大新聞の恥

タクシーに乗った私に運転手さんが突然に声をかけてきました。「お客さん、7人も通り魔に殺されたのを知っているよね?」と。「えっ、それはどこの国で起きたの?」と聞くと「日本だよ、日本の秋葉原だよ、この国も危ない国なったね。まったく・・・」。

運転手さんは、まだぶつぶつ文句を言っていましたが、私はむしろなぜこんな大事件を知らなかったのかについて懸命に考え始めました。

事件当日の日曜日は、テレビを見ませんでした。月曜日の朝もテレビを見ませんでした。チャンネルの数が少ないですし、笑えないお笑い芸人がたらい回されているだけです。そういえば、最近しばらくテレビを見ていないことに気付きました。

ニュースはいつも新聞の朝刊で読みます。だから毎朝真っ先に新聞受けに向かいます。「そういえば今朝はなぜ新聞を見なかったのか」と考え始めると、すぐ「そうか、今朝の新聞受けは空だった。今日は休刊日だった。」と気付きました。この瞬間、前からずっと溜まっていた大手新聞の休刊癖への不満が湧き上がりました。

「日刊」と自称しながら発行しない日があるのが大手新聞です。しかもライバル同士なのにちゃんと相談して同じ日に休刊することにしています。配達や整備などの都合だと言い訳をしていますが、これは典型的な業界談合です。

7人が死亡し、十数人が重軽傷を負うという前代未聞の大事件を朝刊の紙面に載せることができません。報道のプロとして記者や編集者達は相当悔しい思いをしていたに違いありません。何しろ、現場に飛び込んで取材しても新聞そのものが発行されないのですから、そのニュースを流しようがありません。

新聞を牛耳るフィクサー達にとって休刊日は当然のようです。「俺が報道しない時は世の中にニュースはない」という傲慢な態度です。右の新聞も左の新聞も仲良く休むのもまた不思議です。よっぽど夕刊フジや日刊ゲンダイのほうが新聞らしいと思います。

P.S.
一部の方はもうご存知だと思いますが、私は毎週「週間ポスト」で「時字放談」という気楽なコラムを書いています。先週は四川大震災と絡んで「災」の字を取り上げました。今回の震災に際して日本が一早く駆けつけたことで中国国民の間に感動と感謝の気持ちが広がりました。久しぶりに日中間の絆を感じました。


この記事へのコメント
全く同感。ただ、「記者や編集者達は相当悔しい思いをした」かどうかはは疑問。
Posted by 平戸正尚 at 2008年06月13日 09:14
>「日刊」と自称しながら発行しない日があるのが大手新聞です。しかもライバル同士なのにちゃんと相談して同じ日に休刊することにしています。配達や整備などの都合だと言い訳をしていますが、これは典型的な業界談合です。

言いたい事はわかります。
でも販売店のスタッフさんに休みを取らせてあげる為が大きいと思うのですが。
スタッフも一日丸々休みの日が欲しいですよね。


経営者の視点から言えば、言ってる事もわかる。
でもスタッフとか働いている人の視点からも考えた方がいいんじゃないですか?

宋さんみたいにみんな毎日働きたい人ばっかりじゃないので。
Posted by タカ at 2008年06月13日 09:17
いつも拝見させて頂いております。今回のご意見は、少し視点が間違っているかもしれないと思いましたので、コメントさせて頂きます。

何が言いたいかというと、「休刊日は、トップの問題ではなく、新聞を支える底辺部分の問題から生じているのではないか?」ということです。


海外がどうなっているのかよくわかりませんが、日本の場合、新聞は各家庭への配達が基本です。

休刊日というのは、新聞の配達業務を行っている販売店が休むために存在しているのだと思います。販売店は複数の新聞社の配達業務を行っていることが多いので、同じ日を休刊日にしないと、休みにならないのではないでしょうか。

また、新聞の販売数が減少している現状で、配達はしないが販売はしている状態になってしまうと、販売店の存在意義を揺るがすことになるかもしれません。販売店の休みと休刊日をずらして、例えば毎月1日(あるいは日曜日)は新聞は販売しているが配達は休みます、とするのは、なかなか
難しいのだと思いますが、いかがでしょうか。
Posted by とおりすがり at 2008年06月13日 09:18
そうなんです。月曜日の夕刊に大きく基本情報が取り上げられているので、「何を今頃?何でこんなに遅いんだ?」という違和感があって、初めて気付きました。
私の場合は携帯電話に入ってきたニュースが先行したので、知らないということは無かったのですが。
今回の話には、大きく2つのポイントがあると思います。1つは新聞の話、もう1つはマスメディア全体の話です。
1つ目の新聞の話をすると、今の新聞には大きく3つの難点があると思います。
@他のメディアに遅れを取る可能性が高くなっていることA世情に偏り過ぎてしまっていることB重要情報は得られないこと、です。
今は、テレビの他、インターネット、携帯電話と新聞以外の速報メディアが多くなって来ています。おそらく議論はされているのでしょうが、そこでの新聞のあり方は根本的に考え直さないといけないかも知れないというのが現状ではなないでしょうか。そこで一斉休刊のような話が残っているのは本末転倒ですね。
また、インターネットとの住み分けから、内容を変えて来ているのが原因かも知れませんが、世情に好まれるような内容が多く見られるようになって来ていると感じます。客観的な事実から論理的に導かれた意見、というのが私の新聞を読む目だったのが、最近「気持ちはわかるけど、問題はそこではないでしょう?」と思うことが多くなって来ています。
最後に、特にビジネス等に関して本当に必要な情報は新聞では情報源とならないということです。これは、特に批判ではなく仕方のないことなのですが、プロを相手にしての必要な情報が提供できるだけの専門家がいないので、問題を掘り下げて調査することが出来ないということです。
宋さんの指摘する一斉休刊はこういう事実への対応が出来ていないという氷山の一角であると思います。
2つ目のマスメディア全体の話なのですが、特にテレビは全く情報源とならないという問題があります。朝、ニュースを見ようとしても、民放は朝からワイドショーのような番組構成で全く話になりせん。NHKは同じニュースを何度も繰り返して、掘り下げるでもなく、15分もすれば全ての内容が把握出来る程度の内容の濃さです。
宋さんの言われるように、最近のテレビはお笑いばかりで、クイズ番組といっても「バカが売り」のタレントによる「記憶に頼る旧来の日本の教育」の枠を出ていないものばかりで、全く見る価値がありません。公共の電波をなんだと思っているのかと感じます。
教育レベルのことを取り挙げるメディアも多いですが、まず、テレビのようなものから文化を変えていかないことには、頭を使わない民族性が根付いてしまうような気がします。
私も宋さんと同じでテレビはサッカーくらいしか見ません。
秋葉原の事件にしても、ワイドショーレベルまで掘り下げることもないと思って、やっぱり見ると時間の無駄だと思ってしまいます。
Posted by たくみゆとう+ at 2008年06月13日 09:23
いつも楽しみに読んでいます。

大新聞の恥だけでなく、テレビの恥でもありました。
大事件なのに、私の見た範囲では午後1時に報道していたのは、NHKだけでした。他局では報道していませんでした。テレビの魅力は速報性、現場性であるにもかかわらず。新聞が休みだと、テレビも休みなのでしょうか。
2日も3日も経ってから、その時の映像が流れました。意味がありません。現場にカメラマンは行っていましたし、取材もしていたにもかかわらず報道をしなかったのです。テレビの恥です。
新聞もテレビも同じ穴のむじな。
新聞が休刊日だからと報道しないのは怠慢。


Posted by 藤岡一男 at 2008年06月13日 09:29
新聞社の都合があるかもしれませんが、新聞配達員に考慮して休刊日があるのだろうと思っておりました。私も少年時代に新聞配達をしており、朝刊配達は休みがありませんでしたし、配達員の余裕が少ない為、休むと誤配達が多く、お客様に迷惑がかかってしまう為では、ないでしょうか?体調がすぐれない時は、本当に配達がつらかったです。
Posted by ishimura at 2008年06月13日 09:34
いつも楽しく拝見しております。
今回の大新聞の恥というタイトルはいかがなものかと感じましたので、意見させていただきます。今の世の中、情報が発信者の意図で操作された内容を、ありとあらゆる媒体を通じて出されております。視聴者は、それを冷静な目で見ないと本当が見えてこない厳しい時代です。そのような中で、「新聞しかみないから、休むな」のようなコラムはいかがでしょうか? 反対にあらゆる情報をどのように見るのかを示されるのが宋さんの本当の役目ではないのでしょうか? 今の世なのか、情報過多であるので、それをどのように見るかを示されることが、本来の宋さんではないかと感じたので意見させて頂きました。個人的には、これだけのNEWSソースがあるのだから、休刊することで、どれだけ新聞ユーザが離れていくかを各新聞会社が考えていけばいいと思います。私は、新聞も読みますが、可能なかぎりネットで情報を収集していますので、休刊がそんなに問題とは感じておりません。
Posted by 里見一典 at 2008年06月13日 09:37
いつも楽しく読ませて頂いています。

今回は浅野氏の記事と合わせて、マスコミに対する批判が並びました。

私も、現在の日本の閉塞状況にマスコミが果たす責任は非常に大きいと思います。

最近でも、ミャンマーのサイクロン報道の後四川大地震が続けておき、ミャンマーの記事はほとんどどこかに行ってしまいました。

一つ大事件(又は特異な事件)が起きると、連日連夜その関連の報道ばかり、関連の報道は微に入り細にわたり報道されるが、それもある短い間だけ、次の事件が起こるとすぐそちらに関心が、という報道が続いています。
特にNHKはひどいと思います。

浅野氏は、怒りが続かないのは本気で怒っていないから、といわれますが、私はそうは思いません。

あまりの馬鹿馬鹿しさに、一々コメントや反論をしないだけで、本気でこの国を憂う人はかなり多いと思っています。

忙しい現代人は、頭の片隅にはあっても、個々の事件を一々は追っていられません。ニュースにも速報性の高いニュースの他、中期、長期での継続報道が少し盛り込まれ、関連の記事や番組も一緒に紹介されるようになれば、ずっと良くなると思います。

マスコミの報道の仕方を少し変えるだけで、この国はもう少し良くなるのでは無いでしょうか。
Posted by 野口 伸雄 at 2008年06月13日 09:39
よくぞ言ってくれました。同感です。「大新聞の恥」どころか読者を忘れた「大新聞の横暴」です。それでも読者が離れないことを見透かされている気がします。せめて休刊は日曜日にして欲しいものですが、それも広告収入の関係で無理なのでしょう。新聞も独占化が進んだ弊害だと思います。
Posted by 松重 精 at 2008年06月13日 09:48
いつも楽しく読んでいますが、今回の発言は意外でした。しかも「大新聞の恥」との見出し、とんでもないです。新聞休刊日で誰にも気兼ねなく休める人たちがいると思います。その人たちのためだけにでも休刊日はあってよいと思います。各社がそれにしたがっているので休刊日も成り立ちます。
自宅へ宅配する新聞と駅/コンビニで販売される新聞と比較することが間違ってます。
Posted by 井出 at 2008年06月13日 09:53
私も宋さんと同意見です。
ニュースを伝えることが使命である新聞に休刊日があるなんて絶対におかしいです。今回のような大事件が発生した時など、まったく本来の役割を果たしていない。
テレビで事件を知ってからひたすらネットで状況を見ていました。
今、新聞があまりあてにならないのとネッットの普及で購読している人が減ったようです。
この国ももっと懐を開いてグローバル化を図らないとどんどん衰退してゆくような・・・。環境問題も深刻だけど、どこかおかしいと思えることが多くて悩ましい限りです。
Posted by 橘  at 2008年06月13日 09:53
このような大事件を一日経っても知らないというのは貴方が恥ずかしくないですか?新聞のせいにしないでください。貴方のような頻繁にテレビの経済番組に顔を出している人はまさかニュース番組を見ないということに大変驚きました。ニュース専用チャンネルがいっぱいありますよ、例えばTBSの49チャンなど常にニュースを放送していますよ、またインターネットニュースも沢山あります。ソフトブレーンという名前の「ソフト」の意味は何ですか?
こんな新聞の休刊に非難するのが貴方の恥ですね。
Posted by 鈴木 則義 at 2008年06月13日 09:55
私は某大手コンピュータメーカで新聞作りの
システムを手がけていました。システムの保
守、増設などができるのは唯一休刊日です。
ただ、現在もそうしなければならないかは疑
問です。新聞社に統一の休刊日には事情があ
ります、私の様な東京人には気がつかなかっ
た事ですが、地方に行くと一つの新聞販売店
で大新聞全てを扱っているのです、なので新
聞社毎でまちまちの休刊日だと販売店は休め
ないのです。宋さんが悪いのではないのです
が、あの田中康夫氏ですら知りませんでした
都会で活躍されている識者は肌身で地方の事
が実感できないと思います。私も人のことは
言えませんが。失礼致します。
Posted by 澤井 敏雄 at 2008年06月13日 09:55
新聞の休刊に就いてのご意見、私はそういう見方もあるかと思って読ませていただきました。外国に旅行した時、英字新聞はともかく現地の新聞に就いて意識することが無かったので、外国では休刊がないのかどうか知らなかった。実際はどうなのだろう。日本の場合、我々が手にするまでは記者が取材し、編集された後印刷され、全国の新聞販売店に配達される。直接売店に行くのもあるだろう。新聞販売店から、アルバイトやフリ−タ−、専業の配達員によって各戸へ配達されると言う人手を経由している。労働問題から考えれば休日を設定するのもしょうがないと言うのが私の受け止め方だった。毎日にするために購読料が安いほうがよいからだ。新聞の種類や何かによっては売店でしか売らないものもあるようだが、その場合は毎日を実行し易いかもしれない。宋先生には新聞がテ−ブルに無い時はTVのニュ−スをたまにご覧になることを勧めたい。マスヤジ
Posted by マスヤジ‘08.6 at 2008年06月13日 09:56
本当にそう思う
だけど、それを新聞社に言っても無視されるだけだ
休刊日が「体制」になってしまって、現状批判の眼を、それが信条の新聞社が失ってしまっている
このことだけに係わらず
悲しいことだ
Posted by 吉永哲司 at 2008年06月13日 09:58
宋 文洲 様

いつも楽しく又興味深く拝見させていただいております。ありがとうございます。

今回は、どうしても宋さんの見解に受け入れ難いところがありましたので、メールさせていただきました。

実は、私は28年前にY社にて新聞奨学生として地方から東京へ出て、新聞配達をしておりました。新聞配達の対価として、大学の入学金と授業料とわずかな給料をいただくと云うものです。

そんな私にとって新聞休刊日は何と嬉しかったことか!

大学へ通いながらの新聞配達の仕事は本当に過酷でした。月曜の朝から日曜の朝まで全ての朝刊と夕刊を配達し(受け持ちは300軒もありました)、購読料を一軒一軒全て集金し、さらに新規購読と継続契約の営業までありました。

朝の3時から仕事が始まるので、大学へ行っても眠くて授業どころではありません。月の労働時間はおよそ190Hにもなり、時給換算すると550円/時間くらいのものです。

昔の話なので、今はもっと状況が改善されて、配達員が増え休日も取れるようになっているかもしれませんが。当時はどこもぎりぎりの人数でした。

故に新聞休刊日があると、日曜の朝配達が終わると月曜の夕刊まで配達がないので、本当に休めたなと感じるのです。

確かに、配達員は休ませても、休刊にはせず駅で売ればいいではないかとも思います。休刊日に気付かなかったのは言い訳ですね。

便利なサービスの裏側には、こうした代償も表に出ないだけで、少なからず払われていると思います。
どうぞその辺りをご理解くださいませ。

池田 誠

Posted by 池田 誠 at 2008年06月13日 10:00
いつも楽しみに拝読しています。今回の「大新聞の恥」に関するコメントをお送りします。中国では新聞の個人宅配制度が一般的かどうかわかりませんが、日本では主に学生アルバイトや貧困者によって制度が成り立っています。私自身も学生時代に経験した一人ですが、毎朝4時〜7時、365日間休みなしで働きました。この状況をよく知る自分は、今の休刊日は”新聞社の都合”より、こうした配達員への心遣いと理解しています。弱者のよき理解者である貴殿には、ぜひこうした理由があることを知っていただきたいと思いましてコメントをお送りします。
Posted by 池田 裕 at 2008年06月13日 10:02
宋さん
先程ポストしたコメントに日頃の宋さんへの
お礼を書くのを忘れていました。日経BPのサ
イトに書かれていた時代から、冷静な主張で
愛読しておりました。今回の秋葉原事件でも
色々言われていますが、製造工場では派遣労
働の2009年問題で大変な様です。私はなにも
正規社員でなくてもとは思います、ただ、ピ
ンハネのある派遣では労使双方が得ではない
様な気がします、長い目でみて。
失礼致します。
Posted by 澤井 敏雄 at 2008年06月13日 10:07
この事件については、私も情報過疎におかれていましたので同感いたしました。

しかし、大新聞は「号外」を出していたそうですから、「恥」とまで断言するのは
言い過ぎではないかしら、と思いました。 

休刊日は、配達する方々の休業日として通例化されてきたものと聞いています。
テレビ局や新聞社の記者はローテーションで労働しているのに、
新聞販売店はマンパワー不足でそんな余裕はないそうですし。
Posted by 一愛読者 at 2008年06月13日 10:13
私も宋さんの意見にまったく同感です。米国在住時、The New York Timesをとっていましたが、彼らは全く休刊日というものを持たなかったと記憶しています。また、USA Today、Chicago Tribuneなどもそうだったと思いますので、基本的に休刊日などは米国の新聞は設定していないと思います。加えて、記事の量が日本の一般的な大新聞より多く、かつ、購読料もかなり安かったと記憶しています。日本の新聞は、欧米、新興国に比較して振るわない産業をよく批判していますが、これらの状況を考えると、自分達の業界に関しては、グローバル競争ということを忘れているのではと思います。
Posted by 三宅 克正 at 2008年06月13日 10:17
全く同感です。大新聞が休刊日を設けるのは一向に構わないが、それがどう考えても同一日に偶然になる訳がない。という事は談合以外の何物でもない。
関連して、時折、数社の1面の見出しが、活字のポイントこそ微妙に違いこそすれ、一字一句全く同じケースを良く見かける。
プロが記事に見出しを付けると必然的にそうなるのかも知れない。しかしその一致の頻度から考えて、偶然とは考えにくいものを感じている。
通常の家庭では1紙しか購読しないケースが多いのかも知れないが、我家のように何紙かを取っていて、各紙がどんな扱いをするか興味を持って見る時、その見出し文言の共通性にはしばし唖然とするのです。
Posted by 岩浅紀久 at 2008年06月13日 10:44
はじめまして、いつも共感を持ってお話を読ませていただいております。
が、反論という訳ではないのですが、元新聞奨学生として販売店員の立場から発言させて下さい。
新聞配達員は、朝刊(AM1:00位〜6:00位)と夕刊(PM3:00位〜6:00)と拡販、集金、翌朝朝刊用の折込(AM10:00位〜PM2:00位)作業が業務内容です。
上記内容の時間に関しては、販売店により異なりますが、日曜日の夕刊が無いのを除けば1週間休み無しです。唯一の休みが月1回の休刊日ですが、月曜日の夕刊は配達があるため、24時間/月となります。
記事に【「俺が報道しない時は世の中にニュースはない」という傲慢な態度です。】とありましたが、号外も出ておりました。
思慮深い宋さんにしては、何か癇に障る様な事でもあったのでしょうか?そちらの方が気掛かりです。
休刊日は新聞を牛耳るフィクサー達のものではなく、現場を支える人々の唯一の休日とご理解いただければ幸いです。
Posted by ペンネーム:ウィンダム(水虫薬では有りません。) at 2008年06月13日 11:03
宋さん、始めまして。
毎度敬服して閲覧させて頂いています。書き込みデビューが尊敬する宋さんになったことをうれしく感じる金子公平です。
今回の記事には違和感を感じました。
休刊日は6/9に始まった訳ではありません。前日の紙面には休刊に関するお知らせが載っていました。
他のNEWSメディアが全く無い訳ではありません。TV ,インターネット等も見るべきです。(もし情報に飢えていたら)
個人商店の新聞販売店の従業員の決して贅沢で無い休息のことも考えなければならないと思います。
取材記事の印刷は、当日しませんがインターネットのHPには掲載されていました。
夕刊フジ等は使命感で発行していると云うより、休刊日の発行は十分利益が出ているからと思います。「新聞」が教科書の「歴史」上の記事や辞書の記事の一つとしてに載るのも、そう遠くのない未来だと思っています。
以上
Posted by 金子公平 at 2008年06月13日 11:03
「休刊日」に慣らされていて、疑問に感じませんでした。こういう感覚は怖いですね。宋さんはそういう気付きを与えてくれます。今回から浅野史郎さんの新連載コラムが始まりました。『怒ることは民主主義の基本』というまずはご挨拶代わりの一言、闘争心に火がつきました。次回を楽しみにしています。
Posted by 藤井 一夫 at 2008年06月13日 11:11
宋さんの立場については理解しておりますが、しかし、他人のせいにしすぎではないかと思っています。
如何でしょうか。
Posted by Steve at 2008年06月13日 11:18
新聞休刊日は広義の談合ですが、制度は地方の新聞配達員に休日が皆無という現実から創設されたものです。都会にいると朝日新聞は朝日の配達所が配達するものと信じている人が多いのですが、地方に行くと「新聞配達所」が全紙を配達するのです。地方を例に挙げましたが、現実には大阪市内でも同様の事例は発生します。私は大阪市内に住んでいますが、自宅へ配達して貰っている日経新聞は「毎日新聞の配達所」が日経に委託されて配達しています。仮に、毎日が休刊して日経が発刊したら、大阪市内でもこの配達所は休めません。
ご自身がTVを嫌いだから見ない、という権利は尊重しますが、談合による休日で、一部の末端労働者に休日を認めないという主張には賛同しかねます。
Posted by LOT at 2008年06月13日 11:25
宋さん

よくぞ言ってくださいました。私は米国に住んでいます。
日本ではは、企業は一流、XXは二流、YYは三流などと言いますが、マスメディアは四流がいいところではないでしょうか。

(1)新聞休刊日などというものが世界の一流新聞にあるということを聞いたことがありません。新聞人は未だに鎖国情況の中にいます。(2)日本の新聞のサイトを読むと、週刊芸能誌顔負けの、興味本位の記事が多く、また、見出しに品格がありません。(3)日本の新聞の見出しと記事の中に、新聞記者や新聞社の意見が入ってくることが多く、またその意見が極めて不適当なことが多い。とくに国際ニュースの記事についての、新聞社と記者の意見は、鎖国情況の中にいるから、滑稽なものが多い。(4)ニュースの情報量がNYタイムスやBBCニュースに比べて圧倒的に少ない。またニュース記事に垣間見る記者の見識が浅薄で一方的。つまり、ニュースの広さと深さがない。(5)また一方、真剣になって国のために心配しなくてはいけないことを報道したり、社説で論じない。大事なことからは徹底的に逃げている。国の負債の大きいこと、また増え続けていること。政府が大き過ぎること。日本国がこの先どんな風に世界の中で活きてゆくのか、その思想、施策がみえないこと、外交に存在感がないこと。国が責任をもち、無料にすべき高速道路がいつまでもそうならないこと。そういうことに対して報道しないし、社説などで問題にしない。(6)つまり世界一流の新聞と日本の新聞は似て非なるものですよ。
Posted by やま at 2008年06月13日 11:33
自分が新聞しか読まないから毎日発行しろというのは、なんだか説得力に欠ける気がします。新聞はそもそも速報性に劣るメディアなんだから、すばやくニュースを送るのは他のメディアに任せて、解説や掘り下げに注力するというのは自然な気がします。逆に隔日刊とかいうのはあり得ないんですかね?
Posted by 舟木正紀 at 2008年06月13日 11:42
宋さんの意見、同感です。
すでに新聞は、主な読者は老人なので、配達されない日があってもそれほど困ってないと思います。困っている人は、インターネットを見てるはずです。
速報性はあきらかにネットのほうが上です。記事の正確性も、ネットなら各社読み比べできます。新聞に載ってる解説程度ならネットで自分で探せます。新聞を取らなくなれば、奇妙なコラムを読む必要がなくなります。

配達員のお休みの心配をされているコメントがありますが、普段から配達人員を増やしておけばローテーションを組んで休みを与えることが可能なはずです。これは、どんなサービス業でも行っていることです。
Posted by メルマガ読者 at 2008年06月13日 11:53
インターネットから情報を得られる今、新聞というメディア自体の意義が薄れてきています。
新聞の意義は、10年後にはさらに薄まると思われます。新聞社が業界談合して休刊日を決めているなら、そろそろインターネットでの情報配信に課金することを考えていかないといけないのでは?とお節介にも考えてしまいます。
Posted by アルテ at 2008年06月13日 12:51
日本の大新聞は、みずからは、ジャーナリズムのふりをしていますが、実際は似て非なり。ネット時代になって、そのメッキが剥がれかかっていますよ。
Posted by UTP at 2008年06月13日 13:32
私も以前は同じ考えでした。
ただ田舎(鳥取)の大学に通っていた妹は
「そんなの都会の人の考え方でしょ? 鳥取の新聞配達所は4大紙・経済紙・地方紙全部配達するのに全部休刊日分けられたら配達員さん休めないでしょう。」と言われ、なるほどなあと思いました。
雪国だと朝刊が夕方まで届かないときもあるそうです。
駅売りがメインの外国とは事情が違うと思います。
Posted by 西口 at 2008年06月13日 13:51
宋さんが新聞配達の問題から休刊日を設定した(と公式にはなっている)事を知らなかったとは思えないのですが、予想通りその手の批判が多いようですね。

確かに新聞休刊日の設定には、販売店が背景にはあると思いますが、その前に新聞配達業界の構造改革ができていないことが原因だと思います。

例えば、コンビニのように24時間営業しているところ、あるいは365日営業している業界は他にたくさんありますよね。その業界はどうやってそれを実現しているのかを考えると、単に新聞配達業界はそれを実施できていないだけのように思えます。

もちろん、要員の問題、そもそも各家庭に朝一に配らなければならない等、実施するには多くの困難はあると思いますが、やはり業界としてそういう努力をしていないとの批判はされてしかるべきだと思います。

その手の改革をせずに新聞各紙が申し合わせて新聞休刊日を作っていることはやはり談合と言われても仕方のないことではないでしょうか。
Posted by 笠島誠一 at 2008年06月13日 14:12
宋さんと田中さんの記事を読んで、つい最近読んだ内田樹さんの文章を思い出しました。「非常識な常識」と言っていましたが、たとえば飛び込み自殺や踏切事故などで電車が止まったときに、車掌や駅員に怒鳴り散らしているお客がいるが誰も止めようとしない。車内放送も「ご迷惑をおかけしました」と言っている。迷惑をこうむったのは、利用客だけでなく、鉄道会社も大迷惑でしょう、みたいな文章だと思います。まあ、お客の感情を逆なでしてもしょうがないので鉄道会社としては、ひとまず謝っておくか程度だとは思いますが、確かに「非常識な常識」ですよね。
新聞の休刊、私も連続小説が読めないとその一日がなんとなくむなしい程度でしたが、確かにサービス業としては怠惰ですよね。京都経済新聞の築地達郎さんは出身の日経新聞社を「日本」なんて名前をつけるのはおかしい、大手町のことしか書いてないんだから大手町新聞社だと言ってましたけど、私も大新聞はみんな東京一色の記事を書いて、一緒に休んで、大東京新聞社に統合したらよいのではと思います。新聞業界にもテレビ業界にも、そして世の中全体に「非常識な常識」がまかり通っているみたいです。
宋さんや田中さんのような本当の常識人がもっともっと増えないといけませんね。それまでは我々としては、自己防衛策しかないようにも考えます。秋葉原事件に関しては、私個人としては、我が家に新聞休刊日用に専属お抱えの有能な秘書(妻)がいて、早速メールしてくれました。
宋さんはタクシーの運転手さんが情報源になったようですが、タクシー会社としては、これはいいアイデアだと思います。他社との差別化として、常に乗客に新しい情報を提供する運転手がいるというのもいいですね。最近テロップの流れているタクシーが多いですけど・・・
Posted by 安田孝雄 at 2008年06月13日 15:15
すみません。
直前に書き込んだ記事で、宋さんと「田中さん」と書いたようです。
「浅野さん」の誤りです。
若し表示していただけるときは修正してください。
Posted by 安田孝雄 at 2008年06月13日 15:25
仰る通り。談合を会社の意見(社説等)として非難しながら自分の利益の為には談合も辞さない。今の日本の世相を反映しているようですね。
新聞の思い上がり;
@政治を動かすことが出来ると思っている。
Posted by 宮林 俊夫 at 2008年06月13日 16:08
宋 文洲 さま
いつも見識豊かなお考えを伺い感動しています。日本人は、オランダ人、スイス人、スエーデン人、などのような国々の人のように「生まれ付いての国際人」として成長した訳でもありませんし、イギリス人、フランス人、スペイン人のように「世界の宗主国の国民」でもありません。ここ近年のすざましい海外進出や成功も、直接担当されている方々の御努力の成果で、殆どの国民の「内なる国際化」は未だしとしかいえません。発行部数1,000万部(Y紙)800万部(A紙)他に400万部、350万部があり、朝刊・夕刊、各戸に配達、新聞社といえども、テレビ局・ラジオ局兼営、春・夏甲子園野球の主催、他美術展、ETC,ETC,これが新聞社経営の実態です。日本の四つの島に1億2800万人も住んでいて、貧富の差も少なくオール中産階級を誇りにしてきましたが、この際、結果平等を求めることなく「機会平等」、日本人も生活水準を1/3ダウンサイズして暮らす道を真剣に志向しないと生き延びられないと思います。新聞社も全国紙2紙+経済紙、後は地方紙か夕刊専門誌に転向いただき、紙面も半分に減らして、郵便で配ることも考えては。
ニュース専門のテレビ局が出来れば、新聞との競争になります。新しい知恵は新聞社以外の分野から出てくることを期待しましょう。
Posted by 浦川 光雄 at 2008年06月13日 17:16
宋 文洲 様

いつも的確な評論楽しく、また感心してメイル配信記事を読まさせていただいております。今回の新聞休刊日の話ですが、この経緯は私(57歳)の記憶では、昭和40年代のバブル期に新聞配達員が集まらなくなり、「新聞配達員」の労働条件改善のため、まず、日曜日の夕刊配達が無くなったことから始まり、更にだいぶ経ってから月1日の休刊日が追加されました。これは大新聞のエゴではなく、やむなく「新聞配達員」を確保する為、労働条件改善のため業界で決めたものです。また、この労働条件改善もその時代のテレビの普及により、経営者側(通常TV局も持っているので)もTVメディアで読者からの反発も受けない時代になったと理解できた為めです。決して大新聞のエゴでこの制度が出てきた訳でないことをご理解頂ければ幸いです。また、その後発刊されたタブロイド版の新聞社は配布範囲が駅中心で配達員がそれほど必要でないこと、また、大新聞との差別化が必要であったことなどから休刊日を設定していないと理解しております。蛇足になりますが、建設業界も同様に最近建設労働者が3Kのため集まらなくなり、土日に工事を辞めているのも同じ様な理由です。これからも日本は慢性的な若年層の人手不足の時代が続きますので、賃金があまり払えない3Kの業界は「労働条件」を改善しないと生きられなくなり「休み」が多くなると推察されます。

谷藤
Posted by 谷藤 正典 at 2008年06月13日 17:38
今日は例外的に反対意見です.宋さんの意見は全く的外れだと思います.たしかに休刊日は既存メディアの大勢力である新聞社の勝手とい側面もあると思いますが,休みのなかなかとれない新聞配達の人たちのために休む日を確保するという意味合いが大きいのです.いつもの宋さんだったら,そういう人の立場に立って見てくれるのに,今回はちょっと違いますね.世の中,宋さんのように仕事が好きな人ばかりではありません.また,テレビやインターネット,携帯などのメディアの重要性が増した今,新聞の「速報性」の価値はほとんどありません.なので,実際問題として,休刊日があっても困る人はほとんど存在しないと思います.いいじゃないですが,1年になんどか新聞の届かない日があっても.自分の住むドイツでは,多くの州で未だに日曜日と祝祭日はお店がパン屋さんなど一部を除いて,全部閉まります.慣れてみると,そういうのも静かでいいものです.1年365日,お金を稼ぎ,ものを買わなくてもいいじゃないですか.
Posted by PJ at 2008年06月13日 17:39
宋さん、ロンドンに転勤して8ヶ月です。もう日本の大新聞はひょっとして役目を終えたのかもしれませんね。こんな大事件に遭遇して休みだから休むとは。会社としての使命感を失っているとしか思えません。ロンドンでは朝刊も夕刊も大多数のサラリーマンはタダで読んでいます。日本で言うところの夕刊フジとゲンダイを朝と夕方に広告費だけでまかなっているというものです。朝早くから駅に積んでおいてあり、郊外に住んでいる私にとってもありがたい情報誌です。休刊日はありません。その代わり土日は休みです。Metro、CityAM,が朝刊で、夕刊はLiteとLondonpaperがありますが、これらは大手の新聞会社の子会社です。航空会社にも割安航空会社があるように、日本でもタダの新聞〔朝刊、夕刊〕作りましょうよ。そうすればメインの新聞社の皆さんもお休みが普通に取れると思います。みんなハッピーになれると思います。川島伴人
Posted by 川島伴人 at 2008年06月13日 17:58
休刊日はやむを得ないと思います。しかし大新聞が同じ日を休刊日とすることは、明らかに独占禁止法に抵触するのではないでしょうか。宋さんが公正取引委員会へ提訴してくださると大変ありがたいと思います。
Posted by 小松 暢子 at 2008年06月13日 21:38
日本の大新聞でもう一つひどいと思うことは購読料です。たぶん世界で一番購読料が高いのではないでしょうか。自分では他の産業の企業が値上げをするのに努力が足りないとか批判をしていますが、いつも自分のをあげるときにはろくな説明もないです。New York Timesは、自宅に送ってもらっても週に$5.11、USA Todayは4週間で$13.95と半分以下です。

もう一つ、本当に販売店の人たちのための休みでしたら、なぜ休刊日を日曜にしないのか疑問です。これはやはり自分たちの社員を休ませるためではないでしょうか。
Posted by 大森晴史 at 2008年06月13日 21:43
僕はあくまで読者の立場でコメントします

月に1回のお休みですから寛容に見て欲しいなと思います。地方に行けば、何紙も配達している新聞屋さんがあるので談合と言われても、一斉にやらないと休めない。

テレビや、各新聞社の運営するウェブサイトもあるから大多数の人は不自由ないはずです。
Posted by 高木 at 2008年06月14日 00:26
いつも興味深くめるまが拝見しています。

宋さんのまったくおっしゃるとおりです。他人に厳しく、自分に甘くの典型です。われわれ業者で談合や不正があった時、どれだけ厳しく糾弾していることか。

大体、ニュースの掘り起こしも不十分です。記者クラブとか、誰でもわかるニュースソースによってたかってという比率があまりに多すぎると思います。

今回の事件だって、なんで容疑者の両親を取り囲んで社会的責任を問うのですか。その前に宋さんのおっしゃるように自分が休んで速報できなかった社会的責任の方がよっぽど重いように思います。
Posted by 山本孝太郎 at 2008年06月14日 01:37
いつも興味深く拝見しております。
今回の件は私も疑問を感じておりました。
事件の発生はTVの速報で知り、ほぼ同時に翌日が新聞休刊日であることに気づきました。休日であったため号外等の対応がどの程度であったか、また地方紙がどうであったかは存じませんが、通常通りの休刊には違和感を感じました。
もちろん他の方が指摘されているように配達にあたる方のために必要という面、また今回に限って言えば休刊日をいきなり撤回することは無理であったことも理解できます。しかしながら、現在365日24時間をシフトで動かしている仕事はたくさんあります。新聞業界だけそれができないということはないと思います。少なくとも「報道」を名乗るのなら、いち早く情報を届ける義務があるでしょう。
後年、この事件について調べることがあった時にまずは当日、翌日の新聞記事を探すでしょう。その時に再度、これでよく新聞社を名乗っていられるなあ(過去形になっていることを望みますが)と思うことでしょう。
海外のメディアがいち早く報じたことを当事国の主要新聞が報じていなかった。その事実はずっと残ってしまいます。
やはり、今後はインターネットが主流になってしまうのでしょうか。それはまた別の問題が生じてしまう気がいたします。
Posted by メルマガ拝読 at 2008年06月14日 02:11
既に沢山のコメントがありますね。
いつも特異な視点の見解でいい学びに導いて下さる宋さんですが、今回に関しては彼も
判断ミスをすることがあるんだなというのが
私の率直な感想です。
「大新聞の恥」ということにはならないでしょう。それはもっと他の部分での報道の姿勢で使うべきかとも思いました。

単純に現在の配達システムである限り、配達員にも休養が必要ですから、業界が協力し合ってシステムを運用していると考えるべきでしょう。

TVではニュース速報がありますし、情報を仕入れようと思えばインターネットから得られます。
Posted by jgday at 2008年06月14日 08:02
TVのいい加減さ、新聞の横柄さ、何よりも政治の貧しさ・・・。この国を憂る心を持つ人々は絶望感の真ん中で佇んで、放心状態である。なぜ、支持率が20%で、内閣は居座るのか。森元総理は、これを「衆院で三分のニを与えられたのは“天祐”、この権利を捨てることはない。(選挙で)負けたら自民党はおわりでしょ」と嘯く。これは国民を馬鹿にした発言だ。手にした“権利”は国民の“負託”に“応える”ことが前提である。この程度の政治家の存在は日本国民には“堪える”存在だ。
Posted by 八木 武 at 2008年06月14日 08:44
「テレビは見ませんでした。笑えないお笑い芸人がたらい回されているだけです。」
数々出演されているご自身への自戒も込めての発言かもしれませんが、宋さんのこんなステレオタイプのようなコメントは意外でした。
Posted by 江藤 at 2008年06月14日 10:07
いつも拝読させて頂いております。
私は宋さんの意見に同感です。
たしかに新聞配達店に休日は必要ですが、だからといって新聞業界の報道のあり方がこのままで良いとは思いません。
「新聞配達店に休みが必要だから報道も休んでよい」というのでは、本末転倒なのではないでしょうか。新聞配達店に休んでもらいつつ、速く情報を届ける仕組みを作る努力を、新聞業界に期待したいと思います。
Posted by 倉元 at 2008年06月14日 11:45
私は、悪魔の事典風にいえば、日本の新聞はトイレットペパーの原料となることでしか世の中に貢献していないと考えていますので、1日ぐらい休んでも原料供給には影響しません。休刊は配達する人達の貴い息抜きです。
大体、長野の聖火リレーをみれば、呆道機関といわれてもしかたがないでしょう。なにしろ、端々に何かが起こって欲しいとの下心が見え見えです。けど大っぴらに言えず、その落胆ぶりも結果の呆道からありありと伝わってきます。当時の国民の最大の関心事がガソリン価格であることが、あながち身勝手でレベルの低い意識だと非難できないでしょう。
Posted by 奇行子 at 2008年06月14日 11:56
新聞休刊日の件を取り上げていただき私も全く同感です、そもそも新聞は私の年代の者にとっては休刊は正月の二日だけであったと記憶しています、まずは新聞配達少年を休ませるとのことで5月5日が休刊になりましたここまでは許せるのです、最近では毎年のように休刊日がふえてきています、しかも当たり前のように(さすがに言い訳がなくなったのか)予告のみの一方通告です、購読料の値引きなど検討していないのでしょうか
Posted by 梅原 誠 at 2008年06月14日 15:35
大手新聞社に対する不満という見方で読ませていただきました。

私は裏事情には疎いので、談合とかいろいろあるのかもしれませんが、下手な競争に巻き込まれ、日常生活までが経済という名の下に脅かされる今日の成り立ちのほうが、迷惑のような気もします。
常に先手先手、時事にはスピーディに対処・・・これでは、落ち着いた生活など無理です。
上にいる立場の人は、言うだけなので容易いかもしれませんが、結局、それ自体をまっとうするために、裾野まで広がる多くの人の人力があってこそ、という視点も持ったほうがよいのではないでしょうか?

秋葉原の事件については、既に先進国(に限らないですね)をはじめとする世界がネット主流で動いている人工的に作り上げられた世界と、自然に営まれる日常のギャップを埋め切れなかった痛ましいニュースと受け止めています。

下世話にニュースを取り上げ、野次馬的な見解を本当のようにメディアに取り上げるよりも、今回のような痛ましい事件がなぜ起きたのか、
根本的にみなが考え、二度と繰り返さないようにするために本質を知ることを促す質の高い情報を私は希望します。多くの人もそう考えているのではないのかな?忙しくしていると流されがちですが。
もちろん、あまりのんきにしていられる時代ではないのですが。
落ち着いて取り組むべきことには、休息も必要だと思います。


Posted by su at 2008年06月14日 17:06
すべてのコメントを読んだわけではないので、同じような意見があるかもしれませんが、私の意見を述べます。
新聞社の社員や、配達などの関係者にも休暇は必要と思いますが、談合して同じ日に休刊するのは読者を無視した行動だと思います。
同じ談合するなら、全国紙4紙?が休刊する日をずらして休刊すればどうなのですか。
Posted by 茶本 典明 at 2008年06月15日 12:08
休刊日もそうやけど、
宋さんが本当にいいたいのは、
3大紙の談合価格のことじゃないすか?

値上げのときに必ず「言論の自由を守る
ため」とか言い訳しよる。

言論の自由を阻害しているのは
お前らとちゃうか?
相撲協会の八百長問題をしっかり報道せえ!
なにびびっとんねん。
Posted by ゆう at 2008年06月15日 19:56
今回に関しては、宋さんの考え方の方がよっぽど
傲慢だと思います。テレビを見ないのは勝手ですが、
2ちゃんや各種ポータルサイトより情報が遅く、偏向
や誘導が多い新聞に何を求めているのでしょうか?
配達する人も大変です。

>報道のプロとして記者や編集者達は相当悔しい思いを
>していたに違いありませ>ん。何しろ、現場に飛び込んで
>取材しても新聞そのものが発行されないのですから

さも正義面をしていますが、功名心とエゴが渦巻いた世界です。
昔、新宿西口バス放火事件というのがありましたが、そこに
偶然居合わせたカメラマンが、その惨状をスクープしました。
その写真は翌日の新聞でスクープとして大々的に報道されましたが、
そのバスには、偶然にもそのカメラマンの妹さんが乗っていたのです。
辛うじて生命は取り留めましたが80%に及ぶ全身火傷です。
そのことで自責の念にかられてカメラマンは廃業したそうです。

私はこのカメラマンに全く同情できません。なぜなら、そのバスに
妹さんが乗っていなかったら、このカメラマンは、その後も仕事を
続けていたでしょう。それくらいのことなのです。
Posted by 大下義浩 at 2008年06月16日 11:34
休刊日を同一にしていることについては談合となりうる行為と思います。ただ休刊日があることに怒りを覚える前にこれからの社会での企業活動を考えた上でのコメントが必要かと思います。休刊をやめるとなると新聞を発刊することによるCO2が増えることになります。オンタイムに情報を得ることは人間の活動には必要なのかもしれませんが、本当に生きる上でそれが必要なのか、人間のエゴではないかを深く考える必要があると思います。
Posted by 会社員ヒロ at 2008年06月16日 11:54
全くその通りです。世界中のメディアがとりあげた事件なのに日本の新聞は休刊日でした。
テレビもNHKはエコ特番でこの事件はあとまわし。
日本の政治もひどい状況ですが、日本のマスコミの実態は最悪の状態だと思います。
Posted by angery at 2008年06月16日 13:05
宋さん

いつも興味深く拝見しております。

私自身、先週の休刊日に関して、別のサイトで新聞社の方と直接やりとりしましたが、問題の根本は販売店制度にあるようでした。大新聞の「恥」とまでは私は思いませんが、問題提起が必要な事象であることは事実だと思います。また、宋さんは、この「休刊日」という事象をもとに、新聞社(含むマスコミ)の体質に警笛をならしたかったのかもしれません。(勝手な想像です。)
 ですが、、宋さんのブログでこのようなコメントが乱発したのは初めてではないかと思います。強制するつもりはありませんが、宋さんはこれらコメントに対して何らかのアクション(コメント)をする必要があると思いますが、いかがでしょうか。
Posted by 通りすがり at 2008年06月16日 19:06
世の中の多くの企業や産業は、効率化や生産性の向上、付加価値や差別化を進めており、過当競争のなかで生き残りをかけて必死に知恵を絞っているのが現状です。でも新聞業界はその流れから確かに取り残されている感じがします。
独占禁止法にある新聞の特殊指定や日本新聞協会などの存在が改革しようとするエネルギーを阻害しているのではと考えてしまいます。同一の休刊日については、確かに配達する側の論理が影響しているとは思いますが、それでも知恵や工夫次第で同一の休刊日でなくても対応できる方法はいくらでもあると思います。このままだと新聞のメディアとしての存在意義は益々小さくなっていくと思うし、新聞業外も危機意識を持ってもっと顧客の視点に立ったサービスや紙面を提供してほしいです。最近購読料について中身の割には高いなと感じていますが私だけでしょうか。
それにしても宋さん、いくら忙しいといっても情報が新聞からだけではちょっと怖くないですか?たまたまだったとしても、これだけネットワークインフラが進んだ世の中で。新聞の側も、あんな大事件であれば他の媒体でとっくに情報が伝わっていると思っているのではと思います。
Posted by Y.Watanabe at 2008年06月16日 19:55
ドイツでも日曜日は新聞が休みです。祝祭日も。それでずっとやってきています。変な休刊日を設けず、日曜日を休みにする、という案にぼくも賛成ですね。
Posted by PJ at 2008年06月18日 23:18
携帯のiモードやインターネットでのニュース配信が、多くの人々に利用されて久しいです。一方で新聞を始めとした活字はと言うと、購読の落ち込みが顕著ですね。此処に、仰るとおり大新聞の横並び協定にも思える、報道への姿勢が見えるような感じがします。読み手や聴き手は利便性と共に、速さを求めます。たとえ少々粗雑な取材内容でもです。その訳は至極単純です。
早く知りたいからです。新聞各社もそのような意味で、競争をして欲しいと思います。何も偏った論調に固執せずに、在りのままをリアルタイムで取り上げる姿勢が欲しいものです。
・・・本当に笑えない芸人が多くなってきたと思っていたのが、私だけでなくてホッとしました。
Posted by 大橋光明 at 2008年06月19日 08:41
多分、新聞社についての前提条件が間違っていますね。
私が新聞奨学生をやっていた30年前でも、配達員の休日は販売店が与えるものでした。そのために、代配というのがいて、それこそ私はその代配でした。

休日とは、雇用主が被雇用者に対して与える義務があるのです。新聞社と販売店は契約で結ばれており、配達員で新聞社に雇用されている人はいないでしょう。
だから、新聞休刊日の問題は新聞社の問題です。
私のいた店は週休を与えていましたから。

それと、新聞奨学生が途中で店を変えられなかったのは、「縛られ」ていたからです。
1年間やらないと、貸与された奨学金を全額一括返済しなければならなかったからです。
これは労働基準法違反に抵触する恐れがあったと思いますが、今は無いはずです。

その頃、私は毎日15紙ほど読んでいて、朝日・読売・毎日は読むに値しないというか、同じことを書いているとしか思えませんでした。専門紙は面白かった。
記事内容を談合しているんですよ。
日経はちょっと違ったけど、企業の広報誌ですね。(専売店同士でその本紙を1部づつ交換してました)
ただで読み比べられたので内情も分かっており、今は新聞を買うつもりがないです。
Posted by 草木 生 at 2008年06月20日 01:46
>なぜ休刊日を日曜にしないのか疑問です。これはやはり自分たちの社員を休ませるためではないでしょうか。

日曜日は休みの人が多く経済が動いてないのでトピックが少ない。

前日の記事が掲載される新聞は
月曜日が休刊日の場合、網羅出来ないトピックが少なくてすむので、月曜が休みがいい。
Posted by タカ at 2008年06月20日 12:23
私はマスコミというのは一種の放火魔だと思っています。
騒ぎが大きくなるほど視聴率が上がり、部数が伸びるという点で放火魔と動機が重なるわけです。
そういう意味では宋さんが薦められている雑誌も同類かと思います。

私はテレビも見ませんし新聞も取りません。ゴシップ記事満載の雑誌も買わないです。
インターネットで十分です。
主観視点で偏見に満ちていて、不愉快な記事が多い点はマスコミの報道も同じです。
その中から自分に必要な情報を探し出すスキルがありさえすれば
鬱陶しいCM抜き、情報がタダのインターネットの方がずっといいではありませんか。

というわけでテレビを見るのを止め、
新聞、雑誌を買うのを止める事をお勧めします。
Posted by らく at 2008年06月24日 13:14
新聞配達店のためというのは言い訳でしょうね。
交通機関や放送局など毎日稼動している事業者はいくらでもあります。もちろんそこに勤める人たちが休み無く働いているわけではなく、交替で休みを取っている訳です。
新聞配達店でも交替でシフトを組んで配達員を手配すればいいだけのこと。それをしないために新聞を休刊するというのはどう考えてもおかしい。
また、個人経営の配達店が休めないというのであれば、宅配は休むにしても駅やコンビニなどでの販売は通常通りに行なえばいいと思います。現にスポーツ紙は日曜のイベントが多く、月曜日の発行が重要なので、休刊日でも駅売りは通常通り行なっています。
Posted by 毛利 at 2008年06月27日 11:54
いつも考えさせられながら読ませていただきます。

本当に笑えない芸人?ばかりで確かにテレビを見ることは減りました。
見ているのは映画ばかりです。

日本のメディアは顧客という大切なことを見落としているようにしか思えません。
自分の都合で休む新聞社。
一見ハデな見出しで内容は無い。
視聴率至上主義としながらどのチャンネルでも同じ内容。
新聞の中でさえ事実をねじ曲げたような偏った意見。
ニュースの名の下に自分の考えを押し付ける司会者。

あげたら切りがないですが・・・
この提供者側の傲慢が何を生み出しているのかを真剣に考えてほしいものです。
Posted by にっく at 2008年07月01日 22:22
よく分かりません。日本の新聞が紙で発行されていてインクで印刷されていて、宅配が基本である限り休刊日の仕組はなくならないし、むしろ必要です。休刊日があるからそれで特に困るとも思えません。新聞の速報性なんていうのはWorld Wide Webが開始した時点で失われていますし、それ以前にラジオ放送が始まった時点でとっくに変質しているでしょう。瓦版が最速のニュースメディアだった江戸時代とは違います。むしろ新聞には、もっと時間をかけて取材した、深層をえぐったような記事を期待するのが当然と思っていました。新聞を見なかったからニュースを知らなかった、というのは個人の事情でしかないのでは。そして、そこからいきなりマスコミ・ジャーナリズム全否定に展開するのはいかにも乱暴ではないでしょうか。まあ、新聞憎けりゃ販売店も休刊日も憎いってことですかね。いや、別に今の日本の新聞がまともだとは言いませんが、筋違いの話を無理やり結びつけて批判してもしょうがないんじゃないの、ってことです。なんだかマスコミに不満がある人たちが脈絡のない愚痴を言ってるだけに見えます。
Posted by mh at 2008年07月29日 19:01
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