今月も「朝まで生テレビ」に呼ばれました。責任感からか、北京の自宅に帰る時間がいくら遅くても頑張って日本のテレビをみるように努力しています。
中国では業者にお金を払えば日本の地上波はネット経由で自由にみることができます。多くの日本人駐在員がそのサービスを受けていますが、話をきくと、やっぱりあまり見ないようです。
日本に関心がなくなった訳ではありません。中国のテレビをたくさん見ている訳でもありません。なぜか日本にいないと日本のテレビや新聞を急に見なくなるのです。
私は毎月10日間ほど東京にいます。ホテルに戻るとなぜかテレビをつけてしまいます。朝刊も必ずいち早くトイレで読んでしまいます。ツイッターもよく書きますし、自然にあれこれ日本について考えてしまいます。
会社の支社や営業所に行きますと、自然にそこの社員のことを考えてしまいます。当社の「eセールスマネージャー」で社員の画像から詳細な自己紹介やインタビューを見ることができますが、なぜか現場で会うと脳に全然違うレベルの情報が書き込まれます。
お客さまもそうです。商談でいろいろな課題について議論を尽くしても工場や営業所の現場にいくとなぜか気持ちが変わるのです。正直いってどこの会社の工場も営業所も大差がありませんが、なぜ行くと深く印象に残るのです。その後の提案や議論の際、実感があって頭の動きがよくなるのです。
現場への出張は数時間もかかり、旅費もかかるので頻繁にやれるものではありませんが、他人の情報に頼って理屈で考えても、良い真実に辿り付かないのです。その他人の情報が間違っているのではないのに、なぜか自らその場に身を置くかどうかで頭の働き方が違うのです。
昨日、ヤクルト中国のマーケティング責任者に会いました。全中国にその知名度を広げ、5年であれだけの事業規模拡大に成功し、儲かり始めたのは凄いと思いましたが、マーケティングと営業の責任者から聞いたのは「泥臭いマーケティング」という言葉です。
よく聞くと「泥臭いマーケティング」とは現場に徹底するマーケティングのことだそうです。たとえば中国現地の日本人社会では「外資メーカーは自前の物流を持つのが不可能」との噂があってもそのまま信じないで現場に確認に行くことです。短パンとポロシャツに着替え、現地の中国社員と一緒に汚い物流センターに張り付いてみました。
目の前でいろいろな会社の物流が飛び交う風景をみていると、なぜ彼らができるのかを聞きたくなるのです。中国人社員と一緒に地元他社の運転手に訳をきくと、意外とあれこれと熱心に教えてくれました。言われたことを真似しながら独自の工夫を重ねているうちに自前のセールスドライバー物流が出来上がりました。
現場に居てこそ意欲が湧き上がり、現場に居てこそ智慧が働き、現場に居てこそ他人と絆が出来上がります。
そういえばテレビ局のテレビ番組に出ていつも感じるのですが、評論家だけの人は、間違ったことを言っている訳でもありませんが、なぜかずれているのです。同じ現場を知らない視聴者なら、なるほどと思うかもしれませんが、現場から来る人には「それは違うよ」と言いたくなります。だからビジネス領域では「評論家」と「空論家」が限りなく近いのです。
長い間ずっと現場に行くのと行かないのと何が違うだろうかと考えてきましたが、昨日のヤクルトの責任者の熱意に溢れた説明を聞いていると急にあるキーワードが沸きました。それは「感情」です。
現場に行かなくても確かに情報を掴むことは可能です。しかし、現場に行かないとなかなか感情が生じないのです。現場に居てこそ心に染み込んでくる愛着と絆があるのです。それが熱意と責任感を掘り起こし、人間の智慧を引き出し、行動パターンを変えてくれるのです。
変えたいなら現場に行こう。見せ掛けではなく、本当の現場に。
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時々現場を知らないスタッフと話をしていてがっかりするのもここです。
昔はネットも無かったので、お客様の情報一つ調べるにも時間がかかり、その後、訪問して、実感が沸いたものです。
現場と入手しやすい情報を上手く使い分けていきたいと思います。
今、本社で働いていますが、この4月までいた現場の状況から乖離している実態が感じられます。
「それ、違うんだけど」この部分の説明を言葉ですると、どうしても伝わらない。「感情」がある言葉は、どうしても、ノイズが多くて、論理的に説明しにくい。(自分の言葉が足らないのかもしれませんが)
肌触りと僕は言いますが、現場で五感で感じる情報が「なんとかせな!」という気持ちへと昇華する気がします。
私は中国各地に4年、インドネシアに2年パンを教える仕事をしてきました。
日本で得てきた情報とは微妙に違い、「へぇ〜、なるほど!」の連続でした。
教えると言うより教わる事の方がはるかに多かったような気がしています。
今月から青島近くの料理学校で世界のパンとケーキを教えます。どんな出会いが有るか楽しみです。
所で、NHKは週に1〜2度9時(時差の関係で)のニュースを見るだけでした。テレビを見なくなって、考える時間が相当増えた喜びも感じています。
現場に行く、行かないの違いには
他人のフィルターを通さずに
自分の物差や目線や着眼点で見られることが重要です
その場で気になったことも確認できますし
私も先日、身体障害者が中心になって働く電子製品の某工場の見学に行ってきました。そこでは障害者が知恵を出し障害を克服し仲間を支えながら誇りを持って働いていました。障害があるから不可能ではなく、不可能を可能にするためにどうするかという姿勢に感動しました。要するに身体的障害は彼らからすればたいした問題ではないのです。
かつて「体の障害者になっても心の障害者にはなってはいけない」という言葉に感動をしたことを思い出します。
さらに、その企業の基本理念が「企業は社会の公器である」でした。私はこの理念そのものに感動するとともに、理念というものの大切さをあらためて感じました。今の政治にかけているのはまさにこの基本理念であると確信します。
宋さんは「感情」とのことですが、私も感情がすべての源であると思います。感情からすべては生まれるのだと思います。
ありがとうございました。
私は飲食店店長ですが、店長として振舞うだけ(見せ掛け)ではなく、現場(客席)に常に100%行かなくてはと思いました。
スタッフからお客様のご意見などを聞き、指示するのではなく、直に伺えば「感情」を持った対応が責任者としてより出来ると思います。
ありがとうございました。
そうですね、私も現場主義で、現場を大事に今まで生きてきました。
現場とオフィスの違い、それが感情だったのですね。私にもよく腑に落ちました。
この言葉を大事にしていきたいと思います。
ありがとうございました。
シンガポールの現場にて
今回のテーマは本当に実感としてわかります。例えば、小生は定年で自宅にてのんびりとしていますが、現役時代にSEとして感じていた課題があり、定年後それについて調べたりしていますが、やはり現場を離れ、すぐ傍に誰もいないと言う状況ではHPや書籍の情報だけでは状況がわからないことが多すぎて中々進みません。(特にHPは良い事の表現ばかりが多く、本当の制約や課題が体系的に掴み難いと感じます。)之を解決するにはやはり現場にチャンネルがないとダメだと思います。
これからも時々は感想の返信をさせて頂くこともあるかと思いますので宜しくお願いします。ソフトブレーン社さんとは現役時代に数回コンタクトがありましたが、宋さんの物の見方については昔から共感することが多く、ある意味での宋さんのファンの一人です。
現場主義は皆さん言われていますが、どのくらいの人が理解してお話されて
いるのかと思うときがあります
現在は情報ネットワークの発展により、オフィースにいながらいろいろな
情報を入手することができます。我々も仕事にスピードを求められると、まず、
ネットワークの情報に頼ってしまうことがしばしばあります
でもそこにのは現場で働く人の気持ちや、今そこで何が起こっているのかは
わかりません。情報は伝える人に左右され、拾い上げられた情報のみが伝わっ
てきています
今後、我々のビジネスが継続して続けられるかどうかの分岐点でもあるよう
な気がします。そのために若い人たちに現場を教えていくことは自分たちの重
要な仕事ですね
実は、以前、宋さんも取り上げられている中国ヤクルトさんのマーケティング責任者の方のプレゼンを聞いたことがあります。中国で、ここまで徹底して市場調査、分析に基づいてマーケティング、ブランディングを行っているのか、と驚かされたのを覚えています。
その時は、これでもかというロジックの積み重ねと、綿密なデータ分析をベースとしたマーケティングという印象が強く、宋さんの言われる「泥臭さ」はあまり感じませんでした。
しかし、宋さんの文章を読んで、あの徹底した調査や、分析の根っこには、現場に対するこだわりと、地道な泥臭い作業があったんだなと、今になってすっきり腑に落ちる気がしています。ロジック展開や分析手法にばかり目がいってましたが、あの時のプレゼンには、確かに宋さんの言われるような「熱意」や「感情」があったように感じます。
私も中国の事業に携わる人間として、常に現場に対する熱意をもって、仕事に打ち込まなければと再認識させられました。ありがとうございました。
現場に出なければ、お金が貰えない立場の人なら、そうするしかないと思います。
しかし、会社の机に座っていて、部下からの報告を聞いて指示を出して給料が貰える立場なら
わざわざ現場には出ないと思います。
そして、日本には会社に閉じこもっていて、給料が貰える立場の人の方が多いと思います。
そして、そういう人達は、現場を変えなくても給料が貰えるので、何もしないと思います。
私も、会社に閉じこもって、報告だけ聞いて「評論家」や「空論家」になって給料を貰える立場になりたいと常々、思ってます。
先日は、上海でお目にかかり、いろいろとお話を伺うことができて大変勉強になりました。
私達も、決して「何が何でも現場」とか「泥臭いマーケティング」を最初から意識しているわけではないのですが、「中国での事業をより良くしていくために必要な情報」を追い求めていくと、結果的にどうしても現場に足を運ばざるを得ず、泥臭いこともやらなければなりません。ですから、単純に現場ありきではなくて、「何を見聞きして、何を考えるのか」という課題や目的意識を持って現場を訪れることが重要なのではないか、と感じています。
現場では、自社の課題だけでなく、消費者の息づかいや、競合他社の思惑など、市場のダイナミズムが見える気がします。そうした情報を、既存のノウハウや、ネットや書籍、その他のルートで得られる資料やデータとすり合わせ、消化することで、見えてくる像がより立体的に立ち上がってくるような感覚があります。
私達も、まだまだ現場から学ぶべきことがあります。学んでゆくための熱意、感情を持ち続け、さらに高めていきたいと考えます。
ありがとうございました。
今回のテーマは深く同感です。
遠隔で文書や通話や映像で受け取る情報と、現場へ出かけて至近距離で目や耳や五感で感じる情報とでは、その量や深さに圧倒的な差があると思います。同じ会話でも電話と相手の表情が見える対面とでは伝わり方が違いますよね。
不景気でなかなか出張しにくいご時勢ですが、本質を知るには、やはり現場へ出かけて感じる!ことが不可欠だと思います。
システム開発を長年やってきましたが、例えば物流倉庫の現場を見て、現場でシステムがどういう環境で使われているかを見ると、システム設計時に考慮する点が変わります。ピッキングのリストで、棚番・品目コード・品名・数量を大きな文字にする必要性がわかります。薄暗い倉庫でフォークリフトで探すときに、見やすくするためです。
現場を知らないで設計したシステムは、機能的には満たしていても、現場で使われない。使われないシステムは無用の長物になります。
これからも使われるシステム作りを目指したいと思っています。
テレビ見ました、日本人以上に日本を心配頂いてる事に脱帽、それに耳を傾けない論客と呼ばれているバカが日本をダメにしてると痛感しました。
・菅さん、政府が何をするかではなく
我々が何をすべきかが重要。
→何もできない・何をすべきかも判らない日本国民、他人に責任を転嫁するだけの日本国民、本当に残念です。
尖閣諸島の問題にしても弱腰と非難するなれば、尖閣諸島に出向き他国の横暴を死を覚悟し排除する日本人が何人いるか?何もしないで口だけたっしゃな日本人って本当になさけない。
ご指摘されていた通り、格差、厳しさが足りない!
テレビ見ました、日本人以上に日本を心配頂いてる事に脱帽、それに耳を傾けない論客と呼ばれているバカが日本をダメにしてると痛感しました。
・菅さん、政府が何をするかではなく
我々が何をすべきかが重要。
→何もできない・何をすべきかも判らない日本国民、他人に責任を転嫁するだけの日本国民、本当に残念です。
尖閣諸島の問題にしても弱腰と非難するなれば、尖閣諸島に出向き他国の横暴を死を覚悟し排除する日本人が何人いるか?何もしないで口だけたっしゃな日本人って本当になさけない。
ご指摘されていた通り、格差、厳しさが足りない!
最後の部分、
現場に行かなくても確かに情報を掴むことは可能です。しかし、現場に行かないとなかなか感情が生じないのです。現場に居てこそ心に染み込んでくる愛着と絆があるのです。それが熱意と責任感を掘り起こし、人間の智慧を引き出し、行動パターンを変えてくれるのです。
変えたいなら現場に行こう。見せ掛けではなく、本当の現場に。
ここのところだけでも是非つぶやいていただけませんか!HPまでは来ない人にも広めたいです。