トップの体質は組織を決める

劉邦は大の女好きですが、秦の王宮を攻め落とした時、宮内の美女たちに手を付けずにそのまま項羽に明け渡したのです。私欲を我慢したのは劉邦に天下をとるための志があったからです。

それだけではありません。耳に痛い話をよくしてくる蕭何や媚びを売らない戦略家張良、そして変わり者の韓信を重用していました。劉邦が天下を取った最大の理由は自我と感情を我慢し、天下取りに何が必要かを常に冷静に判断したからです。

始皇帝も天下統一のために自分の私欲と感情をよく制御したと言われています。彼は常に一人の官僚に距離をもって自分に随行させ、自分が感情的になった時に「あなたは天下統一の夢を忘れたか」と叫ぶように指示しました。距離がないと始皇帝が感情に任せて彼を切りつける恐れがあるからです。

企業も同じです。志のある社長は決して好き嫌いで人事を決めませんし、友達経営もしません。そんなことをしてしまうと、有能な人材が居なくなり、組織全体の求心力が下がり、志の実現が難しくなるからです。

どんなトップでも自分がトップに相応しくないとは自ら思いません。トップになった以上、トップでいることを当然だと思うのです。そして長くやればやるほど、自分のなすことが正しいと勘違いするようになり、部下たちも媚びを売るようになります。この罠はとても居心地が良くて逃げ出す原動力がなかなか生まれません。

唯一、志のあるトップはそれを看破し、組織力が最大化になるように反対派や個性に気を配り、トップ個人の好みや感情が邪魔にならないようにあの手この手で工夫するのです。

この部下の独立性や内部の反対勢力を包容する力こそがトップの最も重要な素質です。宋メールでも何度か紹介したように、これが中国の「宰相の腹中を船が行く」という諺の由来です。

よく「企業理念」をアピールする経営者がいますが、私は常に懐疑的です。正直綺麗ごとを言うトップに限って自分の私情私欲が強くて自分じゃないと会社が潰れると平気で言うのです。今のトップの反対派であっても、会社を良くしてくれる人がいてこそ、強くて良い会社です。

ここ数年において、私が安倍首相に厳しい意見を持ち続ける理由はまさにこのトップとしての志の問題です。彼がお友達ブレーン(御意見番)のアドバイスを受けて次々に打ち出した理念(アベノミクス、美しい日本、一億総活躍、TPPが成長原動力、人づくり改革)はまさに経営理念を売りものにするダメ経営者の常用手段です。一つの理念の賞味期限が切れるとすぐ別の理念を持ち出して人々の注意を逸らすのです。

好き嫌いな閣僚人事(お友達内閣)、支持者との癒着(籠池、加計)、反対派への感情的言動(「こんな人たち」)など、私にしてみればどれもトップの素質問題であり、志のない証拠です。世界的景気回復に乗って官僚とマスコミをコントロールした結果、人気を得たものの、その本質はいずればれると思っていました。

体質問題をそれぞれのトップに言わせれば彼らも立派な答えを返してきます。皆さんが自分の社長を知るには、ぜひ社長の言葉ではなく、社長の腹の広さ、つまり人事と反対派への処遇を考察してください。

そして人間の体質は変わることがないと理解した方が無難です。

40万円初任給がおかしいか

ファーウェイがやっと日本にも法人を作りました。以前にも紹介したように、ファーウェイの創業者社長の任さんは利益が一兆円に迫る今も国内移動はエコノミー席を利用する異色な経営者です。

ファーウェイでは17万人社員の平均年収は80万元(1330万円、平均月給110万円)です。日本法人の初任給は全社員の平均に過ぎないのに、大きなニュースになること自体、日本の常識が如何に保守的で画一的かを示唆しています。

一番がっかりしたのは「こんな高い給料を出すのは日本の技術がほしいから」という日本のマスコミの「井の中の蛙」発想です。彼らにしてみれば、40万円の初任給がどうしても理解できないのでしょう。悩んだ末、「日本凄い」の「井の中の蛙」本領を発揮し、それは「日本の技術がほしいからに違いない」との結論にまたも辿り着いたのでしょう。任さんに取材をしたのでしょうか。取材できないならせめて取締役などの責任者の生の声を聴いてきてほしいものです。

私は2年前からファーウェイの携帯電話を持っています。はっきり言ってその時点でもう特に日本のメーカーよりはるかに進んだ端末を作っていました。ファーウェイは日本の何の技術も欲しくないとは言いませんが、それを40万円の初任給を出して新人に求める必要はないのです。

ファーウェイは中国人も日本人も米国人も関係なくハイレベルの社員しか雇わないのです。レベルの高低と関係なく新人に一律20万円前後の給料を出す日本企業には理解できないだけなのです。また日本のように4月1日から一律の紺色のスーツのバージン社会人を大量に雇うのではなく、一年中、過去の履歴を問わずにリクルートし続けるのです。

東大を出たからといって採用する訳でもないですし、有名企業に居たからと言って採用する訳でもないのです。何ができるか、どんな能力を持つかを議論し、一対一の対等な労働契約を行うのです。この世界的な対等労働契約は日本では「契約社員としか行わない」のですが、たぶん、ファーウェイは日本のこの商習慣には従わないのではないでしょうか。

私が経営をやっていた頃、この一律の初任給を嫌ってわざと2〜3万円の差を付けました。書類審査を含め、面接は何回もやっているのに初任給の差もつけられないのはおかしいと思いました。また、差があるのに認めないのも新人教育上よくないと思いました。多分、ファーウェイも40万円はあくまでも平均的目安で同じ新人でも初任給に差をつけているのではないでしょうか。

ファーウェイの給料の高さは中国では常識です。その代わりに本当に能力のある人でないとファーウェイの面接に行かないのです。ファーウェイはいったいどのようにして高い給料を出しても370億元(約6000億円)の利益を出しているか、どうやって社員の能力と貢献の差を社員が納得のいく方法で評価を行っているかは私にはわかりません。これこそ日本の経済記者の仕事ではないでしょうか。

私が知っているのはファーウェイ任社長が常にファーウェイが直面している危機と課題を語っていることです。「ファーウェイがすごい」「中国の技術がすごい」などの自己満足はありえないことです。それから任社長は未だに深夜の空港からタクシーで帰宅したり、地下鉄で通勤したりしていることです。そしてファーウェイの社員食堂のメニューの豊富さです。

ファーウェイの給料アップは習近平の要請の結果でもなければ、マスコミや労働組合の圧力の結果でもないのです。ファーウェイの企業戦略の都合に過ぎません。だから中国ではすごいという驚きはありません。そこの社員になりたいのであればそれだけ世界をリードするような才能を持ち、世界一流の努力をすればいいだけなのです。

最低の起業意欲が何を示唆するか

1992年の創業から2006年の引退まで、経営者として14年間しか働いていませんでしたが、これまでの人生で最も勉強と成長ができ、最も楽しい思い出が残った期間でした。

もともと50歳までに経営者をやめるつもりでしたが、2006年の村上ファンド事件が起き、私の会社は上場企業で唯一彼を社外取締役として選任していたことで世間から逆風にさらされました。村上ファンドと共に堀江氏も世間の批判の的になって、新興ベンチャー全体がイメージの悪化と共に不人気の時代に突入したのです。

今でも鮮明に覚えていますが、年を取った保守派の重鎮たちが「やっぱり我々じゃないと日本がダメになる」のような態度で全面的に復活を成し遂げ、戦後最大のベンチャーブームに水を差し続けました。その悲しい状況をみて私は10年以内に日本が面白くなくなると思って43歳で日本の経済界から抜けました。

あれから11年が経ちました。新興企業に対する日本の経営環境はどうなったでしょうか。日本内部にいる人に聞けばそれぞれの個人が持っている情報と体験で語りますが、日本の起業意欲を世界の平均と比較して語る人は少ないのです。

この11年間、米国も中国も新興企業の成長が国の成長を牽引してきました。皆さんは米国のことはよくご存じでしょうが、中国の最も価値のある企業をご存知でしょうか。テンセントです。時価総額は3000億ドル(30兆円)を超えています。テンセント自身の成長だけではなく、テンセントのWeChatが中国携帯端末の共通OSになったため、中国の携帯メーカーもアップルに勝つようになったのです。

HUAWEIやXIAOMIの携帯端末とWeChatの組み合わせでどれほど快適な生活できるかは中国で生活してみないとわかりません。これらの技術革新は全部ベンチャー企業であり、国営企業や古い大手は一つもありません。中国政府の唯一の貢献はベンチャー企業を邪魔しなかっただけです(メディアもベンチャー企業をバッシングしなかった)。

誤解のないように言いますが、私は中国の起業精神を自慢しているわけではありません。中国人として具体例を通じて体感したからです。中国の起業レベルはあくまでも世界平均に過ぎないのです。

総合人材サービスのランスタッドの起業に関する調査によると、中国社会における起業意欲のレベルは世界平均とほぼ同じです。問題は日本の起業意欲です。調査の33カ国の中で最下位です。特に18〜24歳の若年層を見ると「より多くの機会を得られるので起業したい」と答えたのはたったの28.3%でした。これに対して世界の平均は63.8%です。また、創業初期の企業で働きたいと答えた若年層の日本人は30%でした。世界の平均は60.0%です。

この数字からわかるように、ここ十年間の日本社会は如何に雰囲気が保守的になったか、如何にチャンレンジ精神を忘れたか、如何に精神的に老けてきたか。この数字は決して偶然ではなく、最近の日本の政治、経済と世論の総合的結果です。

宋メール読者の多くは現役の時の私のメールも読んでくださっています。ここ数年は批判文章が多いことに気付いたと思います。一部の方は「宋さんが反日になった」とも言いますが、私はそんなことを気にしません。皆さんはいずれ分かってくださると信じています。

一万回聞かれても同じ答えを言いますが、国の本当の体力は新しい産業を生み出す力です。その力の源泉は起業家精神です。リーダーシップとリスクをとって起業するのも起業精神ですが、それを恰好いいと思って創業初期の企業に加わるのも起業精神です。しかし、起業家精神は「過去に解決口を求める」保守の土壌から生まれませんし、生まれても育ちません。

社会も経済も政治も周期があって落ち込む時期があって構いませんが、そろそろ日本がこのような老けた保守社会から変わってもいい時期ではないかと思います。

P.S.
この話題に大変近いのですが、日本では社長になりたくない若者が大変増えているそうです。「週刊文春」編集長の新谷さんがこの傾向を懸念し、昨年から私に寄稿を依頼しました。タイトルは「それでも社長になりたいあなたへ」です。3月から既に連載は始まっていますが、興味のある方は「週刊文春」をご覧ください。

矛盾は美しくない

特区は中国の改革開放を象徴するような言葉です。深センという村とその周辺の地域に対して中央政府は殆どの規制を外し、人々の好きなようにさせたのです。規制廃止と共に、税収を含む一切の経済政策に、中央政府が口出しを止めたため、深センはこの30年で住民が1000万人を超え、北京に近いGDPを生み出しています。

本来、特区とは自由な地区です。好きなことをやってリスクも自分で取ります。中央政府は政策の自由を与えるが、お金を与えないのがポイントです。うまくいったことも失敗したこともぜんぶ参考として中央政府に吸い上げられ、将来の中国全体の改革に活かされるはずです。

特区とはあくまでもテストであり、最終目的は特区でのテスト結果を全国の改革に活かすことにあるのです。

加計学園の話を聞いていると相変わらずのオトモダチ政治と「問題ない」との強弁ぶりは言うまでもありませんが、私はジャブジャブの予算と利権に特別な不快を感じます。相変わらずの官庁申請もおかしいのですが、その申請に政治が特別に許可を与えるように圧力をかける、いわゆる古い体制に利権だらけの政治操作を施すいびつなやり方です。これで特区というならば、「特区」を発案したケ小平も天国で怒っているはずです。税金を無駄にした上、特区の最終目的も遠ざけるのみです。

私が安倍政権に批判的である最大の理由は彼の政策の是非ではなく、言っていることとやっていることが矛盾しているだけではなく、言っていること自体も時々矛盾する酷さです。

先日、「そこまで言って委員会」という番組に出た際、安倍政権の憲法改正案の是非を議論しました。「戦力を保持しない」条項を保留したまま、自衛隊の合法化を明記する案に右派の方々が賛成する中、唯一の左派の方が自衛隊は必要だが、憲法を変えるべきではないと主張するのです。どちらも矛盾しています。

賛成も反対も構わないと静かに聞いていた私でしたが、段々双方の矛盾にイライラしてとうとう不満を爆発させたのです。「ここでの議論は聞いていられない。これが日本の世論のレベルも代表している。矛盾しているのが分からないのか。」「私は憲法改正について特別な意見はない。日本人の好きなようにすればいい。しかし、自己矛盾しているような憲法だけは作ってほしくない。子供もおかしいと思うような書き方はやめたほうがいい。」

そして経営も政治も同じですが、矛盾していることは理屈抜きに美しくないのです。当然、結果もよくありません。また科学の視点から見れば自己矛盾は間違いの証明です。そんな自分で自分の間違いを証明する憲法を平気で推し進めることは「憲法を変えたい」安倍総理とそのオトモダチの私欲に過ぎません。

前回はたまたまシルクロード交易について書きましたが、多くの方々に不快な思いを与えたかもしれません。しかし、あれだけ「中国包囲」とかいってAIIBやシルクロードを批判してきた安倍首相が、5日の会合でシルクロード交易に参加の意欲を表明しました。ミスに気付いて変化したのならば、大歓迎ですが、単に米国の本音に気付いて動き出したのであれば、自己矛盾の嘲笑対象になるだけです。米国の属国に甘んじている政治家は本当の政治家でもなければ、本当の右翼ですらないのです。

胡坐

なぜあぐらは「胡坐」と書くでしょうか。ポイントは「胡」にあるのです。胡椒(コショウ)、胡瓜(キュウリ)の胡です。

中国には胡を使う単語はもっとたくさんあります。胡琴、胡子、胡説、胡人、胡同などのどれもがシルクロードに関わるものです。胡とは西域の外国を指します。

今月、北京では70数か国が集まり、中国が呼びかけたシルクロード貿易の国際会議が開催されました。ベトナム、ロシア、トルコなどのユーラシア大陸の首脳たちが参加しましたが、米国と日本も代表団を派遣しました。

日本人の多くは中国に末期清朝の遅れたイメージを持っていますが、3千年前の始皇帝以来、中国は大半の時代において世界のGDPの2、3割を作り出し、ユーラシア大陸やアフリカと盛んに交易を続けてきたグローバル志向の国でした。

昨年11月25日の宋メール(ご参考:TPPは神風にならぬ
http://www.softbrain.co.jp/mailmaga/detail/back315.html)でも申し上げましたが、交易の唯一の原則は双方が得することです。貿易とはA国の余ったもの(あるいは得意とするもの)とB国の余ったものが交換され、お互いが豊かになる仕組みです。敵国同士さえ貿易するものです。

ここで私が好きな李白の詩を一つ紹介しましょう。

秋歌・李白
長安一片月、万戸搗衣声
秋風吹不尽、総是玉関情
何日平胡虜、良人罷遠征

秋の歌・李白
一面の月光にある長安、家という家から布を加工する音が聞こえてくる
秋風が吹きやまず、彼女が国境にいる彼を思う
いつ外敵が平定され、遠征がなくなるだろうか

西安はシルクロードの始点です。各地から集まったシルクはここで最後の加工を行い、西域に運ばれて行きます。長安の人々の多くはこの生産に参加していたでしょう。国境紛争があっても貿易は続きますが、李白は人々の平和への期待を詩に託しています。この詩の中でも「胡」は外国を指します。

「私の工場をフル稼働させれば、中国全体のニーズの8割を供給できます。」3年前、ジュース最大手を経営する友人が私に自慢ではなく、苦悩として話したことです。ジュースのみならず、多くの商品について、中国は過剰な生産力を持っています。

余った生産力を処理する方法は二つしかありません。新しい商品を生産するか、新しい市場に出るかです。シルクロード沿線の国々は昔から中国の過剰な生産力を吸収してきた国々です。当然、中国もこれらの国々から商品や文化を取り込んできました。たとえ紛争があってもその貿易を中断することはありませんでした。それを「胡」に代表された言葉の数々から垣間見ることができます。

中国の歴史では、国を開放し盛んに貿易を行う時は生活が豊かになり文化も発達しますが、鎖国した時は貧乏になり発展が遅れてしまうのです。

習近平の故郷は西安の近くにあります。彼は生まれた環境から西方にある国々への愛着と親近感を持っているでしょう。私がパキスタンに特別な親近感を持つ理由は、小さい時に新疆に3年間暮らした経験があるからです。文革が続く中、沿海部の山東省では聞いたこともなかったパキスタンですが、新疆では使ったタオルまでパキスタン製でした。

3年前、ハーバード大学ビジネススクールを訪ねた時、構内で道を尋ねた女性がパキスタン人でした。思わず「あなたの国のすぐ近くに3年間住みましたよ」と言いました。

冒頭は「お互いが得する」という貿易の原則を言いましたが、貿易にはもう一つ重要な常識があります。それは距離が近いほど輸送コストがかからないことです。近所のニーズを避けてわざと遠くの国と交易する商人はいません。近くの国から徐々に遠方の国に貿易を広げていくものです。

今月、中国のシルクロード会議の後、ベトナムではAPEC会議がありました。ついでに開催されたTPP討論会議では米国大代表は明確に「米国は二国間の交渉を重視する。TPPに戻ることはない」と言いました。昨年11月25日の宋メールに書いたようなことを、米国の新政権が早速証明したのです。米国市場に甘えながら米国を引き込んで中国に対抗する右翼たちのTPPへの甘い願望は、またも泡となって消えました。心が狭い人たちが考える交易はいずれ袋小路に入るのです。

シルクロード交易には昔も今も外交同盟や政治条件がありません。唯一の原則は「お互いが得し豊かになる」ことです。仲間も敵も論じません。あるのは交易だけです。大勢が集まるのですが、その大勢はあくまでも一対一のビジネスを展開するために集まるのです。

ちなみにアラブ人たちが商談する時は絨毯に胡坐をかいて行うのです。交渉同士の二人は袋に手を入れて指を使って値段の交渉を行います。第三者に分からないように二人だけの「二国間交渉」なのです。それがあぐらを「胡坐」と書く理由でもありますよ。

急に好きな日本語を思い出しました。「古い○○に胡坐をかくな!」