北京に生活拠点を移してからそろそろ3年間経ちますが、日中企業家達の価値観の違いを毎日体感しています。正直日本のほうに自分は慣れていますし、好きですが、冷静に観察してみると日本でしか通用しないものが多いのです。ビジネスマンにとってどちらがもっと良いかの議論は不毛です。現地に適合し結果を出す人は価値観を言いだす余裕がありません。
重要なのは現地の社員、パートナーと顧客の価値観を知ることです。私は日本企業のアドバイザーを引き受けていますが、たまにトラブルの単純さに驚かされます。相手の考え方の基本さえ知らないので上手くいくほうが不思議なのです。
ここで思い出すのが、一年前にご案内申しあげた「日中韓MBA」プロジェクトです。
http://krs.bz/softbrain/c?c=1780&m=1967&v=cac03695
実は3.11の影響で開講直前に取りやめましたが、一年の時を経てやっと再開するのです。しかも今度は日中韓三国の政府プロジェクトとして認定され、予算も付いたのです。
私は北京大学側の公式顧問も頼まれました。なんと報酬もくれます(微々たるものですが)。震災からの復興も念願し、ぜひ再開を成功させたいものです。皆さん、3週間の予定で東京、ソウル、北京で3カ国のビジネスマンが共に学び人脈を作り価値観を交換する良い機会です。
ご興味のある方はどうぞご一報くだされば案内資料をお送りします。私は直接事務局に指示出せる立場なのでどうぞご遠慮なくご要望ください。人数に制限がございますので今回が無理でも次回は優先させていただきます。
資料申し込み:sbmail@softbrain.co.jp
タイトル:日中韓MBA資料請求
「価値観」の罠
「あの人と価値観が違うから」、「○国と価値観を共有できるから」・・・ビジネスマンや政治家がよく口にするこの言葉に私は反対です。
現実、夫婦間でさえ価値観はよく異なります。世界では民族が異なり、文化背景の異なる夫婦が普通にたくさんいます。異なる宗教同士の結婚も珍しくありません。価値観の違う夫婦はどちらかといえばむしろ幸せな場合が多いのです。相手、とくに女性を尊重することになれているからです。
家庭や育った環境の違いで人の価値観は当然違います。「平凡が一番」と思う人もいれば「出世に限る」と思う人も居ます。「金がすべて」と思う人もいれば「楽しみが第一」と思う人もいます。
日本の政治をみればわかるように、与党と野党だけではなく、与党の中にも価値観の違いがあって当然です。そもそも政治とは違う価値観の闘争に過ぎず、政治家は違う利益階層の代表に過ぎないのです。
国家間の価値観は当然違うのです。よく民主主義と資本主義を持ち出して米国やインドの価値観を共有している政治家が言うのですが、それは政治的なプロパガンダにすぎません。私は日本人と米国人とインド人が価値観を共有しているとは思いません。現地に滞在すれば分からない人はいないでしょう。
そもそも価値観を共有しないのは悪いことではありません。最近の日本社会ではなかなかリーダーが育たない、その主な原因は多様性の欠如にあると多くの人が認識しています。しかし、多様性の本質は他ではなく価値観の多様性であり、価値観の相違です。
考えてみてください。好き嫌いで部下を評価する社長の下であなたは勤めたいと思いますか。価値観を持ち出して人の意見を無視する上司をあなたは認めますか。日本を嫌いながら営業する外国人が上手く売れると思いますか。嫌々滞在する外国で日本人がビジネスを拡大できると思いますか。
同僚やすぐ上の上司に対して「価値観が違う」と言えても、数段も上の指導部に対して平社員は決して「社長と価値観が違うから」と言いません。自分の価値観を隠すか外に逃げるかしかありません。したがってそんな組織には包容力と活性化は無理です。
会社の同僚と上司には多様な価値観が存在します。ビジネスの相手である顧客には多様な価値観が存在します。世界各国、各民族には多様な価値観が存在します。価値観は人間の体格や顔と同様、大いに異なる場合もあれば似ている場合もあります。しかし、完全に同様なものは存在しません。
リーダーシップとかTPPとか海外事業とか、日本の課題の多くはこの価値観への包容力の問題に過ぎません。この議論は分かる人は多いですが、いざとなるとできないのが問題です。
何よりも重要なのは自分の体格を基準に物事を判断しないことです。しかし、「日本人は優しいから自分を他人に押し付けない」との思い込みが障害になっています。同質社会の中で生きているうちに自分と他人の明確な相違がなくなっているからです。
同質を求め、多様性を嫌うことの本質はこの「自分タチの価値観に慣れている」ことにあるのです。価値観を言う人ほど、自分ダケの価値観を持っていないのです。
現実、夫婦間でさえ価値観はよく異なります。世界では民族が異なり、文化背景の異なる夫婦が普通にたくさんいます。異なる宗教同士の結婚も珍しくありません。価値観の違う夫婦はどちらかといえばむしろ幸せな場合が多いのです。相手、とくに女性を尊重することになれているからです。
家庭や育った環境の違いで人の価値観は当然違います。「平凡が一番」と思う人もいれば「出世に限る」と思う人も居ます。「金がすべて」と思う人もいれば「楽しみが第一」と思う人もいます。
日本の政治をみればわかるように、与党と野党だけではなく、与党の中にも価値観の違いがあって当然です。そもそも政治とは違う価値観の闘争に過ぎず、政治家は違う利益階層の代表に過ぎないのです。
国家間の価値観は当然違うのです。よく民主主義と資本主義を持ち出して米国やインドの価値観を共有している政治家が言うのですが、それは政治的なプロパガンダにすぎません。私は日本人と米国人とインド人が価値観を共有しているとは思いません。現地に滞在すれば分からない人はいないでしょう。
そもそも価値観を共有しないのは悪いことではありません。最近の日本社会ではなかなかリーダーが育たない、その主な原因は多様性の欠如にあると多くの人が認識しています。しかし、多様性の本質は他ではなく価値観の多様性であり、価値観の相違です。
考えてみてください。好き嫌いで部下を評価する社長の下であなたは勤めたいと思いますか。価値観を持ち出して人の意見を無視する上司をあなたは認めますか。日本を嫌いながら営業する外国人が上手く売れると思いますか。嫌々滞在する外国で日本人がビジネスを拡大できると思いますか。
同僚やすぐ上の上司に対して「価値観が違う」と言えても、数段も上の指導部に対して平社員は決して「社長と価値観が違うから」と言いません。自分の価値観を隠すか外に逃げるかしかありません。したがってそんな組織には包容力と活性化は無理です。
会社の同僚と上司には多様な価値観が存在します。ビジネスの相手である顧客には多様な価値観が存在します。世界各国、各民族には多様な価値観が存在します。価値観は人間の体格や顔と同様、大いに異なる場合もあれば似ている場合もあります。しかし、完全に同様なものは存在しません。
リーダーシップとかTPPとか海外事業とか、日本の課題の多くはこの価値観への包容力の問題に過ぎません。この議論は分かる人は多いですが、いざとなるとできないのが問題です。
何よりも重要なのは自分の体格を基準に物事を判断しないことです。しかし、「日本人は優しいから自分を他人に押し付けない」との思い込みが障害になっています。同質社会の中で生きているうちに自分と他人の明確な相違がなくなっているからです。
同質を求め、多様性を嫌うことの本質はこの「自分タチの価値観に慣れている」ことにあるのです。価値観を言う人ほど、自分ダケの価値観を持っていないのです。
年初の「平凡な日常」
「ちょっとだけ置かせてくださいね」。足元のカバンから新聞を出すために私は隣座席の人に言いました。しかし、彼のテーブルにコップを置こうとした時に不味いことが起きました。私はその中のコーヒーを派手にこぼしたのです。
垂れるコーヒーをみて焦りました。「申し訳ございません!」と謝った後、すぐ「タオルください!」と添乗員に叫びました。タオルとティシュでテーブルを拭き、椅子を拭き、「脚に付きましたか」と聞きました。幸いにして「脚は大丈夫です」でした。少し安心して「お許しください」と再度謝ってもう一度丁寧に拭きました。
世の中は不思議なもので、実は昨晩にも同じ場面がありました。主役は私ではなく娘でした。
数日前、我が家は足湯の機械を買いました。長いお風呂は疲れますが、足だけなら熱いお湯でも長く浸せて気持が良いのです。私がやり出すと子供達も小さな足を入れ込んできます。テレビを見ながら過ごす時間は至福です。
昨晩も8歳の娘と足湯を楽しみました。終わる頃、彼女が足湯の機械の縁に立とうとしたため、機械が転倒し、大量のお湯が床にこぼれたのです。そのお湯は床一面に流れ込みベッドの下にも広がりました。
びっくりした私が「何してんだ!」と大きな声で叱りました。家内が大量なバスタオルを持ってきて私がそれを使って湯を吸い取りながら「自分のしたことだから早く始末しなさいよ」と茫然としている娘に叫びました。
大人気ない私は作業しながらもさらに一言文句を言ったと思います。しかし、その後、徐々に怒る気持ちが消えて行きました。娘が「私の責任だから全部やります」と言いながら一生懸命作業を始めたからです。
バスタオルを持ってベッドの下に潜りながら「私の体は小さいからベッドの下を任せてください」と娘が言います。途中、ベッドの下から「パパ、私わざとじゃないから許してね」との娘の声が聞こえた時、怒る気持ちよりも「自分が大人気ないな」、「娘への教育は厳しすぎたかな」とむしろ反省を始めました。
自己反省と同時に8歳の娘に尊敬の念すら持ちました。自分の子供の言動に感動を覚えたのは初めての体験でした。何か優しい言葉をかけたいのですが、適切な言葉が見つかりませんでした。
作業が終わった後、自責の念のせいかどうかは分かりませんが、娘は自分の部屋に戻って行きました。家内が様子を見に入りましたが、暫くすると真っ赤な目をして出てきました。「一生懸命漢字の練習をやっていますよ」と。
私も涙が出そうでしたが、我慢しました。新年早々、自分も大切なことを娘から学びました。それは彼女の行動でした。「私の責任だから」という言葉も響きましたが、あの小さな体をベッドの下に潜らせた行動が一番私の心を動かしたのです。
作業が終わって脚を引っ張って外に出した時は、娘のパジャマも濡れていました。彼女はバスタオルと一緒に体も使って水を拭いたのです。その様子を見て「私はちゃんと責任を取っているだろうか」、「私はちゃんと行動しているだろうか」と強く自問しました・・・。
「もしもし、食事がきましたよ」。考え込んだ私の腕に誰かが軽くタッチしました。隣の方でした。さきほどコーヒーを溢された隣の方が私に優しく呼びかけたのです。
皆さま、私の一年はこんな「平凡な日常」から始まりました。
垂れるコーヒーをみて焦りました。「申し訳ございません!」と謝った後、すぐ「タオルください!」と添乗員に叫びました。タオルとティシュでテーブルを拭き、椅子を拭き、「脚に付きましたか」と聞きました。幸いにして「脚は大丈夫です」でした。少し安心して「お許しください」と再度謝ってもう一度丁寧に拭きました。
世の中は不思議なもので、実は昨晩にも同じ場面がありました。主役は私ではなく娘でした。
数日前、我が家は足湯の機械を買いました。長いお風呂は疲れますが、足だけなら熱いお湯でも長く浸せて気持が良いのです。私がやり出すと子供達も小さな足を入れ込んできます。テレビを見ながら過ごす時間は至福です。
昨晩も8歳の娘と足湯を楽しみました。終わる頃、彼女が足湯の機械の縁に立とうとしたため、機械が転倒し、大量のお湯が床にこぼれたのです。そのお湯は床一面に流れ込みベッドの下にも広がりました。
びっくりした私が「何してんだ!」と大きな声で叱りました。家内が大量なバスタオルを持ってきて私がそれを使って湯を吸い取りながら「自分のしたことだから早く始末しなさいよ」と茫然としている娘に叫びました。
大人気ない私は作業しながらもさらに一言文句を言ったと思います。しかし、その後、徐々に怒る気持ちが消えて行きました。娘が「私の責任だから全部やります」と言いながら一生懸命作業を始めたからです。
バスタオルを持ってベッドの下に潜りながら「私の体は小さいからベッドの下を任せてください」と娘が言います。途中、ベッドの下から「パパ、私わざとじゃないから許してね」との娘の声が聞こえた時、怒る気持ちよりも「自分が大人気ないな」、「娘への教育は厳しすぎたかな」とむしろ反省を始めました。
自己反省と同時に8歳の娘に尊敬の念すら持ちました。自分の子供の言動に感動を覚えたのは初めての体験でした。何か優しい言葉をかけたいのですが、適切な言葉が見つかりませんでした。
作業が終わった後、自責の念のせいかどうかは分かりませんが、娘は自分の部屋に戻って行きました。家内が様子を見に入りましたが、暫くすると真っ赤な目をして出てきました。「一生懸命漢字の練習をやっていますよ」と。
私も涙が出そうでしたが、我慢しました。新年早々、自分も大切なことを娘から学びました。それは彼女の行動でした。「私の責任だから」という言葉も響きましたが、あの小さな体をベッドの下に潜らせた行動が一番私の心を動かしたのです。
作業が終わって脚を引っ張って外に出した時は、娘のパジャマも濡れていました。彼女はバスタオルと一緒に体も使って水を拭いたのです。その様子を見て「私はちゃんと責任を取っているだろうか」、「私はちゃんと行動しているだろうか」と強く自問しました・・・。
「もしもし、食事がきましたよ」。考え込んだ私の腕に誰かが軽くタッチしました。隣の方でした。さきほどコーヒーを溢された隣の方が私に優しく呼びかけたのです。
皆さま、私の一年はこんな「平凡な日常」から始まりました。
激変を抱擁して
やっとリーマンショックの苦痛から脱出し、緩やかな景気回復を想定していた時にあの日は突然やってきました。
上海空港の滑走路から今にも飛び立とうとする機内から突然、「本便は駐機場に戻ります」とアナウンスが流れ、そして後ろから「東京に大地震が・・・」との呟きが聞こえてきました・・・。今年を思い出そうとするとどうしてもこの日が先に出てくるのです。
しかし、日本にショックを与えたのは地震ではなく、津波であり、メルトダウンであり、そして東電や国家の危機管理の甘さでした。
国内生産のリスクを分散しようと、中国のリスクを分散しようと、日系メーカーが挙ってタイに生産をシフトしましたが、そこに未曾有の大洪水がやってきてその被害は3・11よりも大きくなりました。
リーマンショックの時、世界中がドルを嫌ってユーロに飛び付きました。ブラジル出身のスーパーモデルがドルを拒否しユーロで報酬を受け取りました。世界中がユーロに退避したところに、やってきたのは今年のユーロ危機でした。ユーロはなくならないとしてもこれまでのユーロはもうこの星に存在しません。
BRICsはどこに行ってしまったのでしょうか。先月、不動産業の知人が突然電話をかけてきて「3%の利息で運転資金を貸してもらえないか」というが、よくよく聞くと3%は年間ではなく、月間の利息でした。北京郊外に本社を構える中国のジュース最大手を訪ねると3月に8千人居た営業マンを3千人までにリストラしたとCEOが言います。
9年間で10万人のイラク国民の命を奪い、8千億ドルの税金を費やしたイラク戦争。撤退でアメリカは反省したかと思えば、地球を何回も破壊できる原爆を持ちながら中東を何回も破壊できる原爆を持つイスラエルとイランに戦争を仕掛けるのです。「核疑惑」という理由で。
イランへの本格攻撃は間一髪で踏み止まり、無人機が失われたくらいで済んだのは世界の幸いでしたが、その米国も来年政権交代します。中国もロシアも政権が交代し、それぞれ国内に大きな不安と困難を抱えます。
以上の文章は3日前までに書いたものですが、そこに飛び込んできたのは北朝鮮金正日の突然な死去でした。北朝鮮までも政権交代するとは思いもよりませんでした。
高校生も携帯電話を持ち始めた北朝鮮では、三代も続く世襲が成功するとは思いません。すぐではないと思いますが、大きな変化がやってくるに違いありません。長い歴史を考察すると気付きますが、東アジアの動乱はいつも朝鮮半島から始まったのです。
暗い話ばかりを書きましたが、気分を持ちなおそうと窓を見たら大きなクリスマスツリーが見えました。仲よさそうな男女が寄り添うように窓際に座っています。世の中はどんな激動になっても、われわれ一人一人の生活は静かに続くものです。
国が強くなったり弱くなったり、景気が良くなったり悪くなったり、収入が増えたり減ったり・・・良くも悪くも変化は必ず起きるものです。冬眠で冬をやり過ごす動物もいれば雪をかきわけてその下の草で食い繋ぐ動物もいます。しかし、生きていれば必ず春を迎えることができます。
年末の今、せっかく今年世界最大の不幸を乗り越えた皆さんは来年への心配よりも、来るクリスマスや新年をゆっくり楽しく過ごしていただきたいと思います。幸せな人生とは人生に幸せな時間が多いことです。少しでもその幸せな時間の欠片が増えるように、私も努力したいと思います。
皆さま、今年は、いえ、今年も大変お世話になりました。来年も「宋メール」をよろしくお願い申し上げます。
良いお年を。
上海空港の滑走路から今にも飛び立とうとする機内から突然、「本便は駐機場に戻ります」とアナウンスが流れ、そして後ろから「東京に大地震が・・・」との呟きが聞こえてきました・・・。今年を思い出そうとするとどうしてもこの日が先に出てくるのです。
しかし、日本にショックを与えたのは地震ではなく、津波であり、メルトダウンであり、そして東電や国家の危機管理の甘さでした。
国内生産のリスクを分散しようと、中国のリスクを分散しようと、日系メーカーが挙ってタイに生産をシフトしましたが、そこに未曾有の大洪水がやってきてその被害は3・11よりも大きくなりました。
リーマンショックの時、世界中がドルを嫌ってユーロに飛び付きました。ブラジル出身のスーパーモデルがドルを拒否しユーロで報酬を受け取りました。世界中がユーロに退避したところに、やってきたのは今年のユーロ危機でした。ユーロはなくならないとしてもこれまでのユーロはもうこの星に存在しません。
BRICsはどこに行ってしまったのでしょうか。先月、不動産業の知人が突然電話をかけてきて「3%の利息で運転資金を貸してもらえないか」というが、よくよく聞くと3%は年間ではなく、月間の利息でした。北京郊外に本社を構える中国のジュース最大手を訪ねると3月に8千人居た営業マンを3千人までにリストラしたとCEOが言います。
9年間で10万人のイラク国民の命を奪い、8千億ドルの税金を費やしたイラク戦争。撤退でアメリカは反省したかと思えば、地球を何回も破壊できる原爆を持ちながら中東を何回も破壊できる原爆を持つイスラエルとイランに戦争を仕掛けるのです。「核疑惑」という理由で。
イランへの本格攻撃は間一髪で踏み止まり、無人機が失われたくらいで済んだのは世界の幸いでしたが、その米国も来年政権交代します。中国もロシアも政権が交代し、それぞれ国内に大きな不安と困難を抱えます。
以上の文章は3日前までに書いたものですが、そこに飛び込んできたのは北朝鮮金正日の突然な死去でした。北朝鮮までも政権交代するとは思いもよりませんでした。
高校生も携帯電話を持ち始めた北朝鮮では、三代も続く世襲が成功するとは思いません。すぐではないと思いますが、大きな変化がやってくるに違いありません。長い歴史を考察すると気付きますが、東アジアの動乱はいつも朝鮮半島から始まったのです。
暗い話ばかりを書きましたが、気分を持ちなおそうと窓を見たら大きなクリスマスツリーが見えました。仲よさそうな男女が寄り添うように窓際に座っています。世の中はどんな激動になっても、われわれ一人一人の生活は静かに続くものです。
国が強くなったり弱くなったり、景気が良くなったり悪くなったり、収入が増えたり減ったり・・・良くも悪くも変化は必ず起きるものです。冬眠で冬をやり過ごす動物もいれば雪をかきわけてその下の草で食い繋ぐ動物もいます。しかし、生きていれば必ず春を迎えることができます。
年末の今、せっかく今年世界最大の不幸を乗り越えた皆さんは来年への心配よりも、来るクリスマスや新年をゆっくり楽しく過ごしていただきたいと思います。幸せな人生とは人生に幸せな時間が多いことです。少しでもその幸せな時間の欠片が増えるように、私も努力したいと思います。
皆さま、今年は、いえ、今年も大変お世話になりました。来年も「宋メール」をよろしくお願い申し上げます。
良いお年を。
「真面目」の問題か
「オリンパスはもともと真面目な従業員と高い技術力を有する健全な企業で、企業ぐるみの不祥事が行われたわけではない」、「悪い意味でのサラリーマン根性の集大成」、「経営中心部分が腐っており、その周辺部も汚染されていた」、「ワンマン体制が長く続き、誰も社内で本当のことが言えない状態が続いた」・・・
これがオリンパスの第三者調査委員会の報告書です。「真面目」、「サラリーマン根性」、「腐っている」・・・第三者調査委員会に期待しているのは事実の調査であり、正義の調査ではないはずです。
オリンパスの財務諸表の作成に数十人がかかわるでしょう。十数年にわたって千億以上の不良資産を隠してきたのに社員が気付かないのはアラビアのおとぎ話でしょう。彼らが命令される作業を密告することもなく「真面目」に働いたのは確かです。
面識のある人は分かりますが、菊川さんや岸本さんは超がつくほど真面目な人です。たぶん誰も着服していないと思います。彼らが三代にわたって苦しいリレーができたのはむしろ「俺が真面目に働いている。私利私欲のためではない」という自負があったからと思います。
経営の中心は本当に腐っているのでしょうか。菊川さんは岸本さんからの不正会計の引き継ぎを除けば、日本企業によくみられる普通の老害でした。むしろオリンパスの経営は多くの大手企業の中でまだマシな方です。それが業績にも株価にも如実に現われていました。
鈴木正孝さんというグローバル事業を大きくした専務が居ます。彼がリードしてきた中国・アジアの内視鏡事業はオリンパスの業績を支えただけではなく、何でもありの中国市場でも厳しいコンプライアンスポリシーを守ってきました。鈴木さんも経営の中心に居ますが、腐っているどころか、菊川さんと闘ってきた、本来社長になるべき人物です。
日本の大手企業では、率直で業績をあげて人気もある取締役は社長になれません。男のやきもちは恐ろしいもので、在任中の社長よりも人気があってはなりません。だから後任社長はロシア人形マトリョーシカのように必ずそっくりの人が出てきますが、矮小化していくのみです。
今となって隠ぺいを主導してきた元社長をワンマンだのサラリーマン根性だの批判するのは容易いことです。しかし、強引にCEO椅子にへばり付いても、菊川さんにはとてもワンマンの力がありません。彼の根性は80歳過ぎても会社に行く多くの「真面目な」経営者達の共通の根性です。
調査委員会のメンバーもそういう「真面目」な方々でしょう。「腐っている」などの感情剥き出し表現をみると思わず笑えてしまいます。ばれたことを調査に行くのだから真面目なことを言うぐらいしかやることがなかったでしょう。
コンプライアンスは茶番、社外取締役は茶番、株主総会は茶番、第三者調査委員会も茶番です。53億のライブドア事件はいきなり強制捜査と社長逮捕から始まりました。いっさい茶番がありませんでした。
なぜでしょうか。堀江氏が不真面目だったからです。しかし、忘れてはならないのはこんな真面目な調査ができたのも、不真面目な外国人のおかげでした。彼がいなければオリンパス事件はなかっただろうと、読者の皆様は思いませんか。
これがオリンパスの第三者調査委員会の報告書です。「真面目」、「サラリーマン根性」、「腐っている」・・・第三者調査委員会に期待しているのは事実の調査であり、正義の調査ではないはずです。
オリンパスの財務諸表の作成に数十人がかかわるでしょう。十数年にわたって千億以上の不良資産を隠してきたのに社員が気付かないのはアラビアのおとぎ話でしょう。彼らが命令される作業を密告することもなく「真面目」に働いたのは確かです。
面識のある人は分かりますが、菊川さんや岸本さんは超がつくほど真面目な人です。たぶん誰も着服していないと思います。彼らが三代にわたって苦しいリレーができたのはむしろ「俺が真面目に働いている。私利私欲のためではない」という自負があったからと思います。
経営の中心は本当に腐っているのでしょうか。菊川さんは岸本さんからの不正会計の引き継ぎを除けば、日本企業によくみられる普通の老害でした。むしろオリンパスの経営は多くの大手企業の中でまだマシな方です。それが業績にも株価にも如実に現われていました。
鈴木正孝さんというグローバル事業を大きくした専務が居ます。彼がリードしてきた中国・アジアの内視鏡事業はオリンパスの業績を支えただけではなく、何でもありの中国市場でも厳しいコンプライアンスポリシーを守ってきました。鈴木さんも経営の中心に居ますが、腐っているどころか、菊川さんと闘ってきた、本来社長になるべき人物です。
日本の大手企業では、率直で業績をあげて人気もある取締役は社長になれません。男のやきもちは恐ろしいもので、在任中の社長よりも人気があってはなりません。だから後任社長はロシア人形マトリョーシカのように必ずそっくりの人が出てきますが、矮小化していくのみです。
今となって隠ぺいを主導してきた元社長をワンマンだのサラリーマン根性だの批判するのは容易いことです。しかし、強引にCEO椅子にへばり付いても、菊川さんにはとてもワンマンの力がありません。彼の根性は80歳過ぎても会社に行く多くの「真面目な」経営者達の共通の根性です。
調査委員会のメンバーもそういう「真面目」な方々でしょう。「腐っている」などの感情剥き出し表現をみると思わず笑えてしまいます。ばれたことを調査に行くのだから真面目なことを言うぐらいしかやることがなかったでしょう。
コンプライアンスは茶番、社外取締役は茶番、株主総会は茶番、第三者調査委員会も茶番です。53億のライブドア事件はいきなり強制捜査と社長逮捕から始まりました。いっさい茶番がありませんでした。
なぜでしょうか。堀江氏が不真面目だったからです。しかし、忘れてはならないのはこんな真面目な調査ができたのも、不真面目な外国人のおかげでした。彼がいなければオリンパス事件はなかっただろうと、読者の皆様は思いませんか。

















