「世論右翼」

これは私が付けた名前です。特定の信念も問題意識も持っていないのに世論に感染し、突然極端な言動に出る人のことを指します。

8月19日、インテリジェンス社のHPのメール欄に社長の鎌田さんを「殺しに行く」との脅迫メールを送った男は、警視庁に逮捕されました。

鎌田さんは古くからよく知っている若手経営者で実に好青年です。人柄の良さから人材派遣協会理事長を引き受けていますが、その立場もあって、マスコミに対して日雇い派遣禁止に反対の意見を表明しました。

別の派遣会社に所属したことのある容疑者は、それを知って「どこまで人を搾取すれば気が済むんだ?殺しに行くからな」などとインテリジェンス社のHPのメール欄に書き込みました。

正直言って、私は以前から派遣業界に制度上の欠陥があって、その隙を突いてきた派遣する側も利用する側も、問題があると言ってきました。当然、規制を緩和しすぎた行政側も責任がないわけではありません。

しかし、問題点を克服するような新しい制度と監督体制が整備されれば、日雇い派遣そのものを禁止しないことも、まともな考え方の一つです。現に逮捕された容疑者が自ら進んで日雇い派遣に従事したのは、彼のニーズであって強制された訳ではないのです。いきなり禁止して彼が急に正社員になれるとはとても想像できないのです。

仮に鎌田さんの考えが間違ったとしても、この容疑者は自分でその間違いを発見した訳ではなく、一方向に流れる「世論の洪水」を見て、その間違いを「認識」したはずです。あるいは、その間違いに気付いても「世論の洪水」の後押しが無ければ、彼はとても反対する勇気は持てません。自ら派遣社員になったこと自体、その制度に加担した証拠です。

そういう自己意思を持たない人々が「世論の洪水」に押され「暴徒化」する現象は今に始まったことではありません。

2年前、村上ファンドの問題が明らかになった時、村上氏がソフトブレーン社外取締役を務めていたため、私は突然、攻撃を受けました。掲示板に「会社を辞めろ」などの書き込みはまだ優しいもので、とても口に出せない中国人を差別するような書き込みがずらりと並びました。(皮肉にもこの後のコラムでは日本語の清潔さを褒めていますが)。

一番辛いのは匿名電話でした。たぶん普段私に何の恨みのない優しい人々からの脅迫だと思いますが、「日本人の怖さ」を知った瞬間です。

今回の鎌田さんと同様、ソフトブレーンのHPにあるお問い合わせメールに「ちょんころ会長」、「貧しい国民性の中国に帰ればいいだろう」、「たかだかの中国人のくせに、偉そうに日本人のやり方を批判するな」などの侮辱のメールを送ってきた人がいました。メールアドレスをみるとソフトブレーンと取引関係のある会社のメールと分かりました。(詳細に興味のある方は06年6月23日発行の第49号の「反響・反論・反省」をご覧ください)

早速法務担当者が先方の社長に連絡して調べていただいたところ、その会社の契約社員が送ったメールだと分かりました。証拠も押さえているし侮辱罪などで訴えることもできましたが、彼の立場を知って彼を許すことにしました。

自分で考える習慣の無い人がよい仕事に付かない。よい仕事がないから不満が溜まる。世論が多様性を失って洪水化すると彼らはそれに便乗して不満を発散させる。主義主張がない分、不満が多い分、失うものがない分、彼らが極端を走る。

これが冒頭に定義した「世論右翼」が生まれる背景です。

P.S.
ご存知の方も居られると思いますが、私は「週間ポスト」で毎週コラムを連載しております。編集部が曰く「人気コラム」だそうです。

今週は大新聞が掲載してくれないコラムを書きましたので飲み会のネタとして読んでみてください。

意外? 操に込められた相手への侮辱

千葉県に「我孫子」という町がありますね。でも、日本のことをあまり知らない中国人が「我孫子」を見たら、おそらく大変びっくりすると思います。なぜならばそれが人を罵る言葉だからです。

もともと、中国語で「我孫子」といえば「私の孫」という意味です。ですからもちろん、中国人が自分の孫を「我孫子」と言う時は侮辱する意味にはなりません。しかし、同性で(異性はまた別)、自分の孫でもない人のことを「我孫子」と呼んだ途端、これが相手を罵ることになるのです。

実際、特に中国の古い習慣が残る地方では、相手を罵る時に「我孫子」がよく使われます。これがおそらく儒教と関係があるのではないかと思います。

儒教はお年寄りを大切にするイメージがありますが、その裏に若者が未熟で愚かという考えがペアになっています。孫は子供の子供ですから、未熟のそのまた未熟な人間ということになりますね。

つまり、血のつながりの無い人を「我孫子」と呼ぶことは、相手を「未熟さの極まり」といっているようなものです。

実際にこうした言葉が使われる状況を感覚的に理解していない日本人にはピントこないかもしれませんが、とにかく中国人は「我孫子」といわれると、酷い侮辱に感じるのです。

実は日本語というのは、人を罵る言葉が非常に少ない言葉です。たとえば中国語には、英語の侮辱語「ファック」と同じ意味、同じ使われ方をする漢字があります。皆さんもよくご存知の「操」という字です。

もちろん中国語でも、日本語と同じように「体操」や「操作」などの表現に「操」の字を普通に使っていますが、俗語の中で1文字の「操」(ツアウ)を使うと、間違いなく「ファック」という意味になってしまいます。この「操」の後ろに目的語の「おまえ」とかを付ければ、英語の「ファック・ユー」とまったく同じ使い方になります。

それにしても、なぜ中国人にしろアメリカ人にしろ「ファック」(操)を相手への侮辱だと思うのでしょうか。

ここで私が思い出すのは、猿のマウンティング行為です。立場が上の猿は、よく格下の猿の背中に乗ってセックスするふりをします。オス同士なのにそんなことをするのは決して同性愛行為ではなく、相手が格下であり自分の方が優位にあることを確認するためです。

中国語や英語にある表現はそうした原始の野蛮の痕跡ではないでしょうか。

一方、日本語では「操」は「みさお」とも読み、逆に「節度がある」ことを示しますから、言葉というのは本当意面白いですね。

なぜ日本語がこれほど汚い表現の少ない言葉になったか、私にはよくわかりませんが、相手を罵る言葉のバラエティという点では、日本語は世界的にみても最も少ない方に属しているのではないかと思います。この意味において日本語は本当にきれいな言葉です。

ただ、日本語を使って思い切り相手を罵倒したい時の物足りなさは、日本人の皆さんにはなかなか理解しがたいかもしれませんね(笑い)。(「週間ポスト」8.29号)


この記事へのコメント
いつも楽しみにしています。
常々思っていましたが、やはり匿名で意見を出せることの弊害だと思います。自身の名とともに世に出せる意見かどうか確認するプロセスが必要だと思います。自身を大切にすることから、はじめなければなりませんね。
Posted by 上平豊久 at 2008年08月22日 08:33
日本人が「ノーと言えない」とか

「議論が下手」と言うのは

実はボキャブラリーの少なさや

「言葉で争う文化」がなかったのが原因なのかな?と感じました。

「くさい物には蓋をする」と言う文化が

昨今の「偽装」「談合」「不正」につながっているのではないでしょうか?

日本人は「凛とする」とか「詫び寂び」など

気配で察する事を「美」としてきましたが

それは日本の中だけで通用するのであって

最近は「KY(空気よめない)」などが

外人さんでも知っている流行語になったように

日本の文化があたりまえだと思っていた

「気配で察する」ということが日本人の中にも無くなってしまったのでしょう。

人間は言葉を話すことで進化したと言われます。

「美しい日本語」もこれからもっともっと進化が必要なのかも知れませんね。
Posted by めぐみゆきこ at 2008年08月22日 08:36
2つのコラムとも興味深く読ませていただきました。

「世論右翼」に関しては、どうしてマスコミに同調してしまうのかが不思議でなりません。私の周りにも「テレビで言ってたから。」「新聞で書いてたから。」と言って物事の批判をする人は少なくありません。これが罵りの言葉の少ない「お人好し」な民族性から来るものかどうかは解りませんが、少なくとも「お上」の言葉を無条件に受け入れる性質があるのではないかと思います。
どこにでもいる優しい人が共振してしまうと、激情するという原因の一つであるのかも知れません。

ここで、もう一つ気になるのが、どうして「憤り」を噴出させる傾向が出てきたかなのです。「モンスターペアレント」も「魔女狩りのように批判を浴びせるマスコミ」も「鬼の首を取ったように本質的でない不祥事等を攻撃する国会議員」も実は根っこのところで同じような気がします。仕事でも同じようなことで議論が発散することがあるのですが、物事の重要性や優先順位を考えずに「悪いものは悪い、直さないといけない!」という感覚があるのではないでしょうか。だから、「悪いところ」を見つけて先制攻撃を入れたもの勝ちという方程式が成立しがちなような気がします。
「女優の不機嫌な発言」も「キャスターの不倫」も「俳優の麻薬所持」も、同じような扱いですよね。なんとなくの感情的な判断で「刑期」が決まっているような気がしませんか?
Posted by たくみゆとうあ at 2008年08月22日 09:14
世の中には、大変失礼な人がいるなあと思います。言葉は、特に日本人は、「言霊(ことだま)」といって古代より大変重要視してきたのが日本文化の特徴でした。しかし、最近の日本人は、その言葉の内向きに働く力に、自分自身を見失い自らを滅ぼそうとしているかの感じを受けます。私も社内ブログで、言葉の大切さを伝えている一人なので、今回のコラムは、大変参考になりました。
追記:お願いですが、最近中国の春秋時代の歴史小説をよく読んでいるのですが、日本人には分からない漢字の意味があり、大変勉強になっております。機会がありましたら、是非漢字の意味のご説明などいただければ幸です。(例えば、皇帝に贈られる称号「桓」「幽」「霊」「武」など)
Posted by 小畑 義宏 at 2008年08月22日 09:16
毎回、コラムの配信楽しみにしています(というか、これしか楽しみがありません(笑))

やはりコラムが書ける人(→コラムニスト?)と私のような凡人が違うのは、もやもやとした言いたい事が整理して書けるか書けないかですね。

今回の付和雷同型の人達についてのお話もそのとおりだと思います。

ただ常々、その事を助長しているのは「新聞」をはじめとするメディア報道ではないかと思ってます。
毎日毎日あまりにニュースが多すぎるせいかどうかは分かりませんが、あまりに画一的な洪水報道でしかないように思えます。

宋さんの言われる、世論右翼もそういった節操のないメディアが作り出しているのかもしれませんね。自分で考える習慣の無い人達が記事を書いてるのではないかと思いたくなります。

凡人なので書き出すととりとめなく、いつまでもだらだらと続きそうなので、この辺で終わります。

これからもコラム楽しみにしています。



Posted by 中村 正香 at 2008年08月22日 09:37
いつも楽しい話題をありがとうございます。
日本語に汚い表現が少ないと言う認識は無く、新鮮でした。
日本人は言葉ではなく、村八分のようなもっと残酷な行為で相手を攻撃するような気がします。
狭いコミュニティではこれ以上効果のあるものは無いと思います。
Posted by 池田誠 at 2008年08月22日 09:50
最近、固い話が多かったように思うので、久しぶりに宋さんの柔らかい面が見れたような気がして、軽い気持ちで(でもちゃんと考えていますよ)読めました。「ほっ」とさせて頂きました。ありがとうございました。

「操」にはびっくりしましたね〜。

「日本の良いところは世界には通用しない」的なお考えもあるかもしれませんが、私は「侘び寂び」「凛とする」大好きです。
日本は日本の良さがあるのだから、自分達の文化の中でそれを大切にし、代わって外の文化と接触した際に、それを相手に押し付けないよう気をつけていけばよいのではないでしょうか?
Posted by KS at 2008年08月22日 09:56
世論『右翼』は右翼の皆さんに失礼かもしれません。教育でも安全保障でもそうですが、現実離れした空理空論を唱える人、それに付和雷同する人には『左翼』系文化人が多かった気がします。戦後のこの国の空気だけを見れば、世論『左翼』の方が正しいかもしれません。
 ただ、右でも左でも『翼』があれば風に乗ることも抗うこともできます。自分の考えも持たずに気分だけで脅迫メールを送る輩は風に漂うだけの芥なのでしょう。さて、私には弱くても小さくても『翼』はあるだろうか。そんなことをふと考えました。
 
Posted by さのたろう at 2008年08月22日 10:03
こんにちは

毎回、宋様のメールマガジンを心待ちにし、拝読させていただいております
 さて、普段なら私は自分の考えを、公に出しませんが、一つだけ気持ちを伝えたく、投稿させていただきました
「世論右翼」は、自分も思い当たることもあり、反省しながら読まさせて頂きました
その中に、下記の一文がありました
  >自分で考える習慣の無い人がよい仕事に付かない。よい仕事がないから不満が溜まる。
私は「あ...このような考えもある」と感じた一方、自分の考えを持っているが、社会にもまれ言えなく・言わなくなった人もいると思います
 この社会は、実力主義と言いながら、派閥や好き嫌いで意見を選ぶところもあるのです
そして、良い提案、前向きな意見、成果物を潰す上司や会社の体制も一部にはあるのです
その結果、多くを望まず、今の地位を確保するため、自分の考えを出さなくなる人もいるのです
 私は、宋様のご意見は、ほとんどの方にあてはまるお考えだと思います
また、宋様は私のこのような意見を踏まえた上で、書かれているかと思います
でも、書かずにいられませんでした。申し訳ありません
Posted by 早川 聡 at 2008年08月22日 10:08
私は以前、今回記載されている「我孫子」に住んでおりました。
子供たちがすくすくと育っていった、思い出の地です。
東京近郊でありながら、自然も程よく残っており、穏やかな人の多い温もりのある町でした。
「我孫子」とは、「我」=自分と、「子」=子供と、「孫」の3世代が仲良く暮らす町との意味で、誇りを持っていました。
近世の文豪が集まって著作に励んだ場所でもあり、「小椋 佳」さんが作詞作曲した「あびこ市民の歌」もとっても良い歌です。
ちなみに、我孫子に住んでいた時に家族で乗っていた車のナンバーが「8888」でした。
私としては「覚えやすい番号で、事故とか起こさないように気をつけよう」位にしか思っていませんでしたが、中国の方には羨望の素晴らしい番号と伺った事があります。
同じ言葉でも、地域によって捉え方が違うことを十分に認識しておくことが必要ですね。
日本国内でも、熨斗の書き方も地域によって様々です。まして、世界に広がると、思わぬ誤解が生じる可能性があってしかるべきです。
多少の誤解はあっても「真心は必ず伝わる」ものと過信しすぎないよう、気をつけたいものです。
Posted by 徳満 聖信 at 2008年08月22日 10:13
日本語に直接罵倒する言葉が少ないのは
建前が優先される文化のためでしょうね。
単語として表に出ている罵倒語は少ないが
皮肉と言う形で表現することが多いのではないでしょうか。
Posted by TOMO at 2008年08月22日 10:21
宋さんのメルマガいつも本当に楽しみにしています。いつもピンポイントでするどい指摘をされるので感心して読ませていただいています。
今回のメルマガで宋さんに対する心無いメールが送られているというのを読んで同じ日本人として恥ずかしいと思いました。
私は母国を離れてがんばっている海外の方には本当に尊敬の念を抱いています。
宋さんは私が最も好きな経営者の1人です。今私の中では一番かもしれません。
ひどいことをいう人もいますが、私のように陰ながら宋さんを尊敬し応援している人もたくさんいるということを忘れないでこれからもするどい視点で日本人の目を覚ませるような記事を書いてください。読むのを楽しみに待っていますので!
Posted by 古沢 幹子 at 2008年08月22日 10:21
ご無沙汰しています。
日本では、中国も韓国も同様だと存じますが、最たるものは、北朝鮮です。何を申し上げたいかというと、マスコミも含めて「メディアリテラシー」教育が子供のころからほとんどなされていません。
 大学にいたっても多分、哲学科や社会学、ジャーナリズム論を専攻、もしくは歴史をかなり深く勉強しない限り、この問題に触れることは、少ない気がします。

 欧米でも、ドイツから北のヨーロッパを除いて(英国は含みません)は、実は同様です。国を挙げて「愚民」教育を行っています。「フィンランド・メソッド」は、メディアリテラシーを高めていく数少ない可能性の一つかもしれません。

 その意味では、「世論右翼」ということばは、あまり当(的)を得たことばとは思えません。むしろ「付和雷同分子」とでも言うべきでしょう。
 自らの感性と思推する力を身につけるほかはないのです。
 マスコミの記者もまた、一部の方を除いては同様です。
 制度やシステムには、必ず欠陥が有り、それを利用しようとする悪意の人と善意の人の両側の存在があって成り立っています。小泉構造改革の中で行われた規制緩和には多くの欠陥が有り、弱肉強食が進んだことはご承知の通りです。但し、労働市場の弾力化は、海外との賃金格差が存在する以上、別の形で日本の経済に打撃を与えたことは市場経済と歴史の必然だった気がします。

 他方、中国語と日本語は、同じ「漢字」を使っている民族なのに大変滑稽で奇妙なことがしばしば起こることは、友人の莫邦富さんもたびたび指摘しています。発音だけ取ってみるととても変なことがまた別にあるようです。オリンピックの野球に出ているG.G佐藤のジージーもそうですし、昔のローマオリンピックのときに日本の選手の名前が「カツオ」だったことも一騒ぎになりました。
Posted by 沼田一博 at 2008年08月22日 10:30
宋さんのご意見を拝見するのを、いつも楽しみにしております。

今回のブログの中で、村上ファンド問題で宋さんの国籍を問題にするような発言があったとのコメントがありました。

私自身、何度か中国へも行っておりますが、日本人駐在員が「中国人というのは・・・」と中国の人すべてを一くくりにする発言を聞くと悲しくなります。

当たり前のことですが、中国にも日本にもいろんな人がいます。

「中国人だから」「日本人だから」という表現でものごとを語る時、その人には細やかな感性が失われている。そう私は思うのです。

相手がどこの国・どの民族であれ、その人一人一人を見つめる姿勢を持っていれば、どの国の人々も根っこでは同じだと痛感させられます。

中国人であり、かつ日本在住経験の長い宋さんだから発見できる日本への提言・・・宋さんの意見を楽しみにしている日本人は数多くいます。

これからも臆せずどんどん発言をして頂ければと願っております。
Posted by 上野 陽一 at 2008年08月22日 10:30
世論右翼とは宋さんらしい造語と感心させられた。自分だったら世論に巻き込まれて騒ぐ人間を「烏合の衆」くらいに呼び、その中で突飛な行動をするものは「出しゃ張り」位だろう。しかし、格差格差とか、派遣労働禁止と騒ぐのは「世論左翼」と言ったほうが適切では。公平も大事だが、自由はどうするのか。派遣労働禁止になると職業選択の自由は、実質的に規制されるのと同じになるのでは。正社員になりたい人は、社員として職務選択の自由がある意味制限されるリスクを承知すべきだ。マスヤジ‘08.8
Posted by マスヤジ`08 at 2008年08月22日 10:43
大阪にも同じ読みの駅・地名があり、こちらはひらがな表記なのが不思議だったのですが、地域柄そうせざるを得なかったのだろうと納得します。
侮蔑語が少ないのは識字率の高さや、文治政治の影響もありそうです。自衛隊では感情的になるな、理論的に反論しろ、と指導してるそうです。

匿名発言については、「狂夫の言も聖人は選ぶ」が参考になると考えてます。
当時は紙などが貴重だったため、意見を述べるには人前で話さざるを得ず、この時点で自分の素性が知られている点が、昨今のネット匿名発言と大きく異なる点です。
ネット匿名発言者はこの狂人にも及ばない小心者なのだろうと思うことにしています。
Posted by 横田 at 2008年08月22日 11:30
本題に関するものではないのですが……。
「我孫子」は大阪市住吉区にもあります。皆さんが知ったらびっくりするでしょうね。
私が勤務する企業は大阪(本社ブロック)と鹿児島(南さつま市)に工場があります。
私が聞いていました最初の勤務地は鹿児島でした。……鹿児島弁は何にも知らないし、また普段にわたしが使っている言葉で忌み嫌われる言葉はないだろうかと心配したものです。
言葉はその地の文化です。大切にしなければなりませんし、その地方に係わりのある人は十分に心すべきと思いました。
Posted by 原田啓次 at 2008年08月22日 11:33
宋さんのメルマガには、日本でビジネスを成功させた中国人の方で日本社会や日本文化を良く理解してらっしゃる方の大変貴重かつユニーク意見や発見があります。必ず何か「ほうっ!」という新しい視点を提供してくれますので、毎号楽しみにしています。
今日の「日本語には、罵りの言葉が少ない」という指摘は、私には特に興味深く感じられました。と言うのは、それは、特に中国や欧米文化との対比における日本的なるものを象徴しているように思われるからです。ご推察のように、日本人は個別には面と向かって他人を攻撃することは滅多にありません。そういうことをすると、とことんやり合うという大変極端な危険な状況になりがちです。健全というか安全な攻撃(あるいは批判)の仕方を知らない、訓練を受けていないとも癒えるでしょう。また、はっきりと攻撃あるいは批判すべき状況でさえ、自分の内面で怒りを処理し表面に露さないことを、「寛容だ」とか「人間が出来ている」とか「大人だ」とか賞賛する気分すらあります。それはそれで、一つの文化的特徴で、場合によっては美徳と呼べるものかもしれませんし、一概に悪いとばかりは決め付けられませんが、昨今良く見られるように、上手く発散されずに内向し鬱積した暴力的エネルギーが、全く無関係な状況で無関係な人たちに向かって暴発してしまうという恐ろしさを抱えています。それはまた、取り敢えずの表面上の平和が、議論や討論で問題点などを明確にする作業よりも重要だ、ということに結果的になってしまうことでもあります。KYが良く云々されることなど、まさしくその表れであり、若い人ほど逆にそんな傾向が強くなっているのではと危惧されます。極めて同質的な社会を形成していた昔の日本と違い、これほどに多様化した社会で、言葉という手段を使わずに以心伝心的なコミュニケーションを期待することの愚かさと危険を、肝に銘ずるべきでしょう。特に若い方たちには、自分の頭で考え他者と議論することの大切さを、もっと理解してもらいたいと思います。
Posted by 悦 星人 at 2008年08月22日 11:33
私は日本へ興味を持ち、理解し好いてくれる外国人の方への外国人としての括りで罵声を浴びせる人が嫌いです。特に”世論右翼”的な人はそうです。

ただ、日本たたきが激しかった80年代のアメリカのように、今の日本は激しい競争を乗り越えて日本へやってきた中国人学生が日本で就職することが増え、長いこと文化的な鎖国をしていた日本人に取っては仕事を奪われる的な感覚があるのだろうと思います。特に、その人自身に現状置かれている環境を解決する能力が欠如している場合は、自分自身への不満が他者に容易に向けられやすいと思うのです。

日本人は中国人のように自ら主張したりすることは少ないですし、表面上おとなしいですが、自分の不満をぶつけることのできる風潮がある時に、本音が出てくるのだと考えています。それがまさに”世論右翼”じゃないのかなと思います。
Posted by くじら at 2008年08月22日 11:39
操の話
宗さん。
毎回、為になるお話をありがとうございます。
日本のみさおが中国では「ファック」だとは驚きでした。
私が現在在住するタイでは日本で言う「熱(温か)い心」は「短気」で嫌われ、「冷たい心」は「冷静」で好まれます。
所変われば、変わりますよね。
「節操の無い」と言う表現は日本にもあります。これは中国語のイメージが強いのではと思います。

これからもメルマガ楽しみにしてますので、末永く続けてください。
Posted by 牛島雄一 at 2008年08月22日 11:45
宋さん、こんにちは。
北京オリンピックも佳境にさしかかり、昨日は日本女子ソフトボールが金メダルを取りました(手前味噌で申し訳ありません・・・)
宋さんはひょっとして現地で競技を見たりされるのでしょうか?

さて、今回の”世論右翼”ですが、ご自身の造語のようですが、あいかわらずセンスの良さを感じます。正確に言えば、センスというより、”キャッチー”なネーミングや、言葉遣いが非常にお上手だといつも感心させられます。キャッチーというと、ややもすると、表面だけ、字面だけで人々の興味を引きつけ、中身があまり充実していないものを売りつけようとする・・・という負のニュアンスもありますが、宋さんの場合はそうではありません。何事もまず相手に読んでもらう、手にとってもらう、興味を持ってもらわなければ始まりません。そしてきっかけを作っていただいて、宋さんのコラムを読んだ後に、期待感が裏切られた事は一度もありません。

いわゆるイデオロギーを明確に持たないままに、大衆心理に乗っかってアジテーションしてしまうという群集心理は恐ろしいと、私も感じます。今回のコラムは、その事をとてもわかりやすく伝えることに成功していると思います。しかもご自身のツライ実例を交えて・・・。

日本語の美しさ・・・宋さんから言われると逆に新鮮な感じがしました。それとともに、長い歴史を持つ中国の文字、言語、文学に興味が湧いてきました。中国の文化を理解するためにオススメの日本語の(笑)書籍などございましたら、またコラムなどでご紹介いただけますと幸いです。

まだ残暑が続きますが、ご自愛なさってください。
Posted by IT営業 at 2008年08月22日 12:02
宋さん、日本人の恐ろしさって、日本人が全部そうみたいじゃないですか。
なら、こっちも言いたくなるんですよね。
中国人はどうこうって。
宋さんは中国人だから中国人の恐ろしさには慣れてる、もしくは麻痺してるのかもしれませんが、日本人なんて、中国人に比べたら優しい方じゃないですか?
それとも、上辺から受ける温厚な印象とのギャップが恐ろしいんですか?
自分、この前、中国人女性に(石欠)死って言われましたよ。
あと、自分で考えないからいい仕事がないって、極端じゃないですか?
Posted by 文明拉拉隊 at 2008年08月22日 12:33
日雇い派遣原則禁止に賛成です。
労働は神聖な行為です。雇用者は労働を提供する者に敬意を払い、被傭者は雇用者に感謝しながら働くことができる社会システムの構築が必要です。
日雇い派遣は、結果的に、日雇いでしかやって行けない社会的弱者を想定し、その弱者の弱みを前提に労働者を低賃金で固定するシステムとなっています。
むりやり高度成長政策を続ける中国における農村地域の、赤貧あ洗うが如き人々を都会に労働者として狩り出し、人入れ稼業(派遣業に等しい)によって選ばれたほんの一握りの人達がその日の職にありつけ、明日をも知れない生活を余儀無くされている社会システムを見るべきです。
そこには、人間の尊厳や労働の神聖さなどは、寸毫も見えません。ただ、拝金主義者の精神のみ。
派遣業に制度上の欠陥があるとすれば、労働市場において、社会的弱者の立場を利用して低賃金を強いることの一言に尽きると考えます。
また、宋さんは、「規制を緩和しすぎた行政側も問題がある」と仰いますが、一人役人組織としての行政側に責任があるのではなく、「規制改革・民間開放会議」という政府の高度な機関の、人間社会にあるべき節度を忘れたポリシーに問題があるのです。
この場合、規制緩和を量的にしか考えないので、どこまでならよいかなど、終わりのない議論に終始するのみで、確たる策はでないのです。
派遣業そのものは、適材適所のマッチングでそれなりに労働市場に機能します。
しかし、このまま派遣業システムには、労働市場の社会的弱者を食い物にするような部分が含まれていて、それが日雇い派遣なのです。
物を売る商売は物を売ることで成り立ち、売れなければ商売を変えればばよいが、労働は人間の行為そのものであり、人間の生活そのものあって簡単に代替ができないのです。
であるから、労働市場の社会システムには、その観点から、格別の設計が必要になるのです。
たとえば、日雇い派遣は禁止して、ハローワークのような公的機関で、ある程度の雇用期間の幅を前提にして職業の斡旋をする制度を再検討するとか。
民間に開放したまま問題を克服するような新しい制度などというのは、絵空事であり、新しい規制を生むだけです。
問題の逮捕男が派遣労働者になったことは、自ら派遣制度に加担したことにはなるでしょう。しかし、その派遣制度がよいということにもならず、また、その男もそうせざるを得なかった事もあるでしょう。
逮捕男のような者を出さないためにも、ピンぴんポイント制度改革が必要です。
宋さんの「世論右翼」には同感します。
戦前戦後にかけて活躍した政治思想史家の丸山真男という学者がいました。
彼は、ファシズムについて明確な定義をして警世をしています。
つまり、自由主義社会は多様な思想が自由に表明され、その万機公論によってその社会、国家の方針としての思想に収斂していくのであるが、ファシズムは、思想ではなく、特定の思想に社会をセメント化する行動様式又は手法であるとしています。
人々が、国家機関が、自由をよいことに、物事に対する曖昧な考えのままに世におもねているのが現在のようです。
物が溢れ、飽食の社会の定見のない人々が、あるいはジャーナリズムのプロパガンダに踊り、あるいは極左、極右の主張に左顧右眄する様子に大いなる危惧を感じます。
「世論右翼」「世論の洪水」はファシズムの温床として警戒するべきでしょう。
これは、「日本人の怖さ」ではなく、どこにでもあることです。
このオリンピックの最中の「中国人の怖さ」は、中国人選手が途中でリタイヤした際に浴びせた「死んでも走り続けるべきだ」などの酷さに見ることができます。この酷さはさすが日本人にはありません。
野口みずきさんがマラソンで欠場の止むなきに至ったときも、多くの日本人は、彼女の心情を慮る「惻隠の情」をもってテレビを見ていたはずです。
怖いのは無定見が生む煽動に弱い体質です。
しかし、侮辱的な言葉でメールを送って来た者には毅然たる態度で、訴えを提起すればよいのです。
宋さんは、「彼の立場を知って彼を許すことにしました。」と仰っていますが、私には理解できません。結局曖昧な態度と云う他はなく宋さんの信条にも関わってくるのではないですか。
いつも、すがすがしいご主張を拝見しています。中国人の宋さん頑張って下さい。
Posted by 森哲也(経済同友会幹事弁理士) at 2008年08月22日 14:42
世論右翼には笑いました。右翼でも左翼でも自分の主張を押し出す時には極端な行動をとりますから同じでしょう。尤も左翼の場合はテロ行為迄(昔の赤軍派みたいな)発展しそうと思いますが、如何でしょうか。

何時からか自分の意見を主張することはいけない事(我侭であるという論理)だと教育されていた世代が、あまりにも長く又多い。その為現在のように個人的にものを言える時代(ネットなどにより)になって、抑圧したものが一気に噴出したかのような発言が結構飛び交ってますよね。後は多数派になりそれで他を圧倒しようなんて・・・。

切れ易いと言うのも、抑圧分の反動でしょう?実際行動をとる切れ易い人の方が怖いですけどね。・・・此方が世論左翼?

因みに現在中国駐在約20年近くになる私ですが、宋サンの言われる通り中国語の罵り言葉は実に多いですね。今でも言い争いの場面で時々新しい言い回しで言われてしまい、その度に辞書とにらめっこが続いてます。

中国に赴任して数日で、通訳の言い回しがどうも私が言っている事と違う様子なので、注意した途端、ワンパタンと言われ、その当時中国語が殆ど分からなかった私には何の事やらさっぱり分からず、周りの中国語の出来る日本人にも聞いてみましたが正確な答えが出なかったものです。後で漢字から意味を調べてびっくり。宋サンはお分かりと思いますが、こんな事を罵り語にしてるんだと、改めて中国語の慣用句には気をつけなくちゃと思うようになりました。・・・勉強を中国人に漢字で書くと何か変な顔されるのと一緒ですね。要求勉強なんていったら大変。

然し、ここ5〜6年の中国の年軽人(若い人)は何か10数年前の中国人とは一寸違う気がします。日本で言う所の「新人類」?でしょうか。ライフスタイルの変化が激しいので昔の日本を思い出して納得しています。何しろ古参の中国人がつい最近こぼした愚痴の中で、「今時の若い奴は」的な発言をしていたのは本当にそれを象徴しているようですね。宋サンは最近の若い世代の中国人はどう思いますか?

アニメファンが増加し、ヲタクも増え、コスプレ喫茶(最初は飲み屋から)も市民権を得(?)、会社関係の中国人の友人の知り合いの中では、どうやら引篭もりの子供も出ている様で、中都市の地主の息子たちの中には定職に就かないで、親の金で豪遊するのも出る始末。なんかバブル期の日本を見ているようでなりません。日本の移り変わりと中国の移り変わりを好い時期部分で過ごしている私にとって心情的に非常に複雑です。このような視点からも切り込んでみては如何でしょうか?

最近思うのは、日本の方が社会主義的な側面が多いような気がします。この中国にいて最近、結構一般の人は自由を謳歌しているなと思います。これもどうでしょうか?

コメントにならなくなっていますが、これが働き始めてから半分以上の時間を中国で過ごしてきた私の感想です。
Posted by 文明評価的 at 2008年08月22日 15:49
宋さん
 いつも、楽しい話題を有難うございます。日本の漢字は、当初は中国、韓国からの輸入され、日本文化により、変遷したり、新しく生まれたわけですので、我孫子、操の様な、話は、今後も、時々お願いします。一言!千葉県の我孫子は町ではなく、市ですよ!普通の気持ちで町と書いたのでしょうが、我孫子はれっきとした市ですので、お間違え無く!
Posted by てっちゃん at 2008年08月22日 16:24
世論右翼、大変興味深く読ませていただきました。
自分で考えられないような環境が周辺に多く存在することはきわめて危険です。
特にメディアは注意すべきですね。
最近気になるのはテレビのテロップです。
バラエティ番組は全てテロップ付きです。
あれはやりすぎですよね、誰かが作為的にしているとしか思えません。
あれを見ている間は思考が停止しているような気がします。
Posted by のんたろう at 2008年08月22日 16:47
いつも楽しく拝見させていただいております。
「世論右翼」というタイトル、最初は宋さんの所謂”釣り”か?とも思いましたが、あえて釣られてみたいと思います。
他の方もコメントされていますが、自分で考える習慣や主義主張がなく、多様性を失って洪水化した世論に流されて、極端に走る人間は、右翼/左翼に関わらず、存在します。今回の例でいえば、労働環境に不満で経営者を攻撃しているのですから、むしろ左翼的行動ともいえるでしょう。それをあえて、「世論右翼」と命名された宋さんの考えを推察するに、おそらく、中国(中国人)を攻撃するもの=日本右翼=悪 という偏見が宋さんの心の奥深くにあるのだと感じました(実際に右翼団体に脅された経験があるのかもしれませんが)。これは中国人の宋さんならではの感覚で、我々日本人には違和感を覚えるものです。宋さんにその意図がなくても「世論右翼」といったキャッチーな言葉は一人歩きします。宋さんほどの見識のある方でさえ、「常識」という部分で日本人と相容れないところがあるのだな、と改めて日本と中国の溝の深さを感じたしだいです。
Posted by 都市部 at 2008年08月22日 17:39
宋さん、お久しぶりです。

子供のころお世話になりました、津元佳比古です。ご活躍をずっと見させていただいておりました。本当にお懐かしいです。いま私は総合商社で繊維のビジネスをしております。

全然本論からハズれてしまいますが、「操」というのは「cao」という音に当て字しただけなんですよ。本来「FUCK」の意味で言われる「cao」の漢字は、上に「入」、下に「肉」と書いた字でした。



   ←こんな感じですね

エラい卑猥な漢字があったものです。
あまりにもストレートすぎるということで、いつの時代から「操」が当てられるようになりました。日本で「みさお」と読むのは本当に皮肉な偶然ですね。

本論から大幅にズレましたが、依然中国語へ情熱持っていることだけでも伝わればと思いまして。益々のご活躍をお祈りしております。
Posted by 津元 佳比古 at 2008年08月22日 18:59
「操」の字について
中国語には、似たような言葉が一杯有ります。「幹」もその1つ。地方によっても違います。
しかし、昔、少なくとも漢字が日本に伝来するまでは、中国語の「操」も「きれい」な言葉でした。三国志に出てくる曹操も、蒋幹の時代は、「きれい」だった筈です。
中国の古典を読んでいますと、現代中国語では疾うに変わっていて、日本語では同じ使い方、同じ意味の言葉によく出会います。たとえば、「叶う」というところの「叶」は、唐代では日本語と同じ意味でした。島国日本で外との交流が無かった分、昔のきれいさが残ったのかも知れません。
Posted by 半部春秋 at 2008年08月22日 21:37
まちBBS我孫子スレで、この記事を知りました。

日本語が「きれい」かどうか?については異論もあります。言葉は記号に過ぎないものであって、そこにどんな思いを乗せて使っているか?が、最後のきれいさを決定づけるものだと考えますので。そう考えれば、日本語も中国語も本質に違いはないでしょうし、恐らく「世論右翼」も「世論左翼」も、中国にも日本にも同様に存在すると考えます。

宗さんの日本語のレベルがどれほどのものか知りませんが、サイデンステッカーさんでさえ、日本語で情まで乗せた言葉を書くのは困難としてコラムを翻訳して貰っていた事があります。日本人でも言葉の理解と使うレベルは様々でしょう。
 ちなみに、記事中の「週間ポスト」は恐らく「週刊ポスト」が正しいと思います(新聞広告で確認してませんので、私の常識から。間違ってたら、それは私には驚き)。

「新聞にかけない話」の我孫子ですが、これはときどき中国の人の話として我孫子スレに出て来て、目新しい話ではないのですが、こういう話題を口にしない、と言うのも品格の現れとされる事もあります。例えば、上の記事で「ファック」と書かれていますが、映画やTVじゃ普通に出て来る言葉ですが、英米の新聞ではこれを文字にする事さえ憚られて、一部を伏せ字にする(笑)事がよく行われます。
 サントリーの創業者さんがクマソ(日本の一部を朝廷側から読んだ言葉)と口にした事から不買運動が起こった事があります。中国でのカルフール不買運動よりも、よほど論理的な帰結のはっきりしたもの。こうしたものに対する違いも文化の現れとも言えます。

ちなみに、単語のイメージが国によって異なるのは、よく起こる話。時間の経過と距離は、恐ろしいほどの転換を結果として、もたらします。

一般的に言って、由来が意識されたものは、本国よりも昔の形態を色濃く残します。米国英語が英国英語より古い形態をより残していたり、ブラジル移民の日本語が古い形であるのは、その例。しかしながら、既に漢字は日本独自の発展を進めている気がします。
日本で作られた言葉が中国でそのまま用いられている例も多いですし。

すみません。段々何を言ってるか判らなくなって来ました(笑)。もともとは、我孫子を上の記事の様に書くだけで思考を停めるのではなく、もっと先に施行を進めてきたら、どうか?と示唆(裏の意味は「叱責」)しようと書き始めたのですが。

後で、もうちょっとまとめた記事にしてトラックバックさせて頂く事にします。
Posted by レイ豚@日立柏酒場裏 at 2008年08月25日 00:18
宋文洲様。

 私は、広州市でIT会社を経営しております。日々、中国人との奮闘で、貴殿のメルマガは私の栄養ドリンクとなっています。
今回もまた、勇気づけられました。

日本人からの誹謗中傷もひどいようですが、中国で経営している日本人の私も同じ状況。
また、アメリカであっても同じ状況でした。
我々は日中間の限定的な話として言うのではなくて、国際的な一般論としての前置きが少しあった方がいいかもしれませんね。

では、今後もご活躍お祈り申し上げます。

片山賢治拝。




Posted by 片山賢治 at 2008年08月25日 11:39
荒れる内容を書くのは止めてください

宋文洲さん
Posted by こんにちわ at 2008年08月25日 20:25
いつも面白く読ませてもらっています。
 浅野史郎さんのご意見も楽しみにしていましたが、今回で終りとのこと、残念です。浅野さんの今後の一層のご活躍を期待しております。
 お二人の意見に共通するのは、常識にとらわれない意外性のある発想ではないでしょうか。しかも自らの地位や欲得に拘らない潔さを感じます。
 現在、日中韓とも偏狭な排外主義がインターネットで荒れ狂っています。いずれも儒教の影響のもと、権威主義的傾向のある社会で、情報が官や権力者に独占又は制限されて、国民は十分な情報を得られず、妄動する傾向があります。
 この傾向を変えるには、浅野さんが言われているように、官の情報公開が日本では必要です。
 中国でも同じですが、これは共産党独裁と絡んでおり、非常に困難ですが、中国が世界の国から信頼されるには、避けて通れないここと思います。
 日本と世界の安定、発展のためにお二人のご活躍を期待しています。
 
Posted by 金田 邦彦 at 2008年08月26日 08:02
以前 旧満州にいた頃、中国人と喧嘩すると マーラカピー と言われました。 その後ある時中国人と通訳を通して話をしている時に 昔話になってその言葉を使った事を話しました。
すると通訳の女性が真っ赤な顔をて ・・・ということです。と相手に話しました。
その後 通訳の人から中国人は相手を罵る時に性的なすごい表現をするのです。と聞きました。結局私はその本当の日本語訳は分かりませんでしたが、それ以降使わない事にしております。
Posted by 鳥巣嚴久 at 2008年08月29日 16:25
反日本、反中国の韓国人も
反韓国、反日本の中国人も
反中国、反韓国の日本人も

全部同じタイプの人間ですよ

反日本の中国人も、反中国の日本人も
国が違うだけで同じタイプの人間です

たまたまその国に生まれただけで
別の国に生まれてたら批判するでしょうね
Posted by こんにちわ at 2008年08月29日 18:29
ライブドア元社長の堀江貴文被告(35)が先月再開した
自身のブログ「六本木で働いていた元社長のアメブロ」で2日、
「自民党総裁論」を語っている。同被告は新総裁として
「私なら竹中平蔵(元総務相=57)さんを推す」と明言。
その理由として「会った政治家であんなに頭脳明晰(めいせき)で、
わかりやすい演説をする人はいなかった」と説明した。
自民党の現役政治家では「舛添さんかな」と、
舛添要一厚労相(59)の名前をあげた。


六本木で働いていた元社長のアメブロ
http://ameblo.jp/takapon-jp/

ホリエモンがブログ復活させたらしいです
Posted by こんにちわ at 2008年09月03日 11:59
1.世論右翼について
私は元SEなのですが
仕事柄扱うコンピュータは入力情報について分析ができないので「融通が利かない」
しかし人間は分析できるので「思考に柔軟性がある」はずだ
と思っていました。
しかしここ数年「あるある大百科」のような情報番組に振り回される人達や
宗さんのおっしゃられる世論右翼のように
ゴミデータを入れると暴走してしまうコンピュータのような人達が
かなり多いように感じます。
「論理思考は冷たい」というイメージを持ち、感性を重視する昨今の風潮が
逆に人間を半端なコンピュータに貶めているのではないか、
また、クリティカルシンキングをはじめとする
科学推論を国民の大半ができるようにならないと
かなりまずい未来になるのではないかと思っています。

2.我孫子について
2.1 中国の人は老いに価値を置いていると思った
今、日本で我孫子の意味を直訳して相手に投げかけても悪口には取られないでしょう。
それはおそらく
「子供=純真、無垢、素晴しい」
「大人=腹黒い、ずるい」
ような子供中心の世界観があるからだと思います。
実際、家族の中の呼びかけは末っ子の視点から
お兄ちゃん、お姉ちゃん、お父さん、お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃんと呼ばれます。(末っ子は名前で呼ばれる。弟ちゃんとは呼びませんね)
世界の中心は最年少の者にあるわけです。

対して中国では我孫子と言われると心底怒りを覚えるという。
これは老いに価値があるという考えがあるからではないでしょうか?
本来、老人は知識や経験、功績のストックを持ち敬われるべきもの。
子供をないがしろにしろとは言いませんが
私は我孫子と言われたら怒りを覚える中国のほうが正しいのではないかと思います。

2.2 なぜ日本に我孫子という地名があるのだろう?
不思議ですよね?(笑)
Posted by らく at 2008年09月04日 11:07
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