「郵政ひとつも改革できないなら構造改革なんてできる訳がない」。「日米関係さえよければ日本外交はうまくいく」。総理大臣がこんな極論で絶頂の人気を博したのですから、日本の世論は実に多様性に欠き、極端に走りやすいものです。
北朝鮮に関するタブーもこのような極論によって作り出されるタブーの一つです。社会党が健在していた時代には、「拉致問題」はタブーでしたが、小泉政権以降は「拉致問題」を避けるのがタブーとなりました。
誤解のなにように言っておきますが、私も強く拉致の問題を解決すべきだと思います。問題はタブーが視線を狭め、拉致の解決をかえって遠のかせてしまうのです。
「日米関係さえよければ・・・」と信じた人々にとって、テロ支援国家の解除に続き、直接対話にも踏み込む米国の変身は裏切りに近いと思いますが、拉致被害者のご家族達も手詰まりを感じているに違いありません。
そもそも一部の拉致被害者のご家族達の姿勢にも問題があります。拉致問題を放置した国に対して厳しく責任を問うのは分かりますが、具体的な解決方法と手順までも国に圧力をかけ、外務大臣のように振る舞う姿勢には違和感を覚えます。また「中国人だから」と言われればそれまでですが、「純心が政治屋に利用される」現実はどこの国も一緒です。
少しでも外交の常識を持つ人間なら誰でも分かりますが、米朝間が敵視し続ける以上、核問題の本当の解決はありえないように、日朝間が敵視し続ける以上、拉致問題の本当の解決はありえないのです。
東アジアが世界のもう一つの経済センターになった今、その安定性の保持が日本を含む世界の共通利益です。北朝鮮の悪行に賞賛を送る国はこの世界に殆どいないのですが、平和交渉以外の手法で北朝鮮問題を解決すると考える国もないはずです。
日本は東アジアに位置しながら、東アジアの政治と外交に関われないのはいったいなぜでしょうか。他国のせいにするのは容易いのですが、難しい問題ほどその解決に大局に立つ度量と冷静さが必要です。
クリントン元大統領が拉致された二人の米国記者をつれて帰る前に金正日氏に何を約束したのでしょうか。気になりませんか。小泉元総理は日本の被害者を連れて帰る時に金正日氏に何を約束したのでしょうか。皆さんは覚えているでしょうか。
同一性が極論をつくり、極論がタブーをつくり、タブーが無策をつくります。
P.S.
タブーシリーズをやろうかと思いましたが、疲れそうなので今回で止めます。タブーといっても人によってはもう常識ですし、人によってはただの奇談に過ぎないかもしれません。宋メールは正論正解ではないので気楽に読み流してください。
ところで、また新書が出ました。(仕事ができる人は「負け方」がうまい:角川学芸出版)。宋メールの近年の文章と、この春まで続いていた夕刊フジでの連載を編集したものです。
URL: http://www.amazon.co.jp/gp/product/4046214872/
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共感し、感動し、多くを教えていただき有難うございました。アフリカに対する認識が大きく変わりました。西洋の人達が自分たちの行為を正当化する技術は彼らにとって効果的ですが、非常に多くの不幸な人達を生み出したことが良く理解できました。
日本もアジアおよび世界の国々の一員として
どうすべきか、良く考える必要があるとおもいます。なにか、あったら、アメリカが協定で守ってくれると考えるほど、危険なことはないと思います。
しかし拉致問題発覚後は逆方向に一気に振れてしまいました。
タブーというのは、行動を縛ることになります。
少し前ですが、ある自民党代議士が北朝鮮を訪問してきたところ、メディアは「二元外交だ」「北朝鮮に間違ったメッセージを送る」と騒いで非難しました。
しかし、外交というものは二元でも三元でも百元でも、ありとあらゆるルートを確保しておくことが重要だと思うのです。
タブーがあることで策が限られる、結果的に無策になるのだと私も思います。
ただ、ご承知でしょうが「日米外交重視」を評価して小泉政権に票を投じた人は、ほとんどいないと思います。
まぁ、後段の文章につなげるための「振り」だと思いますが…
一般の方は「自民党をぶっ壊す」という彼の一言に踊らされたのです。
世間が熱くなるような問題こそ、大局を見た冷静な判断が必要なことはおっしゃるとおりです。
しかし、視聴率と購読数が全てのマスコミにはそれが通じない。
社会を構成する多くの人は、実に多様な考えを持っているにもかかわらず、それを正面から取り上げようとしない。
田原総一朗が仕切るような雑多なプログラムでなく、本当の意味でわかりやすい報道番組、報道媒体の登場が待たれます。
多面的な考えで、私の理解力、判断力が高まるようにと読ませていただきます。
今回の記事は、小泉政権登場依頼の二者択一的な迫り方から政策への支持を強制してきた政治と、マスコミの流れに息苦しさを感じていた身としては、大変安堵させられるものでした。
政権が代わって、日本のアジアでの立ち位置、社会的な雰囲気も変わることを期待したいと思います。
まず利権関係です。北朝鮮問題は拉致のみの単純な話ではなく、在日の方にも繋がっている話です。また、おっしゃるとおりヒステリックな対応と、それをビジネスにしている人もからんでいます。今は野党連合政権ですから、社会党の系譜を継いでいる人が要職にいたりもします。理論的に正論であっても、関係のない事で上げ足を取ってメチャクチャにする、もしくは暴力に訴える人々がいるのは事実です。かつての同和問題もそうでした。
二番目に自分のスタンスです。こういう問題を胸に秘めていても、それを自分の得意な分野、たとえばビジネス、で変化させていくというのが知恵というものではないでしょうか。
なにも同レベルの議論をしてみたり、もしくはビジネスマンが最も嫌う評論家になるべきじゃないでしょう。
そこでお願いがあります。それは日本の現在のジャーナリズムやマスコミ界に関しての貴方の考え方をご披露願いませんか。
小生は、日本という国、および、日本人を劣化させている原因の1つは、マスコミ界にあると痛感しているのです。
記事の大半が、憶測記事、揚げ足取り記事、足を引っ張る記事、鵺記事で満たされているように思えるのです。
日本の世論は多様性を欠き、極論に振り回されやすいというのも、戦前から変わらない特質の一つだと思います。
「お上に逆らわない」という性質もあります。
偉い人に逆らう、あるいは意見を述べるのは、敬意を欠く行為だと生理的に感じるところも日本人にはあると思います。
正しいと思うことを胸を張って言えるならば、多面的な捉え方が出来、極論を生まず、タブーも作られないのではないかと思います。
私が最も大きなタブーだと思うのは天皇制です。私は反対の考えを持ち、それが正しいと考えていますが、声を出して語ることは出来ません。語れない外的要因もありますが、語ることを躊躇わせる内的要因もあります。
ただ、この日本人の特徴は大事にしたい面もあり、難しく考えさせられるところだと思います。
長期的な視点で見た場合、多様性は強さの根源だと思います。
市民は考えていないのでしょうか?
考えることじたいあきらめてしまったのでしょうか?
それとも考えを発信できないでいるのでしょうか?
マスコミの情報の伝えかたにも問題が有るかもしれません。
事実を伝えるはずのニュース番組でキャスターが問題に対し『コメント』をして『その問題をどうとらえるか』まで親切に?解説する事に違和感を覚えます。
市民は『考える』ために必要な、多様性に富んだ材料を自ら積極的に揃える必要がありそうです。
芋しかなかったら、みんなが芋をふかして食べます。
芋と肉と他の野菜が有れば、色んな料理が作れます。
・・・健康にもいいですね☆
私にとって宗さんのメルマガは、大切な多様性の市場です!
また、日本人の多くは未だに、日本人、中国人、韓国人・・・と、人間を国籍別に類型化したがりますが、今の東アジアではもう、国籍によるパーソナリティの違いより、個人差の方が支配的になっているような気がします。日本でも、無意味な偏見を排した率直な議論が活発になることを期待したいです。
ゾマホンさんの、アフリカのお話も楽しみにしています。
「もっと自分で判断しよう」っていう風潮にならないと次の段階に行けない気がします。
拉致問題は、、、外交の基本は知りませんけど、普通に考えて最初に緩めるのは無駄では? まずは締め上げてから緩めないと。
締め上げるのを政治家がやったら修復できませんよね?
そういう意味では拉致家族の行動はファーストステップとして必然であったと思います。拉致問題があるということ自体認識されてなかったわけですからね。
無駄を無駄と認識することには意味があります。
しかし制裁を強めたところで解決出来るようにも思えません。
交渉相手を冷静に分析した上で話し合いを進めて欲しい。
アメリカもアジアも重視した外交を望みます。
何時も、宋様のメールを楽しみにしており、毎回、お意見に納得したり、疑問を感じたりしております。 今回は、あれっと思う事があったので、宋様のご意見に対する反駁文を述べたいと思います。
実は多くの日本人は、北朝鮮の体制を崩壊させ、金正日を権力の座からひきずり下ろさなければ、拉致問題解決はありえない、と思っています。
なぜなら、拉致犯罪が金正日の指示の元で行われ、また拉致された人の一部が、彼の命令で行ったテロ事件に関係している事がほぼ明白だからです。
北朝鮮が拉致被害者を帰すとなれば、国の指導者である金正日が犯罪に加担していた事が明白になり、その責任を認めなければなりません。 これは現体制の元では絶対に不可能だと我々は思っています。 話し合いで拉致問題を解決する事は不可能です。
でも、圧力をかけて外国の元首を交替させるなど不可能ですし、外交交渉で体制を変更させる事は無理です。
国交正常化といっても、拉致問題の解決が前提です。このまま国交正常化の道を進めば拉致問題は必ずうやむやにされます。 毒入り餃子の件で、中国が原因をうやむやにするのに成功したように・・・。
日朝間が敵視しあっている内は解決しない・・とのお説ですが、現在の体制で国交が正常化すれば、必ず拉致問題は忘れ去られます。 理想は、北朝鮮の体制が代わり、現体制の非を北朝鮮が認める事が可能になったあかつきに、国交を正常化する事で、それによって拉致問題は解決するでしょう。
国交正常化なしに援助する事も考えられますが、国民を拉致して知らぬ顔、口を開けば日本を口汚く罵り、核問題やエネルギー協力で、何度も前言を翻し、裏切る北朝鮮に援助はできません。 だから現状のまま、放っておくしかありません。
これを外交の無策と言えば、その通りですが、かの国には通常の外交手段は通用しません。
一部の拉致被害者が、北朝鮮への対応方法について口出しするのが不適切・・との指摘は
以下の理由で当たりません。
・ 彼等が行っているのは、政府に対しては陳情、一般国民に対しては街頭PRや講演会での
説明であり、完全に合法であり、政府に圧力を掛けたり、外務大臣を気取ったりした訳では
ありません。 保証された言論の自由の枠の中でおこなっているのであり、これで不当な圧力を
感じるなら、日本で外務大臣を勤める事はできません。
・ 拉致被害者の会は北朝鮮が、話し合いの通じる相手ではないことをよく知っています。
対話が成立しないなら圧力をかけるしかない・・という考えです。
一部の人が唱える「対話と圧力」のバランスを取る事は不可能です。
バランスがとれないから、北朝鮮に対して働きかけをしない・・つまり何もしない・・というのが
外務省の感覚かも知れません。しかし、それは「不作為の悪」であり、時間の残されていない
拉致被害者家族会には耐え難いことなのです。
彼等とても、徒らに圧力を掛けるだけで、問題が解決するとは思っていないでしょう。
しかし、何らかの手を打ち、前進しなければならないと考えているのです。
日本の外交が米国一辺倒で、その米国に裏切られた日本の愚かさを嗤う事はできますが、これもやむを得ない面があります。
私が小学生だった頃、転校した事があります。 新しいクラスで全てのクラスメートと仲良くしたい・・とは思いますが、簡単にはそういきません。 クラスの中にも派閥や反発はあり、どちらかを選ばなければならない事もあります。
その時は、一番意見があい、自分の事を理解してくれる級友を親友にしました。
日本の場合、全方位外交が望ましい・・といっても、やはり、自由主義経済で、表現や思想信条の自由があり、(不完全とはいえ)民主主義を標榜するアメリカが、日本の一番の理解者です。
アメリカを一番重要な友人に選ぶ必要があるのです。
私は、中国にも親しい人がおり、尊敬する人もたくさんいますが、国の体制としてみた場合、
中国の在り方を全面的に賛仰する事はできません。
彼等が日本の本当の理解者になることはないかも知れない・・と思います。
民主化を否定し、共産党独裁を叫ぶ中国が、日本を本当に理解してくれるとは思えません。
だから、拉致問題、経済問題、国防の問題を考えた時、頼りになるのはやはりアメリカなのです。
クリントンが北朝鮮に飛んで、拘束されていたジャーナリストを解放したからといって、アメリカが日本を裏切った訳ではありません。
日本も対話路線をとって、高官がピョンヤンに行って話をすれば拉致問題が解決するかといえばそうではありません。 問題は全く違うのです。
数年前、北朝鮮は「日本は世界中で孤立している」と言いました。 しかし、中国から来られた論客が、自由に国の政策を論評できる国は、決して孤立する事はないだろうと思います。
日本がアメリカとの関係さえうまく行けば、外交は問題ない・・というのは、明かに言い過ぎですが、米国との関係を軽視して、他の国とより強固な同盟関係を結ぶ事は現実的ではありません。
拉致問題の解決は、圧力をかけながら、北朝鮮の体制が変化する事を辛抱強く待つしかないでしょう。 その圧力で北朝鮮の庶民が苦しむのは辛いですが、それしかないと私は考えます。
国民の税金を投入しています。
「自己責任」なんて言葉もありましたよね。ああいう言葉で、非常にパーソナルな行動が一斉にバッシングされるような、ヒステリックなマスコミと社会。まあ、日本の悪い点、とも言えるでしょうが、フツとツチ族の大虐殺みたいな、どこの社会にも起こりうることかもしれません。
この前誰かのコラムで読みましたが、北方領土の面積半分返還というアイデアがあるようですね。3島と国後島の2割、というような広さになるようです。漁業権的にはそれで日本はかなりOKだそうで、鳩山政権で実現するか?という状況だそうです。北方領土も、いかなる「妥協」もタブー視されるようで、交渉ごとはそれではすまないのでは、と思っています。
民主党は、核開発の凍結と拉致問題の再調査を求めるべきでしょう。北の体制が崩壊しない限り拉致の問題が解決することは難しい気がします。それは、拉致被害者の解放で得られる経済援助よりも過去に起こしたテロの機密が漏れた場合の損害賠償の方が大きな金額になるからです。拉致被害者は北でおそらく数名の事故死や病死を除いては手厚く扱われているはずです。家族の心情は分かりますが、外交は感情論だけでは出来ない気がします。アメリカがテロ支援国家からはずしたと言うことは、アメリカにとって北は核兵器の脅威のみ対応するということではないでしょうか。
今回は、北朝鮮との問題の指摘に少し心を揺さぶられ、メールすることを決断しました。
私は、私の会社の意向により、過去(2004年〜2006年)に北京に二年間赴任しました。中国本土に足を踏み入れるのは初めてで、中華人民共和国(Mainland Chinaという意味です)の中国人を部下にするのも初めてでした。日本人に対するマネージメントに慣れている私は、最初の半年間は、ほぼ自分の価値観で動いていました。最初は、部下の中国人が理解できず「ふざけんなぁ、お前は何を考えているんだぁ。」と机を叩いて訴えました。価値観の若干のずれのためです。
半年の間、私の罵倒に対して、私の部下も苛立ちを隠せず、反論してきました。それがそのうち、徐々に相手の気持ちがお互いに分かるようになり、相手の置かれている環境がわかるようになり、何故私の部下がそういう主張をするのかが、だんだんとわかってきました。
私の体当たり式マネージメントが、部下にも通じたせいか、その部下は、私と非常に親しくなりました。他の日本人の言うことは聞かなくても、私の話を聞いてくれるようになりました。
日本にずっと住んでいる日本人と、中国に足を踏み入れ相手の心を真正面に受け止めて、中国人の話を本気で聞く日本人とは、まるっきり違う人間、人種のような気がします。
北朝鮮外交も、同じことなのだと思います。日本にいながら外交している政府の人間は、北朝鮮の人間の考え方など、一生かかっても理解できないでしょう。
それを克服するために、外交官がいるのかもしれませんが、機能していないように思います。
外交の目的の理想型が合意されないまま、外交官の常駐が始まっているような気がします。
宋さんのおっしゃることを考えるに、何をすれば相手の心を開けることができるのかが大事なのだと思います。そんなことは簡単なことで、簡単なことを行っていないのが、日本人の外交です。
外交下手の根本原因だと思います。
「北朝鮮と友達になろう!」
それが外交の主目標のように思います。
私も、『日朝間が敵視し続ける以上、拉致問題の本当の解決はありえない』という意見には賛成です。というか敵視を続ける以上体制の崩壊を待つくらいしかやることが無いと思います。
そこで、質問なのですが「日朝間が敵視しない場合」の「問題解決へのプロセス」として「どのようなシナリオが考えられる」と思いますか??
(メール回答でもかまわないので、ご意見を教えてください。)
宋 文洲です。滅多にコメント欄に文章を書きませんが、ちゅうじさんのご質問に誠意を感じたので宋の個人的答えを書かせていただきます。
日本は表向きに拉致解決を最優先としながらも、裏では米国の戦略に全面的に協力し、北朝鮮との直接交渉も続けるべきです。結果として拉致被害者を最短距離で救出し日本の立場も強くなればいいのです。
米国の半島戦略は第一も第二も北朝鮮の核を無くすことです。北朝鮮の戦略は第一も第二も米国との直接対話です。米国は日本の拉致問題に同情してくれますが、自国の戦略を犠牲にすることはありません。有効な圧力手段が欠けている日本にとって米国との団結こそ北朝鮮への「鞭」であって、「拉致問題最優先」を叫んだからといって解決するものではありません。
北朝鮮への「飴」も日本が持てます。それはいざとなると米朝間の直接対話の手助けをするというオプションです。特に米朝関係が厳しい時にこのオプションが有効です。その見返りとして拉致問題の解決をセットして求めることができます。「飴」をあげるタイミングを計るためにも、米国に真剣な協力を促すためにも日本は常に北朝鮮と直接交渉のパイプを維持する必要があります。
田中角栄さんは米国に先駆けして中国と独自に交渉している情報を知ったキッシーンジャーが怒って汚い言葉を吐き捨てたそうです。それは外交で日本に出し抜かれた瞬間の自然な反応でした。米国の戦略に沿って日本独自の利益を狙う、そういう日本外交には米国は一目をおき協力せざるを得ません。
鞭と飴、表と裏、圧力と妥協、世論と戦略。相反する2つの側面をきれいに融合させた時は外交が勝利するのです。この外交の基本原理原則について、中曽根元総理の時代までは日本も守ってきたと思いますが、それ以降の軽薄な「政治家」と政治屋たちはこの原理原則を放棄し、人気とプレゼンスを確保するために外交を利用し、内弁慶に成り下がったのです。
彼らはカメラと記者の前で格好いいことさえ言っておけば売国奴と罵倒されるリスクもないですし、これあれ智慧を絞る必要がありません。それは美味しい商売で止められないのです。独自の交渉を試みようとした日本の政治家が彼らに「売国奴」と罵倒されました。
内弁慶の人々が増えれば外交は「外交=ガイコウ」にならず「内向=ナイコウ」になります。
個人的には、日本はすでにこの問題でほとんど北朝鮮から無視されている
と思うのですが、国内には「日本独力で圧力を掛けられる」あるいは
「六カ国協議、外交等を通じて、共同で圧力を掛けられる」という、
幻想があるように思います。
その上で、直接の関係者で無い人までが感情的と思います。
(拉致問題以外でもたまに、「日本国民は単一である」という
幻想にしがみついている様に思えることがあります。
なんと言うか、あまり体も大きくないのに猛牛とか猪のようです。)
よくわかりませんが、
「ワーと騒いで、でも何もして来ないので、結局のところほって置けばいいんだ。」
というようなところが、他国から見たときにあるのではないかと思います。
おっしゃりたいことは良く分かります。一面の真理でしょう。だが、そういう日本民族の昔から時折発症する「病気」というか「傾向」の淵源にはもっと別の物があるように思います。
それは、あくまでも民族全体の傾向ということですが....「日本人は本質的に利に疎き民族」であるということです。「利よりも、日本教(山本七平)という独特な信仰を優先したがる心情を持った民族」なんです。我々は隔絶した孤島で他民族からの侵略もほとんど経験する必要のなかった稀有な農耕民族の末裔であるがゆえにこんなことになってるんでしょう。
例えば「攘夷」という日本人独特のシンパシーを一度じっくり考えて見てください。そこには「利」という怜悧な発想はかけらもありません。一種独特なある意味で随分偏頗な心情であるとは思いませんか?
現代においても、日本のサヨク陣営にみられる「反日・反核・反軍備ヘーワ念仏カルト」発想もその好例ですし、また一方拉致問題におけるかたくなな言論もまたその一例です。もう一つこれに輪をかけるのが日本社会独特の「空気」の存在です。「攘夷」と「空気」の支配の下では、なかなか百家争鳴の議論にはなりにくい物です。
まさに、
>同一性が極論をつくり、極論がタブーをつくり、タブーが無策をつくります。
てなことに相成るわけです。
翻って宋さんの今回のブログの個別の話題を見るに、北朝鮮(私はこの国を乞食山賊国家と呼んでいます)に対する我が国の無策は、結果的に日本の国益にそれほどマイナスでも無いように思っています。近隣の朝鮮民族の内訌というのは今後50年とかそれくらいの期間を思うと、政治的にも経済的にも我が民族のマイナスにはならないような気がするからです。
また、これ以上朝鮮人に余計な血税を無駄遣いしなくてもいいように将来的に上手に着地させるのがベストで、そのためのモラトリアム期間が与えられている位考えとけばいいのではないでしょうか。
拉致問題については、これは第一に外国の諜報活動や朝鮮人取締りを骨抜きにした当時のサヨク勢力に責任があり、第二にそのような事態を許した日本社会全体の責任でもあります。
この解決には、件の乞食山賊国家を生かさず殺さず金王朝を援助する形の「裏交渉」でなんとか少しづつ進展を図るのがベストのような気がしています。なかなかそういう発想はこの国の政治家には出てこないようですが。
対米追従の件ですが...アメリカを「親分」とする今の日米軍事同盟は、中国の核・軍事力に対する抑止として必須の物と思っています。この軍事同盟があればこそ、日中境界線上の資源争奪も今のあの程度で済んでいると思えます。日米軍事同盟が失われ、かつ我が国の軍事力が今程度であれば、今の共同開発協議も将来の尖閣列島および周辺の資源の帰属も、はなはだ心もとない物となることは論を待ちません。
いずれにせよ、日米同盟の同格論や不均衡解消論などは同盟の実態(米が親分、日が子分の片務条約)を踏まえればアホのタワゴトであり、これもまた「攘夷」論的な日本民族の病気の一症例です。
まぁ、何から何までアメリカの言うとおりにする必要も無いのは当然ですが、ここは一つ民主党のお手並みに期待しましょう。
中国発の知恵というか言葉だったと思いますが「近攻遠攻」とは良く言ったものです。近隣というのは何かと諍いが起き易い。そういう意味からも、我が国の外交では、アメリカの核の傘を機軸としながらも、インドやソ連などとの軍事的な連携などもそれなりに上手に考えて行く必要はあると思っています。
「近攻遠攻」というのは、
「近攻遠交」の間違いです。チェック校正漏れがありました。訂正させていただきます。
私は、北朝鮮問題に対して全くの素人ですが、少しコメントさせていただきます。
拉致被害者のご家族の方々の姿勢に対して、
「具体的な解決方法と手順までも国に圧力をかけ、外務大臣のように振舞う姿勢には違和感を覚えます。」
とありますが、それは、被害者のご家族と政府との間に信頼関係がないことの表れではないでしょうか。
これと似た事ですが、沖縄県知事は毎年のように訪米します。外務大臣のように。大統領に面会することもあります。知事だけではなく、一般の県民もアメリカ国民に基地縮小を直に訴えに行きます。
なぜでしょう?
それは政府を信頼していないからではないですか?今回の密約問題もそうですが、政府は国民を守ってくれているのか、どうなのか、わかりません。
結局、信頼できないんですから、方法を提示したり、圧力を掛けたり、自分たちで行動するしかないのではないか、そう思います。
P.S.
宋さんが今回のようにコメントすると、もっともっとこのメルマガが充実して、面白いものになると思います。(そう思うのは私だけですか?^^)
いつも興味深くメルマガ拝見させていただき、感銘を受けております。
教育の部分などは、家族などにも配信して、意見交換などもさせていただいております。
今回のニュースで、拉致の件で、一部の拉致家族にも問題があるという点は、深く理解させていただきます。このところ、自らの痛手をアピールして政治家になられるような場面を見ますが、あくまでも、政治に参加するというより、自分の痛手が セールスポイントなって 実際 政治家になられてから、本来訴えていたアクションを起こされなかったり、たまに「?」という頓珍漢な発言があったりすることがあるように感じます。恐らく先生も同じような思いを持っておられ、その議論自体をタブー視しているのではないかということだと自分なりに解釈しています。
ただ、拉致被害に関しては、やはり肉親がいきなり他国に誘拐され、警察権力すら効力を発揮しない状態で、極限の精神状態になり、もし自分ならと考えると、憤懣やるかたない想いを、当時の政治行政に ある意味 オーバーアクション気味でも訴えていると思います。冷静な判断ができない環境下での人たちの行いを 冷静な状態で客観的に判断する事が、実際どうなのかと 思うと とても難しいと考えます。これもタブー視してしまっている事で、問題の早期解決に一歩とのいてしまっている考え方かもしれません。
しかしながら、愛する肉親が ある日突然 かの地に略奪され 洗脳されたり、改姓して
無理やり国民化されていると想像したら、
気の狂わんばかりの行動を起こしているとは思います。
それだけに、もし その痛手をPRして 政治家になって 当選し万歳三唱できる気持ちにはなれないとは思います。
この意見も 宋先生のお言葉にあるように
正解非正解なく、素朴に思った読者の意見としてとらえていただければ幸いです。
今回の話題と少しずれるかもしれませんが、今回の政権交代に因って外交というものが変化し始めるのではないかと思っています。政府への不信感、官僚政治への不信感から国民はようやく自民党政治(官僚を含む)にNOを突きつけ、民主党が次々と新しい取り組みを始めています。この4年間で大きな成果は出ないかもしれません。それでも土台は確実に作り変え始められています。鳩山総理の理想主義的なビジョンが政策として多分に含まれ国内外に大きな反響を与えていますね。確かに理想かもしれませんが、今まではそれさえも避け、暗闇の中で全てが決められ、国民不在の、夢のない世の中に停滞感が漂っていました。本当の意味での空白の何年間かがこれから始まるのかもしれません。しかしそれを抜けた時に国民生活も外交も日本という国の基礎が、ビジョンが確立した先の次への躍進が始まるのではないかと思っています。今までの事なかれ主義、それを装った一部の特権階級の政治と行政が閉幕してくれることを願い、それを見守りたいと思っています。ドイツ・ベルリンの次はようやく日本と思っています。
小泉首相が北朝鮮を訪問したとき、私はNHKの生中継を見ていました。金正日との会見映像が流れている最中、ずっとスーパーインポーズで横田夫妻の様子が移っており、両首脳の握手が終わるやいなや、夫妻の涙と怒りのコメントがアップになりました。
テレビの演出としては王道だったのでしょうが、果たしてニュース報道としてふさわしいやり方だったのかどうか・・・。ご家族の立場はもちろん大切ですが、一方で外交という微妙な問題のリアリティを踏まえた、冷静な報道ができなかったものかと思います。
その後のマスコミとネットは北朝鮮憎しの声に塗りつぶされましたが、市井の国民の中には、もっと冷静に捉えている人が多かったのではないでしょうか。それからしばらく、“非国民”という古めかしい言葉さえ復活しかねない、メディアの空気が一番怖かったです。東京では右翼の街宣車もうるさかったし。
テレビに出るような方で、ここまで冷静な立場から正々堂々と「北朝鮮憎し論」を批判したのは私が知る限り宋さんが初めてです。幸か不幸か、拉致問題もここまで膠着して、ようやく冷静な議論が生まれそうな気がします。
被害者家族の一人からこういった本が出ています。純粋に家族を思う気持ちと、政治やマスコミという大きな存在の間で、翻弄されてきたことへの苦い思いが伝わってきます。
http://www.amazon.co.jp/拉致―左右の垣根を超えた闘いへ-蓮池-透/dp/4780302749/ref=sr_1_11?ie=UTF8&s=books&qid=1254052649&sr=8-11
いつも拝見し興味深い内容で、考えさせられることが多く感銘を受けております。
またゾマホンさんのコメントも、心揺さぶられます。
両名の今後ますますの活躍をお祈りしています。
負けた人がどんな気持ちで毎日をすごさなければならないか
本当にはご存知ないでしょう
勝ち負けは関係ないといいますが
それがあるのが現実です
ならば勝ったほうが良いに決まってる
負けて悔しい思いをしながらすごす毎日は
けして楽しくはありません
日本はそういう国です