次回は日本の外で

2009年から家族を連れて北京で5年間生活した後、子供たちの日本語レベルを上げるために2年間日本の学校に通わせました。これに伴い、私も日本にいる時間が多くなりました。

昨年から子供たちは全員米国の寄宿学校に行ったので私も日本にずっといる理由がなくなりました。今年は中国、米国、そしてこれまで行きたくて行けなかった国々をゆっくり訪ねて生活することにします。今回の宋メールは東京で書きましたが、次回は間違いなく日本の外で書きます。

日本が好きかと聞かれると私は迷うことなく「好きだ」と言います。中国と日本どちらが好きかと聞かれる場合、「その質問は間違っている」と答えます。「母親と彼女どちらが好きか」という質問と同じだからです。親は好き嫌いで表現する相手ではないのです。

この前提でいうと、私にとって「日本は世界で一番好きな国」です。しかし、私は日本に長くいるのは耐えられません。その理由が今回の論長論短のメインです。

まず、一つの国が好きかどうかは完全にその人個人の趣味と都合であってその国が良いか悪いかと何の関係もないのです。それは皆さんが好きな彼女や彼氏が世間一般から見て「良い人かどうか」関係ないのと同じ理屈です。

好きなのにずっと一緒にいるとイライラする。これが私とイマの日本との関係です。

日本のためだと思って提言してもまず出てくるのは「中国とは違う」です。「いいえ、ドイツもクリーンエネルギーが大変発展しているので日本は原発よりもクリーンエネルギーに投資すべきでは」と言うと「ドイツも日本とは違う」、「太陽光パネルは10年たつと取り替えと処分が大変だ」とまるでもう自分が検証済みのようにマイナスポイントを並べます。

「一帯一路も中国ビジネスだからメリットがあれば一緒にやればいいのでは」と言うと「あれは中国の覇権の道具だから」とまるで冷戦の戦士みたいなことを言う普通の経営者がたくさんいます。

私はすぐ真剣になる性格ですからついつい怒りっぽくなってものを言うと「やっぱり中国の人だから」と言われ、挙句の果てに「反日」と言われることもよくありました。また、テレビで言いたいことを言うとテレビ局側に反論され止められる始末です。異なる意見を聞くふりして「外人も言いました」みたいなことを望む。お飾りの東芝などの社外取締役の使い方とそっくり・・・だったら自分がはっきり言ったらどうかと思うとイライラします。

私は日本のマスコミに媚びて顔を売る必要がない上、日本人に影響を与えたいわけでもないので、このような状況下でマスコミに出るのはバカバカしく感じます。

第二の理由は今の日本に世界の生の情報を持つ人は本当に少ないのです。海外の情報といえば日本語メディアから仕入れた情報で最初から加工済みです。だからIPS細胞移植詐欺やスパコン詐欺の時の経歴偽装も見破れないのです。本来、電話一本で確認できることです。読売新聞から官庁までまんまと騙されるのです。まあ、信じたい気持ちがあって騙されるのです。それを一番敏感に知っているのは詐欺師のほうです。

その結果、ほんの一部の現在もグローバルに活動する日本人としか付き合わなくなるのですが、彼らはあまり日本に居ないのです。子供たちも日本にいないと思うと、我々夫婦がずっと日本にいる理由はどこにもありません。

しかし、これが日本への悪口と捉えてはいけません。しばらく日本にいないとイライラが解消される上、日本の良さが脳に蘇るのです。その良さは「日本スゴイ」基調の今は私があえて言わないでおきましょう。聞き飽きていない方はどうぞテレビにかじりつくとよいと思います。

今日の宋メールはご報告か、悪口なのかよく分からなくなるのですが、お許しください。こんなことを言いながらも、実は日本にも静かな変化が根底からじわじわ起きています。その前兆は既にはっきりと出ています。

2018年は良くも悪くも去った5年間と全く異なる状況が生まれるに違いありません。こんなことを言ってまた一年間宋メールの「言い加言」を検証してみてください。

今年もよろしくお願いいたします。

終わりの意識

「もう年末か、早いな。」毎年言っているような気がしますが、言ってしまいます。

年末を意識して生きていないからです。昔、お正月はごちそうを食べて休んで楽しいことができる貴重な日だったので子供から大人まで早い段階から年末の到来を待っていました。だから「早くこいこいお正月」、「もういくつ寝るとお正月」という歌があるのだと思います。

たぶん一生もそんな感じだろうと思います。人間は早いうちからなかなか自分の死期を意識して生きていないものです。平均寿命を知っていても中年の人は自分と関係あると思わないでしょう。70歳後半の人が「なぜ貯金するのか」と聞かれると「老後のため」と答える人が多く、人間は老後であっても老後の自覚がないため、ついつい死期に気付かないのです。

某経営者先輩は80歳近くなってもなかなか引退しません。いつものように会長や顧問になってもそれは単なる言い訳で人事などの重要な権力はしっかり握っています。たまに経営上の悩みをあれこれ相談してきますが、一番進言したいのは会社を離れて奥さんと世界旅行することです。

どうも奥さんも私と同じことを考えているようですが、なぜかご本人はとても権力を手放す気がないようです。

マスコミから鉄道会社まで、電機メーカーから電力会社まで、日本企業の衰退要因は企業の保守性ですが、その保守性の要因は企業のトップ人事です。企業のトップ人事は死期を意識しない人たちに握られてきました。終わりを意識しない人こそ最強の保守派であり、根本から革新意識を遮断しています。

人間の最大の特徴は自己中心です。いろいろな綺麗ごとを言って誤魔化すのですが、人間の生物としての生存本能ですから誰もそこから逃げられません。しかし、実際には誰も世界の中心になれませんし、誰が死んでも翌日の世界は何も変わりません。

終わりが来ると意識すれば、人間はもう少し自分の意識の外から自分の存在を眺めることができると思います。形式のお葬式が行われるが、翌日の周辺は何一つ変わらず通常通りに回転する。どうせそうなるのだから誰を偉くするか、誰を降格させるかではなく、もう少し自分をどうするか、自分の人生をどう楽しむか、一生をどう終えたいのかを考えるべきだと思いませんか。

「終わり無き戦い」と立志の書を読むとよく出てきますが、それは立志のためのセリフです。人生が終わる以上、その人にとってすべて終わるのです。他の人が引き続いてどうやるかは他の人の自由であり、死んでいく人は心配する必要はありません。むしろその心配が言い訳になり、自分の終わりを認めず、社会の迷惑になるのです。

終わりがあるから始まりがあります。落日があるから旭があります。終わりの意識こそ、改革を促すのです。

とてもめでたい話ではないのですがお許しいただきたいと思います。宋メールが最近めでたいことを滅多に言わないということは、この宋メールもいずれ終わりにしないといけないことを示唆しています。

皆さま、良いお年を

戦略とはどう勝つかではない

中国のシルクロード経済圏構想(一帯一路)に関し、日本政府が民間経済協力のガイドラインを策定しました。これについて11月に安倍首相はベトナムで習近平国家主席と会談する際、「第三国でも日中のビジネスを展開していくことが、両国のみならず対象国の発展にも有益」と話したそうです。

まったくその通りですが、この転向の速さにびっくりです。今年5月26日の宋メール「胡坐」で書いたシルクロード交易の原則(お互いが得し豊かになる)を、安倍首相の口から言われるとは思いませんでした。
(「胡坐」URL: http://www.softbrain.co.jp/mailmaga/detail/post_34.html

日本経済が元気な時代に「中国ビジネス」という言葉がありました。これの本質は中国とビジネスをすることであり、中国国内でビジネスするとは限りません。中国が得し、日本が得し、第三国も得するようなビジネスは世界中にあります。中国が世界中でビジネスするならば、中国ビジネスも世界中に広がるのです。

昔から宋メールを読んでくださっている方々ならご存知だと思いますが、私はずっとFTAやTPPを含むあらゆる自由貿易の仕組みについて日本(もちろん中国も)積極的に参加すべきだと言ってきました。得しないならば交渉を通じて得する部分を引き出し、マイナス部分と足してみて合計がプラスであれば、果敢に参加すべきです。

しかし、TPPが途中から変質していきました。「中国包囲のため」だと保守政治家たちやマスコミが盛んに言うようになりました。これではうまく行くはずがないと思いました。中国包囲を嫌うからではなく(まあ、好きな訳もないが)、交易の原則に反するからです。日本の右翼政治家たちがそう願っても、実際の交易はあくまでも一対一のディールの積み上げでお互いが得するかどうかの原則だけが働くのです。

仮にTPPが執行されても、米国は貿易赤字が一向に減らず、むしろ増えていくならば米国はいつでも脱退するでしょう。実際にTPPよりはるかに世界中に重視されたパリ協定でも米国はすぐ脱退しました。米国はライバルの中国を牽制したいものの、国力の衰退を招くような米中対立をするほど馬鹿ではありません。戦略の本質は相手を負かすことではなく、自分を強くすることだと知っているからです。

高齢化、少子化と内向き志向で日本の衰退は米国より遥かに進んでいます。衰退は相対的なものであるため、ずっと日本の中にいると気付かないのです。最近、ネットで話題になった文章があります。20代の日本人の若者が人生で初めて訪ねた中国での見聞録です。実に興味深いです。(「日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいこと」
URL:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53545

この方がタイトルに「日本が中国に完敗」という表現を使っていること自体、日本社会の心理的障害を表しています。中国を勝負の相手だと捉えています。中国人から見ると実に一方的な勝手な話です。日本の十倍の人口と25倍の国土と、日本に文化を伝授した国にライバル心を燃やしてどうするのでしょうか。そんな時間を日本自身の問題解決や国家ビジョン作りに使うべきではないかと思うのです。

生物と同様、個人も企業も国家も究極的な課題は自分がどう生きるかです。隣の人と比較したり、競争したりすることはやむを得ない時はあるものの、長い目でみれば自分に似合い、自分が得意とする独自の戦略を編み出すことが発展と進化につながるのです。

戦略とはどう勝つかではない。どう生きるかです。半年前の「胡坐」で同じことを言って激しい批判も受けましたが、今回も喜んでご批判を受けたいと思います。

そろそろ日本人は根拠なき精神論と決別すべきだ

中国で日本の経営者といえば、いまだに松下電器の松下幸之助の名前を挙げる人が多い。私は一度も会ったことはありませんが、松下さんの著書や元部下の話によると、彼はとても病弱だったようです。身体が弱かったからこそ、部下を上手く使うなど松下流の独特な経営ができたと、本人はもちろん周囲も口を揃えています。

マイクロソフトのビル・ゲイツの講演を数年前に聞いたことがあります。とても物静かだったのが印象的でした。彼は他人によく質問しましたが、反対意見を浴びても滅多に反論しなかった。ゲイツは自分の判断が正しいかどうかに興味があり、他人がどう考えているかを知っても無意味だと考えているようです。

ソフトバンクの孫正義さんとは何度か会食をしたことがあります。世間話をしている間、彼はとても無気力のように見えました。ほとんど会話に参加しないのです。ただ一転ビジネスの話になると、突如、元気を取り戻していました。

最近、私が嫌いな日本語に「元気がもらえる」、「元気をください」という言葉があります。日本人は本当に精神論が好きですが、多くのビジネス書には「元気を出せば、仕事を頑張る。仕事を頑張れば成果が上がる。だから上司や経営者は部下のモチベーションを上げる努力をしろ」と書かれてあります。しかし元気の有無と、仕事ができるかどうかは何の関係もありません。また「社員は褒めて育てろ」というのも大嫌いなフレーズです。

仕事できない人間に限って、空元気を出し、精神論を振る舞う傾向があります。残業の問題もそうです。用もないのにダラダラ会社に残っている人の大半が仕事のできない人。残業は、上司にやる気を見せるためのポーズでしょう。

成果は、人のやる気に関係なく、仕事の積み重ねによってもたらされるもの。それは花の育ち方と同じです。「愛情を持って育てれば、綺麗に花が咲く」という人がいますが、有り得ない。いくら愛情があっても適切な水分、肥料、日光などの条件が揃わないと花は咲きません。人間の気持ちなどとは無関係です。

一方で上司から「褒めてほしい」というビジネスマンも増えています。「褒められないと仕事ができない」なんて子供じゃないんですから勘弁して欲しい。馬鹿にされたり、失敗したり、自分の仕事を否定されたときに、やるべきことをできるのが真の大人であり、真のリーダーです。

およそ十年前から、日本社会のある変化に気付きました。私に講演を依頼してきた人々に「どんな話をしてほしいですか」と聞くと、「元気になる話がいい」とよく言われるようになりました。当時は、どんな話がいいのか分かりませんでしたが、流行りの「日本スゴイ」話をすれば良かったんだと最近理解しました。

つまり「褒めてもらわないと元気が出ない」弱い日本人が増えたのです。同時に評価されないと元気を出さない経営者も増えた。これは十年前から蔓延してきた大手企業問題でしょう。彼らの精神構造は、敗戦後の焼け野原で地味に仕事を積み上げた松下さんなどとは真逆なのです。

孫氏の兵法にも「哀兵必勝」という言葉があります。敗戦の悲哀を知る兵隊のほうが無謀な戦術をとらないため強いという意味です。自分のいいところを褒めてもらい、都合の悪いことを誤魔化す人は本物の仕事なんかできっこありません。

(「週刊文春」11月9日号
「それでも社長になりたいあなたへ」連載からの転用)

形から入るな

「最近創業したいという社員が多くて困る」と経営者の友人が漏らしたので、私がすぐ「良いことだよ。創業したい社員はモチベーションが高く、所属している間は貢献するし、辞めてからも会社と提携するから良いことだよ。」と答えました。

しかし、よく聞くと彼は社員達の創業に反対しているのではなく、やることも決めていないのに創業を逃げ道として現在の仕事から逃げたい社員がいることに嫌気が刺したようです。

それなら私も大いに彼に賛成です。ベンチャー創業を応援してきた自分としてはゼロ金利に甘えて安易にベンチャー資金を得ようとしている人は好きではありません。本来ベンチャー経営者の一番の支えはお金ではなく、どうしてもやりたいことがあるという欲望です。お金はそのために工夫するものであり、後でついてくるものです。

昔、ベンチャー企業が大手企業を退職した管理職を面接する際に「何ができるか」と聞くと「部長ができる」とよく答えられました。何をしたいか、何ができるかではなく、「部長」を目的することで笑われましたが、「何をしたいか」が分からずに目的を「ベンチャー社長」という人は彼らと同じではありませんか。

私が工学博士号をとっても百人もいない中小企業に入った理由は、その会社の社長は私がやりたいことをやらせてくれると約束したからです。実際に部下をくれて土木構造解析ソフトの開発をやらせてくれました。3か月後にその会社は倒産しましたが、社長に裏切られたと思ったことは一度もありません。やりたいことをやらせてくれたその心に今も感謝しています。

私はその後も開発をやらせてくれる会社を探してみましたが、どこも「教育を受けてから」とか「わが社の文化に慣れてから」とかの細かいことを言うので、自分で開発せざるを得なかったのです。「石の上も三年」とか、「5年目から一人前」とかは信じられません。私は5年目からベンチャー資金を受け入れて上場を検討し始めました。

ベンチャーだけではない、最近ではグローバルも形から入るケースが多いのです。「どこの国で何をしたいか」はすっかり抜けてしまうのです。

数年前から日本の本社で英語を公用語にする会社が出てきました。今はどうなっているかは分かりませんが、これは典型的な形だけのグローバル化です。どこの国から事業をスタートしたいかを決めてその国で通用する地元の人材を採用したほうがよほど早いのです。なぜ関係のない日本本社で関係のない社員達が不慣れの英語で日本の業務をこなす必要があるのでしょうか。

アリババの時価総額はアマゾンを超えています。アマゾンと違う仕組みで世界中に市場を広げています。英語を公用語にすれば中国の社員に迷惑ですし、海外事業に何のプラスにもなりません。馬さんは進出先の国で他の競合企業よりも高い年収と権限を渡すことによってトップレベルの人材を確保し、事業を拡大してきました。それぞれの国には特殊な事情があるからです。

クレジットカードの普及率が低い中国で、アリババは10年前からカードを抜き、銀行抜きのネット支払いの仕組み、アリペイを編み出しました。その後WeChatペイなども普及し、中国ではカードだけではなく、現金さえも消えつつあります。

他の国でそれが良いかどうかは別として中国でビジネスを拡大したいのであれば、これを利用すればいいのに、日本の某ネット販売大手が「クレジットカードこそグローバルだ」と頑として拒否したため、中国市場からシェアを取れず、容赦なく撤退に追い込まれました。

形から入る人は本質を掴めません。結果として形で終わってしまうのです。形とは既成概念であり、多くの場合は成功パターンの真似に過ぎません。本当は他にも選択肢があるのに形に拘るとそれが見えなくなってしまうのです。

中身(本質)から着手し、欠点やミスを素早く修正しているうちに独自の形が段々見えてきます。これが創業やイノベーションの過程であり「形から入るな」の意味です。