「小泉純一郎さんが首相の時、現首相の安倍晋三さんと一緒に北朝鮮で金正日総書記と会談するシーンがテレビに流れた時、僕は変なことに気づきました。小泉さんと安倍さんは金総書記と価値観や主張は正反対ですが、この3人に妙な共通点があります。それは『世襲』でした。」
これは2006年に「日経ビジネスオンライン」に寄稿した私のコラムの言葉です。テレビであの3人の硬い表情を見て、私は「この3人なら問題をより複雑にするだけだ」と思いました。
過去の歴史を調べればわかりますが、政治の主義主張よりもよほど政治家の素質のほうが歴史に重大な影響を与えてきました。これは企業の経営理念よりも経営者の素質が企業の運命を左右するのと同じ理屈です。
もし、「国をリードするトップ政治家の世襲率」という調査があるならば、間違いなくそのトップに躍り出るのは日本と北朝鮮でしょう。やっと「世襲の問題を正すべき」というコンセンサスができた今だから言えますが、数年前ならきっと皆さんに「悪意がある」と思われたでしょう。
非公開の場面では、私はずっと前から日本政治の世襲問題を言い続けてきました。「選挙の結果だから」とか「二代目を差別する訳もいかない」とか「ブッシュ大統領も二代目だから」とか、立派な言い訳はたくさん聞かされました。
一つ一つ反論するのは面倒だから話の合う友人同士でない限り、話題にするのも面倒でした。民主党が世襲の制限をマニフェストに入れたり、自民党の有力議員も賛同したり、あの「親ばか」を隠さない石原都知事でさえ「世襲はよくない」と言ったりしている今、私はこの変化にむしろ驚いています。もっと長い時間がかかると思っていたからです。
世襲が良いかどうかが本日のテーマではありません。この是非を議論する気力もないからです。財産の相続は法律によって保護されているので非公開の株式会社の相続はそもそも世襲ではありません。
保護対象ではない公職などの立場がなんらかの社会的要因によって結果的にフェアではない形で相続される場合、これは世襲そのものです。小泉元総理の息子さんが地盤を継承する公的理由はどこにもありません。その特権は「選挙」というカモフラージュの下で親から子へと継承し、今はさらに子から孫へと世襲しようとしているところです。ちょうどこの時期に二代目の金正日書記も同じことをやっているのは歴史の皮肉でしょうか。
改革を絶叫する小泉さんはどうして中途半端な郵政改革だけに拘ったかも分かるような気がします。彼も他人に改革の痛みを呼びかけながら、自分が痛む「改革」をしない訳です。「世襲が良いか悪いか、私は国民に聞いてみたい!」。もし、彼がこんなことも言えるならば、間違いなく歴史に残る元総理になるでしょう。
世襲問題の根の深さは政治家などの保護対象だけにあるのではなく、その政治家などと一緒に特権の享受を期待する民衆にもあります。これは銀行と企業の株式の持ち合い問題とまったく同じで、必ず馴れ合いを招き、優秀な人材を排除し、社会の発展を阻害します。
毛沢東の孫はレストランなどのイベントに顔を出して「毛沢東の孫です」といって出演料を稼いで生活しています。中国にも問題が山ほどありますが、資本主義か社会主義かという単純な構図で政治の質を論じる時代は終わったように思えます。
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結局、太平洋戦争後のこの60年余りを"なんちゃって平和"の状態で、経済的にもそれなりのレベルで過ごせてこれたことで、多くの国民はデモや革命とは程遠い、腑抜けとなってしまったように、私は思います。
いや、けして色んな代償を払う革命のようなものを煽っているわけではありませんので、付け加えておきます。
話を戻しますと、結局この政治家の世襲を許している結果となっているのは、投票し選ぶ有権者、国民ということです。
当たり前ですが、なにも有能な二代目、三代目にも関わらず、世襲だから選ぶな!ということではありません。
結果的に世襲のように連鎖するところがあったとしても、それが本当に有能で選ばれるべくして選ばれた人なのであれば、それでいいわけです。
我々有権者が、きちんと政治に向き合い、正確な情報を持って、ジャッジすることですね。
もう平和ボケ、政治音痴では済まされない時が来たということだと思います。
(破壊と殺戮を伴う)するような事は日本人の生理には合わない気がします。
本日の世襲の話、まったく同感でして、私も昨年末ブログにまったく同じことを書いておりました。
http://phxs.blogspot.com/2008/12/blog-post_09.html
一貫して正しい考えをお持ちでも、時々の世相により、罵倒されたり、快哉を叫ばれたりと、大衆とは何ぞや、民主主義とは何ぞやと考えてしまいます。
フェニックス証券 丹羽
http://phxs.blogspot.com/
宋さんが世襲問題に触れられる時、他の話題のときと比べて、何故だかいつも少し違和感を感じておりました。概ね正論を述べられていると思うのですが、少し感情的になっておられるのではないかという気がするのです。だからでしょうか、今回宋さんらしからぬ防衛線をはられた様なコメントがありました。「財産の相続は法律によって保護されているので非公開の株式会社の相続はそもそも世襲ではありません。」という部分です。法律なんて関係無いと思います。因みに私自身、零細企業の3代目ですが、はっきり世襲だと言い切れると思っています。小さくとも会社には公器としての性格があるからには社会に対する責任も有している訳ですし、何よりそこで働いている人にとってはバカ息子に会社を潰されては堪らない訳じゃないですか。ただ、@他に適当な継承者を見つけにくく、周囲も納得しやすい。A存在が磐石でない分必死になる。B組織が小さいため運営が容易である。などの理由で政治家や大企業と比べて成功率が高い(問題が少ない?)様には感じます。
世襲はその人を構成する一部分、ひとつの切り口に過ぎないと思います。世襲には周りからちやほやされて慢心するとか、苦労をしてないとかのデメリットと同時に、正しい生き方であれ、反面教師であれ、親の姿から学ぶことは大変多い、というメリットもあると思います。「世襲」という一つの切り口だけで是非を判断するのは大変危険だと思います。
しかし、政治の世界では世襲が弊害になっているケースが圧倒的に多い事には同感です。何らかの制度の変更はあるべきだと思います。ただ、私は小泉順一郎氏の世襲に関しては政界には稀な「成功した世襲」の例だと思っています。彼は父親から地盤を引き継いだ時に落選しています。当選して以降も3代目だからとちやほやされる事も無く地味に下積みをされていたようです。息子さんに引き継ぐにあたって「息子は息子で苦労すればいい」とだけ語ってその処遇について軽薄なコメントを一切せずノーコメントを貫いたのも当事者としては全く正しい態度だったと思います。(水面下で動いていたのだとすればもっての外ですが)こんな事を書くのは私が小泉贔屓だからですが、小泉氏に対するコメントが辛口な宋さんとは多分、小泉氏に対する第一印象が良かったか悪かったかだけの違いではないかと思います。因みに私は小泉氏が総理大臣になる10年ほど前に氏の郵政民営化の主張を雑誌のインタビュー記事で読んで(当時自民党の議員がそんなことを言うのは正気の沙汰ではなかった。)この人こそ私心で動かない真の政治家だ、と思ったのが第一印象だったのです。
無能な世襲の象徴的な方が、自らの世襲を温存したまま
他者の世襲を厳しく批判する姿勢には首をひねらざるを得ません。
>「世襲が良いか悪いか、私は国民に聞いてみたい!」
たぶん、ご理解された上であえて上記の様に書いているのだと
思いますが、世襲が悪いのではなく、親と同じ能力と方向を期待され
また、持っていると喧伝されたが、実際は持っていない場合に問題となります。
世襲であっても、親と同じか超える能力が
あれば別に問題無いはずです。
世襲が悪いのではなく、世襲によって無能な人間が上に立つことが悪いのです。
ただ、日本には世襲へ期待する文化も多いようですね。
トヨタすら社を立て直すのに世襲の効果を期待するのですから。
>小泉さんはどうして中途半端な郵政改革だけに拘ったかも分かるような気がします。
一番切り崩しやすかったのが郵政だったから、
他は手を引いたのでは無かったですか?
道路も手を出したが、2正面作戦を避けるため手を引いたと聞きましたが・・。
世襲の甘さか本人の理想を追い求めすぎて、2正面どころか
全周囲戦をやってしまった安倍氏は、あっさり潰されましたね。
小泉さんも全周囲戦をやれば叩きつぶされたのでは無いかと思います。
タレント議員が多いのは、世襲議員が多いよりも問題なのかも知れません。
「よくやってる」ということを言う方もいますが、政治実務にしろ手腕にしろやはり「一般人の代弁」をしているに過ぎず、政治議論のレベルを下げる原因になっていると感じます。たとえ法律の専門家であっても政治家として「一般人に毛の生えた」ところから始めざるを得ない、というのは当り前のことだと思います。
ただ、世襲議員にしても、タレント議員にしても、今の日本が個人利益や知名度によって当選することが問題であって、これは制度ではなく国民の意識の問題です。
「民意に問う」と言っても、投票率は低い。「民意」というのも違和感があります。
これまでは、「お上」に任せておけば大丈夫で、そのおかげで高度成長が出来たという信頼感の名残なのだと思います。それに対しては、現状でそういう信頼がないにも関わらず、「投票したところで政治が変ることはない」とネガティブな質に変化して投票率が上がらないのではと推測します。
フランスでは、今回の内閣改造でミッテラン元大統領の甥が入閣しましたが、政治判断を具体的に厳しく判断する国民の議論を通して、「世襲にしては良くやっている」と言った贔屓目なしに審査されることになると思います。
最近の日本の野党の幹部の発言「そろそろ、与党も野に降りて一から出直したほうがいいのではないか。」というのは、新橋の酔っ払ったサラリーマンの発言とどう相違するのでしょうか。
こういったところから議論を変えないと国民は政治が変れるとは感じないでしょう。
日本の政治は有権者をバカにしてますね。
しかし、このままだと、この局面を変える力はあるかも心配してます。
民間の世襲と国会議員の世襲を同様のものとして考えること自体に問題があります。民間での世襲や相続は個人や一族が生涯を掛けて築き上げてきた、自分のもの(そう単純ではない場合もなるが)を自分の選んだ者、通常は近親者に譲るというものです。
一方で国会議員の地位は「他人の生命財産及び権利などを」どうするかを決める立場です。つまり、極論すれば本来他人のものなのです。それを手に入れるのに大幅に有利な立場を世襲によって決めるのは極めて危険な方法だと思います。
また、現状の世襲は淘汰されにくいシステムであると思います。
芸能人や起業家は無能なら(少なくとも長期的に)支援するメリットがありません。
しかし、国会議員は支援するだけでメリットが得られる可能性が高い職業です。むしろ、メリットがあるからこそ支援するのでしょう。このばあい、扱いにくい優秀な議員より無能な方が好まれる可能性すらあります。
民間の世襲と政治家の世襲を同次元で考えて欲しくないものです。
世襲議員は、地盤・看板・鞄だけでなく、しがらみも受け継ぎます。現状維持、利権保持のまさに保守的政治活動しか出来ません。世襲議員の増加が、今日の日本の硬直化した政治と行政(官僚)の関係を維持しているのだと思います。
世襲は、議員だけでありません。競争のある民間なら良いにしても、官僚の子が官僚に、外交官の子が外交官に、裁判官の子が裁判官に、教師の子が教師になる。採用、任用に疑念を持つ様な場面も多々あります。昨年の大分の教員採用は、水面に顔を出したまさに氷山の一角でしょう。そして、仲間内をかばい、利権を守ろうとする。親がこうした優位な立場にいない者は、狭められた可能性を奪い合い、あがき、苦しみ、多くが敗北をきする。これが現実では無いでしょうか。「自由で平等な日本」、虚しく感じます。
これが、世襲問題の本質的問題点だと考えます。
A前回のことですが、宗さんは増田さんのことを評価され、増田さん稿欄には、たしか「 ・・麻生さんのことを好きに・・」とかの文言がありました。
人の好悪は様々ダナー・・。とおもいました。
惜敗を期す・・などと言う人が一国のトップにふさわしいと思いますか。
人の言葉の重み信頼は、その人自身の重み信頼に左右されます。
言葉の文字列は、泥棒でも殺人犯でも作り、言葉として発声し、かくことだって出来ます。
言葉を発する人により、その言葉は天地の差になる。
日本は、個々の世襲という問題もありますが、政治家のレベルを上げるための仕組みがないことのほうが問題です。自民党の派閥関係で麻生さんが安倍さんのときにも「次は俺だ」とか言って変わりばんこに首相をやっているうちに、利益享受を求める組織に丸め込められてしまい、政治の意思が見えなくなります。借金国家になっても誰も責任取らないのは、役人の怖いところです。鳩さんのように民間を威圧するのは得意ですが、彼の取り組み方も借金を減らす意思は微塵もなかったです。残されたのは、借金を生み続けるかんぽで、今回の件で誰も手をつけられなくなりましたし。
小泉さんは、自民党というしがらみの中で国民のために戦った人間だと思います。ただし、異常なまでに米国一辺倒でした。アメリカがイラク戦争に突入するのを防げたのは、小泉さんだったかも知れません。今となってはの話になってしまいますが。
私は、金王朝と小泉さんを世襲の問題で同一視するのには、無理があると思います。小企業では、世襲が当然です。それが大企業になっても当然存在します。政治家のみ否定することはできません。プラス要因とマイナス要因が介在するわけで、一律世襲を排除すると日本はさらに薄っぺらい政治になりうることも考えられます。
世襲制限を考えるよりも、他国と対等に渡り合える若い世代を育てる仕組みを考えたいです。
日本の場合政治家の子供だとしても、選挙に当選しないことには議員になれません。現に、どなたかのコメントにもありますが、小泉さんでさえ落選しています。ファミリー以外は後継者になる可能性が実質ゼロの北朝鮮の支配者とは違います。日本で首相が選挙なしにその息子に後を継がせたという話を私は聞いたことがありません。
民主党が最近になって突然世襲問題を持ち出したのは選挙戦略に他なりません。鳩山由紀夫氏は「(世襲議員が良くないというのは)世襲議員の自分が言うのだから間違いない」と言っていましたが、弟の邦夫氏の「(民主党の世襲制限案は)中途半端だ。小沢一郎も鳩山由紀夫も出ないから、麻生太郎、鳩山邦夫も出るなと言えば徹底する」という主張のほうが正論です。自分達までは良いけれど次からはダメでは筋が通りません。
結局のところ、世襲であれ、官僚出身であれ、タレント候補であれ、いやなら投票しなければ良いだけのことです。世襲候補はアドバンテージがあるというのなら、タレント候補にも知名度というアドバンテージがあります。それら政治家としての能力には直接関係ないアドバンテージがダメというなら、政治以外の分野の有名人も選挙に出てはダメということになります。世襲というだけで立候補できないとなれば、それはむしろ非論理的、非民主的です。
日本の政治家は三流、それを選んでいる国民も三流と言われても仕方ないでしょう。しかし北朝鮮は言うに及ばず、共産党員以外はまともな人間として扱われないような中国に比べても、日本ははるかに公平で民主的な国なのです。
少し視点がずれているかもしれませんが、北朝鮮や日本と中国では、社会にとっての世襲制度の利点や弊害がかなりちがうのではないでしょうか。
高校の世界史程度の知識ですが、中国では科挙制度が導入されて宋時代には貴族制が崩壊していました。現在の北朝鮮は共産主義、日本は民主主義という看板になっていますが、実態は貴族制にかなり近いように感じています。貴族制なら世襲はごくごくあたりまえのことです。
中国が千年以上も前に科挙制度を導入しなければならなかった理由には、領土の広さや人口の多さが関係しているかもしれません。
廃藩置県になって、県知事は昔の殿様ほど領地に責任を持ってくれなくなりました。一億の民意の反映は容易なことではありませんから、国会議員に政治のプロフェショナルを期待するとともに、地方分権の推進と充実を期待したいです。