中国人の金儲け、日本人の金儲け

売上げにこだわると必ず利益率が悪くなる。規模にこだわると必ず顧客視線が薄れる。AIG、シティバンク、GM、JAL、そしてあのトヨタでさえ。第二位の経済大国にこだわる限り産業構造の転換が難しい。以前皆様にこんなようなメルマガを書いたと思います。

「大への決別」のようなタイトルをとって本を書くつもりでしたが、先週、「中国人の金儲け、日本人の金儲け・・・」という嫌なタイトルで発売されました。そういえば、「やっぱり変だよ・・・」などの本のタイトルも殆ど例外なく出版社からの提案でした。了承した自分も責任がありますが、中身はちゃんとした真面目なものです。

100年に一度の金融危機が多くの人々に反省の機会を与えてくれました。当然私も例外ではありません。3年前の自分が信じていたことの多くはすっかり変わってしまいました。その反省を込めて「より大きな会社、より大きなシェア、より大きな儲け」という「大」へのこだわりに警鐘を鳴らしたいと思っていました。

田原総一朗さんと雑談していると、彼もこの観点に賛成し、二人の本を作ることになりました。しかし、原稿が完成してもタイトルがなかなか決まりません。「大への決別」、「大の敗北」など、いろいろなタイトル候補を議論しましたが、出版社の営業責任者がなかなか納得しない様子でした。

日本にいる時間が少ないし、営業責任者の現場感覚を尊重したいため、「タイトルを任せるよ」と言いました。これが間違いの元。先日手元に届いたサンプルに私が最も嫌なタイトルが付いていました。それが今日のメルマガのタイトルでした。

拒否できない訳でもありませんが、「任せる」と言ってしまったことと、田原さんを含む関係の方々の苦労を思うと我慢することにしました。所詮、処女作の「やっぱり変だよ日本の営業」も嫌でした。はっきりいって今でも嫌です。

くどくどタイトルの言い訳しましたが、内容は極めてちゃんとしたものです。私も「儲け」という言葉にアレルギーを持ちますが、この際、タイトルだけ勘弁していただきたいと思います。

P.S.1 「まえがき」をご参考に
田原総一朗さんより

2010年の今年、1968年から世界第二位だった日本のGDP(国内総生産)が、中国に抜かれる。07年まで第四位だった中国は、08年第三位、10年第二位と、急成長の階段を駆け上っている。米ゴールドマン・サックスのレポートによると、2040年頃には中国がアメリカを追い越して世界トップに躍り出るという。
 
これまで私は、何度も中国に出かけて、多くの中国人たちと対話を重ねてきた。その体験から、日本人と中国人には、発想の仕方に根本的な違いがあると考えるようになった。
 
中国は人口13億以上の大国、しかも歴史的な常識からすれば頭が固いはずの共産党が独裁を続ける国である。にもかかわらず、国や企業の決定に至るプロセスが恐ろしく速く、変化への対応がきわめて機敏だ。何事も後手後手に回る日本とは大違いである。
 
なぜ、日本人と中国人は、かくも違うのだろうか。そんな疑問を抱き、答を探しているとき、私は宋文洲さんと出会った。中国で生まれた宋さんは、それこそ裸一貫で日本にきて、北海道大学大学院で学び、1992年にソフトブレーンという会社を興して大成功した。企業経営者としても、経営コンサルタントとしても、その名を轟かせた典型的な中国人である。
 
ソフトブレーンは、2000年に東京証券取引所マザーズ上場、04年に東証二部上場、05年に東証一部上場と、祖国の発展を先取りする急成長ぶりだ。しかも、宋さんは、一部上場を果たした翌年1月1日付で取締役会長になり、同年8月末にはそれも退いてマネージメント・アドバイザーになっている。こんな発想をする日本人経営者は、ちょっと思い当たらない。
 
そこで、中国人の金儲けと日本人の金儲けはどこがどう違うのか、日本の企業やビジネスマンが克服すべき問題とは何かを、宋さんから徹底的に引き出したいと、私は考えた。
 
宋さんの主張の一つは、日本あるいは日本人は「大」にこだわりすぎていないかということだ。企業経営者やビジネスマンなど読者のみなさんにとっても、今後の生き方を考えるうえで大いに示唆に富む対談ができたと、私は自負している。
 
なお、対談をまとめるにあたっては、アスコムの高橋克佳、小林英史、ジャーナリストの坂本衛の諸氏の協力を得た。感謝の意を表して筆をおく。
2010年2月
田原 総一朗

「中国人の金儲け、日本人の金儲け ここが大違い!」(アスコム)
http://www.amazon.co.jp/dp/4776205955/


P.S.2  観客のためのプレーを!
田村耕太郎さんのブログより
http://www.kotarotamura.net/b/blog/index.php?itemid=5453

私の畏友、宋文洲さんが移籍祝いの夕食会を開いてくれた。彼は今回の私の移籍を心から喜んでくれた。その喜びと私への応援の気持ちを込めてTwitterをわざわざ始めてくれたくらいだ。
http://twitter.com/sohbunshu

その宋さんが「経営センスがあるからこの決断ができたんだよ。必要としてくれて活躍の舞台を与えてくれるチームに移るなんて当たり前だよ。すごいサッカー選手と同じだよ。観客(国民)のためにプレーするんだから!」と激励してくれた。

「より観客を魅了し幸せにしてくれるなら、活躍できる舞台にいってよ!さすが田村さんだよ!田村さんだからできた決断だよ。」と熱く激励してくれる。宋さんは心から日本を憂いている。日本の政治に足りないのは

・グローバルな視点
・経営センス

完全に意気投合。そして悪いのは政治だけでなく、大企業にも日本停滞の責任あるとの見解でも一致。「政治の方が選挙のおかげで新陳代謝進んでるよ」との見方。

株主のプレッシャーも受けず、実質オーナー不在のまま迷走する日本の財界の方が問題だ。大企業が世界のとの競争に勝てなくなっていることが日本衰退の大きな一因であると思う。

外国人参政権についても「なんであんなややこしいことに民主党は一生懸命なの?われわれ中国人は本国でも選挙したことないのに、日本で選挙したいなんて思っていないよ。関心ないよ」と一蹴。

宋さんが日本で築き上げた来た体験談もおもしろかった。畏友に感謝!爽快な夕食会であった。

トヨタ自動車がはまった本当の罠

宋 文洲

トヨタの社長が米国に行かないニュースをみた時、私は思わず「営業が下手だな」とつぶやいてしまいました。トヨタ自動車への愛情を込めてその悔しい思いをツイッター(http://twitter.com/sohbunshu)でもつぶやきました。結局米国議会の要請で行かざるを得なくなりましたが、困難の旅を多難の旅にしたのは豊田社長ご本人でした。

ご存知の方も多いと思いますが、5年前、トヨタ自動車の張富士夫社長(元)が「やっぱり変だよ日本の営業」を賞賛し、営業系役員に配りました。思えばあの頃のトヨタ自動車は最も輝いていました。トップの張社長は米国事業を育てた張本人であり、トヨタの問題点は製造よりも営業だと看破していました。

「やっぱり変だよ日本の営業」の最も重要な論点の一つは「営業とは売ることではなく知ること」でした。これは「カンバン方式」の本質でもあります。同じことはなぜ営業の分野にできないかと当時の経営陣が素直に問いかけていました。

「良いものを作る」という一方的な願望を捨てて市場の必要台数に合わせて物を作るのです。この台数を知る作業は「カンバン方式」の核心でした。この原則を守れば昨年のような損害もありませんでした。

米国のリコール問題で問われたのはトヨタ車の品質ではなく、企業としてのマーケットへの対応力、つまり営業力なのです。一番大切な顧客から重大なクレームが来た時に社長が即時に部下を連れて訪問するのは当然でしょう。こんな日本でも当たり前の経営センスは議論する余地があるでしょうか。

一部の方はなぜ周囲が進言しないかといいますが、こんなことでも進言に頼るならばトップが進言を理解できない可能性が高いと思います。

トヨタ自動車の品質は今でもトップレベルであることに疑いの余地がありません。リコールはよくある話ですので今回の問題のきっかけに過ぎないのです。問題の本質は対応であり営業力なのです。米国の厳しい世論を「やきもち」や「保護主義」と考える人も居るようですが、トヨタを支えてきた米国のお客様に失礼だと思います。

張富士夫元社長が賞賛してくださった「やっぱり変だよ日本の営業」のもう一つの重要なポイントはよいものを作れば自然に売れるという神話への批判です。企業がこの神話の罠にはまると無機質の物に囚われてしまい、人間としての顧客の心情に鈍感になっていくのです。

少し前になりますが、トヨタ自動車が中国で打った広告が問題になりました。中国の重要な象徴物である獅子がトヨタ車に頭を下げ、「敬意を表さざるを得ない」と台詞をいう表現方法でした。結局、中国の世論の反発を受けて止めたのですが、営業力の弱さが露呈したのです。

私は当時から「トヨタが傲慢だ」という中国世論に同意しませんでした。トヨタ自動車は傲慢ではなく、「傲慢に見えること」を知らない組織になってしまったのです。

トヨタがはまった本当の罠は品質の低下ではなく、顧客を知る力−営業力の低下なのです。

「韓国如きの国なんか」と聞いた時

二週間ほど前、ある私的な会合で日本の産業政策について経営者と言論人達の議論が白熱していました。話が原子力発電所の受注で日本が韓国に敗れたことに及ぶとある知人が「韓国如きの国なんか恐れるに値しない」と言い放ったのです。

年上の方が多い中、なるべく発言を控えていた私はついつい我慢できず「そんなことを言うから負けるんだよ」と言いました。驚いたことに私の声とほぼ同時にまったく同じことをおっしゃる方が居ました。声の主は私が日頃から尊敬している実績のある経営者の先輩でした。

日本人とか、韓国人とか、アメリカ人とかは関係ありません。ライバルに敬意を払わないといずれ酷い目に遭う。これはもう歴史が繰り返して教えてくれた教訓です。

15年前、サムソンが世界で急成長を始めた頃、似た話はよく聞こえてきました。技術、ブランド力、資金、イメージ・・・どれをとっても韓国企業は話にならないと考える日本人は多かったのです。「サムソン如きのメーカー・・・」との声も多く耳にしました。

ビッグスリーの凋落をみてますます日本の自動車メーカーに自信を高める関係者も多いと思いますが、トヨタ自動車が売上げ世界一の虚栄心に走った時点ではもう自ら「カンバン方式」を捨てたのです。多くの関係者がライバルへの敬意を忘れたことが今の窮状の遠因にもなっていると思います。

「韓国如き」との発言に反論した二週間後、新聞の一面にベトナムでも原子力発電所の受注に負けたニュースを見ました。「先進国の日本とフランスが負け、軍事援助をセットしたロシアが勝った。政府が新興国に勝てるように特別な仕組みを作れ」という論調でした。

これは失注(注文取りに失敗)した社員が会社に戻ってあれこれ言い訳をして失敗を正当化する現象とそっくりでした。日本は韓国に敗れた時点から新興国という強烈なライバルに敬意を払い、対策と注意を払えばロシアに勝つ十分なオプションを持っていたはずです。眼中にフランスという「先進国」しかないところが前回の教訓を生かしていない証拠です。

中国で生活して強く感じましたが、技術と品質を持っていてもシェアが取れない日系企業には大変類似点が多いのです。ライバルの現地企業に対して「安かろう悪かろう」、「モノマネ」と敬意を払わず、日本自身も同じ手法で下から勝ち上がってきた事実を知らないのです。

これらの企業の共通項は日本人が重要ポストを独占し、現地社員の意見も聞かず、現地の友人も持たないことです。駐在員達が日本式の生活一式を持ち込み、日本人だけが行く店で用を済ませようとします。来る日来る日も日本人だけが溜まる居酒屋やバーに通い、現地のトレンドにもニーズにも無関心です。

どこの世界でも営業の本質は変わりません。それは売ることではなく「知ること」です。しかし、「知ること」で何よりも大切なのは謙虚な気持ちです。ここでいう「謙虚」は曖昧な文化的な意味合いではなく、「顧客と同じ視線を持ち、ライバルに敬意を払う」というきわめて具体的なビジネス行為なのです。

「産業の構造改革」という掛け声ばかり聞こえて久しいのですが、結局他人事です。組織のトップが精神構造を変革しない限り、構造改革なんてありえない。「韓国如きの国なんか」と聞いた時は驚きましたが、ごく稀なケースだと分かっています。しかし、ビジネスでライバルに敬意を払わない現象は実に珍しくないのです。

P.S. 私もつぶやきを始めました

昨日、ツイッターを始めました。もっと私的にもっと気楽に会話できるからいいと思いました。
ツイッターをやっている読者はぜひフォローしていただきたいと思います。
http://twitter.com/sohbunshu

ご参考に私の最初のつぶやきをご覧ください。

僕のマッチョの友人、田村耕太郎さんが偉い!「節操がない」という人はおかしいよ。自分だって大企業や上司に媚を売る立場なのに。理念は政党に属するのではなく個人のもの。耕太郎さんが理念があるからこそできたことよ。妬いている人が多いのでは。
・・・・・・
@xxxx 宋です。ありがとうございます。東京には月1週間から10日ほど滞在していますよ。なんといっても25年間もいると日本を外国と思えないです。何をしようかと迷っています。不惑なんて嘘だよね。一生続きそうです。

今も中川昭一さんに電話をかける

友人中川昭一さんに私は今でも電話をかけます。もちろん留守電になっています。私は無言で留守番電話の案内を聞き、そして無言で電話を切る。それだけなのですが、もう何回かけたか忘れたくらいです。

昭一さんとの共著「どうした、日本」(ダイヤモンド社)を読んでくださった知人の多くから「マスコミから伝わるイメージと違う」、「意外と魅力的な人」との感想をいただきました。私にしてみればこれこそ意外でした。あれだけテレビや新聞に露出してきた方なのになぜこれほど誤解されるだろうかと。

ローマでの会見は昭一さんに大きなダメージをもたらしたに違いありません。しかし、自尊心と名誉を命以上に大切にしてきた彼にとって最も辛いのは、その後綿々と続く侮辱的な世論でした。

日本はもっとベンチャー企業を育てないと産業の活性化がないと彼は真剣に思いました。私が開催した外国籍(7カ国)ベンチャー経営者の夕食会に彼は飛び込み、一人ひとりの経営者に質問して意見をメモしていました。もちろん、夕食の支払いは彼のポケットマネーでした。

中川さんのノートをみた時の衝撃は今も忘れられません。分厚いノートにメモをびっしり書き、資料も貼り付けていました。アンダーラインや色付けもあちらこちらにあり、まるで受験生のようです。

サブプライム問題が米国で爆発し、世界が金融恐慌にはまっていた時、中川さんは日本の金融政策を指揮していました。おそらく世界のトップレベルの金融知識を持つ大臣は彼だけだと思います。

恐慌の最中に財務と金融の2つの大臣を兼任していた彼ですが、ちょっとした油断で国に甚大な損害とパニックを引き起こす可能性がありました。巨大なプレッシャーと膨大な実務が彼の体を蝕みました。免疫力が低下した50代の昭一さんは風邪を引きやすくなり、持病の腰痛が悪化していくのです。

世の中の会社が納会を終えた2008年の年末に、私の携帯に昭一さんから電話が入りました。「宋さん、ずっと神経を張り詰めていたから今晩くらいは仕事を離れてお酒を飲みたい」と。

私は共通の知人を誘って食事会に行きましたが、彼は腰の負担を減らすために店から座布団を3枚もらってそれに寄りかかりながら食事をしていました。

落選後の昭一さんともよく会いました。私はチャーチルやケ小平の事例を挙げ、起伏のある政治家が歴史を変えると説得しました。しかし、同席のほかの方々は、「あの時、結局飲んだのか」といつまでもローマの会見に興味津々でした。

風邪を抑えるために風邪薬を飲み、腰痛を抑えるためにまた鎮痛剤飲み、そのうえ、ランチのお付き合いのワイン。後で医者から聞きましたが、知識があればこの3つの飲み合わせは絶対やってはいけないそうです。しかし、先入観と色眼鏡の塊の世論は同情するところか、徹底的に彼に追い討ちをかけました。

昔の日本世論は知りませんが、今の日本世論は本当に狭量だと思いました。人のミスと欠点は10倍に拡大してみますが、人の貢献と良さは10倍に縮小してみます。

石川氏が逮捕されるニュースをみた時、私は目頭が熱くなりました。昭一さんの欠点は過剰に名誉を重んじ、図々しさが足りないことです。そんなことを薄々感じたのでしょうか、彼は私との共著中で「私は強く死を意識している」と言いました。

日本がとても貴重な政治家を失ったことについては、中国人の私はコメントしようがありません。しかし、心から付き合った友人を失ったことについて私は未だに納得していません。

昨日もまた中川さんに電話をかけてしまいましたが、留守電でした。きっと、彼が私からの電話に気付き、いつものように「はい。中川です」と答えてくれています。ただ、この世には雑音があまりにも大きく、彼の声がその中に埋もれてしまいます。

商売上手な人の共通項

日本では「商売上手」は必ずしも良いイメージの言葉ではありません。この言葉の裏に「したたか」、「薄情」など暗示が見え隠れします。

しかし、長い間経営者と付き合ってきた私ですが、商売上手な人達は殆ど「良い人」であるという確信を持っています。彼らには2つの共通点があります。

まず彼らの多くは面倒見のよい人です。それも無理して作った見せ掛けの美徳ではなく習慣や癖のようなものです。女性にモテる男性が癖でついつい女性に気を遣ってしまうことと似た感じです。

次に彼らの殆どは無意識のうちにいろいろなことに投資します。ここでいう投資は決して単純に株や不動産を売買することではありません。一見メリットがないことにお金をかけて損しているように見えますが、そのことが将来に大きな価値をもたらしてくれます。

後輩や部下におごること(領収書なし)も、勉強会や食事会に参加することも、無条件に顧客の利益を考えることも、どれも立派な投資なのです。やっている本人は見返りを期待してやっていないとしても投資である事実には変わりありません。だから商売上手な人は商売上手な自覚はないかもしれません。

逆に商売下手な人に商売下手な自覚がないのも同様です。商売下手な人の殆どは相手のメリットに無頓着です。たまに自分のメリットにも無頓着な人も居ますが、殆どの人が本能で自己のメリットにより敏感なはずです。

例を挙げると分かりやすくなります。営業下手な人の共通項は顧客のメリットに無頓着です。私が「やっぱり変だよ日本の営業」の中で最初に指摘したのは根性で売る、いわゆる押し売りの営業行為です。決してモラルの高い次元ではなく、「商売下手」という現実論からの批判でした。

顧客は我々と同じく、自分が一番大切な生身の人間です。こちらのメリットを根性で押し込んで顧客が一時的に負けても、ずっと付き合ってくれるはずがありません。結果的に、労力がかかる上リピート客を作れないのでコストの高い営業になってしまうのです。

ではなぜ商売下手な営業マンに限ってそんなことをするかというと、彼らは投資の感覚がないからです。要は「せっかく交通費と時間をかけて来たのですから、買ってもらわないと損だから」、「会った客に買ってもらえば他に探す苦労が減るから」です。目の前の短期メリット(売上げ)に拘るのです。

しかし、ケチな人ほど自分のケチに気付かないものです。この損したくない発想、損をしない習慣は結果的に他人の心情に対する想像力を削ぎ落とし、顧客志向を損ない、利益を投げ出しているのです。

成功しないベンチャー経営者のビジネス・モデルをみると驚くほどの共通点があります。自分が少しでも損しない、少しでもリスクをとらない、できるだけ相手の褌で相撲を取りたい「意志」が丸見えです。

他人の成功を妬む人々はよく「金持ちほどケチ」といいますが、それは一面しか当たっていないのです。金持ちがお金を無駄にしないのは挑戦と投資に回すためです。貧乏人がお金を無駄にしないのは消費と貯金のためです。ここに格差の遠因も垣間見ることができるのです。