先日の香港の大衆紙の一面に「アメリカ、二年後に破産」という大きな記事がありましたが、その時、香港がどうなるか書いてありませんでした。中国の温家宝総理がアジア欧州首脳会議の場で「百年に一度の危機」と言いましたが、それはグリースパン氏の言葉の受け売りであることは言いませんでした。
日本。経営者に会うたびに景気が悪いと聞きます。銀座の店のオーナーは口を揃えて戦後最悪と言います。評論家達は全治五年と言います。
私も今の経済は厳しいと思います。私もアメリカは弱体化したと思います。私もしばらく明るいニュースがないと覚悟しています。
しかし、私は昨夜も好きな友人と心行くまで語りました。今朝もジョギングの途中で瑞々しい花と出会いました。この週末も子供たちと大好きなハイキングに行きます。
ボーナスが減りますが、物価も安くなります。高級品が売れなくなりますが、ドンキホーテやニトリが繁盛しています。資産家の資産が激減するが、世の中の格差がこれで縮小します。
不況でないと解決できない問題があります。売上げが激減した時、初めて営業改革に着手する経営者が多くいます。倒産の危機に瀕して初めてリストラ(事業再編)のコンセンサスが得られる企業はたくさんあります。首切りが増えて初めて自分の会社に愛着を感じるサラリーマンも少なくないでしょう。
不況は誰かのせいではありません。皆のせいです。危機は誰かを狙ったものではありません。皆が被害者です。後ろ向きになるのは後ろに魅力があるからではありません。前にいく勇気がないからです。
中国語には「皆は五両なら私も半斤」という諺があります。「皆で一緒に減るなら自分の被害も実際にない」という意味です。皆が被害者ですから、相対的にいえば被害者はいません。
不況と危機の時こそ明るくいたいものです。皆が内向きなる時こそ外に向きたいものです。良い時も悪い時も我々が生きているのは「現在」しかないのです。終わったことを変えられる世の中は面白くないはずです。常に今に新たなスタートを切り、行動を起こす人が将来を制します。
希望がもし将来への望みであれば、今ほど希望が持てる時はありません。なぜならば「世界に終わりが無い」からです。
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確かに宋さんのおっしゃるのは「首切りにあわない」人であり、「首を切られた」人は所得を失う上に、不況下で雇用機会もありません。
昔、昭和恐慌の下で行われたのは資本の集中化です。今とは違うとおっしゃるかもしれませんが、富の持たざるものにとって過酷なのは変わりないと思います。
私はついこの前2,3年間まで収入が100万円以下で過酷な生活でした。今はやっと人並みの生活をしていますが、とても楽観的には生きていけない気がします。
宋さんの日本語力にはいつも感心させられます。
読みやすいところが素晴らしいです。
今回の不況に関するご意見、激しく同意します。
アメリカには身の丈に合わないなりたがりの金持ちが多すぎると思います。
今回のアメリカの不況では、実際は払える見込みは無いのに家を買った人が豪奢な家から追い出され、大騒ぎになっています。
主婦向けの雑誌のコラムでは、週一のネイルサロンをやめた私はえらい、とか、家中の電球を節電のために蛍光灯に変えたために「ガソリンスタンドのお手洗いみたいになってしまった」と文句を言っていたり、そんなことも簡単に譲歩できないのかとあきれてしまいます。
宋さんがお話のように、不況でもできることはあるし、不況だからこそできることもあると思います。
変なぜいたくが得意なアメリカ人は、レストランでの食事もいいけど、家で作って食べる食事もおいしいということに気付けばいいだけの話だと思います。
概ね近いのですが、少し違う視点というのが議論をしているようで惹かれるのだと思います。
今回は、一点だけ「少し違うなぁ。」と思いました。
確かに書かれているように「皆の所得が減り、価格も下落する」のですが、既に偏りが存在するのだということです。減るのが同じであれば、中・低所得層への打撃が大きくなる傾向にあるのです。
売値を下げて利鞘が減るイメージで、可処分所得の減少の割合がまるで違う傾向にあるのです。
サブプライム以前に景気が良かったかの印象がありますが、その当時も問題と言われてましたが、格差社会で「富裕層の景気が良かった」というのが実際に近いのではないかと思います。
会社経営層からすると、経費削減の最も手の付けやすいところで「給与削減あるいはボーナス減」となることは避けがたいのでしょうが、これは「内需の減少」に繋がります。この層の割合が大きければそれだけ内需が減り、悪循環になってしまうのです。
格差が更に広がるリスクがあるのです。
温家宝総理の発言もそうですが、最近気になるのが、人の意見や紙面に書かれたことを鵜呑みにする人が増えてるような気がするのです。社会・経済が複雑化する中、わからないことが多いからこうなるのでしょうが、わからないなら「わからない」と言わないと逆に混乱してしまう気がするのです。
「戦後最悪」「全治5年」・・・これらの根拠を挙げれる人がどれだけいるのでしょうか?そういうシナリオを漠然と作ってイメージすると、確かにその通りになるかも知れませんけど。
日本の戦後の復興を海外からイメージできた人はいるでしょうか?
日本国内で、強く復興を信じる人間が居たからこそ出来たのではないでしょうか?
「戦後最悪」はまだ良いとしても「全治5年」と言い出すと、逆に「5年間通り過ぎるのを耐える」という発想が出てきたりします。そうではなく、自分達で「どうやって回復させるのか」に知恵を絞るあるいは協力し合うことが大切なのです。
そういう意味で、宋さんの書かれている「悲観的になることはない」という視点を持って、自分の状況を現実として判断してポジティブな将来像を描くことが大切だと思います。
厳しい社会環境の今、苦しいのは皆さん同じと思えば、少しでも早く、新たな挑戦、目標、ゴールを目指して頑張りたいと思います。精神論ではなく、目標がある自分には、具体的計画、実行の第1歩が大事だと痛感する、針を刺すようなコメントでした。
前にいく勇気がないからです。おっしゃる通り。
先行きが読めない時代。よく考えればいつでもそうだった。過去のことはわかっていたような気がしただけ。いつでも先行きはわからないもの。当たり前のことが当たり前に言われだしただけ。
先行きはわからないが、アメリカも日本もそのほかの国々もなくなるわけではない。
勇気を持ってスタートをきりましょう。
わかってはいるがそれが出来ない事がつらい。
お金に執着している人たちにとっては厳しい時期かもしれませんが、今こそ正直者こそがまっとうな生活を営むことができる時代への試練、“揺れ戻し”の時期なのかもしれませんね。
うつむいて歩むより、希望を持って歩みたいと思います。
不景気には加害者も被害者も居ない。被害を受けるのは金持ちも貧乏人も同じ(ただ、貧しい人、持たざる人の方が深刻です。この点を見過ごしたら粗論になりますが)という視点は、とても新鮮です。
こんな時こそ、企業は営業力を強めたり、思い切ったリストラ(単に人員削減ではなく、本来の意味での事業再編と強化)を行うチャンスだというのも、その通りです。
昔、不況の時こそ設備を含め投資のチャンスだ、と言った経営者が居ましたが、ピンチをチャンスと捉えられる人、常にピンチに備えて行動できる人が、物事を成し遂げ、成功する人なんでしょうね。
理屈は分かっていても、平素、それが出来ないのが万人なんでしょうが。
本当に良いことを仰いますね。「世界に終わりはない」を読んで全くその通りだと思いました。宋さんの読者広場をいつも愛読していますが、常に物事を一歩踏み込んで捉え、それを表す力の高さに感服しています。
とてもためになります。
多くの方が宋さんのメルマガを読まれると良いと思います。特にメディアの方々の目に触れるようになれば良いと思います。
メディア業界の人たちは偏ったり誤った見方をすることが少なくなく、日本を悪い方向に導くことに大変に貢献しているのですから。
彼らの共通視点は@弱者迎合、A成功者・有名人への妬み、B出る杭(くい)叩き、C大局より枝葉末節に焦点を当てる、です。
最近の典型例は、麻生首相のホテルバー利用批判。これらの報道で首相のモチベーション(やる気)は下がり、それが国政へも微妙に(大いに)影響するはずです。その結果は・・・?誰が受けるのでしょうか。国民ですね。メディアは無傷です。
どうすればメディアのペン先を日本を良くする方向に向けさせることができるのでしょうか。
宋さんのブログを読むことで少しは考えるのではないでしょうか。今後も宋さんのご活躍をお祈りします。
尚、このコメントは宋さんへのお礼と激励ですので、開示は希望しません。
高木
ここのところニュースを見れば「不況」「不景気」の単語のオンパレード。確かに客観的に状況をみるとここ数年なかったような厳しい状況ですが、なぜマスコミは「回復に5年かかる」とか「過去百年で最悪」とか根拠に乏しいことをそのままメディアに流すのでしょうか?
確かに実状は実状としてとらえなければなりませんが、不景気なことなど、普通に仕事をしていれば身をもって感ていますし、あえて強調して不景気感をあおる必要はないと思います。一般投資家が不安を抱くようなイメージだけの情報を流すことは不景気感を増長することになりかねません。
今は乱世の時代に入ったのだと思います。
乱世の時代には下克上もあれば革命もあります。これまで権力に胡坐をかいていた人たちが既得権を失い、新しい価値観が生まれ、新しいビジネスが台頭する時期でもあります。
マスコミには「こういう時だからこそ」という報道をして欲しいものです。
しかし、最近の政治家には腹が立ち、いらいらする事ばかりです。自民党は言葉だけで改革実現が出来ない。民社党は党利と党略ばかりで国民のことなど口ほどにも思っていない。後は烏合の衆と言わざるを得ない人物ばかりで。もう一度、「小泉首相を実現して大鉈を」の意見が国民にあるのもわかる気がします。その辺の一刀両断の意見も聞きたいのですが。年収300万以下が50%近くも閉める
現状。それでも1億円以上の高級住宅は売れているのは何故。格差は確実に広がっていると思います。悲観ばかりせず前向きに生きていくことは大変重要です。同感です。自然を愛で、美しさを愛で、健康を感謝し、家族に感謝し、友達に感謝し、今日を暮らせて生きていることに感謝している此の頃ですが。
お早うございます。
今回ほどスッと胸のつかえが取れたのは、今までの多くのコラムの中でも初めてです。原理原則を公明正大に適語表現されていると感じます。逆にこれを読んで”揚げ足を取る”のは如何なものか、大変疑問に感じるのも事実です。
絶対か相対か・・・にフォーカスして良く考えてみると判り易くなると思います。
或いは”絶対値”なのか”相対値”と言い換えてもよろしいでしょう。
私は営業職をしていますが、不況・不景気(ちなみにこれは”相対的”なものさしです。わかりますよね?)をさほど実感しません。不況だから売れないのでは無いからです。売り上げ全体の構成を見れば、もちろんマクロ経済の動きに連動ないしは、やや遅れて追随する部分はあります。
ただ”正比例”には決してなりません。
そのギャップは各人の営業努力であり、企業(セラー)の取り組みです。
私生活でも不況とあまり感じません。自家用車を十年手離しているせいもあるでしょう。共働きというリスクヘッジも影響しているでしょう。以前は自営業でしたが、今は被雇用者であり、営業インセンティブ部分を除けば基本給はほぼ安定(もちろん未来永劫なんてことは万事においてあり得ません)しています。
それよりも悲しいのは、他人のせいにして努力を怠ったり、更に始末に負えないのは他人の足を引っ張る輩でしょう。
不景気で格差が広がるか、縮まるか定かではないでしょう。”格差”も文字通り相対的な概念そのものですし、数値化できる明確な定義を持たない以上、誰も正しいか検証出来ません。それを議論しても無意味です。
ただし、前述のような人が、不況時には増える気がします。結果自滅方向へ自ら導き、格差が広がるかもしれません。
宋さんのように、ジョギングやハイキング、自然に生かされているという事実や美しい景色に目を向けるのはとてもいいことだと思います。
妙な経済書など読んでも数字や結果は上がりませんが、心のリフレッシュは、本人のやる気を蘇らせ、確実に良い方向へ向かう効果があります。
宋さんのコメントには生活している人のたくましさを感じました。ジョギングやハイキングの生活、貧富の差のないことを願う気持ちを感じました。そんな観点から、この危機を見るのは素晴らしいことです。
時の政府は日本経済を強くするために、資産階級を優遇しました。自由経済のなかで資金が重要な将来の日本のために使われると期待してのことだと思います。しかし余裕のあるお金はそのように使われたのでしょうか、金融市場、とくに米国の信用膨張に使われて、仕事のない人でも家をもてるという誤まったアメリカンドリームを描き出して、愚かな戦争から目をそらす役割を果たしてしまったように思えます。
かねてから、資本主義は新たな事業を起こしたり、新機軸の生産に投資するという側面ですぐれたシステムであると感じておりました。その反面、富の分配にかんしてはどうも欠陥があって市場の論理だけでは不十分で、人為的なあるいは計画的な統制の必要なシステムではないかと考えておりました。
しかしながら、余裕資金が新しい投資機会に回るのではなくて、盲腸のような金融市場での投機に回されてしまったように見えます。虫垂炎をおこして本体がおかしくなってしまったのが今の状況でしょう。
しかし今回の経済危機はあたらしい世界の到来を予測させてもくれますね。
巨大な生産設備や莫大な研究開発費が必要なセクターだけではなくて、お金がなくても、本当に価値を感じることのできるセクター、工芸や美術、相互扶助のためのシステム、価値のある情報の生産にみんなのエネルギーが集中するような時代の到来です。
鉄道や大きな工場から始まった資本主義からもっとたくさんの人がジョギングやハイキングの楽しめる、飢餓のない世界にすこしだけ風がかわりつつあるのかな、あるとよいなと思いました。
残念ながら、日本も小泉氏がそのブッシュの前でプレスリーの真似をして機嫌を取ってみせる幇間を演じ、いまだに追い出すたびに日本国民として顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしています。ブッシュの失政のおかげでイラクでは大量破壊兵器がないにも関わらず、フセイン政権が崩壊させられ、多くの国民が殺され、アメリカ兵も多数死傷し、国力は疲弊し、一方北朝鮮は核兵器保有国として認められ、拉致問題は無視されました。バイオ燃料政策を打ち上げ、穀物を高騰させ、金融市場開放で原油の価格を投機的に吊り上げ、貧乏人に返すあてもないのに家を持てると金を貸し、それをデリバティブとしてミンチ状態で世界各国に売りさばきました。インベストメントバンクの連中は法外な給料を手にしました。その結果として確かに多くの人が貧しくなりましたがそれを全体で享受する前に間違いを正さなければいけません。アメリカは白痴に懲りて日焼けしたオバマを新しい大統領に選出しましたが、本当の苦しみはこれからです。われわれ日本人も正しい日本語もろくに読めない総理に退陣を願わなければ何も始まりません。
不幸を分かち合う前にキング牧師のように非暴力で戦わなければいけません。フセインは殺されましたがフセインはフセインオバマによって復活しました。我々も戦う時だと思います。
そして、「悪いよね?ね?ね?」という会話にも。
みんなで悪い悪いと言っていては、傷をなめあっているようでは、みんなで一緒に沈んじゃう。こういう時こそ、顔を上げていかなければ!
でも、日本人は雰囲気に流されやすいので、”気分不景気”が心配です。
私の考え方は宋さんに近いところが多いですが、宋さんの方がよく整理されています。
失礼な言い方ですが、現代の中国で育っていながら、これほど現在の世界の本質(資本主義を含めた)を見抜いているとは。
今回のご意見も大変すばらしいですし、おっしゃる意図はよくわかりますが、今の状況の中でもっともチャンスがあるのは俊敏な金持ちです。世界大恐慌や日本の大恐慌で資本の大集中が起こり、莫大な財産を作った人たちはたくさんいます。敗戦後の日本でも同様です。
でも、宋さんのおっしゃるとおり、金持ちでも貧乏人でも、いつもこれからですし、希望を持ちながら、日々の生活の中で感動を見つけて生きて行きたいと思います。
宋さんの社会情勢の捉え方は非常に参考になりますし、感銘を受けることが多く、感謝しています。
今回の記事は、景気が後退しても、行動は前進させなければならないことを強く感じさせていただきました。
希望を胸に前向きに進もうと思います。
『試練・チャンス』と前向きに考え、アクションを取るか、『苦悩・危機』と後ろ向きになり嘆いているだけか、結果は大きな差につながると思います。
とは言いつつも、常に気持ちを前向きに保つのも一苦労ではありますが(笑)
少なくとも、自分の周りの皆には暖かい雰囲気を伝えられる存在でありたいとは思っています。
良いときでも悪いときでも状況が変わらないなら、泣いているより笑っているほうが、ずっと得ですよね。
顔で笑って心で泣いて、という言葉があります。大屋政子さんが「悲しいときに泣くのは簡単だ。私は悲しくてもつらくても、いつも笑顔でいた」とおっしゃっていました。笑顔で周囲を明るくすることは大切です。
10年前の金融不況からようやく抜け出し、これから回復という中小企業。その矢先の今回の危機。今はただ嵐の過ぎ去るのをジーと待つしか無いのか。早く終わってほしい。
嫌なニュースばかりのこの頃、とにかく努力だけは怠ることなくやって行こうと思っている。
10年前の金融不況からようやく抜け出し、これから回復という中小企業。その矢先の今回の危機。今はただ嵐の過ぎ去るのをジーと待つしか無いのか。
嫌なニュースばかりのこの頃、とにかく努力だけは怠ることなくやって行こうと思っている。
世界との貿易で食って行くしか無い日本ですから、縮こまっていては先が無いのも事実。この変革期をチャンスに換える意欲が必須なのには同意です。
私は不況のニュースをあえて見ないようにしています。今から給与が少なくても残業を少なくする働きかたをするために転職を考えています。私も今を大事に生きたいと思います。
日本の経済成長は、あまり期待できないかもしれませんが、近隣の中国、インドなどアジア諸国は経済成長の軌道に乗り、成長率は多少鈍るにしても、成長を続けるはずです。
その活力と成長性を取り込んだ企業や産業は大いに期待できると思います。
日本が所在するアジアは成長軌道にあるのです。それを洞察し、適切に対応できる企業家、政治家が多くなってほしいと切実に思います。
ガルブレイスの「大恐慌」が売れているようですが、今読むなら「豊かな社会」です。あの本は、単純に読むと広告批判とも受け取れるので、広告収入を基盤とするメディアには受けが悪いですが・・・
本当にこの国は豊かになりました。その後(たかが)金銭的価値に置き換えられる財のやり取りが縮小するのは必然です。
私は今年古典と呼ばれる本を読んでいます。恥ずかしながら「源氏物語」始めて読みました。「なぜ今までこんな素晴らしい本を読み逃していたのか?」と悔しがるほど素晴らしい内容。でもこの「感動」はお金では評価できません。「衣食足りて・・・何をするか?」永遠の課題ですが、お金で交換できる価値にだけしか喜びを見出されないなら、人間としては寂しいかぎりですね。
おはようございます
これから景気後退して、みんなが貧乏になるならせっかくですから貧乏を楽しむ工夫をすればいいのではにかと思います。
知り合い同士で貧乏自慢するのも面白そうですね。
これから何年間は知恵を絞って、お金を使わず生活を楽しむいい機会だと思います。
せっかくだから私はこの機にダイエットでも始めようかと思っています。
食費も浮くし、体も軽くなるし、お金も節約できるし、この時期にぴったりだと思います。
中国思想の一端を垣間見るような考えさせられるコラムでした。
アメリカの行き過ぎ感は否めず、どう止めるかもわからないほどの勢いでしたが、結果的に世の中全てを巻き込んで減速に向かうことになりました。
世の中は繋がっており、全て総じて生き生かされている。そういう実感を余韻として残し、一体感を生んだのはアメリカの夢でもあり功績ではないでしょうか?
日本の立ち位置を考えた上で、また、
国民性や文化、歴史、思想なども含め、どうあるべきかを意識し、自主的に行動することは、今後、課題として加速化すると思われます。
そういう意味では、中国を始め、アジア諸国ともより絆を深める時期にあると私は考えています。
なぜなら、欧米の歴史よりも明らかに身近に浸透しているから。
理解しやすく無理がない。
そこから始めることこそが、世界を不均等から回復させる心がけではないでしょうか?
今回のコラムの主題は、終わりがないということ。
私は、資源を含め、限りある中で人は生き生かされているということを忘れてはいけないと思っています。
が、既に人の世は資源を枯らす前提で
進んでおり、その勢いを個人の力で止めることは難しいとも実感しています。
限りある中で、自分を最大限に生かすことは難しいけれど、際限ない世界においては、全てが幸せに導かれることも可能性として希望がもてますね。
終わりがない=宇宙=無(空)
そんなことをイメージしてみました。
心が軽くなるようです。
宗さんのおっしゃることと同じだと思います。いつの時代も人の倫理(みち)は、変わらないのではないかと。
この景気のなかで生き残れたら、きっと大きな自信となって、これからも良い経営ができると信じて、明るく楽しく元気に事業を継続していきたいと思います。世界に終わりが無いのですから。
経済が悪くなると言っても人々の暮らし方は、そんなに簡単には変えられないと思います。家も車も電化製品にも耐用年数があります。一定の期間がくれば、需要は必然です。世界の人口はまだまだ増加傾向にあります。毎日の食事、灯りや水、暖房、冷房…。どれも必要なものばかりでしょう。
これらに必要な仕事がなくなるわけではありません。
今の混乱は、どこかの強欲者が金融工学とかの悪知恵をつかって、経済・生産活動の血液たるお金の流れ、取引の信用を壊した一時的な混乱にすぎないのではないでしょうか。
むしろ、今回の出来事を契機として、世界が一つのシステムに統合されざるを得ないと考える人たちが増えつつあることこそ、人類社会のさらなる進歩への契機になるのではと、私は期待いたします。
金融業者にそそのかされて株等に手を出して大損したと文句を言っている人がいますが、それは自業自得と思います。しかしそんな濡れ手で粟のようなことは考えず、或いはしたくても資本がなく、真面目に一生懸命働いている人たちこそ、自分たちのあずかり知らぬところで行われたデタラメのせいで困窮しています。
ここで肯定的なコメントをしている人たちはきっと多少の不況では生活に影響のない余裕のある人たちなのでしょうが、本当に困っている人はジョギングして花に心を奪われている暇などありません。(それでも幸せだと思えというのがこのコラムの趣旨なのでしょうが)
「世の中の格差がこれで縮小します」と言われますが、たとえ資産が激減したとしてもリーマンの会長が大富豪であることに変わりはなく、普通の生活ができていた人が失業したりしています。格差はむしろ広がっているのです。
簡単な算数です。1000から50ひいても950ですが、100から50ひくと50しか残りません。10倍だった格差は19倍になるのです。
サブプライムやリーマンの問題についての具体的な言及が、金融経済を信奉されている(と私は思っている)宋さんから出ないなとずっと思っていましたが、その代りに出てきたのが今回のコラムです。なにか話を逸らしているように見えるのは私だけでしょうか?
しかし今回の大嵐で良かったこともあると思います。金融経済というのが虚像であり、一歩間違えると一国をも滅ぼすということを世界が認識し、今後は実態経済に重きを置こうと反省する機会になるかも知れないということです。(アイスランドも金融立国などを目指さず、宋さんのいうところの「モノを左から右に動かすだけ」の製造業にでも活路を見出していれば、国が崩壊寸前などという事態にもならなかったのではないでしょうか)
そう思えば少しは明るい未来も期待できる気もします。
簡単なことを、難解な言葉を使ってわかりにくくして、さも自分が偉いかのように見せかける学者さんや政治家に、ぜひ、見習ってほしいです。
意見の細部についてはいろいろと異論もあるでしょうが、久しぶりに前向きな(アメリカ在住の投資事業家・神谷秀樹さん)意見を聞いて、明るい気分になりました。
“明るい気分”にさせて“光明”を教えてくれる人が、今は必要だと思います。
宋さん、年齢は私のほうが上ですが、NBonlineで知って以来、私のお師匠さんです。
末永くよろしくお願いします。