資本主義は勝ったか

今日は硬い話題で申し訳ございません。

社会主義の教育を受けたことのある人間として、私は社会主義の問題提起と社会理想について、今もすばらしいと思います。

「労働は価値の唯一の源泉」。資本から莫大な利益を生み出す資本主義においては、とても弱々しい主義主張に聞こえますが、現在の恐慌の根っこにあるのは資本への過剰依存です。

サブプライム問題はサブプライム・ローンの問題です。お金を貸して利息を取るのは当然ですが、問題は払う能力がない人達にもお金を貸し付けてマイホームを買わせたことです。

そんな悪いローンをミンチにして売ったのが欧米の銀行でした。ミートホープのやり方のそっくりですが、違うのはそのスケールの巨大さです。世界を代表する金融機関が先頭にそれを売るからたまったものではありません。

「金から金を産む」。少数の人間がそんなことをやっているだけなら社会は何とか持ちますが、数億人の民とすべての金融機関がそれに加担すると世界は持ちません。日本では「金貸し」が蔑称であるように、「金から金を産む」の行き過ぎは必ず社会の堕落をもたらします。

しかし、「資本を持つ人が優先」という発想は資本主義の基礎です。だから資本主義といいます。金の力を優先すると必ず労働の価値が疎かにされ、いつか経済システムにひずみが溜まり爆発する。これが経済危機の由来です。

かつて、社会主義が地球上の半分近くの人々に受け入れられた理由も、ここにあるのです。人々は資本主義の毒を取り除くために、社会主義の毒を飲んだのです。

弁証法的に言うと、社会主義と資本主義が対立しながら競い合う社会は健全な社会です。お互いが相手の弱みを攻撃し、自分の弱みを克服していけば、地球上の民が幸福です。今だから言えますが、東西冷戦の時代では、世界はもっと平和で、経済危機も小規模でした。

資本主義が社会主義に勝ってから、この地球のバランスが悪くなりました。誰も「金の乱暴」について批判しなくなります。当時の社会主義リーダーであったソビエトはロシアなどに分裂し、従来の資本主義以上に搾取と格差が氾濫する社会に変わりました。

社会主義の毒を飲んだ人々はその毒をやめましたが、だからといって資本主義の毒が取り除かれたわけではありません。むしろ「毒をもって毒を制する」効果がない分、資本主義の毒が膨張し、自ら中毒してふらふらし始めました。

弁証法で言えば、物事は常に二つの矛盾の対立統一によって成り立つ。つまり、相反する二つの側面が対立しながら共存することによって物事のバランスが成り立ちます。バランスが取れない物事が新たなバランスを求めて自ら変化します。

この弁証法の理論から言えば、戦後の資本主義が「社会主義に勝った」瞬間からもう変質を始めました。NATOの拡大やイラク戦争、労働運動の弱体化とネオコンの台頭、格差の拡大と金融派生商品の氾濫、どれをみてもその源流はソビエトの崩壊から見出すことができます。

全体主義のソビエトが懐かしいわけではありません。あんなひどい社会の再来を期待するわけでもありません。しかし、現在の資本主義の対立軸が必要であることは間違いないようです。

その対立軸は争いを招くものではなく、バランスを取るためのものです。その対立軸は現在の資本主義の中から生み出されるかもしれませんし、元の社会主義から生み出されるかもしれません。

何と呼ぶかは重要ではありません。重要なのは既存システムへの耐性であり、バランスです。これまでのグローバルスダンダートは危機の拡大を招き、世界を暴走させました。

アジア主義ではありませんが、日本や中国など、アジアの国々からその新しい社会システムの提案が生まれることを期待してやみません。
この記事へのコメント
宋さんのメルマガをたいへん興味深く読ませて頂きました。

私自身、資本主義と社会主義が対峙している時代が終わったことで、資本主義の傲慢や民族主義の興隆などの問題が浮かび上がってしまったと思っていました。

また、地道だけれど素晴らしい仕事をしている人たちよりも何百倍も稼ぐ(金が金を生むような)仕事が、世の中に何かを生み出しているのだろうか、という疑問にもかられていました。

私は小企業の経営者ですが、「仕事」や「お金を稼ぐことの意味」について、社員と共にきちんと考えていくことが、こういう時代だからこそ必要だと思います。

そういう中で、欧米の労働観ではなく、アジア的労働観なるものが生まれてきてもいいのではないかと思っており、宋さんのご意見にしごく納得です。

中国と日本という複眼で物事を見ることのできる宋さんのコメントはいつも本当に興味深く拝見しています。

ありがとうございました。
             上野 陽一
Posted by 上野 陽一 at 2008年10月17日 08:40
宋さんのご指摘のような論点で問題提起をする人を知らないのですが、私もほぼ同感です。資本主義経済がベストだなどといっている人達には、もっと物事の本質を大きな流れの中で感じ取る知恵や発想をもっていただきたいと思います。それにしても、金融や経済に携わっている多くの人達の何と無力なことか、呆れてしまいますね!
ただし、新しい流れの予兆現象として必要・必然とも言えるのでしょうか?
Posted by 佐藤友章 at 2008年10月17日 08:48
 資本主義と社会主義の対立軸のなかで、人間の欲望の解放という状態が両主義に共通してきたと考えています。地に足をつけていた状態から、成功や拡大等をきっかけに欲望の解放へ走ってしまう、という基本点な人間の性なのでしょう。それを押しとどめるような社会的しくみというものが成立可能なのか、については現状では悲観的に思ってます。ではどうするのか、という問いを常に見据えつつ、有識者のご意見や生き方等参考にさせていただいております。
Posted by 上田 幸雄 at 2008年10月17日 08:56
宋先生
時宜を得た話題大変有意義でした。
産業資本主義では、ウエーバーのいうとおりプロテンスタティズムの倫理観がなくては今のアメリカのような腐敗した資本主義になります。
私は今年定年で貸家を辞めて個人で技術士事務所をやっていますが、技術士は倫理義務を負っています。すべての職業人が倫理義務を持つべきだと思います。技術士のように法で強制されることもなく、一人一人の行動で考えていくことが必要かと思います。
宗先生には今後も期待しています。
Posted by 尾形 芳邦 at 2008年10月17日 09:01
哲学科でマルクスを専攻した少数派?として生意気に書かせていただければ、
「共産主義は早すぎた」のです。
元来共産主義は資本主義が成熟していくその結果として到来する社会として語られています。
無理に革命等で達成する物ではないのです。
百年前に比べ労働者の権利などがどれだけ共産主義化したか考えたことはあるでしょうか?
今の日本やアメリカがある意味一番共産化してます。
私は見ることが出来ませんがまた百年経った時世界がどうなっているか楽しみではあります。
温暖化で破滅しているかも知れませんけどね。
Posted by 益田 at 2008年10月17日 09:09
経済大国を築き上げてきた日本の市場主義経済。その成果を否定する訳ではないが、ほころびもまた出始めているのも事実です。経済に競争は必要ですが絶対ではありません。努力したものが報われ、失敗したものが再起できる仕組でなければ、いつかきた道を再び歩むような気がしてなりません。格差社会がその一つです。労働者も、経営者も大変な時期ですが、「ワーキングプアーのあふれる時代」これも自由な市場主義経済の現実なのでしょうか。
Posted by 竹嶋博邦 at 2008年10月17日 09:17
このメールを読むと「本当にそうですね」としか言いようがありません

ボーダーのない西部開発時代のカーボーイ発想は、もはや時代遅れでしょう
力だけではうまくいかないでしょう

原理主義的な資本主義、原理主義的なアメリカの限界をどう乗り越えるか
この10年が楽しみです
Posted by 吉永哲司 at 2008年10月17日 09:32
今回も興味深く読ませて頂きました。
終末期を迎えた資本主義が見え隠れするような現在の世の中ですが、アメリカの拝金主義に世界が振り回されているのはなんとも情け無い事です。

アメリカの国の歴史から言っても一山当てて金持ちに成ろうと考える人たちが他国よりも多くマネーゲームと言う名の「線路」に乗った人乗せられた人の果てしないバトルが世界中の人達を巻き込んだなれの果てではないでしょうか。

社会主義と言えば40年以上前になりますが中学校時代にコルホーズ・ソフホーズの事を習ったのを記憶していますが中々合理的な事だと感じていました。

社会主義と資本主義双方に長所もあれば短所も有りますから、夫々の良いところを取り入れてもっと素晴らしい社会を構築できるのではと考えたくなります。

「何事も過ぎたるは及ばざるが如し」の社会現象が多すぎ目に付く事ばかりです。
日本の国家予算の使途も官僚が支配している部分が多く国民としては指をくわえているだけで、何とかしなければこのままでは我国も何時破綻してしまうか不安です。

これからも拝読させて頂きます。

          合掌 新原幸雄
Posted by 新原 幸雄 at 2008年10月17日 09:33
宋さんの言われるように資本主義社会には問題はあると思います。ただ、資本主義の中で育っているからかも知れませんが、社会主義の理想はいいと思うのですが、今のところはドラえもんの「どこでもドア」の存在のようなものだと思います。

問題の根本は、どちらも同じで、「人間性」がついて来ていないのだと思っています。「人生をどのような目的で過すか。」と言う問題の中で、「欲」は動物として切り離せない問題なのです。今の人間にとってお金はその象徴のようなものです。乱暴な言い方をすると、社会主義は「欲」を人間から無理やり引き離して、人為的に理想像に近づけるようなアプローチ。資本主義は、「欲」を肯定しながらも、修正を繰り返して理想像を模索するアプローチ。そう言えるのではないかと思います。

私は、社会のあり方についての理想像というのは、人間感情に基づく「快適性」への依存が大きいと思います。そういう意味では、個人差が大きいために論理的に決めるのが難しいこともあって、全体一致のアプローチをしないといけなくなるので無理が出ているのではないかと感じるのです。実感したことがないので、あくまで想像に過ぎませんが・・・。

サブプライムに象徴される今の資本主義の問題については、「欲」を「理想」として最優先させた結果に他なりません。サブプライムにしても、貧困層に住宅を購入させるという意味では、金融の本来の姿だと思うのです。問題は、そのリスクを分散させてテクニカルに利益を追求したことなのです。宋さんの言われる「金が金を産む」というのは、この状態のことだと思います。

ここでお金に対する「欲」を性欲に置き換えられるとしたら、とてもみっともないことだと思います。お金に対する欲は服飾品や高級車に変換されていくので勘違いしやすいのですが、これも性欲と同じです。正当なものであれば「美しく(愛の形ですよね〜♪)」、正当なものでなければ「醜い(痴漢とか?)」ものなのです。

「欲」のバランスが重要なのです。そこで、私は文化的な素養の高さが必要なのではないかと思うのです。「人間としての営みの喜びを最大限に味わう」というのは、誰にもご了解いただける人生の目的だと思います。その根本的なところに文化があると思います。それぞれの国によって違いますが、文化を損なうようなことは、やはりゆがみがあるというような気がします。

効率性を優先したコンビニやファーストフードも、文化を人為性が及ぶのも等しく文化的な素養の高さを損なう可能性があるものではないかと思うのです。人間の不安や欲に扇情的に訴えるコミュニケーションもまた同じくだと思います。
Posted by たくみゆとうあ at 2008年10月17日 09:39
個人の生きるための権力(資本) と 人類の平和共存 との対峙(上手く表現できないのですが)を 考えさせられました。
日々の国内のニュースを見ても、自我を露呈したような暗いニュースが多い気がします。 これも資本主義に偏り過ぎた世情なのかも知れませんね。
国内ばかりに目が行きがちでしたが、宋さんのコメントで、もっと高い視点で現世界での問題が見えました。
確かに、対峙する(資本主義を抑制する)考えが必要でしょう(でも、自分はどうすれば良いかまで検討しかねています)。

多分、みなさん個々の中にも、同じことが内在していると思います。
自我の欲望、周りの共存のため、自我を抑えることってありますよね。
こう言ったバランスが、必要なのだと思いました。
Posted by 犬飼 智博 at 2008年10月17日 09:43
かって社会主義や共産主義を称揚したものとして、ソ連や東欧の崩壊、それに官僚腐敗と
激しい格差社会である今の中国。いずれも書物で知った社会主義社会とは無縁の国々です。
一方では、労働(製造・サービス)の価値を
軽視した資本主義での賭博金融社会が破滅寸前の状況にあります。もちろん、すでに半ば以上、賭博金融に染まっている中国も無傷ではいられないでしょう。
資本=貨幣そのものが投機性を持つ上、有価証券(債権・債務)や商品さえ投機対象になっている今日、過剰なマネーゲームの発展と崩壊は必然の帰結とも言えます。
しかし、原始共産主義の様な社会を夢想したとして、どれほど現実性があるでしょうか。
逆に独裁国家とでも言えるような統制社会を
つくったとして、人々はいい汗を流し、満たされた穏やかな生活を獲得出来るでしょうか。
格差が少なく、暴力がなく、どんな人でも人間らしい自由な生き方が出来、それなりに物質的に恵まれた社会を、大方の人が目指している筈です。
しかし、人間の欲望や欲望社会は、意識するしないにかかわらず、これを踏みにじって来ました。
本来、この抑止力でなければならない政府や法すらも、欲望の女神に奉仕したり、率先して新たな欲望社会をつくりだして来ました。
宋さんの言うような理想的なイズムの出現を
人々は待ち望んでいますが、人類が今出来ることは、貧しい階層や、飢餓で死線をさまよう人々を、どのようにして援け、世界から根絶していけるか。−−この1点しかないように思いますが、どうでしょう。





Posted by 大手門 at 2008年10月17日 09:58
気になった点が一つ。
この論説の根本になっている箇所と思われますが、

>> 日本では「金貸し」が蔑称であるよ
>> うに、「金から金を産む」の行き過
>> ぎは必ず社会の堕落をもたらします。

この根拠はなんでしょう?
(ロジカルでなく、精神論に聞こえます。)

今回の件を資本主義の欠陥、と捉えたくなる気持ちは分かりますが、事実としてはサブプライム商品の欠陥であって、欠陥は対応策を打てば良いだけの事です。
今後、またFinancialTecnologyの抜け穴をつく商品が恐らく出てきて、またバブルになることもあるでしょうが、それをもって資本主義の欠陥、と評するのは思考停止の一種ではないでしょうか?
Posted by 大岩 at 2008年10月17日 10:05
宋さん、お早うございます。
今回はこう来ましたか・・・引き出しの豊富さ、懐の深さには毎々感服します。

ところで社会主義国家では、義務教育で社会主義について教育を受けるのでしょうか?少なくとも私は、資本主義であるという指導を日本の学校で習いませんでした。

両主義の何たるかは概略を社会科で習いますし、コメントにもある通りマル経でも何でも、お金を払えば誰でも大学で習えます。

ただ私が今回、このコラムに触発されて思ったのは、大学で習った経済学の講義など実社会では何の役にも立ちませんし、それを以て経済を理解したと思うのは偉大なる勘違いであるという点です。生き物ですし、自然の摂理同等に千変万化します。

従ってご都合主義でしたためられたxx主義など、そもそも合わないのです。

冒頭の質問に戻りますが、”中国は社会主義国家です。ですからこれとこれはしてはいけませんよ。こういったことは奨励されますよ”といった類の実務指導が、学校もしくは家庭でなされるのでしょうか?

大学で教える形式的な経済学と、家庭や小学校等でのそれは違います。しかしお金の数え方、等価・貨幣交換のしくみなど、後者は社会に出てから一生世話になる基礎知識です。
恐らくそこでは、xx主義だから云々という話は出てこないように思われます。どちらでも関係ないからです。

今回の小恐慌で一番役立たずだったのはエコノミストだった・・・と朝のニュースで紹介されていました。実働で有形・無形の価値を直接生産はせず(間接的に投資価値は生産しますが)に、マネーそのものに付加価値を付けてゆく金融業。金融業を解説して(乱暴な言い方ですが)飯を食うエコノミスト。かたや、アメリカに家を建てた大工さん、その木を植えた人。第x次産業に従事するかはさておき、マネーのやり取りだけで生活する人々の割合が増えすぎると経済というか、世の中おかしなことになると思います。

さはさりながら、マネーの社会的な対価・価値・財産としての安定性などを作り上げていく、金融業も世の中には必然だと感じます。

友人は銀行を定年退職し、百姓になりました。バランスを取る答えの一つなのかもしれません。
Posted by IT営業 at 2008年10月17日 10:08
初めてメールさせていただきます。
 今回の宋先生のご意見は私も同感です。社会主義思想は、資本主義の本質を喝破した点において非常に有益な考え方であると思います。
 昔、国家の構成要素は、主権、国土、国民というように習った記憶があります。これは資本主義・社会主義ともに共通しています。国家が国民を蔑ろにすれば、当然、しっぺ返しを受けます。社会主義国家は、国民を蔑ろにした結果、崩壊したのだと考えています。資本主義国家においても、同様に国民を蔑ろにすれば当然、国民からしっぺ返しを受けるように思われます。
 金銭は、本来、物の交換価値以上でも以下でもありません。金融機関以外の経済主体は、旧来、金銭は物の交換価値であるというテーゼをきちんと守り、マルクス主義で定義されるような生産過程を経て資本を蓄積していたように思われます。しかしながら、金融機関は金銭を物の交換価値ではなく、物(商品)そのものとして取り扱っています。そして、この金銭=物というテーゼは金融機関のみならず、その他、家計、企業等の経済主体にも広がりを見せています。
 この金銭=物という新たなテーゼをどのように考え、解決していくのかが、国民を幸せにする一つのヒントだと考えています。
  
Posted by 内田昌彦 at 2008年10月17日 10:38
宋さんののおっしゃる通りだと思います。元々市場主義は経済活動の自由を尊重するものですが、自由には責任を伴うわけで、その責任が当事者のみならず、当事国の範囲にも収まらない事態が発生したことです。極端に自己責任の範囲を逸脱することが予想されることには、当然規制がかかるベキです。一国の責任に収まらない事態については、国際的規制も必要になると思います。この規制の仕方には対立軸があっても良いかも知れません。
Posted by 宮崎 道生 at 2008年10月17日 10:43
常日頃思い、感じていたことを、明快に述べて頂きました。同感です。
Posted by GS at 2008年10月17日 10:58
宋さんお考えに賛同します
社会主義が破滅した?破滅したとは私は考えません。似非社会主義ソビエトが破壊したのです。労働が全ての生活の基本にある。資本主義社会とて同じです。資本より労働を大切にするこの社会が社会主義と“バカの一つ覚えです”
Posted by 松田稔 at 2008年10月17日 11:36
いつも考えさせられるL事を拝見させていただいてありがとうございます。
ただ、宋さんの記事は政治や主義の話になると、急にレベルが下がってしまうような気がします。
社会主義の一番の問題は人間の尊厳・人格を無視することであって、資本主義には対抗できません。資本主義は社会主義に勝ったのではなく、社会主義はそれに苦しめられた人々に捨てられました。
資本主義は「資本を持つ人が優先」とおっしゃているのですが、ひどい誤解です。資本主義の国では、金持ちの車だからみんな道を譲らなければならないことは一切ありません。社会主義の国では、権力者の車は交通ルールを無視してもよいのです。
現在は金融危機といっても私は幸せだ。30年前の社会主義では金融危機がなかったが、食べ物が十分に取れませんでした。資本主義の金融危機は社会主義の平和(?)より何十倍ものよいものです。
Posted by Uesugi at 2008年10月17日 11:40
 そのとおりですね。東洋学でも「陰」「陽」、二つのあり方が必要とされバランスをとっています。老子でも「正」と「濁」の二つの存在があって、宇宙はサイクルをしていくようです。
 ただしチェコやイギリスで初期に起こった産業資本主義と、石油によって起こった、富の偏在による「金融資本主義」は、その本質が異なると思います。不老所得の膨大な蓄積がオイルマネーを生み、それが金融の中に利を求めて、本来リスクヘッジのために発展した金融工学が、今日欲望のレバレッジのための金融工学に変質してしまったことが、根本にある気がしています。リーマンを含め大手投資銀行は数年前から「営業キャッシュフロー」は赤字だったのです。そのことを格付け会社も、米国政府も公にしてきませんでした。
 資本主義のも強いメカニズムは、拝金思想によって壊されてしまったのでしょう。まだ米国には、実業としてのすばらしい技術や産業も残っています。ライシュの言うように、国民の富は、労働の質とその効率にかかわっているはずです。健全な復権を祈りたいものです。
Posted by 沼田一博 at 2008年10月17日 11:58
宋様

毎回色々と考えさせながら拝読しています。

今回社会主義と資本主義にフォーカスされたコラムでしたが、是非折りをみて『中国の共産主義』についても宋様の視点から論じて頂けませんでしょうか。

当方も深くは理解しておりませんが、仕事で度々現地を訪問する度に、教科書にある共産主義は崩壊し、越えられない格差が拡がり、搾取されている労働者は疲弊をしていると思います。

お立場上難しいかとは思いますが、ぜひ御検討をお願いします。
Posted by 三浦 at 2008年10月17日 12:26
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」マックスウェーバーのような資本主義論によるかぎり、近代資本主義はその内部に自己肥大性を抱えていて絶えずそれを戒めなければならないという禁欲性を自己に課してきた歴史がある。そしてそれが近代資本主義の自己崩壊を抑制する力として働いてきた。一方、社会主義の方はその内部の危険性、独裁的権力を自覚してその抑止として民主集中制(国によって呼び方は違うが)なるものを考えたものの、それが有効に機能しなかった(させられなかった)結果崩壊することになった。現在資本主義の危機を指摘して社会主義の功罪を議論する動きがあるが、現在の危機は、そもそも資本主義の根本的欠陥が必然として引き起こしたと考えるのは誤りではないか。むしろ資本主義のあだ花ともいうべきカジノ資本主義に踊らされていただけで、近代資本主義の健全な自己抑制が働き社会主義が抑制として働くのを待つなどという余地はないだろう。社会主義がその欠点(独裁的、暴力的支配)をうまくクリアーする装置を提案できない限り復活はあり得ない。
Posted by ミツナガカツロウ at 2008年10月17日 12:27
マリア、
カトリシズムを見直す動きがあっていいのではないですか。「人権」も「労働者の権利」も「資本主義」の中に制度として組まれるプロセスで、ローマの果たした役割は小さくありません。ソヴィエト・ロシアに回心を呼びかけたのもローマでした。資本主義も社会主義も砂上の楼閣に過ぎないとするメタフィジックな視点がないなら、言い換えれば目に見える事柄だけに基づいた、世俗の視点だけなら、人が作り出したに過ぎない制度を崇拝する結果になるだけではないでしょうか。
Posted by 高井 朋生 at 2008年10月17日 12:48
>アジア主義ではありませんが、日本や中国など、アジアの国々からその新しい社会システムの提案が生まれることを期待してやみません。

宋さん ほんとにそうですね。固いお話、よくわかりました。
グローバルスタンダードは、本来は、どこでも誰でも頷けるような普遍性しか通用しないことで、それを超える独創性があることを、自国で取り入れたほうが国益に沿うときだけ採用すべきでしょうから、世界中で成長を助けるグローバルスタンダードなんて存在しないと思ってきました。
元々日本は、働き手と働かせ手のバランスを上手にとり、社会貢献の企業理念と企業内組合等も活かして、平等で貧富の差の少ない社会をつくっていた珍しい国だと思っていました。それは生産手段を通してバランスを生み出す実体経済型だったと思います。
それが、生産手段を離れた金融経済がはびこり、労働の価値と資本の価値のバランスシステムが崩れたように感じます。社会主義も、資本主義も、生産手段のような実体経済で進めば、バランスは大丈夫だと思いたいですし、労働力が豊富で、あらゆる生産手段の技術力も優れ、心や精神重視の背景もある、アジア主義の表面化を望みたいですね。


Posted by 田丸 孝 at 2008年10月17日 12:59
資本主義の歪とは言いますが、現在の日銀などの対応を見ていると場当たり的に過ぎて本当に大丈夫かと言いたくなります。市場に資金を供給する事でバランスを取るやり方は一国内の経済に於いては有効かもしれませんが、火元が海外にある以上経済の混乱を招きかねません。WWT後のドイツの様にスーパーインフレが起きない事を祈念します。
この社会、全ての債権価値はゼロに戻すべきだと思います。恣意的に価値が作られた株を含む債権には本来価値はないと思います。資本を安定化させる為の仕組みのはずが投機の為の仕組み・どこぞの数学者が考えたマネーゲームの仕組みに変貌した事が全て引き金だったのではないでしょうか?
無から有を生むと言いますが、実態は詐欺と大差ありません。

話は変わりますが、漢語論語を拝聴して感じた事は虚だけで実がないのではという事です。虚だけで終始するよりもっと実を出して視聴者に危機感を印象付ける方が視聴率も上がるのではないかと思います。実際に存在するモンスターペアレントや株に取り付かれた人々の生々しさが、お茶の間へ伝わらなければ何らの啓蒙にもならないのではないかと危惧します。
Posted by 清松 新治 at 2008年10月17日 13:18
宋先生
いつも貴重な論文配信して頂き心から感謝致しております。今回の社会主義と資本主義に対する論文は大変参考になりました有難うございました。
また先般出版された「どうした日本」を拝読させて頂き感銘を受けましたので早速10冊購入して私の友人にプレゼントして大変喜んで頂きました。

さて先生にお願いがございます。
景気浮揚策として以前から私なりの意見がございますそれを中川大臣に進言して頂ければ幸いでございます。

交際費についての私の意見を申し上げます。

結論から言えば 小、中、大企業を問わず企業の交際費は全額、経費に認めるべきだと思います。

交際費は、資本金一億円は全て課税対象、それ以下の中小零細企業でも資本金によって夫々段階的に枠を作り、その枠内でも20%、10%課税するようになりました。交際費に関する法律が数十年前に出来てから、急に盛り場、繁華街等が暇になって我々現場にいる者はそのような切実な声をよく聞くようになりました。繁華街は元よりゴルフ場、ホテル、レストラン、他交際の場はすべて閑古鳥が鳴く状態と業者は嘆いております。

盛り場、繁華街に拘わる関連の業種、特にタクシー、そのた交通機関、酒屋、飲食店、米屋、花屋、と上げれば際限なく、広範囲にわたっております。

我々も経営する立場上交際費に枠がある限りその枠以下に予算を絞り込んでおります。

人間の心理として枠があれば業績が好調であっても交際費はその枠 内にとどめ、出来るだけ交際費を使わない方向に心理は働きます。
好、不況、は心理的要素が強いので 交際費をオープン(全て非課税)にすることで、あらゆる関連の業者は間違いなく、活気を取り戻しそれにかかわる業者は全体的に売り上げは増大し、同時に増収増益が期待できるものと考えます。

景気が拡大し増益による所得税の納税は合理的でしかも納得性があります。この方が税収は増大するものと思います。

私は以前からこのように考えておりますが如何なものでしょうか?・・ご検討の程宜しくお願い申し上げます。

以上

Posted by 鴻池専慈(こうのいけせんじ) at 2008年10月17日 13:38
老人で難しいですが、自国の食量で賄え無い社会が異常です。
経済のグローブカは行く末は同一賃金、同一労働になり、この社会は成り立ちません。
世界人口、62億が物質的豊かさを求めたらこの地球は破綻します。自由主義で心が豊な社会になる事と思います。
欲望を人間が理性で乗り切る社会が出来るでしょうか。
過去の社会から前進する事です。
其れが62億人が解るでしょうか。
皆で手を取り合って生きる社会になる事です。
Posted by 上原邦吉 at 2008年10月17日 13:45
論旨に共感します。
資本主義のクローバリゼーションは、格差社会を創出しました。

大いに反省したいところです。

それにしても、中共とロシアの政体の独善は、アメリカに次ぐ、世界危機の震源地になりそうですね。
Posted by ume at 2008年10月17日 16:14
楽しくまた極めて参考となる論談をいつも拝読しております。仰せのとおり、資本主義の独走から暴走、そして破綻に至った今回の金融危機ですが、一方でムーディなどの世界に冠たる格付け会社があります。彼等は偉そうに世界の一流企業を格付けし、それにより株価が上下するという影響力を及ぼして来ましたが、彼等の格付け判断が如何に根拠がなかったか、いい加減であったか、真実を見抜いていなかったかが今回の金融危機で明らかになったと思います。責任問題ともいえるのではないでしょうか。
そして彼等の権威は地に落ちたと考えられ、もはや信頼性に欠けるこのような会社、または格付けそのものが不要ではないかと思いますが如何でしょうか?
Posted by 高村 俊朗 at 2008年10月17日 17:39
バランスの考え方は、重要です。これこそは東洋的な考え方であると思います。偏った状態が生じ始めて、それが行き過ぎると急激なる偏った先での破滅が起こって新たなるルールでの新バランスが生じます。実際には新たなるバランスが生じるまでには何度かのゆり戻しの振動があってまた元の旧バランスへ戻ろうとする状況が起こりますが、いくら取り繕っても結局破滅は避けられないのです。但しバランスの改定の周期は一様でなくケースバイケースであり、急激な片寄りは早い破滅が待っている気がします。但し、最近人が行う万物がすべてこのバランスでは動いていない気がしているところがあります。それは特にカタストロフィックな出来事や事件を見るときの感じです。
宋さんの今回の切り口に、私には新発見があり、驚きと喜びがありました。ありがとうございました。
Posted by 笹沢龍也 at 2008年10月17日 17:56
宋さん

こんにちは、配信されてくるメルマガを毎回興味深く読んでいます。

確かに今回の欧米の金融破たんは、資本主義社会の終焉を垣間見たような感じがします。

社会システムに問題がなくても運用している側に問題があればいずれは終焉を迎える可能性

は常に秘めていると思います。

ただ考えてみれば有史以来続いてきたものでもないのですし、いつか破綻して新しい社会シス

テムに変わっていってもおかしくはないと思います。

懐古趣味ではないですが、ちょっと前の日本みたいに表向き資本主義で中身は社会主義

(全体主義?)見たいな方が幸せだったと思います。

Posted by 草 孝治 at 2008年10月17日 20:19
今回の金融危機の発端は皆が知っている通りサブプライムローンであり、これは宋先生の指摘するように実経済を超えた虚構マネーのバブル崩壊です。
この虚構を作り出したのは証券会社ですが、これに乗っかったのは投資家とファンドであり、このファンドをハイリスクに向かわせたのは、ハイリターンのみを求めてファンドを選んだ一般人なのだと思います。

資本主義そのものは確かに問題を抱えてますが、資本主義が抱える問題より遙かに大きいものが「投資」から乖離した「投機」なのだと思います。資本主義は成長しているように見えて、実は投資部分の成長はすでに止まっていて投機部分だけが成長していたことは、ファンダメンタルと株価が乖離している現状からも明らかだと思います。

人を投機に向かわせているのは、上で他の方も指摘していますが「人間の欲」ですね。
日本は金持ちのはずなのに幸せでないように感じるのは、虚構経済の割り増しと、欲を求めて働きすぎている部分あるように思います。

アジアでは例えばタイが「足るを知る経済」というコンセプトを出して欲を増大させすぎないように説いてますし、ブータンの「GDPよりもGNH(国民総幸福)」というコンセプトも似ているものがあると思います。

アジアの中には微笑みの国と表現される国がいくつかあるので、まずは彼らに見習うところから始めるのが、新しい社会システムの萌芽になるかもしれませんね。
Posted by 岡部 at 2008年10月17日 23:43
私は社会主義か資本主義か,二者択一の論議は不毛だと思っています。 両者のより高い調和点を探せば、平和な発展になります。

さきごろ亡くなったピータードラッカーが、
今世界中の政治家・経営者が学ばなければならないのは、渋沢栄一だと言っていました。

そのわけは、彼が指導し支援した企業500社と、社会事業300団体が100年以上たった現在も、立派に存続していることです。

存続のわけをドラッカーは、渋沢翁が唱えていた「論語とそろばん」にあると言っています。 社会主義者も翁を尊敬していました。

私は、ロマンのある社会主義と、ほどよい格
差に是正する資本主義が平和に貢献すると考えます。 「みんなより良く」が目標です。

英語では『ALL BETTER』です。 今より明日に向け、地球上のみんながより良くなるよう、恵まれた人・国がお裾分けするのです。

お裾分けは、さりげなくそっと行うのです。
情報・お金・知性・環境に恵まれた豊かな人や国が、恵まれない人・国にお裾分けします

イスラム教と神教が、なじみが良いと考えます。 イスラム教は格差是正が中心にあり信者数が最大です。 神道は自然が中心です。
Posted by 尾形 at 2008年10月18日 06:57
答案用紙の解答、受験戦争、神様、グローバルスダンダート、人生の目的。
みんな「答えは1つ」だと思っています。しかし、物事には必ず2つ以上の側面があります。
男性と女性、老人と若者、仕事と家庭、自国と他国、貧困と繁栄、健康と病、西洋医学と東洋医学、生と死。
これを無理やり1つに決め付けると不幸が始まります。
「答えは1つ」と決めると、考える必要がなくなり楽なので、みんなそう思い込みたいのでしょう。
一神教が好例です。アメリカも、ある意味、一神教です。
でも、それでは袋小路に入ってしまいます。
Posted by ゆう at 2008年10月20日 03:02
宋さんいつもありがとうございます。
経済学は門外漢ですので、間違っていたらどなたか指摘してください。サブプライムローンは当初から余りにも単純な問題を孕んでいたように思います。それは、貧乏な人に住宅ローンを貸し付けても問題なく回収することができるとした根拠を、不動産の値段が未来永劫上がり続けるという、ありえない前提に置いたことにあります。

加熱した不動産相場はいずれ値下がりに転じるため、貧乏な人が(当然のごとく)ローンを返済できなくなった際の担保価値が下がるという、当たり前のリスクがカバーされていなかったのです。これはまさに日本がバブル崩壊の際にすべての金融機関いやというほど味わった、あの問題と同じです。デジャヴユ です。

当時の日本と違ったのは、このリスクを全開にしたままで、金融工学と称する手法を駆使してデリバティブ商品をでっち上げ、ムーディーズ等の格付け会社を巻き込んで高格付けを付与させ、高利率を売り物に全米・欧州を中心に世界中にばらまいたことです。これは巨大な仕掛けの国際的な詐欺であり、立派な犯罪行為ではないでしょうか。特に格付け会社の罪は重いと思います。この点は上で述べられたご意見のとおりです。

日本のバブル崩壊に実は快哉を叫んでいた米国が、そこから何も学ばず、あの愚を繰り返したことは驚きでしたが、この問題を資本主義全体を批判する論拠とするのが正しいのかどうか。むしろ犯罪という切り口で見るべきなのではないかと思っています。

今回の問題がどのように終息していくのか予断を許しませんが、世界経済の潮流は間違いなく自由奔放から管理強化の方に向かっていくものと思います。
Posted by 力石 健 at 2008年10月20日 10:50


おもしろい記事を見つけましたよ
資本主義→社会主義?


金融と革命の迷宮
http://tanakanews.com/081021bank.htm
TOP
http://tanakanews.com/
Posted by こんにちわ at 2008年10月22日 17:03
根本的に間違った分析・思考だと思います
宗さんにとってセンチメンタルな思いがおこした珍しいミスだと思います

まず第一に今回の問題は資本主義そのものと関係付ける意味が理解できません
第二に現代において資本主義と社会主義を対立軸に置くのは意味を成さないことだと思います
第三に資本主義が社会主義に勝ったいうのは正確ではないと思います
正確に言えば資本主義の国々は資本主義の毒を適切に解毒できたが、社会主義の国々はできなかったということでしょう
実際に負けたのは社会主義ファシズムであり、資本主義の優位な点は発生する問題に対して適切に改善できるということです

宗さんはなぜ?資本主義と社会主義という二つの観点からしか見ることができないのでしょうか?
弁証法でこの世界も宇宙も社会も成り立っているわけではありません
色々ある観点のなかの一つであり今回の問題を見るうえではそれが適切な視点とは思えません

社会主義の問題提起と社会理想も素晴らしいですが、同じく資本主義の問題提起と社会理想も素晴らしいです
地球のバランスが悪くなったなんてことはありません
いまも変わらず地球は回っています
資本主義が社会主義に勝つまでは社会主義国でおこる「権力の乱暴」は批判されませんでした
いま社会主義国が開かれたおかげで我々は権力の乱暴に厳しい視点を持つことができます

この問題で社会主義という言葉を使うとすればそれは「社会主義国崩壊による市場拡大・経済のグローバル化が及ぼした影響」です
これに対する対立軸は「経済のブロック化とナショナリズム」です
根本的に問題軸が違うのです
問題の本質は偽装とバブルでこれは人間が社会主義や資本主義ができる前からもっていた病巣です
影響を論ずるのなら「社会主義の敗北」より「宗教が政治に及ぼす力」の方が大きいのです

社会主義と資本主義が対立したのは人類の歴史のなかでは極短い期間です
それは現実的には西欧文化的覇権主義の軍事的対立です
いま地球でうえで悪くなっているバランスは軍事バランスです

もう少し大きな視点でのコラムを期待します
Posted by 中村耕平 at 2008年10月22日 17:17
資本主義の対立軸は、以前はソビエトや中国の共産主義でした。
資本主義の中にもアメリカやイギリスのようにピュアな自由主義経済を標榜する資本主義とフランスやドイツのように社会主義的な要素も盛り込んだ資本主義、北欧はさらに社会主義的といえます。日本はというと、特異体質で実は、社会主義的な要素と資本主義的要素の良いところを取り入れた画期的なシステムを構築しています。問題は多々あるとは思いますが。
自由主義を標榜とする世界は、自身の信念との間に大きな葛藤を感じている時でしょう。管理社会は、世界の成長を止めてしまうのではないか、でも今の恐慌を招いたのは自由主義経済ではないかと。
ただ、今回の問題は、自由主義対社会主義でも共産主義という対立軸のみでは考えられないと思います。
恐慌を招いたのは、サブプライムローンも一因でしょう。しかし、他にもあります。私がイギリスに滞在したときにびっくりしたのは、90年ローンが存在することです。それが当然のように銀行で行われていると聞いた時、今の繁栄は恐ろしいほど虚構なのだと感じました。
中国もオリンピックを前にバブルがはじけました。
また、日本の低金利も世界恐慌の引き金を引く大きな要因となってしまいました。本来低金利政策は内需を拡大するためのものでありますが、その効果より、海外の銀行のサムライ債が莫大に増える一因となりました。
円はユーロに対して、この2か月で20%以上価値を高めているということは、ローンを円建てで組んだヨーロッパ諸国の方々は、予想していた金額より20%以上高く支払請求がきます。アイスランドは倍です。
要は、ここ10年、金融業で伸びてきた諸国が想像以上の大きな痛手を受けているということです。21世紀の産業革命のように台頭した金融業、投資銀行業務が巨額な借金を残して、突如泡のように消えてしまったのです。

日本は、このような状況下でも、国の無駄をどんどん減らし、明るい未来を独自に築いてもらいたいです。円高は内需にプラス効果を与えます。石油も以前の金額まで落ちてきました。
ヨーロッパやアメリカは一寸先は闇かもしれませんが、太陽は日の出ずる国から昇るはずです。
Posted by アルテ at 2008年10月22日 21:11
文章を読ませていただいて、
「まさにその通りだ。」
と思いました。

課題は次なるビジョンです。
マネーゲームとバランスをとる為のシステム。

それは地域通貨とか、自給自足的生活というか、
グローバルマネーとは無縁の、身の丈で生活するというか、
もうお金に振り回されない、心の平安の生活を追及する人たち。
自分の本当にやりたいことをお金を考えずにやって幸せで、
お互いを愛をもって尊重できる。

そんなものがバランスをとる為に台頭してくれば、いいな。

Posted by 木村さとし at 2008年10月23日 05:51
宋さんの言われるとおり、資本主義の対抗勢力が消滅したため、グローバル企業が好き勝手に行動できる時代になってきたとは思います。
 民主主義社会の政治には弱者の権利を保護する機能が重要だと思いますが、今の政治は強者であるグローバル企業と富裕層を保護する傾向が全世界的に露骨になってきています。
 アメリカの強欲資本主義がグローバリズムの中で世界中に広がり、労働より不労収入を尊重する風潮が広がっています。グローバル企業は大抵の国家より大きな資金力を持っており、世界中を自由に歩き回っています。10年前のアジア金融危機でアジアの多くの国が経済破綻に瀕したのは記憶に新しいところです。
 本来ならこうしたグローバル企業の横暴を規制する制度が必要なのでしょうが、これまで欧米諸国や世界銀行等はむしろそれら企業を後押ししてきました。
 グローバル化は歴史の方向でしょうが、現在はむしろ世界的な無政府状態にあるといえるのではないでしょうか。
 東アジア諸国は協力してグローバル企業の横暴を制御する方策を樹立する必要があると思います。
 ソ連、中国の社会主義という名のもとの共産党独裁政治には反対ですが、社会主義本来の平等重視の思想は、これからも必要だと思っています。
 
Posted by 金田 邦彦 at 2008年10月25日 23:34
宋さんの意見に全く同感です。しかしながら、資本主義と社会主義の対立の構図に戻る前に、社会の発展は、イデオロギーではなく、テクノロジーではないかと思っています。イデオロギーは、人それぞれの考え方、思想なので、それはそれで民主主義の中で議論すればよいわけですが、単一のイデオロギーで社会を支配することの危険性が今回明らかになったと思います。今回の世界金融危機は、「金融資本主義」というイデオロギーの崩壊だと思っております。産業革命は、科学技術の発展によってもたらされ、その結果、工業化社会ができました。そして、資本主義に基づく経済システムが、生まれました。これは、「産業資本主義」という仕組みが本質だと思います。デジタル情報革命は、情報化社会へと工業化社会を変えつつありますが、これは情報産業という新たな産業を産んでいるのであって、金融が社会を支配するという構造を意図したものではありません。金融資本主義は、人によっては、産業資本主義の進化型だということのようですが、明らかにその解釈は誤りだということが今回実証されました。金融は、生産活動を支援する手段であって、実体はありません。生産活動に一切関わらず、金融商品の開発と販売に明け暮れる人々が高額の収入を得る仕組み自身が破綻したと思います。科学技術の基礎をしっかりと追求して新たな価値を産みだす努力をコツコツとやることが大切かと思います。そういう意味では、欧米日本の理系離れが、サブプライムローン問題にも関係があるように思います。
Posted by 藤原洋 at 2008年10月26日 07:25
メルマガとは全く関係のないコメントです。26日のフジの新報道2008を拝見しました。宋さんの意見にいちいちうんうんとうなづいていました。ただ宋さんの発言が他の人より少ないのが残念でした。各省庁や地方自治体の予算の配分や使い方について批判が集まっていましたが、私は、あの甘利内閣府特命担当大臣の発言について納得いきませんでした。公務員は国民の血税を使って国のため、国民のために働いているという基本的な理念や意識が足りな過ぎるので、一般企業と同じように、公務員のための理念・思想をまず先にしっかりしないといけないというようなことをいっていたと思います。
それはそれで必要で否定はしませんが、理念だけで動く組織はせいぜい50人までです。全国に何十万人もいる公務員の組織を意識改革して国民が納得するよう官僚機構にするためには理念とそれを実現するためのシステムが絶対必要なのではないでしょうか。(宋さんのおっしゃるとおり)甘利さんはソニーに2年間しか在籍していなかったので、そこまでは把握できなかったのでしょうか。いつのまにか経済評論家になっていた宋さん、これからも日本の官僚腐敗の構造に鋭いコメント期待しています。
Posted by Y.Watanabe at 2008年10月27日 12:51
宋さん?
そろそろ、新作お願いします。
Posted by 黄光裕 at 2008年11月27日 22:58
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