会社にモチベーションをあげてもらいたい社員は漏れずに甘い社員であると、私は断言できます。社員のモチベーションを上げようとするマネージャーは漏れずに甘い管理職であると、私は言い切れます。
一年365日、毎日やる気があるわけありません。子供達は学校に行きたくない日もあるでしょう。サラリーマン達は仕事をする気がない日もあるでしょう。経営者だって会社に自信が持てなくて止めたくなる日があるでしょう。たとえどんなにうまくいってもやる気がない時は常にあるのです。
甘い世の中になると何でも他人に頼る現象が増えます。素直に能力の差、所得の差を直視したくない人が増えると、やる気の差まで人様に埋めてもらいたくなるものです。
どんなやる気のない親でも自分の子供となると赤ちゃんの時からやる気のある人になってほしいと願うはずです。親に何十年間期待されてもやる気が出ない人のモチベーションをなぜ赤の他人が上げることができるのでしょうか。
はっきりいってこの世の中はやる気のない人がいて、初めて成り立つものです。やる気がない人がいるからこそ、やる気のある人に成功のチャンスが残るのです。モチベーションを会社に上げてもらいたいと思うことは、会社に人生の成功をさせてもらいたいと考えること、自分の恋愛を他人に代行させることと一緒です。
そんなことを知りながらまじめな顔をして「社員のモチベーションを上げる努力をします」と言い張るマネージャーは無責任の極まりです。公正にチャンスを与え、成果をあげた人をきちんと評価する。やる気があっても要領を得ていない人に丁寧に指導する。これがマネージャーの王道です。
世間にはまともな顔をして「部下のモチベーションを上げる」と言い張るマネージャーやコンサルタント業者がいますが、その彼らが大したモチベーションの持ち主ではないことは一目瞭然です。
喉が渇いたら馬は自ら水を探します。その時は馬は真剣に水の匂いを掻き分け道を覚えるのです。水が要らない馬を川に引っ張ることは無駄なことであり、自己満足です。
渇きこそはモチベーションの源泉です。他人に与えられるのではなく自分で感じ取るものです。生きていれば必ず渇く時があります。他人にモチベーションを上げてもらうと考えた瞬間にモチベーションの火花があなたの心から消え去ります。
P.S.
1.新書
久しぶりに新書を出しました。タイトルは「社員のモチベーションは上げるな!」です。上の文書はメルマガの読者の皆様のために書いた紹介文です。これを読めばたぶん本を買う必要がないと思います。幻冬舎からの出版です。
http://www.amazon.co.jp/%E7%A4%BE%E5%93%A1%E3%81%AE%E3%83%A2%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AF%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%82%8B%E3%81%AA-%E5%AE%8B-%E6%96%87%E6%B4%B2/dp/4344017110/ref=sr_1_20?ie=UTF8&s=books&qid=1248228941&sr=1-20
2.中国の食と中国の経済
7.9%の成長率に回復した中国の経済。その行き先が日本経済に大きな影響を及ぼします。輸出に頼れない現状では地方と農村の経済に活路を見出そうとしていますが、地方経済はどうなっているでしょうか。また、食品の安全問題で大きなダメージを受けた中国の食品産業は現在どうなっているでしょうか。
この二つの問題を同時に同時に考察できる機会があります。
威海市は中国の典型的な地方都市で周辺の農村地帯を含めると600万人の地方自治体です。その市長の孫さんが私の知人で8月に東京に来ます。「ぜひ宋さんと講演会を開催したい」と彼が言いますのでOKしました。自分のところの食の安全水準と投資環境をアピールしたいのでしょうが、高度成長を成し遂げる中国の地方政府のトップがどのように現状を説明するかを考察するよい機会だと思います(私も少し講演を頼まれましたが)。帝国ホテルの2階の「蘭の間」でこじんまりと催したいので読者の方、特に食品や投資に関心のある方はぜひ聞いていただきたいと思います。
URL:http://www.softbrain.co.jp/seminar/other/tokyo_090819.html
3.バザールでの出来事
私は小さい時、新彊に3年間ほど住んでいました。皮まで甘いメロン、見渡す限りのひまわり畑、そして雲のように移動する羊の群れ。過酷の地というイメージがあるのですが、慣れていれば実に美しいところです。ウイグル族の人々とは実に仲良くしていました。小さい時の親近感が原因か、北京の自宅でお願いした派遣家事手伝いの方はウイグルの方です。
昨日、久しぶりに近所のバザールに行ったところ、ある方が巨大な冬瓜を買っていました。おしゃべりの私はついつい聞いてしまいました。「こんな大きな冬瓜を買って食べ切れるんですか」と。返事が来ないことを不思議に思って初めてその買い物客の顔を見えると、彼が敵意に満ちた視線で私を見ていました。一瞬精神異常だと思ってすぐその場をさりましたが、後でよく考えると、彼はウイグル族の顔付きでした。
民族問題は常に無関心によって発生し、過剰反応によって激化するものです。
(終わり)
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を与え、成果をあげた人をきちんと評価する」が全てと思います。強いて言えば保身に走る事無く困難な仕事に真正面から取り組む上職位者の背中を見る事は下の者にとって大きな励みになる事は間違いありません。大事な事は「チャレンジ」で表面的な言葉で無く管理職が身をもって示す事と思います。※部下が将来こういう人間になりたいと思わすような。。。
最後の「ウィグル族の冬瓜」のお話、よく判りません。何故この方は宋さんの言葉に敵意を持ったのでしょうか。
企業で人事担当をしています。
なるほど、宋さんのご意見も一理あると感じます。
1点申し上げますと、ひところ流行った「モチベーション」理論は最近だいぶ影をひそめ、
今は「ジョブエンゲージメント」「働きがい」に視点が移って来ています。
「モチベーションを高める」のではなく、「仕事に誇りを持ち、会社や仲間を信頼し、
連帯感のある職場を作る」ことで会社や個人の成長に繋げる、という考えです。
宋さんのおっしゃる通り、「やる気」は誰かに言われて高まるものではありません。
だからこそ、「自発的にやる気が出る」環境を作ることが
人事や管理者に求められていることと思います。
入社した当初からモチベーションが無いのは問題ですが、
当初あったモチベーションを会社が削ぐようなことをしていたら、
どうでしょう?
故意または過失により社員のやる気を削いでいたら。。。
毎回の歯切れの良いコメント楽しく拝見しました。
言われていることは良くわかりますが、もう一つ追加していただければよかったかと思いますが?
「モチベーションをあげる」努力は必要ないかもわかりませんが、その逆の「モチベーションを下げる」行動、言葉はなくする/しない、努力は必要と思います。
ビジネスの社会ではあまりにも「モチベーションを下げる」ことが多いため、その反応/影響で「あげる」ことを言われていると思います。 次回お会いした時でも、ご意見ください。
越智 敏雄
おぉ、今回は宣伝でしたか。釣られました。(^^;)
「モチベーションが上がるときは、自ら仕掛けているとき」なので、ベクトルを決めるリーダーの下で、スカラーの最大化を図らねばならないマネージャとしては、使えるリソースの中で如何に部下が動ける環境を作るかに腐心します。
はい、甘いです。
残念ながら、私のまわりの大人の方々は
皆人のせいにします。してもらうのが当たり前と思っているからでしょうか?
気遣い、心遣いが行き過ぎてこうなったの
でしょうか?今の日本を見ていて
一度国としても落ちぶれなければ
気がつかないかと思います。
こういう時期なので更に勉強して
いろいろ学んで自分でやる気を持って
次の世代を担わねばと勝手意気込んでいす。
2年ほど前に異業種のメンバーによるIT活用の研究活動の中で、営業マンはITに何を期待しているのか?・・ということを掘り下げていくプロセスがあり、次のようなやり取りがありました。
技術 「営業はITによりOA化が促進され事務作業にかかる時間が短縮され外回りに使える時間を増やしたいと願っているのか?」
営業 「外回りする時間がないなんてことを言う営業が駄目だ。営業は結構自由になる時間を持っているものだ。」
技術 「それでは、ターゲットになり得る訪問先を知りたいのか?」
営業 「自分以外の人間にどこの企業に行けば良い・・などと言われても行く気がわかない。モチベーションが上がらない。」
と言うようなやり取りの結果、如何にしたら営業のモチベーションを上げられるのか?との研究テーマに絞られたことを思い出しました。それからすると、「社員のモチベーションは上げるな」と言う表現は全く逆をの意味を示唆しているかのように感じ取れますが、真意は、「アメでモチベーションを上げようとはするな!」になるのではないかと感じた次第です。
参考になる内容でした。ありがとうございます。
世間一般に言われる『社員のモチベーションを上げる』というのは、社員のモチベーションを下げる要素が多いことの顕れではないかと思うのです。
先日も「仕事が出来るだけではなく、人格も合わせて総合的に評価するのだ!」って回答(快刀と書いていましたが・・・)というようなことを言っている有名経営者もいらっしゃいましたが、これも主観的(感情的)な評価になってしまう原因で、「仕事が出来るけど、気に入らん。」を間接的に正当化して、仕事へのモチベーションを下げる結果に帰結してしまうでしょう。
文中にもありますが、
>公正にチャンスを与え、成果をあげた人をきちんと評価する
という当り前のことが出来ないので、やる気のある人のモチベーションを削ぎ落とすことが多いのです。
年功序列の文化の中でその必要が無かったのが原因だと推測します。
逆に成果の上げた人にだけ評価を与えてその他の人のモチベーションが下がることが問題でした。
ピラミッド型の人口構成に成長経済だったのでそれで機能したのですが、安定成長になり社員の年齢構成を変化させざるを得なくなって状況が変化した時にモチベーションが低下したのです。
元々モチベーションの少ない人も、モチベーションのある人も同時に低下してしまった、というのが事実だと思います。
この事実に対して、一般的な日本の会社では、能力給とか言っても結局評価が機能しないので、一律に対応するしかないのです。しかも、モチベーションのある人もない人も一緒にして考える。
そういう意味で宋さんの言われることは、的を射ていると思いました。
ちゃんと分類して考えると、対応もしやすいものだと思います。
問題は、それを評価出来るかどうかですね。
Fromやる気をなくした職場の仲間を抱え総力を出し切れなくなった組織の長より
ご無沙汰しています。
ハードボイルドですが、下記は、正鵠を得た「名言」ですね。
“生きていれば必ず渇く時があります”
“渇きこそはモチベーションの源泉です”
時間が出来たら鰻を食べに行きましょう。
おっしゃることはもっともだと思います。確かにモチベーションを上げてもらいたいと考えるのは甘え以外の何物でもないでしょう。
しかしながら、自分が上司であれば自分のチームが持っているチーム力を動員して業務の目的を達成することが求められています。モチベーションがあがらない部下がいてそれが、目的達成の障害になっていれば取り除かねばなりません。
モチベーションがあがらない原因というのは本人のそもそもの渇きが存在しないということもあるのですが、ほんのちょっとしたことがモチベーションを下げているだけのことが往々にしてあります。
そのちょっとしたことを解決することでモチベーションを高めることはできることもあるし、また逆に上司はモチベーションがもともと高い部下のモチベーションを簡単に下げてしまうことができます。
あと、偉人にはモチベーションを上げる天才がいたと考えています。私はローマ史が好きですが、シーザーやハンニバルは部下のモチベーションを高める天才だと思ってます。
最後に、私は管理職の端くれではありますので自らモチベーションをいかにして高めるかということに苦労をしております。
宋さんの新刊読ませてもらいます。
来週のコラム期待します。
つまり「モチベーションを下げないようにする」ことが重要なのだと思いますが、それでは言葉に元気(前向きな姿勢)が感じられません。
ただ、上記で鍵カッコ付きで書いた内容は、相手(この場合は部下)が人間なので受け取り方は千差万別、全員に納得できる回答はないと思います。しかし、そこに近づけるための努力を上になればなるほどするべきだと思います。
宋さんの周りに「社員のモチベーションを上げる」と言っている方が、宋さんが書いておられるような方ばかりであったなら、仕方ないと思いますが、もう少し優しい目で見ても良いのではと思いました。」
「渇きこそはモチベーションの源泉です。他人に与えられるのではなく自分で感じ取るものです。」これに関してはごもっともだと思います。決めるのは自分ですからね。自分で決めれる人は成功するでしょう。自分で決めれない人が成功しずらいと私は思います。
モチベーションは心理・倫理学にも通じることですから一概に断言するのはどうかと思います。そんな私も宋さんがおっしゃるようにまだまだ未熟です。自分に何ができるか日々模索中です。
直接のコメントではありません。
8月帝国ホテルでの講演会は素浪人の参加は認めていないようです。興味があって是非聞いてみたいのですが、ダメでしょうか?環境ベテランズファームというNPOに参加しているものです。
「公正にチャンスを与え、成果をあげた人をきちんと評価する。やる気があっても要領を得ていない人に丁寧に指導する。これがマネージャーの王道です。」
これがどれだけの人に出来ていますか?マネージャになったら部下は下男、女中だと思い込み、パワハラ、セクハラ、朝令暮改、目標もロクに設定できない、指導とは怒鳴ることと思い込んでいる、いざとなれば責任をなすりつけて逃げる等等、マネージャとしての基本のない人ばかり見てきました。
逆に、「社員のモチベーションさえ上がれば、業績はあがる」と信じ込んでいるどうしようもないサラリーマンが多数いることも事実です。
私はモチベーションを上げるといえば聞こえはいいけれど、それは洗脳して働かせることであり、よくよく考えねばならない、と警戒しています。ファーストフードの大手のようにきちんとマニュアル化して正確にやってくれれば、業後、なにも要求しないほうがフェアだとも思います。
この問題は、簡単にかけば今回のブログのようになるし、議論を尽くせば本一冊になるテーマではありますね。
では、その行動や言動によって部下のモチベーションを下げる上司について、宋さんはどのような評価をなさるのでしょうか。
上げたモチベーションがみるまに下がっていく経験は、部下の立場としてはかなりキツいです。
それを改善してもらうため、「処方箋」として、「モチベーションを上げるような指導をしろ」という指示はありえないのでしょうか。
今回のご意見を拝読し、目が洗われたような気がします。
果たしてここまで割り切って考えられるようになるのか。それによって余計にムードが悪くなるのではないか。又新たな悩みです。
そんな事を悩むこと自体、自分が他人に頼っていることなのかもしれません。
新しい見方・考え方有難うございました。
「公正にチャンスを与え、成果をあげた人をきちんと評価する。やる気があっても要領を得ていない人に丁寧に指導する。これがマネージャーの王道」
社内では常に「機会は平等に、評価は公平に(オープン&フェアー)」と言い続けておりますが、実際にやってみるのはなかなか難しいです。
大変失礼とは思いますが、今回のご意見を社内の全員に読ませるようにしました。ご了承ください。
中国の食と中国の経済”を聞いてみたいのですが、私は年金生活者です。ただ、中国への投資と中国の今後には大変関心があります。応募フォームに書き込む資格がありません。
メルマガはいつも楽しみにしています。
磯田 眞一(61歳)
「民は活かさず殺さず」という言葉がありますが、満たされた状態にあれば誰もがやる気を失うものと思います。その意味で「足るを知らない」貪欲さこそが企業を動かす原動力になりえると言えます。
但し、あまりに殺伐としている会社は居心地が悪いからと居心地の良い会社へ人が流れてしまいますから成功を夢見る者だけが残っても業務が回らない可能性があります。甘えた方々の存在は使役の対象として必要不可欠なのだと思います。
これまで数々の実績を残してこられた宗さんのコラムですので説得力があります。
ただ本文中にもありましたがモチベーションは常に高く維持する事ができません。誰もが下がる事があります。その時に自分の裁量で責任取れるのであれば問題ないのですが、すべて自己責任だと断じるのには無理がある気がします。
宗さんには想像つかないかもしれませんが、精神的に弱い人やうつ予備軍が増えている中でモチベーションを上げるお手伝いは必要な気がします。
現実に宗さん自身も講演等を通じて参加者のモチベーションを上げていますね。私は昨年秋の某大学での講演を拝聴しました。
個人的な関心事ですが宗さんはモチベーションを他人から上げてもらったことはないのでしょうか?常に自分だけで苦難を乗り越えてきたのでしょうか?
私は大学院修士課程までは理系でしたが、
できの悪い学部生の卒業論文を読んだときと同じ思いを抱きました。
文字数に関して制限があることを考慮しても、あまりにも「話を詰めきれていない」です。
モチベーションが「ある」「ない」という評価と、モチベーションが「高い」「低い」という評価が、混在してしまっています。
頂いたメルマガは、「モチベーションが無い」方に、
「モチベーションを持たせる」ことは無意味だと書いておられます。
そして「これを読めばたぶん本を買う必要がないと思います。」とおっしゃられているので、
頂いたメールが本の概略なのでしょうけれども、新書のタイトルは「社員のモチベーションは上げるな!」です。
「モチベーションを持たせることは無意味だ」という内容に対して、
「社員のモチベーションは上げるな!」というタイトルはおかしいです。
誰もこれをおかしいと言わなかったのでしょうか。
言わなかったとしたら宋さんの周りにはイエスマンしかいないのではないのですか?
「幸福実現党」という党名がいかがわしく思われると誰にも進言されなかった教祖様と一緒です。
「モチベーションが無い」方に「モチベーションを持たせる」ことは無意味だと私は思っています。
しかし「モチベーションが低い」方を、「モチベーションが高い」状態にすることは、決して無意味だとは思いません。
数字に例えれば「0」を「1」にすることは無意味ですが、「1」を「3」や「5」にすることは無意味だと思いません。
宋さんはそれも無意味だと思っているのでしょうか?
マネージャーはモチベーションを上げることを目的にするな!誰でも成果を上げられるプロセスを設計して、マネージメントによる小さな成功体験の共有を積み重ねれば、自然にモチベーションを上がるということでしょう。至って単純なことです。疑う予知もありません。誰でもやっていることでしょう。
まさにそういう人が上司で、"部下のモチベーションを下げる名人"だと思っております。こういう人は"部下のモチベーション"など意識するさえありません。自分の権威を振りかざすことにしか興味がないのです。
この種の人間に比べれば、まだ「社員のモチベーションを上げる努力をします」という人はマシと思えます。(…それがカンチガイの行動につながり、かえって小さからぬ害をなす、ということがなければですが…。)
要領が悪いわけでもないし、このレベルの人間の指導は必要としないので、個人的には指導は構いませんが、他は非常に害です。
この上司がフタになってしまうため、チームのレベルの底上げができません。このレベルの低さについていけない人は、すぐにやめてしまいますので、できる人は定着せず、(身内と腹心以外は)奴隷体質の人とまだ経験が浅い人しか残りません。
今はこの組織で、というより、別のもっと意識の高い組織(会社)に移ることを念頭において、仕事へのモチベーションを高めています。
今の組織への期待はまったくできませんので。どんなにやり方がダメでも、上司の上司が「お姉チャーン♪」と甘えてるくらいですから。
今は雇用情勢が悪すぎてキツいですが、諦めず頑張るつもりです。
うーん、比較対象のレベルが低すぎましたかね…。宋さんが言われているのはもっと高いレベルのマネージメントの話ですもんね…。ダメ組織と関わらずにすむくらいに自分のレベルも高めていかないといけないなぁ…。
世間にはまともな顔をして
「部下のモチベーションを上げる」
と言い張るコンサルタント業者が
いますが、その彼らが大した
モチベーションの持ち主ではない
ことは一目瞭然です。
自分自身ですべて為し得た、自己管理は自分でするもの、モチベーションは自分でするもの…等々のご意見は、かなり傲慢な気がいたします。
誰でも、他人からの援助や支援、そしてモチベーションアップをしてもらった経験があるのではないでしょうか。
モチベーションを下げるような言動をしたり、部下に何もできないから、「行ってこい」「やれ!」「言われたとおりにすればいい」としか言えない無能な経営者やマネージャーの良いわけのように聞こえます。
面白く拝見しています。
いつもは読むだけなのですが、
今回はコメントしたくなりました。
私は宋さんとは意見が異なります。
極論すれば、やる気のある社員ばかりなら
マネージャーはいらないと思います。
、
凡人は常にやる気を出すことは不可能です。
人は機械ではありません。弱い生き物です。
その人が集まって、お互いに助け合い、
不足を補間しあって、世のため人のために、
一人ではできない大きな仕事を行うところが
会社なのだと思います。
そして、やる気を出せない人の
モチベーションを高め、組織全体の生産性を
高めることこそが、マネージャーの
最も重要な仕事だと思います。
社員が甘えていてやる気がないから、
会社の業績が悪い、
やる気のある人だけを残して指導し、
やる気のない甘えた人はクビにすべきだ
と考えているマネージャーこそが
甘えていると私は思います。
でも読んだあと、(会社員だった頃の)自分はマネジメントの方法を間違っていたのか?
と反すうしていました。
次の朝、メルマガと同じタイトルの本の広告出稿を見て内容が何とかつかめたと思っています。
モチベーションという言葉の意味は知っていても、
人間の本質をよく理解していなければダメという解釈です。
モチベーションを上げるな!という一見逆説的な言い方の中に、
宗さんの人に対する深い想いを感じとりました。
「モチベーションを上げる」という美名の下に依存する心を助長させ、
自立する気持ちを失わせてしまっているのではないか?と。
せっかく湧いてきた他人のモチベーションを壊してはいけないのだと。
サラリーマン時代の過ちを反省しつつペンを執った次第です。
モチベーションの有無、レベルの大小、個人差があると思います。私は、富士山に登ってみたい。私は、世界一のエベレスト山に登りたい。本人の思いから湧き上がる目標設定を持つことが、管理者として嬉しいことであり、その思いが抱けないような環境設定であれば、管理者として、失格なのかもしれません。反省させられる、通信文でした。
先生のメルマガは
日本人とは違う視点、むろん私とも違う視点を教えていただき、大変参考になります。
<PSの3への感想>
昨年の9月から国慶節前まで、新疆(敦煌〜トルファン〜カシュガル)を旅行していました(バックパック旅行です)。
旅行中、たくさんの人に親切にしていただいたことを覚えています。逆に、金銭面でトラブル(喧嘩)になったこともあります。
だから、先の新疆での暴動は、理由はどうあれ、残念なことだと思っております。せっかく心優しいウイグル人もいるのに、一部の激高した人たちのために、ウイグル人→危ない人という印象ができます。
そしてそれを背景にして街の中央からウイグル人が締め出されて漢人が一等地で商売をするように中国政府が働きかけているように見えました。
(事実がどうかはわかりませんが。)
新疆は数週間を過ごした土地なだけに、いろいろな思い入れがあります。とうことでコメントさせて頂きました。
宗教に生きる民族は死をまったく恐れません。
かれらを追いこむのはきわめて危険です。
日本でも、コーランを悪魔の書呼ばわりした、侮辱したとして、
学者が殺された事件がありました。
(未解決のまま時効)
このままではウイグル人に好意的な、
宋さんのような方がかえって危険に目にあうようになり、
悪循環におちいってしまいます。
いつも宋さんのメルマガ楽しみに拝読しております。有難うございます。
みなさんのコメントを読ませていただいて、少し違うなって感じです。宋さんが言いたいのは「はっきりいってこの世の中はやる気のない人がいて、初めて成り立つものです。やる気がない人がいるからこそ、やる気のある人に成功のチャンスが残るのです。」って言うところだとおいらは感じました。
当たり前のことをおっしゃっているのですが、宋さんは非常に優しい人(笑)なので当たり前のことを「モチベーション」という言葉にして説明しようされているとおいらは思っています。宋さんはヤッパリ賢くて頭の良い人だとおいらは感心しています。いつも有難うございます。
>モチベーションは他人に与えられるのではなく自分で感じ取るものです。
この言葉に共感します。
私は小さなIT企業のマネージャーをしていますが、モチベーションは会社や上司から与えられるものだと思っている人は困ったことが起きると大体、他人に責任転嫁をする傾向があります。
すべてが自分の行動次第だと思います。
それにしても宋さんのメルマガの観点には共感を覚えることが多く、読むたびに飲みに行って会話がしたくなります。
面白い本で、一気に読み終えました。
モチベーションを上げろと言ったところで、何の解決にもならない、というのは同感です。自分から、こうしたい、と思わない限り何も変わらないのですから。
日本は、社員は会社に忠誠を誓い飯を食わせて貰って当たり前、と考えている社員が多すぎます。