形から入るな

「最近創業したいという社員が多くて困る」と経営者の友人が漏らしたので、私がすぐ「良いことだよ。創業したい社員はモチベーションが高く、所属している間は貢献するし、辞めてからも会社と提携するから良いことだよ。」と答えました。

しかし、よく聞くと彼は社員達の創業に反対しているのではなく、やることも決めていないのに創業を逃げ道として現在の仕事から逃げたい社員がいることに嫌気が刺したようです。

それなら私も大いに彼に賛成です。ベンチャー創業を応援してきた自分としてはゼロ金利に甘えて安易にベンチャー資金を得ようとしている人は好きではありません。本来ベンチャー経営者の一番の支えはお金ではなく、どうしてもやりたいことがあるという欲望です。お金はそのために工夫するものであり、後でついてくるものです。

昔、ベンチャー企業が大手企業を退職した管理職を面接する際に「何ができるか」と聞くと「部長ができる」とよく答えられました。何をしたいか、何ができるかではなく、「部長」を目的することで笑われましたが、「何をしたいか」が分からずに目的を「ベンチャー社長」という人は彼らと同じではありませんか。

私が工学博士号をとっても百人もいない中小企業に入った理由は、その会社の社長は私がやりたいことをやらせてくれると約束したからです。実際に部下をくれて土木構造解析ソフトの開発をやらせてくれました。3か月後にその会社は倒産しましたが、社長に裏切られたと思ったことは一度もありません。やりたいことをやらせてくれたその心に今も感謝しています。

私はその後も開発をやらせてくれる会社を探してみましたが、どこも「教育を受けてから」とか「わが社の文化に慣れてから」とかの細かいことを言うので、自分で開発せざるを得なかったのです。「石の上も三年」とか、「5年目から一人前」とかは信じられません。私は5年目からベンチャー資金を受け入れて上場を検討し始めました。

ベンチャーだけではない、最近ではグローバルも形から入るケースが多いのです。「どこの国で何をしたいか」はすっかり抜けてしまうのです。

数年前から日本の本社で英語を公用語にする会社が出てきました。今はどうなっているかは分かりませんが、これは典型的な形だけのグローバル化です。どこの国から事業をスタートしたいかを決めてその国で通用する地元の人材を採用したほうがよほど早いのです。なぜ関係のない日本本社で関係のない社員達が不慣れの英語で日本の業務をこなす必要があるのでしょうか。

アリババの時価総額はアマゾンを超えています。アマゾンと違う仕組みで世界中に市場を広げています。英語を公用語にすれば中国の社員に迷惑ですし、海外事業に何のプラスにもなりません。馬さんは進出先の国で他の競合企業よりも高い年収と権限を渡すことによってトップレベルの人材を確保し、事業を拡大してきました。それぞれの国には特殊な事情があるからです。

クレジットカードの普及率が低い中国で、アリババは10年前からカードを抜き、銀行抜きのネット支払いの仕組み、アリペイを編み出しました。その後WeChatペイなども普及し、中国ではカードだけではなく、現金さえも消えつつあります。

他の国でそれが良いかどうかは別として中国でビジネスを拡大したいのであれば、これを利用すればいいのに、日本の某ネット販売大手が「クレジットカードこそグローバルだ」と頑として拒否したため、中国市場からシェアを取れず、容赦なく撤退に追い込まれました。

形から入る人は本質を掴めません。結果として形で終わってしまうのです。形とは既成概念であり、多くの場合は成功パターンの真似に過ぎません。本当は他にも選択肢があるのに形に拘るとそれが見えなくなってしまうのです。

中身(本質)から着手し、欠点やミスを素早く修正しているうちに独自の形が段々見えてきます。これが創業やイノベーションの過程であり「形から入るな」の意味です。

私が中国共産党をどう思うか

この質問は日本の方々によくされます。私の答えはいつも同じです。「どうも思わないのです。」

誤魔化しているわけではありません。共産党大会の開幕にも閉幕にも興味がありません。政府系のマスコミは共産党大会のあれこれを報道していますが、それは政府系だからです。庶民がほしいニュースはWeChatなどのSNSにあります。

日本のマスコミや欧米のマスコミも熱心に報道するので共産党大会に興味がなくてもいろいろな情報が目に入ってしまいます。その中で一つ二つ私が興味を持った情報を紹介したいと思います。

私が一番印象に残ったのは大会に参加している友人から送られてきた習近平の報告書の日本語バージョンです。たぶん「お前は日本語が読めるから見てよ」という意味でしょうが、私はむしろ、「えっ、日本語の他には何語があるのか」を知りたくなりました。

調べたところ、日本語の他にアラビア語、ブルガリア語、英語、フランス語、ドイツ語、ラオス語、ロシア語、スペイン語の合計9か国語のバージョンが用意されていました。しかも、それぞれの言語バージョンの担当者の名前とプロフィールとコメントも公開されています。皆はその言語を話す国の方々です。

日本語バージョンの担当は岩崎秀一さんでした。「五年間一番感じた変化は環境保護方面でした。2012年に北京マラソンに参加した時、空気はとても淀んでいましたが、近年明らかに変わってきました。今年もマラソンに参加しましたが、ここ数年で最もよい空気と感じました。」

私は共産党大会がいつからこうして世界の主要言語で大会報告書を発行するようになったかは知りませんが、多言語への対応、外国メディアへの対応及び傍聴席の開放を見てその開放性と透明性にショックを受けました。

中国共産党の党員は約9千万人います。偶然にもこれが日本の有権者数とほぼ同じです。彼らは全国に組織を持ち、選挙を通じて代表を選び、5年に一度北京に集まり、党大会を開催するのです。一党独裁と言えばその通りですが、こんな巨大且つ強力な組織はなかなか世界に存在しません。

ずっと一党独裁なので優秀な人材が集まります。そうすると「俺が、俺が」という人間の本能が発揮され党内闘争が熾烈なものになります。(小泉さん以前の自民党と似ていませんか?)国の方向から代表する地域の利益まで相違がぶつかり合いながら最終的に政策に収束していくのです。それがバランスと妥協のプロセスであり、民主主義のプロセスでもあるのです。こんな巨大な組織がよくも効率よくまとまるなと正直、信念や思想と関係なく思わざるを得ません。

おまけにずっと与党でいると逃げ場がありません。綺麗事を言っても結果が出なければ信用を失うことになります。我々中国人は国のトップを選ぶ選挙がないからということで可哀そうだと思う日本人も多いでしょうが、豊かな生活と比較的自由な生き方ができれば、誰が政権をやってもいいと思うのです。逆にいくら選挙や民主主義と言っても生活が悪くなっていくと暴動や革命を起こすのです。我々はもともと宗教やイデオロギーに執着がないのです。

中国共産党がそれをよく知る政党です。1949年に国民党政府を大陸から台湾に追いやり、地主から土地を奪い貧しい農民たちに与えるような違法行為をしました。しかし、9割の国民を喜ばせる違法行為なんかは違法ではなくなるのです。人民が暴動や内戦を通じても法律とそれを作った政府を一緒に変えてしまうのです。米国も内戦を通じて今のような社会になったことを忘れてはいけません。

共産党政権はそろそろ70年たちます。文化大革命や天安門事件などの失敗と挫折があっても中国という巨大な史上最大の国家を100年の没落からもう一度繁栄の軌道に乗せたのは事実です。

「本来を忘れず、外来を吸収し、未来に向かう」。9か国語で世界に公開された共産党大会の報告書にある言葉です。人民のためという「本来」、学ぶべき「外来」と向かうべき「未来」を大切にしてくれれば、我々にわざわざ中国共産党を倒すメリットはありません。政治には嘘が満ちていますが、結果には嘘がありません。

戦後教育と戦後体制に洗脳されてきた日本人にしてみれば、今日の文章にもたくさん反論したいと分かっています。正直、私もこのような文章を中国人向けに書きません。媚びを売るように見えるし、中国人の思考を刺激することはできません。

日本人の皆さんは中国の体制について考える際、まず自分の歴史である「本来」を忘れず、自分が受けた「外来」を考え、自分の「未来」に目を向けるべきです。(他国ではなく)

敗戦後の日本は主権も存在せず、米国に今の政治システムを押し付けられました。その代わりに日本は米国から無条件に技術、経済の支援を受け、豊かな国になりました。プロセスはどうであろうとよかったと思います。

しかし、もし日本が米国のコピーではなく、自国民同士の激しい論争と対立(場合によって内戦)を通じて独自なシステムを模索したならば、今の日本はもっと不幸になったと思いますか?

YESと答えた人は日本と日本人の能力と可能性を否定しています。NOと答えた人は私と同じ考えですが、「中国はそうしている」とお忘れなく。

魅力より快適

投資の経験を持つ方なら実感で分かると思いますが、同じ金額でも儲かった時の愉快な気持ちよりも、損した時の嫌な気持ちのほうがずっと大きいのです。心理学者の研究によればそのインパクトの大きさは後者が前者の3倍にも達するそうです。

分かりやすく言えば、人間は100万円儲かった時はうれしいですが、100万円損した時の悔しさや落ち込みは3倍ほど大きいのです。これがボラティリティの大きい金融商品が嫌われる理由でもあるのです。つまり、損得が激しい取引は例え最終的な利益が多くても、人間はその過程で多大な心理的コストを払わざるを得ないため、敬遠されるのです。

今日は投資の話をするわけではありません。この「三倍原理」を使って人間同士のお付き合いについて考えてみたいと思います。

ある人と1時間ほど会話するとしましょう。その人は地味な人でユーモアな話、面白い話、示唆に富んだ話、珍しいニュース、洒落た、つまり印象に残るインパクトのある話が一切出なかったとしましょう。

これと逆にもう一人の人は大変印象に残るタイプの人だとしましょう。ユーモアで物知りで熱意をもって語ります。しかし、会話の中で一回だけですが不快なことを言われたとします。

一回で終わる話ならば、どちらの人でも別にかまいませんが、今後繰り返し長いお付き合いしなければならない場合、間違いなく前者のほうが快適になると思います。特別に洒落たことを感じませんが、快適に付き合える人間と、面白いことを言えるが、時々不快にさせられる人間のどちらがいいかと言えば、間違いなく不快にならない人間と長いお付き合いをするでしょう。

これを男女関係で言えば、不快にさせられる洒落た美人は愛人に適するが、静かで快適にさせてくれる普通の女性を奥さんにしたいと考える男性は多いと思います。

外見が良くて外交的な女性が居るとします。この人は1時間の会話の中でだいたい一回くらいのペースで人を不快にさせるようなことを言います。もちろん人によって不快かどうか、あるいはその不快に感じる度合いは異なりますが、問題は人を不快にさせていることに気付かないことです。

軽いお付き合いならともかくとして親友になることや家族になることは難しいでしょう。親友や家族とはわくわくすることではなく、安心して快適にそして静かに一緒に過ごすことが一番大事です。週一回、あるいは月一回大喧嘩するような相手とは、長く続かないのです。

日本も中国も夫婦について「喧嘩するほど仲がいい」という説がありますが、これはたぶん本当の喧嘩を指していないと思います。あるいは喧嘩する夫婦の仲を取り繕うための誤魔化しだと思います。

「三倍原理」によれば毎月一回でも不快な喧嘩をすれば積み上げてきた幸せな記憶を全部破壊してしまうだけの威力があります。特に喧嘩の尾を引く相手だともう苦痛の記憶しか残らないはずです。

この頃なかなか結婚しない人が増えていますが、ある意味分かります。長年一人暮らしに慣れた人にとって確かにつまらない時や寂しい時もありますが、一人でいれば不快なことはまずありません。慣れない人、特に不快にさせられる人と一緒に過ごすことはたいへんリスクを感じてしまうでしょう。だから結婚は若くて人間関係について無知のうちにやってしまわないとなかなか面倒なことになるでしょう。

男女だけではありません。よく観察してみると魅力的な人よりも感じの良い人、つまり嫌味のない人はよく集まりやパーティーに誘われるのです。一見存在感の無い人だと見られてしまいますが、長い目で見ると定期的に人を不快にさせる人よりずっと他人に良いイメージを与えています。

結婚相手を探す時も社員採用する時も、人間は相手から魅力を探そうとしますが、長いお付き合いするならば、魅力よりも不快をさせられないことのほうがずっと価値があるのです。しかし、これは一目惚れや面接では、分かりません。

また。子供の教育においても、人に好感を与える教育よりも、不快を与えない教育のほうがもっと子供の財産になるでしょう。まあ、前提は親がそのことを分かった上で、自分も実践できることですが。

日本がまた中国の政治体制を学ぶ日

「経済一流、政治二流」。30年前によく日本人から聞いたコメントです。今思えば田中総理や中曽根総理などのような世界に通じる総理大臣と、いつでも総裁の椅子を狙う有能な政治家が自民党にたくさんいました。今のような「他に居ないから安倍総理を支持する」状況とは真逆でした。

もし今の日本の政治が二流であれば、当時の日本政治は間違いなく一流でした。

そもそも一流とか二流とかは世界との比較論の中で成り立つ話です。選挙で選ぶならば、身の回りの生活や自分の関心事に合わせて投票するのであって、世界と比較して選ぶわけではないのです。だから実のところ、一流か二流かはどうでもよいことです。

それでも当時の人々はなぜ敢えて「政治は二流」と言うかというと、それは「経済が一流」であることを強調するための言葉のバランスだと思います。日米関係に強く依存し、国際的に独自の戦略を持たない苛立ちでもあると思います。

しかし、経済が一流と言えなくなった今、日米関係に当時以上に依存しているにも関わらず、日本には「政治が二流」である意識が全く無くなっています。これこそ日本の政治的危機だと思うのです。

戦後日本は結果的に自民党の「一党独裁」でした。日本の本当の民主主義は自民党の中の派閥闘争によって実現していました。それぞれの派閥が異なる利益団体や集団に属し、異なる理念を持ちながらも反対のための反対という無駄をしませんでした。自己主張しながらも他の党内勢力との牽制や妥協を繰り返しました。

その結果、日本の政治家は確かに国際的顔を持つ人は少なかったのですが、日本の総理ということで日本国としての政治的存在感は今よりはるかにありました。それは外国にいないと分からないことです。

安倍総理はよく国内向けに自分が外交に強いようなことをアピールしますが、先日の国連演説のガラガラの会場をみれば分かるように、実態は日本の大手マスコミの宣伝とは違うのです。鳩山総理の国連演説のほうがよほど人気で聴衆が多かったです。

一党独裁でまともな党内闘争もない。国内マスコミをコントロールし、人気を演じる。選挙のテクニックだけは三代世襲のおかげで誰よりも長けて「世界一流」である。不正や失策があっても選挙に勝てばリセットされ正当化される。

このような形だけの民主主義は長期的に見た場合、国家衰退の原因にもなると私は思うのです。

国民の利益を政治と政策に反映させることに反対する国民などは居ません。皆さんと同様に私達中国人も日本人と全く同じです。違うのは体制(やり方)だけです。

13億もいれば、利益の複雑さは日本の10倍になるのです。それぞれの政党に自分の利益を代表させ、選挙戦で戦う西洋式な政治も一つの選択肢ですが、4大文明の一つとしての中国には、異なる方法で同じことを実現させようとする工夫とシステムがあってもおかしくないのです。

中国の一党独裁体制も既に70年間近く続きました。その結果、優秀な人材は殆ど共産党体制内部に集まりました。党内闘争も優秀な人材同士の戦いになり、激しさは想像を絶します。建国の父である毛沢東が死んだ途端、奥さんが逮捕されるくらいですから、どれほど党内の力が複雑かつ強力かは分かります。

国営マスコミは報道しませんが、中国人の多くは党内政治の様子を知っており、利益闘争から路線闘争までの情報を共有し、独自の方法でそれぞれへの支持と反対に加担するのです。共産党も調査機関を通じて国民の動向をよく知っているのです。政権のまずい政策が続くと国民の不満が言論からデモや暴動に発展していくので党内の反対派が自然にそれを利用して力を増していくのです。

「中国は崩壊する」と思われながら、数百年来ぶりの復興を成し遂げる事実は変わりません。年間一億人以上の国民が海外旅行を楽しんで国に戻ってくる。毎年50万人の留学生が出ていきながらほぼ同様の数の留学生が戻る。

北朝鮮のような抑圧な社会ならば、中国社会の今の活力を説明することができません。米国式の政治システムを中国に導入すべきだと考える中国人の数が急激に減ってきたは欧米の調査機関も発表しています。

中国の政治システムが優れていると思ったことがありませんが、少なくとも多くの日本人が思うほどダメなものではありません。選択肢がないのに「選んでくれた国民」に責任を押し付ける現在の選挙制度の弊害を直さないと、いずれやっぱり中国の体制がいいと日本国民は考えるのではないでしょうか。

今、こんなことを聞くと笑ってしまう人が多いかもしれませんが、20年後のことを予想できる人はいません。40年前、ソ連崩壊を予想しましたか?20年前、中国が再び世界一位のGDPを生み出すと予想できましたか?

そして2千年にもわたって日本が中国の体制を学んできた歴史にそれだけの理由はあったに違いありません。だから今日のタイトルは笑うだけで済ませるのではなく、今の日本政治を考察するヒントになれば幸いです。今日の本意はそれ以上でも以下でもありません。

経営者はしつこい

私の経験上、経営者、中でも経営上手な社長は異性からモテます。「お金を持っているんだから当然」と思うかもしれませんが、実は、お金の多寡はほとんど関係ありません。彼らがモテる最大の要因は、その「しつこさ」にあるのです。

一連の森友学園騒動で安倍総理は籠池理事長を「非常にしつこい人」と称しました。悪口のようにとらえる人もいましたが、私は「何を当たり前のことを言っているのだろう」と思いました。経営者は皆、「しつこい」のです。

「商い」と「飽きない」の言語上の関連性があるかどうか分かりませんが、経営は飽きないこと、諦めないことが最も重要です。取引先のニーズと意向をつかみ、何度も何度も商談を提案できる人こそ、デキる経営者。相手に迷惑ではないかと気後れする人もいますが、本当に相手が嫌がっている場合は面会を拒否されるはずです。

至極シンプルなことですが、頭で理解できても大多数の人は実行できません。道に迷って周囲に聞けばすぐにわかるのに、何時間も迷い続ける人と同じです。こうした人は、他人の反応を必要以上に重く受け止めてしまっているのです。

モテない男性の最大の原因は女性にアタックできないことです。道に困っているのに尋ねられない心理と似ています。「断られたらどうしよう」と先に心配して行動に移せないのです。

実際、どんなに条件が揃った男性でも待っているだけでは、なかなか女性は寄ってきません。当然、どんなイケメンやお金持ちだって、声をかけてOKをもらえる保証は一切ありません。拒否されるケースもあります。

しかし女性にモテたいならば、まず女性に声をかけないと始まりません。断られることを恐れないことです。相手の迷惑にならない範囲で、多くの女性に声をかければ、より多くの女性に出会えます。より多くの女性と出会えれば、いい条件の女性(つまり自分と相性が合う女性)が見つかる可能性が自然と高まります。

ビジネスでも同じです。デキる経営者になるためには、女性へのアタックと同様の努力を毎日続けなければなりません。条件の合う顧客に出会うことは事業強化に何より必要です。また、良質な社員と出会うことは組織強化、投資家と出会うことは事業拡大の基本です。「断られたらどうする?」と心配して動かなければ、社長としての基本を身に付けられません。

女性にモテるはずのない容姿の私でも、貧乏な頃から、それなりにモテました。外見の短所を補うため、いや補って余りあるほど、積極的に女性に対し働きかけたからです。今でもそうですが、私も声をかけて断られると傷つくタイプでした。ナンパ大作戦は、そんな弱気な自分を叱咤激励する意味もありました。

北大の大学院生時代、私は札幌市北区のバス停で、「一緒にお茶でもどうですか」と女性に声をかけ続けたことがあります。ご想像の通り、なかなかナンパは成功しません。しかし、50人以上に声をかけた頃、「お茶だけならいいですよ」という女性に出会いました。すごく綺麗な女性でした。彼女は友人を迎えに来ていたのですが、時間を間違えて、一時間早く着いてしまったそうです。

このナンパ大作戦は、私の自信につながりました。創業後、営業活動の指針となりました。経営者としての「しつこさ」はナンパで鍛えることができるのです。


P.S.
今週は私のミスで原稿を用意することが遅れました。無理やり何かを書くよりも、週刊文春の連載で以前掲載した文章を借りることにしました。文春で既に読んだ方々には申し訳ございません。