米中の動きから目を離せない年

皆さんがこのメールをご覧になっている時、私は既にボストンで借りたアパートに入居し、そろそろ時差が治るところでしょう。今年前半は中国に居た時間が長かったのですが、後半は米国に居る時間を増やそうと思います。

今年は米中の動きから目を離せない年です。経済も政治も基本的に米中の競争と協力によって結果が生まれる時代で米国一極時代と違うのはその結果の予想が難しいことです。

朝鮮半島で起きたことはまさに米中協力によるものでした。以前も触れたように、昨年のトランプ訪中の際に既に米朝の接触が始まっていたのです。その交渉の過程で見せた北朝鮮のミサイル発射はまさに交渉術であり、米中の協調制裁はまさにそれに対する反論でした。

国内政治に利用することしか考えない日本政府と違って、朝鮮半島で戦争を起こさない決意は中国と韓国にあります。当然、北朝鮮も戦争の結果を誰よりもよく知っているはずです。米国も戦闘に勝てるのですが、ベトナム戦争以上に戦争に勝てないことを知っているはずです。朝鮮半島と中国だけではなく、世界全体を敵に回した上、「米国を再び偉大に」のスローガンは戦費で泡となって消えるでしょう。

「いつかきっと」と思いながらも、やっと東アジアからも冷戦の残骸が消えてなくなることが現実的になってきます。何とも言えない興奮と希望を抱く人は日本人には少ないと思いますが、中国人、韓国人そしてロシア人にはたくさんいます。新しい経済圏が形成されるからです。

中朝国境の街の丹東市では不動産がここ数週間で急速に値上がりしました。瀋陽と大連から丹東までの高速道路は昔から完成しており、ほんの3時間で北朝鮮に入れます。ロシアと北朝鮮は国境を跨る大橋の建設を議論しています。北朝鮮はロシアとも陸続きであることを忘れてはいけません。韓国となれば言うまでもなくあれこれと平和条約後に備える動きをしています。

米中が手を取り合って東アジアの政治地図を一変した一方で、米中間の競争も激しさを増しています。その代表は現実味が増す「米中貿易戦争」です。

以前もここで申し上げたようにTPPのような多国間交渉は米国の貿易赤字を減らすどころか、むしろ増やす結果になるため、トランプ氏が参加するはずがありません。自由貿易なんかは言い訳に過ぎず、自国に不利だと確信すればどんな貿易でもやめる権利があります。双方が得することは貿易の一番重要なルールです。

長期的に見た場合、中国の対米貿易黒字はいつか解消しなければならない問題です。双方の違いがあるとすれば単なる解消の方法と時間だと思います。米国が赤字そのものではなく、中国の技術と産業の競争力を落とすような方法をとっている現状からみれば、交渉は困難を極めるでしょう。今年の世界経済の最大のリスクは北朝鮮やイラン問題ではなく、米中貿易交渉でしょう。「貿易戦争」になるかどうかは単なる言葉の問題で、実態は既にかなり深刻に進んでいます。

経営者の人生が長かったトランプ氏はB/SとP/Lの感覚は体に沁み込んでいるでしょう。あれだけの財政赤字を抱えながら大幅の減税を行えば、どこかから穴埋めを探さないと破綻するに決まっています。貿易黒字国から税金の穴埋めを取るのは一石二鳥です。最大の黒字国中国に焦点を当てるのは当然ですが、第二の黒字国、しかも昔から米国貿易から黒字を稼いできた日本は簡単に逃れることはできません。

ただ、世界一のGDPを持つ米国が、世界一の貿易規模を持つ中国に制裁を科すことによって米国自身がどんな影響を受けるか、世界全体がどんな影響を受けるかについては前人未到のエリアです。交渉が纏まらず双方がふらつくまでやりあうリスクが存在します。それが今年と来年の世界経済の最大の心配事です。

冷戦時代よりも米国一極支配の時代よりも現在の世界はより予想が困難です。協力と競争が交差する時代では判断と発想のパターン化は禁物です。最後にまた余計な一言を言わせてもらいますが、たぶん日本の政治家と大手経営者の多くは未だに米国一極(あるいは冷戦)時代の感覚に染まっているでしょう。最近、それがよく「蚊帳の外」と表現されるのですが、本質は「蚊帳の外」ではなく、「古い蚊帳の中」なのです。

失礼な「働き方改革」法案

昨日、証明書類が必要になって北京にいる妹にお願いしました。すると1時間半後に「取ってきた」と言うのです。「今日は土曜日じゃないの?」と言うと「役所は土日もやっているのよ。兄さん知らなかったのね。」と言われました。

そう言えば、中国では銀行も土日営業しています。「日本の銀行は3時まで」と言うと中国人は目が点になります。夫婦が共に働く中国では、行政サービスや金融サービスは仕事時間外に受けるのが当たり前です。

日本の国会で大騒ぎしている働き方改革法案。この話を聞くたびに不快になるのはなぜ個人の働き方を法律で決めてもらわないといけないのかと思うからです。与党と経営者団体がやるべきことは社員が働き方を決める権利を尊重することです。自由な労働市場に基づきより良いサービスを規制緩和と経営改革を通じて実現することです。働き方は生き方の重要な部分であるため、法律で働き方を決めることは生き方を法律化するようなものです。

夕方や土日にも住民サービスを受けることは、公務員や民間人の総労働時間を増やさずに実現することが可能です。しかし、社員がいくら働き方を変えてもしょせん、規制と経営の下で行われた「戦闘行為」です。兵隊がいくら勇敢に犠牲を払っても大本営と司令達が改革を拒否すれば無駄死にが増えるだけです。

実は働く社員の一人一人は必死です。自分の家族を守るために少しでも収入を改善しようと時計の針を見ながら残業代を計算する父親の姿が目に浮かびます。しかし、彼らは兼業できない、転職しにくいから、一つの会社に媚びを売って忖度し、他に通用しない社畜に成り下がるしかないのです。だから安い残業代を狙って、少しでも収入が良くなるように頑張っています。

本当のことを言えば、彼らが好きなだけ兼業できるならば、何も同じ会社でわずかな残業代を稼ぐ必要はないのです。正々堂々と他のところで気分転換しながら勉強しながら稼げばいいのです。しかし、政権のために働き方改革を宣伝する大手マスコミのサラリーマンに聞いてみれば分かるように、兼業を許す大手マスコミがどこにありますか。規定上できても運用上不可能にしている大手も出てきましたが、正規と非正規労働の格差がこれだけ大きくなれば、非正規に成り下がらないように、必死に忖度しないサラリーマンはいないのです。

結局、働き方改革は社員を楽にする法案ではなく、経営者を楽にする法案なのです。そして当局や経営者側に立つ既得権益者たちがその法案に「働き方改革」という失礼なタイトルをつけて国会で通そうとするのです。先日、データ不正との理由でこの法案の通過を放棄された時に、経営団体の代表たちはこぞって残念を表明したことが象徴的でした。働き手のためのものであれば、労働者たちが反対するはずです。この法案は羊の頭を掲げて犬の肉を売る法案なのです。

私は左翼と思われるかもしれませんが、間違いなく保守なのです。現役の時から自由経済と経営改革を信じて止まない経営者でした。私は日本で最初に残業を制限した経営者だったかもしれません。サービス残業を最も早く厳しく批判した経営者だったと思います。

本当の進歩は社員の労働強度を減らしながら、収入を維持することです。あるいは同じ労働強度を維持しながら、社員の収入を上げることです。「週休7日が幸せか」と過労死遺族に問い詰める飲食産業の経営者議員。これは「働き方改革」の本質を象徴する一幕です。週休7日を求める日本の社員を見たことはありませんが、構造改革と経営改革が遅れているくせに毎日社員に勤勉と頑張りを求める経営者を私はたくさん知っています。

同じ飲食産業でも先日深センで社員が楽になって顧客が満足する風景を見ました。着席するとウェーターがやってきてテーブルに置いてある二次元バーコードを指して「ご注文はこちらからどうぞ。」と言った後、20分間の砂時計をひっくり返して「上の砂がなくなるまで食事が揃わない場合、食事が無料になります。」と言って去りました。

二次元バーコードを携帯でスキャンして写真付きのメニューから食事を注文し、食事後にそのまま携帯で支払うのです。注文取りなし、レジなしです。社員がやることはクレーム処理や老人や子供の手伝いです。

この現場から分かるように、規制緩和を通じて金融改革をした上、経営者が技術投資と経営改革を敢行しない限り、上述のようなサービスは出現しません。「週休7日が幸せか」という誰も望んでいない仮説を立てる暇と、「働き方改革」を法制化する暇があるなら、自分たちの改革に早く着手したほうが自他ともに良くなりますよ。

視之不見、聴之不聞

北朝鮮との国境の町、丹東。私の初恋の彼女の故郷です。

夏休み前に喧嘩したため、彼女は怒って一人で家に帰ってしまいました。謝るために彼女を家まで追いかけましたが、そのまま2週間も住ませてもらいました。まだ高層ビルがなかった時代でしたが、彼女とよく鴨緑江の畔に行き、北朝鮮と繋がる鉄橋を眺めていました。

先日、金正恩氏があの鉄橋を超えて丹東駅に着いた時、中国側で専用列車に入って歓迎の挨拶したのは宋涛氏。北朝鮮が発表した動画から分かるようにとても初対面の表情ではないのです。金正恩氏が帰る時も、同じく宋涛氏が丹東駅まで見送りました。これらの情報は北朝鮮が公開した動画から分かりました。中国側の発表では一切、触れていません。

トランプ氏が金正恩氏との会談に応じるニュースはまさに世界を驚かせました。日本では日本経済新聞をはじめとするマスコミたちは「中国はカードを失った。蚊帳の外で焦っている。」と報道していました。中朝関係が冷え切ったと判断する情報がある訳ではないと思いますが、あるとすれば金正恩がなかなか訪中しないことの他、宋涛氏が特使として平壌に共産党大会の結果を報告に行った際、金正恩氏とは面会できなかったとの情報です。

しかし、今回の北朝鮮の映像を見れば、明らかに宋涛氏と金正恩氏は旧交があるのです。会ったのはまさに共産党大会の報告に行った時でしょう。会ったことを発表しなかったことは確かですが、「会談発表がない=会談がなかった」というのは日本のマスコミの得意な憶測でした。

私は26日の夜から27日の昼間にかけて微信(Wechat)を通じて鉄道沿線の厳重警備の映像を目にし始めました。丹東近郊らしい景色に金正恩の父親や祖父が乗っていた専用列車らしい車両が見えました。そしてとうとう北京市内を走る車列を頻繁に目にするようになりました。国家元首でなければ絶対使わない数の白バイと交通規制でした。政治に敏感な中国人ならば誰でもこれは北朝鮮のトップが来たと分かります。金正恩氏の妹さんを含む、元首以外の高官にこんな処遇をするなんて中国ではあり得ないのです。

金正恩氏が極秘に中国訪問。こんな民間ニュースには中国人は慣れています。情報管理が厳しい中国ですから、マスコミ発表は参考程度です。第一、金正恩氏の先代達はよく極秘に中国に来ていました。私の故郷の山東省では孔子廟を参拝に来た金日成氏をたまたま見かけた人も居ました。

日本のマスコミがいつ報道するかと思ったら、なんと金正恩が帰国し、中国が正式に発表した後でした。それまで中国語や英語の各種情報サイトでは映像を含む情報が既に溢れていました。だからこそ「外交上手」の安倍総理が「報道で知った」とはショックでした。外務省も「想定外だった」と言うのですが、逆に何を想定していたのが知りたくなりました。たぶんの「独自な想定」があまりにも強くて現実離れしているから、普通につかめる情報を無視してきたのでしょう。

慌てて姿勢を変え、金正恩氏との首脳会談を企画すると言う安倍首相が国会で情報力と戦略性の欠如を追及されると「日本のリーダシップの結果だ。中国に詳細説明を受けたい。」と言いましたが、中国のWechatにすぐその画像をアップされ嘲笑の的になりました。「安倍氏は日本に来るように圧力をかけないとは、本当に日本の首相ですか。」と。

日本の情報力はなぜこんなにも低いのでしょうか。それが今日のテーマです。

「老子」第十四章に「視之不見、聴之不聞」という有名な言葉があります。知りたい意識がなければ「視ても見えない、聴いても聞こえない」という意味です。たぶん、安倍総理は北朝鮮脅威を煽り「国難」選挙で勝ってよい味を占めたのでしょう。危機を欲しがるあまり、北朝鮮の狙いと韓国の動き、そして米中間の取引についてまったく知ろうとしなかったのだと思います。戦前の大本営もそうでしたが、欲しがる結果と結論に向けてそれを立証する情報だけを集め、それ以外の情報を無視するか、歪んで解釈するかです。

企業も同じです。日頃よく「情報収集能力」と呼びかける経営者が多いのですが、好きな部下としか付き合わない、反対意見を嫌う、思い込みの激しい経営陣には、情報収集力は何の意味もありません。部下の情報力はぜんぶ社長の「ビジョン」と「構想」に合うものに使われるのです。強いほどまずいです。たまに異なる情報が含まれてもしょせんゴミ扱いです。

本当の情報を得るには謙虚さと真剣さが必要です。驕りと私欲は価値のある情報を断ずるのです。

三流の政治がもたらす二流の経済

ここ最近の日本はまさにデータ改ざんのオンパレードです。東芝、神戸製鋼などの企業によるデータ改ざん事件に聞き飽きたところに、日本政府も改ざんの実態を露呈し、世界を驚かしました。

昔、「経済は一流、政治は二流」と日本の方はよく言いました。そう言いながらどこか「経済一流」に対して政治が少々遅れていても我々民間は気にせずやっていける覇気を感じました。私はそういう政治と関係なく独自の力で世界に打って出る日本人の気迫に尊敬の念も持ちました。

しかし、ここ20年間、日本企業の総合競争力が落ちる一方であることは皆さんもご存知の通りです。中国などの新興国との差は別として先進国の中で成長力が最も欠けているのは日本なのです。これは一人当たりの国民実質所得が如実に語っています。G7の中で97年からずっと実質所得が落ちていくのは日本だけなのです。

ここまで来たらもはや経済だけでは解釈できなくなってきました。政治体制に抜本的な問題があるのではないかと考えてしまうのです。

皆さんはすぐ自分たちは米国と同じシステムだと考えるのですが、これこそ落とし穴です。コンプライアンスや経営体制がピカピカだったはずの東芝はなぜあんな大規模なデータ改ざんができたでしょうか。経営理念も管理システムも立派でありながら長期間にわたって偽装や改ざんに手を出す会社がなぜこんなにも多いのでしょうか。

私が安倍政権を批判してきた理由もここにあります。アベノミクスや三本の矢をはじめ、「世界の真ん中で輝く」、「一億総活躍」などの幼稚に近いスローガンを次々に打ち出してきましたが、時間をかけてプロセスを観察すると実際に日本経済の構造問題にいっさい手をつけていないことが分かります。日銀にどんどん資金を出させ、株もどんどん買わせ、低失業率や株高を演出してきました。そのおかげでダメな企業も生き残り、新規産業が生まれず、経済の活力がどんどん衰退していきます。

政権の人気を維持するために自ら消費税を上げる貴重なタイミングを捨てました。その時に使った言い訳は「今はリーマンショックに相当する状況にある」です。前日まで自分のおかげで景気回復したと言いながら、増税時期を伸ばすためならば、翌日に「今はリーマンショック相当」と言うのです。

ここ最近暴露された財務省による公文書改ざん事件はまさに同じ延長線上のことです。不都合を隠すためならば、日銀だろうが財務省だろうが警察庁だろうがマスコミだろうが経済界だろうが、安倍政権は直にキーマンにアクセスしてきました。戦後の歴代政治家が遠慮してきたタブー、つまり米国型民主主義ではなかなか手を出してはいけないところに手を伸ばしてきました。当然この中に合法的な部分もあればグレーな部分もあります。そしてとうとう真っ黒な違法な部分についても証拠が掴まれました。

森友学園の土地の値段を見れば誰でも分かります。そんな値段で買えるならば、誰でも買いたいのです。籠池氏が希望する価格を丁寧に聞き出し、それに合わせるためにゴミのデータを偽造しました。現場から本省まで一体となって頑張るのです。石橋を叩いても渡らないまじめなサラリーマン官僚がなぜそんなタブーにチャレンジしなければならないのでしょうか。名誉園長の安倍夫人が何らかの方法で関わっていなければ、誰にそんなモチベーションがあるのでしょうか。

「財務省がやりました。私は関係ありません。」これは東芝の元社長が改ざんについて「経理部がやりました。経理部長を処分します。私は関係ありません。」と言っているのと同じです。皆さんはどう思いますか。一部の人は「まるで途上国です。」と言うのですが、途上国を侮辱してはいけませんよ。これはシステムの問題というよりも、もう人間性の問題でしょう。さすが火中の麻生財務大臣はG20を欠席しました。行ったとしても彼が読みあげる財務省官僚が作ったデータや文章は、信憑性が薄いと、誰もが思うでしょう。

安倍総理と麻生財務大臣のこの姿勢はまさに世界的に嘲笑されました。逆に総理と仲良くしてきたマスコミや大企業のトップも同様な姿勢ではないかと思ってしまうのです。困難な改革や長期目標から逃げて好きな部下とパートナーに囲まれて好きなことをする。しかし、不都合があればすべてそれを部下に押し込み、責任逃れします。これこそダメな企業の典型です。

私は安倍政権のこの体質を数年前から批判してきました。反日になったと言う人もいますが、いっさい気にしません。それは安倍政権を支える一部の偽右翼の口癖です。こんなデータや事実を平気で自分の欲望に合わせる人は過去の総理大臣にいないはずです。皆さんはたぶんお金に関わることが私欲だと思うのでしょうが、人間の一番の私欲は自己満足欲と自己顕示欲です。憲法改正(憲法改ざんというべきかもしれませんが)を含む彼の顕示欲のために、彼がやってきたのは改革ではなく改変や改ざんです。

日中関係で言えばこんな改ざんが好きな総理の下で尖閣諸島の問題や歴史問題の折り合いがつく訳がありません。あれだけの公文書を改ざんし、頑として非を求めない政権ですから、日中領土交渉の公文書を好きなように変えないわけがありません。敗戦後に旧官僚によって不都合な公文書が破棄された中、安倍政権が過去の歴史に対して素直に事実を調査し他国の公文書を確認する訳もありません。

安倍政権が日本に与えた最大の損害は経済改革の機会損失ではなく、日本国家の信用損失であることは、時間が立てばたつほど露呈してくるはずです。データと文書を改ざんし、責任を部下に押しつける。そんなことをやっていいんだという日本国家の印象を世界中にばら撒いています。まさに三流の政治がもたらす二流の経済です。

アメリカ・リスクに鈍感な日本人

中国とのビジネスを議論する際によく使われるチャイナ・リスクという言葉。私はこの言葉に反感を覚えません。私たち中国人自身も自国の政策転換や政治変動によってビジネスが急に思いもよらないリスクに晒されることがよくあるからです。

当然、中国人ビジネスマンは米国や日本などの政治リスクにも敏感であり、いざという時のために常に回避の道を保持しています。これは世界中に散らばる中国人商人の共通点であり、アフガンやイラクやアフリカなど、あらゆるハイリスクな地域にもビジネスを展開できる遠因でもあるのです。

トランプ大統領が鉄鋼輸入制限を発表した際、中国の経済界はまるで関係ないような反応でした。もうすでに対策が終わっていたからです。昨年の米国の鉄鋼輸入に占める中国からの輸出はわずか2%(11位)です。これに対して日本は5%(7位)であり、韓国は10%(3位)であり、カナダは16%(1位)です。主な被害国は米国の「同盟国」たちです。

しかし、不思議なことに日本経済新聞を含む日本のマスコミはこの鉄鋼輸入制限を「中国を狙った」と書くのです。いったいどういう思考経路を通じてこのような面白い発想ができたのか分かりませんが、日本の政治家をはじめ、多くの日本人の米国への誤解、正確にいえば思い込みは相当激しいようです。

以前TPPについて見解を述べたように、ビジネスはあくまでも損得で判断するのであって好き嫌いで決めるものではありません。ルールがあっても損するようなルールに米国は従うわけがありません。加盟の国々にさらに市場開放するTPPは米国の貿易赤字削減にマイナスです。これについては経営者のトランプは弁護士のオバマよりはるかに分かっているのです。

「中国を包囲する戦略」だと日本の総理大臣がいくら頑張ってもトランプにとって何の説得力もありません。米国にとって中国はライバルではあるが、敵ではありません。ライバルを意識するあまり自分がTPP加盟国の貿易に包囲されては元も子もありません。貿易赤字を解消するには、中国とは一対一のさしであれば交渉できますが、TPPのような多角協定は交渉不可能です。

中国は数十年間にわたって米国との厳しい貿易摩擦を経験して来たので、単独交渉とリスク・ヘッジに慣れています。今回の米国鉄鋼輸入規制は明らかにWTOのルールに違反するのですが、中国には驚きの声はまったくありません。米国は自分に不利なルールは無視する傾向が強まりましたが、「アメリカ・ファースト」で当選したトランプにとってもはや当然なのです。トランプは当選前からWTOを批判しており、最近米国の通商代表もWTO批判を始めました。

今回、実際に米国の鉄鋼輸入制限に対して中国はどう反応したかというと、発表直後に中国の李克強総理が自動車関税をはじめとするいくつかの系列商品の関税引き下げを発表したのです。米国と真逆な姿勢を鮮明にしたのです。中国は米国との個々の貿易摩擦と関係なく自分の世界戦略を淡々とやっているだけなのです。米国の貿易はあくまでも双方に利益があることが前提なので、米国が不利だと思うならば好きなことをすればよいのです。米国にメリットがない貿易に中国も依存したくないのです。

中国の戦略は誰にも隠さないのです。政治や主義と関係なく、全世界を相手にしてビジネスを展開することです。過去米国がこれをグローバル化と称して政治体制とビジネスモデルの両方を推し進めてきましたが、不利になった今、逆方向に向き始めました。しかし、中国が目指すグローバル化は相互の経済メリットだけを基準にしています。全方位の貿易力こそ、米国を含む個別国との交渉力になるのです。米国市場に依存しながらの米国との交渉がどんな結果になるかは、日米のプラザ合意を見なくても分かるのです。

しかし、私がこんなことを言っても理解する人は最初から分かっていますし、理解できない人にいくら言っても無駄です。固定概念に縛られ結論ありきの日本人があまりにも多いからです。最近の統計では8割の日本人が米国に好感を持っているのですが、米国人の6割は中国が日本より重要だと言っているのです。

たぶん、日本人が感情で政策を決めるのに対して米国が重要度で政策を決めているのでしょう。これは日本も被害者であるにも関わらず「中国を狙った」という不可解な日本世論への解釈になるかもしれません。