界ではそうでないことが多いと思います。
違いということをいえば 日本人が大多数の世界と違っていると思います。
やはり一番の違いは みんなが仲良くすることが大前提にあるということだと思います。それが原因で深い議論も出来ず、理解が進みません
物理でも衝突が変化のきっかけであることが多い。衝突を恐れず本当のことを言える社会を作りたいと思います
Posted by Tsuda at 2013年03月22日 15:16
日本人、中国人、欧米人は所詮同じ人間であり、本質的な違いがないと感じます。
「中国人はよく嘘をつく」といわれますが、日本の総理大臣まで「近い内」でうそつきの代名詞になったりするし。「中国人はなかなか謝らない」っといわれますが、日本だって、日柔連も最初はなかなか事実を認めなかったし、誤らなかっただろう?イジメ調査だって、同じじゃ?但し、中国は途上国で、経済・教養レーベルは日本より低いのは事実です。
Posted by Preston.Lee at 2013年03月22日 15:40
最近、皆さんのコメントを読んでいますと、宋さんに迎合的な発言ばかりで、本心からの発言ではないのではないかと疑っていました。
 中国では、宋さんが言われるように、喧嘩かと思われるような話し合いが日常的に行われているようです。その中でお互いの考え方を理解し、正常な交際ができると聞いています。
 一方、日本人は、話し相手の感情を慮って、気に障りそうなことは言いません。この美徳?は、無用な摩擦を避けようとすることなかれ主義とあいまって、中韓との誤解を拡大してきました。
 日本人は、言うべきことははっきり言うようにしないと、グローバル化する社会で、孤立していくと思います。
 本欄でも、宋さんに遠慮(相手の感情に配慮して批判的発言を控えること)しないで、本気での議論をするべきでしょう。それがお互いのためになります。
Posted by 金田 at 2013年03月22日 15:43
日本では教師が既に説明したこと聞き逃してうっかり質問したら、「今まで何を聞いていたんだ」と怒られるのです。もしくは、「さっき説明しました」とうんざりした顔をされるとか。だから私は恐ろしくて質問できませんでした。何か高度な質問をしなければと思うからです。
ちなみに、アメリカに留学した時、いろんな生徒が似たような質問をしても教師は根気強く答えていたのにびっくりしました。
中国の学校ではどうなんだろうと思いました。
Posted by みう at 2013年03月22日 20:33
宋メールいつも拝読しております。今回のご記載もっともと思いました。
中日の習慣の相違を前提として、日々のお付き合いをすることが大事なのですね。宋さんのメールを拝読してつくづくそう思います。
私の日々の仕事では、中国の方と直接やりとりする場面は皆無なのですが、宋さんの情報発信により、理解が深まり、不要な誤解がなくなれば、中日の民間レベルの関係がより深まるのではと思います。
Posted by 星野 正 at 2013年03月22日 23:24
日本にいても、自然に寄ってくるのは変人とか外国人‥なもんで
自分は偏見を持たなすぎて損してたんかなって過去振り返ると想ったりして。
国際感覚とか意識に全く無いまま仲好くしていました。

でも、相手からすると《ちゃんと答えろよ》ってメッセージもあった気がして

相手に高レベルな質問しないと失礼や、てのは合ってます。
だってあまりにも真剣で相手は怒ってるように見えて怖かったから。
怖かったから、笑って茶化す癖があったんです。

でも現在は、《質問しないほうが怖い》に変わりました。
どっちも極端ですねぇ‥我ながら。

あとただの勘ですけど、日本はフィンランドに似てる気がする。
ブータンは郷愁を誘う。
中国は確かに日本にとってアメリカね 笑




Posted by 原口 智衣 at 2013年03月23日 03:04


日本にいても、自然に寄ってくるのは変人とか外国人‥なもんで
自分は偏見を持たなすぎて損してたんかなって過去振り返ると想ったりして。
国際感覚とか意識に全く無いまま仲好くしていました。

でも、相手からすると《ちゃんと答えろよ》ってメッセージもあった気がして

相手に高レベルな質問しないと失礼や、てのは合ってます。
だってあまりにも真剣で相手は怒ってるように見えて怖かったから。
怖かったから、笑って茶化す癖があったんです。

でも現在は、《質問しないほうが怖い》に変わりました。
どっちも極端ですねぇ‥我ながら。

あとただの勘ですけど、日本はフィンランドに似てる気がする。
ブータンは郷愁を誘う。
中国は確かに日本にとってアメリカね 笑





Posted by 原口 智衣 at 2013年03月23日 03:08
お世話になります、矢谷です。僕は、4日前に、利害関係抜きの 日本人と 中国人 のハーフと方と社内で(アイシン精機)でお会いしました。

僕は、宗さんの 本当に 日本人に伝えたいことの 本質を 見抜いている可能性があります。

ビジネス業界の真の WIN×WIN を証明するお手伝いをして欲しいのです。

また、ご連絡さしあげます。
Posted by 矢谷 和基 at 2013年03月23日 07:26
今なら、世の中のコンサルと名乗るひとたちのなかの”偽者”を9割は駆逐でいます。

というか、間違いなく3分野の弱みを握っています。裁判で勝てます!

裁判しないくても、論破できます。

そういう存在が僕のいう、シンの『ヒール』です。
Posted by 矢谷 和基 at 2013年03月23日 07:29
中国人がアメリカ人に似ている、というのは言語のせいではないか、と思うことがあります。中国語(漢文)を日本語読みするとき、返り点でいっぱいになります。英語と同じ「S+V+O+C」の順序で語句が並ぶからです。
一方、第二次大戦で同盟国だったうち、ドイツ語は否定語の「nicht」が最後に来て、イタリア語は、主語なしで文章を作れる、という点が、日本語とよく似ていると思ったことがあります。
Posted by 内田 朝子 at 2013年03月23日 10:07
日本人と中国人の違い、大変面白く参考になりました。日本人は他人の目を気にするために、意見をはっきり言わないのだと思います。夕食の話も、帰って欲しい、とはっきり言ってしまうと、自分が悪く思われるので、婉曲に、帰って欲しいことを示すために、わざと反対のことを言う人がいるのだと思います。(ただ、本気で誘っている場合もあるので、そう言われた場合はまず「そろそろ帰ります」と言ってみて、奥さんの反応を見ます。相手がもう一度夕食に誘った場合は本気で誘っているとわかるので、もし自分の都合が良ければ誘いに乗ります。)
異文化の場合、折角の思いやりが伝わらないことがあるので、気持ちをわかりやすく言葉に表す必要があると思いました。
講演会で発言を避けるのは、皆さんが書かれているように、相手に失礼と考えているのではなく、きちんとした意見を言わないと恥ずかしい、と自分のことを気にしているのです。また、「言わぬが花」ということわざもあり、意味が無いことは口に出すことを避ける文化もあります(私はそうではありませんが)。日本でも、地方によって違いがあり、同じ日本人でも違いを感じることがあります。
いずれにせよ、自分を含め、日本人は内気な人が多いですが、特に異文化の人とコミュニケーションする場合、明確に表現する力を身に着けなければならないと思いました。
Posted by LENI at 2013年03月24日 18:13
いつも楽しく拝読させていただいております。
小さなコンサルティングファームをやっております潟Gッチ・エイ・コーポレーションの
磯部と申します。

宋さんが「皆さんの意見が聞きたい」とおっしゃられてますので初コメントしました。

「セミナーの後Q&Aにおいて、レベルの低い質問をすると失礼だと(日本人は)考えているのではないか」と宋さんは推測されておりますが、日本人は一般的に”知っている人の前では礼儀正しい反面、知らない人に対しては礼儀を欠くという面があります。

例えば5〜6人のグループで旅行に行ったりすると、汽車の中でも観光地でもグループの仲間に対しては大変気を遣うのですが、そのグループが大騒ぎすることによって周りの”赤の他人”に迷惑を及ぼすことには無頓着な人が多いのです。(その傾向は知的レベルと反比例していますが・・・)

セミナーにおけるQ&Aの場合は、周りも講師も“赤の他人”ですので、礼儀のことは考えていません。
いや考えていないわけではないのでが、”相手に失礼だから・・・”という動機ではなく、”礼を失するようなマネをする自分が恥ずかしいから。アイツは礼儀を知らないんじゃないのか”と他人に思われるのが恥ずかしいから、というのがその動機になっていることが多いと思われます。

「日本は”恥の文化”である」ということが言われますが、”恥”の裏打ちをしているのは自意識やプライドや自尊心です。

私の偏見かもしれませんが、日本人は、例えばアメリカ人などに比べてそこらあたりが
強すぎるようです。別な言い方をすると、他人に対してフランクなところに欠ける、容易に心を開かない、何かいつも鎧を着て構えている、といったところがあるのです。

それと関係があるのかどうか分かりませんが、対人のコミュニケーションが恐ろしく下手な人が少なくありません。(だから何でもかんでもメールに頼る。対面だと表情の硬い人でもメールでは急に饒舌になったりするのです。)

もうずいぶん前私がまだサラリーマンの頃のことですが、朝の通勤ラッシュの山手線に
乗っていた時の出来事です。
私のすぐ前の人が吊革にぶら下がって片手で新聞を読んでいたのですが、その新聞の
端が垂れ下がって前の座席に座っている人の額に時々あたっていました。
座っている人はしばらくの間しかめっ面をして顔を左右に傾けたりすることによって迷惑していることを察して欲しいと思っているようでした。が、前に立っている人はそれに全く気づかず一心に新聞を読んでいました。

そして、遂に何度目かに新聞の端が額に触れた瞬間、座っている人が激しく手で新聞を払いのけたのです。
立っている人はびっくりして「何だこのやろー」とどなり、それからあわや殴り合い寸前までいったのです。

私はこの光景に接して、寒々しい思いにとらわれました。新聞を読んでいた人も気をつければいいのですが、うっかりそうなってしまうことはままあることです。
座っている人が「すみません。新聞の端が顔にあたるので・・・。」とおだやかに言えば
相手も「アッ、すみませんでした。」となる筈です。
何故それができないのかと考えてゆくうちに、民族としてコミュニケーション能力に欠けているところあるのではないかということに思いあたって、暗澹たる気持ちになったのを覚えています。

日本には“察する“とか”以心伝心”といった文化があります。これは言葉に出して言わなくてもお互い気持が通じ合う様を言います。

日本人は民族として”職人”であり、アメリカ人は民族として”セールスマン”で
あると私はかねがね思っています。

宋さんの挿話の中の話で言えば、その奥さんはそんな廻りくどい言い方をせずに、「○○さん夕食はお宅でご用意されてるんでか?」などとダイレクトに確認すれば良かったのだと思います。

一般的な日本人はそのような持って回った言い方はしません。そういった言い回しは
京都地方に特有のもののようです。
京都では、もうそろそろ客に帰って欲しいという時「ぶぶづけ(お茶漬け)でもどうどす?」と言うのだそうです。しかし、京都以外ではほとんど聞いたことがありません。
又、京都のお店では”一番いい商品は普段店頭に並べて置かず、お馴染さんが来た時だけ出してくる”と言うことも聞いたことがあります。

そのような陰湿な文化は京都が長い間お公家さんに支配されてきたことに由来していると考えられます。

日本がグローバルな舞台で活躍するには、日本の中でしか通用しないひとりよがり且つ分かりにくいコミュニケーションからは卒業する必要があるのではないかと思います。

クリッ
Posted by 磯部 洋 at 2013年03月25日 10:34
3月22日に載せました私の文章をできれば
破毀していただきたいのです。
個人的なことを書いてしまいました。

すべて破毀ください。
Posted by 白川八重子 at 2013年03月25日 12:07


あと‥今更過ぎますが
日本人は《受け身》だし《受けることそれ自体が応答すること》



Posted by 原口 智衣 at 2013年03月25日 14:38


何度も書き込んでしまい、済みません。

最近、日本が大好きだと言ってくれる大陸の若者と話ができました。
お世辞かなぁと想っていたけど、中国語をろくに話そうとしない自分にも
ほんとうに心から愛をもって接してくれた。

こんなに周りから孤立したり外交がとびきり下手な国な癖、
国籍を変えてまで守ろうとしてくれる元外国人も存在する。
素直に誇りに想おう。

宋さん、
何の縁か分からないけど紛れ込んでくるあなたの声も貴重なお薬です。
大事に扱う反面、やはり職人さんを大事にする伝統がこの国を循環する血液だと信じています。

中国はその昔日本が憧れた異国情緒でした。
近づきすぎて喧嘩もしますが、いまでも
知的で雄壮な印象は変わっていません。
荒馬のような方々はご愛嬌として。

お互いの個性を大事に生かしあう関係に成長したいですね。

わたしは、ささやかな美の小宇宙に耳を澄ましながら戯れられる社会へと
すこしでも移行できたらって考えています。
べつに経済大国に固執したいと想ったことないんで。
辺鄙でも変わっててもマイペースが一番。

中国がこれからは世界の中心です。
それでもたまに、遊びにきてくださいな。

京都の祇園白川に浮かび上がる夜桜とか一度は堪能しに来てください。
そのまま八坂さんの円山公園へもお勧めです。
仄かにあの世と交信できるんです 笑



Posted by 原口 智衣 at 2013年03月28日 08:00
こんにちわ。街あるいてたらすれ違いざまに、女子高生数人に「じ〜」て擬音たてられた。見てる時の擬音かな?見て無いけど。まだ5年早いわ!どこまでばらまいてんのか。SECOMが協力会社の個人の工程組んでるからね。SECOMが排除したいんだろね。SECOMだろね。どっかの工事現場で聞こえてきたからね「前の所でも同じ事あったらしいよ。」と。同じ理由で排除できたら前の所も都合がいい。どこの会社行っても同じ事される可能性があるな。自分とこの工事で、普通こんなこと事前に吹き込まない。排除だな。独立しろ?自信もないが、したいことがない。ただしそれも邪魔されるだろね。排除は続く。たぶん辞めてもだ。女は見ないが今後がミエる。お粗末。かなり知名度高い。選挙いける。自見ん党。
Posted by 小野道陽 at 2013年03月31日 16:31
宋さん

 宋さんさんが年齢だとひとり子の可能性が低いと思うので,『日本人は一回喧嘩するとなかなか普通になれないため、喧嘩がないことを前提に仲良しを強調します。』という観点について,1つ確認したいです。

 その前提としては,日本の世間ということですよね,つまり「外」という世界が「喧嘩がないことを前提に仲良しを強調します。」だけど,日本人家族の兄弟姉妹の間には喧嘩することが中国とほぼ同じではないかと私が推測したんです。(私はひとり子だからたいけんしたことがない)

 また日本人の皆様にもこれについてご意見を聞きたいです。
 
Posted by Ken Chou at 2013年04月20日 19:39
Ken Chouさん

一応、日本人なので返事してみようと想います。
宋さん、場所をお借りしますね。

家族内の喧嘩はありますよ。
でも、家族に命を奪われるほど敵対するケースがあれば異常事態ですよね。
ここでの例外とします。

仲がいいのを前提にしちゃってるかに見えるのは、よくも悪くも性善説的な感覚が原因かも。
日本は海に囲われてる時間が長過ぎて、犯罪したほうが損する社会になれた。
平和に呆け信頼に呆け、対立さえ避けたら生きてゆけた。

癖でつい、相手がどっかで折り合いつけてくれるの期待してしまうのかなぁ。
石原慎太郎さんにしても国内でなら別に、目立つ赤ちゃんてだけ´`



Posted by 原口 智衣 at 2013年05月01日 05:40
レディース 腕時計
Posted by ブーツ エンジニア at 2013年08月21日 12:50
>>日本人はレベルが低い質問をすると失礼だと考えていると推測しますが(これについて、皆さんの意見を聞きたいです)、たぶん、同じく気遣いの結果でしょう。

これは違う,日本人は「不確実性
」(Uncertainty Avoidance)を回避する傾向が強いからだと思います。
Posted by Ken at 2013年08月21日 17:05
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。