米中貿易摩擦が「冷戦」ではない

米中貿易摩擦が「冷戦」ではない

皆さま、宋文洲です。本当に本当にお久しぶりです。

2018年の11月9日、隔週金曜日にお届けしていた宋メールを中止し、不定期に送ると約束しましたが、二年近くまったく何もしないことに時々罪悪感さえ覚えました。多くの方々にとって「あ、そんなものがあったな」といった存在でしょうが、約束を忘れないのは私の数少ない長所の一つです。

あれからの約二年間、皆さんはどのように過ごされましたか。きっとそれぞれのお立場でご自分とご家族のために奮闘されてきたと思います。激しい変化の中でも宋メールの読者の方々は波を乗り越え自分の船をよい方向に向かわせる方々だと思います。私も相変わらず日本中国と米国の間を回っており、自分の納得する生活をしておりましたが、今年のコロナ流行で国際間の移動が困難になり、しばらく日本に留まっていました。

先日、古くからお付き合いをいただいている北海道大学の先輩で毎日新聞の藤原さんから電話をいただきました。私が東京にいると分かると「米中関係が重要なテーマなので宋さんの考え方を聞かせてくれないか」と頼まれました。

本来日中両方のマスコミにもう出ないと決めた私ですが、なぜか好きな友人がたまたまマスコミに居る場合、特別に対応したくなります。多分インタビューに答えたいのではなく、その友人と会話したいからでしょう。

インタビューは私の東京の自宅で行われ、あっという間でした。記事が出た日に藤原さんからテキストファイルをいただき、「ネットで流してもよい」との許可もくださいました。これが今回の宋メールを出すきっかけでした。

この二年間、私にとっても米中関係がとても気になる時期でした。米中貿易戦争やファーウェイ、TikTokの禁止からポンペオ国務長官の「冷戦宣言」まで、米中関係はまさに最悪の状態に陥りました。

古い読者なら覚えていると思いますが、トランプ当選の半年前に宋メールで彼の当選を予告しました。これと同様、米中社会の現場で個人個人を考察しなければ、問題の真相と本質は分かりません。いまの米中問題は起きるべきことが起きただけなのです。もし意外な部分があるとすればそれはコロナウィルスの流行です。この世界的大流行が米国と中国に与えた異なる結果が、米中関係の進化を加速させたのです。人間は余裕がなくなった時に本音と本性が出ます。トランプが勝った最大な理由は報道や調査に出にくい人間の本音が投票に出たからです。

ではどうぞインタビューの内容をご覧ください。


〜貿易摩擦「冷戦」ではない 中国出身評論家・宋文洲さんの見た米中 80年代の日米関係を中国参考〜

毎日新聞2020年9月3日 東京夕刊

 何やら未来は不安だらけ。新型コロナウイルスに限らず、米メディアが「冷戦」と派手に伝える米中摩擦も暗雲の一つだろう。成人後に来日した外国人としては初めて日本の証券市場(東証マザーズ)に上場を果たしたことで知られる中国人実業家で評論家としても活動する宋文洲さん(57)は、米中関係をどう捉えているのか。日米中3カ国を行き来する宋さんを東京の自宅に訪ねた。

 トランプ政権はこの夏、世界中の若者に人気の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」を標的にした。運営する中国系企業が米国での事業部門を売らなければ米国内での利用を禁止すると迫り、「米中IT戦争」の一環とされる。

 内情を知る宋さんはこう切り出した。「米国で活動する中国人経営者がアプリの利用者のデータを中国政府に流している、というトランプさんの心配は僕も分かるんです。実際、中国政府が命令すれば、中国の企業人は従わなくちゃならない。だから(ウェブ会議システム)『Zoom(ズーム)』を運営する会社の経営者は米国籍を取っていますが、中国の大学を出ているだけで中国政府の圧力を受けると米国では思われる。それであえて中国でのサービスを停止したくらいです。ティックトックの場合、最初からデータベースもサーバーもすべて米国内に置いたのにこんな目に遭う。細心の注意を払っても、疑念を晴らせないのは政治的差別です」

 2018年の米国の中間選挙前に対中関税が強化されたように、中国たたきは11月の大統領選に向けた戦術という見方もある。「でも政治だけではない。この2、3カ月、トランプさんのやり方は露骨だけど、民主党政権時代から米国は政府文書に中国を戦略上のライバルと書いてきた。つまり敵です。でも中国系企業は米国の敵になりたくないから言われたことを受け入れる。両国のシステムが折り合わないことを分かった上で、うまくやりたいだけなんです」

 ヒトやモノが自由に行き来している米中関係を、冷戦時代の米ソ関係に例えるのはお門違いだと指摘する。「米中国交樹立につながるニクソン大統領訪中(1972年)の頃、中国に自由は全くなかったのに『米中蜜月』と言われた。今の中国は当時の何百倍も自由です。ネットでもよほどの発言をしなければブロックはされない。文革の時代からみれば、はるかに自由ですよ」

 香港やウイグル自治区などの活動家を除けば、ほどほどの自由が許された中国の「強権的資本主義」は世界のモデルになり得る――。そんな声がここ最近、言論界で聞かれるようになったが、「米国が本当に恐れているのは、それです」と宋さん。

 「トランプさんが、大統領選で負けたら、米国人は中国語を勉強し、中国のまねをしなきゃならないと言っているのは本音。でも中国の社会システムは外から見れば怖いかもしれないけど、ほどほどに安心して暮らせるんですよ。今回のコロナでも、武漢でマスクなしでパーティーをしている映像が世界に流れたけど、米国人はそれを見て自分たちのコロナ対策に問題があったと反省はしない。ただただ中国をバカにする。人間ってそう。企業でも社員の忠誠心を高めるにはライバルをバカにするのが一番早い」

 外に攻撃の目を向け、国内の不安を覆い隠すのが、米国の常ということか。「米国が一方的に恐れているだけで、中国には日本のネット右翼みたいに妙に自国に自信のある人なんてほとんどいない。共産党の宣伝機関は職務上胸を張っているけど、ふつうの中国人は弱気で、やっと米国はそんなには偉くないと気づき始めたくらいです」

 一方的に怒る米国と聞いて思い出すのは、日本車をハンマーでたたき壊す場面に象徴される80年代の日米貿易摩擦だ。「すごく似ているし、中国政府もそう認識している。あの時、日本はもうちょっと頑張れば半導体などあらゆる分野で世界をリードできたのに、日本の官僚や産業界は完全に負けた。18年の秋、来日した中国の友人に呼び出されました。行ってみたら30人ぐらいの中国のアナリストや経営者がいて、『米国との貿易戦争が始まるから、日本に調査に来た』と言っていた。米国の言いがかりのつけ方、日本の半導体業界がどう解体されたかなど、米国からどんな圧力を受けたかの研究をしに来ていました」

 17年1月にトランプ大統領が米通商代表に指名したロバート・ライトハイザー氏(72)は、83〜85年にレーガン政権で米通商代表部次席代表を務めた人物で、日本に鉄鋼の輸出自主規制を受け入れさせた。「日本からの提案書を紙飛行機にして投げ返したという話は有名で、日本はそのプレッシャーに負けた。もし日本が拒否していたらどうなっていたかをシミュレーションした上で、中国は今、米国に抵抗している。要は、米国は、中国がおもちゃの人形や靴下を作っている間は見過ごすけれど、高度な通信機器や航空機を製造する工場にはなっちゃいけない、と言っているんです。中国が一度、米国の要求を受け入れれば、アプリからドローン、監視カメラの会社まで独自技術を持つところは全部つぶされます」

 そんな米国の態度について「元々そういう国だと言う人もいるけど、僕らの世代は米国を信用していたし、公平な国だと思っていた。でも最近の米国は余裕を失い、人間の一番よくない部分が出ている感じがする。そんな中国人の失望感が日本人にもよくわかると思うんですよ」

 この先、日本はそんな米中とどう絡んでいけばいいのか。「僕が『日本は米国の属国をやめるべきだ』と言うと、『中国の属国になるよりマシだ』って反論する人がいるんだけど、そういう考え方自体が属国根性なんですよ。中国での世論調査では、日本への好感度はここ数年ずっと上がっていて、コロナ前に中国人が日本にこぞって観光に来ていたのは、同じ東洋文化を持ちながら日本が中国と違うからです。和の文化は中国にも昔はあったかもしれないけど、少なくとも今はない。中国人の日本好きは政治とは関係ない。日本に肌で触れて『いいね』と言っている。化粧品の好みから味覚まで中国人と日本人は近いのに、微妙に違うところがある。それが宝物みたいに思える。だから、少なくとも今のままの日本であってほしいと僕は思います」

 日本と米国との違いについては、こんなふうに表現する。

 「日本の良さは、先祖代々ここで生まれ同じ文化をずっと維持してきたというところにある。そこが移民国家の米国と違うところ。ナンバーワンというだけで愛国心を謳歌(おうか)してきた米国は、何かあればすぐバラバラになる。でも日本は戦争に敗れても愛国心を失わずに来た。米国にもっと言いたいことを言っていいと思う。日本は軍事面で米国を、マーケットで中国をうまく利用しながら独自の文化を大事にした国の模範であってほしいですね」【藤原章生】


トランプ氏のマーケティング / 宋メールの今後

(1)トランプ氏のマーケティング

米国の中間選挙の結果にコメントする立場にありませんが、トランプ氏の奮闘ぶりにひどく感心させられました。あの歳であれだけの演説をこなす姿に無条件に感動を覚えました。

トランプ氏の中間選挙に向けた最初の応援演説はテキサスで行われ、かつての大統領選ライバルのクルーズ氏を再選させるためでした。その時、私は偶然にもロサンゼルスのホテルで暇にしていたため、その演説の中継を最後まで見ました。

以前大統領選の際に、私がトランプ氏は大統領候補としてヒラリー氏より優れていると思ったのは、彼の演説を米国で直に聞いたからでした。今回も運良く、最初の応援演説を中継で聞きました。正直、やはり内容も良い上、彼の戦う姿と聴衆への気遣い、そして愛嬌に好感を覚えました。

相変わらず不法移民を「動物」と呼んだり、民主党を「犯罪の党」と言ったりすることに不快も感じましたが、「中国との貿易不均衡にこれ以上耐えられない。中国との競争に米国は勝つ。」などの中国関連の発言には中国人の私でさえ不愉快を感じませんでした。

フェイクニュースへの批判には、私は痛く同感しました。前回の大統領選ではニューヨークタイムズが開票日の直前にもヒラリー氏が勝利する確率は90%以上と掲載し続けました。いったいどこの誰に調査した結果だろうかと思いましたが、トランプ氏が当選した後、何の説明もお詫びもありませんでした。

トランプ氏の演説を取材するCNNなどのマスコミにトランプ氏の支持者たちがブーイングをしたり罵声を浴びせたりするのはよい風景ではありませんが、日ごろの大手マスコミの偏向と傲慢に不満を募らせてきた民衆が多くいるのも事実です。彼らは決してトランプ氏に洗脳されたのではなく、思惑と既得権益のためによく捏造を行うマスコミの実態を知っているからです。

トランプ氏が何を考えているか分からないという人が多いのですが、彼が若い時の発言を聞けば、彼こそ持っている考えを変えていないことがよく分かります。良くも悪くもです。多分、「何を考えているかが分からない」という人には彼の柔軟性、つまり「考えは変わらないが、解決方法について思い付きで柔軟に変える」ことに対しての苦手意識があるのでしょう。

トランプ氏の癖は完全にベンチャー経営者の癖です。大胆に目標設定を行うが、行き詰まりを感じたらやり方を180度変えてみる柔軟性も持つのです。朝令暮改と言われても耐える強さがあるからこそできる技です。既に故人となりましたが、このような素質を持つ日本の政治家も少なくありません。

優れた経営者はそれほどマーケティングデータを見ません。調査会社のデータを見ながら経営すれば競争に勝てるほど、ビジネスは甘くありません。現場感覚はなによりも大事です。トランプ氏は大変現場感覚を持つタイプです。自分が売り込む顧客(選挙民)のセグメントを明確にし、彼らと現場で接触し、八方美人をやめるのです。これこそ優れた経営者のやり方ですが、政治家としてこの手法をとって勝てるとは意味深いです。

現在の米国社会は「分断された」と言われていますが、経営の視点から見れば今はセグメンテーションを明確にする必要がある時代です。時代変化がトランプ氏を求め、トランプ氏がその変化に応えたのです。

信念を持ち、市場に順応し、欠点と愛嬌を同時に持ち合わせるトランプ氏は今の米国に相応しい大統領です。良くも悪くもです。


(2)宋メールの今後

今日も宋メールを読んでいただきありがとうございます。たぶんこれを読んでこうでもないああでもないと思う方もいれば、なるほどと思う方もいるでしょう。私にしてみればどちらでも構わないのです。そもそもこれを書くのにかなりしんどい思いをしているのです。

実は私は数年前から宋メールを負担に感じるようになりました。その理由は自分の経験と環境に由来すると思います。

まず今回も触れたように、マスコミなどの言論発信を商売にしている人々は自分や所属組織の私心、利益と信仰に基づいてフェイクニュースも含めて発信しているのに対して、宋メールはまるでそのようなモチベーションを持ち合わせていません。昔は顧客サービスとしてそしてマーケティングツールとして使っていましたが、引退してから13年後のいま、そのような目的が全くと言っていいほど、無くなっています。

続いている唯一の理由は古い読者(たぶんファンと言ってもいいのですが)がいることです。このため二週間一回、頭を絞って絞って書きたいテーマを探すのですが、ここ数年、どんどん難しくなってきました。

それは私の頭が枯れたのではなく、日本の読者の方々と重ねる部分、共有と同感できる部分がどんどん少なくなってきたからです。

私はここ数年、日本にいる時間が少なくなりました。日本に関するニュースは中国語や英語でたまに見るのですが、日本のマスコミが発信する日本語ニュースは殆ど見ていません。特に国内問題に関しては、たまに日本に来てテレビのニュースを見てみるのですが何を言っているのかはさっぱり分かりません。経緯と背景を知らないでみると本当に意味が分かりません。

また、中国や米国の事件やニュースを取り上げたくてもその背景や思惑など、まるで日本のマスコミと異なるため、伝えても日本の読者がピンとこないですし、納得もしないでしょう。

売れる本をよく出す出版社の知人から聞いたのですが、売れる本を出すコツは「著者が書きたい内容を書くのではなく、読者が読みたい内容を書くこと」です。

「間違いない!」と思いました。本だけではなく、すべての言論商売も同じです。商品である以上、商品の原理が同じはずです。ヒット商品のコツは作る側が作りたい商品ではなく、買う側が買いたい商品を作ることです。ごく当たり前の原理原則ですが、言論人たちは正義、正論と世論の蓑の下にわずかな利益と権益(印税、出演料、講演料など)を必死に守るところが哀れなのです。

まあ、私がほかに食べる方法がなければ、最悪情報発信して生計を立てることも考えますが、少しでも実務と実業で稼ぐ力があれば、評論家や言論家としての商売に落ちたくありません。

商売でもないのに、過去の付き合いと古い知人の期待を裏切らないために続けてきたテレビ出演とエッセイは本当にしんどいのです。昨年の週刊文春連載は本当に尊敬していた新谷編集長や起業家の知人の希望に負けて引き受けました。

あれからもう負けてはいけないと思いました。だからここ一年以上、私は全てのテレビ出演を断りました。日本にいない時間が多い上、たまにいても日本社会の情報と肌感覚にかけているからです。何よりも日本社会に何かを言うメリットも使命感もまるでゼロです。

決して私は日本への愛着が無くなったわけではありません。中国に対しても米国に対してもマスコミに出て何かを発信するメリットと使命感はゼロです。人様に屁理屈を言えば、一番の被害者がまず自分であることを、私はよく知っているからです。

冷静でいたいならば、本当のことを知りたいならば、まず人様に教えたがる、言いたがる癖を無くすことです。言っても次の瞬間に「本当は違うかもしれない」と自戒することは重要です。

人に教えたがる人も人を妄信する人も、独立して幸福で豊かな人生を掴むことはできません。

宋メールを全く止めてしまうことも考えましたが、やはり一部の読者友人からのアドバイスもあって今後は不定期に発行することにしました。二週間ごとに必ず間に合うように原稿を出すことは実にしんどいことです。たまに編集部の責任者からの催促に腹が立ってついつい怒りを感じたことさえありました。

この場を借りてお詫びと感謝を申し上げます。14年も支えてくれたソフトブレーンの編集部、ありがとうございました。

そして読者の皆様、こんな後ろ向きの宋メールに付き合ってくださって本当にありがとうございました。今後は不定期になりますが、良かったらまたお付き合いください。

どうやって「信用」を構築すればいいのか

私は日本で起業しましたが、本音を言えば生まれ育った中国で会社を始めたかった。それは親、兄弟だけではなく、昔から知っている親友がいたからです。大学院卒業後まもなく会社を立ち上げた私にとって、一番辛かったのが信用できる協力者がいないことでした。「信用」は組織管理やチームワークの基本です。我ながら「信用」がない中、よく起業できたなと思います。

経営者時代は、信用できない人材でも使わざるを得なかった。決して私は他人を信じやすい善人ではありません。たとえ信用できない人がいても、そのリスクを減らすシステムを作ったのです。むしろ「信用」に頼らない心構えが、経営者としての私を成長させてくれたといえるでしょう。

家族や信用できる友人と会社を始めても、経営規模を拡大させれば、見知らぬ人間と仕事をする機会は必ず出てきます。その中には裏切る人も出てくるでしょう。信用していた部下が、豹変して別な顔を見せることもよくあります。そうしたケースを見るにつけ、私も人間不信に陥ったことがありました。

ただ「信用」はまさに組織の核です。それを作り出すことこそ経営者の最も重要な役割です。

「信用する」と「信用される」。どちらが先かといえば、間違いなく「信用する」が先です。他人を信用できない人はどうすればいいのか。コツはあります。それは他人を信用しているフリをすることです。その上で、たとえ裏切られても命取りにならないよう、リスクコントロールをしておけばいいのです。

「三国志」にこんな記述があります。ぎりぎりの戦いに勝った曹操が、敵陣から大量の書類を押収し、その中から自らの部下が敵に送った手紙を見付けます。しかし曹操は封を開けることなく、全て焼却するよう命じたのです。

一見、信用できない人間を見付けるいい機会だと思ってしまいますが、曹操にしてみれば、戦の結果が分からない時に、負けた時の準備をする部下が出てくるのはやむを得ないのです。リーダーに何より求められるのはとにかく勝つこと。勝利を重ねることでリーダーとしての信用は自然に増し、部下の動揺も減っていくのです。

経営者を長くやっていれば、他人を信用するかしないかは大した問題ではなくなります。「あの人は信用できる」という言い方が幼稚に聞こえるようになる。

ビジネスのためこちらは信用を守りますが、相手に信用を守ってもらえる保証はどこにもない。そうした心構えが自然と出来上がるのです。契約内容などでリスクを減らそうとしますが、それでもカバーできないケースはたくさんあります。とにかく用心するしかない。しかもこちらが用心していること自体、相手に知られないよう配慮する必要があります。

中国ではリーダーの心得として「用人不疑、疑人不用」という諺があります。「使う人を疑わず、疑う人を使わず」という意味ですが、その本質は、信用できない人を信用するふりをして使いこなし、どうしても使えない人材を外せということです。こうした過程で起きた心労は経営者としての成長の肥やしにするしかありません。
頭で分かっていても、なかなか真似できることではない。ただ、この「信用」をめぐる考え方はサラリーマンの皆さんも肝に銘じてもらいたいと思います。
(週刊文春2018年3月29日春の特大号より)

P.S.
ここ数週間米国各地を回っていてなかなか落ち着いてものを考える暇がないので、以前「週刊文春」に掲載された連載を使わせていただきました。

「アイデンティティ」って何ですか

「子供は何歳から留学すべきか」、「子供は何歳から英語を勉強すべきか」を議論する際、多くの日本人は「日本人としてのアイデンティティがまた形成していないのに・・・」と言います。しかし、私の記憶では中国人からこのようなアイデンティティ論を聞いたことがありません。

「日本人のアイデンティティは何ですか」と聞くとたぶん殆どの方がはっきり答えられないと思います。たぶんなんとなく自分と同様に思考し、同様に行動する人の特徴を意味するでしょう。しかし、英語のアイデンティティは単なる「識別すること」に過ぎないのです。

外国に住む中国人は華僑と言って世界中に7千万人もいますが、皆さんから見れば彼らはしっかりしたアイデンティティを持っていると思うかもしれませんが、華僑のアイデンティティは多様である上、常に激しく変化しているのです。

本来の華僑は中国国籍を持ちながら中国に生活拠点がない人たちでした。しかし、ここ数十年の中国では、華僑も中国に生活拠点を持つようになりました。また、私のような、中国に生活のベースを持ちながらよく海外でも生活する人も華僑と呼ばれることがあります。華僑と国内の中国人との区別が無くなるにつれてそのアイデンティティも無くなるのです。

華僑に対して外国の国籍を取得した中国系の人のことを「華人」というのですが、これも元々は海外に住むことが前提でした。しかし、ここ数十年、旅行、留学、資産運用、政治リスクなどの理由で外国のパスポートを取得する中国人はたくさんいます。彼らは外国に家を持っても仕事や生活の中心は中国にあります。このような人たちは華人なのか華僑なのか、本来の華僑と華人のどちらにも属さないような気がします。

私は自分のアイデンティティと子供のアイデンティティを考えたこともありません。親の影響、環境の影響と自分が歩んできた独自の経験が自分独自のアイデンティティを形成してくれるはずです。国や文化からの影響は受けますが、国に属し国によって分類されるものではありません。

先週からロサンゼルスに来ています。台湾の知人と昼食する際、彼は華人としてロサンゼルスの中国系の企業家達を纏めて中国本土と交流を行う団体のキーパーソンです。同じ中国語を話し、同じ文化背景を持つ彼に他の中国人との区別を意識しませんが、大陸の体制や政治について話せば、その考え方の違いは歴然とします。

夜の街を散策すると路上で歌ったりダンスしたりする方々の殆どはヒスパニック系の方々ですが、その歌の歌詞は英語ではありません。ロサンゼルスの人気レストランは殆どメキシコ系料理です。農場、建設現場、ホテルの清掃係など、メキシコの不法移民がいないと経済は回らないでしょう。

メキシコからやってきた移民たちは仕事上英語を使うのですが、同じメキシコ人とスペイン語を話しメキシコ料理を食べ故郷の歌を歌う機会はたくさんあります。米国の影響をいくら受けても在米メキシコ人のアイデンティティはなくならないでしょう。

私が海外で出会った日本人は皆メキシコ人以上に日本人の集まりによく参加し、日本語を話し、日本料理を楽しむのです。日本のアイデンティティを無くすどころか、むしろ日本にいる日本人よりずっと日本のアイデンティティを持っているような気がします。

アイデンティティとは家族と友人から受けた影響で自然に形成するものです。日本人の家庭に生まれた以上、その文化に自然に染まるのです。外国文化の影響は日本文化の影響を消すものではなく、むしろその人独自のアイデンティティを作り出してくれるのです。

印象深い人とは環境に同化する人ではなく、様々な環境の影響を受けながらも独自の生き方をする人です。その過程に形成された個性はその人を識別する最もよいアイデンティティになるのです。

米中貿易戦争の本質

前々回の宋メールは交換留学で米国大学から上海に留学している長女が書いてくれました。その長女が知らなかった母国のいろいろな側面に驚いていますが、その中の一つが電化製品の安さです。日本と中国の過去を知らない彼女にしてみれば、中国製電化製品は「性能がよくて安くて品質が普通」の代名詞です。

今はどうか分かりませんが、私が経営者現役の時、当時のスズキ自動車の経営者から「トヨタの普通自動車の原価は当社の軽自動車よりも低い」と聞きました。理由はトヨタの桁違い販売数です。売値の違いと数を合わせて考えればトヨタ自動車の利益力も理解できます。

中国製品は安かろう悪かろうの時代はありました。今もそのようなメーカーは一部残っているでしょう。しかし、都会に住み、中産階級になった5億人がそのような製品に興味がないことを、中国で生活していれば誰でも分かります。

米国や日本などに輸出している製品は中産階級が選ぶ製品の一部に過ぎません。安いのは中国では膨大な数の量が売れているからであって、単なる人件費が安いからではないのです。ここ10年の人件費は何倍にもなりましたが、製品の値段は上がるどころか、むしろ下がり続けているのです。コスト=人件費の発想は販売数に限界があるときの発想です。

人件費で言えば、インドは中国よりはるかに低いのですが、インドのスマートフォンの約半分は中国メーカーが占めています。特にまだ創業8年の「小米」が既にサムソンのシェアを超えてインドのトップシェアになったのです。インド人には経営力も技術力もあります。人件費も安いと考えればいずれ地元メーカーがトップシェアを取り戻すと思うのですが、今のところ、中国市場での販売数に支えられている中国メーカーに負けているのです。

購買力がない時代の中国は人件費が安くても市場がないため、製品は輸出に依存するしかありませんでした。日本を含む海外メーカーも自国や輸出のために中国で作っていたのです。中国進出の目的は中国に売ることではなく、中国の安い人件費と安いインフラを利用することでした。しかし、中国に5億人の中産階級が誕生した今、状況はまるで逆になりました。

米国から見れば中国の輸出は減っていないのですが、中国にとってみれば米国への輸出が占める販売シェアはどんどん下がっているのです。仮に全部を止めても国内の1%に過ぎないのです。外資企業も中国市場で一定のシェアが取れない限り、中国で生産するメリットは殆どなくなります。

仮に安い人件費を求めて東南アジアに移転しても、中国メーカーも必要に応じて同じことをやっているので現地の華人社会や陸路搬送のメリットを考えると人件費の安さを求める渡り鳥モデルには限界があります。

ここに米中貿易戦争の本質もあります。「モノの製造コストは販売数に反比例する」という原理を考えれば米中の製造業の競争は最初から勝負がついています。中国が国内消費のあまりを米国に輸出している以上、米国はこのコストに勝てません。昨年時点では、金額ベースでも中国の小売り販売規模は既に米国を超えていました。今後、その差が開くばかりでしょう。

残念ながら、米国が主張してきた自由競争、自由貿易を続ける以上、米国の貿易赤字が拡大していく一方です。トランプ氏が「不公平」と連呼したのは結果であり、プロセスではないのです。「結果がすべて」と考えるトランプ氏はやり手経営者として正しいのです。

私は両国ともがこの問題を取り込むべきだと思うのですが、米国は正式に「自由競争、自由貿易」の放棄を宣言しない限り、無意味な喧嘩が続くのでしょう。貿易相手国の内部体制まで自分のやり方を押し付けるのは大国同士には通用しないはずです。

今週、中国は分厚い貿易白書を発表しました。統計数字がたくさん羅列しています。要は米中間のサービス貿易や中間部品などを統計に入れると中国は決して黒字を稼いでいないというのです。まあ、中国人の私から見ても「米国人がこんな難しい統計を見る訳もない上、そもそも双方が見ているものが違う」から、無駄な努力だろうと思いました。

米中の指導者たちが何を言おうとしても、私達中国人はあくまでも少しでも自分の生活を良くしようと勤勉に働き、後世の教育にも力を入れるのです。その結果として1990年に7億5千万もいた極貧人口が2015年には1千万人に減ったのです。我々は自分たちを極貧から救ったのです。

自己救済の結果、中国は再び世界最大の経済規模になろうとしていますが、その過程がもたらす変化を中国と世界の双方がどう受け入れるか。今こそ真剣に見守る必要がありそうです。

P.S.
この原稿を書いた数時間後、トランプ氏の国連総会での演説を聞きました。
案の定、彼はグローバル化を拒絶するよう国連に促しました。グローバル化の否定はつまり世界規模の自由貿易と自由競争の否定なのです。
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