APA論争にかけた大切な視点

私は南京大虐殺の論争に何の興味もありませんでした。日本に長くいると元谷さんのような方とよく出会います。いちいち怒っていたら体がもちません。しかし、私の興味と関係なくこの件は世界中に波紋を広げています。中国語ニュースや英語ニュースにこれだけ出てくると嫌でもその行方が気になります。

China boycotts Japan hotel chain APA over Nanjing Massacre denials. これはCNNのニュースタイトルです。この件を報道するニュースの中では、中国語ニュースは言うまでもありませんが、英語ニュースでもまず一番目立つキーワードは固有名詞の「Nanjing Massacre 南京大虐殺」でした。

Right-Wing Hoteliers in Japan Anger China With Radical Historical Views. これはニューヨークタイムズの記事です。タイトルが示す通り、「右翼ホテル」や「過激」がポイントです。元谷さんは本を通じて南京大虐殺を否定するつもりでしょうが、結果は真逆です。

事件化してしまった後、彼は嬉しそうに「今や知名度は世界一」と語ったようですが、世界中の若い世代にも改めて「南京大虐殺」を知らせ、APAホテルは「過激」な「右翼ホテル」であることを知らせたのは確かです。日中両国の当局も巻き込んだことで改善中の日中関係(特に民間関係)に水を差したのも有名でしょう。

中国や韓国の観光客のみならず、華僑の多い東南アジアの民間人が気持ちよく泊まれるホテルではないことも有名でしょう。よく分かりませんが、普通の日本人もサービスの良しあし以前に、有名な「過激」な「右翼ホテル」に泊まりたいと思わないのではないでしょうか。

南京大虐殺(南京事件と言いたい方はどうぞご自由に)に関する民間人の本は出版自由の範囲に入っています。誰がどう騒ごうが、これは日本の法律にも中国の法律にも抵触していません。近年、日本の本屋にこの系統の本が多いことは中国人も知っています。だからといって抗議する人はいません。したがってAPAの件は「言論の自由」の問題ではなくビジネスマナーの問題です。ドイツ人が戦時中に「虐殺がなかった」という本をホテルの客室に置くなら欧米中心に同様の波紋が起きるでしょう。

元谷さんのような見方をする日本人は全体の何パーセントを占めるかは分かりませんが、絶対数でいうとそれなりの数はいます。それでも大多数の日本人の観点を代表していないと思います。犠牲者の数を巡る意見相違があっても日本政府も虐殺そのものを認めています。

「お客様が第一」「顧客視点」は本来、サービス業の基本です。ビジネスの観点から見ても元谷さんが個人の趣味をお客さんに押し付けるのは法律違反ではありませんが、邪道です。まあ、それを無視してもそうしたいのであればどうぞお好きに勝手にやればいいです。彼には言論の自由がありますが、中国系の顧客もリラックスできるホテルを選ぶ自由があります。

顧客に「政治と野球を語らない」という暗黙のルールが日本のビジネス業界にあります。信じる理念や応援する野球チームが異なっても気持ちよく商売しようという気遣いです。元谷さんは「中国人韓国人が来なくても構わない」ようですが、日本のサービス業界全体はそう思わないでしょう。

南京大虐殺に戻りますが、他の歴史問題と同様、唯一の解決方法は無視と放置です。時間は必ずこの問題を解決してくれるからです。過去においてどこの国がどこの国の人をどれほど殺したかの論争は不毛です。特に南京大虐殺のような日本政府を含む世界に定論のある話を蒸し返すのは日本にとって自害行為です。

我々中国人も日本人だけが虐殺を行ったと思っていないのです。中国の清朝は満州族の朝廷であり、我々漢民族は彼らに植民支配されていました。漢民族の明朝が崩壊する際、満州族が万里の長城を超えて中国内陸地を攻め込んだのですが、膨大な数の虐殺を行いました。

宋朝がモンゴル族に倒された時も膨大な虐殺がありました。数十万の虐殺数字は頻繁に出てきます。それは一人一人の犠牲者を数えた結果かといえば、当然違います。いま現在でも中東で起きている戦乱の正確な民間人犠牲者を数えることはできないのです。

我々中国人同士もお互い膨大な虐殺を行ってきたのです。検証困難な遠い歴史は別として、蒋介石政府の共産党とその本拠地にいた民衆への虐殺や共産党政権後の旧体制支持者への仕返しにも膨大な犠牲者の数があげられています。数十万〜数百万というのですが、数字に関する相違があってもその事実を否定することは誰にもできません。

虐殺犠牲者の正確な数を出すことは不可能であっても虐殺の存在についてそれほど大きな争議はありません。南京大虐殺の犠牲者が30万人じゃないからと言って存在しなかったという結論は飛躍しすぎです。だから虐殺否定についてニューヨークタイムズも「右翼ホテル」の「過激」な歴史的見解と表現するのです。

先日、ロシアとの関係改善に意欲を示したトランプ氏にFOXニュースの記者が「プーチンは人殺しだ」というと、トランプ氏は「人殺しはたくさんいる。我々の中にも多くの人殺しがいる。我々の国がそれほど潔白だと思っているのか」と返しました。

トランプ氏にはいろいろな欠点がありますが、こういうことが言えるところが好きです。我々中国人も日本軍の虐殺を忘れないだけではなく、自分達の虐殺にももっと目を向ける努力が必要です。

ただ、虐殺が歴史になるのに一番必要なのは努力ではなく、時間です。100年も経てば、被害者もいなくなり被害者から直に話を聞いた人もいなくなります。その時に心の中で続く戦争が終息し戦争は初めて歴史になります。

私達ができるせめてものことはまだ人々の心で続いている戦争を外に取り出さないことです。もっと前向きなところ、もっと共通しているところに目を向ければ日中は文化的にも人種的にも最も近い国であることに気付くはずです。(全く日本語が分からない中国人でもこの文章の漢字を読むだけでだいたいの意味は分かります)。

違っても好きな人

明けましておめでとうございます。
今頃こんな挨拶をするのはおかしい気がしますが、今年最初の宋メールであることに気付いてほしいからです。

昨年の終わりに号外を出して来年は事務局の都合で出せないかもしれないと申し上げましたが、おかげさまで今のところ事務局をやってくれているソフトブレーンに変化はありません。
(昨年の号外:http://www.softbrain.co.jp/mailmaga/detail/post_25.html

正直、ここ数年、宋メールも含め、そもそも世の中にメッセージを発信して何の意味があるのかとよく自問しています。テレビも新聞も以前よりずっと無難で台本通りの番組を作り、ネットでも意見が合う人同士が結束し、異なる人を攻撃する所謂「炎上」も日常茶飯事です。人は聞きたいことを聞き、認めたいことを認め、聞きたくないことを聞かない、認めたくないことを認めない、そういう主観的な動物なのです。

私も当然例外ではありません。意見が合わないとついつい「あの人は井の中の蛙」、「あの人は思い込みが激しい」、「あの人は知らないくせに喋りたがる」と考えてしまいます。せっかくビジネスから引退して平穏で幸せな日々を送っているのに、いちいち心の中で文句を言う自分が情けなくなることはよくあります。

しかし、ここ一、二年でそれを避ける良い方法を見つけました。ついつい文句を言いたくなるようなメディアを見ざる、出ざる。ついつい悪口を言いそうな人と会わざる、関わらざる。そうすると急に自分が穏やかになり、心の平和が保てるようになりました。

私がトランプ氏が大統領に当選するのではと思ったのは一年以上前に彼の講演を聞いて好きになったからです。もし嫌いだったらきっとその後の彼の講演内容を馬鹿にして「頭がおかしい」と決め込んで聞かなくなったでしょう。

好き嫌いは人間の避けられない感情である以上、素直に受け入れるしかありません。むしろ好き嫌いの理由を冷静に見つめる努力をしたほうがためになると思います。

私がトランプ氏を好きな理由は彼の中国への態度によるものではありません。彼が選挙中も今も中国を最大の敵にしていることは周知の通りです。彼は外国人や移民に対しても厳しい見方をしているのです。私の四人の子供は米国に居て彼らの先生も含めて皆がトランプ反対です。

それでもトランプ氏を嫌いにならない理由を見つめたいと思います。

「彼は嘘吐きだ」「彼は思い込みが激しい」「彼は米国の普遍的価値観を大切にしない」「彼は人種や性別の差別者だ」などなどの批判は結構当たっています。しかし、それでも半数の米国人、しかも特に昔から米国に移民してきた白人たちがなぜ彼に投票したかを考えるべきです。彼は実に本当に米国の将来を心配し、数十年後の米国の姿をはっきり想像できているのです。クリントン氏のように20世紀型のイデオロギーに生きていないのです。

20世紀では米国は民主主義を広げるために経済の果実(市場)を弟分たちに気前よく分け与えてきたのですが、いよいよ米国民自身がやっていけなくなりました。チェンジを訴えて当選したオバマは微調整したものの、価値観の面子を下して米国民の所得向上に失敗したのです。昨年5月の宋メールでも触れましたが、(http://www.softbrain.co.jp/mailmaga/detail/back302.html)米国の中産階級以下は全員、所得がリーマンショックの前より減ったままです。富裕層とエリート層が増えたのに対してそのほかの階級は減ったのです。この現実を知ってもう一度トランプ氏の就任演説を読むと彼が誰の心に何を訴えているかがよく分かります。

「民以食為天」(民は豊かにしてくれる体制を支持する)。このような率直な考え方は私のみならず、多くの中国人の中にあります。民主主義や自由も大切ですが、豊かになることと自由になることは連動しています。本当に豊かになれるならば、自由は自然についてくるのです。第一、人間がまず一番必要としている自由はお金の自由なのです。

食えない普遍的価値は米国人も食わないのです。中国は明らかに米国の真のライバルです。敵にして当然です。自由貿易は聞こえがよいのですが、得して初めて意味があります。自由貿易を主張しているのは昔も今も生産力と貿易力に優れた国です。日本に開国を迫る黒船時代では、英国と米国の生産力と貿易力が世界のトップに立っていたからです。

結局、私がトランプ氏を好きな理由はトランプ氏およびトランプ氏を代表した米国人の考え方に親近感を感じたからです。これは私の限界でもあります。私は米国や日本のような民主主義をうらやましいと思いませんし、中国は米国のようになってほしいと思いません。当然、今のような中国がよいとも思いませんが、それぞれの国が自分達の手探りで前進すればよいと思います。生き詰まったらその体制が自然に崩壊し、また別の模索が始まるのです。中国人はそのことを「国破れて山河在り」と表現しているのです。

中国語の「国破山河在」の意味は「政治体制が崩壊しても大切なものは無くなっていない」です。(大切なものは人間、文化、資源などです)。人民は「国体」に拘るはずもありません。「国体」に拘るのは体制側であり、体制に洗脳された人々です。トランプ氏とその支持者達が「米国の価値観」に対して「I don’t care」と言えるのはむしろ米国の革新力の象徴です。これはケ小平時代の社会主義論争と似ています。

当時、ケ小平の社会改革が社会主義の価値観を壊しているとの批判に対してケ小平が「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕まえる猫はよい猫だ」と言ったり「現実は真理を検証する唯一の基準だ」と言ったりして押し返しました。私の運命を変えてくれたのはケ小平でした。「人民を搾取した」実業家系のせいで私達家族は差別を受けていたのですが、いきなり自分の能力と努力で富と尊厳を勝ち取れるようになったのです。こうやって読者の皆さんと出会えたのもケ小平の改革のおかげです。

「別れても好きな人」ではありませんが、「喧嘩しても好きな人」というのが存在すると思います。これからの世界をみれば、米中の競合は避けられません。どうせ喧嘩するならば、トランプ氏のような率直で前向きな分かりやすい人がよいと私は思います。トランプ氏が成功するかどうかはわかりません。将来の現実が検証をするでしょう。しかし、失敗を恐れて変化をしないことこそ最も恐ろしいことです。

宋メールを読んでくださる皆さんもきっとどこかで私と同じ持ち味や性格である可能性が高いと思います。嫌いならば読んでいないと思います。お互いが「違っても好きな人」という「危険性」が高いと思います。

ということで皆様、今年もよろしくお願いいたします。

宋メールの継続問題

十数年も続いた宋メールですが、ひょっとすれば来年は中止せざるを得ないかもしれません。皆様に報告するかどうかについて躊躇しましたが、万が一お別れのご挨拶ができない場合は失礼なので、急遽ご報告することにしました。

結論から申し上げると、ソフトブレーンと大株主との関係が破綻し、来年は私とソフトブレーンの関係がどうなるか分からないからです。私は現経営陣を支持しているため、大株主との敵対関係が進んだ場合、私もソフトブレーンとの関係を断たなければなりません。そうなれば宋メールの発行体制がなくなり、宋メールも中断せざるを得ないのです。

簡単に経緯をご説明します。

今年7月にある会社が、事前協議はおろか、TOB(株式公開買付け)などの手続きも踏まずに、市場からソフトブレーンの株を45.57%取得したうえ、彼ら自身が採用している会計基準である国際会計基準(IFRS)を用いるというテクニカルなやり方で、一方的にソフトブレーンを「子会社(IFRS上の)」にしました。この会社は先月までは株式会社フュージョンパートナー(以下FP社という)と称しますが、最近はスカラと社名変更したそうです。

株の大量取得の際、FP社はソフトブレーンの豊田社長に「持分法適用会社になるまで株を市場で買いたい」と説明しました。私はその情報を知った時、「持分法適用」の目的を信じて善意をもってFP社に接しました。マスコミの記者達が「珍しい敵対買収」として取材に来られましたが、私はFP社を信じてむしろ記者達を抑えたほどです。

しかし、その直後、このFP社は突然にやってきて「さらに買い進めて45%まで買った。当社はIFRSを使っているため、ソフトブレーンは当社の子会社になった」と宣告したのです。この会社が発表した取得目的も突如「持分法適用会社にするため」から「連結子会社にするため」と変更しました。

このような「潜水艦による奇襲攻撃」のような方式による企業買収に不信感を感じざるを得ませんでしたが、それでもソフトブレーン経営陣がFP社の提案を真剣に検討し、企業価値を上げるための協力関係を探りました。しかし、FP社からはソフトブレーンの企業価値向上につながるような提案がないうえ、「奇襲」による株取得に似たような、信頼を損なう行為が重なりました。

相当悩んだ末の判断だと思いますが、ソフトブレーン経営陣は正式にFP社の奇襲買収を敵対買収として認定することにしました。詳細についてはご興味がある方はソフトブレーンの正式発表をごらんください。
URL:https://www.release.tdnet.info/inbs/140120161226463211.pdf

私が経営から引退した後、リーマンショックなどもあり、上場の前から会社を支えてくれた現在の経営陣と幹部と社員達は相当苦労しました。幾多の危機を乗り越えながらも米国企業との競争にも強みを発揮し、顧客満足の向上とシェアの拡大を続けてきました。ゼロ金利を利用し、ほぼノンコストで資金を調達し、騙し討ちで企業の株を買うことは簡単ですが、多くのお客様に信用していただくことと、国際競争に勝つことは容易いことではありません。

お客様との関係を築き上げてきた経営陣と社員達の理解を無視し、借金と奇襲による企業の株取得は企業の価値を損ない、社会に何の価値も提供しないと考えます。長い間、私は株主としてソフトブレーンの経営陣と社員達に寄り添ってきましたが、敵対の大株主が資本の原理で彼らの意思を無視するようなことをした場合、私は今後のソフトブレーンに未練がなくなります。

私の愛情は常に企業内外にいる人間達(社員、顧客など)に向けるのです。箱ものの企業そのものに関心がありません。たとえその企業が私が創業し育てた企業であっても。

これが最後の宋メールかもしれないのでこのタイミングを借りて読者の皆様に心からの感謝を申し上げたいと思います。欠点とミスの多い私ですが、皆さんはよくもこんな恥ずかしい文章を十数年にわたって読んでくださいました。
まあ、こんな変なことをいう変な人も居たと考えていただければ幸いです。

皆様、よいお年を。

邪魔な感情

年末になると早速、来年の予想を聞かれるようになりました。2年前の上海市場の暴落、今年のイギリス国民投票や米国トランプ大統領選について偶然にも私の予想が当たったため、「来年はどうなるか」と聞いてくる方が多いのです。

経済や政治に関する予想は基本的に確率の問題です。天気予報よりもかなり当たる確率は低いのですが、自信満々に「必ずこうなる」と予想する方々が多いのです。外れても外れても予想を行う方の予想は、願望と詐欺の混合物に過ぎないのですが、外れても損しないからいつまでもやめません。

私は投資の都合上、懸命に世の中を観察し、不安でありながらも日本、中国、米国などの主要国の動向を予想するのです。自分の切実な損得にかかわるため、思い込みは禁物です。トランプ当選の確率は50%あると思っていましたが、これはもう相当不確定的です。トランプが勝利と想定して投資することはコインを投げて命を懸けるようなものです。

それと天気予報などの自然界の予想と違って、人間社会の予想はその予想対象である人間が主体として予想を行うため、乗っている箱を持ち上げるような部分があるので予想不可能の側面があるのです。

このことは古代中国では「傍観者清、当事者迷」と表現しているのです。システムに関わる人間はそのシステムへの判断をよく間違えるのです。システムと無関係の傍観者の方がよく見えるのです。日本でいう「岡目八目」でしょう。

これはつまり予想の精度を上げるには関係や感情を持たないことが必要ということです。しかし、無関係や無感情の社会について予想する意欲を持つ人は極めて少ないのです。一番多く予想を行う対象は二種類しかありません。最も好きな社会と最も嫌いな社会です。だから評論家の予想はコイン投げよりも確率が悪いのです。感情が入っているからです。

予想だけではありません。行動の成果もそれほど情熱と欲望などの感情に依存しません。確かに情熱をもって努力することは目的を成し遂げるにはとても大切ですが、一番大事なのはその目的を達成するための環境と条件がそろっているかどうかです。孫氏がよく「天の時、地の利、人の和」の順で説明したように、人間のファクターはもう最後です。しかも、「人間の和」です。

ここでは個人(リーダーを含む)の意思や意欲がほとんど評価する必要がないほど重要ではないのです。

本当に結果に責任を持つ人は感情を殺しています。感情がないわけではありません。結果のため、責任のために自分の感情を殺しているのです。

感情でマーケットを評価しても構わないのです。損するのは自分です。実際に自分のお金を張っていないから間違っても平気です。感情が入っているように見えますが、他人に対して無責任と無感情です。

部下を感情で評価するのは確かに気分が良いかもしれませんが、有能な部下が辞めたり、やる気が無くなったりすることで損するのは会社です。自分は損しません。結局会社への責任と愛情はなく自己愛です。

お客さまを感情で選ぶと確かに商談は楽しくなりますが、新規顧客や利益率の良い顧客が少なくなります。その結果として会社の業績が低下し、自分も早晩悪い影響を受けます。

本当に感情の無い人は存在しません。結果と目的のために自分の感情を殺して世界を予想し部下を評価し顧客を開拓するのはリーダーであり、成功する人です。

年末に際して一年を振り返って感無量な方も多いと思いますが、思い切り忘年会などで感情を爆発させて来年の感情コントロールのためのエネルギーを蓄積しましょう。

ミヤォミヤォ

ミヤォミヤォが天国に逝きました。2時間前にはまだ頑張って自らトイレに行っていましたが、気が付いた時には息をしていませんでした。

ミヤォミヤォは我が家の猫です。7年前、子供たちに「北京に住むなら猫を飼ってあげるよ」と言って家族4人で北京に移住しました。白い子猫のミヤォミヤォと出会ったのは移住した直後でした。中国語を一から勉強しながら地元の生活と勉強に慣れていく子供たちにとってミヤォミヤォは言葉の要らない地元の最初の友達でした。

そのうち、子供たちは学校の友達を家に連れて帰ってくるようになりました。性格が温厚なミヤォミヤォは人気者で子供達に友達を誘うネタとしても使われました。ミヤォミヤォに会うために来るようになった友達さえいました。

北京の冬は乾燥する上、寒いのです。おまけにPM2.5も心配の種でした。しかし、広い家の中は快適でした。各種植物がたくさん置かれ、機械で空気の温度、湿度と清浄度を快適なレベルに管理していました。何よりも、いつも両親、おいしい料理とミヤォミヤォが待っていてくれていたのは子供達にとって良かったと思います。

言葉も環境も不慣れな海外への移住に躊躇する人は多いと思いますが、現地に快適な居住環境を築くことが大切だと思います。我が家の場合、地元でペットを飼うこともその快適さを確保する一環でした。

落ち込んだ時や困った時に、ミヤォミヤォはそっとそばに寄り添ってくれました。手でお腹を撫でると喉からゴロゴロと音を出しますが、それが何とも言えない癒しになりました。気が付いたら自分のほうが慰められていました。

3年後、子供達は中国語がペラペラになり、中国各地に旅行によく出かけるようになりました。4年後には子供達は英語も始めてアメリカの旅行やサマーキャンプにも行くようになりました。家族で出かける時、ミヤォミヤォはいつも心配の種でした。久しぶりに帰ってきた時、ミヤォミヤォはしばらく鳴きやみませんでした。たぶん「寂しかったよ。帰ってきてくれてうれしい。」と言っていたと思います。

5年後、子供達を日本に連れて帰ることにしました。日本語のレベルアップと日本での経験が必要だと思ったからです。当然、ミヤォミヤォも連れていくのですが、免疫手続きが3か月かかるため、姉の家に預けました。ミヤォミヤォは私達が姉の家に置いてきた衣類や家具の匂いを鳴きながらよく嗅いでいたそうです。

3か月後、ミヤォミヤォを連れ戻すために私と妻は北京に行きました。一緒に空港に向かい、飛行機に乗る風景は今も脳裏から離れません。北京生まれのミヤォミヤォが海を越えて日本に「移民」したのです。

日本に戻って2年たった今年の春、子供達が米国の留学先が決まって入学準備している間に、ミヤォミヤォは急に食べなくなりました。病院に連れて行ったら腎臓病が進んでいて余命が数か月から一年と言われました。

その時まず頭に浮かんだのは「ミヤォミヤォは大役を果たしたからもう帰るのか。」という思いでした。

もともと子供達を海外に誘うためにミヤォミヤォを飼いましたが、その子供達が家を離れて海外へ一人旅に出かける時に、ミヤォミヤォが生の旅を終えようとしていることは偶然だと思えないのです。「ミヤォミヤォも一人旅に出かけるのだ。天国への旅に。」と思ってしまうのです。

最後の日、妻はミヤォミヤォを抱いて彼が大好きな散歩コースに連れて行きました。もう声が出ないミヤォミヤォは途中、急に力を振り絞って「ミアォ!」と一回だけ鳴きました。そこは彼の散歩コースの中で特別好きな場所でした。妻はミヤォミヤォをそこに降ろして、しばらく座らせました。その晩、ミヤォミヤォは逝きました。

翌日、私はそこにミヤォミヤォのお墓を掘りました。別荘に有った木材で棺を手製し、眠ったようなミヤォミヤォをその中に入れて埋葬しました。妻は泣きながら土を被せました。

お葬式が終わって気が付いたのですが、ミヤォミヤォが選んだ場所は私達家族が大切にしている大きなホオノキの根元でした。