「成功」は気分である

「成功」という言葉は人生や企業に使われるとろくなことはありません。この私でさえ「成功者」だと言われたことがあります。しかし、それは現実的に殆ど「終わっている」、「そこまで」というような意味合いです。

人間は誰もが成功したいのです。しかし、多くの場合はその中身について曖昧な憧れに過ぎません。「なぜ成功したいか」と聞かれると「変なことを聞くなよ。成功したいからだ」と内心でつぶやいてしまいます。「なぜ山に登りたいか」の問いに「山があるから」と登山家が堂々と答えたように。

しかし、不思議に自らの人生が成功したと思う人は殆ど居ないのです。巨万の富を持っている友人もいれば、著名なアーティストやスポーツ選手の友人もいます。私よりはるかに「成功」しているのですが、私よりも悩み深く、人生として読者の皆様より不幸な場合も多いのです。

「こんなことを言って貧乏な、そして無名な私を慰めているでしょう」と思う方もいるかもしれませんが、事実として「成功者と思われる人ほど人生に成功していない」という、不思議な現象があるのです。

企業も似たところがあります。トヨタ自動車が1兆円も利益を出すようになったのはつい2、3年前のことです。衰退している家電や精密機器を横目にトヨタの快進撃が多くの人々に賞賛されました。次は「世界一だ」と、関係が無いのに力が入る人々も多かったと思います。

日本という国はどうでしょうか。25年前に札幌に行った時によく聞きました。「戦後日本は教育を大切にしたから経済で成功した」、「日本人が勤勉だから経済発展を成し遂げた」など、多くの人々は今とちょうど逆の評価を同じ戦後についてしていました。

そして今、日本が経済で成功したと考える人は何人居るでしょうか。トヨタを成功モデルとして語る人がどれほどいるでしょうか。

「日本が米国の国債を売ったら米国は崩壊する。優秀な部品製造をやめたらスペースシャトルも飛べない。日本がノーをいえば世界が困る」と豪語した石原知事がネーミングした新党は何と「たちあがれ日本」というのです。「えっ、日本はいつ倒れたの」。これが党名を聞いた時の私の素直な疑問でした。

トヨタの実態は3年前と大して変化していないと思います。日本も20年前からそれほど悪くなっているとは思いません。「成功」があるとすれば、それは単なるその時々の気分にすぎないと思います。

70代の日本人先輩に敗戦後の気分を聞くと多くの人々は「晴れた気持ちでした。希望を持っていた」というのです。国家の統治権まで外国に委ねる国家は見事な「失敗」のはずです。しかし、日本人は明るくなりそこから「成功」を始めたのです。

「失敗は成功の母」という言い方があるのですが、なぜ「成功は・・・」がないでしょうか。成功の先に人生も企業も国家も続くのに何の描写もないのがおかしいと感じ、「成功は気分である」と思い付きました。


この記事へのコメント
成功者とは現状に満足しない人のこと、成功者とは走り続ける人のこと・・・ですね。本人の自己認識と他者の評価にはつねにズレがある。現状維持は衰退への道、というコトバがありますが、成功者も現状に満足しないからこそ、成功者なのですね。宋さんの発言に大いに納得です。
Posted by 佐藤賢一 at 2010年04月16日 08:38
宋 文洲様 全くその通りだと思います。人の欲はどこまで行っても際限なく他者から見れば成功者でも、本人はその先を目指しているのでしょうね。地球環境も「そんな人の欲の為に乱開発をされ人類の終焉に近づく作業が世界中で延々と進められている」こんな気持ちになる方も多いのではないでしょうか。どの辺で満足ができるかで成功と失敗の判断は個々人によりかなりの落差が有ると思います。これは人類の永遠のテーマの一つではと思います。
Posted by 新原 幸雄 at 2010年04月16日 08:45
社会全体も、気分浮沈みを繰返し、進む感じです。栄枯盛衰みたいな・・
基本的に沈んでいる時期が随分長く、明るい時期は短いようですが

昭和や江戸や明治みたいに、はじける時期もあるようで、
そこで文化も花開き発展する。アニメや科学技術や歌謡も。
波が激しい分飛躍も大きい。

最後は毎度失敗の巻。桜の花と散って
破局する、平家物語を地で行くのも日本の特徴思います。

個人も社会も一緒だなー。苦悩克服して成功がある。大きな成功は、大きな苦悩の裏返しみたいな。
西欧に劣ってるとか、他人に負けてるみたいなコンプレックスをバネにしている所がありますね。

劣等感克服がモチベーションですので、成功すると、その時点で目標失い転落が始まる。
戦略で進める欧米と違う感じです。
Posted by 石井順造 at 2010年04月16日 08:45
おはようございます。
人口が増えたら増えたで困った、困ったと言う。逆に減ったら減ったで困った、困ったと言う。
100年前の大人も最近の若者は・・・と言っていたそうです。
気分ですか・・・そう考えると真実とはなんなのか分からなくなりますね。
ありがとうございました。
Posted by ごろんた at 2010年04月16日 08:51
「成功は気の毒である」。「・・・気分である」と言われているのをわたしは、「気の毒である」と読み違えていました。
 でも、考えてみると、けっこうしっくりしていいじゃないか!とも思ったのですが。
 余計なコメント、お許しを。
Posted by お殿 at 2010年04月16日 08:52
人間の「欲」や「妬み」といった根源的な心理も通ずる話題であり、書かれた内容に共感しました。

「成功」とは、ある目的を達成した時に他人が評価する結果に過ぎないと考えております。

自身もまだまだ発展途上のみではございますが、社会が求めることに個人や企業が貢献するという意味での『社会貢献』を目指し続けることが出来れば、「成功」という概念に一喜一憂しなくなるのではないか、そんな気がしております。

毎回目が覚めるような話題、ありがとうございます。
Posted by 竹内 博樹 at 2010年04月16日 08:57
宋様
いつもメールマガジンをお送りいただき、ありがとうございます。

そうですね、仰るとおり、“成功”とは、気分だと思います。

所謂「成功者」というのは、他者から見た「評価」を示すだけで、実は本人の気持ちを表していることでは無いのでしょう。

ただ僻み根性ではなく、自分は成功したとは思いたくは無いです。そう思った時点で、成長が止まってしまうように思うのです。
Posted by まーきん。 at 2010年04月16日 09:02
宋さん
昨年、法政大学ビジネススクールのIT戦略論で宋さんのお話を聴かせていただいた水沼と申します。
無事3月に修了し、後輩と起業いたしました。宋さんのお話を聞いてから、中国にも行き日本のこれからについて考えました。
現在、起業したばかりの私が思うことは「成功」の定義などないのかと。かつては自分も「成功したい」常にそう考えていました。しかし、今食べていける収入があり、仲間と楽しくやりたい事業をやっているだけで「成功」と言えるかな、と今思います。
周りから見れば、逆に心配されていますが・・。「成功は気分」妙に実感できたのでコメントしました。
Posted by 水沼 啓幸 at 2010年04月16日 09:11
最近、確かに成功という言葉が1人歩きしていますね。本来、成功とは前提に目標や目的があって、それを達成する事が成功になるのだと思います。それを今はその前提がないまま、或いは曖昧なまま、無造作に使ってしまうから、おかしな言葉になってるんじゃないでしょうか?。それにその目的や目標も個々に量的にも質的にも違うのだから、何が成功で何が不成功かは、客観的に決める事は出来ません。そうした概念を今は無視した使い方をしているので、気分的なものと言われれば確かにその通りだと思います。別な見方をすればそれだけ今の世の中、価値観が混沌として、明確な夢や目標を持てず、何となく金持ちになりたいとか、幸せになりたいとか漠然とした欲望を、とりあえず成功という言葉でごまかしている様な気がします。
Posted by 白石 哲也 at 2010年04月16日 09:31
「成功」と「失敗」は自分で終わった結果の判定に利用する言葉だと思います。
その意味で「成功は(自分の)気分である」はその通りだなぁと思いました。
起業する際も「成功すると思う?」「失敗したら…」といった心配を聞きますが、「やる必要がある」ことをやるのが第一で、「成功」「失敗」はリタイアした時に、振り返ってみないとわかりません。
始める前、過程で意識することではないのだと改めて思いました。
いっそのこと、このような言葉が存在しないほうが振り回されないかもしれませんね。

自信を持って進みたいと思います。

これからも楽しみに読ませていただきます。
Posted by 萩原 直哉 at 2010年04月16日 09:33
失敗も成功も人間の歴史やあるいはもっと大げさに言えば地球の誕生から現代までの大きな時間の流れからすれば、ある一点の出来事でしかありません。ある一人の失敗や成功は、どれだけ重要な出来事であったとしても同じです。「失敗は成功の元」とポジティブに考える方が良いように、「成功は次の成功へのステップ」と捉えたら良いのではないでしょうか。
負けても勝っても、一回仕切りなおし。泣いたり大喜びせず、次を目指すしか選択はないように思います。
Posted by お婿さん at 2010年04月16日 09:47
いつも貴重なお話ありがとうございます文中で質問したいところがありメールいたしました『日本という国はどうでしょうか。25年前に札幌に行った時によく聞きました。
「戦後日本は教育を大切にしたから経済で成功した」、「日本人が勤勉だか
経済発展を成し遂げた」など、多くの人々は今とちょうど逆の評価を同じ戦後についてしていました。』
ここで言今とちょうど逆の評価とはどのような評価のことですか?
よろしくお願いいたします
Posted by 森田幸之助 at 2010年04月16日 10:02
宋 文州 様

いつもメルマガを送っていただき、ありがとうございます。

宋さんのメルマガは毎回楽しく拝読させていただいております。

また、その内容にも賛同することが数多くあります。

今回の「成功」は気分であるということにも納得できるところがあります。

人間は「なぜ成功したいか」というと、「成功」によって幸せになれると思うからではないでしょうか。

しかし、「幸せとは何かを手に入れることではなく、感じるものである」と思います。

つまり、幸せとは幸福な気分でいることだと思います。

これは、すなわち、宋さんの言う「成功」は気分であるに通じるのではないかと思います。

Posted by 無我無心 at 2010年04月16日 10:32
宋さん、おはようございます。

今回のお話、「成功」を「幸福」に置き換えて読みました。ほぼ同じ結論になりますね。
まず、成功ってなに?、幸福ってなに?、何点以上が成功なの?、何円以上が幸福なの?という定義の問題があります。
そんなもん、人によって基準が違うし、本人が成功した、本人が幸福だと思えば、それでいいと僕は思います。
それを、他人から「あの人は成功した、あの人は幸福だ」といわれたら、本人と他人とでは基準が違うから、どうしてもギャップが出る。
松下幸之助さんはそういうとき「運が良かっただけですよ」と言われたそうですね。
「成功は気分である」「幸福も気分である」
Posted by 管理人のゆい at 2010年04月16日 11:01
宋さんの論旨からすると、「成功は失敗の始まり。」ではいかかでしょう。
宋さんのおっしゃるとおり、金持ちを目指す人は多いけど、すべての人が幸せではありません。私の持論ですが、それは、金持ちになると、幸せになる選択肢も多くなるけど、不幸になる選択肢もその数倍持つことになる、からです。たとえば、愛人を持つ、ギャンブルにのめりこむ、などです。貧乏人のひがみでしょうか?
Posted by 小谷達雄 at 2010年04月16日 11:30
失敗することで、いろいろな気付きもあり、良い運を呼び込むのも、気持ちひとつだと思っています。
 少なくても、前を向いて歩きたい。鎗思います。

>人によって基準が違うし、本人が成功した、本人が幸福だと思えば、それでいいと僕は思います。

私もそう思っている一人です。
Posted by chart0711 at 2010年04月16日 12:05
宋さんはアメリカ人と同じ思想ですね!
アメリカ人は自分の成功感や幸福感を他人に押しつけます。一代で巨万の富を積み上げたビルゲーツさんなどはアメリカンドリームの英雄です。本人の認識はもっと違うところにあるかもしれませんが周りの人は成功者とみなすでしょう。しかし、日本には古来商人の道が説かれています。近江商人は何よりも継続を尊びます。商いは牛のよだれ、途絶えぬことこそ貴重なのです。天皇家は万世一系の男子がこれを継承してきたから尊いのであって2000年も続く例は世界中どこにもありません。中国は4000年の歴史がありますが残念ながら継続には敬意を払って来ませんでした。その点が日本とアメリカや中国が違う点です。日本における成功は継続であり、売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よしが理念として伝わっています。近年は日本もアメリカナイズされて継続に敬意を払わない向きも多いですが、少なくともトヨタの成功、失敗はGMのように途切れるか継続できるかで判断されるべきものと思います。少なくとも継続は気分ではありません。
Posted by 都田 隆 at 2010年04月16日 12:34
諸行無常の響きあり

人生とはよく流れる川のように例えられますね。船に乗って快適な旅をしている人もいれば、船が沈んでしまい必死で泳いでいる人もいる。船の上で自分は成功者だと言ってもそれが永遠に続く保証はどこにもない。
平家物語には「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」を記されています。徒然草には「身を養ひて、何事をか待つ。期する処、たゞ、老と死とにあり。」と書かれています。何百年も前から日本人はひと時の繁栄を空しいもの、「おごれる者も久しからず」と詠んできました。
俗世の声に右往左往してみたところで、何年か経って省みれば「アホらしかったなぁ〜」と思うことばかりですね。もういいトシになろうという私に、母親は「このごろ不況だっていうじゃないか、だいじょうぶなのかい?」と心配します。そんな時、私はこういいます。「バブルだ何だって騒いでたときだって、べつにいいこと無かったじゃないか。同じ理由で不況だって騒がれてたってすぐに悪いことがやってくるわけないんだよ。」
実際、今、100年に1度の未曾有の不況なんて言った政治家がいましたけど、ホントに不況なんでしょうか?なんだかビジネスをしていると、不況でもないのにそれを理由にセコイことしている人が多いようにも見受けられます。必要以上に値切る。安くしないからと言ってすぐに関係を解消する。その結果、どんどんビジネスの質が低下しています。
人生が線なら成功は点です。成功をひとしきり味わったらまた寡黙に歩き続ける。それが人生と思っています。
Posted by 大社長 at 2010年04月16日 14:26
>天皇家は万世一系の男子がこれを継承してきたから尊いのであって2000年も続く例は世界中どこにもありません。

そうそう、世界中どこにもありません。日本にもありません。君の脳の中だけある。
Posted by へへ at 2010年04月16日 16:11
成功・失敗
優秀・劣等
大きい・小さい
良い・悪い
幸福・不幸
早い・遅い
二元論ではなく、それぞれの人や文化の価値観が違うということを互いに認めることでヒトという動物は生きながらえてきたのではないかと思っています。

例えばヒトの価値観が皆同じならば、お見合い五対五をしたときに5人の男性はひとりの女性に集中し、5人の女性はひとりの男性に集中してしまうでしょう。するとケンカになりますね。

異なる価値観をみんなが認めて楽しむことができるようになれば、成功すること=力を持つこと=大きくなること=金持ちになること=有名になること=人の上に立つこと・・・・・・・ではなく、他人と異なるその人だけの他人と異なる役割。それぞれの生まれ落ちた意味を全うするような人生や、それぞれの国の役割を全うするような世界ができるのではないかと思います。

違いを認められるヒトとヒトの関係が拡がっていけばいいなと思います。



Posted by 栗田正樹 at 2010年04月16日 17:21
美輪明宏さんがこんなことを言っていました。

「人間は不幸の数は数えるけど幸せの数は数えようとしない」

毎日ひとつでも小さな幸せを数えることが出来れば「成功」といえるのではないでしょうか。

いくらお金があっても友達のいない人生はつまらないですよね。
Posted by 蓮 at 2010年04月16日 22:45
成功かぁ。難しいですよね。

でも、映画もドラマも漫画だって、だいたい成功して終わってるから。だから、誰もが、そんな成功にあこがれてるんだとおもいます。実際には、そーやって、終わりはしないのに。

自分が成功してるかどうかは、ホントは、そんなに重要なことではないのかもしれませんね。比べれば、幸せの方が、ずっと大切かもしれません。どれも、個人の価値観でしかないですけど。

とても、面白いコラムでした。

でわでわ、仕事頑張ってくださいv(^。^)v
Posted by トマト at 2010年04月16日 23:43
成功も失敗も、時間軸のどの時点で評価するかで変わって来ます。
周囲からは失敗に見えても到達したものがあったり、達成感があれば、その人にとっては成功に思えるでしょう。
また、周囲からは成功と見えても、思い描いていたところまで届いてなければ、あるいは、ある場所までたどり着いてはじめて、自分が望んだものでないことに気がつけばそれは失敗だと当事者は考えるでしょう。
気分次第で受け取り方が変わるのは確かにそうです。
結局は、自分のために欲張り過ぎずに誰かのために努力した結果が、成功と言えるのではないか?と思います。
Posted by 餅米師恩 at 2010年04月17日 00:46
宋さん

「天狗は芸の行き止まり」

って言葉がちゃんとありますよ。
Posted by タケ at 2010年04月17日 01:52
国家の敗戦を「晴れた感じ」と表現した人が居たとの話、小生も70代ですが、政治に対する関心度が低かったのかそこまでは感じなかったけれど、重石が取れたような感じで日々生活するようになった意識はあります。その後、憲法制定に絡んで学校で自由と責任・権利と義務を教わり、大人になっての行き方を徐々に考えるようになったと思います。戦争中に言われた成功は将軍とか大臣だったのでしょうか。直近の大臣を見るとピエロに見えてくる。
Posted by マスヤジ at 2010年04月17日 10:42
今回も楽しく読ませていただきました。
確かに、「成功」を続けるのは困難ですので、「成功は失敗の始まり」なのかも知れません。
ですが、「成功者と思われる人ほど人生に成功していない」と書かれていましたが、どんなふうに人生に失敗しているのでしょうか?
宋さんも「成功」したお一人ですが、人生では成功したと考えられないのですか?
私の周りでは、成功者は皆さん家を買い家庭でも奥さんと仲良く、子供も良い大学に入れ幸せそうに見えます。
「成功者と思われる人ほど。。。」人生に成功していないというのは言い過ぎの様な気がします。「成功したからといって必ずしも人生に成功する訳ではない」ならわかります。
Posted by スミヤ at 2010年04月19日 15:32
【成功は気分である】なんて、
言ってもらいたくないね。
みんな成功を夢見て日々がんばっているんだから。
ただ、「成功」というものは、世間一般の人々が<功>と認めた事実を<成した状態>のことだから、それを個人が幸せに感じようと感じまいと、その人の価値観や人生観に依るのだと思います。
と、すると。。やはり気分なのか!?
Posted by 清水 兄彦 at 2010年04月19日 18:08
宋さんの笑顔はいつ見ても素晴らしいですね(^v^)
とっても明るくてほがらかで優しさが滲み出ています。成功する人の顔のお見本かな。

戦後の日本は、アメリカの庇護のもと戦争のことを考える事無く、死にものぐるいで頑張って来てバブルになりました。「成功したー!」という達成感が弾けてしまった。それからわかんなくなっちゃったんですね。どういう方向にいけばいいか。
そして、今。これから先への選択肢は、今、私たちの手のうちにある気がしています。だからしっかり目を見開いてあらゆる方向性を探って行きたい。
私の中では、現総理、現政権はすごく頑張ってくれていて(心配な面や問題点も多々あるので、それはしっかり指摘して改善してもらって)みんなの気持ちがポジティブになれば、一緒によい方向へ行けるんじゃないかって気がしてます。
これからの日本に宋さんみたいな笑顔が増えたらいいな。
「成功は(宋さんの様な)笑顔から」。。。でどうでしょうか?♪
Posted by ことり at 2010年04月19日 20:24
宋さん
はじめまして。
私はいつも、良いことと悪いことは一緒だとっています。
悪いこと 良いこと 成功 不成功
いろいろあって人生なのだから。
つまり、いろいろなことがあって、そのたび
に思考し、人に感謝できるのだなあと思っています。
日常の幸 不幸なんて、実は小さなことで、この世に生を受けたことの奇跡に感謝して、毎日を大事に生きることが大事だと思います。小さな不幸も楽しみながら、生きていられる間は感謝して大事に毎日を生きればよいと思っています。家族や周りの人を大事にして、宮沢賢治のように生きられたら理想です。
Posted by あっき at 2010年04月20日 21:17
何という本だか忘れましたが、司馬遼太郎さんの本の中に、「失敗は成功の母」、「成功は失敗の父」という言葉が有りました。これを見て、私は、「男は成功すると、浮かれてしまうからだな、勘違いしてしまうからだな」と解釈しました。 ご参考まで。
Posted by 橋本 誠 at 2010年04月21日 13:42
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