石油投機筋の「おかげ」

都内を移動する方ならもう気付いたと思いますが、東京の車渋滞はだいぶ軽くなりました。特に首都高の渋滞解消が顕著だと思います。

これはいうまでもなく石油高騰の「おかげ」です。インフレや金融不安から一部の投機マネーが石油や食料を不当に高騰させたのは事実です。その結果、インフレがさらに悪化し、経済が冷え込み、食料難で貧困層の生存権までを侵しています。

人間の生存権をも奪うような投機は自由経済という仮面をかぶった人権侵害であり、世界中の人々が連携してそれを阻止すべきだと思うのですが、残念ながら人々を動かしたのは同情心や思いやりではなく、市場です。

札束を燃やして走りたくないという経済理由から車を使う人が減りました。もし、石油高騰が食料などの生活必需品までも高騰させる連鎖がなければ、私は石油高騰を歓迎したいと思います。無駄なガソリンを燃やさないという動機は「高いガソリン」によってしか誘発されないからです。

100メートル先の信号が既に赤くなっているのに、またアクセルを踏む人がどれほどいるでしょうか。前の車両との距離が残りわずかになって、今度はきついブレーキを踏む。田舎者の私にはそのような運転にすぐ酔ってしまい、気分が悪くなりますが、意外とこの手の運転が多いのです。

それと電車で来ればいいのに、わざわざ車庫から車を出し、渋滞に耐え、駐車場探しに苦労して車を運転する人がいます。好きだと言われると返す言葉がありませんが、ガソリンが高くなれば何も言わなくてもその「好き」が潜んでしまいます。

世界中でも東京ほど公共交通が便利な街はないと思います。田舎に住むと自家用車がないと困るのは分かりますが、東京での移動はほとんど自家用車は要らないと思います。

北京は東京よりずっと公共交通は不便ですが、それでも所得の低い市民はそれを我慢して利用したり、自転車をこいだりします。それでも北京渋滞は東京以上に酷いです。自家用車を持つ中産階級が増えた上、役人の公用車も多いからです。
中国政府も時代に逆行して、なんとガソリンに補助金を出しているのです。これこそ火に油を注ぐ愚策です。環境破壊を助長し、投機筋に援軍を送るようなものです。

あれこれ文句を言いましたが、やっぱり早く電気自動車を普及させてほしいと思います。先日トヨタ自動車の張富士夫会長と食事した時に、電気自動車を聞いてみましたが、しばらくはコスト上の困難があるとのことです。

しかし、そろそろ発売されるプラグイン自動車の燃費は、普通乗用車の3倍以上だそうです。これは今の車台数が3分の1に減る効果ですので、ガソリン緊迫を見込んだ投機筋もそう長く強気でいられないと思います。しかし、彼らの投機がわれわれの意識と知恵を刺激し、行動を促したのです。

「忙しい人」は暇

「お忙しい中、わざわざ・・・」。このようなことを言われた人はだいたい暇な人です。なぜならば、これは偉い人に使う言葉です。この言葉をかけられるまで偉いとだいたいもう具体的な仕事をしていません。このことから今回のメルマガのタイトルを思い付いたのです。

リゾート旅館を経営している友人から聞いたのですが、老人クラブの温泉旅行ツアーは「のんびり」という言葉が禁句だそうです。いろいろな言い訳を作って時間の空白を埋めてお年寄りたちに忙しさを実感させるのです。

そろそろ夏祭りの季節になりますが、皆さんも祭りの人々を観察するといいと思います。だいたいコアメンバーたちは楽しそうに「あー忙しい」と口にします。

そうです。もともと忙しいというのは、浮かれている状態のことを指しています。だから漢字では「心を亡くしている」と表現します。これはものを考えないお祭り状態のことです。

周りの人々のことを観察してみるとすぐ分かると思いますが、時間を有効に利用し、しっかり仕事をしている人は口癖のように「忙しい」と言わないはずです。実質の仕事をしないのによい評価だけを得たい人は、だいたいよく「忙しい」というのです。

相手を褒めるつもりで「お忙しいでしょう」とか「お忙しい中」とか言うのは明らかに「あなたは偉いから上面のことだけすればいいでしょう」という潜在心理が効いています。

いわゆる「急ぐ」という意味での「忙しさ」は確かにありますが、これは長期間にわたって継続できるものではありません。光があるから陰があるように、普通の時間があってはじめて「忙しい」という表現が成り立つのです。

「忙しい人」とは普通の時間を持たない人のことです。これはどのくらいおかしいかというと、トイレから食事まで、家族との会話から同僚との打合せまで全部「大至急」というようなものです。何でも「大至急」という人には大至急が無くなると同じように、いつも忙しいという人には忙しいことはありません。

ここまでいうと多くの仕事を抱えて休む暇の無い人までが、「忙しい」と言ってはいけない雰囲気になってしまいますが、誤解しないでください。私が言いたいのはあまり口に「忙しい」という言葉を出さないほうが良いということです。もし、仕事で「心を亡くす」ような状態が続く場合、むしろ早くそのような状態から脱出しないといけません。

結果を生み出すのは忙しさではありません。結果に繋がる有効なプロセスです。健康な肉体と精神状態を維持し、継続可能な働き方が基本です。その同じ基本の上で異なる成果を上げたいのであれば、知恵を動員し優先順位を調整するしかありません。

帰る時に残っている仕事はいつも優先順位の低い仕事の人が、良い成果を残します。やるべきことを全部やって帰る人は大した成果を残せません。

弁明ではないが…

「大新聞の恥」と題した前回のメルマガについてたくさんの皆様からコメントをいただきました。本当にうれしかったのです。

経験、知識の限界に、思い込み、勘違いのくせ。私の文章には、このような限界とくせが常に入っています。これは謙遜ではなく本音です。実は書きながら既に自分の意見に反論している時があります。

弁明ではないのですが、前回の場合、文章を書きながら「新聞以外のニュースもチェックしなかった自分が悪いよね」と思っていました。あえてこのような反省文を入れないのは文字数を節約し、テーマを「新聞の改革」に絞るためでもありますが、完璧ではない自分を素直に皆様の前に晒したかったのです。

テレビは全く見ないのではなく、気に入った少数の番組を見ています。多様な価値観とニーズに、柔軟に対応できない地上波の現状に不満を抱いているのはたぶん皆様も同じだと思います。多様性に対応できないから流行りのテーマを追いかけたり、無難なタレントに頼ったりするのです。私のテレビ業界の友人達も同様な危機感を持っています。

実は事件当日の日曜日は、一日中野外で農作業をして夕食の後はすぐ爆睡しました。翌朝は早起きしましたが、締め切りになった原稿の追い込みに励んだ後、そのままタクシーに飛び込みました。ネットやメールをチェックする暇がなかった、稀なケースです。

もう古い人間になったのかもしれませんが、ネットがいくら発達しても朝の新聞は楽しみです。あの匂いとあの重量感。トイレで読むのもまた良いのです。いくら時間がなくても、パラパラと見出しを眺めるだけでも日本や世界で起きた重大な出来事がすぐわかります。

新聞が完全にネットにシフトし、紙による発行がなくなる日が来るかもしれませんが、悲しいお話です。紙の新聞を愛しているからこそ一斉の休刊に「恨み」を持ったのです。部数という量に拘らず紙の新聞を愛する客層に絞った新聞の経営改革を行ってほしいと思います。

数を絞れば無理な売り込みも要らなくなり、価格や流通の改革も可能になるはずです。コメントでいただいた理由は一応、私も知っていますが、経営改革とは横との比較ではなく、既存制度の改善でもありません。変化したマーケットを直視し、ビジネスプロセスそのものを見直すことだと思います。

経営改革を行っても10年後の日本に紙の新聞はもうないかもしれません。それは10年前の98年に今の世の中を想像できなかったことと同じです。しかし、そうだとしてもそれが過去の新聞の仕組みと商習慣を維持する理由にはなりません。

「10年後の朝。私はネット端末の電源を入れ、それを持ったままトイレに入ったり、ベッドに戻ったりするだろうか。嗚呼、するかもしれない。世の中に慣れるしかないからなあ…」。この記事を書きながら最後にこんなこともふっと思いました。

大新聞の恥

タクシーに乗った私に運転手さんが突然に声をかけてきました。「お客さん、7人も通り魔に殺されたのを知っているよね?」と。「えっ、それはどこの国で起きたの?」と聞くと「日本だよ、日本の秋葉原だよ、この国も危ない国なったね。まったく・・・」。

運転手さんは、まだぶつぶつ文句を言っていましたが、私はむしろなぜこんな大事件を知らなかったのかについて懸命に考え始めました。

事件当日の日曜日は、テレビを見ませんでした。月曜日の朝もテレビを見ませんでした。チャンネルの数が少ないですし、笑えないお笑い芸人がたらい回されているだけです。そういえば、最近しばらくテレビを見ていないことに気付きました。

ニュースはいつも新聞の朝刊で読みます。だから毎朝真っ先に新聞受けに向かいます。「そういえば今朝はなぜ新聞を見なかったのか」と考え始めると、すぐ「そうか、今朝の新聞受けは空だった。今日は休刊日だった。」と気付きました。この瞬間、前からずっと溜まっていた大手新聞の休刊癖への不満が湧き上がりました。

「日刊」と自称しながら発行しない日があるのが大手新聞です。しかもライバル同士なのにちゃんと相談して同じ日に休刊することにしています。配達や整備などの都合だと言い訳をしていますが、これは典型的な業界談合です。

7人が死亡し、十数人が重軽傷を負うという前代未聞の大事件を朝刊の紙面に載せることができません。報道のプロとして記者や編集者達は相当悔しい思いをしていたに違いありません。何しろ、現場に飛び込んで取材しても新聞そのものが発行されないのですから、そのニュースを流しようがありません。

新聞を牛耳るフィクサー達にとって休刊日は当然のようです。「俺が報道しない時は世の中にニュースはない」という傲慢な態度です。右の新聞も左の新聞も仲良く休むのもまた不思議です。よっぽど夕刊フジや日刊ゲンダイのほうが新聞らしいと思います。

P.S.
一部の方はもうご存知だと思いますが、私は毎週「週間ポスト」で「時字放談」という気楽なコラムを書いています。先週は四川大震災と絡んで「災」の字を取り上げました。今回の震災に際して日本が一早く駆けつけたことで中国国民の間に感動と感謝の気持ちが広がりました。久しぶりに日中間の絆を感じました。

恐怖の大切さ

恐怖にはよいイメージがありません。恐怖を好む人もいません。しかし、恐怖でないと分からないことがあり、恐怖を通じないと得られない人間性があります。

私は高所が苦手です。危ない車よりも安全な飛行機を嫌う、理屈抜きの高所恐怖症です。飛行機が揺れるとすぐこのまま落下するのではと心配してしまいます。

自分で会社を創業して5年たった頃、出張のため乗っていた飛行機が強風に遭いました。もともと飛行機の揺れを嫌う私ですが、経験したことのない激しい揺れに動揺し、遺書を準備しようかと思いました。

周りの人は誰もそんなことをしていないのをみて我慢しましたが、急にある思いがこみ上げてきました。「遅刻した社員にあんなにきつく言わなければ良かった」とか「彼女と喧嘩したときに自分はもっと寛容になるべきだった」とか、とにかく自分の思いやりの欠如を後悔しました。そしてひそかに自分に言い聞かせました。「無事に降りられたら、身の回りの人々にもっと優しくする」と。

もちろん、飛行機は乱気流を通過し、またいつもの静かな機内に戻りましたが、私はその時なぜ自分があんな反省したかについて自問しました。私は生き延びるという交換条件と引き換えに反省した訳ではありませんでした。ただ恐怖に直面したとき、自分は自然にやさしくなれたのです。

よく死の危機を経験した人は、その後人生観が変わると聞きますが、なんとなく分かります。われわれ人間は思うほど理性的ではないのです。あれこれの理屈は、教わっても心には響いていないケースがほとんどです。本当に心に響く瞬間とは、意外と恐怖を感じた時です。

特定の組織や個人が他人を恐怖に陥れることによって他人を服従させようとする行為は恐怖政治とテロといい、許されませんが、人生経験としての病気、事故、災害による恐怖経験は決して無駄にならないと思います。

また、恐怖はいろいろな次元があります。取引の損失も恐怖ですし、長い間目指した昇進が絶たれたことも恐怖です。合格の可否を知らせる封筒を開けるのも恐怖のはずです。恐怖はその取り組みの真剣さとも比例するものです。真剣ではない人にとっては、その分恐怖も少ないはずです。

望んでいる訳ではないのですが、どんな恐怖も人間の心を広げてくれる効果があります。「失敗を恐れるな」という説教がありますが、これほど無責任な説教はないと思います。失敗は恐れるべきです。失敗は恐怖です。われわれがその恐怖を通じてこそ知恵を学び、謙虚、且つ強靭な心を得るのです。

失敗を恐れないのではなく、失敗を恐れながらその恐れに耐えるのです。

間引きと人事

農業が大好きな私ですが、5月の作業の一つは間引きです。4月に撒いたキャベツ、大根などの種が数センチの可愛い苗になりましたが、その中から数本の株を抜かなければなりません。

農作業は好きですが、この作業だけはつらいです。どれももったいないと思うからです。土地がもっとあればどこかに移してあげたいと思うほどですが、そもそも限られた土地に限られたものを育てるのが農業です。また農業する人も農業する時間も、農作物を食べる人口も限られています。

間引きは「限りがある」という前提で行われるものです。限られた場所に限られた栄養。間引きしないと全体が栄養不足に嵌まり、病気にかかりやすくなり実りも悪くなります。間引きは収穫する人の都合でもあり、植物自身の都合でもあります。

森を観察していると、毎年死んでいく木があります。かなり大きくなった木も死にます。土壌や環境のせいで枯れるケースもありますが、だいたいの場合は周りの木の陰になって枯れてしまうケースが多いのです。

もったいないと思って負けそうな木を切らずにそのまま放置すると結局2、3年後にやっぱり枯れてしまいます。だったらもっと早く切ってあげれば、周りの木はもっと成長し、森がもっと茂ることになると思うのですが、私はなかなかそれができません。

先日、農業の専門家から聞きましたが、森のオーナーはあまり自分で間引き(間伐)をしないようです。可愛くて勿体なくて冷静に切る対象を見極めることができないそうです。

そこで私は「割愛」の言葉を思い出しました。間引きはまさに割愛の行為です。嫌で要らないのではなく、「自然の摂理に従って愛を切る」のです。

割愛できない人は愛情を余計にもっているのではありません。ただ割愛できないだけです。意志が弱いか、人に悪く見られたくないかです。いずれにしても大人やリーダーとして自慢できるものではなさそうです。

入社時から仲の良い同期であっても、数年、数十年後に誰が管理職になるのか、誰が役員になるのかという悩みに直面します。そこで間引きできない組織に大量な偽管理職と偽役員が溜まります。それがリーダーを育てない原因となり、企業の成長力を阻害する要因になっていきます。

人材流動性の低い大手企業では、このような問題は慢性的ですが深刻です。人間ですから、なかなか割愛できないことは批判できません。しかし、これによって企業が育たないのだから、農家のように他人に間引きを任せるのも方法の一つではないでしょうか。

P.S.
お時間のある方は下の日経NETに掲載された私のコラムもご覧ください。

北京五輪前後の中国経済と日本

チベット族の人たちやそれを支援する人たちによる聖火リレーの妨害シーンが連日報道される北京五輪ですが、もはや「無事開催」ではなく「有事開催」が既定事実となってしまったようです。>>続き
http://it.nikkei.co.jp/business/column/sou_tanto.aspx?n=MMITzv000002052008

上海株の暴落と今後

昨年2007年5月25日のメルマガ72号では「中国の株バブルが問題になる」と題して中国の株式市場に話しましたが、ほぼ書いた通りの展開となりました。
http://www.softbrain.co.jp/mailmaga/back72.html

「バブルはいずれはじける」という予想は誰にでもできたので、ここで自慢する気持ちはまったくありません。ただ、
1.北京オリンピックの前に起きること
2.その時、米国の景気後退が起きること
の2点は当時言い切れる人は少なかったと思います。

メルマガ72号を皆様に送った日のダウ平均は13,507でしたが、およそ4ヵ月後の10月9日に14,164の最高値をつけ、上海指数も10月17日についに6,092点を超えました。昨年第三Qの米国経済成長は4%以上でした。
(※数字について記憶が曖昧の部分もありますので、正確でなければすみません)

私は現状を予想するつもりで、あのようなことを書いた訳ではありませんでした。それほど自信がある訳でもありませんでした。しかし、あのようにものを考えるのは、私の習慣であり原理原則です。

その原理原則の一つは、「当事者達が皆同じように考える時は、だいたい誰も冷静に考えていない時」であり、もう一つは「冷静ではない時の考えはだいたい間違っている考え」です。

こんな自分なりの原理原則をいうと、また多くの方から「そんなのは誰でも知っているよ」と言われそうですが、その通りです。原理原則というものはもともと難しいことではなく、誰にも分かることなのです。

バブルに踊る人、戦争に加担する人の殆どは普通の善良な人々です。集団心理にかかった普通の人々が冷静さを失う時に、普通の行いとして異常なことをやってしまうのです。

この原稿を書く2008年4月6日の直前の営業日の上海指数は最安値の3,271をつけました。ピーク時の約54%になりました。日経平均は39,000円から21,000円付近に落ちた日本のバブルを思い返してみるとびっくりです。なんと同じ54%ではありませんか。

ここまでくると、上海指数もこれから長期の低迷に見舞われると考えてしまいます。実際に中国の個人投資家の多くは株式市場に失望し、もう市場から離れたいと考えているのではないかと思います。上場企業の親会社である国営企業が、今後徐々に株式を放出しますし、株式市場に明るい材料がないと皆が考え始めています。

しかし、私は今、やっと中国の株式に本当の投資機会が訪れたと思います。手っ取り早く儲けたい人達の退場こそ本当の投資家入場のシグナルです。

安心して日銀を出られない福井さん

日銀総裁が決まらないまま、福井さんが元日銀総裁になりました。以前の約束もあって任期満了の前日の19日に食事のお誘いをしましたが、「新総裁が決まっていないので身動きがとれません。決まってからにしましょう」といわれました。

福井さんは富士通総研の理事長をされていた頃、私はよくお邪魔しましたが、日銀総裁になってから一度もお会いしていません。一国の金融を舵取る人の時間を気楽に取る訳も行かないと思ったからです。

村上(ファンド)事件の際、福井さんが富士通総研に居た時のファンドへの出資が問題視され、世間から「ヤメロ」の合唱を浴びました。謝罪しても利益を寄付しても許されませんでした。

私が福井さんを尊敬する理由は、その考え方の奥深さだけではなく、年齢や立場を超えて異なる意見を聞く柔軟性にあります。心の鍛錬もせず若者を顎で使う「先輩」の多い日本では特に貴重な存在です。

その彼が、まだ実績がないどうなるか分からない村上氏のファンドへ出資したのは、間違いなく若者への期待を表明する行為だと思います。小泉前総理大臣が堀江氏を官邸に呼び、熱い視線を送ったシーンは今も記録に新しいですが、改革者は懐疑から人を見ず、完璧な人を求めないのです。

改革者は神様ではなく生身の人間です。若者のその後のミスを予言できるはずもありません。当時の世論は連日のように堀江氏や村上氏を英雄のように扱い、二氏が向かう所に投資家が殺到しました。福井さんが許せないならば、二氏を持ち上げた世論はなぜ涼しい顔して福井さんを糾弾したのでしょうか。

こんな単純な理屈から私は日経ビジネスオンラインに世論に反論するコラムを書きました。まだ掲載されたままですのでご興味のある方はご一読ください。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20060626/105072/

もう一つ、実はこの時から日銀総裁にふさわしい人材がほかに居ませんでした。福井さんが辞めたくても辞められなかったのです。彼は国家に責任を持つ大人として屈辱を背負うしかありませんでした。

あれ以来、福井さんらしい金融政策がかなり弱くなったと感じたのは私の勘違いでしょうか。いくら芯の強い人間でもあのような重圧を受けると、まったく動揺しないのはありえないと思います。

政治や世論の圧力で、日銀は利上げのチャンスを逃しました。サブプライムの嵐が吹き荒れる今、利下げによる対策を講じられないまま、円高が猛烈に進みます。利上げすると円高を招くと訴える専門家と政治家には、この現状を説明してほしいところですが、いつも通り、皆さんは既に批判する側に回っています。涼しい顔をして。

日本の教育に思うこと

日本に来た時(1985年)、いろいろな方に高度成長の理由を尋ねました。多くの人々は、戦後教育のレベルの高さと軍事費の低さと勤勉性を挙げました。この三つの中で特に「教育レベルの高さ」については、ほとんどの方々が触れました。

最近、日本の停滞の理由を尋ねてみると、不思議なことにやはり教育を挙げる人が圧倒的に多いのです。つまり、教育のせいで日本が停滞したというのです。

結果をみてその理由を探す場合、その結果の変化によって、同じ歴史事実に逆の解釈を与えてしまいます。私の来日時から20年が経つと、終戦から85年までの40年間の教育についてまったく逆の評価が下されているのです。

この間、日本は成長社会から成熟社会に変わりました。本来、この社会変化は当然であり、人々が目指していたことのはずでした。

しかし、高度成長になれた人々にしてみれば、日本はもう崩壊寸前のように見えるのです。その並々にならぬ危機感から罪人探しを始めるのです。気持ちは分かりますが、良いときも悪い時も、必ずその理由を教育に求める考えは近視眼的だと思います。

私も日本に長くいるため、ついつい日本人と同じ考えをしてしまう時があります。友人と対談するときに、ついつい相手の議論に同調してしまう癖があります。でもその後はなるべく日本人の立場から離れて、客観的に考えるように自省します。そのほうが皆さんの参考になるからです。

日本の戦後教育は、やっぱり否定すべきではないと思います。戦前の教育を受けた人々によって、戦後復興を成し遂げたと考える意見は論理的ではありません。この主張を持つ方々に「戦後も戦前と同じ教育していたら日本の復興があったのか」と尋ねたら、たぶん彼らも「はい」と言えないと思います。

中でも、終戦時10代の日本人にとっては、戦後教育の影響が大きいはずです。彼らが30代の時に日本の高度成長が始まりました。彼らが使っている部下は全部戦後生まれで戦後教育を100%受けた人々です。

私が日本の人々に高度成長の理由を尋ねた85年には、終戦の年に生まれた人々が40歳になり、社会人として既に20年近く働いていたのです。

どう考えても、戦後の成長と戦後の教育は不可分です。日本の教育にもし問題点があるとすれば、それは高度成長が終わっても教育のあり方と意識が変わらないことであって、戦後教育そのものではないと思います。

完全肯定と完全否定。曖昧さを大切すると自認する日本社会は、世論と国民心理となると一つの極端からもう一つの極端に走る傾向があると思います。

晴天と雨天があるように、結果の良し悪しは内外の条件と共に循環するものです。その時の結果をみて過去の行動を全部肯定する、あるいは全部否定する思考は大きな無駄をもたらします。

釣魚台のパーティー

東京証券取引所のおかげで、中南海にある釣魚台のパーティーに出席することができました。渡辺金融大臣をはじめ、東証の会長や社長、日本証券業界のキーパーソンが大勢出席していました。

中南海の釣魚台は、私の北京の自宅から30分も離れていませんが、私にとっては、ドバイよりも遠い存在です。あそこは中国の要人たちが集まり、海外の要人を接待する場所です。

日本にもし、国会議員専用の接待エリアや施設があったら大変な批判を浴びると思いますが、革命後の中国には外国要人の接待に適した民間施設がなかったので釣魚台は中国の庶民にとって、まさに皇居内の接待施設のようなものになりました。

渡辺大臣は、父親譲りのユーモアと気さくさで大変センスのよいスピーチを行い、会場の笑いと拍手を博しましたが、これに対して中国の証券トップは用意された原稿を棒読みしただけで、人間的魅力を感じませんでした。しかし、彼が私と同年齢(1963年生まれ)で同じ元日本留学生だったと聞いた時、親近感を覚えると同時に日本のリーダーの高齢化も痛感しました。

中国の街で、美味しい洋食を探すのは大変な苦労が必要です。もちろん美味しい和食とカレーを探すのも至難な技です。だから私は基本的に、中国にいる間に美味しい中華を探して食べて、その代わり日本に戻ったら中華を食べないようにしています。

釣魚台で行われた東証のパーティーになんと洋食が出されました。「美味しくないだろう」と思って口に運ぶとびっくりしました。これが日本で食べてきた美味しい洋食よりも美味しかったです。「社会主義国家」でも御用ともなればやっぱり別世界でした。

ご存知のように、中国はA株や人民元の売買を自由化せず、国際金融から隔離しています。上場基準も日本ほど厳しくなく、インサイダー事件も絶えません。東証への上場には多くのハードルがあるので、大量の中国企業が東証に上場できるとは思いません。

しかし、不思議なことに、中国企業は、ニューヨークや香港によく上場します。日本と中国以外の市場について、知らない私にとって、不思議な現象なのです。逆にいうと、中国企業が日本よりもニューヨークや香港に上場しやすい状況が続く限り、積極的に東証に上場する姿勢を持たないのでは、と思いました。

中国企業に東証上場を誘うと同時に、渡辺大臣が日本への投資も呼びかけました。「日本はオープンですのでどうぞ投資してください」と言った後、「いま、日本の株は大変お安いです」と続けました。この言葉が会場の雰囲気を和らげ出席者の笑いを誘いました。

渡辺大臣は、本気でそうおっしゃったのでしょうが、ソースメーカーやビールメーカーの実例をみていると、結局実際の運用はうまくいかないと、一人で密かに思いました。日本の金融街においては、政治よりも村の論理がより大きな影響力を持つからです。

間に合わせのような会議録のような今回のメルマガですが、どうかお許しください。

P.S.
時間の余裕のある方は「エコノミスト」と日本テレビACTIONに掲載したコラムもご覧ください。


東京は地方か

東京には、日本の政治、経済、教育、文化の精粋が集まっている。にもかかわらず、東京は新潟県などと同じように「地方自治体」として振る舞う。誰も東京を地方だと思っていないのに。

東京を「地方自治体」というから、地方が格差解消に躍起になる。国家を動かす多くの人々の資産は東京にある。北海道の議員も沖縄の議員も、大手企業の経営者もマスコミの記者も東京に不動産を持つ人がどれだけいることか。日本の優秀な人材のほとんどが東京に集まり、東京の地価に資産価値を託している。

総理官邸や国会議事堂や政府機関は、東京という地方にある「中央」であり、租界のようなものである。東京が中央を人質に取るから地方との格差が解消できない。この矛盾が日本の成長を阻害している構造だ。

とはいえ、いまさら遷都や首都機能の移転などといっても、日本を動かす人々の資産価値を一瞬にして下げるので賛成は得られまい。ならば、東京を国の直轄市に改定し、大阪、名古屋、福岡、札幌などにも同様の地位を与えてはどうか。トップは首相が任命する行政長官とし、例えば、福岡を丸ごと「アジア特区」とするような国策を取る。福岡の魅力と特色は一気に高まり、人材と資本が集まるだろう。

これは中国がとってきた手法だが、やる気があれば、日本でも不可能ではない。人的資産と財的資産が合理的に国土に分散してこそ、産業や文化の多様性が開花し、国土の利用効率も上がる。東京を地方にしたからこそ、日本は地方を失ったのである。


ロバの毛がどこから?

夕張市は彼女とよくドライブに行った思い出の地です。メロンの名産地でもあるこの地方の町は今でも私にスイートな思いを抱かせます。
しかし、このスイートな町の住民が財政破綻の苦い瓜を噛み締めています。あの頃では考えられなかったことですが、今は歴然とした現実です。
夕張と程度は違いますが、財政破綻寸前の地方自治体はたくさんあります。日本第二の人口を誇る大阪でさえ、5兆円の借金を抱え連続9年も赤字を流し続けます。
>>>続き http://www1.ntv.co.jp/action/blog/critic1/

アンフェアなロジック

私の友人には、変わり者だといわれる人達が多いです。昨日もある友人のホームパーティに行ってきました。変わり者の彼はなんと重役になっていました。

何をもって彼が変わり者なのか、イメージが沸かないでしょうから、細かい事例を紹介します。

今年のダボス会議に彼は出席しました。普通の日本企業の役員たちは皆、数人のグループで会場を移動しますが、彼は一人。英語は上手ではなく、質問の中身もハイレベルではないのですが、彼は必ず質問します。

海外駐在の時期が長いせいか、帰国後に子供が学校になじまない時期がありましたが、彼は子供の「不良」と「引き篭もり」を許しました。

若い頃の彼は、電車が止まった日に、よく有給を利用して休みました。同僚たちはこういう時こそ、忠誠心を示す良い機会だと思って、徒歩でも会社に行きました。怒った上司が、電話をかけてきて「来ないのはお前だけだぞ」と非難しました。

変わり者であれば、なんでもいいと思いませんが、皆と違うだけの理由で相手を非難したり、仲間から排除したりする思考パターンは、自分にとっても他人にとってもよくないと思います。

日本社会のある部分を批判する際、よく「こんなことをするのは日本だけだ」という言い方がありますが、私はいつも違和感を覚えます。たまたまの事情やタイミングによって、その時に行うことが他国と違うことが、どこの国にもよくあります。判断基準も示さず、「他にいないから」というロジックはアンフェアだと思います。

しかし、我々の議論の中には「・・・をするのは○○だけ」という言い方が多いと思います。外交の場でさえ、そんな理屈をいう政治家がいます。「そんなことをするのはあの国だけだよ」と言う、著名な政治家までいました。このような政治家に「日本の国益に合った日本独自な判断」が、なぜ期待できるでしょうか。

「・・・するのは○○だけだ」という批判方法は明らかに基準を示さない、幼い群集心理を利用した乱暴な方法です。このロジックで議論に勝てるならば、その議論は本質について行われてない証拠です。このロジックに納得するならば、人生も社会も羅針盤を失うでしょう。

世界に一人しかいない個人、一つしか存在しない国。多くの共通項を持ちながらも我々は皆、偶然の産物であり、特殊な存在であります。

高く買って安く売る人達の欲

「米国崩壊」、「世界同時大不況」、「底なし」・・・。専門家達がメディアを通じて不吉なメッセージを一斉に発信すると日経指数はダウの倍も下落しました。もともと高くない日本の株をいったい誰がさらに売り込んでいたのでしょうか。

1万4千円を割ってもまだ売っている人の多くはたぶんそれより高い値段で買ったのだと思います。まさに「高く買って安く売る」そのものです。こんな理不尽なことをする唯一の理由は損の拡大に怯えているからです。

「高く買って安く売る」人は欲のない人ではなく、欲の強い人です。短期的な評価損を許せない欲の強い人です。彼らは決して儲けたくない人達ではなく、儲けしか考えられない人達です。

投資で利益を得る人は、間違いなく損もする人達です。彼らは自分が信じる価値に投資を行い、損する時も淡々と納得しているのです。彼らは投資にはリスクがあり、リスクとは実際に損もするという心の準備ができています。

不思議なことに損を気にしない人のほうが儲かるのです。不思議なことに株価の変動に一喜一憂する人は儲かりません。不思議なことに欲を抑えられない人は儲からないのです。

しかし、人々はよく誤解するのです。儲かる人はきっと欲の強い人だと。儲からない自分はきっと無欲だと。

もしこの理屈が成り立つならば、スケベな男が女性にモテルということになります。ケチな人が金持ちになれるという理屈になります。東大に入りたい人が東大に合格することになります。

以前、日本の銀行を安く買って、その後大きな利益を得る外資ファンドが禿鷹ファンド呼ばわりされて非難されました。よく考えてみればその時、日本には天文学的数字の貯金がありました。わずか数千億円の銀行への出資は誰もしようとしなかったから外資が引き受けただけでした。

外資ファンドのおかげで銀行が救われました。本来の価値が認識された時点で利益を得て当然なのに、外資というだけの理由で蔑視されていた訳です。まるで日本人の汗水の結晶のお金を窃盗したかのように。

そんなに外国資本が嫌いで日本の資産を大切に思うのであれば、なぜ自分たちが日本に投資しないでしょうか。なぜゼロ金利でも現金を握り締めて、自国の優れた企業に投資しないでしょうか。自分達が投資せず、ソースメーカーのように外国にも投資させない市場がなぜ成長できるでしょうか。

人間社会には欲がなくなりません。無法の欲が社会を蝕みますが、法とモラルの抑制が効いた欲は、むしろ文明の原動力となります。しかし、無欲を装って欲を飾る風潮は、決して社会をよくすると思えないのです。

停滞が確実に起きる時

コンテンツ制作会社の友人によると、いま、一つのプロジェクトにかかる時間は、10年前のほぼ五分の一になったといいます。IT技術のおかげで意見集約とデータ共有がリアルタイムにできるようになったからです。

「じゃ、仕事が楽になったの?」という私の質問に彼は「むしろ忙しくなったよ」と答えました。空いた時間に「品質向上」との名目で仕事を増やしてきたそうです。

私が知っている限り、この会社のコンテンツの評判は、10年前と比べて少しも良くなっていませんし、顧客数も減っています。外部にいる人の目には、この会社は技術進化という果実を無駄にしたうえ、働く時間を増やし、結果を縮め、いわゆる三重の無駄を起こしているのです。

この会社で起きていることは決して稀なケースではありません。よく観察してみると多くの組織に同じような無駄が起きています。

この無駄の原因は勤勉さの欠如ではなく思考の停滞です。思考の停滞こそ、変化への対応力を弱め、改革の勇気を削り、働いても報われない現象をもたらします。

教育の問題の一つをとってみても政府の責任とか、日教組のせいとかという議論がよく聞こえますが、お父さん達の「勤勉」による子供と過ごす時間の少なさは最も深刻な教育問題でしょう。

財政赤字、少子化、東京への一極集中。社会の停滞を招く構造問題にはすべての人が関わっているのに「まじめに働いている」ことにあぐらをかき、問題の深刻化に加担しているのです。

信じたいことを信じ、信じたくないものを無視する。親しい相手を讃え、厄介な相手を貶す。得意な分野にいつまでも拘り、不得意な分野をますます遠ざける・・・人間である以上、このような思考の停滞リスクは常に我々の中に潜んでいます。

自分の内側を直視せず、全員が「停滞は自分以外の誰かのせいだ」と考える時に、停滞は確実に起きます。

「偽」― 人が為す

カーター元大統領のお母さんのもとをある女性記者が訪ねました。「息子さんが選挙中に『私は嘘をついたことがない』というのですが、それが嘘でしょう」と問い詰めました。カーターのお母さんは「息子は良い嘘をつくが、悪い嘘はつかないよ」と答えました。

「嘘に良い嘘があるのですか」。納得できない女性記者が食い下がりました。すると老婦人が迷わずに答えました。「あら、先ほどあなたが入った時、私が『あなた可愛いね』と言わなかった?」。・・・

「偽装」、「偽善」、「偽り」。「偽」には良い意味がありません。この字が今年を表す字に選ばれたのは悲しいことです。しかし、せっかく選ばれたのですから、この字の奥深さを追いかけてみたいと思います。

豚の血と配鶏の肉を混ぜて牛肉と偽ること、家の建材の性能を偽ることは明らかに他人を害する行為であり、厳しく非難されるべきことです。

賞味期限10日間の餅が11日目でも味は変わらないだろうと思って、そのまま店頭に並べることも偽りです。ならば、南国の島で成長した牛を別の場所に連れて行き、3ヶ月後にその産地の牛として出荷します。これは偽りかどうか。Made in Japanと書いた電気製品に数割の中国製部品が入っています。これも偽りかどうか。

本当ではないからといってすべて同じ程度の「偽り」として断罪するのはフェアかどうか。これが私の問いかけです。命を脅かす危険な偽りもあれば、無害の偽りもあります。時には有益の「偽り」さえ存在するのです。

冒頭の女性記者と老婦人とのやり取りがよい事例です。また、我々人間は善として本当のことを言わない時があります。電車に乗った3歳の子供が体に障害を持った方を指さしてその身体特徴を言おうとするとき、親はそれを言わないように指導します。それは教育であり、思いやりでもあります。われわれが美徳としている謙遜とお世辞の実態は「有益の偽り」そのものです。

「偽」かどうか、また有益な「偽」かどうかはあくまでも個人個人の判断次第です。長崎から見ると韓国産のマツタケはよほど北海道のマツタケより地元のマツタケに近いはずです。しかし、日本産というだけで何倍も高くても買ってしまう消費者の判断力の無さは、自分の舌への偽り行為です。しかも自分の為になっていないのです。

「偽」は「人が為す」ことを意味し、その反対側にある「信」は「人が言う」ことを意味します。「偽」が今年の漢字に選ばれたことは悲しいですが、せめて偽りの本質を見抜き、ブランドや他人の言葉を軽信しないための判断力を養ってほしいものです。

本当の努力、本当の真面目さ

「努力は必ず報われる」。「額に汗する人は馬鹿を見ない」。これらの言葉を誤解している人がかなり多いと思います。

先日、テレビ局の友人から「我が侭な部下」の話を聞きました。番組全体の編集方針に合わない取材を却下したところ、その映像を取ってきた部下が「せっかく頭を下げて偉い政治家に取材させてもらったのに・・・」と食い下がり、方針に沿う追加取材を拒否したそうです。

そういえば、私が経営コンサルタントをやっていた頃、一番面倒なのは真面目な部下が残業して作った分厚い提案書を却下することでした。「一所懸命作ったのに・・・」との言葉に「一ヶ所だけに命を懸けなくていいから問題を解決するものを作ってください」と言っていました。

「努力は必ず報われる」とそのまま信じきった人には努力という主観に評価の基軸を置きがちです。信じ込んだ努力が報われない時、彼らは馬鹿にされた気分になり他人や世間の否定に走ります。

皆さんも同じ経験をお持ちだと思いますが、いくら努力してもどうにもならない時はあります。他人以上に努力しても他人以下の成果しか得られない時もあります。一年間の努力が一瞬にして消えてしまう時もあります。

それでも淡々と努力を続ける人は本当の努力家です。「努力は報われる時もあれば報われない時もある」。この現実を前向きに受け入れる人こそ、信念の人であり、リスクを取り、変化に柔軟になり、他人と社会に寛容になるのです。

広い視野に立ってみれば、リスクを取ることは脳みそに汗する行為であり、額の汗よりもレベルの高い努力だと思います。大きな失敗をしても一週間の休暇でやる気を取り戻せるならば、その一週間の休暇こそ最高の努力だと思います。努力への狭い解釈は努力の幅を狭め、社会の活力を削るのです。

これと似ていますが、人間はあまり表面上の真面目さだけを追求すると、思いもよらない落とし穴が待っています。最近の犯罪を見ていると、思いもよらない真面目な人によって思いもよらない些細な理由で引き起こされるケースが目立ちます。

努力も真面目も言うまでもなく良いことですが、原理主義的にそれを信じ込むと複雑な世間や多様な人間に対して寛容さを失っていきます。クレーマーの急増と魔女狩的な批判風潮は、ここに遠因があるのではと考えますが、読者の皆さんのご意見はいかがでしょうか。

「自立」は「孤立」の代名詞

経営者の平均年齢の高さにおいて、日本は世界でも群を抜いています。私は経営の戦略・戦術よりも平均年齢を引き下げることで自然に解決できる問題が多いと考えてきました。

しかし、四、五十代の若い経営者の中に本当に良い人材が多いかというと、そうではないというのが現実です。「総理大臣も若返りできたのになぜ経済界ではできないのか」と問いかけてきた私ですが、安倍さんの辞任劇をみて心が揺れました。

「年齢で人材を差別すべきではない」。これが経営者の若年化を期待する唯一の理由でした。年を重ねただけで組織の中で偉そうにして、有能な若い人材の起用を阻害すべきではありません。

しかし、能力とは経験や知恵などの加齢によってもたらされる部分が含まれているものです。もっと若いうちに先輩と同様な経験と苦難を積んでいれば別ですが、親や先輩の保護を受けながら毛並みの良さと言葉の威勢でだけでリーダーに選ばれると本末転倒です。

やっぱり、日本には苦難を経験する若者の数が少ないのです。この苦難とは決して先輩たちが経験した戦争や貧乏とは限りません。平和で豊かな社会でも精神的に自立しようとすれば精神的苦難は避けて通れません。

小沢さんも福田さんも「自立」をキーワードにしています。私の古い読者ならばご存知だと思いますが、私も著書やコラムや講演会でずっと拘ってきたキーワードです。

言うのは簡単ですが、精神的自立はある意味において「孤立」を意味する場合が多いのです。常に現実を直視し、他人の意見に耳を傾けながらも、自分で判断し、自分で失敗の苦瓜をかみ締めなくてはなりません。それに耐えられないならば自立したとはいえません。

リーダーがどんな判断をしても必ず反対勢力が存在するし、どんな施策をとっても必ず失点がついて回ります。リーダーには勝利もなければ失敗もありません。あるのは一喜一憂を抑えての前進のみです。

今の日本社会には早いうちに若者の精神的自立を鍛える機会が少ないのです。誰のせいでもありません。社会全体が知らないうちに甘い体質になってしまいました。

小沢さんも福田さんも「自立」をキーワードにするのは、単なる偶然や真似ではなく、それが日本の皆さんがかみ締めるべきキーワードだと思うのです。

経営を引退して個人として好きな生き方をしている私に多くの日本の知人から真剣に、「もっと社会に貢献できるはず」とか、「日中の架け橋になってください」とか言われます。

実はこんなことは中国の知人からは一度も言われたことがないのです。共産党の宣伝機関は別として政治家でもない一般人にこんなことを言われてとても不思議な気分です。偽善さえ感じます。

テレビや新聞からの受け売りの国家天下論を好む人が多いのです。そんなママゴトをする前に個人のことを真剣に考えてほしいものです。日本が困っているのは正に日本という国家に依存する個人が多すぎるところです。

日本に依存しない日本人こそ日本に貢献できるのです。私は高邁なことを言わずに静かな信念を持ち、小さな行動を続ける人々を尊敬しています。

弱者幸子

1.弱者幸子

鹿児島市に住む72歳の幸子は戦争孤児。彼女には語り尽くせない弱者としての記憶があります。

1938年、お父さんが旧満州の士官学校の文系教官に赴任したため、5歳の幸子は家族と一緒に中国東北地方に渡りました。両親、姉2人、妹、弟の7人家族でした。ソ連軍が参戦してきた時、お父さんが前線で亡くなり、12歳の幸子と兄弟たちはお母さんについて日本人難民の列に混じりました。

ある日、ソ連軍の攻撃を受け、お母さんは即死しました。生と死が行き交う中、長女は迷わずお母さんに代わって小さな弟を背負い、妹たちを連れて飛び交う銃弾の中を逃げ続けました。

そして長女も砲弾に当たって倒れました。兄弟たちは長女の傍に集まり必死に体を揺すって呼びかけましたが、長女は次女に妹と弟を託して息をひきとりました。

次女は泣きながら気を失った弟を背負い、幸子と妹を連れて再び逃げ惑う難民の流れに入り、絶叫と弾雨の中を果てしなく逃げました。

どれほど時間が経ったかわかりませんが、砲声と銃声が消えたとき、幸子は手を握った妹と二人だけになっていることに気づきました。妹は酷く傷ついていました。次女と弟は居なくなってしまいました。

ここからは幸子と妹、二人だけの孤独に満ちた逃避行が始まりました。昼間は隠れて夜間に歩き続けました。水溜りの泥水を飲み、畑の芋を掘って食べました。

とうとう幸子と妹は、力尽きて道に倒れ、意識不明となりました。村人は二人を見付けて村に運びました。ソ連兵に分からないように中国人の女の子の服を着せて別々の農家に預けました。

共産党の軍隊が村にやってきた時に奇跡が起きました。一人の騎兵が人の群れから幸子を見付けて「幸子!」と呼びました。なんと、この騎兵は教官を勤めた幸子のお父さんの教え子でした。日本語を話せる彼が幸子から経緯を聞いた後、幸子を馬の背中に乗せて駐屯地に連れて帰りました。

この騎兵の上官が奥さんと相談し、幸子を養女として家族に迎えることにしました。幸子は転戦する義父について中国各地を回りましたが、最後に広州に落ち着きました。1952年、義父母が媒酌人となって幸子は結婚し三男三女をもうけました。

日中国交が回復した後、幸子は妹をつれて母国日本に帰ろうとしましたが、体に重度の後遺症を抱える妹は帰国直前に無念な死を遂げました。

幸子は今、鹿児島で夫と二人で静かな余生を送っています。車椅子に座る幸子はよく夫と海辺に出かけます。海と空が溶け合う遠方を静かに眺める彼女の傍を幸せそうな親子連れが通ってゆきます・・・・・・。

P.S.
このストーリーの原文は中国語です。文学が好きな人達がよく読む「作家文摘」(8月10日)に掲載されたものです。執筆者も井上征男さんという残留孤児だそうです。翻訳する際、かなり略したうえ、表現の変更も加えました(事実を変えない前提で)のでご了承ください。

弱者論が流行る今、本当の弱者は置き去りにされています。戦争孤児でいまだに日本に帰れない人がいます。日本政府は終戦の混乱前に中国人に引き取られた日本人孤児を「残留孤児」としても日本人としても認めないのです。

米国が北朝鮮をテロ国家から解除すると日本のメディアは一斉に拉致問題に触れなくなります。拉致問題で出世した人達はなぜ黙っているのでしょうか。

弱者は時の政治や権力のために利用されるとその救済がいっそう難しくなります。


2.偽装が一斉に発覚する謎を解く・宋文洲

今年は消費者が裏切られる年になりそうです。恋人(白い)に裏切られたと思ったらなんと希望(ホープ)にも福(赤)にも見捨てられました。傷心して家にこもろうと思ったところ、まさかその家も耐火性が足りなくてにっち(アス)もさっちも行かなくなりました。
<<続きは以下のURLをクリックしてご覧ください。
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITzv000005112007

世界を徘徊する「搾取の幽霊」

広がり続ける日本の格差が問題視されることがありますが、実はまだ日本はずっとましな方です。

富裕層が急増した米国では、低所得者の所得がむしろ2000年よりも下がっています。食料品の高騰とサブプライムローンの破綻に伴い、彼らの状況はますます悪化すると思われます。

北京の工事現場で働く労働者は浮浪者のように現場に泊まりながら未明から仕事を始めます。しかし、彼らの月給は富裕層の一回の食事代にも及ばないのです。

私の父は昔の上海でビジネスを行っていましたが、中国革命の後、全財産を没収されたうえ、いじめられました。それでも父が「革命はよかった」と言っていました。

最初は体制への従順を示すためだと思っていましたが、どうもそれが父の本音のようでした。理由を聞くと金持ちの玄関先でよく物乞いの餓死体を見かけて強い不公平感を覚えたそうです・・・。

先日、北京で昼食をとりながらテレビを眺めていると、高速道路で倒れた青年を地方の警官が助けたニュースが流れていました。その青年は田舎から上京し工事現場で一ヶ月働きましたが、雇い主から給料を一銭も払ってもらえませんでした。所持金もないため、はるばる故郷まで歩いて帰ることにしました。

捨てられた食べかすなどを拾って飢えを凌ぎながら、数千キロ彼方の故郷を目指しましたが、とうとう力尽きで路上に倒れたそうです。

テレビは人助けの警官を褒めていましたが、私はそんな当たり前のことよりも青年がひどく搾取されたことを思うと、胸がいっぱいになり食欲が失せました。

私は社会主義の教育を受けて育ちました。地上から搾取を無くすためにすべての人々が立ち上がるべきだと教えられましたが、その社会主義の理想は世界的な敗北を喫し、中国でも陳腐の象徴となりました。

最近、ひょっとすると社会主義はもともと人類の理想としてではなく、ただ膨張が止まらない人類社会の欲望を制御するためのツールではないかと思うようになりました。

格差の大きさを示すためによく使われるのはジニ指数ですが、なんと最近、中国と米国はほぼ同じ数字になっているそうです。

格差問題で各国政府が非難の的になっていますが、ひょっとすると我々が現在是認する価値観とライフスタイルそのものが格差を拡大させているのではないかと思います。

「ローマは一日にして成らず」。案外、人々が「社会主義を打ち負かした」と喜んだ10年前から、「搾取の幽霊」は既に静かに世界中を徘徊し始めたかもしれません。「それでも今の世界のほうがましだ」という考え方も間違っていませんが・・・。

漢字が仲介する日中の絆

最近、海外旅行先として日本を選ぶ中国人が増えましたが、「日本への印象は」と聞くと、いつも予想以上に評判がいいのです。

理由を聞くと「街がきれいだ」、「人間が親切だ」などのよくある答えとともに意外に「字が読めるから」という声もよく聞きます。

僕はよく思うのですが、もし日中間に戦争が無かったら、この二つの国は、たぶん最も親近感のある国になっていたと思います。たとえ近隣同士の細かいトラブルがあったとしても。

中国で戦争する日本軍の士官が「孫子の兵法」を携帯し、きれいな漢詩で愛国心を表現していたところをみると、僕はとても複雑な気持ちになります。この二つの国の間に戦争がなければ・・・と

中国近隣の国々は、漢字を捨てて独自の文字を作ったり、植民地支配者の文字を取り入れたりしてきましたが、唯一日本は漢字を自国の文化としてうまく取り入れました。

その中で「国家」、「銀行」、「人民」などの漢字を組み合わせ、新しい漢語を作って中国に「恩返し」したのは日本のみでした。この流れは今も続いています。ご存知の方もいると思いますが、最近の中国語では「営業」や「人気」などの日本発の言葉がそのまま使われています。

漢字を共有することによって漢字で表現されてきた思想や文化も自然に共有しています。四文字熟語をはじめ、「井の中の蛙」とか「塞翁が馬」などのものの考え方や見方も自然に人々の思考回路の一部になります。

たぶん、この二つの国で生きてきた経験を持たない人々にとって、どの言葉が中国で作られ、どの言葉が日本で作られたかについてまったく意識していないと思います。この誰のものかを意識せず自然に使いこなすこと自体が、真の共有だと思います。

漢字を巡って日中は実に寛容、柔軟かつ公正です。戦争がお互いの国民の心を傷付けましたが、地球上で、漢字を自国の文字として扱うただ二つの国ですから、年月が流れるとともにその絆は必ず強くなると信じます。

美しい言葉が偽善に聞こえる瞬間

ここ数年、言葉のファッションが流行しました。

「○○の品格」が売れると急に品格を気にしたことがない人まで「××の品格」を語りだします。そんな中、相撲業界ではモンゴルの若者の品格が問われました。理由は怪我の静養中にサッカーをしたことでした。彼はサッカーではなく、馬や牛に水をやればよかったでしょう。

朝青龍のために弁解するつもりはありません。彼はもっとファンサービスに力を入れるべきでした。しかし、業界を挙げて「品格のない」モンゴルの若者を厳しく糾弾している中、日本の若者の悲惨な死が隠蔽され続けていたのです。親方主導の集団リンチが行われたのはカルト宗教の説教部屋ではなく、「品格」の塊の相撲部屋でした。

「品格」を信じきった少年が死の直前に味わった絶望感を思うと、胸が痛みます。彼はその「品格」の権威の重圧下で警察に通報するという最低限の自衛策も思い付かなかったでしょう。

企業経営にもよく見られる現象ですが、自信を失いかける内向きの組織では高尚な言葉が多く使われる傾向があります。しかし、その言葉と実態の矛盾が必ず大きくなり、かえって人々の不信感を増幅させます。その瞬間、美しい言葉が偽善に聞こえてきます。