社員のモチベーションは上げるな

会社にモチベーションをあげてもらいたい社員は漏れずに甘い社員であると、私は断言できます。社員のモチベーションを上げようとするマネージャーは漏れずに甘い管理職であると、私は言い切れます。

一年365日、毎日やる気があるわけありません。子供達は学校に行きたくない日もあるでしょう。サラリーマン達は仕事をする気がない日もあるでしょう。経営者だって会社に自信が持てなくて止めたくなる日があるでしょう。たとえどんなにうまくいってもやる気がない時は常にあるのです。

甘い世の中になると何でも他人に頼る現象が増えます。素直に能力の差、所得の差を直視したくない人が増えると、やる気の差まで人様に埋めてもらいたくなるものです。

どんなやる気のない親でも自分の子供となると赤ちゃんの時からやる気のある人になってほしいと願うはずです。親に何十年間期待されてもやる気が出ない人のモチベーションをなぜ赤の他人が上げることができるのでしょうか。

はっきりいってこの世の中はやる気のない人がいて、初めて成り立つものです。やる気がない人がいるからこそ、やる気のある人に成功のチャンスが残るのです。モチベーションを会社に上げてもらいたいと思うことは、会社に人生の成功をさせてもらいたいと考えること、自分の恋愛を他人に代行させることと一緒です。

そんなことを知りながらまじめな顔をして「社員のモチベーションを上げる努力をします」と言い張るマネージャーは無責任の極まりです。公正にチャンスを与え、成果をあげた人をきちんと評価する。やる気があっても要領を得ていない人に丁寧に指導する。これがマネージャーの王道です。

世間にはまともな顔をして「部下のモチベーションを上げる」と言い張るマネージャーやコンサルタント業者がいますが、その彼らが大したモチベーションの持ち主ではないことは一目瞭然です。

喉が渇いたら馬は自ら水を探します。その時は馬は真剣に水の匂いを掻き分け道を覚えるのです。水が要らない馬を川に引っ張ることは無駄なことであり、自己満足です。

渇きこそはモチベーションの源泉です。他人に与えられるのではなく自分で感じ取るものです。生きていれば必ず渇く時があります。他人にモチベーションを上げてもらうと考えた瞬間にモチベーションの火花があなたの心から消え去ります。

P.S.

1.新書
久しぶりに新書を出しました。タイトルは「社員のモチベーションは上げるな!」です。上の文書はメルマガの読者の皆様のために書いた紹介文です。これを読めばたぶん本を買う必要がないと思います。幻冬舎からの出版です。
http://www.amazon.co.jp/%E7%A4%BE%E5%93%A1%E3%81%AE%E3%83%A2%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AF%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%82%8B%E3%81%AA-%E5%AE%8B-%E6%96%87%E6%B4%B2/dp/4344017110/ref=sr_1_20?ie=UTF8&s=books&qid=1248228941&sr=1-20

2.中国の食と中国の経済

7.9%の成長率に回復した中国の経済。その行き先が日本経済に大きな影響を及ぼします。輸出に頼れない現状では地方と農村の経済に活路を見出そうとしていますが、地方経済はどうなっているでしょうか。また、食品の安全問題で大きなダメージを受けた中国の食品産業は現在どうなっているでしょうか。

この二つの問題を同時に同時に考察できる機会があります。

威海市は中国の典型的な地方都市で周辺の農村地帯を含めると600万人の地方自治体です。その市長の孫さんが私の知人で8月に東京に来ます。「ぜひ宋さんと講演会を開催したい」と彼が言いますのでOKしました。自分のところの食の安全水準と投資環境をアピールしたいのでしょうが、高度成長を成し遂げる中国の地方政府のトップがどのように現状を説明するかを考察するよい機会だと思います(私も少し講演を頼まれましたが)。帝国ホテルの2階の「蘭の間」でこじんまりと催したいので読者の方、特に食品や投資に関心のある方はぜひ聞いていただきたいと思います。
URL:http://www.softbrain.co.jp/seminar/other/tokyo_090819.html

3.バザールでの出来事

私は小さい時、新彊に3年間ほど住んでいました。皮まで甘いメロン、見渡す限りのひまわり畑、そして雲のように移動する羊の群れ。過酷の地というイメージがあるのですが、慣れていれば実に美しいところです。ウイグル族の人々とは実に仲良くしていました。小さい時の親近感が原因か、北京の自宅でお願いした派遣家事手伝いの方はウイグルの方です。

昨日、久しぶりに近所のバザールに行ったところ、ある方が巨大な冬瓜を買っていました。おしゃべりの私はついつい聞いてしまいました。「こんな大きな冬瓜を買って食べ切れるんですか」と。返事が来ないことを不思議に思って初めてその買い物客の顔を見えると、彼が敵意に満ちた視線で私を見ていました。一瞬精神異常だと思ってすぐその場をさりましたが、後でよく考えると、彼はウイグル族の顔付きでした。

民族問題は常に無関心によって発生し、過剰反応によって激化するものです。

(終わり)
この記事へのコメント
確かに、社員のモチベーションを上げるというのは、上司の驕りのように思います。弊社には全国に支店があるのですが、元気な支店、元気のない支店に分かれます。これはなぜか。モチベーションの高い社員に偶然恵まれたのでしょうか。また、支店長が変わってしばらくして、雰囲気が良くなるということも経験します。 モチベーションは上げれないが、下げる上司がいるということでしょうか。 私の考えは、良い影響力を発揮することができる、そして感じ取るのはあくまでも社員側のコンピテンシーで、やる気のある社員を目覚めさせるのが上司の影響力だと考えます。いかがでしょう。 
Posted by 太田 光二 at 2009年07月24日 08:38
全く同感です。「公正にチャンス
を与え、成果をあげた人をきちんと評価する」が全てと思います。強いて言えば保身に走る事無く困難な仕事に真正面から取り組む上職位者の背中を見る事は下の者にとって大きな励みになる事は間違いありません。大事な事は「チャレンジ」で表面的な言葉で無く管理職が身をもって示す事と思います。※部下が将来こういう人間になりたいと思わすような。。。
Posted by 山口巌 at 2009年07月24日 08:42
社員のモチベーションのお話、大変興味深いものでした。私も既に15年近く外資会社の社長をやっていて、「社員のやる気」については常に頭痛の種の一つです。でも本当に経営者はそこに注意を払いながらそういう努力は不要なのでしょうか。何らかの形でのインセンティブプログラムもその種のものと思うのですが、宋さんはこれらも不要だとお考えですか。
最後の「ウィグル族の冬瓜」のお話、よく判りません。何故この方は宋さんの言葉に敵意を持ったのでしょうか。
Posted by 鈴木康夫 at 2009年07月24日 08:48
メルマガ愛読しています。

企業で人事担当をしています。
なるほど、宋さんのご意見も一理あると感じます。

1点申し上げますと、ひところ流行った「モチベーション」理論は最近だいぶ影をひそめ、
今は「ジョブエンゲージメント」「働きがい」に視点が移って来ています。

「モチベーションを高める」のではなく、「仕事に誇りを持ち、会社や仲間を信頼し、
連帯感のある職場を作る」ことで会社や個人の成長に繋げる、という考えです。

宋さんのおっしゃる通り、「やる気」は誰かに言われて高まるものではありません。
だからこそ、「自発的にやる気が出る」環境を作ることが
人事や管理者に求められていることと思います。
Posted by ぽぴけ at 2009年07月24日 08:50
誰もが当初からモチベーションが無いわけではありません。
入社した当初からモチベーションが無いのは問題ですが、
当初あったモチベーションを会社が削ぐようなことをしていたら、
どうでしょう?
故意または過失により社員のやる気を削いでいたら。。。
Posted by はなる at 2009年07月24日 08:52
宋さん、
毎回の歯切れの良いコメント楽しく拝見しました。
言われていることは良くわかりますが、もう一つ追加していただければよかったかと思いますが?
「モチベーションをあげる」努力は必要ないかもわかりませんが、その逆の「モチベーションを下げる」行動、言葉はなくする/しない、努力は必要と思います。
ビジネスの社会ではあまりにも「モチベーションを下げる」ことが多いため、その反応/影響で「あげる」ことを言われていると思います。 次回お会いした時でも、ご意見ください。

越智 敏雄
Posted by 越智 敏雄 at 2009年07月24日 08:52
毎回、楽しく読ませていただいています。
おぉ、今回は宣伝でしたか。釣られました。(^^;)
「モチベーションが上がるときは、自ら仕掛けているとき」なので、ベクトルを決めるリーダーの下で、スカラーの最大化を図らねばならないマネージャとしては、使えるリソースの中で如何に部下が動ける環境を作るかに腐心します。
はい、甘いです。
Posted by Watanabe Masaaki at 2009年07月24日 08:56
いつも拝見させて頂いております。
残念ながら、私のまわりの大人の方々は
皆人のせいにします。してもらうのが当たり前と思っているからでしょうか?
気遣い、心遣いが行き過ぎてこうなったの
でしょうか?今の日本を見ていて
一度国としても落ちぶれなければ
気がつかないかと思います。
こういう時期なので更に勉強して
いろいろ学んで自分でやる気を持って
次の世代を担わねばと勝手意気込んでいす。
Posted by momo at 2009年07月24日 08:59
いつも宋さんのコメントには、特にものの見方について刺激をいただいているひとりです。ありがとうございます。今回のテーマについては、ちょっと感じたことがありましたので、お伝えします『「社員のモチベーションを上げる努力をします」と言い張るマネージャーは無責任の極まりです。』に代表されるテーマですが、モチベーションを上げるとは何かということを自分視点の意味でのみ主張され、その他の意味を斟酌していないように思われました。これはいつも視点の広さ常識の危うさを説いている宋さんのコメントとしては、違うと感じました。言葉尻をとらえるというものになってしまっているかと思いました。しかしながら、ご意見はごもっともではあると思います。モチベーションという言葉の使い方としても正しいと思います。しかしその人がその言葉で何を伝えたいかがあっての言葉だと思うと、頭ごなしの批判は正しいのか疑問に思いました。自分の会社をみるとモチベーションを生み出す力が弱っていることを感じます。宋さんが「渇きこそはモチベーションの源泉です」はその通りで、今会社ではただその渇きを活かせるもしくは訴える雰囲気がないのがたいへん気になっています。そんなのは感じないやつが悪いといってしまえばそれまでですが、ある方向へ引っ張る力にのっていくことに慣れてきた日本だからなのでしょうか。失礼しました。
Posted by 金谷貴生 at 2009年07月24日 09:01
宋さんのおっしゃることはもっともだと思いますが、上司がやる気のある部下のモチベーションを下げていることはよくあります。宋さんの会社でもあると思います。部下のモチベーションを上げて「あげる」のではなく、上司が部下のモチベーションをどんなときに下げているか気づかせることは必要では?もちろん気づいても変わらないと言われればそれまでですが。一刀両断にするのはいかがなものでしょうか。
Posted by 山中左衛子 at 2009年07月24日 09:07
「社員のモチベーションは上げるな」感想

2年ほど前に異業種のメンバーによるIT活用の研究活動の中で、営業マンはITに何を期待しているのか?・・ということを掘り下げていくプロセスがあり、次のようなやり取りがありました。

技術 「営業はITによりOA化が促進され事務作業にかかる時間が短縮され外回りに使える時間を増やしたいと願っているのか?」

営業 「外回りする時間がないなんてことを言う営業が駄目だ。営業は結構自由になる時間を持っているものだ。」

技術 「それでは、ターゲットになり得る訪問先を知りたいのか?」

営業 「自分以外の人間にどこの企業に行けば良い・・などと言われても行く気がわかない。モチベーションが上がらない。」

と言うようなやり取りの結果、如何にしたら営業のモチベーションを上げられるのか?との研究テーマに絞られたことを思い出しました。それからすると、「社員のモチベーションは上げるな」と言う表現は全く逆をの意味を示唆しているかのように感じ取れますが、真意は、「アメでモチベーションを上げようとはするな!」になるのではないかと感じた次第です。
参考になる内容でした。ありがとうございます。
Posted by むらさこ at 2009年07月24日 09:08
逆説的なタイトルでしたが、読んでみて納得しました。
世間一般に言われる『社員のモチベーションを上げる』というのは、社員のモチベーションを下げる要素が多いことの顕れではないかと思うのです。
先日も「仕事が出来るだけではなく、人格も合わせて総合的に評価するのだ!」って回答(快刀と書いていましたが・・・)というようなことを言っている有名経営者もいらっしゃいましたが、これも主観的(感情的)な評価になってしまう原因で、「仕事が出来るけど、気に入らん。」を間接的に正当化して、仕事へのモチベーションを下げる結果に帰結してしまうでしょう。

文中にもありますが、
>公正にチャンスを与え、成果をあげた人をきちんと評価する
という当り前のことが出来ないので、やる気のある人のモチベーションを削ぎ落とすことが多いのです。
年功序列の文化の中でその必要が無かったのが原因だと推測します。
逆に成果の上げた人にだけ評価を与えてその他の人のモチベーションが下がることが問題でした。

ピラミッド型の人口構成に成長経済だったのでそれで機能したのですが、安定成長になり社員の年齢構成を変化させざるを得なくなって状況が変化した時にモチベーションが低下したのです。
元々モチベーションの少ない人も、モチベーションのある人も同時に低下してしまった、というのが事実だと思います。

この事実に対して、一般的な日本の会社では、能力給とか言っても結局評価が機能しないので、一律に対応するしかないのです。しかも、モチベーションのある人もない人も一緒にして考える。
そういう意味で宋さんの言われることは、的を射ていると思いました。
ちゃんと分類して考えると、対応もしやすいものだと思います。
問題は、それを評価出来るかどうかですね。
Posted by たくみゆとうあ at 2009年07月24日 09:12
いつも楽しく読ませてもらってます。 今回のテーマ、社員のモチベーションは上げる について物申したくコメントしました。宋さんのメッセージは、10年以上前に日本の経営者が思った思いではないかと感じてます。 そのやり方に限界を感じ、モチベーションが日本人にとって大事と感じ、変化してきたのだと、私は思ってます。 私は製造業に勤める管理職です。 我々の世界では品質・コスト・出来高がドライバーと言われ、私自身上司から品質を上げればコストも出来高も良くなると言われました。 確かに間違ってはないと思いましたが、そのメインドライバーとなる品質をよくするのは何でしょう? 私はモチベーションそのものしかないと思ってます。 やる気が出ると、責任範囲を超えて人は動いてくれます。 更にモチベーションはお金では買えないし、モチベーションが作動するとお金は二の次になるものだと思ってます。 勿論 モチベーションをあげる切っ掛けがお金である時、人もあります。 そう、つまりお金以外でモチベーションをあげる事ができれば組織、仕事は自動的に回るものだと思ってます。
Fromやる気をなくした職場の仲間を抱え総力を出し切れなくなった組織の長より
Posted by Nishikawa at 2009年07月24日 09:18
宋さん
ご無沙汰しています。
ハードボイルドですが、下記は、正鵠を得た「名言」ですね。
“生きていれば必ず渇く時があります”
“渇きこそはモチベーションの源泉です”

時間が出来たら鰻を食べに行きましょう。
Posted by 沼田一博 at 2009年07月24日 09:39
いつも楽しく拝見しております。
おっしゃることはもっともだと思います。確かにモチベーションを上げてもらいたいと考えるのは甘え以外の何物でもないでしょう。

しかしながら、自分が上司であれば自分のチームが持っているチーム力を動員して業務の目的を達成することが求められています。モチベーションがあがらない部下がいてそれが、目的達成の障害になっていれば取り除かねばなりません。
モチベーションがあがらない原因というのは本人のそもそもの渇きが存在しないということもあるのですが、ほんのちょっとしたことがモチベーションを下げているだけのことが往々にしてあります。
そのちょっとしたことを解決することでモチベーションを高めることはできることもあるし、また逆に上司はモチベーションがもともと高い部下のモチベーションを簡単に下げてしまうことができます。

あと、偉人にはモチベーションを上げる天才がいたと考えています。私はローマ史が好きですが、シーザーやハンニバルは部下のモチベーションを高める天才だと思ってます。

最後に、私は管理職の端くれではありますので自らモチベーションをいかにして高めるかということに苦労をしております。
Posted by たむら at 2009年07月24日 09:41
毎回、宋さん(あえて先生と呼びません。多分呼ばれるのは嫌でしょう。)のコラムを楽しみに読ませて頂いております。先般もNECのセミナーでは、直に聴講できる機会があり、感銘を受けました。今回のコラムでは、宋さんの言う通り、私も14,5名の営業を見ていますが、その通りです。しかしコンサルの人達は常にモチベーション、モチベーションと言います。かっこだけですが・・・
宋さんの新刊読ませてもらいます。
来週のコラム期待します。
Posted by 青木 at 2009年07月24日 09:44
「株式会社リンクアンドモチベーションなんて、インチキ会社だぜ!」って事?
Posted by マム at 2009年07月24日 09:52
今回のコラム、逆説的なものかなと思って読み始めましたが、ちょっと違和感を覚えました。それは、「社員のモチベーションをあげる」と話しているリーダーへの苦言です。確かに他人のモチベーションを上げることは簡単ではありません。しかし、彼らがここで言っているのは、「不公平な処遇」、「偏った、理由の無い不当な評価」、「叱るときに叱る」、「褒めるときに褒める」といった当たり前のことを、この言葉で代表させているのではと思います。私自身、このことばを使うときそのように考えているからです。
つまり「モチベーションを下げないようにする」ことが重要なのだと思いますが、それでは言葉に元気(前向きな姿勢)が感じられません。
ただ、上記で鍵カッコ付きで書いた内容は、相手(この場合は部下)が人間なので受け取り方は千差万別、全員に納得できる回答はないと思います。しかし、そこに近づけるための努力を上になればなるほどするべきだと思います。
宋さんの周りに「社員のモチベーションを上げる」と言っている方が、宋さんが書いておられるような方ばかりであったなら、仕方ないと思いますが、もう少し優しい目で見ても良いのではと思いました。」
Posted by kurage at 2009年07月24日 09:53
モチベーションをあげることを否定することは心理学者など学者を否定することと一緒ですね。250日中10日しか保たない人を10日から20日、30日と伸ばすことはできますよ?親ができないことを他人ができることもありますよ?親は身近な存在すぎていうことを聞く事ができない。しかし、尊敬できる人に出会いそれで変わる人もいます。
「渇きこそはモチベーションの源泉です。他人に与えられるのではなく自分で感じ取るものです。」これに関してはごもっともだと思います。決めるのは自分ですからね。自分で決めれる人は成功するでしょう。自分で決めれない人が成功しずらいと私は思います。
モチベーションは心理・倫理学にも通じることですから一概に断言するのはどうかと思います。そんな私も宋さんがおっしゃるようにまだまだ未熟です。自分に何ができるか日々模索中です。
Posted by KENJI at 2009年07月24日 10:36
毎回参考にさせてもらってます。
直接のコメントではありません。
8月帝国ホテルでの講演会は素浪人の参加は認めていないようです。興味があって是非聞いてみたいのですが、ダメでしょうか?環境ベテランズファームというNPOに参加しているものです。
Posted by 工藤 宣雄 at 2009年07月24日 10:43
いやいや「社員のモチベーションは下げるな」が正しいんじゃないでしょうか?
「公正にチャンスを与え、成果をあげた人をきちんと評価する。やる気があっても要領を得ていない人に丁寧に指導する。これがマネージャーの王道です。」
これがどれだけの人に出来ていますか?マネージャになったら部下は下男、女中だと思い込み、パワハラ、セクハラ、朝令暮改、目標もロクに設定できない、指導とは怒鳴ることと思い込んでいる、いざとなれば責任をなすりつけて逃げる等等、マネージャとしての基本のない人ばかり見てきました。
逆に、「社員のモチベーションさえ上がれば、業績はあがる」と信じ込んでいるどうしようもないサラリーマンが多数いることも事実です。
私はモチベーションを上げるといえば聞こえはいいけれど、それは洗脳して働かせることであり、よくよく考えねばならない、と警戒しています。ファーストフードの大手のようにきちんとマニュアル化して正確にやってくれれば、業後、なにも要求しないほうがフェアだとも思います。
この問題は、簡単にかけば今回のブログのようになるし、議論を尽くせば本一冊になるテーマではありますね。
Posted by たかお at 2009年07月24日 10:46
モチベーションではなく、満足度に視点を切り替える必要があるのではないかと思います。満足度が低ければ"渇き"を満たす為、より他責感による充実感を味わいたくなるのが8割の人、と感じています。正しい渇き(表現は別として)を感じ取る為の手段は必要かなと思いました。
Posted by rock at 2009年07月24日 11:27
モチベーションを自ら持てない(持とうとしない)部下に対して、モチベーションを上げる努力をするのが甘いとのご指摘は、なるほどと理解できるものです。

では、その行動や言動によって部下のモチベーションを下げる上司について、宋さんはどのような評価をなさるのでしょうか。

上げたモチベーションがみるまに下がっていく経験は、部下の立場としてはかなりキツいです。
それを改善してもらうため、「処方箋」として、「モチベーションを上げるような指導をしろ」という指示はありえないのでしょうか。
Posted by 妹尾 at 2009年07月24日 11:28
水が欲しいと思えるようにする。渇きを感じさせる。それが部下に対する管理職の仕事の一部だと思ってます。だから一緒に汗を流します。
Posted by ニハ at 2009年07月24日 11:36
「どうしたら社内のモチベーションを高め、維持できるか?」会社の低迷ムードを肌で感じる度にこればかり考えておりました。
今回のご意見を拝読し、目が洗われたような気がします。
果たしてここまで割り切って考えられるようになるのか。それによって余計にムードが悪くなるのではないか。又新たな悩みです。
そんな事を悩むこと自体、自分が他人に頼っていることなのかもしれません。
新しい見方・考え方有難うございました。

「公正にチャンスを与え、成果をあげた人をきちんと評価する。やる気があっても要領を得ていない人に丁寧に指導する。これがマネージャーの王道」
社内では常に「機会は平等に、評価は公平に(オープン&フェアー)」と言い続けておりますが、実際にやってみるのはなかなか難しいです。

大変失礼とは思いますが、今回のご意見を社内の全員に読ませるようにしました。ご了承ください。
Posted by 中村哲也 at 2009年07月24日 11:45
”威海市の孫市長と宋文洲の講演
中国の食と中国の経済”を聞いてみたいのですが、私は年金生活者です。ただ、中国への投資と中国の今後には大変関心があります。応募フォームに書き込む資格がありません。

メルマガはいつも楽しみにしています。
磯田 眞一(61歳)
Posted by 磯田 眞一 at 2009年07月24日 12:51
「社員のモチベーションを上げるな」を読んで「社員の給料を上げるな」という倒錯を覚えました。満腹の馬に鞭をくれても大して走りません。目の前に人参がぶら下がっているから馬は目を血走らせて走ります。(漫画みたいですね)

「民は活かさず殺さず」という言葉がありますが、満たされた状態にあれば誰もがやる気を失うものと思います。その意味で「足るを知らない」貪欲さこそが企業を動かす原動力になりえると言えます。

但し、あまりに殺伐としている会社は居心地が悪いからと居心地の良い会社へ人が流れてしまいますから成功を夢見る者だけが残っても業務が回らない可能性があります。甘えた方々の存在は使役の対象として必要不可欠なのだと思います。
Posted by 清松 新治 at 2009年07月24日 13:39
いつもメルマガを愛読している者です。遅くなりましたが、論長論短 No.91の嗚呼、「社員」にコメントを出そう出そうと思いながらもためらっている内に今日になってしまいました。というのも私は、最近社員(労働組合)の無期限ストによって倒産をした会社の経営者だったからです。無期限ストのきっかけは遅配です。その点では、経営者として労働者への責任と能力の無さを痛感しています。ただ、中小零細企業である設計事務所で私自身も労働組合員だったわけですし、選ばれて3代目の社長になったのですが、何故労働組合が牙をむいたのか?仲間ではないかと思う節もあり理解ができませんでした。設計事務所の経営は何時もその資金力の無さで台所は火の車でした。特にこの2年間は受注が激減して嘗ての半分になってしまいました。しかし、労組との賃金カットの交渉は全くうまくいかず、さりとてリストラもしない中で、遅配になったのです。それでも欠配にはしなかったのですが、借金経営は段々やりくりできなくなりました。因みに、サラリーマン社長の私の給料は50%カットして且つ半年以上の遅配でした。役員もほぼ同様です。そんな中、努力の甲斐があって、年商の約半分の額になる大型の病院の設計契約をし、しかも次の大型契約も決まりつつある中でのスト突入でした。これを主導したのは当社の労組の委員長と上部団体でした。この委員長は、実は中途入社の社員ですが、入社の面接をした担当役員が肝炎という病気だから採用しないと言うことだったのですが、私が同じ病気であったから、そういう問題を抱えている者は逆に頑張るのではないか。事実、私も同じ病気で5年間、入退院、長期療養をして散々みんなに迷惑かけて今はその感謝で借りを返そうと思って頑張っているのだからと入社を決めました。その後、その彼はインターフェロン投与の治療と言うことで、1年間療養しました。その間も彼をかばったのは私でした。その彼を特別に扱い過ぎるという意見と長期療養中に彼を上司と認めない部下との社内での言い争いが激しくなり、同時に建築主とのもめ事や設計ミスが重なって、彼の上司の役員からもこれは目に余ると言うことで、設計部長(4人いますが)から新しく作ったポストのマネージャーに降格しました。しかし、それは彼へ捲土重来を期しての処置でしたが理解されなかったようでした。それから、彼が労組の委員長になり、会社に牙をむき始めたのに気づいたときは、もう地域の労組から全国団体の上部労組が乗り込んできてストをうつ状態になるのに時間はかかりませんでした。社員に目をかけたつもりでもその処し方が間違えれば、否、理解されなければ、60人年商8億の会社でも一溜まりもなく潰すことができるんだという大きな教訓を得ました。今年になって、自己破産を会社もそして私もしました。大きな代償ですが、この経験を活かして、大勢の社員とその生活を満足させることのためではなく、私の1個人として持っている専門家としての能力を活かして社会に役立っていきたいと思っています。会社が倒産すると言うことを2度経験した者として、この宋さんの嗚呼、「社員」を実感し共感しました。私は、その危機を回避できませんでしたが、それも今は私に必要な試練であったと思っています。昨年8月にはソフトブレーンのソフトを導入しようとして労組に反対された時にはこの崩壊はもう始まっていたし、迷惑かけないで良かったと思っています。
Posted by 大槻修滋 at 2009年07月24日 17:08
ミュンヘンオリンピックで男子バレーボールチームを世界一にした松平監督さんの聞いた話ですが。世界一になるべく地獄の様な特訓の日々が続いたのでしょうね。さすがに選手も「一生懸命にやってます」と言ったそうです。そこで松平監督は「世界一を目指しているどこの国のチームのどの選手も一生懸命やっている」と言ったそうです。どうしても達成したい目標を持っている人にはモチベーションなど関係ない様に思えますが。
Posted by sasuke at 2009年07月24日 18:16
素晴らしい!何と素晴らしい本質論だろうか。私にも、<私は最近モチベーションが上がりません>という部下がいます。甘すぎる。本当に甘すぎる。会社に、マネージャーにモチベーションを上げてもらうのを待っている営業マンに虫唾が走る。モチベーションだけに頼っている組織は崩壊すると思います。一日に一つ、成功体験が生まれるような仕組み作りができていれば、自然にモチベーションはあがると思います。
Posted by 也寸志 at 2009年07月24日 19:17
コンサルタントをしております。
これまで数々の実績を残してこられた宗さんのコラムですので説得力があります。

ただ本文中にもありましたがモチベーションは常に高く維持する事ができません。誰もが下がる事があります。その時に自分の裁量で責任取れるのであれば問題ないのですが、すべて自己責任だと断じるのには無理がある気がします。

宗さんには想像つかないかもしれませんが、精神的に弱い人やうつ予備軍が増えている中でモチベーションを上げるお手伝いは必要な気がします。

現実に宗さん自身も講演等を通じて参加者のモチベーションを上げていますね。私は昨年秋の某大学での講演を拝聴しました。

個人的な関心事ですが宗さんはモチベーションを他人から上げてもらったことはないのでしょうか?常に自分だけで苦難を乗り越えてきたのでしょうか?
Posted by 井口雅夫 at 2009年07月25日 09:17
全文に対して感じたことは、理系の方なのに話を詰めきれていないということです。
私は大学院修士課程までは理系でしたが、
できの悪い学部生の卒業論文を読んだときと同じ思いを抱きました。
文字数に関して制限があることを考慮しても、あまりにも「話を詰めきれていない」です。
モチベーションが「ある」「ない」という評価と、モチベーションが「高い」「低い」という評価が、混在してしまっています。

頂いたメルマガは、「モチベーションが無い」方に、
「モチベーションを持たせる」ことは無意味だと書いておられます。
そして「これを読めばたぶん本を買う必要がないと思います。」とおっしゃられているので、
頂いたメールが本の概略なのでしょうけれども、新書のタイトルは「社員のモチベーションは上げるな!」です。
「モチベーションを持たせることは無意味だ」という内容に対して、
「社員のモチベーションは上げるな!」というタイトルはおかしいです。
誰もこれをおかしいと言わなかったのでしょうか。
言わなかったとしたら宋さんの周りにはイエスマンしかいないのではないのですか?
「幸福実現党」という党名がいかがわしく思われると誰にも進言されなかった教祖様と一緒です。

「モチベーションが無い」方に「モチベーションを持たせる」ことは無意味だと私は思っています。
しかし「モチベーションが低い」方を、「モチベーションが高い」状態にすることは、決して無意味だとは思いません。
数字に例えれば「0」を「1」にすることは無意味ですが、「1」を「3」や「5」にすることは無意味だと思いません。
宋さんはそれも無意味だと思っているのでしょうか?
Posted by 菅原 繁 at 2009年07月25日 11:18
すごくシンプルでよく分かる話です。
マネージャーはモチベーションを上げることを目的にするな!誰でも成果を上げられるプロセスを設計して、マネージメントによる小さな成功体験の共有を積み重ねれば、自然にモチベーションを上がるということでしょう。至って単純なことです。疑う予知もありません。誰でもやっていることでしょう。
Posted by 也寸志 at 2009年07月25日 13:14
身内と腹心だけを重用し、その他のメンバーには公正にチャンスを与えず、成果をあげても評価しない。自分と身内は成果を上げられなくてもまったく構わず、女王様。自分が絶対に正しいので、人の意見は聞かない。言っている事は矛盾だらけだが、その矛盾に自分で気がつかない。チーム内の情報共有をしない。プロジェクト管理ができないどころか、その概念がない。指示は乱暴で明確でなく、いつも後出しジャンケン。部下の指導はしない。

まさにそういう人が上司で、"部下のモチベーションを下げる名人"だと思っております。こういう人は"部下のモチベーション"など意識するさえありません。自分の権威を振りかざすことにしか興味がないのです。

この種の人間に比べれば、まだ「社員のモチベーションを上げる努力をします」という人はマシと思えます。(…それがカンチガイの行動につながり、かえって小さからぬ害をなす、ということがなければですが…。)

要領が悪いわけでもないし、このレベルの人間の指導は必要としないので、個人的には指導は構いませんが、他は非常に害です。
この上司がフタになってしまうため、チームのレベルの底上げができません。このレベルの低さについていけない人は、すぐにやめてしまいますので、できる人は定着せず、(身内と腹心以外は)奴隷体質の人とまだ経験が浅い人しか残りません。

今はこの組織で、というより、別のもっと意識の高い組織(会社)に移ることを念頭において、仕事へのモチベーションを高めています。
今の組織への期待はまったくできませんので。どんなにやり方がダメでも、上司の上司が「お姉チャーン♪」と甘えてるくらいですから。
今は雇用情勢が悪すぎてキツいですが、諦めず頑張るつもりです。

うーん、比較対象のレベルが低すぎましたかね…。宋さんが言われているのはもっと高いレベルのマネージメントの話ですもんね…。ダメ組織と関わらずにすむくらいに自分のレベルも高めていかないといけないなぁ…。
Posted by やまだ at 2009年07月25日 16:36
ご自身のご意見は全く自由なのですが、以下のように一括して他人をご批判されるのはいかがなものでしょうか。

  世間にはまともな顔をして
  「部下のモチベーションを上げる」
  と言い張るコンサルタント業者が
  いますが、その彼らが大した
  モチベーションの持ち主ではない
  ことは一目瞭然です。

自分自身ですべて為し得た、自己管理は自分でするもの、モチベーションは自分でするもの…等々のご意見は、かなり傲慢な気がいたします。

誰でも、他人からの援助や支援、そしてモチベーションアップをしてもらった経験があるのではないでしょうか。

モチベーションを下げるような言動をしたり、部下に何もできないから、「行ってこい」「やれ!」「言われたとおりにすればいい」としか言えない無能な経営者やマネージャーの良いわけのように聞こえます。


Posted by 小前俊哉 at 2009年07月25日 23:43
毎回、こんな考え方もあるのだなあ・・と、
面白く拝見しています。
いつもは読むだけなのですが、
今回はコメントしたくなりました。

私は宋さんとは意見が異なります。
極論すれば、やる気のある社員ばかりなら
マネージャーはいらないと思います。

凡人は常にやる気を出すことは不可能です。
人は機械ではありません。弱い生き物です。
その人が集まって、お互いに助け合い、
不足を補間しあって、世のため人のために、
一人ではできない大きな仕事を行うところが
会社なのだと思います。

そして、やる気を出せない人の
モチベーションを高め、組織全体の生産性を
高めることこそが、マネージャーの
最も重要な仕事だと思います。

社員が甘えていてやる気がないから、
会社の業績が悪い、
やる気のある人だけを残して指導し、
やる気のない甘えた人はクビにすべきだ
と考えているマネージャーこそが
甘えていると私は思います。
Posted by 吉元淳一 at 2009年07月26日 00:38
いつもメルマガの配信ありがとうございます。

でも読んだあと、(会社員だった頃の)自分はマネジメントの方法を間違っていたのか?
と反すうしていました。
次の朝、メルマガと同じタイトルの本の広告出稿を見て内容が何とかつかめたと思っています。

モチベーションという言葉の意味は知っていても、
人間の本質をよく理解していなければダメという解釈です。
モチベーションを上げるな!という一見逆説的な言い方の中に、
宗さんの人に対する深い想いを感じとりました。

「モチベーションを上げる」という美名の下に依存する心を助長させ、
自立する気持ちを失わせてしまっているのではないか?と。
せっかく湧いてきた他人のモチベーションを壊してはいけないのだと。

サラリーマン時代の過ちを反省しつつペンを執った次第です。
Posted by 門ノ戸一孔 at 2009年07月26日 09:15
宗さんからのメールを、いつも期待しながら読みます。中小企業を運営する中で、このように毎回、経営者、社員、傍観者と多様な観点から、感情、思いを、スムーズに表現されること、羨ましく思います。
 モチベーションの有無、レベルの大小、個人差があると思います。私は、富士山に登ってみたい。私は、世界一のエベレスト山に登りたい。本人の思いから湧き上がる目標設定を持つことが、管理者として嬉しいことであり、その思いが抱けないような環境設定であれば、管理者として、失格なのかもしれません。反省させられる、通信文でした。
Posted by 小郷政弘 at 2009年07月26日 18:20
私も含め、ここにコメントを寄せた人たちは名もない市井に埋もれる人間で、宋さんのような人たちは誰もこうしたお話は読んでいないでしょうね。。呼吸をするように日々実践しているわけですから。。。
Posted by 猫のようにのんびりと at 2009年07月28日 10:01
宋先生

先生のメルマガは
日本人とは違う視点、むろん私とも違う視点を教えていただき、大変参考になります。

<PSの3への感想>
昨年の9月から国慶節前まで、新疆(敦煌〜トルファン〜カシュガル)を旅行していました(バックパック旅行です)。

旅行中、たくさんの人に親切にしていただいたことを覚えています。逆に、金銭面でトラブル(喧嘩)になったこともあります。

だから、先の新疆での暴動は、理由はどうあれ、残念なことだと思っております。せっかく心優しいウイグル人もいるのに、一部の激高した人たちのために、ウイグル人→危ない人という印象ができます。
そしてそれを背景にして街の中央からウイグル人が締め出されて漢人が一等地で商売をするように中国政府が働きかけているように見えました。
(事実がどうかはわかりませんが。)

新疆は数週間を過ごした土地なだけに、いろいろな思い入れがあります。とうことでコメントさせて頂きました。
Posted by 山月 at 2009年07月30日 11:12
同じくPS3について。
宗教に生きる民族は死をまったく恐れません。
かれらを追いこむのはきわめて危険です。
日本でも、コーランを悪魔の書呼ばわりした、侮辱したとして、
学者が殺された事件がありました。
(未解決のまま時効)
このままではウイグル人に好意的な、
宋さんのような方がかえって危険に目にあうようになり、
悪循環におちいってしまいます。
Posted by 田名 at 2009年08月03日 14:13
始めてコメントしますね。
いつも宋さんのメルマガ楽しみに拝読しております。有難うございます。
みなさんのコメントを読ませていただいて、少し違うなって感じです。宋さんが言いたいのは「はっきりいってこの世の中はやる気のない人がいて、初めて成り立つものです。やる気がない人がいるからこそ、やる気のある人に成功のチャンスが残るのです。」って言うところだとおいらは感じました。
当たり前のことをおっしゃっているのですが、宋さんは非常に優しい人(笑)なので当たり前のことを「モチベーション」という言葉にして説明しようされているとおいらは思っています。宋さんはヤッパリ賢くて頭の良い人だとおいらは感心しています。いつも有難うございます。
Posted by きんかめさん at 2009年08月06日 12:39
はじめまして、いつもメルマガを楽しく拝見しています。
>モチベーションは他人に与えられるのではなく自分で感じ取るものです。

この言葉に共感します。
私は小さなIT企業のマネージャーをしていますが、モチベーションは会社や上司から与えられるものだと思っている人は困ったことが起きると大体、他人に責任転嫁をする傾向があります。
すべてが自分の行動次第だと思います。

それにしても宋さんのメルマガの観点には共感を覚えることが多く、読むたびに飲みに行って会話がしたくなります。
Posted by タイホナ at 2009年08月07日 17:09
おはようございます。
面白い本で、一気に読み終えました。
モチベーションを上げろと言ったところで、何の解決にもならない、というのは同感です。自分から、こうしたい、と思わない限り何も変わらないのですから。
日本は、社員は会社に忠誠を誓い飯を食わせて貰って当たり前、と考えている社員が多すぎます。
Posted by ドラゴンツービート at 2009年08月19日 09:22
飢て、渇き、他人の事など考えたら生きてゆけない環境・体験が、宋さんの考えの根の部分にある気がします。
むしろ「甘えた人々に感謝」
いつまでもそうしていてもらった方が、そうでない人々にとっては、チャンスであり、ありがたい。

そこに「havesとNot haves」が生まれるわけです。

「足るを知る」という事はバランスを取り続ける意味でも中々難しいですが、
自分以外の他人が幸せになる事が幸福感。満足感につながる事を必ず人は体験します。

みんなが幸せになる、満足感を感じるなどと言うことは、到底あり得ないという事でしょ。

生きている条件・年代・環境で異なりますが、どこで「自分の心と生活」の折り合いをつけるかという事が大切な気がします。
「自分の価値は自分で見つければよい」
そんな気がします。

Posted by 原田伸介 at 2010年09月23日 11:46
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