「愛国無罪」か

気があう友人というものは不思議なものです。十年ぶりに再会しても何の隔ても感じずまるでつい最近も会った気がします。

先日、十年ぶりに友人のマネックスの松本大さんとランチしました。彼が若者の創業を応援するファンドを立ち上げるので私にも応援してほしいというのです。

そこで自然に我々の創業時の思い出話になりました。
「僕は創業初期に赤字が続きましたが、最初に納税した時の感動は今も忘れない。やっと一人前になった気がした。」
松本さんのこのさり気ない話に私が静かに感動しました。彼はきれい事を言うタイプではないし、二人だけのランチで私にそれを言うメリットもありません。私の勝手な推測に過ぎませんが、宋メールの読者はたぶん平均よりずっと多くの税金を納めてきた方々です。(松本さんも宋メールの熱心な読者です。)

私も創業初期に札幌北区の納税番付でトップ三位に入ったと聞いてうれしかったですが、同時に「皆があまり納税していないな」とショックを受けました。リスクを背負ってゼロから創業する場合、最初に利益を出した時の嬉しさは一生忘れません。自分のビジネスが本当に顧客によって認められ本当に世の中のためになっていることが証明されたからです。これで社員を守り、税金を納め、自分と家族が自力で食べていける確信を持つからです。

本物の仕事をする人はだいたいきれい事を嫌うのです。きれい事を言うと気分だけが偉くなり泥臭い努力をしなくなるからです。読者の皆さんの周りにもきれい事を好む方々がいると思いますが、彼らに何らかの共通点を感じませんか。

生まれ育った故郷に愛着を持つのは人間の本性です。国を愛する素朴な感情はどこの国のどこの人にも共通しています。集団になって同じ同胞に向かって高らかに「愛国」を訴えること自体は嫌味に聞こえるのです。静かにたくさんの税金を納める大勢の同胞に失礼です。

中国も同じですが、妙に大声で愛国を訴える人々には、仕事をきちんとする人は少ないのです。「愛国」を不正と私欲の隠れ蓑にする人が多いのです。混乱の中国には「愛国無罪」というスローガンがありました(つまり、愛国であれば罪にならないという意味です)。現在の森友学園事件をみているとまさに「愛国無罪」と錯覚している人々がいるように見えるのです。愛国小学校のためならば、異常な方法でも国の土地や補助金を差し上げるのです。

あるTV番組に出演した時、数人の右翼評論家と納税の話について口論になって「宋さんは日本に納税しているか」と聞かれました。私はある年の納税額を申し上げた上、「君達の納税額も教えて」と頼んだら、全員が黙り込んだのです。

私は日本人ではありませんが、自分と家族たちは大変日本のお世話になっています。納税できたことはとてもうれしいのです。一年の納税(多い時)は番組に出る右翼論客全員の終身納税よりも多いと思いますが、彼らに自慢する気にはなりません。しかし、彼らと意見が違うため、よく「反日」や「工作員」と言われます。その時、「君たちはどうやって日本を愛しているのか」と聞きたくなります。

森友事件の真相はどうなるかは分かりませんが、これを機により多くの人々が愛国を私欲(名誉、地位、金銭)に利用し、公共利益を阻害する愛国者たちに気付くでしょう。

良い経営者の共通点

二十代で創業して以来、そろそろ30年間が経ちました。経営者としてたいしたことはできませんでしたが、自分の経験を通じてすごい経営者達と友人としてつき合ってきたことがうれしいです。

書店には経営のノウハウ本は腐るほどあります。経営者の心構えを説教する本もたくさんあります。まあ、きれい事が嫌いな私は「お前は自分の説教通りにもう一度経営者をやってみろよ」と言いたくなるような説教本は目に余ります。

時代の背景に文化の背景に技術革新とマーケットの変遷。経営にはなかなか定説がありませんし、永遠不変な原理もありません。あるとすれば常に変化していることと、もう一つ経営者は良い人が多いことです。

十年、二十年前から付き合っていて、雑居ビルの一室から会社を始める時からよく知っている経営者はたくさんいます。大きな事業を成し遂げたり大きな企業の経営を任せられたりする友人には、脅威的な共通点があります。

彼らは皆良い人です。

ここの「良い人」とは女性が男性を振る時や悪口のコメントを避ける時によく使う「良い人なのですが・・・」の良い人と全然違います。

「ナイスガイ、グッドパーソン」の意味です。正直で人の面倒をよく見る。そして人に優しいのです。しかも人を見て変わるのではなく、ほぼ癖でやってしまうのです。

その中の一人は玉塚さんです。先日、彼を週刊文春の編集長の新谷さんに紹介しました。新谷さんは編集長でいわばまだ経営者になっていませんが、実際のお付き合いを通じて複雑な環境の中でも果敢にリスクを取り、決断を下す経営者に向いている人です。大手マスコミが堕落している中、文春がスクープを連発し、ジャーナリズムの旗を降ろさない原因は新谷さんのリーダーシップによるところが大きいと思います。当然、良い人です(ナイスガイ)。

類が友を呼ぶ。偶然な機会で私の紹介でお二人が知り合いになりました。またその直後に新谷さんが仕事を通じて取得した仕事術を紹介する本を刊行しました。すぐ読ませていただきましたが、「新谷さんはやっぱり本物だな」、「こんなノウハウを千円くらいで知れるとは」「経験を積んでいない若い人はどれほど凄さを分かるかな」などの感想を持ちました。

その時、新谷さんから「宋さん、玉塚さんからすごい感想をいただいた。初対面なのに感動した」とのメールをいただきました。好奇心に駆使されて私はすぐ玉塚さんから新谷さんに向けたその感想を送ってもらいました。

さすがです。本への感想はもちろんまったく同感ですが、なぜ私はこんなに優しく書いてあげられないか」と自己嫌悪に陥りました。以下は原文です:

新谷さん、本を贈って頂きありがとうございました!
早速“週刊文春編集長の仕事術”を読ませて頂きました。具体的な実話、実名が満載で実に面白くあっという間に読んでしまいました。
内容極めて濃く、新谷さんの仕事に対する考え方、週刊文春の強さの理由が良く理解出来る素晴らしい本だと思いました。
また、書かれている内容について経営者、リーダーとして共感するところ多々あり感銘を受けました。
特に、私自身が強く感じた点をいくつか共有させて頂きます。

1.スピード
走りながらやる。とにかく思ったことは実行する。出来る人間はすぐやる。私も常々社内で、デフレや震災等外部環境は自らコントロール出来ないが、自組織のスピードだけは自分達次第でいくらでも変えられると吠えています。全てにおいて“スピード”が極めて重要な事、強く同感致しました。

2.根性・覚悟
あらゆる局面で常にベストな選択肢から逃げずに、全てのものに真摯に向き合う。実に大切な事だと痛感しました。実例で山崎拓さんとの関係にも触れられていましたが、彼ともしっかりと本気で向き合い、結果としてはその後親しい仲になるという内容には、新谷さんとチームの仕事に対する大きな覚悟と、“根性”を強く感じました。

3.一期一会
新谷さんの人間に対する深く強い興味、そして一つ一つの出会いを大切にし、それぞれ真摯にきちんと向き合っていく姿勢にとても感動しました。人への興味を持ち続け、その人間の本質をつかみとる事により、様々な事が見えてくる。そしてその真摯な人間関係が新たなドラマを創る。結果として大きなスクープにつながるストーリーに出会う。現在の文春の成功の正に土台なのだと強く感じました。

4.感度
商売でも、経営者、現場の“感度”が低いと目の前にチャンスやピンチが現れても気付かない。そのチャンスを活かす事が出来ない。小さな現象、変化、さり気ない一言への感度の高さが極めて重要と考えます。
ショーン・Kさんがユアタイムのキャスターへ抜擢されたというニュースに対し、世間が皆「すごい」と話題になった際に、「ちょっと待て」と自身の中で違和感を感じたという、その感度。更に舛添元知事の欧州出張に5,000万円かかっているという事実から「何かあるのでは」と疑問を持つこと、新谷さんのその“感度”には心から共感しました。小さな現象や僅かな兆しに気づき、行動に移していくその実行力、自身も経営者として非常に大切なことだと共感しました。

新谷さんが書かれたことは、全て僕らの商売、そして経営にも通じることであり、色々なことを気づかされた内容でした。また、強い組織というものは決してマニュアル化出来るものではないということ、杓子定規で組織を作りあげていくのではなく、個別具体的な状況を見ながら如何にスピードを持って対応していくかということが肝要だという点にも激しく同感しました。
そして何よりも“どうなるのでなくどうする”が重要。強い目的意識を意志をもって、どんな局面でも“どうする”にこだわり組織を導く事が極めて重要だと思います。
長文となり恐縮ですが、一読者の感想として受け止めて頂けると幸いです。
私も新谷さんに負けぬよう、OBを恐れずに、“フルスィング”で経営、商売の現場で頑張っていきたいと思います。

玉塚元一

なぜ米国人が中国を好きになったか

先週、民間調査の権威である米国ギャラップ社が日本人に馴染まない調査結果を発表しました。それによると現在の米国では中国を好きな米国人が50%に達して30年来初めて中国を嫌いな米国人を超えたそうです。
China's US Image the Most Positive in Three Decades
http://www.gallup.com/poll/204227/china-image-positive-three-decades.aspx

調査の詳細をみると1989年の天安門事件による一時的な激しいアップダウンを除けば、米国人の中国への認識が少しずつですが、確実にポジティブになってきました。好きが嫌いより多くなったのは歴史的です。

過去の30年間、中国政府と米国政府との間のトラブル時には危機と言えるような出来事が絶えませんでした。米国による中国大使館への誤爆、米中台湾海峡危機、米中空軍機の接触事件など枚挙に暇がありません。総合国力において中国が米国を超えることが確実視される中、影響力を争うライバルとして中国への警戒心も強めているにも関わらず、なぜ今米国人で中国を好きになる人が多いのでしょうか。

私は一番の理由は米国人と中国人による前代未聞の民間交流にあると思います。私個人の事例でいえば、4人の子供が全員米国に留学しています。学校の行事や子供同士の遊びを通じて親同士や学校関係者や一般住民をとても身近に感じるようになりました。私が感じていることは向こうも感じているでしょう。

「訪日中国人が多い」と日本人は感じていると思いますが、150万人の訪日中国観光客は1億人の海外旅行者全体の1.5%に過ぎません。彼らの多くは米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの英語圏に行っています。特に投資、留学と移民の場所としてこれらの国は中国人の人気を集めています。

次に中国は30年間をかけて米国の最大の貿易相手国になりました。トランプが貿易赤字問題を中国とディールしたいと言っていますが、貿易のディールの一つ一つは国家ではなく民間人の厳密な損得勘定によって決定されています。米国人がメリットを感じない、米国人の役に立たない米中貿易は存在しないのです。米中貿易は政治と関係なく両国民の距離を縮めたと思います。

それから多くの日本人に理解できないと思いますが、米国人は素直に中国の社会進歩を認めているのです。1億人の海外旅行者の殆ど全員が自分の意思で中国に帰ることは何よりも中国の進歩を示しています。現在毎年の50万人の留学生が海外に行くのですが、ほぼ同数の留学生が中国に帰ってきます。中国人の殆どは自国の社会システムの欠点を認識しながらも、自らの意思で盛んに他国に移住したり、帰国したりすることは何よりもの進歩です。

先月、上海である旧知の日本人女性実業家に会いました。彼女は長い間上海に住んできましたが、今ほど日本人観光客が訪れない時期はなかったというのです。そのため、彼女が長年やってきた日本人向けの土産店を閉店せざるを得なくなりました。海外に行かず中国語や英語のニュースも読まず、依然として紙の新聞と地上波テレビによる日本語情報に頼る日本人は文字通りのオタクになってしまうのです。

井の中の蛙の新聞紙と地上波が好んで報道する中国のマイナスニュースに接すれば日本人は中国の本当の姿を知る訳がないのです。幼い園児たちに「安倍総理ガンバレ」や「安保が良かったです」を宣誓させたり体罰を行ったりする森友学園をみて、一部の日本人は「まるで中国」と言うのですが、これこそ中国の現状を知らなすぎるのです。

文革時代には似たようなことは確かにありましたが、ここ30年間の間には、このようなことは中国のどこの幼稚園にもあり得ないのです。まずそんな幼稚園に子供を入れる親はいません。次に文革で痛い目に遭った中国のリーダー達もそんな幼稚園に心酔する訳がありません。イメージが悪くなるだけです。だいいち、幼児に体罰を与える幼稚園なんて、親達の殴り込みに遭いますよ。

日本社会の自信喪失や閉鎖化とは逆に、中国は大量な一般市民が日本を訪れることになりました。戻った彼らは殆ど全員が日本のことを褒めています。これに伴って中国人の日本への好感度がどんどん上がっています。日本人の妻を持ち、日本との縁が深い自分としてとても誇りに思うのですが、同時に「良いものは良い」「人の良い所を学ぶ」という同胞の素直さに賞賛を送りたいと思います。

今日のメルマガも日本批判と捉える方が多いかもしれませんが、「現実を知ってこそ正しい判断ができる」ことを申し上げたかったのです。日本人の皆さんがお手本にしている米国社会の中国認識が参考になれば幸いに思います。

P.S.

そういえば宋メールがまだ続いているかと思う方もいるでしょうが、簡単に現状を報告します。(時間のない方はここをパスしてくださいね)

私は創業者としてソフトブレーンの現在の経営を高く評価しています。昨年の業績も大変よかったのですし、先週2月28日に発表した中期事業計画策定の方針もこれらの業績は長期的成長過程の一部であることを示しています。創業者としても、経済評論家としても、現在の経営陣が最も企業価値を上げるよい体制だと確信しています。

敵対買収側はどんな目的で経営支配しようとしているかは時間とともに徐々に明らかになると思いますが、悪質な乗っ取りにさらされている現在、私が持っている知識と資力を使って現在の経営陣をサポートする予定です。

昨年、宋メールの読者(経営者)から「乗っ取りの結果と関係なく勉強のためにそれを総括してほしい」との要望をいただきましたが、いつか必ず詳細をご報告させていただきます。敵対的買収史上の珍しい事例になりますよ。

東芝問題の裏に隠された本当の問題

15年前、私は東芝の経営陣と公私両方の付き合いがありました。お世辞抜きにとても素晴らしい方々でしたし、人間的に尊敬できました。

東芝は本当に良いリーダーが居て良い企業でした。そんな東芝がこうなるとは驚きです。本当かと疑うほどです。凋落組織は凋落のリーダーを生み出し、凋落のリーダーがさらに組織を凋落させる。これはあらゆる組織が凋落する際の軌跡です。

東芝の凋落は15年前から兆候がありました。東芝のある役員から「宋さん、当社には2千人も博士がいる。人材の宝庫だからもっと伸びてもいいはず。」と言われた時、私は「人材が多すぎて倉庫になったのでは。少しでも我々のような新興企業に分流すればお互いが助かります。」と答えました。

しかし、名門企業に入った社員が中小企業に来るはずがありません。東電、東芝、シャープ、ソニーなどの名門にいる社員達は「自分が誰か」よりも「自分がどこに属するか」のほうが大切です。自分がどう生きるかではなく、どうやって無事に退職できるか、どうやって組織内のピラミッドをよじ登るかが彼らの目標です。

辞める人がいないため、東芝で中途採用の社員に会ったことがありません。話によると東電の約5万人の社員にも中途入社の社員は一人もいなかったそうです。自社しか知らない、自社にしか適応できない社員の中から誕生した社長が、大きな井の中の一番大きな蛙であり、ガラパゴス島の王者です。人脈が広いが、視野が狭い。順風に強いが、逆風に弱い。気が大きいが、肝が小さい・・・。

昨年、事故防止の義務を怠ったことで東電の旧経営陣が東京地裁に強制起訴されました。しかし、事故対応の詳細を調べてみると、事故の被害が拡大した最初の5日間に旧経営陣が頼ったのはまさに弁護士でした。どうやって事故の被害を止めるかよりも、どうやって法的リスクを減らすかを懸命に弁護士と相談していたのです。「義務の怠慢」で起訴されるとはまったくの「想定外」でしょう。

読者の皆さんはすぐ「だから東電はダメだ」とか「だから東芝が落ちた」と言うかもしれませんが、これは中小企業を含む多くの日本企業の共通点です。経営目標実現のための法律相談よりも、保身のための法律相談が多いのです。中小企業なのに海外企業との契約書の審査に数週間もかける現実をみて、私は呆れてもう彼らにビジネスを紹介する気にもなりません。

弁護士は法的リスクの有無と大小を教えてくれますが、経営を教えてはくれません。リスクを嫌う日本的経営者が弁護士や専門家に回避対策を求めているうちに、経営リスクがどんどん次のリーダーに先送りされます。このリスクのリレーがやがて限界に達して爆発してしまうのです。それが原発事故の本質であり、東芝危機の本質であり、築地市場移転問題の本質でもあります。

東京地裁が東電を「義務の怠慢」として起訴していますが、そもそも日本企業は正社員と個別に労働契約を結ばないため、義務を明確に定めていないのです。明確な契約が存在せず年収が途上国よりも低いのが日本の経営者の特徴です。無事に社長任期を終え、会長や名誉会長で長く居座ることで終身報酬を増やそうとする彼らも哀れです。

個別経営者の素質問題として東電や東芝への批判が多いのですが、これらの経営者は最近まで年金運用株の代表格であり国策と二人三脚を演じてきた名門企業のリーダー達です。彼らは決して特別に悪い人たちではありません。彼らをいくら批判しても、なぜ世界的名門企業が次々凋落するか、なぜ世界的新興企業がなかなか誕生しないかという疑問は解けません。東芝問題の裏に隠された日本企業のガラパゴス化こそ、本当の問題なのです。

APA論争にかけた大切な視点

私は南京大虐殺の論争に何の興味もありませんでした。日本に長くいると元谷さんのような方とよく出会います。いちいち怒っていたら体がもちません。しかし、私の興味と関係なくこの件は世界中に波紋を広げています。中国語ニュースや英語ニュースにこれだけ出てくると嫌でもその行方が気になります。

China boycotts Japan hotel chain APA over Nanjing Massacre denials. これはCNNのニュースタイトルです。この件を報道するニュースの中では、中国語ニュースは言うまでもありませんが、英語ニュースでもまず一番目立つキーワードは固有名詞の「Nanjing Massacre 南京大虐殺」でした。

Right-Wing Hoteliers in Japan Anger China With Radical Historical Views. これはニューヨークタイムズの記事です。タイトルが示す通り、「右翼ホテル」や「過激」がポイントです。元谷さんは本を通じて南京大虐殺を否定するつもりでしょうが、結果は真逆です。

事件化してしまった後、彼は嬉しそうに「今や知名度は世界一」と語ったようですが、世界中の若い世代にも改めて「南京大虐殺」を知らせ、APAホテルは「過激」な「右翼ホテル」であることを知らせたのは確かです。日中両国の当局も巻き込んだことで改善中の日中関係(特に民間関係)に水を差したのも有名でしょう。

中国や韓国の観光客のみならず、華僑の多い東南アジアの民間人が気持ちよく泊まれるホテルではないことも有名でしょう。よく分かりませんが、普通の日本人もサービスの良しあし以前に、有名な「過激」な「右翼ホテル」に泊まりたいと思わないのではないでしょうか。

南京大虐殺(南京事件と言いたい方はどうぞご自由に)に関する民間人の本は出版自由の範囲に入っています。誰がどう騒ごうが、これは日本の法律にも中国の法律にも抵触していません。近年、日本の本屋にこの系統の本が多いことは中国人も知っています。だからといって抗議する人はいません。したがってAPAの件は「言論の自由」の問題ではなくビジネスマナーの問題です。ドイツ人が戦時中に「虐殺がなかった」という本をホテルの客室に置くなら欧米中心に同様の波紋が起きるでしょう。

元谷さんのような見方をする日本人は全体の何パーセントを占めるかは分かりませんが、絶対数でいうとそれなりの数はいます。それでも大多数の日本人の観点を代表していないと思います。犠牲者の数を巡る意見相違があっても日本政府も虐殺そのものを認めています。

「お客様が第一」「顧客視点」は本来、サービス業の基本です。ビジネスの観点から見ても元谷さんが個人の趣味をお客さんに押し付けるのは法律違反ではありませんが、邪道です。まあ、それを無視してもそうしたいのであればどうぞお好きに勝手にやればいいです。彼には言論の自由がありますが、中国系の顧客もリラックスできるホテルを選ぶ自由があります。

顧客に「政治と野球を語らない」という暗黙のルールが日本のビジネス業界にあります。信じる理念や応援する野球チームが異なっても気持ちよく商売しようという気遣いです。元谷さんは「中国人韓国人が来なくても構わない」ようですが、日本のサービス業界全体はそう思わないでしょう。

南京大虐殺に戻りますが、他の歴史問題と同様、唯一の解決方法は無視と放置です。時間は必ずこの問題を解決してくれるからです。過去においてどこの国がどこの国の人をどれほど殺したかの論争は不毛です。特に南京大虐殺のような日本政府を含む世界に定論のある話を蒸し返すのは日本にとって自害行為です。

我々中国人も日本人だけが虐殺を行ったと思っていないのです。中国の清朝は満州族の朝廷であり、我々漢民族は彼らに植民支配されていました。漢民族の明朝が崩壊する際、満州族が万里の長城を超えて中国内陸地を攻め込んだのですが、膨大な数の虐殺を行いました。

宋朝がモンゴル族に倒された時も膨大な虐殺がありました。数十万の虐殺数字は頻繁に出てきます。それは一人一人の犠牲者を数えた結果かといえば、当然違います。いま現在でも中東で起きている戦乱の正確な民間人犠牲者を数えることはできないのです。

我々中国人同士もお互い膨大な虐殺を行ってきたのです。検証困難な遠い歴史は別として、蒋介石政府の共産党とその本拠地にいた民衆への虐殺や共産党政権後の旧体制支持者への仕返しにも膨大な犠牲者の数があげられています。数十万〜数百万というのですが、数字に関する相違があってもその事実を否定することは誰にもできません。

虐殺犠牲者の正確な数を出すことは不可能であっても虐殺の存在についてそれほど大きな争議はありません。南京大虐殺の犠牲者が30万人じゃないからと言って存在しなかったという結論は飛躍しすぎです。だから虐殺否定についてニューヨークタイムズも「右翼ホテル」の「過激」な歴史的見解と表現するのです。

先日、ロシアとの関係改善に意欲を示したトランプ氏にFOXニュースの記者が「プーチンは人殺しだ」というと、トランプ氏は「人殺しはたくさんいる。我々の中にも多くの人殺しがいる。我々の国がそれほど潔白だと思っているのか」と返しました。

トランプ氏にはいろいろな欠点がありますが、こういうことが言えるところが好きです。我々中国人も日本軍の虐殺を忘れないだけではなく、自分達の虐殺にももっと目を向ける努力が必要です。

ただ、虐殺が歴史になるのに一番必要なのは努力ではなく、時間です。100年も経てば、被害者もいなくなり被害者から直に話を聞いた人もいなくなります。その時に心の中で続く戦争が終息し戦争は初めて歴史になります。

私達ができるせめてものことはまだ人々の心で続いている戦争を外に取り出さないことです。もっと前向きなところ、もっと共通しているところに目を向ければ日中は文化的にも人種的にも最も近い国であることに気付くはずです。(全く日本語が分からない中国人でもこの文章の漢字を読むだけでだいたいの意味は分かります)。