「アエラ」の取材に応じるために久しぶりにソフトブレーンの本社を訪ねました。経理の若い社員が私のところに寄って来て「宋さん、これを書類棚から見つけました」と一枚の会社案内を渡してくれました。
それは平成10年に作られたソフトブレーンの会社案内でした。若かった社長(私)と若かった社員達の写真をみていると10年前の思いが急に蘇りました。
ちょうど10年前、私と会社は札幌から東京に移りました。今のようにネットから地図や乗換え情報を瞬時に得られるような時代ではなかったため、顧客のオフィスにたどり着くだけでも大変でした。
当時のソフトブレーンは創業から5年経っていて、事業はまだ土木のソフトウェア販売でした。社員も2、30名程度で、土木業界の一部技術者を除けば殆どの人々はソフトブレーンの会社名を聞いたことがありません。
その時の自分は何を考え、社員達は何を感じていたかを知りたくてパンフレットを隅から隅まで読んでみました。
社員募集に主眼を置く会社案内だったのでインタビュー形式をとっていました。社長への印象を聞かれた社員達の答えは「社長は自分が指示したことをよく忘れる」とか、「声がでかい」とかがありました。これを読んで「あ、もう一生変わらないな」と思いました。
10年後のことについて聞かれた社長(私)の答えは「私が居なくてもよい会社になっている」でした。これを読んで「10年前に既に公式に宣言していたんだ」と今の自分は少々驚きました。
よく「人間は思ったことしかしない」という言葉を聞きますが、まさにその通りです。私は昔から「ベンチャー企業の最大の弱点は創業者への過剰依存だ」と思っていました。その思いがずっと変わらないからこそ、それに沿った行動も取り続けられたと思います。
知らない社員が増え、誰もが私に特別に気を遣わない、今のソフトブレーンは大好きです。自分が撒いた種が苗になり、しっかりした木になったような風景をみて自分の祈りが通じたと思います。台風が来る時は心配ですが、もっと強くなるようにと霊魂を込めて祈ります。
そういえば10年前の思いも祈る思いでした。上京し道も知らない私と社員達は、同時に事業の転換も図りました。いつ潰れてもおかしくない状態の中で私は10年後への思いを持ち続けました。
人生には「必ずそうなる」という保証は自分も他人もできません。しかし、どんなに大きな困難に直面しても、どんなに心細くなっても、人は遠くを見据え、思い、願い、そして最後に祈ることができます。
弁証法と唯物論をしっかり教えられた自分には宗教上のお祈りはできませんが、ベストを尽くしてもなかなか光が見えてこない時には祈るしかありません。祈りは弱った心に安らぎと休息を与える方法であり、逃避ではありません。
尊敬している稲盛さんがよく「祈ったか」と頑張っているつもりの若者に聞くそうです。祈るしか打つ手が残っていない時は全力を尽くした時です。この時の祈りこそ意外と通じるものが多いと思います。ただし、それは後になって分かることです。
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正直にいうと、もっと第一線で頑張って欲しいのですが、このような信念があるのなら、仕方ないですね。これこそが宋さんの背景になっているのですから。
これからもメルマガを楽しみにしてますから、息長く続けてください。
それでは。
一つ疑問に思ったことがありますので質問させて頂きます。「弁証法と唯物論をしっかりと教えられた」とありますが、現今の教育機関で上記をしっかりと教えてくれるところがあるのでしょうか。ヘーゲル弁証法と唯物論的弁証法、唯物論的弁証法と形而上学的弁証法の区別と連関など、学べるものなら小生も基礎から学んでみたいと思い続けております。
「祈りは弱った心に安らぎと休息を与える方法であり、逃避ではありません」
この言葉が気に入りました。
このあと、
「この時の祈りこそ意外と通じるものが多いい」とおっしゃってますが、このときの祈りが通じるというのは、宗教的祈りではなく、
すべてを尽くした後の自信に満ちた祈りだからだと思います。
こういうと、語弊があるかもしれませんが、
神頼的祈りには、努力がMAX状態でなく、少しやり残したことに対する補てんをお願いしているような部分があるような気がします。したがって、人事を尽くした時の祈りに成功の女神がほほ笑む割合が高くなるのは当然ということという意味ですよね?
まっすぐにベストを尽くして頭も体も使い果たしたときにこそ、祈りが通じるのかなと思い、今自分が取り組んでいる課題を全うしていこうと再び決意しました。
このような大切なキッカケをたくさんの人に発信している宋さんは、とても素敵な方だと確信します。
これからも楽しみに購読していきますね。
長い眼で将来の希望を描き、必ずこうなりたいと強く祈る事で、成功へつながる思考を生み出すのでしょうね。
入りたくて、入りたくてしょうがない会社ですが、面接の結果の連絡がこないです。
これが最後のチャンスかもしれないのに、連絡がこないです。
運命のように今頃の私に宋さんからの「祈りが通じた時」というメッセージが届いてびっくりのあまり、朝から泣きました。
私にも「祈りが通じた時」が来るように、祈っています。
夢を抱いた人たちが次々と起業に挑戦しますが、多くは志半ばで矢弾尽きるか、深手を負って挫折しています。それを考えると、数少ない成功例であり、しかも、自分が居なくても発展した稀有な会社と言えるのではと思います。
今回の浅野さんの福田内閣論。常識的ではありますが、とてもいい(正)論だと思います。福田氏は小泉氏の遺産で首相になっただけ。早目に区切りをつけて国会を解散し、自らについて国民の審判を受けるのが筋でした。
それを、いまだに支持率が低いとか、グッドな時期を探ってからなどと、自信のない政権亡者の声を聞いたり、新聞報道では自分は選挙前に逃げて、麻生氏にやってもらう密約説があるとか噂される軟弱振りにあきれる。
しょせん一国の首相の器ではない。
最近ちょっと、仕事に閉塞感を感じ、どうすればいいか少し悩んでいた時でしたので大変参考になり、とても元気をいただきました。
本当にありがとうございます。
私も十年後を見据えて決断していきたいと思います。
今回は浅野氏のコラムに関してコメントします。
氏も直接政治から離れ色々と論評されているようであるが、宮城県知事時代の業績は皆無といえる。情報公開をいち早く行ったと言うが、枝葉議論に過ぎない。前回の東京都知事立候補も中途半端である。今仙台は赤字垂れ流し地下鉄で今後身動きがとれなくなる可能性がある。地方行政は、その地域の住民がグットライフを送る為の基礎作りが最大の業務である。残念ながら浅野氏は何一つ出来なかった。現自民党政府よりもお粗末といえる。県発注の大型工事は談合されていた。一度よくお考えいただきたい。
はじめまして。
浅野史郎さんのHPから、貴メールマガジンの存在を知り、講読の申し込みをさせていただきました。
今日はじめて受け取りました。
内容のすばらしさについてはまた後ほど書かせていただきますが、私が特に感動したのは、いただいたメールの冒頭の『お邪魔いたします』という言葉です。
これまでいくつかのメルマガを講読しておりましたが、このような柔らかな低い物腰で我がメールボックスにお越しいただいたメルマガは、はじめてです。
これだけでも講読の申し込みをして良かったと感激した次第です。
この感動をまずはお伝えいたしたく、書き込みをさせていただきました。
こちらこそ、またお邪魔させていただきます。
宋さんのメルマガに、いつも力付けられております。ありがとうございます。おっしゃる通り「やるだけの事を、し尽して、その後での祈りは通じる。」と思います。
機械エンジニアとして、ブラジル移住し31年。サラリーマン時代は、リストラ歴8回、失敗の連続で、生活も苦しかった。同時期の移住者の9割は日本に帰国しています。16年前に学生寮を設立し独立。経営者となり、もうリストラはありません。経営も何とか順調、(3人の子供を育ててくれた)家内に感謝です。
宋さんの尊敬する、稲盛和夫を塾長とする、経営塾(盛和塾クリチーバ)に入れて頂き8年学んでいます。この勉強会で、経営者の心根が正しい事が、いかに重要であるか、学んでいます。この歳になって、多くの学びの仲間に出会えました。
宋さんがブラジルにお越しの節は、是非ご連絡下さい。全力を尽くして(ブラジル旅行の成功を)サポートさせて頂きます。ブラジルで、お会いしたいですね。
10年前にSB社で御一緒させて頂いた者です。
もう10年も前なんですね。
あの頃の会社案内は僕にも記憶があります。
一番の想い出は、宋さんの自宅マンションに
社員が集まって花火を見たことです。
あの時のSB社が一番僕は好きでした。
紆余曲折ありましたが今こうして無事に人生を
送ることが出来るのもSB社での経験があったからだと思います。
その感謝の気持ちだけは忘れないようにしたいと思います。
万策尽きた時「諦めない」という選択肢がある。
壁は己の心の中に自ら作り上げているのでしょうね。
素晴らしい「気づき」をありがとうございます。
宗教上のお祈りはできないとおっしゃっていますが、おそらく神の存在を信じられないという意味でしょうか。仮にそうであったとしても、宗さんのお祈りはきわめて宗教心に富んだものであるように感じました。
人間としての自分の限界を知り、人間を越えた力の存在を感じることこそが、宗教心というものではないかと思います。特定の宗教に帰依しなくとも、生きていくことはできますが、宗教心を持たずに意味のある人生を送ることは、不可能ではないかとも思われます。
暑い日が続きます。夏は若者の季節ですね。
若い人が一生懸命働いている姿っていいですよね。
思わず「がんばれ!」と応援したくなります。
北海道は景気が良くなく、某データバンクからの倒産情報が、毎日届く状況です。
しかし、その中で、どの経営者も、北海道は厳しいからと言っているだけではなく、
必死に頑張っています。
”いつ潰れてもおかしくない状況”
そんな状況を乗り越えて行く経験は、
普通のサラリーマンでは味わえない(?)
もので、まさに生きている(生きた心地がしない?)証だと思います。
100年したら、自分の存在を覚えている
人は居ないでしょう。いや50年後でも、
小泉首相ですら、教科書の歴史上人物でしかありません。
この世に生を受けた事自体、奇跡だと思います。そしてこの世の中全てが奇跡です。
宇宙広しといえ、地球人だけでしょう。
この様な、感覚で生きているのは。
今まさに、いつ潰れてもおかしくない状況
の中に居りますが、とにかく、
この授かった命を、燃やし尽くしたいと想った、そんな素晴らしい文章でした。
いつも感銘を受けております。
ありがとうございました。
いつもメルマガ、楽しみにしています。
宋さんの文章は、本当にすーっと、心に
入ってきますね。
10年くらい前でしょうか、御社の若い
スタッフと宋さんと私で食事会をしたり
楽しい時間を過ごさせていただきました。
その頃から、「自分がいなくても動く会社」を目指されたいたんですね。
みんな社長は、わかったいるんですね。
そうしなければいけないって。
でも、みんなできないんです・・・
私も「経営者は人を動かすのが仕事」と
思って経営していますが、まだまだです。
今後もメルマガで、多くの人に影響を
与え続けてくださいね!
楽しみにしています。
稲盛さんの「祈ったか」は感激しました
私は「なにくそ」「負けるものか」でやって来ましたが、若者には「祈る」の方が判り安いでしょう
早速、社員に「祈る」と云う希望を教えたいと思い、メールを書きました