「民主党政権が予想以上に政権運用にこなれている」。こう感じるのは私だけでしょうか。自民政治に飽き飽きなのになかなか野党に政権を渡す勇気が無かった多くの人が「なんだ、もっと早くやればよかった」と思っているに違いありません。
権力と富には魔力があります。人間は一度手に入れたらなかなか自ら手放さないのです。しかしその結果、大体の人は志を失い、どこかで大きく行き詰まります。賢い富豪が子孫に富を残さないのは他人のためではなく、自分の子孫のためです。生きる力、働く意欲を奪われたくないからです。
企業に権力に長くすがる人間がいるとその企業は必ず活力を失います。国に権力に長く執着する政治家がいると国は必ず大きな壁にぶつかります。これはもう民主主義とか社会主義などの主義主張と関係ない原理原則です。
中華人民共和国が成立した当時、前政権の国民党の腐敗を批判してきた著名民間人が毛沢東に聞きました。「中国共産党が腐敗したらどうしますか」と。すると毛沢東は「我々は腐敗を防ぐ新しい手法を見付けました」と答えたそうです。
確かに初期段階では大変清潔な時期がありましたが、数十年がたつ今、ご存知の通り、腐敗は中国政治のガンになっているのです。
政党、体制、国家、文化などは関係が無いのです。我々人間は権力と富に憧れ、権力と富に溺れていくのです。よほどの精神的鍛錬がない限り、なかなかその魔力から逃れることができないのです。だから政権交代の仕組み、だから経営者の流動性が必要です。
私は権力と富を無条件に批判することに賛成しません。権力のない人、富のない人が同じ立場になると同じ振る舞いをするのです。いつもマスコミの権力を批判する大手の経営者を知っていますが、彼が満足すれば新聞が彼の社内報になり、テレビが彼の社内放送になってしまいます。
中国の地方官僚や成金の多くは傲慢で威圧的ですが、貧乏な田舎者に同じ権力と富を与えた場合、果たして彼らはもっとましな振る舞いをするでしょうか。高級車に乗る金持ちの運転マナーは目に余りますが、やっと手に入れた大衆車を運転する田舎者が自転車の人にもっと傲慢な態度を見せているのです。
今朝、築地を散歩していると足が脹れたかわいそうな老人浮浪者を見かけました。近くの交番の警官に「あの人は大丈夫か」と聞きましたが、「あ、あのひとですか。彼は施設からすぐ逃げ出すし、競馬もするんだよ。お酒も二級酒じゃなくて一級酒しか飲まないですから」と。
私は急に安心して交番を離れましたが、警官の呟きがまだ後ろから聞こえてきます。「癖の悪い人が多くてね、近所の人が善意で家の風呂を入れると盗みをするんだよ・・・」
権力と富が必ず人をダメにすると言いたかったのですが、権力と富と無縁だからといって人が善に帰する決まりもないな、と複雑な思いを抱く今日この頃。
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今回はそうでもないですが、ここ数回のコメントは正直、毒にも薬にもならないようなお話だった気がしました。
なんだか妙に悲しい気持ちになりました。
でも、思い直しました。
自分は宋さんのコメントに何を期待しているのだろう、かと。
今日も青空がまぶしいです。
日本の秋はやはり素晴らしいですね。
これを見抜く人をどんなに待っていたことか・・・・。
わが国では「弱者=正義」ですから。
特にマスゴミ(誤字ではない)はそうです。
反権力=正義と幼稚園並みの思考しかできないしそれに影響されている国民も大勢います。
国家も同じです。
米国にいじめられたベトナムがカンボジアに侵攻したように、イスラエルがパレスチナを侵攻したように。
一方、「貧すれば鈍する」という言葉があるように、貧している人もモラルが下がります。築地の浮浪者のみならず、街中でも電車の中でも「自分さえよければよい」という人は年々増えています。
両方を見て思うことは、人間は醜い面を見ればきりがありません。それでも社会は相互の信頼の上に成り立っています。我々が武器をもたずに歩けることは幸せなことです。
少しでもお互いがよい面を見せることができるチャンスを作っていくことが、モラルを保つことではないでしょうか。
富と権力、これはもう人類普遍の永遠のテーマでしょうね。
でそれを乗り越えるのは、ご指摘の通り、精神の鍛錬しかない、というのも頷けます。
古典や歴史に触れ見識を高めるというのはそのためでもありますね。決して、訓示とかで偉そうな話をするネタを仕入れるためではないと思うのです。
子孫のために美田を残さず、というのもありますね。
政権交代はそれ自身、日本にとっての新鮮な体験だと思います。議員である副大臣と政務官が自ら腕まくりして膨大な予算書めくって電卓叩いて汗かいてる映像見て、これだと、こういう感覚を持ち続けてほしいと、切に思いました。
先日の国会質疑で谷垣総裁が膨らんだ予算にツッコミ入れたら、鳩山総理がいままであなた方がやってきた結果こうなってるんだとツッコミ返してたのも、政権交代の妙味と思います。
願わくは民主党が権力の蜜におぼれませんよう…
いつも楽しみに拝見させていただいております。
今回のお話も、いつもながら「腸に響いて来る」内容でした。
富や権力が人を慢心させ歪めてしまうのは、心の貧しさからくるのでしょうが、貧しく力のない人でも、心のゆがんだ人は悲しいかな存在してしまいます。
それが人の性と言えば簡単ですが、私は富も貧乏も、その人の欲求をすべて満たせないという点では共通しているのではないかと思います。
どのような状況に置かれても、自分にとって「それで良い」と満足する、「足るを知る」ことが、心の安寧をもたらすのでしょうね。
多くの富もなく、日々の糧に困るほど貧しくもなく、何事も中庸であることが普通の人間にとっては、精神状態を良好に保つことが出来るのでしょう。
私自身は、仮に自分が多くのお金を手にしたり、反対に極限の貧困に陥ったりしても、自分を見失うことがないように、心を鍛錬したいと考えます。
また次のお話を楽しみにしております。
ありがとうございました。
表に表れた一面だけでは解りません。
富と権力があっても清廉潔癖の人や、その両方がなくても傲慢強欲の人はいます。
親切を仇で返す人もいれば、厚意に報いる人がいます。
田舎の住人にも、善人と悪人は必ずいます。
生善説と生悪説のどちらであるかは、
別の次元の考え方だと思います。
報道を見ると、まるで「ダム」や「基地」等、民主党が悪いことをしているような報道が多く見られますが、自民党のやり方のツケを払っているだけなのですから、非難は自民党にも向けるべきです。
私はそのような観点から、「人類がある限り宗教と戦争とマフィアはなくならない、人類という種は良し悪しは別としてそのようなDNAを持って発生してきている」との確信に近い考えを持って来ました。また「権力は腐敗する」といった格言などもそのような見方を敷衍する中であたりまえのこととして理解してきました。今回の宋さんのブログにおける、
>権力と富と無縁だからといって人が善に帰する決まりもない
というのもごくあたりまえの事と思います。
このような見方は私の中高時代からの物ですが、そのような確信はその後の経過の中でも全く変わらないばかりか深まるばかりです。
(ちなみに私は宋さんより一回りほど年長です。)
例えば文革の悲惨極まる現実とその中で懸命に生きる人間像をつづったノンフィクション「ワイルド・スワン」を読んだ時などは、まさに想像していた通りだ、と思ったものです。
今、そんな私の心配事は他でもないこの日本の政治です。
宋さんは最近民主党による新政権を大いに支持しておられるようですが、その支持の理由が私のそれとはどうも真逆のように思えてなりません。
なるほど私などは今回の選挙で戦後政治の中から発症していた一種の癌である「族議員−官僚結託の権益構造」の打破と「別種の権益構造への移行」のため民主党やみんなの党を支持しました。しかしながら、「友愛精神」などという、私の目から見たら人間の心に潜む光と闇のなかの「闇」を無視するかのような「一種の偏頗なカルト信仰」とそれによる種々の「一億総貧民化政策」「復古政策」まで受け入れたわけではないのです。
私のような考えの有権者が決して少なくないということは、比例票における社民党と国民新党の惨敗ぶりと、公示たった1週間前立党のみんなの党の票数獲得ぶり(社民党に迫り、国民新党を圧倒した)を見れば明らかだと思っています。
宋さんには一度この鳩山政権についてのお考えを独立した一つのブログ・テーマとして書いて欲しい物だ、と持っています。意見の交換が出来れば幸いです。
今回も貴重なお話をありがとうございます。
私も宋さんとまったく同じ意見です。
つまり、人は権力を手に入れたとき、冨を手に入れたときこそその人の人間性が問われるのです。ですから単純に貧困層がかわいそうで富裕層が傲慢であるという理屈は成り立ちません。周りの環境によってころころと変わる人こそが傲慢なのです。
ありがとうございました。
民主党が良いわけではないでしょう。自民党が腐敗しただけです。小沢は其の根源でもあったわけですから今後が楽しみです。新人だからダメだの発症は(あえて発想ではなく)馬鹿にしているのでは。新鮮な意見が聞かれるはずなのにと思うこの頃です。日本もいい意味で2大政党制が機能する時代になったのでしょう。国民が地元優先の政治家選びが直るかが今後の課題でしょうね。子供染みた国会答弁がはびこらないように監視しましょう。
どこで感じるかというと、
「築地を散歩していると足が脹れたかわいそうな老人浮浪者を見かけました」です。中国の人は、かわいそうなという形容詞をしばしば使います。最近の日本人はあまり使いません。
どのような人も、我々人間の一つの現れであってそこには価値観をはさみません。かわいそうという形容詞をつけることで、自分と相手との間に視点の高低をつけることになります。
中国のかなり高等教育を受けた人でもこのような表現をしばしば使うことにいつも違和感を感じています。
今回の論点とは異なりますが、しかし宋さんの視点にいつも若干の違和感を感じるのはこのあたりです。
アメリカの産物を購入するに台湾製、
5前に中国北京に友人がいます。
尋ねて行きました。元竹下首相の時に
高校の先生が通訳してください、島田先生は僕は共産党員です。
それでも良いと言われそうです。
其れ有りますから長野県小布施町に現代中国美術館の帰化した島田さんを連れて行くない危険伴う。
手紙は封を切りありました。
小生は封はそのまま行くと思っていました。3年前より封は切る事はしません。本年、尋ねる、通訳の島田さんの北京の人の普通の1人月給は10万円2人で20万円。2LDKE家賃300円、道路はオリンピックあとで東京より、素晴らしく、マナーも東京よです。資本主義も社会主義も同じです。
「実ほど頭を垂れる稲穂かな」「足を知る」・・・日本にはいい言葉がたくさんあります(ありました)。
ゾマホンさんもおっしゃっているように、日本も未曾有の経済危機といいながら、世界中のどの国よりも相対的に恵まれているのです。たとえ年収が150万円しかなくても、食べ物を選べば安い食べ物はたくさんあって飢え死にすることはありません。
それなのに日本の政府や日本人は萎縮してしまっている。私はそれが非常に残念です。
「実ほど・・・」に戻って言えば、権力、富、これは多ければ多いほどよいものではなく、閾値というものがあります。私が今の2倍の給料をもらえれば相当生活が楽になるので2倍は欲しいなと思いますが、10倍は要りません。どうせ使い切れないからです。
過去のエスタブリッシュメントの人達はもう十分甘い汁を吸った。退職しても年金で食っていける。でも、その人達も人間であるならば、自分さえよければいいのではなくて、「足るを知って」、自分の子孫、或いは同時代の恵まれない人達に幸せのお裾分けをすべきなのです。
それにも関わらず、日本の政府や日本人は過去の助け合い精神、もちつもたれつの輝かしい日本の歴史を忘れて、「自分さえよければいい」と汲々となっているのが残念でなりません。
尚、私は「韓国の龍」ですが、韓国に駐在中の日本人です。同じ日本人として今の多くの日本人が寂しく思えます。
まだ1ヶ月半で評価するのは早いと思いますが、民主党はよくやっているというより迷走しているという印象のほうが強いのは私だけでしょうか?
同じ案件に対して首相も各閣僚も発言がばらばら。膨れ上がる予算請求。有名無実の国家戦略会議。前政権より後退している公務員改革等いちいち例を挙げるのもめんどくさいですが。
ひょっとしたら、脱官僚を掲げながら蓋を開けてみれば自民党時代以上に官僚や元官僚が幅を利かせていることに対して「政権運用に慣れている」と仰っているのでしょうか?
企業経営者でも政治家でも長く権力を持つと腐敗するというのはその通りですが、官僚に関して言及しないのは意図的にですか?官僚ほど権益に執着する人種は無く、また長く権力を保つのに有利な立場は無いと思いますが。政治家も企業経営者も実績がなければ淘汰されますが、政権が変わっても官僚は総取替えというわけではなくとりあえず安泰ですし、官庁は企業のように倒産することもありません。そういうことで最も腐敗しやすいのが官僚組織といえるでしょう。
民主党のどたばたぶりは予想していた通りですが、それにしても自民党のつっこみに対して総理や副総理の「あなたがたに言われたくない」「あんたもそうだったじゃないか」という居酒屋の酔っ払いサラリーマンのような反論はいかがなものかと思います。自民党政権の問題を民主党なら全部解決できると言って選挙に勝ったのではなかったでしょうか?
それより民主党政権の一番危険なところは、外国人参政権や、それとセットで主に中国人を念頭においていると思われる1000万人移民受け入れ推進、沖縄プラン等、国家主権の基盤に関わる「友愛」政策をマニフェストには載せず、国民にその是非を問わず実行しようといているところです。(民主党の土屋都議が、そのことを「耐震偽装マンションのパンフレット」と批判して離党勧告を受けていましたね)
小沢さんは選挙前に中国に行って、民主党が政権をとった暁には必ず外国人参政権を実現すると勝手に約束して来たそうですが、許されざることです。ある新聞の調査では外国人参政権は8割以上の人が反対しています。
鳩山さんは次々にお金に関する疑惑が浮上していますし(何故かテレビでは全く報じられませんが)脱税の疑いが極めて濃いので、そのうち逮捕ということになりそうですが、もしこのままうやむやで終われば、もはや日本は法治国家ではありません。そういえば小沢さんの西松建設事件のときに民主党は「国策捜査だ。民主党が政権をとったときには検察のありかたも考え直す」というようなことを言っていましたが、これは三権分立の大原則を侵す独裁政治の思想で、民主党は中国共産党を目指しているのか?と思います。
その小沢さんですが、党内からも独裁への懸念がささやかれていますね。鳩山さんが失脚すれば、小沢さんが首相でしょうか?楽しみで身震いします(苦笑)
「官僚は悪くない」と共に宋さんの定説のひとつである「弱者の心が清いわけではない」のエピソードが最後にありますが、作り話ではないとすると宋さんは築地でタイムスリップしていませんか?
日本でのお酒の等級制度は、とっくの昔(1992年)に廃止されており、いま二級酒や一級酒を飲もうと思ったら17年以上前のものを探さなくてはなりませんが?
自分もきっと、置かれた立場や環境によって、同じようになってしまうでしょう。人間というものも多分に「生物としての本能」をベースに行動しているものであり、このくびきから逃れることは極めて困難な存在です。ゆえに相当な鍛錬を積んで悟りを開く位でない限り、無意識のうちに目の前の欲望に負けてしまう弱い存在なのだと思います。
現代人の大半が、そこそこのモラルと優しさを持っているのは、いろいろな意味でバランスよく我慢と欲望を満たす行為が適切な時間軸で循環できているからでしょう。いろいろな話を聞くにつけ、「中庸」「バランス」の大切さを忘れてはならないと思います。
会社組織においても、或いは会社そのものにしても、地位に安住した瞬間から実は堕落が始まっているものだと思いますし、優秀な経営者はこれを恐れ、そうならないように常に頭を捻って皆のやる気を引き出しているのだと思います。勝って兜の緒を締めよと。
権力・富に限らず、何らかの力を得た人間のあり方は難しいですね。
何かを成すのに力は必要ですが、その力をもって何かをするのが普通になってしまった時点で人は鈍化し周囲から活力を奪いはじめると考えています。
個人的な対策としては力が無くとも対等(むしろ下っ端)で居られる場所を持つことと、力のある場所を捨てる覚悟と準備をするようにしています。その時になったら捨てれるかは正直微妙ですし、上手くやってる自信もありません。
ヤジロベエの様にふらふらしながらもバランスをとって生きたいものです。