「副社長」と「第二位経済大国」

5年ぶりワシントンから東京に戻った友人とお茶を飲んでいると、「日本人は第二位経済大国をアイデンティティにしてきただけにそれが無くなりそうな現在では方向感がない・・・」と聞かされました。

「GDP規模をアイデンティティにするのか」という私の反論に友人が「教科書も総理大臣の施政演説も日米首脳会談もよく使う言葉だよ。全員とはいわないが、かなりの人がそう思っている」と堅持しました。

元研究者の癖でしょうが、さっそく自分なりの調査をしましたが、どうも友人の説が正しいようです。しかし、ショックを受けました。長い間多くの会社を見てきましたが、経営者の立場や業界順位にこだわる経営は大体理念のない経営であり、行き詰まりやすいのです。

「第二位経済大国」にこだわることは「副社長」、「業界No.2」にこだわることと殆ど変わらないことです。個々の社員(国民)の幸せと何の関係もないことです。もし、「第二位経済大国」にアイデンティティを求めてきた人がいるならば、彼らはたぶん個性と自立心のない人々です。

個性のない人々は「ボリューム」や「大きさ」にこだわるのです。独裁者でもないのに国家の大きさにこだわり、それを誇りやアイデンティティにするなんて市民としてはかなり幼稚ではないかと、宋は思うのです。

これは日本人に限った話ではありません。中国人にもそのような人がいます。社会から脱落し個人のポジションを見付けられない人々に限って天安門広場のパレートに感動を覚えるのです。

しかし、中国が成長してきたのは間違いなく多くの個人が豊かさに憧れ、政治や国家と関係なく直向きに個人の努力を重ねてきたからだと思います。国家は個人の向上心を邪魔しないように、あるいは奨励するような政策さえ取ればそれでよいのです。

日本においても、もともと「GDP第2位」が日本国民の目的ではないはずです。戦争と貧乏を嫌う先人達が無我夢中で自分の豊かさを求めた結果として日本のGDPが2位になったのです。本来、関係のないその後の人達がこのGDP第2位を自慢する資格もなければ必要もないのです。まさにこれをアイデンティティにすること自体が先人達にとって迷惑千万の話です。

幸いにも、今の中国では車、家電、鉄鋼、などが世界一になっても、メディアや世論は滅多にそれに触れないのです。というよりも誰もそんなことに関心がないのです。自転車の数、ゴミ袋の数、泥棒の数・・・世界一の人口を抱えていると何でも一位になりやすいのです。それは個々の個人の恥や誇りと何の関係もない話です。

この発想でいうと、冷戦時代のいわゆるG7の中で、2番目の人口規模を持つのは日本です。そんな日本がそのシステムの中でGDP第2位になるのは当然のことであり、アイデンティティとして語り誇ること自体、勘違いでした。

案の定、冷戦が終わり、世界が自由経済とグローバルに向かうと自然に他の国も人口に比例してGDPが増大するのです。中国やインドやブラジルのGDPが成長し、いずれ日本のそれに迫り超えることは歴史の大河が自然に流れ至る結果です。

「副社長」や「業界No.2」の立場にこだわると個人の幸せが失われるだけではなく、企業も経営理念が持てなくなる。こんなことはどなたにも理解できるはずですが・・・。
この記事へのコメント
10億の国と1億そこそこの国のGDPを比べて云々することは、確かに全く意味のないことだと思います。しかしながら、今の日本の問題は、人口は増えないとしてもこの先どのような国を目指すのかビジョンが見えないことです。現政権はお金を渡すことには熱心であっても、どうやって国民一人一人を元気にし、新しい産業を開拓発展させる、元気付け政策が見えないことです。政治主導と言っても、選挙に勝つ政策しか出てこないことが心配です。
Posted by 宮崎 道生 at 2009年12月11日 09:15
日本人の中で、そんなに多くの人がGDP2位に誇りを持っていたのでしょうか。違和感を覚えます。自由主義国でGDP2番目の国になった時に、確かに喜ぶ人は幾らかいました。私の主観ですが、その様な人達の多くは、年老いた、いわば頑迷な人が多かったと思っていました。その当時でも、一人当たりのGDPは、当時、破綻寸前の国イタリアと同じ位といわれて、そちらの方を実感していました。
現在では、そのような頑迷な人達が多くを占めているということになりそうで、大変ショックです。特に、リーダーやそれに近い人達に多いのであれば、暗澹たる気持ちになります。
リーダたるもの、口先だけでなく、考え方も新鮮になって欲しいものです。
Posted by 旧旧車 at 2009年12月11日 09:19
その通り、そんな発想が日本人にはないのです。
Posted by 山村嘉清 at 2009年12月11日 09:20
いつも目から鱗のご意見参考にしています。
日本人は点数教育のおかげで人間性をなくしつつある。遊びでも、ストレスのかかるゴルフやパチンコが好き、ばかな国民です。
Posted by 山村嘉清 at 2009年12月11日 09:25
宋さんの言う通り、企業規模にこだわる経営者も多いですね。それにこだわりすぎて大きな間違いをします。最初から、そんなに立派になったわけではないのに、大きくなってしまったら守りに入るからでしょう。
ある経済学者が言いました。なぜ豊かな国と貧乏な国があるのか?豊かな国は、個人の自由を尊重し、私有財産を守ってくれるからです。個人の努力と、その結果の成功を称賛してくれる社会が豊かになるのです。その反対に軍人や役人ばかりになりたがる社会は貧しくなると言います。日本も若くて優秀な人がビジネスマンになって頑張ろうという気にしなくてはなりませんね。規模にこだわっている時ではないでしょう。戦後の復興期のつもりでゼロからスタートです。宋さんが日本でゼロからスタートされたようにですね。頑張ってください。
Posted by 江上剛 at 2009年12月11日 09:30
宋様
ご無沙汰しております。ピジョンの大越です。いつも宋さんのコラムを楽しませて頂いております。
会社では「個」が強くならなければ組織は強くなれないし生き残っていけないと話しております。
「あなたのコアコンピタンスは何ですか?」と問いかけています。
今回のコラムは100%賛成です。寒さ厳しくなっております。ご自愛ください。
Posted by 大越昭夫 at 2009年12月11日 09:38
生き方、考え方の拠り所を人に頼ってはいけない。自分が何をするのか知識・見識・胆識で熟慮して、実行する事だ。「自立自尊が重要だ」と仰りたい、宋さんの顔が浮かびました。お陰様で、目が覚めそうです。感謝
Posted by 清水 昭 at 2009年12月11日 09:44
『世界第二位』は結果である、はその通りだと思います。
戦後日本の復興の象徴でありますが、その意味を見失ってしまっているということだと思います。
世界第一位を目指してがんばったのではなく、個々がどん底から這い上がるため、特に工業分野で目覚しい発展をする努力をした結果です。
20世紀の社会を支えるのに、何が大切かということを個人として考えていたということだと思います。

これからの社会、国際社会を支えるのに何が必要なのかを考えて、日本人のアイデンテティを活かして個々でそれに向かって努力することで何かまた結果が出てくるのだと思います。
給料の高い外資系金融に優秀な理系の学生が流れているという話を聞いたことがあります。
これも「給料の高さ」を目標としてしまった結果で、彼らを批判することは出来ません。

どうも今はファイナンス偏重のような気がします。金融が虚業だとは思いません。産業を発展させ継続するには必要だと思います。
サブプライムが象徴的ですが、それだけの給料を支払う価値があるのかは疑問です。
これからの将来を見据えて、給料を払うべきところにお金が行くようにしないと、産業は滅びます。
GMがどうして苦しんでいるのか、レガシーコストだけではないことを認識すべきで、同じことを日本で起さないようにしたいものです。

渡邉さんのブログに一言。
私は、もう二つ★を落としたいところです。
理由は、「国全体の最大多数の幸せの観点」から決めてしまったということです。
地方的な問題を国が扱っていることに議論があるとは言え、「私たちには恩恵が無い。無駄だ」と言う意見が最大多数になっている可能性が高いです。この時勢だから、「無駄をなくすのは当然」だから「理由はよくわからんが、無駄なんだったらなくせ。」です。メディアにも「無駄だという識者が多い」とはありましたが、あまり明確にどういう無駄なのか深い議論はありませでした。

これは危険です。事業仕分けについても、同様です。
民主主義で多数決は仕方ありませんが、必要なのは議論なのです。何が問題なのか、代替案はないのか、緩和策はないのか、プロセスはどうするのか・・・同じ中止するにしても、議論をしっかりと深めることで意義のある対応をすることが出来ます。
私企業の判断は「利益」と目的は一つですが、政治は市民の幸せの最大公約数のようなもの複合的な目的です。決して「国全体の最大多数の幸せ」でもなく「赤字を出さないこと」でもありません。
逆に、どうして国の事業が赤字で悪いのかが理解出来ません。
そんなに単純に黒字に出来るなら、私企業でやっているでしょう。
Posted by たくみゆとうあ at 2009年12月11日 10:02
宋さん
ご無沙汰致しております。

ご活躍の場のひとつとして本メルマガをいつも楽しく読ませて頂いています。

さて、GDP2位ですが、あえてふたつの点で、反論です。
(1)日本人は団体戦が好きです。おそらく世界中の多くの人がそうだと思います。GDPが2位になったからといっていばる、あるいはもっと豊かになるために他国に害を及ぼす、というのは問題です。しかし、家族、地域の次の団体として国家を意識するのはある程度自然かと。世界には、この国家単位の団体戦を意識させるために、国旗掲揚、国家斉唱、から軍事パレードまでさまざまな工夫(?)がされています。日本は自然と団体戦が出来上るが故に、卒業式で国旗を掲揚することを望まない人もいる稀有な国でした。

(2)少し他国との国民性の違いに目を向ければ、日本人は自分が豊かで隣人が貧しいことが苦手です。随分と昔な気もしますが、一億総中流、などもこの典型です。GDP2位を誇りにするのは、自分の生活が豊かになってきた時、自分は隣人から搾取しているのではないぞ、という贖罪意識があったのではないでしょうか。

いずれにせよ、少しずつ成熟してきた日本人には世界全体のGGP(Gross Global Production)やNGP(Net Global Production net of environmental damage cost)といったものを意識していくべきですね。

駄文、雑感、深謝。
Posted by 浦勇 和也 at 2009年12月11日 10:02
確かに欧米のメデイアに経済関連日本が紹介される時GDP世界2位と言う表現使われる事多いと思います。唯、追いつけ追い越せの高度成長時代ならいざ知らず今の日本人は左程興味無いのではと思います。今の日本人の気持ちを今朝の天気のようにどんよりしたものにしてるのは明治維新で制度を効率の良いものに転換してから150年が経ち流石に制度疲労を起こし結果成長へのシナリオが見えなくなってる状況にあります。本来制度改革を断行すべきなのですがやるべき人間が既得権益にどっぷり浸かってたり彼らの支持者が既得権益そのものだったりして迷走してる事にあります。細かな問題はあるものの中国の成長は日本の国益そのものであり、歴史を振り返っても直近の150年を除けば2000年近くに渡り日本は中国の衛星国の1つにしか過ぎません。元に戻るだけの話です。
Posted by 山口巌 at 2009年12月11日 10:03
最近出た内田樹氏の日本辺境論に「他国との比較を通じてしか自国のめざす国家像を描けない。国家戦略を語れない。そのような種類の主題について考えようとすると自動的に思考停止に陥ってしまう。これが日本人のきわだった国民性格」とあります。他の方のコメントにあるように、中華に対する最遠地の東夷としての日本の地政学的辺境性が日本人の思考と行動を規定していると。ただ、その辺境人としてのメンタリティは、もちろんいいところと悪いところがあり、それによって成長してきたところもあるのですが、最近は良いところである辺境人特有の学びの力が、何でも与えられ揃っている子どもたちの環境において弱まっているのではないかと危惧していました。
もし機会があれば、読んでいただけると今までのコラムで論じられていたような日本人に対して思われている不思議さに対しての参考になるのではないかと思います。
Posted by たく at 2009年12月11日 11:42
第2位の経済大国とか、「副社長」「業界2位」にこだわるとかいう議論をすること自体に違和感を覚えます。これらは結果であって、目的ではないはずですし、ましてや個人の幸せとは無関係でしょう。
まず「思い」があって、「何をしたいのか」であり、結果として「何をしたのか」ということであって、思いのないところに、理念も方向感も存在しないのだと思います。
まだ多くの方が、ポジションが自分の価値を決めるような意識を持っておられる様な気がしてならない時があります。
Posted by 神奈川 鈴木 at 2009年12月11日 11:42
異議があります。明治維新前の日本は他国との地位争いには無関心で自国内の順位や地位の維持に汲々としていました。、他国の干渉を受けて植民地化を避けるために明治維新後、富国強兵策を進め、幸い、日清、日露戦争に勝利した。しかし、その事で当時の天皇はじめ国民が大きな勘違いをして武力で大東亜共栄圏を確立しようと兵をアジア全域に進めたため、欧米より完膚なきまで叩きのめされました。戦後は武力を捨て、社長である米国に従順な僕として媚を売りながら経済でひそかに私服を肥やし、社長が困った時には財布の役割を果たして来たが、ブッシュという悪魔が社長となり、無益な戦争はするは、経済は詐欺行為を働いて破壊するはでさしもの財布の役割をしていた日本の経済も破綻した。
郵政の貯金を差し上げようとした小泉政権が瓦解したのも頷ける。鳩山内閣は「友愛」を掲げてかっての大東亜共栄圏を武力を使わずに達成しようとしているのであり、これからに注目していただきたい。
Posted by 都田 隆 at 2009年12月11日 11:58
宋さんへ

またまた痛いところを突かれましたね。
お金の金額ではなく、どう儲けて、どう使うかが大事なんですよね。
イギリス・フランス・ドイツ・・・、日本よりお金がなくても輝いていますから。
Posted by G19 at 2009年12月11日 14:59
人の考え方を分類する1つの基準として、肩書を重要視する考えがあります。
例えば昨年あたりから日本の外務省は国連の常任委理事国になりたがっています。そこで何をしたいのか、国民にはさっぱり分かりません。肩書そのものが欲しいみたいです。もっと言えば、プレゼントの中身よりも包装を重視する価値観に通じるものを感じます。
周辺を見渡しても、自分自身の充実より周りからどのように見られているか、それが行動の規範になっている人は珍しくありません。
「第二位経済大国」が中国の経済成長によって第三位になったら、何が変わるのでしょうか。個人的には何の変化もありません。もしかしたら無意味な嫉妬心が一部の人の心を騒がすのでしょうか。そんな感覚の人が意外と多いので、マスコミが話題にすれば、商売になると見ているのかもしれません。
「国民性」と言う各自の多様性を完全に無視した言葉で、ある状況を説明することは安易でかつ本質を見落とす恐れがあります。何が重要で、何が無駄なのか、自分の判断を放棄してマスコミの報道に踊らされると、とんでもない方向へ進んでしまいます。報道機関も商売です。正義感だけではないでしょう。
自分の価値観を常にチェックしながら、地に足をつけた生き方をしたいと思います。
Posted by 櫻田 英治 at 2009年12月11日 17:42
 宋さん、こんにちは。私もついにネットユーザーになりました。これが私のネット書き込みデビューです。
 読者広場の皆様、はじめまして。ヤクルトレディーをしております二村と申します。どうぞよろしくお願いします。

 早速今回の感想ですが、これは世代論に属する話なのではないかと、私などは理解しております。
 
 1963年生まれの私が70年代に送った少女時代、頭の上にいた大人たちといえば、戦前・戦中派世代でした。彼らにとっては、「あの焼け野原から立ち上がって見事に復興し、いまや世界第二位の経済大国となったわれらが
日本!」という、一代で成し遂げた晴れ姿は、
どんなにか誇らしく、達成感・よろこびに満ちたものだったか。私が物心ついた最初期の記憶の一つがこの、「やったなあ、俺たち」「どんなもんだい!」「よくぞ日本人に生まれたり!」という、得意満面の大人たちの表情・社会の空気です。
 10代20代の生意気盛りには、こういう「世界第二位の経済大国」が自慢のタネでこれしかよりどころがないような大人たちのことが、貧乏くさくて恥ずかしくてみっともなくていやでいやでたまりませんでした。 いかにも「日本人という枠組み」でしかものを見ることができない、視野の狭い、戦前教育で育ってしまった旧時代人のメンタリティに思えて。
 けれどもいまでは、戦後日本を築いてきたあの世代には、そりゃいいたい文句もないではありませんが、こちらが壮年となった今となってはぐっとのみこみ、ご苦労様でしたと、満腔の敬意を持ってねぎらいたいです。

 むしろ問題なのは、自分たちの代には自分たちの時代・社会状況にあった理想を求め前進しようという開拓者精神・創業者精神・クリエイティブマインドが希薄で、先代達が先代達のおかれた時代・社会状況にあって心の支え・よりどころにしてきたスローガンを、惰性で踏襲しているだけの怠惰な当代の大人達−−すなわち我々の、自立できてない精神の方だと思います。
Posted by 二村陽子 at 2009年12月11日 18:15
もともとそういう国民性なのでしょう。明治の脱亜入欧主義以来、諸外国から評価されることが目標の国なのです。日本人とはそういう卑屈な精神の持ち主なのです。だから近くの国をさげすんでみて威張って自分たちの優位性を確認して安心するのです。
この国では何をやっても同じです。
時々、そうでない人が出てきて、たまたま諸外国から評価されると一斉にみんなついて行きます。決して自国民を評価しようとはしません。出来ないからです。
そんなゴミ国家なので、はやく鎖国して世界に迷惑をかけない国になるべきです。
Posted by 菅 晃千 at 2009年12月11日 19:06
少なくとも私が関心を持っていたのは「一人当たりのGDP」でした。その意味で注目したいのは中国にはすでに日本の総人口を上回る富裕層が生まれているということです。
Posted by 痴本主義者 at 2009年12月11日 21:48
大変興味深い記事です。第二位の経済大国、日本。

この度の記事は貴国、中国と比較してのことでしょうか。
先人云々の話は全く関係のない話であると私は思います。

第二位云々は元々持っていた力を使った結果の第二位です。
つまり、第二位に甘んじていた訳ではなくて、枠組みの
中で精一杯やった結果が第二位という観念を持って語られる
ようになった。それだけのことではないですか。

方や、貴国中国は如何に考えておられますか?
日本が如何であるかを問う前に貴国自身が真剣に考える
事柄が山ほどあると私は考えていますが、どの様に
お考えですか?何をこの国から学びましたか?

この度の記事は様子伺いであることは間違いないと
私は思います。様子を伺う前にすることが月に届くほど
の大きさぐらいあるのではないですか?
Posted by hiro at 2009年12月12日 02:33
>冷戦時代のいわゆるG7の中で、2番目の人口規模を持つのは日本です。そんな日本がそのシステムの中でGDP第2位になるのは当然のことであり、

目から鱗でした。言われてみればその通りですね。
Posted by 佐藤宏 at 2009年12月12日 13:33
世界第二位の経済国というのは、欧州・米国が白人以外の国に経済規模で凌駕されることの危機意識からでた言葉で、日本人(とくに私)には印象のない言葉です。欧州のようにアフリカ・アジア・中南米から収奪した富によって成り立った国々、米国のように中南米を武力・資本力によって搾取してきた国家,
と異なる形で成長した日本という国に対する潜在的な脅威論の変形に過ぎない。韓国・中国などアジア諸国が成長するのは非常によいことです。
Posted by Kuroneko&Shironeko at 2009年12月12日 15:48
これからの日本が何をアイデンティティにすべきか、その事についての明快なビジョンを持っているのが、東大の藤本隆宏教授です。
中央公論の5月号に、「設計立国」という、突出した達観を披瀝されてます。
残念ながら、こういう次元の事を分かっているのは少数の組み込みソフト開発者などの知識労働者ぐらいです。
Posted by tron at 2009年12月14日 08:14
宋さんか、会社の人へ
渡邊さんに、そっと言ってあげて下さい。
栃木県と群馬県の識別は関西の人は難しいようですが、渡邊さんは八ツ場ダムに言及されていますので、間違えるのはどうかな?・・と。
Posted by yutaka_nakanishi at 2009年12月14日 09:50
自身が頂点となり、全ての責任を背負って国を治めようとした人物を世界中で探すと枚挙に暇がないものですが、こと日本における例を探すと、信長や義満などの例外を除き、ほとんど例がありません。
自分より特別である人を頂き、No.2として実権を握る手法に固執するのは日本人のDNAであると言っても過言ではありません。頂く人が64年前に大きく変わっただけで、この本質は変わっておりません。現政権も国民を頂いて行動していることを公言しております。
由来、日本人は自らの考えで事を成すことが苦手なので、個性のない(当たり障りのない)行動でなんとか乗り切ろうとしているのです。この方法がグローバル化の中で通用しなくなったことは誰もが認めるところです。
そうした中で、日本が変わっていくのはもう少し時間がかかると思います。日本人が変わるために日本人のDNAを持たない人から、日本人に分かる言葉で提言をしてくださることに感謝しております。
Posted by 鶴田 晃健 at 2009年12月15日 22:49
いつも興味深く拝読させていただいています。

宋さんやコメントを書かれた中の方々のご意見にもありますように、多くの日本人は大切な何かを見失っているように感じます。

戦後の半世紀あまりの中で、ゼロベースからでも愚直に築き上げてきたものの中には、物やおカネではない大切なものも培ってきたはずです。

自由と権利の間違った使い方が横行し、品格という言葉をあえて口にしないといけないような愚行も目立ちます。

見失った大切なものを、いま改めて皆が認識し、心に掲げなければならない時代になったのです。

憂うだけではなく、大切なものを掲げて抗う(奮起)ことをしなければ、衰退し亡くなるだけです。

子孫のことを考えると、いま掲げなければ、動かなければ手遅れになるタイミングだということだと思います。

Posted by 平成の昭和 at 2009年12月16日 11:24
宋サン こんにちは。こちらに投稿するのは久しぶりです。さて、今回の宋サンのご意見を読んですぐに思い浮かんだのは「なにゆえ今年の政権交代以前の歴代自民党選出首相の短命が反省無く繰り返されたか」であります。安倍さんにしても福田さんにしても麻生さんにしても、結局は親の(ご先祖さまの)七光り。あちらのご家庭の血筋だから、高名な政治家の家系から排出されたサラブレッドお坊ちゃまだから間違いないという周囲のミーハー的選出動機。本人達も親の七光りを十分意識しつつ、自分はトップの地位を目指すべき人間という勘違いアイデンティティが有った筈。揃いも揃って...
宋サンのお話からはちょっと脱線してしまいましたが、政治家やメディアが「戦略的●●」と言及するにつれ、近年の政治の戦略性の無さ、方向性の欠如、社会の行くすえを描こうにもビジョンのあいまいさが顕著なニッポン。本当に不安です。
Posted by opompy at 2009年12月16日 15:14
この機会に、2位というこだわりを捨てる人が増えるといいですよね。

政府には、2位というこだわりを捨てた、一流の国家運営をしてほしいものです。

Posted by 加油! at 2009年12月21日 18:54
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