品質に惚れるな

偉そうにメルマガを書いていますが、なかなか本当のことを書きにくいところがあります。自分のこと、自分の気持ちなら良いのですが、顧客、先輩、友人のことに触れるとその方々が迷惑する時があるので我慢するしかありません。

一方、本当に人間の心を揺さぶり、その意識を変えるのは言葉ではなく現実です。金融危機がなければ世界的な構造改革も進まないように、苦しい現実が多くの人々の意識を変えてしまいます。

トヨタの問題でも示唆しているように、日本企業はいま、品質に関する意識改革が迫られているのです。そこで皆さんご存知の、超優良企業の建機メーカートップのことを思い出しました。10年前、ITが世の中を風靡させた頃、彼は数え切れないグループ企業と製品の数を整理し、企業を立て直す難しい立場にありました。

「品質じゃない。故障を早く知って早く直せる体制がもっと重要」と彼は断言しました。その発言は「カイゼン」と「品質」を神格化した時代には似合いませんでした。しかし、彼の思いが重機とITの一体化を具現化させ、顧客の安心感を獲得し、製品の改良を加速させ、結果的に低コストの品質改良に繋がったのです。

「品質」は顧客の目的ではありません。よく考えてみれば分かるはずです。品質が良いからといって少し品質の落ちる品の倍の値段をつけてはなりません。しかし、もしメーカーがその少しの品質改良に倍のコストをかけた場合、確実に自滅の道を歩むことになります。

競合が居ないほど凄い製品を出したとしても、まず顧客の生活スタイルと財布の中身にあわせる必要があります。提供側がいくら自社製品に惚れても、それは勝手な話であり売らずに自分が全部買い込んでおけばいいのです。自分の惚れた商品を造りたい、売りたいという人に申し訳ないですが。

マーケティングは政治と似ています。そのマーケットの水準とあり方にあわせるしかありません。まず現状を受け入れ積極的に関わることです。変えようとかという発想は傲慢であり、自滅の道です。民衆や消費者は必ず自ら成長し、自ら変化を成し遂げるのです。

トヨタの車でも最初に米国に進出した時に、高速道路でよく煙を上げて渋滞の原因を作り出していたと経営者の先輩から何回も伺いました。それでも売れるようになったのはトヨタのカイゼン努力も大きいのですが、米国消費者のもっと安くもっと軽い車への潜在ニーズが決定的です。

ビッグスリーがそれを無視し、自分の品質を迷信するから「日本車の品質が良い」という世の中に繋がったのです。資生堂が初期段階に発売したシャンプーなどは殆ど当時の中国製と変わりませんでした。富裕層の増加に順じて高級品を出した結果、今のシェアを手にしたのです。

品質という言葉の裏に品質では表現できない価値があります。本社企画や技術者が考えている品質は殆ど怪しいと思ったほうが無難です。物作りの本質は物を作るのではなく満足を作るのです。世界が多様化した今、その満足も多様化しているのです。


この記事へのコメント
おはようございます。
野球で例えるなら品質とは200qの球を投げるピッチャーより250qのピッチャーということでしょうね。
確かに200qも出ればそれ以上のスピードは意味ないでしょうね。なぜならすでにバッターは球が見えてないんですから。
どこから見えなくなるかが勝負なんでしょうね。
ありがとうございました。
Posted by ごろんた at 2010年04月02日 08:36
今回のお話、本当に意味深い内容でした。
考えさせられました。
Posted by 加藤憲一 at 2010年04月02日 08:45
宗さん

ご無沙汰しております。野村総合研究所の山田でございます。数年前、何度かお会いさせていただきました。部長クラスへの研修で講演をしていただき、受講者の一人でもありました。

毎回、メルマガを楽しく拝見させていただいております。ありがとうございます。
最近はTVで宗さんの活躍する場面を拝見すること多く、頼もしく思います。

さて、今回の「品質」の件、少々意見あり、思わずキーボートをタッチさせていただきました。
「品質」を極端に神格化することによる弊害については賛同いたします。
しかし、品質は顧客の目的ではない、、というくだりは閉口しました。

マーケティングにより顧客に売れるもの、受け入れられるものを創出する努力しなければならないのはおっしゃる通りです。ただし、そのことと「品質」は対峙するものではありません。

私は、こう考えます。
企業として、「品質」とは顧客が求めていなくてもこだわらなければならないものととらえます。そこから出発して、そのために求めるを創るためにどれだけのコストが必要か、ついてはその上でビジネスとして採算が合うのか・・、と考えるものだと思います。
顧客は、たしかに「品質」を一次的に求めませんし、感じません。しかし、その空気のようなものを前提とした”信頼”、”安心”の中で、起業のサービスや商品を利用していることを忘れては行けないと考えます。

別の見方として、
企業は儲けなれば潰れてしまいますが、その他に潰れる要因には何があるでしょうか。役員・社員の不祥事、サービス・商品に関する不祥事、、と、社会的責任の面においても企業が永続的に存続できるかは課題だと考えます。
Posted by 山田 浩 at 2010年04月02日 08:49
仮に自動車会社に勤めていても、プライベートでは顧客でもあります。しかし企業にいると、自分が持ちえるはずの「顧客目線」を失ってしまいます。

その意味で「品質じゃない。故障を早く知って早く直せる体制がもっと重要」というお言葉は、盲目的に仕事にまい進しがちな目線を融解できる考え方であると「はっと」気づかされました。
Posted by 竹内 博樹 at 2010年04月02日 09:15
今回も、宋さんのご意見に基本的に賛成です。例に挙がりました建機メーカーと取引がある会社に、私は勤めておりますが、全く仰る通りで、顧客のニーズや価格条件を無視した品質追求をナンセンスだとした事で、あの会社は立ち直りました。ところで、一言言えば、米国のビッグ3は、価格を無視して高品質製品を追求したから、日本車に負けた訳ではありませんよ。
Posted by 笑うオヒョウ at 2010年04月02日 09:19
宋さん、はじめまして。
いつもメールマガジンを楽しみに拝読し、大変勉強をさせて頂いております。

宋さんのおっしゃった、「物作りの本質は物を作るのではなく満足を作るのです」という言葉が、とても心に残りました。

私がいつも大変お世話になっている大工の棟梁の方に、以前言われたことが、この言葉と重なるように感じました。

その方がおっしゃられていたのは、こんな内容でした。
「お客様を満足させられるのが、職人として当たり前。満足以上に、お客様を感動させられるのが一流の職人。」

使ってくださる相手があっての、「物」。
物作りの現場にいると、つい、物にばかり目が行ってしまいがちにもなりますが、常に、物の先にいる人のことを思うことが第一と、改めて思いました。

Posted by Metal NEKO at 2010年04月02日 09:21
毎回、好意的な思いや懐疑的な思いを感じながら、楽しみに拝読させていただいております。
私は金属製品製造メーカに勤めており、この1年、今までは大事に至らなかった程(この思いこそが傲慢なのでしょうが)の品質クレームが多発し、モノの品質ということに鋭敏になっています。
宋さんが『品質は顧客の目的ではない』と言われるのは、その通りだと思います。顧客は所望品質を満足しているはずのモノを購入していると思っているはずですから。ですから、モノ(製品)の品質は、そのモノを安心して使っていたくための前提に過ぎないと思って、モノの製造に当っています。
さて、宋さんは『品質という言葉の裏に品質では表現できない価値があります。』と言われています。この「品質では表現できない価値」について、いつの機会かに、宋さんのお考えをもう少し具体的に聞かせいただきたいと思います。
今後も宋さんのメール楽しみにしております。
Posted by 升田祐司 at 2010年04月02日 09:27
先般、社訓の立派な企業ほど怪しいというブログを書かれていましたが、社訓に品質という言葉を大上段に掲げている企業は少なくありません。品質の向上を求める事は必要ですが、後は書かれておられる通りですね。或る企業などは品質向上活動に熱心なのは良いのですが市場の声を取り入れることすら忘れ、競合力さえ失うコスト高に陥っています。またその品質向上は顧客の求めている品質とはかけ離れてきています。市場における企業の価値は残酷なほど早く移り変わるものですね。顧客に信頼される為に行う品質向上が顧客の購買意欲を削ぎ、別のサービス提供者にその役割が移っている現実を今、目のあたりにしています。企業の衰退とは変化を認めない経営者と周囲のYES−MANによって加速される事がよくわかります。一昔前の日本企業では終身雇用が当たり前で、企業の為に身を呈する優秀な方々が多くいましたが、今は転職の機会も増え、優秀な方ほど沈没する船から逃げるのが早い様子です。報われない身の上を想像すれば尤もな話ですが。これから日本企業はもっとアジアに進出せざるを得ない状況になってきています。日本品質からアジア品質。アジア品質とは何でしょうか?韓国企業が好調なところにヒントがあるのかもしれませんね。私も近いうちにビジネスステージに戻るつもりでいます。また何かの機会でお話を出来る事を楽しみにしています。
Posted by 小田倉 靖 at 2010年04月02日 09:38
ソフトウェアの場合は顕著ですね。痛感します。
ワンクリックで3秒ほどもかかる処理をするへたくそなExcelのマクロと、きれいに作られたWindowsのアプリケーションで、Excelのマクロで十分用が足せる場合がある。そのマクロを作るのに5万ほどもらえるのに、ちゃんとしたアプリがシェアウェアで1000円、50個もなかなか売れないということはあり得ますね。
その場合、とにかく経営を優先しないといけない。
Posted by 山内信二 at 2010年04月02日 09:47
「品質じゃない。故障を早く知って早く直せる体制がもっと重要」との言葉は、品質が悪くとも良いといっているわけではなく、その方は自社の品質に自信があって初めてそういうことを言っているのだと思います。昔の逸話にIBMと競合他社の給与計算か何かの機械が壊れた時に、競合社はベストのエンジニアを派遣して機械を直すことに専念したとの事です。IBMは何百人もの社員を派遣して、手作業で給与計算をして決められた日に給与が出せるようにしたとの事です。IBMがその後のビジネスを取ったとの事です。同じようなことをその方はおっしゃっているのでしょう。しかし、製品がしょっちゅう壊れていてはお客は離れます。品質は顧客の目的ではないでしょうが、ある程度の品質は必要最低限のものと思います。しかし、ある程度というものは、市場によって違ってきますが。
Posted by 岸田 at 2010年04月02日 09:53
目から鱗が落ちる感じでした。コストと品質の最大価値を追求するということではないかと思っております。国の政策にも当てはまりますね。
Posted by 飯田房男 at 2010年04月02日 09:58
「品質じゃない。故障を早く知って早く直せる体制がもっと重要」との言葉は、その方は自社の品質に自信があって初めてそういうことを言っているのだと思います。昔の逸話にIBMと競合他社の給与計算か何かの機械が壊れた時に、競合社はベストのエンジニアを派遣して機械を直すことに専念したとの事です。IBMは何百人もの社員を派遣して、手作業で給与計算をして決められた日に給与が出せるようにしたとの事です。IBMがその後のビジネスを取ったとの事です。同じようなことをその方はおっしゃっているのでしょう。顧客満足に対して品質は目的でもなく必要充分条件でも無い事は同意しますが、ある程度の品質は必須のものです。ある程度というものは、市場によって違ってくるのが悩ましい所ではあるでしょうが。
Posted by 岸田 at 2010年04月02日 10:02
品質に関する今回のコラムに対して、意見を申し上げます
おっしゃることを端的に理解はしたいと思いますし、言われてみればそうかなとも思っています。
しかしながら、開発担当者や品質管理担当者がこのような考え方に染まっていくと日本製造業は”終る”と考えます。いろんな顧客がいて、それをマーケやら営業やらが分析し、経営が判断する、その判断する人が参考にする考え方かなと思いますが、どうでしょう・・・
Posted by 北村 憲正 at 2010年04月02日 10:20
「品質はお客のもとめているものではない」この考え方をどれだけ理解できるかが日本の将来を決めると思います。
「品質」という言葉の定義、いただくお金と提供するモノ・サービスのトレードオフ、なによりもそのモノ・サービスがもつ目的。
宋さんが書けないことでしょうが、コメントとして書けるのは日本にのさばる過剰品質の問題です。
10円払って100円のモノ・サービスを要求する消費者がどんどん増えています。マスコミがそれを支持するようなことばかり書きます。
10円のものは10円の品質であるのが商売というものです。10円のものに、100円のモノ・サービスを要求することを正当化するから提供側の利益を圧迫する。費用はかけられず、かつ、値上げはできない。だから過剰労働なのに雇用もできない。このようにして消費者自らデフレのサイクルを作り出しているのです。
中国から来ている製品の値段と品質のバランスに学ぶ時代だと私は思っています。
高品質という言葉に酔わずに、世界に学ぶ態度を忘れたら資源もなにもない日本の明日はないです。
Posted by たかお at 2010年04月02日 10:22
宗さん、

全く違うお会いしたことのない山田です。Twitterも楽しくフォローさせていただいております。

実は私も、トヨタのメッセージが「品質」に偏重していると思いました。その後、トヨタのいう「品質」にはとにかく色々な思いが詰め込まれているのではないかと想像するに到りました。「品質」にはブランドの品質や顧客が製品を通して得る経験の品質といったものがこめられているのではないのかと。信頼や安心の品質とか。まあ、そうとも思わないとちょっと理解しにくいので、そう思うことにしただけかもしれませんが。でも、そうだとするとトヨタは外部に発信するメッセージの「品質」が低い?状況が状況なので、他の事を外部発信するなとアドバイスされているだけなのかもしれませんが。

ただ、日本の製造業全体が「品質」とは不良や性能面だけではなく、顧客の製品を通した経験の「品質」を含むと考えれば、宗さんのITと重機の例にも繋がると思います。日本の製造業でも、もっともっと同じような例が出てくるとよいのではないかと思います。
Posted by 山田健雄 at 2010年04月02日 10:55
毎回宗さんのメルマガを楽しみにしています。今回は特に面白く、眼からウロコでした。また今回コメントを述べられた野村総研の山田さんのご意見も我々日本人のモノ作り立場からすると非常に的を得たものと思われ、両者の対比がより一層内容の深みをましたものと感じております。さて宗さんのご指摘されるように確かに日本人の我々は「品質を少し神格化」しているようにも思われます。市場に合わせる努力をもっとすべきかもしれませんね。

例えばトヨタのプリウス車のブレーキ問題についてです。ここで断っておきますが私はトヨタ車を愛好しており、今後もファンであることに変りはありません。見られた方もおられるかも知れませんが某テレビ局でアイスバーンの状態を擬似的に作り出し、そこに新車のプリウスを持ち込み一般のプリウスドライバーと新車試乗を専門にする自動車評論家氏がそれぞれ時速35kmで走ってきて、交差点で止まる実験をしました。一般のドライバーはアイスバーン状態ですのでブレーキをゆっくり踏みますがなかなかブレーキが利かず、交差点のラインより5〜6mオーバーして停車しました。通常でしたら完全に事故がおきます。次に自動車評論家氏が同じ35kmで走ってきて、彼は思いっきり急ブレーキを踏みました。我々の常識ではありえない雪道での急ブレーキです。すると不思議なことに車は停止線に余裕でピタッと止まりました。

この件に関してトヨタの役員が記者会見の席上「ドライバーの感覚の問題で、ブレーキの誤作動の問題ではない」と説明をされていたのは皆様もご記憶だと思います。要するに世間での雪道やアイスバーンでは急ブレーキをさけ、ブレーキはゆっくり踏み込むと言う常識は覆され、その反対の行為を平然と求めてくる「改善」「品質」の冠たる企業の姿勢はまさに宗さんのご指摘される市場の意見を聞かない典型でしょう。これから豊田社長が大きく方向を転換されることを期待しておりますが。

車で言えばインドの市場など格安さの激戦区ですね。30〜40万円台の車が圧倒的に市場から要望されていますが、スズキ以外の日本メーカーはどういう対処をされるのでしょうか?最近三菱についで日産が電気自動車の発売で話題を集めていますが、なんと高額のことか!中国など数年前から名も無い企業が電気自動車を手作りで発売しておりますが、この企業なども年々相当力をつけてきております。価格も三菱や日産に比べると圧倒的な安さです。宗さんのご指摘にある「市場が育ち、市場が育てる」好例だと思います。我々ももう一度初心にかえっての「モノ作り」を考える必要がありそうですね。


Posted by 石黒 大介 at 2010年04月02日 10:59
今回の内容は誤解、無理解の上に立って論議が展開されていると思います。トヨタはカローラの設計基準に見られるように80点主義です。決して100点を追求はしていません。20点分はコストや無駄を考えて割愛しているのです。意識改革すべきは品質に対する考え方では無くて、アングロサクソンやゲルマン民族など武力で勢力を拡大してきた人達(中国もそうです)に対する用心です。謝れば嵩にかかって襲ってきます。うその証言も平気でします。プリウスの加速も狂言であったように平気です。餃子事件も罪もないかもしれない若者が血祭りにあげられます。このような現実を正確に理解し、ユダヤのように賢く立ち回ることです。そのためには被爆国という被害者意識を捨てひそかに核保有も辞さない姿勢が必要です。その点ではイスラエルや北朝鮮を見習う必要があります。ただ、声高に唱えるのではなくひそかにです。日本人は日本にとどまるのでは無く、草として世界中に蔓延り、経済を仕切る必要があります。
Posted by 都田 隆 at 2010年04月02日 11:03
品質を語るのは難しい。消費者の二−ズをどう捕らえるかということだから。トヨタの車にしても米国に売るのに最初から軽い問題を目指したわけでなく燃費を改善するために必然的になったのだろう。ビッグ3は石油業界と組んで、京都議定書批准に圧力を掛け、トラックのような車を売り続けた。それが新興国での石油需要増大と投機による石油高騰で消費者から見放されかかっている。大株主になった米政府はどうするかだろう。マスヤジ
Posted by マスヤジ at 2010年04月02日 11:04
宋さん 「品質への意識改革」についてタイムリーに捉えて頂き、また「民衆や消費者は必ず自ら成長し、自ら変化を成し遂げるのです。」として、供給者へ再確認を訴える警鐘も鳴らして頂きました。

以前、ご講演会場で「お客のことを、もっとしっかり:見える化:して、仕事を進めなければいけないとおっしゃるが、私達は、お客の要望を事前にしっかり組み込んでモノづくりをしているから、余計なお世話だ」的なご質問があった際、終了後、宋さんにお会いして「お客は、どんどん進化されて行くから、つくった時には、後手になってしまうので、日常のお客のお声からスピーディに受け止めることの大切さ」を語り合ったことを思い出しました。

トヨタ品質関連は、今までもそうであったように、日本の代表として頑張って頂きたいと期待しておりますが、ふと思ったことは、
1、「クルマのメカ」と「IT電子化」の、ドッキングへの過程で、例えば、電子化したほうがいいものと、しないほうがいいものと、
その住み分けポリシーが、今は、まだ固めにくい状況のようで、その間隙を衝かれている感じがする。

2、「製造品質」や「設計品質」や「適用規格品質」ではなく、顧客使用現場で通用する「顧客品質」を重視する体質目標を、もっと強くして行かれる必要性を感じる。

1、は、以前に聞いた、米国のアイロボット社副社長の話で、ビルゲイツ氏(マイクロソフト)とジャックウエルチ氏(GM)との対談で、ゲイツ氏が、「クルマが高すぎる。我々がつくれば、1/10のコストでできると思う」それに対しウエルチ氏は、
「そのかわり、皆さんみたいにクラッシュやフリーズや誤動作が起きると困りますよ」と笑いながら答えたというエピソード紹介をいま思い出して「多分そのような過渡期なのかなあ」と思ったからです。小生のクルマも、低速時のブルブル感で、昨年、電子制御ソフトのアップデートを行い解決しました。

2、は、製造ミスや、設計ミスや、法的規格や厳しい社内規格を守れただけの品質は、お客様からすれば、当たり前の黙認品質であり、安心できても満足は出来ず、ライバルや厳しい国際競争にも、勝つよりも「負けない品質」だとの体験信念をもっていたからです。
     
ならば「勝つ品質」とは、「顧客使用現場で満足される品質」のことで、使用環境側に問題があっても(例えば電気製品なら、現場の電源環境が不安定だとか、汚染されていたとしても)ちゃんと使えるものをつくろう。
これが顧客満足品質だ。現実の市場環境も、否応なしに変化して行くのだから・・が原点でした。
顧客満足コストは、「お客様が必要としないことや、必要としない仕事は、すべてやめる」努力で達成すべきと思いながら。
ますますのご活躍をお祈りしています。
Posted by 田丸 孝 at 2010年04月02日 11:16
今回のテーマ、非常に考えさせられました。
そもそも品質って何なんでしょうか?
私見ですが、企業あるいは研究者(開発者)は最高品質を追求するべきであり、企業はその時の市場ニーズに合わせた品質にして製品を作ることではないでしょうか。
少々とげのある言い方をしますと「安かろう、悪かろう、でもすぐに直せば良い」とはならないのではないでしょうか?
品質そのものについてのご意見をお聞かせいただければ幸いです。
Posted by ozawatosiyuki at 2010年04月02日 11:55
要は、自社にとっての顧客を特定して、その顧客が期待する「品質」を確保すればいいのでしょうが、マーケティング力不足で、顧客を特定できない・期待するレベルが分からないから、品質に一番厳しい日本人に合わせて、モノを作り込む。その結果、価格だけ高く過剰品質・過剰機能の製品が出来上がるのでしょう。「静かさ」とか「快適性」とか人(国)によって基準が違うのに、日本人とか過去の自社商品を参考にしたり、超えたりということを目指すから見当違いになってしまう。
Posted by 宮上知秀 at 2010年04月02日 13:09
品質はやはり顧客にとって重要な要因であり、製品選択の際の判断基準の一つになります。ただし、SLAの概念と合せて考えることが肝要であり、顧客との間でSLAの合意を取った上で、品質とコストのバランスを取る必要があります。
Posted by 五十嵐 得郎 at 2010年04月02日 14:40
私が尊敬してやまない宋さんへ。

いつもお考えを発信してくださりありがとうございます。
今回は特に感動したので、初めて書かせていただきます。

私がいつも大事にしている「目的と手段を明確に分けて扱え」という事と同じ事を仰っているのだと受け止めました。

言葉尻だけ捉えれば「品質は二の次」のように捉えられる向きもあるかも知れませんが、決してそういう次元のメッセージではないと思います。

あるブレーキメーカの技術者に聞いた話。「F1レベルのブレーキを持っているが、それより品質を落とした(壊れやすい)ブレーキを製造している」のだとか。それはとんでもない話のように思いましたが、その壊れやすいブレーキというのは、300km/hからの急減速という環境においてのことだそうで、一般車において、そのレベルの品質は必要がないということでした。
 技術者よがりの(over killな)品質追求偏重は、F1カーにナンバーをつけて公道を走らせる滑稽さに似ています。

余程単純なシステムでない限り、Bugがゼロのソフトウエアなど存在しません。Bugゼロを追求するよりも、Bugはゼロでない事を前提に考えた、Bugの影響を最小限にする「仕掛け」の方に力を入れるべきですから。航空機のフェイルセーフシステムのように。

企業は社会やユーザの役に立つために存在しています。目的・存在意義・価値はそこにあることを忘れてはいけません。

それを実現するための手段が「品質」であることは当然中の当然ですが、大事なのは、決めた手段を全て完璧に実行しても目的が達成できるとは限らないということです。
「品質」という手段をどんなに完璧に実行しても、目的を実現できるとは限らないのです。

企業の発展の必要性とても同じで、目的は社員とユーザと社会の福利に貢献するためですから、これも一手段に他なりません。

目的を常に意識し、そのために最適な手段を常に選択し続ける。

これを再度認識させていただきました。
Posted by 丸山文幸 at 2010年04月02日 14:59
私も、現状の日本製品には、かなり多くの部分で過剰品質があると感じています。

人身事故につながるような部分では最大限の品質を要し、そのような製品はユーザーとしても大変頼もしく感じます。

しかし、日本国内でしか通用しないようなどうでも良い(と言って悪いなら、「ごく些細な」)部分の過剰品質(or 機能)が多いと感じています。

品質(項目)の仕分けが必要なのではないでしょうか。

顧客目線を離れて、「とにかく品質」では競争に勝てなくなってしまう。



Posted by 松野 at 2010年04月02日 17:16
いつも宋さんの刺激的な論点を楽しみにしております。
私はプロダクトデザイナーです。もの作りの本質は満足を作ること。正にこの志で仕事をしております。過剰品質、過剰機能での大量生産への疑念も常日頃感じています。

しかしながら、「変えようとかという発想は傲慢であり、自滅の道です。民衆や消費者は必ず自ら成長し、自ら変化を成し遂げるのです。」とのお言葉には違和感を覚えたためコメントさせていただきます。

消費者が自ら成長し変化をとげることは事実で、その現実を見落として対応を怠ることは言語道断で、そこで捉えた現実を変えるか、変えないか、の選択を誤ると自滅する訳です。ここの話は、品質と同じ次元で話さなければいけません。「変えよう」という意識を排除したもの作りでは、希望に満ちたワクワクする世界はやってこないのではと考えています。

マーケットの水準とあり方にいつも合わせていたら、イノベーションは生まれません。たまに冒険するからiPhoneもオリセットネットも生まれるのだと信じていますが、いかがでしょうか?
Posted by 池月ゆうや at 2010年04月02日 19:05
いつも宋さんの文章を興味深く読ませて頂いております。
それで、時折、感ずるのですが、ご無礼ながら、宋さんの文章は、時として例証の厳密さに疑問が生ずるものが少なからずあります。
宋さんの主張の論旨では、説明できない事実があるということです。
そして、今回の文章にもそういう部分が見受けられました。

「もしメーカーがその少しの品質改良に倍のコストをかけた場合、確実に自滅の道を歩むことになります」とおっしゃっておられますが、そういうことに莫大なエネルギーを投入して市場の支持を集めたメーカーは数多くあります。
逆に品質改善をおざなりにして、市場の支持を得られずにいるメーカーや、市場から退場させられた企業も数多くあります。

例えば、第2次大戦の敗戦直後の頃の日本の工業製品は一般的に世界的な評価は低いものでしたが、その頃に写真用レンズとカメラの事業に乗り出した某メーカーは、製品の品質を最重要視する方針を徹底させたことが奏功し、世界中の著名な写真家から強力な支持を受けて市場に確固たる地位を築くことに成功しました。
逆に、近年、いくつかの企業は、品質に問題のある製品を市場に出したことを厳しく問われ、苦境に立たされ、存亡の危機に立たされたところもあります。

こうした実例を、宋さんの論理ではどのように説明できるのでしょうか。
勿論、今回の宋さんの主張にも、うなづける部分がありました。
しかし、例証に問題があれば、そのうなづける主張にも疑問を生じさせかねないのです。
それは、とてももったいないことだと思います。

長文ご無礼しました。
Posted by 砂押 英文 at 2010年04月03日 05:34
毎回心に響くコラムをありがとうございます。それにそれを無料で読ませていただけることはまことに恐縮です。自身の成長と社会貢献で支払っていきたいと考えます。
今回宋様の記事を読ませていただいて私が感動したのは「マーケティングは政治と似ています。そのマーケットの水準とあり方にあわせるしかありません。まず現状を受け入れ積極的に関わることです。変えようとかという発想は傲慢であり、自滅の道です。民衆や消費者は必ず自ら成長し、自ら変化を成し遂げるのです。」という部分です。
私は共産主義者であり現在日本共産党員の一員なのですが上記の考え方に全面的に賛同します。私は共産主義者であると同時に一人の大衆であり消費者であり労働者であり、自ら変化する存在であり、その変化において共産主義を活用しているという感触があるからです。
また宋様が品質の向上を否定していないことがニュアンスとこれまでの文章で伝わってきました。
宋様は品質の向上(私たち共産主義者にとっては技術の向上)が目的化してしまっては「お客さまの心」が離れるという当たり前の話をしているのだと思いました。品質の向上は当然目指されるべきものです。しかし必要とされる商品の必要とされる品質でなければ市場においては意味はありません。
研究ならば別でしょうが。
そして研究ももちろん必要だと思います。
大切なのはそれらがしっかりと関係を持つことでしょう。そしてしかし、お客さまの気持ちや必要、ニーズというものを理解しないと独善的になってしまうということなのだと思います。
反対にいえばそのようなものを考慮したうえで冒険するのは「アリ」なことなのかもしれないと思いました。
上記述べさせていただいたように宋様のお話はとても刺激的で議論を喚起する性質が高く自身にとって(そして日本社会においても)とても有益です。これからも何卒よろしくお願いいたします。
失礼しました。
Posted by 赤いたぬき at 2010年04月03日 08:40
Twitterでも楽しませていただいてます。
食品安全行政に関わる機関に勤める者です。

品質→安全性と言い換えれば、同じ事が言えると思います。
過剰な安全性を求める声に応えるために、多大なコストと労力をかけ、行政対応や検査、分析をしなければなりません。
リスク分析して危険の大きい方から対応し、一定のリスクは許容するのが本筋だと思いますが、日本では全てにリスク0が求められているようです。
コスト=税金はものすごくかかり、リスク削減効果はほんのわずかです。

どんなに高品質でも、マスコミに煽られればユーザーは不安になるでしょう。
Posted by N_syno at 2010年04月03日 08:44
宋さんの視点はお客様の方を向いています。素晴らしいお考えだと思います。
買ってくれる客層に合わせて、求めている品質と価格のバランスをとることも企業の大切な使命です。
賛否あるようですが、例えに出されたのが車だから「品質」という言葉に過敏に反応されてしまったのかな?
吉牛が松阪牛で牛丼を出しても、大半のお客さんは喜びません。おばちゃん達はカリスマ美容師のいる美容室より、手早く、安く、きつめにパーマをかけてくれる美容院の方がありがたいのです。
お客様からの要望ではないのに、改善をしようとするのは企業の自己満足です。お客様の声を聞いて、柔軟に対応できる環境を作ることこそが、今後求められていく姿勢ではないでしょうか。
Posted by 宮本 珠生 at 2010年04月03日 17:54
宋さんに惑わされすぎですよ、みなさん。
中国の為替がインチキなこととか、そこでの労働者の権利が低すぎることとか、日本人がお人よしすぎる(技術などが盗まれすぎ)なこととか、日本国政府が長期間デフレ政策をとりすぎてしまったこととか、他の要因を無視して「儲からない」から「日本製品の高品質」を悪者にするのは少々卑怯なやり口じゃないでしょうかね。

「高品質」は日本製品というブランドの証であり、世界中で信頼されています。米国でもどこでもいいからしばらく海外で暮らしてみてください、みなさん。米国人も中国人もヒスパニックの方々もとにかく日本(の会社の)製品が欲しくてたまらないんですから。日本製だから大丈夫、素晴らしい、誇らしいと。トヨタもこれから米国のゴロツキたちからの訴訟とかは厳しいでしょうが、「消費者の信頼」は失っていません。

もちろん使い捨ての物、安物、すぐ壊れていい物は中国製で十分です。そしてこの分野はどこも中国にはかなわない、為替がインチキだからね。

安かろう悪かろうで稼ぐことも一つの手段ですが、高品質のものを作ることができるってこともとても大事です。「過剰品質」と「高品質」は違います、騙されちゃいけませんぜ、みなさん。ではどうすれば「過剰品質」にならずに「高品質」を適正価格で(トヨタのように)提供できるか。わたしは、宋さんが以前からおっしゃっているように日本の「営業力」の問題が大きいのでは、そしてお隣の韓国がそこで日本に勝っている可能性が高い、とおもいます。
Posted by 愛読者 at 2010年04月04日 02:06
久しぶりに、宋さんらしい明快なコメントを見たように思います。部分的には色々意見はありますが、時々自信の作った商品の品質におぼれる身としては、常に意識しなければいけない観点と拝読しました。
 ただ、やはり人のことは言いやすいと、付け加えさせていただきます。宋さんが離れられたから、ソフトブレーンはまさに今宋さんが指摘された道を突き進んで、破滅の一歩手前まで追い詰められました。大株主とて創業者として外部からでも当時の経営者に苦言を呈することはできなかったのでしょうか。
ソフトブレーンを離れられてからほとんどソフトブレーンについては触れられることがないように思います。それも一つの見識と思いますが、すでに時間の経過もあり、大きな山は越えたと思います。一度回顧録を書くようなおつもりで、ご自身とソフトブレーンに関する思いなど表明されても佳いのではと思っております。
Posted by ソフトブレーン塩漬け at 2010年04月04日 10:45
品質=満足です。
お客様を感動させるためには質を上げることが必須条件です。
いくら安くても質が悪ければ売れなくなります。
少なくとも日本で商売できなくなりますよ。
Posted by ヨハネ at 2010年04月06日 13:04
私は製造現場で働く者です。顧客(大手メーカー)の要求する完璧品質に日々辟易しています。彼ら自身すらそれを達成する方策を何ら知らないのに、「君達は専門メーカーだから」と無理難題を吹っかける。まるで素人のような発言がなんと多いことか。そういう人は概して50歳代中盤〜60歳代です。
昔はこうではなかったと聞きました。知らないことには費用負担を双方で分割するなど真摯に対応し、解決手段を一緒に考える。そこから信頼が生まれ次の製品が良いものになっていったのだと。
日本が上り調子の時代にいい思いをした人が、いま亡霊となって頭を押さえ日本の製造業を苦しめる。「品質向上」。そう言えば聞こえはいいが求める人が少ないレベルにまで無理に到達してしまえば顧客が減り、日本に仕事は無くなり、生活できる人も減っていく。
品質は大事ですが、そのレベルを適度に合わせること。今の伸びているアジア諸国に学ばなければと思います。
Posted by POW at 2010年04月07日 19:20
いつもメルマガをありがとうございます。

トヨタ問題の鋭い切り口に感心致しました。
品質のみに頼らず、マーケティングを駆使して潜在ニーズをつかめ、
ということだろうと理解しました。

物作りの本質は満足を作ること。
サービスも全く同様だと思いました。
Posted by 門ノ戸一孔 at 2010年04月08日 10:54
ソフトウェア開発に従事しております。
我々の業界にも品質管理の専門家がおります。
そういう人達に品質とはなにか?と聞くと「QCD」という回答が返ってきます。

Q:クオリティ。いわゆる品質です。要求仕様を満たすことも含みます。
C:コスト。品質を満たしていても予算をオーバーしてはダメということです。
D:デリバリ(納期)。コストと同様に納期をオーバーしてはダメということです。

実際には、CとDを満たすため、Qを計画より縮小することがあります。
これは予定していた機能を削るという方法で実現します。
Qは現場で判断できますが、CとDは経営判断だと思います。
ところがCとDを現場にまかせる経営、あるいは、CとDを
現場で判断しようと考える人が多いような気がします。
Posted by 管理人のゆい at 2010年04月08日 15:42
以前から気になっていたので指摘させてください。

「宋さん」を「宗さん」と書いているかたは、まず「最低限の品質とはなにか?」を考えてください。
Posted by 管理人のゆい at 2010年04月08日 22:45
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品質
Excerpt: 愛読している宋文洲さんのメルマガに、こんな言葉がありました。 品質という言葉の裏に品質では表現できない価値があります。本社企画や技術者が考えている品質は殆ど怪しいと思ったほうが無難です。物作りの..
Weblog: 考える葦のブログ
Tracked: 2010-04-09 23:38
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