前回の私のメルマガに多くの方々から厳しいご意見をいただきました。1000文字で誤解を招かない文章を書くのは無理ですし、誤解を承知のうえ、論点を絞ったのも事実です。
先日、国会議員のパーティーに参加した後、ホテルを出ようとしたら、玄関で自民党の細田さんが若い人達に囲まれて何かを話していました。政治家を囲んで話を聞く若者達は偉いと思って近寄ると、「あっ、宋さん!」と先に細田さんに呼び止められました。
「野次馬達に捉まったんですか」と私が冗談を言いましたら、「いいえ、こちらは各社の政治記者達ですよ」と細田さん。
その瞬間、私はショックを受けました。まずその方々の若さでした。どうみても彼らの平均年齢は20代です。若者の起業精神を期待する私ですが、政治家を相手にする記者があんな若さで良いとは死んでも思えないのです。
次に彼らの質問の内容です。はっきりいって幼稚そのものです。「言えばいいじゃないですか」、「なぜそんなことをしないですか」など、実社会で少しでも苦労すればそんな質問してもしようがないとすぐ分かるはずです。
彼らはよい大学を出ているかもしれません。しかし、彼らは自分を持っていない上、世間や世界の試練を受けていないだけではなく、普通のサラリーマンの苦労さえしていないのです。そんな方々が政治家の担当記者で、新聞の紙面とテレビの画面を作っていると思うと自然とマスコミのレベルを察知できるのです。
全ての新聞と雑誌とテレビをよく観察してください。田原さん、関口さんのような独立した個人でマスコミに出ている人は殆どいなくなりました。全てはサラリーマンに替わりました。そのため、社説を除けば殆どの記事は作者の名前がついていないのです。そんな顔のない記事を読むほうが悪いと私は思います。
サラリーマンとして最も保護される立場で、最も安全な場所で、最も苦労の少ない業種に居る人達があれこれを流行り事のように扱うのです。そんな顔も思想も背景も知らせてくれないサラリーマン達の文字が大新聞、大テレビの名の下で売られているのですから、買ったほうに責任があると思いませんか。私が彼らを批判するのは簡単です。しかし、それは彼らを批判しながら彼らの記事や画面を見る人々、彼らの収入を支える人々と同じではないでしょうか。
経営コンサルタントをやってきた私はよく社員達に「うちの経営者をかえてください」と頼まれます。その都度私は怒ります。「それなら君が会社を辞めればいいのでは。そのほうが早いよ」と。はっきりいって私は口ばかりで行動を起こさない人々にイライラします。
話を戻しますが、なぜ日本テレビのバンキシャが岐阜県役所の不正を誤報したかというと、それは日本のマスコミに「役人は悪」という流行があるからです。なぜそんな流行ができたかというと、日本の国民がそう思っているからです。
役人を叩けば視聴率が上がるので記者やマスコミの下請けがその主観に沿ってあれこれ探し出すのです。マスコミは多くの視聴者に期待される結論に合う事実を選んできたのです。事実を使った間違った結論はその影響力からみてミスや無能よりずっと重大だと思いませんか。(今回のバンキシャ事件はヤラセではないので)。
言っておきますが、これは近年日本のマスコミの特徴です。たまたま警察の飲酒運転がニュースになって視聴率が上がると、必ずしばらくあちらこちら警察の飲酒運転事件が発生するのです。ある自動車メーカーに品質問題が起きるとしばらくそのメーカーの故障だけが報道されるのです。
「報道は事実でなければならない」。それは当たり前のことです。さすがに口の悪い宋文洲でもそんなことを否定するはずがありません。しかし、問題の本質はマスコミのレベルとそれを支えている国民のレベルだと思います。
サラリーマンに徹底しているマスコミは独自な視点を持てず、大多数の民衆の望む方向にカメラとペンを集中させるのが良くないというならば、大手にしがみ付き、チャレンジと創業精神を失い、マスコミに同じ結論を求める国民はどうなんでしょうか。
宋 文洲はそんな空気が嫌なんです。世直しのつもりはありませんが、せめて自分のメルマガの読者に異なる刺激に触れていただきたいと思います。結論ではなく、刺激です。
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これに負けることなく(私が心配することはないでしょうか)日本人に警鐘をし続けてください。
*1度だけ宗さんにお会いしてサインしていただいたときのにこやかな茶目っけいっぱいの笑顔がいつも思い起こされrます。
*「賢い者の心はその口に洞察力を示させ、その唇に説得力を加える」
そのまま受け取りました。ありがとう。
確かに、刺激を受け取りました。
まだ死んだわけではありません。
そもそもオフレコでもなんでもないんだから、録音して公開してしまえばいいのに。
正しいことをしている、という認識をもっているが、実は枠の外からみると、その枠内での規定にとらわれているケースは多いと思います。
先日新入社員の入社式のインタビューで、ある会社の偉い方(と思います)が、「自ら考えかえる力がある人になってほしい」と話されていましたが、本当に新しいものをつくり、変えていく人は組織の中ではうっとしいと思われるのではないかと思います。
そもそもそんな人は、組織に属することを選ばないのではないか?と疑問に思いました。
サラリーを取る人は必ず組織に属しているので、組織や人の集まりと迎合していく可能性は高いと思います。
と、書きながら、自分もそうなっているか、よくわらかない、というのが現状です。
常日頃、同じ思い出テレビを視聴し新聞を見ています。
戦前戦中のマスコミの姿勢を見ても現在と同様の報道が行なわれていたとの文献も見ております。
世の風潮から外れたことを発言すると、世間から袋叩きにあい、コメンテーター等の仕事をなさっている方は、思い切った発言が難しいのではないでしょうか?
たまには思い切った発言をなさる方もいらっしゃいますが、見聞きする方からすればあの人だったらそのような発言だろうとの先入観の中での理解に留まるようです。
日本全体が、賢人の集まりのようで回答すべき内容は既に決まっており、そこから外れたら悪と決め付けられる風潮ですね。
今回の『新聞記者は若い』『独自視点で記事を書かない』
ということについてですが、私も2種のルートで同じ様な話を聞いた事がありましたので、
宋さんのご意見は理解できます。
ルートのひとつは、『佐藤優』氏の講演で、
『新聞を書いている人達はろくなもんじゃないから、記事を鵜呑みにせずに、自分の頭で考えて下さいね!だから私は新聞なんてここ数年読んでません!』
という話をされていたことです。
そういえば同じ事を大前研一氏も誌面で書いておりました。
でもそれだけですと、私自身も『著名人がそう言っているから』
という理由で『新聞記者=ダメ』と決め付けている人間になってしましますね。
ただ、もうひとつの理由は、現在の同僚に、
学生時代に大手新聞の記者をやっていたという者がいる、
ということです。
そうです。アルバイトです。
『世間を何も知らない学生達が記者気取りでやってんですよ』
と聞いたときには、驚きを通り越してあきれました。
もちろん、『大新聞に』です。
以上のことから、宋さんの今回のご意見には非常に賛同を憶えました。
また次回も楽しみにしております。
では、寒暖繰り返すこの季節、くれぐれもご自愛を。
新聞やテレビ番組が楽しめなくなって随分とたちます。
もっと、独自の切り口で意見出して、受け止めれる雰囲気があるといいなぁと思います。
さらに突っこんだ話で、なぜ、政治記者が20代が多いのか、また、テレビで視聴率のよかったネタが連続するのか、どう思われますか?
この視点について一度取り上げていただけたらと思います。
私も最近のマスコミ報道には腹が立っています。
宋さんがおっしゃる通り、記者の低レベルの質問、例えば定額給付金では「総理はもらいますか?」等国民にはどうでも良い質問ばかり、又それを繰り返し報道するマスコミ。
「他にもっと大事な事がある筈なのに」と思っている知らない間に重要な法案がきまっていたりで、怒りを感じます。
また夕方5時近くのニュースでは、ナレーションがワイドショー、又はお笑い番組の様な
言い回しで内容を紹介しています。
私はイライラしてテレビを消してしまいます。
ニュースは真面目にしっかり伝えてほしい。
テレビ局にも責任があると思います。
いつもマスコミ報道を見ていて、なんとなく
不審に思ったりいらいらした気分になっている本質の部分を言っていただいた思いで「やっぱり、そうだよなぁ」と共感しました。
大衆に迎合しているだけのマスコミ報道には
うんざりします。
今後も本音(本質)のはなしを期待しております。ありがとうございます。
意識してあおってますね?
日本は世界で唯一成功した社会主義の国と言われました。まぁ、凋落も激しいわけですが。。。
それは人々が意識的にも無意識的にも求めていた結果のように思います。
つまり、戦後の日本国民にとって安定こそが最も重要なことだったんですね。そして、その安定という夢の中に、まだまどろんでいるのが大方の日本人だと思います。(私も含めて)
日本のマスコミも読者や視聴者も未熟なのは確かだと思います。
ただ、ネットの発達によって、読者や視聴者は確実に成長しているように思います。だって、マスコミの報道を鵜呑みにする人って私の周りで急速に減ってきていますから。
何か報道があると、「これは○○がしかけたのかな?」なんていう目でみていたりします。
そういう報道の断片から全体の姿を類推する訓練をしている途上なんだと思ってます。
宋 文洲さん流の口調で誤解を招くこともあると思いますが、私は、共感し応援しています。
宋さんのメルマガは、自分の中でモヤモヤしていることを、整理して、スパッと表現されているので、大変共感し拝読しています。ありがとうございます。
首相が替わったりした時など、かならず記者会見がありますが、ここ数年、記者の質問内容に個性がなくなったと感じています。同じ内容で表現を変えただけの質問を、何故こうも毎回繰り返すのか。テレビで見ていて、うんざりです。10年、いや20年前はもっと気の利いた質問をする記者がいたと思います。
様々な職場で、自分で考えて行動できる人が少なくなっているように思います。
一国を揺るがす政治にはいかがなものでしょうか。両者の良さを生かし、適材適所に徹したいものです。
マスコミに関する歯に衣を着せぬご意見、まさしく同感です。一字一句、頷きながら読みました。日本のマスコミのレベルが「低位」安定しているのは、まさしく国民レベルでの反論が届かないという証拠でしょう。古くは第二次大戦前の朝日新聞の戦争を煽るような報道から、日本のメディアは偏りがあると思います。またオーム事件拡大の引き金を引いたと思われるTBSの臆病な対応(坂本弁護士の収録ビデオを放送前に押しかけたオーム教団に見せ、数日後に一家殺害事件が発生したのに、対応したTBS社員達が口をつぐんで警察報道しなかった)も、忘れられません。紙面の制約ある新聞、ニュースを短時間で切り取るテレビは特に偏光の出方が顕著です。週刊誌等はまだ独自の意見を出せるでしょうが、新聞・テレビが超巨大な日本では、その影響は看過できません。だが、国民一人一人は微力でも、諦めては暴走を止められません。私自身ベンチャー企業の経営者で、時間の囚人でが、個人的に最低限の発信はしていこうと考えています。宋さんの、冷静かつ(結構勇気のいる)ご意見に接し、エールを送りたいです。6日のセミナー参加を楽しみにしています。
「最も保護される立場で、最も安全な場所で、最も苦労の少ない業種に居る人達」を使っている親分達の思想信条を疑う
最近では、大衆新聞(朝日、読売等)やテレビ(12ch以外の民放)は、殆ど見る気がしませんし、半分ヤラセと思っております。
昔から、「日本は政治とマスコミは三流、経済一流」と言われてきました。
最近のテレビはレベルが低いような気がしますね(視聴率を稼ぐための製作ですか・・・)
イコール、日本人のレベルが下がっていることなんでしょうけど・・・。
前回の記事に多くの厳しい意見があったようですが、私もマスコミが「正しく」ある必要はないと思います。
ただ、「ヤラセ」はまずいとは思いますが、そこに取り上げる際の判断がある限り、間違いを100%排除することは不可能と考えるからです。
今回の記事、「記者が若い」・・・マスコミの大衆迎合報道に辟易しておりましたが、主義主張・良心のない報道姿勢は、そういった社会経験の欠如がもたらす部分は、多分にあるでしょうね。
また次回の記事を楽しみにしております。
先生は、未だ反省の色はありませんですね。
1000文字で誤解を招かない文章を書くのは無理です。この考え方が既に、間違っております。私は59歳であと1年で定年を迎えますが、子供の頃から嘘を言ってはいけない。他人を欺いてはいけないと親から教わり、周りの人からも、そのように指導され、育ってきました。会社に入り、他人を傷つけない程度の、嘘は、嘘も方便であり、許される範囲の嘘であると思います。
然しながら、先生の言っていたことは、日本人の規範からは大幅に外れたことを、恰も、正しいことのように言っていたことは断じて容認できません。
私は今まで先生のブログや、テレビでの発言を通して、先生の事を尊敬していました。しかしこのことを、素直に反省して、間違いを正さない限り、尊敬の念を抱くことは無いでしょう。
ぜひ先生の口から、一度でいいから反省の言葉を言って頂きたいと思うのが、私の願いです。
「前回の私のメルマガに多くの方々から厳しいご意見をいただきました」とのことですが、それはそれだけ「ありきたりでない何か」が宋さんのコメントにあったということであり、立派なことです。
無理して過激になることもなく、かといって臆病になることもなく、宋文洲さんは宋文洲さんでいてください。
あなたの意見に賛成なときも、反対なときも、私は宋文洲が大好きです。
今日の新S(あらたにす=朝日、日経、読売の総合ニュースサイト)に同じテーマのエッセイがありました。視点も極めて近いです。
詳しくは、リンクをご覧ください。
http://allatanys.jp/B001/UGC020005320090402COK00264.html
中川問題以降、政治部新人記者のぶら下がり取材が注目されているようです。
宋さんは最近の現象と見られているようですが、半世紀以上前から同じです。営業の新人が飛び込みセールスをさせられるようなもので、政治取材の訓練です。昔は、そのメモをベテラン記者が読んで解釈し裏付け、肉付けもして書いていたのですが、だんだん今のような状況になってしまいました。
今のマスコミのあり方には、本当に危機感を覚えています。戦前の国民を煽るやり方とまったく同じ。ただ、マスコミもまた自分達の社会の中の一部であり、自分自身でもあります。それをどうやって変えていくのか、真剣に考え実行しなければいけない時期に来ているのだと思っています。
確かに、
一度ニュースになった事柄について同じ事を繰り返し報道したり、類似の事件や事故の報道がされます。報道内容の方向性には問題があり反省するべきです。ですが警官のような法令違反を取り締まる立場の人間が飲酒運転をする神経自体の方が問題があります。模倣犯ではないのです。全体の人数からみて少ない発生率だとか、例外の事例であるという考えではなく、厳しく自分自身を律する感覚を高める努力が必要です。他山の石ではありませんが、人の振り見て我が振り直すことが求められていると思います。
この点では取締り権限をもつ役人は、一般市民の報道とは異なった取扱いされるべきであり、全てを洗い出して報道するべきと考えます。
未熟な記者、記事、番組作りについては私も賛同します。もう数年前から新聞やTV番組での報道に素直に頷いていません。もちろん聞き手個々の知識や判断の目が求められている事は否定しませんが情報発信側に対して仕事に対するプライド、誠意が欠けているように感じています。
これはマスコミに限らず日本の多くの職場で起きているように思えます。仕事の基本的なスキルやアップデートを怠り、仕事の経験よりも評論と取捨選択を選ぶ風潮が強くなっているように思えます。職場はコストの安い若い経験不足の管理者が増え、仕事を教えるよりも部品的な仕事の配分を指示したり、短期的なパフォーマンスを要求しています。数年前までは実務経験をともなった仕事にプライドをもった厳しい管理者が中期的な観点で本人のキャリアを考えて育ててくれたものです。今は企業側がコストだけを考え、そういった本当の意味での管理者を更迭し続け、システムやプロセスという名前の下業務を流しているように思えて仕方がありません。上辺のトレーニングでは人は育ちません。口うるさくても何年か経った後にあの上司がアドバイスしてくれたお陰だったと思えるようなそんな方々を企業はコストだけで職場から葬りされないでほしいと思っています。企業経営が短期、中期、長期があるのであれば中期や長期で市場に生き残りブルーオーシャンを切り拓くためにも経営を見直す必要があるのではないでしょうか?
今回は宋さん怒ってますね。私もまったく同感ですし、私も事あるごとに、大テレビや大新聞が言っていることを鵜呑みにしてはいけないと叫んでいます。そして個人の名前を出して物言う人の言葉を真剣に咀嚼します。
自分が正しいと思うことを叫ぶ・・・これは重要なことだと思いますが、日本人が一番苦手なことです。悲しいですね。
会社経営(熊本県)62歳です。
今日のメルマガ「マスコミは・・・」を読み、久しぶりに爽快な気分になり思わず返信しました。私が日頃思って悶々としていたことと全く同感だからです。
まだ社会性の育まれていない若僧が、剣より強いペンを手にして何か勘違いしているように思えます。耳で聞いて、一言半句聞き逃さないようにペンを走らせるならまだしも、マイクを口元に突きつけて録音するだけなら誰にでもできる(だから若僧にでも勤まるのだが)。
失言と足の引っ張りに終始して、野次馬根性でぶら下がりをしている様は見るに堪えない下品な光景です(本人たちは気づいていないが)。
ましてや相手は我々が選んだ日本を代表する国会議員です。
マスコミには誠実さと礼儀、品格を備えてもらいたいと思います。
記者に限らず、公立の学校にも言えることだと思います。
社会経験の無い若者がいきなり聖職者になって子供たちに権力を振るう。(すべての方とは言いませんが)
職種によって経験値を必要とするようなこともこれからの日本には必要なことだと考えます。
小職も新卒者を受け入れるサラリーマンの先輩として人材(人財)を育てて生きたいと考えます。
これからもメルマガ楽しみに拝見します。
ご無沙汰しています
ソニー時代 何度か食事したり
本をいただいた記憶が 蘇えりました
当時大変勉強になりました
5年前 ソニーを早期退職して
若手経営者のアドバイザーをしています
今回の宋さんの論調に 賛同いたします
マスコミ報道(すべては ありませんが)
文字、映像等の心の暴力がたびたび伺われます 基本ルールが ありません ひとつには
教育の問題、親のしつけ、社会現象のあり方
に 大きな問題があるのでは ないでしょうか 特に 精査する組織のシステムに問題があり 個人の問題もありますが 先輩、上司のマネージメントに疑問を感じます
是非 このような論調を 日本のために継続を期待いたします
ひげなべ
いつも楽しく拝見させて頂いています。
前回のメルマガに厳しい意見があったとのことで興味があり私も見てみました。
結論から言うと、匿名やハンドル名で宋さんのメルマガに上段から物を言っている輩に大変腹が立ちました。
宋さんはお忙しいので個別に本質を理解していない人のコメントに説明を付けることや、議論を挑んだり解説することは不可能だと思います。
そういう輩に限って匿名ですからその必要も無いと思いますが。
そういう意味で個人的には宋さんのメルマガにコメント欄は必要ないのではと思っています。
ぶら下がりのような取材は若いモンに任せて、日本のベテラン政治記者は政治家と一緒に宴席でオフレコの話ばかりを聞いて、都合のよい記事だけを小出しにする、というような批判は昔からありますね。プレスの前で大統領とベテラン記者がやり合うアメリカのスタイルとは雲泥の差だといつも思います。今回のエントリーでそうだなと思ったのは、こういう構造って外からは変えられないので、視聴者としては、「見ない」という選択肢ですね。
最近、TVタックルやみのもんたの朝の番組に政治家が出て視聴率が取れるのも、できるだけ記者が入らない形で直接政治家の声を聞いた方が信頼感があるという、見る側の直観があるからでしょうか。
宋先生の、テレビでのお話や、書かれている文章など拝見してまして、「問題に、まっすぐ答えている姿勢」に感銘しております。いまの世の中、メジャーな論調あるいは意見に支配されすぎていて、自分自身でなにも調べもせずに、「ああそういうことなんだと、それが真実だったんだ」と思い込まされているという気がしてなりません。そこに、宋先生の切り込みが入ってくると、「えっーそうなの?」というような逆にどっちが正しいのというような感覚で思ったりもします。どちらを信じるかは自分の判断なのですが、しばらくは、マイノリティー派で行こうと思います。結局は各個人が受けてきた教育など(この教育という問題は非常に関心のあるテーマで、宋先生に機会があれば取り上げていただきたいテーマと思っています)感性の違いがあるのだと思います。宋先生ますます頑張ってください。
先生のメルマガはじめていただきました。
有難うございました。
私は先生の意見に賛成です。今後共先生の考え方を拝聴させてください。
メルマガの正鵠を射た観察をいつも楽しみにしていま。説明は尽くせなくてもポイントは突いていて問題意識は明確です。メルマガの御意見に対するコメントを一読して驚くのは賛否両論のいずれもがぶら下がり記者のレベルと同じであることです。その理由は,物事の ROOT CAUSES を考えよう追及しようという思考の原点がないからです。なぜ?どうして?その理由・根拠は?と自他ともに問い詰める回路が不足しています。暗記教育の大きな欠陥です。
セミナーにも参加させて頂いており、メルマガをいつも楽しみにしています。
今回のテーマ、同感です。
私も未熟ながら経営者ではあるのですが、社員たちにも、報道の全てを鵜呑みにするのではなく、大局観と多面的に考えてみなさいと言っています。
社員たちからも、今の報道番組などのレベルの低さに嘆いており、ネガティブな事ばかりで、子供にも見せられないと言っています。私もそう思っています。
マスコミには、世の中が良くなるような想いを込めて報道して欲しいと思います。
関わる人たちと心の豊かさを育むような、伝承していける事を生涯の目標、会社の目標にしている私たちにとってはレベルの低い報道に悲しさを感じています。
マスコミの見方は、大きな企業に在籍している人と、独立している人とでは、
かなり変わるのではないかと思います。
じぶんの足で立つと、周囲の情報に敏感にならざるを得ません。
情報が正しいのかどうか?
自身の役に立つのかどうか?
そうすると、自然に情報ソース自体も選別していくようになります。
宗さんが、コラム「脳みそに汗を」の第8回でご指摘のように、
地上波で満足している人は、テレビに多くを望んでいない層かもしれません。
例えば、仕事に疲れていて、その時を楽しめればいいというように。
政治記者が20代というのには、正直驚きました。
しかし、刹那を楽しむ程度しか期待していない人には、
この程度のレベルの記事でいいという提供する側の判断があるのかもしれません。
ある評論家が、テレビと新聞しか見ない人々の割合は約70%とコラムに書いていました。
この数字が正しいのか分かりませんが、周囲を見る限りでは、確かに多いという実感があります。
今回のコラムは、KYなんかを気にするよりも、じぶんで考えるという習慣を身につけなさい、
という宗さんのメッセージと受け止めました。
マスコミのレベルの低下を非難する前に、自身を研鑽しなければ、と思います。
特に、彼ら自身と共に、読者である日本国民に対しての警鐘に共鳴します。
昭和の時代が終わり、平成の時代が始まったころから、日本人、および、日本社会は確実に劣化の一途を辿っていると考えています。その原因は、物質的豊かさを求め過ぎて、精神的豊かさを置きざりにしたためだと言えるでしょう。
そうなってしまった背景には、煎じ詰めれば政治の貧困に行き着くと言わざるを得ません。政治を変えることが唯一の策ではないでしょうか。このドアーを抉じ開けなければ劣化は止まらないと確信します。
これは、中国の古典「史記」にある言葉です。
厳しい言葉、耳が痛く聞きづらい言葉はその人にとって薬であり、甘い言葉は聞くと気持ちがよいが、身を誤る病気のようなものであるということです。
宋さんの、ときに厳しい意見は、自分と周りを顧みるいい機会と考えています。
前回も、今回も、地方で出版に携わっている身としては、耳に痛い意見ですが、自分自身を戒める機会を与えてくれました。
ありがとうございます。
いつも鋭い視座からのコメントが参考になります。今回の記事からは経営コンサルタントの仕事していると経営者を変えて欲しいと従業員から、言われるというくだりがあります。経営者や管理者、今回の話題で社は政治家などのリーダーもそうですが、になってみないと、その役割の大変さが分からないというのは本当ではないでしょうか?世の中の風潮というのが、頭でっかち評論家、傍観者になってしまっていると思えてならないのですが。
特に、知識のための知識になっていて、知行合一にならない若者一部にはあるとしてもいかしかたがないのですが、団塊世代に割と多いのは大きな課題である。
今回のメルマガ読みました。最近はテレビも新聞も見たり読んだりしないですがぜんぜん不便を感じません。 見たり読んだりしなくなった理由はあまりにも稚拙な内容が多くて見ていて時間の無駄と思ってしまうからです。 やはり自分に必要な情報はテレビや新聞の押し付けでなく自分で選別していかないといけない世の中になったのだと思います。
今時、飲み屋で新聞程度の見識を語っていたら「あいつは新聞の受け売りで考えていない」と陰でバカにされるくらいの偏った幼稚な意見です。テレビは我が道をいくNHKのほうが視聴率がよかったりします。テレビは宣伝費をたくさん出す会社に尻尾をふるだけです。パチンコのCMが大量に流れ出した以上、もうモラルなんて保てないでしょう。一度堕落すると這い上がれるものではありません。ビジネスという目で見ると「マスコミ(マス・コミュニケーション)」というジャンルはなくならないでしょうが、新聞、テレビというものは単なるエンターテイメントとテレビショッピングで生きていくしかなく、規模がぐっと小さくなると思います。
政治とか経済とかの情報を日本の新聞、テレビから得る時代じゃないと思います。CNNなどをネットを使ってみる時代じゃないでしょうか。こう書くと日経はどうなんだ?というつっこみが必ず入ります。が、日経は単なるデータ集に過ぎません。会社四季報みたいなもんです。日経に見識を求めるのは、ニュースを読むだけのニュースキャスターに見識を求めるくらいおろかなことだと思っています。
この風潮をマスコミが流行らせたという見解には賛成します。ただ、「国民がそう思っているから、そうなった」という部分は事実からほど遠い。実際は、1つにはマスコミの視聴率優先…早い話が『ウケ狙い』、もう1つには、この(安易な)風潮が役人…特に霞ヶ関の高級官僚にとってベストとは言えないが何かと好都合なものだから、だと思いますが。
ちなみに、この風潮がウケる…ひいては人工的に流行らせることが可能だった理由の1つが、この国の役人の数が『少ない』ことです(誤記ではありません)。少ない役人でガチガチの中央集権国家を維持するには、小うるさい規則を山ほど作って末端に(国民にも、権限のない地方and/or下級役人にも)墨守させる、というのが効率的な手法です。
で、わが『明治政府ver2.2』は、それを手際よく実施した、という訳。国民が役所のことを小うるさく思い、嫌っているのは事実です。だがそれは、役人が単純に悪いせいというよりは、やたら小うるさいだけで効果が少ない(事故米の事件を見たら分かるでしょう)規制・規則を嫌っているのですが…残念ながら、それはマスコミの隠れた検閲によって遮断されていて、国民が見聞することはありません。
(2)視聴率について
いまだに、『世帯視聴率』を用いて放送局の売上を決めていますが、長くはもたないでしょう。テレビ視聴者は(マーケティング用語でいう)F1、F2層が太宗となっています。広告主はこの状況を受け入れてきましたが、そろそろ限界でしょう。
それでも、マスコミに対する不買運動は、結構なことだと思いますよ。おやりなさい。ただ、マスコミに対する不買運動よりも広告主に対する不買運動のほうが、はるかに効率的と思いますけどね。他の事象に譬えると、会計事務所が訴えられるようになったら、急に、企業の決算の不正が減りだしたようなもんです。
大きな影響力を持つマスコミの体質が変わらねば、日本は行くべき方向を踏み違えるのではないかと危惧しています。
よって、マスコミ批判の次はマスコミの体質変換に関する宋さん提案を期待しています。
(ペドロ・ガルシア)
小沢さんの秘書逮捕の問題は官僚機構の一部である検察が一部の正義感の若手検事の先走りで事実とはことなるリークを全てのマスコミが記載し、無知で深く考える能力が殆どなくしてしまった国民が付和雷同で「小沢はやめろ。自民党と民主党も同じ」と言う。官僚きこうにとってこれ程有難い世論はない。
世界で最も社会主義で且制御が簡単な国は日本だけと危機感を募らせています。
すべては「眼光紙背」を持たねば・・・ということでしょうか。
一億総コメンテーター
平和ボケ
※どなたかも書かれていましたが安定を求めてまどろんでいる様
大新聞の「押し紙」
TV局の「視聴率至上主義」
みんな自分たちの都合のいいことばかり考えて、好き勝手やっているってことですよね。
総てに公正さや潔さを求めているわけではありませんが、民意ということでは、まだまだ未熟だと思っています。
このままでよし!とするか、レベルを上げるように精進するのか、それは国民が決めなければならないと思います。
でも仕方が無いことなんですよ。
一つの国や民族が永遠に繁栄することなんてありえないんですよ。
宋さんの言う通り「この程度の国民意識」
なんです。
一度拝金主義に侵されたら終わりです。
宋さんの母国の旧指導者が「21世紀には日本なんて世界地図からなくなる」と言っていましたが,まあもって+0.5世紀ってとこですかね。
私も昔は周りを感化させようとしたが無駄
でしたよ。「何をそんなに熱くなってるの?」「そんなことより仕事で儲けろ」が大多数の国民意識です。
宋も母国の中国の方を何とかするように尽力された方がよろしいですよ。
まあ,日本は私達が存命の間は大きな没落はないでしょうから。
宋さんの意見に考えさせられました。社会基盤が脆弱な国では政府を信頼できないので、結果として個人の能力が鍛えられると思いますが、社会基盤が整備されると、結果として、個人はシステムに依存して個人の能力が衰えてきます。
そして後者が現在の日本だと思います。個人の能力を高めながら、社会基盤も発展させることはできるのでしょうか。
私は個人の精神的自立が大事だとおもいます。そしてそれは、結果の平等ではなく機会の平等を重視する社会規範ができて初めて実現できるのだと思っています。
人生経験の無い若い人達がインストラクターとか何々のプロとか持ち上げられて、その気になって話をしたり書いたりしているのを見聞きするのはもう飽き飽きしています。政治記者もまるでタレントに群がる芸能レポーター並とは呆れました。
日本のマスコミ・テレビはこうして自滅して行くのでしょう
大宅壮一の言葉「一億総白雉化」が確実に進行しているようです。
「マスコミは国民のレベルを代表する」で日本人への痛烈なる激励感謝します。
今日、日本は創造と協調でどのように進んでいくのかを選択する岐路に立たされています。正しい選択のために、正しい歴史認識や自らが正しい方向へと切開く力を養っています。
今こそ、「疾風知勁草」でその力を発揮したいと思います。
今後も、メールマガジン配信を期待します。
仰るとおりです。どんどんこのようなご意見を発信してください。
特に賛成の点、@何かが問題になるとそのことばかりを追いかける。A見識や正しい視点に欠ける(@Aを通じての典型例は個人情報漏えいのこと)Bそれらをマスコミに許している市民の意識・知識の低さ
上野 則男
佐藤光一
でも、それをそのまま受け取って、何も言わない国民にこそ、責任があると感じないとだめですよね。
自戒をこめて、「これはおかしい!」と発言してゆく行動をこれからは起こしたいと思います。
ぼくは使命の欠如だと思います。
マスコミの使命について各社の見解を出してもらえば分かりやすくなると思います。
マネジメントの良く出る逸話で
3人の石工に「あなたは何をしているのですか?」
1人目は「これで食べている」
2人目は「国中で1番腕のいい石工の仕事をしている」
3人目は「ここに聖堂を建てている」
というのがありますがそのレベルの確認が必要だと感じています。
先日証券会社の部長や経営者仲間で食事をしていて、ある外資系企業の社長が、証券の部長に「何屋さんなの?」と問いかけた所、「株の売買」答えられて、みんなずっこけていました。「信用創造」という答えが欲しいところでした。
マスコミの使命についても「正確な情報を収集、配信する事による信用創造」ではないかなと私は考えます。
今回のメルマガも、マスコミの品質問題と、日本国民の踊らされ傾向とを一緒くたに議論しているように思い、少し違和感を感じましたのでコメントいたします。
そもそも「バンキシャ!」が問題になったのは、報道は真実でなければならないという、マスコミが最低限守るべき品質にふれる事件だったからです。これは、マスコミがしっかり自らの襟を正して、企業として作り出す報道の品質を維持しようとしなければなりません。宋さんは、マスコミの品質が悪いのは、国民がそれを望んで買うからだと評されていますが、「バンキシャ!」の事件に限っていうならば、これは品質の悪いものを知らずに買わされた(視聴してしまった)消費者のせいではないはずです。
日本国民が流行り廃りに踊らされやすいのは、自分も含めてそうかもしれないと納得するところもありますが、企業が作り出す商品は、国民が上げる健全な批判や要望を企業が吸い上げ、悪いところを軌道修正し、より良いものが生み出されてきたという日本の物作りの歴史があります。それは報道のような形にしにくい商品についても効果を発揮するだろうと、個人的には前向きに捉えたいです。
現在のマスコミの裏側は、一般人にはなかなか見えないところがあります。宋さんには是非今回のように、マスコミはこんなに品質が悪いんだよと、事実をしっかり知らせていただいて、我々の声を上げやすくしていただければと思います。
前回のメルマガに対して民族差別感情を絡めてコメントしている方もいらっしゃり、「またか」とも思いましたが、メルマガの内容も短絡的な反論が想定できるもの(書き方)だったので、痛み分け(?)かなと思っておりました。(なんか偉そうな言い方ですみません)
で、今回は例として、政治家の発言のあげ足とりや、警察官の飲酒報道を挙げられていましたが、そのようなニュースはワイドショーに任せて、報道としては事象の真相に迫っていただきたいものです。
最近の例で言えば、沖縄県の普天間米軍基地の移設に関する環境アセスメントですが、広辞苑並の分厚い資料(5000ページ以上!しかも、webのご時世に限られた場所にて閲覧)の映像を何のコメントも挟まず流すニュース。
飲酒運転のニュースでは、顔をしかめながら苦言を呈するキャスターもノーコメントです。
最近、ネタに尽きることなく、ますます掘り下げた報道をマスコミで見かけることも少なくなってしまいましたが…
大衆うけするように記事を書かされる若い記者や、パブリックコメント封じの資料を作成させられる若い官僚、あまり意味のない膨大な会議資料をまとめさせられる若い会社員、彼らにそんなことをさせているのは誰なのでしょうか?彼らは何故「NO」と言わないのでしょうか?
社会や文化は受け継がれ、成熟していくものだと思います。誰かのせいにするのは簡単ですが、もっと国内、組織内でのアイデンティティー同士の戦いがあった方が、この国の発展になると感じました。
マスコミだけでなく、いろんな仕事でも「風が吹かなくてもおけ屋が儲かる」。このような社会体制(ひいてはインターネット等の情報の超迅速化)の悪い面が社会全体に出来上がっているのではないかなと思っております。教育の遅れがこれに相乗している風に思えてなりませんね。
自分も含めて、国民のレベルが低いことはテレビに象徴されているとは感じていました。同時にそのレベルを引き上げることができる可能性を持っているのも、現実的にはマスコミしかないのではとも思っていました。前回怒りを感じたのは、サラリーマンではない宋さんさえもがその可能性を否定した、と感じたからだと思います。
国民の一人として、自分自身がレベルを上げなければならないとは思います。でも、それだけで良いのでしょうか?大多数の国民がマスコミに同じ結論を求めているのであれば、それを少しでも変えていく役割は担わなくても良いのでしょうか?
宋さんのようにメディアを通じて影響を与えることもできない無力な国民の一人として私は何をすれば良いのでしょうか?
それがわからず悩んでしまいます。何か方向性だけでも教えていただけませんか。
政治記者と聞いただけで、老練で政治にも社会にも、相当の見識をもった方を想像していましたが、一方的な幻想であった事が判りました。 それならそれで、読者はそれなりの読み方をしようと思います。
後は、幻想を持った方が間違っていたのか、持たせた方がいけなかったのか?の問題ですね?
しかし宋さんのエリート性善説とお仲間擁護は相変わらずですね。(その信念の強さと友情の深さにはある意味敬服します)
以前も宋さんは「「官僚が悪い」という正義が流行っています。」とのたまわれましたが、今回も「なぜ日本テレビのバンキシャが岐阜県役所の不正を誤報したかというと、それは日本のマスコミに「役人は悪」という流行があるからです。」ときました。
そして「なぜそんな流行ができたかというと、日本の国民がそう思っているからです。」ということで、結論として本当に悪いのはマスコミでも役人でもなく国民だともっていきたいのは分かりますが、マスコミも悪いのも、悪い役人が確かにいるのも、流行であろうがなかろうが事実であることに変わりありません。
そのマスコミが日本国民の知性を代表しているなんて冗談じゃありません(笑)普通の日本人はマスコミ関係者よりずっと知的レベルは高いですよ。と言いたいところですが、殆どのマスコミの左或いは民主党寄りに偏向した報道姿勢と、それに影響されている世論を見ると、そうとも言い切れないのも悲しい現実です。しかしインターネットの普及で新聞やテレビの影響力は昔ほどではなくなりましたし、見識ある国民は分かっています。もっと取り上げるべき重要なトピックが沢山あるのに、首相が毎晩ホテルのバーで飲んでいるとか、問題でさえないことばかり繰り返しやっていましたが、狂信的な民主党支持者以外はそれに辟易しています。
テレビでやっていることはドキュメンタリーも含めて7割がやらせだというのが業界の常識だそうですが、私は別に驚きませんし、嘘はつかなくとも事実を隠すということもよくやられていますね。
一例ですがTBSは、あの田母神氏がアパの社長が主宰する「ワインの会」に出席し、そこで核武装論議がなされていたことを大問題のように報じました。しかし民主党の鳩山由紀夫夫妻も同席していたことは伏せ、参加者の記念写真の鳩山夫妻の顔の部分にボカシを入れて放送しました。
私はマスコミに「見識」など求めません。事実を正確に伝えてくれればよい。それがマスコミの義務であり、基本であると思いますが、現実は特定の団体の利益に与するものや、偏向した思想に染まったフィルターをかけた情報をばら撒いています。
ニュース番組でプロレス実況出身のアナウンサーが何を勘違いしているのか、いっぱしのオピニオンリーダーきどりで無定見な私見を披露しているのを見ると、公共の電波を無駄に使うなと言いたくなります。居酒屋での会話と大差ないことしか言えないあのコメンテーターとかいう人たちも同罪です。
ですから政治家のぶらさがり記者が若くても、多少知識が貧弱でも大きな問題とは思いません。上司やベテランの先輩が、いかに多くの言葉を相手から引き出すか、そのノウハウを若い記者に教え、その言葉を一字一句漏らさずに報道してくれれば良いのです。
しかし若い記者に教えるべき先輩たちのレベルが問題なのかもしれませんね。
ということは、日本では記者クラブ制度があって、記者は、抜け駆け(スクープ)をしないように相互に牽制し、発表する側(役所など)も情報の提供を最小限にする。したがって、記事は、各社同じものが並び、ほとんど個性がありません。
独自調査ではないので、記者の署名など必要なかったのです。
独自調査して書こうとすれば、時間もかかるし、事実確認やタブーに触れて批判を受ける危険性もある。
つまり、日本の記者は、新聞者の会社員であって、ジャーナリストにはなりにくい実態があったのです。
辞めればいいじゃないかといわれますが、日本では転職は極めて不利になります。
もう一つ、国民のレベルを反映しているというのも、日本特有の事情だと思います。
日本では、江戸時代に識字率が高く、新聞(瓦版)の読者は一般民衆でした。今の大新聞の読者は明治時代から一般民衆です。一般民衆に興味があるニュースを提供するのが新聞の役割でした。
ヨーロッパでは高級紙と大衆紙は分かれていますが、日本ではヨーロッパや中国のように階級が明確ではありませんでした。
日本では、社長でも、工場でともに汗を流し、社員食堂で食事をします。これは日本の長所ですが、強烈なエリート意識に基づく責任感の面では弱点となっているかも知れません。
ジャーナリストはエリートです。その責任があります。しかし、記者本人にも彼らを雇用している新聞経営者にもその自覚がないのではないかと思います。
これは、日本のいいところであり、同時に弱点でもあります。
インドでは勿論のこと、中国でも伝統的に、心を労する者と体を労する者との間には明確な区別がありました。私はそうした階級意識は嫌いですが、日本のジャーナリストや政治家には社会をリードする者として強い責任感を持ってほしいと思っています。
皆様、結構マスコミ批判をしていらっしゃいますが、自分は今回の宋さんのメルマガでは違った解釈をしました。私も今までは、例えばTV番組でいじめの問題を取り上げ教育が問題だ〜、親が問題だ〜ともっともらしい正義感をぶっているタレントが、別な番組でお笑いタレントをいじると称して“いじめ”をしているTVって何?て思っていて、どちらかというと毎回マスコミ報道については疑問に思い、場合によってはいきり立つことも多かったのですが、宋さんの今回のメルマガを見まして、その自分の行為自体ももっともらしい正義感であって、一蓮托生な行為なのかなって考えさせられました。
眉間にしわを寄せてあるべき論をぶつのは簡単ですが、所詮マスコミも商売をやっている以上は、お客があるわけで、視聴率や部数に踊らされるわけであり、そもそも公明正大を期待する方が間違いだということに気づきました。
大新聞やテレビは公明正大で正義でなければならないといったような根拠のない幻想を持って、その報道に踊らされ、反応する人が多すぎること自体が問題だと思います。踊り、反応する人が多いことがマスコミの商売に繋がっていることに気づかずに・・・
極論的にはマスコミ全体をみんな“東スポ”だと思って見ればよいと思いますね(笑)。冗談ですが、でもそうすれば肩肘はらずにマスコミを客観的にみれるようになるかもしれませんね。もちろん、報道に命をかけている人もいるでしょうし、記事にも本質を捉えるような真実も多くあると思いますが肝心なのは、いろいろな報道や情報が氾濫する中で画一的な報道に踊らされず、本質は何なのかを常に考え洞察できる力量をもつこと、その人数を増やすことが国民全体の質アップに繋がると思います。そのような国民が増えれば画一的な報道番組は敬遠され(やな会社はとっとやめるようにTVも見なければよい)、自然視聴率が下がり、それに対してはマスコミも工夫して質の高いものをつくるようになり、マスコミ全体の質アップにもつながるのではないか、マスコミ批判もありですが、まずは国民全体の質をあげることも大事であると、言葉をかえれば他人批判するのは簡単ですがまずは自分が変わりましょうよ、と宋さんは言いたいのかなって私は解釈しました。
前回では、「この理不尽の裏に『テレビは正しくないといけない』というウソも隠れているのです。」として、「テレビに正しさを求めること自体、商店に交番を頼むようなものです。」と、そして「『報道は所詮そういうものである』ことに慣れることが重要なのです。」と仰っていました。
しかし、今回は「『報道は事実でなければならない』。それは当たり前のことです。」と書いていらっしゃいますが、これらに食い違いがあり、敢えて今回マスコミ批判をすることで論点をずらしているように思えますが、いかがでしょうか。
どなたかも書いていらっしゃいましたが、間違いは素直に認めるべきでしょう。
宋さんは、今までに反省の弁を述べたことがありましたでしょうか。
それから残念ながら、たとえ未熟であろうが堕落していようが、我々一般市民が情報を得る手段としては各種の報道機関に頼るしかないのです。 仮に新聞・雑誌を読まない、テレビも見ない、ラジオも聞かない、インターネットは嘘だらけで信用出来ない、としても、それらの情報から自分なりの判断で取捨選択して、自分の情報とするしかないのです。
また、今の報道記者達が「若くて幼稚」かもしれませんが、若いからこそ、経験が少ないからこそ言えることもあると思います。 いろいろなことに慣れ親しんでしまった我々年配者には見えないものも見えることもあるでしょう。 宋さんが日本人の気付かない部分に目を向けるように。
小生も大手新聞社のグループ会社に以前籍を置いていましたので編集記者の人達を見ていましたが意外とミスも多いですね。彼らは文章を本当に校正しているのかと思いたくなる事も多々有りました。取材先の企業名を間違ったり、新商品の発売時期を間違ったりと枚挙にいとまが有りません。(編集部の壁にはミスを無くそうの標語が有ったり!)外からミスを指摘してもそれに応じることは殆ど有りません。 そんな彼らも記事のノルマみたいなものが有り、その為に記事が捏造されたりしては読者迷惑ですね。 新人の記者は「さつまわり」から始まり段々難しい取材先になるのでしょうが、政治に若者を充てるのは乱暴ですねマスコミは読者や視聴者を馬鹿にしては行けませんね。これは自らの首を絞める行為に他ならないと思います。
マスコミの低級化に対するご意見と同じ意見を持つ人が多くなっているのが現在の状況ではないでしょうか。新聞社、テレビなどマスコミ関係者と話すと、視聴者数、購買者数の減少に対する有効な対策を見つけられないようです。
私は宋さんの指摘する点が、マスコミに対する多くの人たちが感じる点であり、良質な情報を求め、インターネットに情報源を移していると感じています。
これからも、すてきな視点のコラムを楽しみにしています。
『それなら君が会社を辞めればいいのでは。そのほうが早いよ』同感です。
働く場を提供され、賃金をもらっている者の言葉とは思えません。
マスコミ・日本人のレベルがどうのこうのは分かりませんが、『うちの経営者を変えて下さい』などと、どこを突けばこんな言葉が出るのやら。
以前、ソニーの出井CEOもTVで同じようなことを言っておられました。『あなたが辞めれば済むことです。そんなことを考える間にいまのポジションでスキルアップを考えるべきです』
視聴率・購読数獲得でマスコミも大変なんでしょう。しかし、見たい番組は確かにあります。読みたいコラムも確かにあります。それでいいのではないでしょうか。
宋さんの視点は好きです。刺激になります。次回も楽しみにしております。
結局同僚たちはただ理想?が高く、全て会社の決めごとで自分たちは動くんだ。そしてそれは自分たちが決めて責任は会社が。という矛盾した内容でした。酒飲みながら5人の人間と熱く語り合い、2名が会社を後にしました。宋さんの言ったことと同じで、この会社が嫌なら別の会社で働けばいいだろう!と言うのが極論であり、それしかないのです。会社は社員を拘束してるわけではありません。社員が会社を選び、そこで会社を助けてくれるから給料という形でお礼をしているわけで。僕は今の若者に本当に夢や希望やガッツがあるのか不安になります。聞いたことが自分の知識になり、行ったことはない人間が増加する日本に憤りを感じずにはいられません。根気よく話し合ってみます。これからもがんばってください。
これは10年前までは非常に素晴らしい洞察でしたが、
インターネットユーザーが増えてきた昨今では当てはまらなくなっていると思います。
今までマスコミは政治化批判、官僚批判、公務員批判をすれば視聴率が取れていましたが、
インターネットの登場で多面的な物の見方が出来る人間が増えた為、
マスコミの意見と大衆の意見が徐々にずれてきていると思います。
つまり、マスコミより大衆の方が賢くなっているように感じますね。
これからはマスコミ各社にも多面的な物の見方が要求されるのではないでしょうか
おっしゃるとおり、レベルが一致していると思いますし、それを支えているのだと思います。
そして、その原因は我々日本人が、『本当には』自分で物事を考えていないせいではないかと考えます。
(自分も含めて)TVや新聞で見た記事なりコメントなりを、そのまま受入れて、さも自分の考えのように理解し、話していることに気付かないままでいるのだと思います。
なかなか困難だと思いますが、生の情報から判断したり、自分で掴んだ事実に基づいて考える癖を付けることと、他人と違う意見を戦わせる癖をつけなければと思います。
後藤 茂樹
確かにその通りですがセーフティーネットの整ってない日本では職を失う事は自殺行為に等しいのです。
マスコミやメディアのレベルが低いという意見には賛成です。
ご意見、ごもっとも、と思います。
私見ですが、大新聞など、政局話に観点が偏りがちな気がします。
そうした政局話の定番で、「○○の料亭で××が集まった。その時、ZZは苦めの茶をすすり、はき捨てるようにこう語った。」みたいな、さも見て来たような話、あれなんなんですかね。。
さも当たり前のように書いてますが、取材手段も情報ソースも明らかでないですし、はっきり言ってどんなレベルの情報なのか全くわかりません。
そんな芝居じみた脚色はどうでも良いので、ただ新聞社として把握している情報と、その情報の信頼度を読者が判断するに足る事実(情報ソースや取材手段)だけ述べてもらえれば良いと思うのですが。。
情報ソースも取材手段も明らかでないまま、どこどこの料亭で誰がどんな表情で、みたいな芝居じみた話がたれながされているのは、どう考えてもおかしい気がします。
それから大手新聞の多くは、具体論に欠けている、という共通した致命的な欠点があるように思います。
言ってることの結論が、情緒的なものしかない場合が多いように思います。
政府がこうだ、行政がこうだと言ってみて、困ったものだ、国民は憤っている、みたいなことを色々言ってみて、それが今の日本の「病理だ」(病理って具体的には何だよ!?という話です。。)、我々は国民様の味方です的な情緒的なことのみ述べ、さて自身どうすべきかという見解が何も無い、ただ今の日本(政府)は困ったものですね、国民はこれではたまりませんね(Nステですか。。!?)、という場合が多いように思います。
その点、日経は別格だと思っています。
経済、という一定の見識に基づいて意見を発表する、ということにもよると思うのですが、多くの記事が常に記者自身の見識を踏まえた上で述べられているように思います。
またその見識も多くは、経済新聞の故と思いますが、経済学なりのかなりの程度確立されたバックボーンなり、最低限の基準を規定する知識体系なりに基づいたものであるように思います。
その点、○日新聞とか、毎○新聞とかのように、なんとなく「国民様の見方です」的な「情緒的なもの」を主なより所とする大新聞と比べた場合、やはり少なくとも具体的なレベルで議論可能な知識体系をバックボーン・判断基準として持つ日経新聞は、私の感想では「別格」な気がしています。
そして日本のある程度やる気のあるサラリーマンのほとんどが読んでいる新聞は、日経新聞と思います。
(これは駅の売店に置いてある数ですとか、電車内で見かける数などでそのように判断しています。圧倒的に日経新聞が多いです。朝日、毎日はほとんど目にすることがありません。たまに産経新聞を目にしますが、あまり賢そうな方で無い場合が多いような気がします。(~_~;)また日経は金融関係の職業の人たちにとっては必読のものでもあります。。)
そんな訳で、大メディアの怠惰と安直な偏向、クソ食らえ!という事には大きく賛同しつつも、日経新聞は大好き、という話でした。
ただしかし、残念なことに政局話の「さも見て来たような話し振り」は、日経新聞の政治欄でもあまり変わりないです。。
それから日経新聞は、経済という事に主眼を置いているせいか、あまり「独自取材で何々を暴いた!!」的なものは少ないような気がします。
具体論に欠ける情緒的な政府・政権への批判、揶揄的論調も害悪とは思いますが、「独自取材で何々を暴いた!!」的なものも、マスメディアの重要な機能の一部かとは思います。
そんな訳で、私は日経が大好きですが、ある程度良し悪しいの部分もあるのですかね、という気がしています。
今回の小沢民主党代表の報道では、NHKを筆頭に、マスコミには事実を報道する意思があるのか・・? 悪戯に、検察のリークを権力の手先になって報道しているだけではないか・・? 結果として、世論は権力側の思惑通りに形成され、それがまた報道され、世論が再形成される。
国民は、そのことを洞察して、権力にお灸をすえるくらいの賢明を持てばいいのに、とも思いました。
もうひとつ、ラジオを聴いていて、みのもんたが、わかったような政治への口出しをしていた。 あの忙しさで、政治への正視眼を持てないことは已むを得ないとしても、その視点から、マスコミを使って、そのレベルから発信発言することによる、世論形成の大きさを考えると非常に大きな影響がある、そのことに責任を持つべきではないか・・? と思った。
ここでも、国民は、正視洞察力をもって望みたいもの。
宋さんは幼稚という言葉を頻繁に使いますね。
20年以上、中国から離れて暮らしても儒教式君子意識のようなもの抜けないんじゃないですか?
それと、百度新聞で"日本"で検索してみてください。下品極まりない、異常と言って良いほどのニュースがかなりあります。これも中国のメディアとそれを支える人民のレベルなんですか?
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/
記者なく日本人そのものが疑問に思う事が多く有ります
最近私の娘が交通事故の被害に遭いました
加害者、加害者側の「あ○お○損保」の担当者ともに 本当に困っている被害者を助けることをせず、車も修理されずに10日目です。保険の目的は一番弱い、困っている人を助けるのが目的ではないでしょうか?
日本人の正義感が無くなってしまったのかと思うと、薄ら寒い世の中に淋しい思いをしています。
アメリカ?
イギリス?
まさか中国?
「それとも世界中のマスコミが悪くて、日本もそのなかのひとつだ」ということ?
記者の質問で私が最もあきれたのは、数年前当時の小泉首相が靖国神社に参拝した後の質問で”さい銭はいくらでしたか”と聞いた記者がいたことです。
バラエティ番組の司会者と同じ質問しかできないのか、と憤懣やるかたない思いでした。
また最近のマスコミは皆で渡れば怖くない、そのものになっていると思います。事件或いは政治に関する報道でも他社の内容を横目で見ながら書いているのではないかと思うくらいに通った記事ばかりです。政府高官・検察からのリーク情報をそのまま記事にするだけで独自の取材、判断は無いのかと腹立たしくなります。
ロシアの外交は、それぞれの国内での、成果が
外に現れているにすぎないと思います。
全く同感です。新聞記事の中には記者の知的水準を疑わせるものがあります。テレビの報道番組の中にもキャスターや制作スタッフの知的水準を疑わせるものがあります。テレビに登場するエコノミストや経済学者の中にも知的水準を疑いたくなる方がおられます。いつの世でも、どの社会でも「賢者」の数は限られているので仕方ないのかも知れませんが、、、
そういう国民性なんですかね。宋さんが言ってることもそういう国民性に起因してるんでしょうね。同じ日本人として、なんか情けないです。日本人辞めようかな。どうやったら中国人になれますか?
でも、宋さん、反論してくる人の方が好きでしょ!分かりますよ。俺には。フフフ
いつも拝読しております、今回の記事が特に、日頃から私自身が感じてきた、正にそのとおりと言いたい気持ちです。12兆円もの無駄な税金を使われても、政治改革意識の低い多数の国民による選挙行動がバカな政治家を国政に送り込んでいることを子や孫に申し訳ないばかりです。国政も一度パラダイムシフトが必要なのかもと思います。その為にはやはりマスコミの報道は重要極まりない訳で、海外からの派遣記者の論調は参考にすべきところが多いように思います。社会で起きたことに対する分析に一貫した論理性を感じています。彼らの視点をクローズアップする手段があればなあという気持ちでいます。
記者が責任を持って伝えたい事実を報道して欲しい。
その報道の取捨選択は我々にあるのです。
いつも、拝読するのを楽しみしております。
今回、初めてコメントをさせて頂きたく思いました。結論から申し上げますと、今回の記事に対して、私自身の所感との類似していると認識しました。昨今のマスコミの報道の単調さ、受け手重視の迎合ぶりには辟易していた上に、国政の重責を担う二大政党の記事のレベルの低さには呆れていた感がありましたが、(その調査方法は寡聞にして存じ上げませんが)支持率の反応を鑑みても、一つの問題に対して、国民側の支持率の変動がマスコミの報道に迎合しているように過敏すぎるのではと認識しております。情報は多ければよいのではなく、また処理する側の能力が試されていると個人的には考えておりますが、政党・政治を批判するだけでなく、個人がマスコミの情報を鵜呑み・左右されず、個人としてどう考えるか判断できることが重要だと考えております。
朝日新聞の社長になった編集局長に、私が同じ質問をしたとき、結論は次の通りでした。
1)記者が20代になるのは、夜討ち朝駆けに頼る日本新聞の慣習と、給料を上げるため記者から管理職に引き上げざるを得ない。
2)新聞の経営が広告に頼っていて、広告主は新聞が大量に売れることを望み、新聞の大量販売には刺激の強い記事が必要です。
先の報道を見て思いましたが、彼らが何のためにそんな事をするのか?疑問だらけなのにどの局も答えの材料をくれない事に苛立ちを覚えました。表面的な騒ぎをお祭りよろしく伝える事でバラエティ同様視聴率を稼ぐだけの乏しい内容であれば見るだけ無駄だと思います。
最近なりを潜めている裁判員制度施行を前に重大事件の報道もなりを潜めています。これは情報操作ではないかと疑うのは私一人でしょうか?勘繰れば小沢さんの一件も国民の目を政治の泥沼に引き寄せる為の巧妙な茶番かもしれないと思ったりします。
かつて隣のK国で騒ぐ学生を骨抜きにしようとした珍妙な政策がありましたが、国家安康300年の計にかかったこの国は、誰が望んだわけでもなく自ら骨抜きになろうとしています。
新聞のみならず、日本の一流企業で働く人すべてで同様のことが言えると思います。いろいろな経験なくして、公平なものの見方は出来ませんし、相手を思いやることすらかないませんもんね。
本当に力のある人たちが、高いレベルで仕事が出来るようになるには どうしたらよいのでしょう?一部上場企業は、新卒者を採用できないようにする(3年もしくは5年以上現場で働いた人以外の採用を出来ないようにする)と言う手もあると思うのですが、乱暴かな?
「その空気が嫌なんです。」
私もそう思います。その「空気」が私には合いませんでした。ですから、私は大学を卒業した後、日本を出ました。周りからあきれられましたけど(笑)。何を考えてるんだって。
縁あって、東南アジアの国に移住して10年。異文化の中での生活は、自然と私の視野を広げ、それは外から日本をみることにも役立っています。何かを体験することは、情報から得るものとは全く違います。
体験することによって、自然と自身の意見というものが生まれると思います。記者の皆さんも、本当は何か別のことが書きたいのではないでしょうか。
宋さんの指摘する「空気」が、そうさせないようにしている原因のように思えてなりません。
記事のご意見に賛成です。
取材対象に対して上からモノを言う記者、バラエティ化するニュース、騒ぎ立てて人気を功を取らんとするコメンテータ、嫌気が差します。
ただ、これが世間の風潮なのかなと諦めを持ってしまっています。テレビなんて酷いもの。主な視聴者は小中学生だから、その嗜好のレベルに合わせなければ広告費は稼げないんだろうなと考えてしまいます。
世間の無関心が政治や新聞の頽廃を招いたとは思います。今こそ起つべしというのが正しい姿なのでしょうが…
中国の豪腕記者ですら政治家には一応敬意を払い、言葉を選びます。
本当に情けない。まるで喜劇です。
こんなマスコミによく民間企業が広告費を払いますね。
マスコミだけではなく政治に始まり全てが国民のレベルの現われだと思います。
マスコミのように即効性の強い分野もありますが、時間を隔てて発現するものもあり未来の人たちに少しでも良い「国家」という環境を提供できるように頑張りたいですね。
しかし、疑問なのは、そんな不誠実で内容の薄いテレビ番組に出演して、収入を得ていらっしゃることについて、宋さんはどのようにお考えなのですが。
報道ということではなく、バラエティーとして、フィクションを楽しむ番組の出演者として、ご出演されているのでしょうか。
「マスコミのレベルとそれを支えている国民のレベルだと思います」と指摘されていますが、宋さんも間違いなくそのひとりですよね?
その点について、コメントをお願いします。
どこの報道も記者クラブに出てきたことを
そのまま報道しているだけの御用聞きなので
コストの安い20代がやっているだけでしょう。
記者クラブがなくなったら若い人では無理でしょう
私は10数年海外で働いていましたが
昨年より家業を継ぐ為に帰ってきました
思った以上に酷い状況である日本という国
ここに住む人達の慣習など
長年蓄積されている問題は多くて
日々、おかしな慣習と老害と笑いで済ます
同年代の大人達と日々闘っております。
まだ、日本の未来はどこにあるのか
私には見えません。私たちがこれからの
中小企業を作るのだと
意気込んではみたもののまだまだ壁は多く
これからもどんどん指摘してください。
楽しみに見ております。
最近のテレビは本当に見る気がしません。真実が何なのか、「新聞では・・・」とかニュース素材くらい自分で探してこいと言いたくなります。
派遣の問題も、ものの本質(雇い止めは悪くない)を見ないで、雇い止めばかり悪く言うが実は、法律違反はしていないのに、感情論が先に立ち「派遣の人はかわいそう・・・」が先に立った報道ばかり目立ちます。
何が問題なのか、議論された報道は皆無でした。そういった意味からも、先生のものの見方は、目から鱗です。これからもどんどん意見をいて欲しいと思います。がんばってください。
現実は自分の目で確かめたものでないと本当のことはわかりませんよね。
細田さんのまわりにいた若い記者たちを実際に見たら、だれでも「政治家を相手にする記者があんな若さで良い」とは死んでも思えないでしょう。
ヤラセや、明らかにターゲットを稚拙なモノとして扱うコンテンツが多いのは同感します。それを消費して、一時的には愉しんで、しかし信憑はしない・・・これがコマーシャリズムの一手段なのかもしれません。
○○新聞の記事が、例え記者の署名入りで掲載されても、それが全て事実だと証明するのは困難でしょう。もう受け止めて側の情報センスの問題です。
主観ですが、インターネットの発展が良い影響も、悪い影響も及ぼしていると思います。理由は、あらゆる情報に対して、即時性と匿名性を高めてしまった功罪があるからです。
これじゃだめですね。宗さんの意見に共感しました。あと私が危惧するのは放送と言う電波を利用して下品な言葉を使ったりパンツ一枚で踊る馬鹿な芸人に腹が立ちます。日本人の品格を下げるひとつです。もっともっと放送協会で取り締まって欲しいと思います。宗さんはどう思いますか?
毎回メールマガジンの内容に対し、色々と考えさせられるのを楽しみにしております。
今回は宗さんの本文より、米倉誠一郎教授の杤迫篤昌さんを創業に向かわせた話に強い感動と共感をし、自然と涙がでました。
私自身の何かをする動機や原動力は失敗や後悔からが多く、それを元に成果を上げてはいますが、成功者の後悔の「こ」の字も無いような前のめりで前向きな話や、それに賛同・共感する意見を聞くと、自分は根本的に何かが間違っているのでは?と悩んでもいたので、凄く救われました。
これからも、楽しいメールマガジンをよろしくお願い致します。
バンキシャ内で嘘証言があって逮捕までいったことと、政治の記者が若い事は関係するんでしょうか?
また、マスコミが不作為のミスで責められることに憂いをもったことと、サラリーマン化した記者という職業のレベルが落ちていると感じることは関係するんでしょうか?
記者がサラリーマンであることは、50年、100年前からかわってないのではないですか?今に始まったことではないのにと思いました。
「報道は事実でなければならない」
これは理想論。
「報道は不作為により、事実でない場合もある」
これは、たとえ善意の報道者によっても、必ずもたらされる現実。
「報道は、時代、状況、人的思想により作為的にもなりえる」
これは、歴史も示す、できれば避けたい世俗の現実。
>しかし、問題の本質はマスコミのレベルとそれを支えている国民のレベルだと思います。
私は、結局「なんだかわからないけれども、みんなが全体的に悪いんです」という今回の結びの言葉に、、
(前回最後の段)
>あれこれを怖がって最後に皆で実態不明な空気を読む、検察も政府も自治体も個人も。これが今の日本ですね。
と、いう結びの中の『日本』には、宗文洲氏も、、日本人ですから当然やっぱり私も、含まれざるを得ないんだな。という気分です。
針治療くらいの刺激だったけど、本当は諸手を上げて同意できればよかったです。
まさか、こっちの捏造はケシラン!なんて言わないでしょうね!?
勤続25年の銀行員(男)です。
今年50歳になります。
仰るとおりです。わたしは同じようなことをずいぶん前から感じていて、絶望してしまって趣味の世界に隠遁しています。くだらない話ですが、政治記者とスポーツインタビュアー、聞くべきことが訊けてない点、同じですものね。